社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

長屋政勝「産業連関表における投入係数について」内海庫一郎編『社会科学のための統計学』評論社, 1973年

2016-10-10 11:03:29 | 8.産業連関分析とその応用
長屋政勝「産業連関表における投入係数について」内海庫一郎編『社会科学のための統計学』評論社, 1973年

 投入係数aは,生産物量 X に対する投入量 x の比,すなわち a=x /Xとして定義される。この限りで,投入係数は産業連関表から導き出された連関分析に必要な数量的要約数字にすぎないが,実はこの係数のもつ意味は奥深く,様々な問題を有している。筆者は本稿で,投入係数の背景にある理論問題に言及している。

 投入係数は,生産関数の一種である。一般均衡論の創案者であったL.ワルラスはこの係数を「製造係数」と呼んだ。製造係数は,生産物量に対する投下用役量の比で,交換に続く生産および分配の均衡を説明する基礎概念である(限界生産力理論)。この製造係数は,現実の市場における価格変動とともに絶えず変化し,均衡成立の時点で固定する。したがってこの係数は不断に変動し,先験的に一定不変でない。

 しかし,連関分析では投入係数は一定であり,不変であることを前提条件とする。産業連関論が一般均衡論の特殊理論であるといわれる理由は,ここにある。すなわち産業連関論では,ワルラスの製造係数がその効用理論と限界理論から分離され,均衡概念が実用化,簡略化されている。この実用化,簡略化には,連関表作成のための統計資料の整備,拡充が果たした役割が大きかった。換言すれば,この措置は,G.カッセルによるワルラス均衡概念の修正と1920年代のアメリカ農業経済学における投入・産出概念を用いた実用的な生産論の展開があった。ワルラスからレオンチェフに至る係数の変化は,「用役概念に基づく可変的係数」から「素材概念に基づく不変的係数」への転化として要約することができると筆者は述べているが,この転化は一般均衡論が必ずしも均衡と限界概念との結合を必要しないとしたカッセルが製造係数を技術係数に置き換えたことによってもたらされた。

 理論とは別に,生産過程における生産要素とそれによる生産物との量的関係を事実にもとづいて検証する試みは,レオンチェフの連関分析が登場する以前からあった(J.D.Black,
A.G.Black,”Production Organization”あるいはアメリカ農務省の年報など)。「産出単位あたり投入」という固有のタームは,製造係数,投入係数が意味するものを既に先取りしていた。そこでは全ての生産要素が素材の観点から検討され,産出単位あたり投入が固定している投入物は主要材料と補助材料のみで,その他のものは不比例的・不規則的な関係を示すことが生産要素と生産物の「投入―産出関係」として語られている。

投入係数がその任意可変性から解放されたことは,限界生産力理論との理論史的断絶を意味する。レオンチェフ体系では均衡成立の規定が不問に付され,計算結果として与えられた係数が均衡を保証するものかどうかは実は不明である。そこにあるのは「虚偽の均衡」のみである。この仮定のゆえに連関分析による推算は,現実とのさまざまな齟齬をきたす。部門分割がアクティビティベースで行われていること,利用される統計が価額表示でありながら,価格変動を無視した分析手法であることが,齟齬の誘因である。結局,投入係数一定の仮定は,客観的事実=現実の労働過程における投入物と産出物の量的関係によって導出されたものではなく,連関分析の必要悪として余儀なくされたものである(パラメータの安定性と計算方法の容易性)。

最後に筆者は,近代経済学における生産問題が生産関数と生産係数をベースに展開され,経済問題が専ら関数関係で論じられてきた(効用関数,需要関数,供給関数)ことを捉え,関数が対象の客観的事物の多様な質的規定性の捨象,社会的歴史的に規定される生産過程の物理的素材的過程への還元であるがゆえに,連関分析が趨勢計算にすぎないと断じている。

コメントを投稿