社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

中江幸雄「蜷川統計学と真実性批判-序論-」『経済論叢』第128巻第3・4号,1981年

2016-10-03 21:10:25 | 1.蜷川統計学
中江幸雄「蜷川統計学と真実性批判-序論-」『経済論叢』第128巻第3・4号,1981年

 本稿の目的は蜷川虎三とその後継者による統計理論の展開の延長で,統計調査・利用論における信頼性,正確性の問題に関する方法論的基礎を提唱することである。「序論」とあるが,包括的で重厚な議論展開である。

 筆者は蜷川統計学の成果を次のように整理する。①統計の実体を客観的な社会的存在である「社会集団」=「大量」においたこと,②統計調査の理論的過程における信頼性の吟味の必要性・重要性を始めて明らかにしたこと,③時系列を「単なる解析的集団」と規定し,一定の仮定・条件のもとでのみ大数法則が適用できると指摘したこと,④統計調査法と統計利用法の2段階構成で統計学の体系化を意図したこと,である。欠陥は,①「社会集団」の歴史的な認識が欠如していること,②「形式論理的な定義の組み合わせによる統計学体系の構築」に終始し,実際的な統計分析との関連が薄弱なこと,③「調査方法論」はあるが「調査論(統計調査形態・制度の検討,調査の社会的諸条件の分析)」が十分展開されていないこと,④2段階構成の統計学体系化を意図しながら,実際には大量観察(直接的全数調査)と統計解析が中心となり,内容に縮小がみられること,である。蜷川統計学を以上のように要約を行って,筆者は,欠陥に列挙したうちの②③④の克服には統計学=実質科学説の立場にたって体系の再構成を図る必要がある,としている。

 本稿の前半では,以上の整理につながる蜷川統計学の再検討が論点を絞って行なわれている。論点は統計調査論(「統計対象と集団概念」「統計調査の理論的過程と指標概念」「調査の技術的過程=調査票の運用」「統計の階級性」)と統計利用論(「統計解析-解析的集団-大数法則」「統計利用における数理手続き」)とに区分されている。
「統計対象と集団概念」では,蜷川が個体の数量的側面(日銀券発行高や国鉄輸送量など)に関し,本来的に統計方法を必要としないとした点で,大橋隆憲が蜷川統計学を忠実に継承発展させる観点から,狭義の統計対象として社会集団の客観的存在が必要不可欠としたのに対し,筆者は統計対象を広義に理解し(内海庫一郎とともに),統計調査が大量観察=全数調査だけでないこと,集団の規定が必要でない場合もあること,統計対象を「社会現象の数量的側面」と定義すべきことを問題提起している。

「統計調査の理論的過程と指標概念」では,統計の信頼性の問題が従来,利用者の立場から論じられてきたが,理論的過程に大量の把握の認識も含めなければ首尾一貫しないこと,また理論的過程で問題とすべきは大量の四要素から大量観察の四要素への「翻訳」の仕方であり,理論的概念から統計指標概念に至る関連性を明らかにすべきこと,これに関しては統計集団=統計指標概念は理論的概念としての社会集団を規定する四要件(構成要素,属性,時間,場所)から,対象を数量的に把握しうる程度に具体的・技術的に規定しなおされた四要件(単位要素,標識,時間,場所)をもつ写像であるとする大橋隆憲の見解が好意的に紹介されている。
 「調査の技術的過程=調査票の運用」で疑問視されたのは,蜷川統計学が統計の正確性の問題を統計調査者側の個々の操作の問題ではなく,調査者と被調査者との間に介在する対立,利害の社会関係にもかかわるとしながら,しかし実際には統計環境のような社会関係それ自体を統計学研究の対象外としてしまったことである。

 筆者は後半の利用論を考察するに先立ち,蜷川統計学における統計利用形態を次のように概括している。(Ⅰ)統計の単独的利用,(Ⅱ)統計の集団的利用(1.統計の解析的利用[a.統計の解析的・一般的利用,b.統計の解析的・限界的利用],2.統計の非解析的利用=統計の説明的・叙述的利用)。

蜷川自身が実際に展開したのは,大数法則の適用可能性だけであった,と筆者は言う(蜷川がこのような欠陥に落ち入った原因は,統計学=社会科学方法論の立場をとり,「実質科学」との境界にあるものを峻別,排除したことにある)。このことを確認して,筆者は統計利用の目的が科学的法則の発見,統計的法則の定立であること(内海庫一郎),統計解析が統計利用の中間的段階にすぎないこと,安定性とは偶然的攪乱を排除した後の規則性にすぎず,それが何を意味するかを知るには実質的理論的分析が要請されること,数理的手法の利用可能性は対象の構造にそくして検討されるべきではなく,社会科学における抽象の論理にそくしてなされるべきであること,を指摘している。

本稿には統計学体系化の試案として,詳細な概念図が示されている(pp.80-81)。そこでは広義の統計利用が三段階に区分されている。第一は「統計の単独利用」,第二はその結合と組み合わせによる「説明的・叙述的利用」,第三はその「複合的・実質的利用」である。重要なのはここで筆者が次のように述べていることである,すなわち「従来,統計学=社会科学方法論の立場に立つ統計家は,高次統計の作成ないし説明的・叙述的利用の段階までを統計学の課題に含めて,ここでの実質的利用はむしろ軽視してきたか,あるいは『数字の遊戯』として批判してきた・・・。しかし,今日の高度で精密な実証的目的の提起と複合的分析の必要性は,様々なモデル・数理的方法の利用を不可能にしており,統計学の側からもそれを積極的に批判的に摂取しなければならないであろう」と(p.93)。

 筆者は最後に統計調査・利用過程における誤差(誤り)の原因(起源)について,考察している。ここにも「統計調査過程とその誤り」という詳細な表がある。この表には,「直接的全部調査」「間接的調査」「直接的一部調査」のそれぞれについて,「企画」「準備」「実査」「集計」「発表」の諸段階で起こるかもしれない誤りおよびその原因(統計的手続き,操作)が一覧されている。誤りは大別すると,(1)調査者の技術的ミス,(2)理論的過程における指標概念・定義・分類などの不完全,(3)被調査者側の無意識の歪曲と故意の歪曲,(4)調査員側からの失敗・悪影響,である。

そして,蜷川が確立した信頼性・正確性の概念を統計利用過程にまで延長すべきである,としている。第一統計の真実性が担保されても,統計の利用段階で独自の誤りが追加される可能性があるからである。そのうえで「高次統計の作成ないし統計の加工・組みかえ段階」と「統計の複合的・実質的利用の段階」での留意点が縷々述べられているが,筆者自身この部分は常識的かつ一般的な指摘の域を出ないので,それらを具体的な場合にそくして個別に検討されなければならない,と結んでいる。


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