社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

伊藤セツ『生活・女性問題をとらえる視点』法律文化社,2008年

2016-10-09 18:10:18 | 6-1 ジェンダー統計
伊藤セツ『生活・女性問題をとらえる視点』法律文化社,2008年

本書の内容は文字どおり,生活と女性問題を考察する視点を示したものである。

 著者は経済理論(社会政策論)から出発し,①社会政策論,②家政学,生活科学,生活経営学,③社会福祉学の3つの学問領域で精力的な研究をしている。

 本書の全体は2部構成で,第一部が「生活問題をとらえる-その視点と手法」,第二部が「女性問題をとらえる-思想・運動・労働」となっている。

 気づいたこと(またそれが本書のメリットである)が5点ある。
 第一に,国際的な女性問題の歴史の展開が俯瞰されている。19世紀後半の女性の権利運動,社会主義的女性解放運動,「第一波フェミニズム」「第二波フェミニズム」「第三波フェミニズム」と称される運動,国際民主婦人連盟の会議,国連世界女性会議,女性NGOフォーラム,「北京+5」「北京+10」,さらにINSTRAW(国際婦人調査訓練研究所),UNIFEM(国連女性開発基金)などの活動である。

 第二に,第一の指摘と関係するが,現時点での女性労働問題の展開が仔細に紹介されている。「第10章・貧困の撲滅とディーセントワークをめざす世界の女性労働」ではこの問題を国連の最新の資料を使い,MDGs(ミレニアム開発目標)に焦点を絞って解説しているなどはその一例である。

 第三に,「ジェンダー統計」に詳しい。ジェンダー統計の定義を著者は次のように書いている,「ジェンダー統計とは・・・統計の作成にあたって,たんに男女の区分があるというだけでなく,問題のある男女の状況把握や関係改善に連動することを認識して作成された統計である」と(p.86)。「第4章・ジェンダー統計視点にたつ」がこれに関するメインの章であるが,ジェンダー統計については他の章でも適宜触れられている。

 第四に,著者は女性問題を理論的に深めているだけでなく,提言を積極的に行っている。ジェダー統計について,政府統計のユーザーとして5点にわたって提言(男女共同参画に関わる統計(ジェンダー統計)を意識した統計行政を!など)がなされている。
 最後に指摘したいのは,著者の視点の柔軟さである。女性の解放,権利の向上のための理論と実践には,階級視点を維持するとともに,同時にそれを相対化しつつ,より多面的にフェミニズムと称する運動が問題にしてきたことを取り込んだ内容が必要という著者の考え方がそれである。

 他にも,社会政策学会100周年記念シンポジウム「ジェンダーで社会政策をひらく」の意義(pp.45-46),女性文化概念の概観(第7章),日本の女性運動の展開(第9章)など,本書は女性問題についての汲めど汲みつくせぬ豊かな内容をもっている。
「第4章・ジェンダー統計視点にたつ」をもう少し,パラフレーズしておく。ここは4つの節に分かれている。「1.ジェンダー統計への注目」「2.社会政策学会とジェンダー課題と経済統計学」[3.2000年代のジェンダー統計研究の動向]「4.政府統計の一ユーザーとして政府統計に望むもの」。ジェンダー統計の定義は,上記のとおりである。この意味での政府統計の改善は微々たるものである。 「全国消費実態調査」に「母子家庭」区分があるものの,「父子家庭」区分はない,また福祉統計のなかに障害者ジェンダー統計の整備が遅れている。学会レベルでは,社会政策学会,経済統計学会が政府統計のこうした種々の問題をとりあげていることの紹介がある。

2000年代前半までのジェンダー統計の国際動向の要約が7点にわたってある。第一はジェンダー統計に関する2つの出版で,一つは国連統計部編”The World’s Women:Trends and Statistics”(『世界の女性』1995年版,2000年版)の出版,もう一つはスウェーデン統計局 ”Engendering Statistics:A Total for Change” である。第二はUNDP(国連開発計画)の1995年人間開発報告書が,北京会議に向けジェンダーを特集し,ジェンダー開発指標を提唱したことである。第三はアンペイドワークの評価の議論が高まったことである。関連して生活時間調査がEC諸国で広範に実施されるようになったことである。第四は上記『世界の女性』にデータ的にバックアップしている「女性の指標データベース」とともに,国連ヨーロッパ経済委員会でのジェンダー統計ウェブサイトの開発事業が進行したことである。第五は,2000年9月の国連総会時のサミットで,「ミレニアム開発指標」が合意され,その目標が定められたことである。第六は国際統計協会(ISI)やその他の下部関連会議での,ジェンダー統計研究をめぐる議論の活発化である。第七は,国連統計部による再度の取り組み強化である(データベースの作成,ジェンダー統計計画の制定,世界ジェンダー統計フォーラムの開催)。

 ひるがえって日本での事情はどうであろうか。筆者は政府サイド,自治体レベルでの取り組みに簡単に触れ,それに呼応するジェンダー統計研究の進捗状況(とくに日本家政学会生活経営部会,経済統計学会・ジェンダー統計研究部会の活動)を紹介している。

最後に政府統計のユーザーとしての要望が,5点にわたって,掲げられている。第一は国連やその機関が統計上の問題で各国政府に勧告文書が出されたときに,これらに対してよりセンシティブに対応して欲しいという要望である。第二は政府の統計家などに統計関連国際学会などで,アジアの統計大国として,「政府統計の品質」などを問題にする議論のリーダーシップをとるべきとの要望である。第三は統計ユーザーの多面的な要望に応える努力をしてもらいたいという要望である。そして,第四はミクロ統計データの使用に対する規制を,公平性の観点から,他の先進国並みにすべきとの要望である。第五は男女共同参画に関わる統計(ジェンダー統計)を意識した統計行政の一層の推進である。
長くジェンダー統計の理論と実践に関わった筆者ならではの,正確で,的を得た論点整理になっている。

岩崎俊夫「国民経済計算体系と女性労働」伊藤陽一編著『女性と統計-ジェンダー統計論序説-』梓出版社,1994年

2016-10-09 18:05:10 | 6-1 ジェンダー統計
岩崎俊夫「国民経済計算体系と女性労働」伊藤陽一編著『女性と統計-ジェンダー統計論序説-』梓出版社,1994年(『統計的経済分析・経済計算の方法と課題』八朔社,2003年,所収)

 本稿の課題は経済活動人口概念を93SNA(国民経済計算体系)と結びつけて定義づけることの妥当性を,あるいは93SNAによって女性労働を客観的に評価可能なのかを検討することである。筆者はこの課題を解決するためにまず,93SNAの枠組みとその改訂の経緯(68SNAから93SNA)について説明し,次に93SNAの基本性格にてらして,女性労働の経済的貢献をそこにどの程度反映しうるのかを整理している。

 構成は次のとおり。「1.問題の所在」「2.SNA改訂と女性労働統計改善との関わり」「3.SNAと経済活動」「4.93SNAの生産境界(家計における諸活動との関連で)」。

 「1.問題の所在」で確認されていることは,SNAにおいても女性労働をいかにとらえるかが1980年代前後から問題にされるようになったこと(ILO第13回国際労働統計家会議でSNAの生産の範囲と経済活動人口との関連が明示的に問われた),SNAの生産の範囲の定義(全ての財の生産,市場で取り引きされるサービスの生産,ならびに他の経済単位に所得フローを発生するサービスの生産),女性労働の特殊性を考慮に入れて経済活動人口を定義づけるならば,それをSNAの定義に一元的に収斂させることはできない,といった諸点である。なぜなら女性の労働は男性のそれに比して「家計(個人企業も含まれる)」という小規模な生産単位で断片的かつ非定型な仕事につくことが多く,そうした労働は無償で収入の見返りがなく経済活動とみなされないからである。

 「2.SNA改訂と女性労働統計改善との関わり」では,SNA改訂作業の経緯とそこに女性労働をいかに反映させるかという点に関する論議の流れが整理されている。前者の改訂作業の過程では,国連が提唱した国際女性年(1975年)以降の国際諸機関による女性の経済活動に関する統計指標改善に向けた取り組みの成果が影響力をもったことが知られている。具体的には,女性の経済活動の貢献を,報酬があるなしに関わらずSNAに反映させるべきとしたナイロビ将来戦略会議(1985年)の勧告,SNAと女性の活動とくにインフォーマルセクターでの活動を討議の場にかけたINSTRAWの取り組みなどである。またILOは,既述のように,経済活動人口とSNAの生産概念とを調整すべきことを明確に打ち出し,その大きさをいかに正確に把握するべきかに努力するとともに,インフォーマルセクターの定義づけとそこでの活動形態の測定に関する調査研究を試みている(雇用と開発部門のスタッフメンバーであるR.アンカーによるメッソド・テスト)。

 「3.SNAと経済活動」で,筆者はSNAが経済循環のどの側面をいかに反映するかという原則について,女性による労働投入のウェイトが高い家計の生産活動に考慮して,紹介している。また「4.93SNAの生産境界(家計における諸活動との関連で)」では,家計の個々の活動がSNAでどのように扱われるかを紹介している。93SNAでは女性労働を評価する観点からコア体系での生産境界の見直しがある程度なされたが,女性が従事する労働の多くは体系全体の性格に由来する制約のため依然として経済的生産の境界から除外された。その労働は,サテライト勘定で補完されるべきというのがSNAの考え方である。「インフォーマルセクターにおける女性の収入ならびにその参加と生産の測定に関する専門家グループ」は,次のように指摘している。「経済的生産の境界に含められない家庭内活動についての『枠外』の勘定を定期的に編集することが必要」であり,「これらの勘定はできるだけ多くの国で定期的な作業として編集,できる限りSNAと整合的であるのが良い」と。

 SNAが生産領域と定めるのは,(1)他の生産単位に提供される全ての財とサービスの生産(それが貨幣的取引の対象であるか,非貨幣的取引の対象であるかは問わない),(2)自己勘定生産にまわされる財,すなわち家計が自己消費目的にあてる財の生産,(3)政府,非営利機関などによって提供される全てのサービスの生産および有給の被雇用者によって行われる全ての財の生産,である。したがって,家計内の構成員により自己消費にあてられる家事サービス,個人サービスは生産領域から除外される。以上の限りでは,生産領域の定義の大枠は,それまでの規定を基本的に踏襲している。ただし,自己勘定生産のもとでの生産に関して,家計で生産された財が非一次生産物の材料を使用しているという理由で生産領域から外されることはなくなった。これは生産領域の規定に68SNAで付されていた制約条件,すなわち使用される原材料が同一の生産単位で生産された一次生産物でなければならず,その産出物の若干が販売に供されていなければならないという条件が取り払われたことにある。同様に自己消費のための一次生産物の生産は,生産者がこれらの財の一部を市場に提供するかどうかに関係なく,生産境界に含められることになった。

 結局,非一次生産物による手工業品などを生産する活動の自己勘定生産がその総生産物のかなりの割合をしめるならば,その生産活動は生産領域に含められる。細かいことであるが「穀物の貯蔵」「水の運搬」は,果実や野菜の集荷と同様,生産領域に含められることとなった。結局,同一の家計内の構成員のための少なからぬ諸活動は,93SNAの生産範囲の範囲のガイドラインで経済活動と評価されている。女性がこれらの仕事に従事する比率はかなり高い。

 生産領域の拡大は,この他にも住居,農業建築物の修理と維持に関する部分について,68SNAではもしそれらが固定資本形成とみなされるほどの内容をもつならば生産境界に含められるとされていたが,93SNAでは規模がそれほどのものでなくとも,もしそれらが住居の所有者によって行われるならば生産活動とみなしてよいことになった。もっとも家計内でのサービスの提供はそれらが家計内の構成員によって行われる場合と家事使用人を雇ってなされる場合とがあるが,生産領域に含まれるのは後者のみである。

 結論は次のようである。SNAは独自の厳密な枠組みをもち,定められた分類基準にしたがって反映される対象としての経済主体とその活動を特定し,一定の論理的約束のもとに経済主体間の取引を勘定形式で表現する。SNAに固有の論理構成は特殊であり,それによって与えられた生産境界の枠組みで,現実の動態的かつ非定型的な労働の態様を反映するのには限界がある。女性によって担われている家事サービス,個人サービスが,多くの場合,,SNAの生産境界に含まれないのは,もし仮説取引としての帰属フローをそこまで膨らませると市場経済のマクロ分析を目的とするSNAの構成がバランスを失し,体系自体が無意味になるからである。筆者はSNAの基準そしてこの基準にもとづく経済活動人口の定義づけが93SNAの論理構成にたよるかぎり便宜的な措置にとどまるので,後者の定義づけのあり方は現実の女性労働の態様をふまえ,分析目的に照らして多義的に編成されるのがよい,としている。労働統計の指標作成をこの視点から追及しなければ,女性労働を統計に客観的に反映させようとしてきた80年前後から展開されてきた国際的論議は結実しない。    

岩崎俊夫「職業別性別隔離指数」伊藤陽一編著『女性と統計-ジェンダー統計論序説-』梓出版社,1994年

2016-10-09 18:05:00 | 6-1 ジェンダー統計
岩崎俊夫「職業別性別隔離指数」伊藤陽一編著『女性と統計-ジェンダー統計論序説-』梓出版社,1994年(「女性就業者と性別隔離指数」『統計的経済分析・経済計算の方法と課題』八朔社,2003年,所収)

 性別隔離指数は,職業,産業,従業上の地位にみられる性別就業率の偏りの程度を指数の形式で要約した統計指標である。種々の性別隔離は性別賃金格差の強固な社会的温床のひとつに数えられ,その除去は各国で課題となっている。この課題を解決するための判断材料として使われるのがこの指数である。本稿は女性労働の実態をこの指数で,あるいは関連した統計指標で把握することを目的としている。具体的には,この統計指標で性別隔離の現象が女性労働の実態のどの側面をとらえるのかを紹介し,次いでこの指標の意義と限界を検討し,それらの検討を踏まえ,日本の国勢調査の職業別就業者の統計を活用した指数の計算結果を示している。

 性別隔離指数の登場は,それほど古くはない。国際的には1960年代以降のことである。日本へのその紹介はかなり遅れ,1980年代半ばである。断片的紹介は岩本純「労働市場の中の女性」(鎌田とし子編著『転機にたつ女性労働』学文社[1987年]所収),大澤真理『企業中心社会を超えて-現代日本を(ジェンダーで)読む』時事通信社(1993年)などがあるが,この統計指標を本格的にとりあげ,その意義と限界を論じたのは日本ではこの論稿が最初である。

 性別隔離には水平的隔離と垂直的隔離とがある。前者は同一の職業内あるいは同一の産業内のある特定のカテゴリーに一方の性の就業者(あるいは雇用者)が集中している状態を指す。これに対して後者は,同一の職業内での職位の上下関係(従業上の地位)に生じる一方の性の偏在を指す。本稿の論点は主として,水平的隔離の状態に関して限定されている。性別隔離指数には,女性表出計数CFR(coefficient of female representation)と男性表出計数CMR(coefficient of male representation )とが組み込まれている。

 DIは職業分類上のすべての職業について,女性就業者の比率と男性就業者の比率との差を計算し,その絶対値の総和をもとに,女性就業者と男性就業者との職業分布の偏りを指数化したものである。CIは職業ごとの就業者の全就業者にしめる比率と女性就業者についてのそれとを対比し,両者の差の絶対値の総和をもとめることで女性就業者の分布の偏りを指数化したものである。

 筆者はそれぞれの指数の意味を明確にするために,いくつかの数値例を使って説明をおこなっている。例として示されているのは,完全隔離型就業モデル,非隔離型就業モデルなど5タイプである。結論として,これらの指数によって職業間の性別隔離は数量的に表現され,おおまかな判断はできることがわかる。とくに,時系列的な比較が可能なまでに統計が集積されると性別就業者構造の変化について一定の認識を得ることができる。筆者は,しかし,注意を要する点があるとして若干の指摘を行っている。第一にこれらの指数は,職業ごとの女性就業者と男性就業者のそれぞれの総数に対する比率を前提としているので,これだけで性別隔離の実態を判断するのは早計である。総数が少ない場合は,問題にされない。第二にこれらの指標が政策的意味をもつ指標であるかのように受け止めることが妥当かどうか,ということに関係している。それぞれの性の就業者の職業別配分比(性別隔離の現状)は資本の論理,固定的性役割分担の習慣,種々の法的,制度的諸条件の結果であるがゆえに,それらを無視して政策的に構成比を変えようとしても現実的な提案とはならない。その意味で指数は,机上計算にすぎないという側面をもつ。第三に指数を職業分類のどの次元(大分類,中分類,小分類)で計算するかによって,その値は微妙に異なる。第四に性別隔離指数によって隔離の事実を明確に確認できたとしても,そこから性差別の正確な事実認識に至るまでには隔たりがある。この隔たりを埋めるには,職業別の賃金格差など労働条件の実態を示す他の統計指標との関連づけが不可欠である。

 筆者は性別隔離指数について,以上の紹介と検討を行った後,国勢調査の「職業,従業上の地位,男女別15歳以上就業者数」の統計を使って(1980年~2005年),就業者と雇用者の隔離指数を計算している。計算は職業大分類と小分類とで行っているが,前者では計算が大まかで実態が反映しにくいので,小分類を用いた計算結果が重視されている。注意を要するのは,対象時点で職業分類の基準が微妙に異なること,雇用者に関してはこの概念に役員を含める場合と除く場合とで別々に計算するの適切であること,である。計算結果から言えることは,DI,CIともに就業者のその値は1975年から95年にかけ,90年でいったん足踏みしたものの傾向的に上昇していること,しかし95年以降は低下傾向にあることである。指数の推移だけからみると,性別隔離の傾向は縮小している。同じことは,雇用者で役員を含む場合についても,除く場合についても言える。

 筆者は最後に同じ対象期間で,女性就業者の多い職種の推移を統計的に一覧し,その特徴点を列挙している。ここでは対象年における女性就業者の一般的増加傾向(近年では鈍化しているが),女性就業者の実数の多い職業(「一般事務員」が一貫して最も多く,過去年には「農耕・養蚕作業者」がこれに続いていたが,90年以降は「会計事務員」「販売店員」がそれに代わっている),女性就業者の比率の高い職業の推移が示されている。95年から2005年にかけては,福祉関係,清掃関係の職業従事者の増加が目立つ。

 国調にもとづく指数計算,女性就業者の動向に分析は2005年で止まっているので,2010年,2015年に実施された国調の統計で補完する必要がある。

田中尚美「国連における女性に関する統計のための諸活動」伊藤陽一編『女性と統計』梓出版社, 1994年

2016-10-09 18:04:51 | 6-1 ジェンダー統計
田中尚美「国連における女性に関する統計のための諸活動(第1章)」伊藤陽一編『女性と統計―ジェンダー統計論序説―』梓出版社, 1994年

1975年は国連女性年であり, 世界女性会議がメキシコで開催された。今から, 40年ほど前のことである。会議開催後, 第30回国連総会は, 1976年から85年までの10年間を「国連女性の10年:平等・開発・平和」と宣言し, 女性の社会的地位改善の諸活動に関わる「行動計画」を提言した。80年には, コペンハーゲンで, 世界会議が行動計画の実施状況の点検を目的に開かれた。

本稿は, 概略上記のように, 女性の地位と環境の改善のための国際的取り組みが国連を中心に展開された時期に, とくに統計の分野で進められた諸活動に焦点をしぼって記述, 紹介したものである。全体は3節で構成され, 1節では1975年から80年まで, 2節では1980年から85年まで, 3節では1985年以降, (この本が出版された)90年代前半までである。

 女性に関する統計的諸活動の成果は, 現在は, ジェンダー統計(あるいはジェンダー平等統計)と呼ばれる。1975年以降の女性に関する統計の諸活動は, ジェンダー統計分野が確立する過程そのものである。もっとも, これらの諸活動が, 1975年の時点から突然起こったのではない。それ以前から, 国連統計委員会, あるいはILOの国際労働統計家会議で, 議論や活動の蓄積があり, それが基盤となって, 75年以降の展開となる。また, ジェンダー統計の国際的展開を可能にしたのは, 北米, 北欧また多くの途上国での女性解放運動であり, 国連の統計委員会と事務局, INSTRAW(国連女性訓練研修所:インストロー, 1979年設立), ILO, OECDなどの各機関, 各組織の連携, 協力である。筆者は, 冒頭で, その点への注意を喚起している。

 1975年から80年までの諸活動で特筆されているのは, 75年の国際女性会議で採択された行動計画で示された, 女性に関するデータの研究, 収集, 分析の重要性, これらの事業に国連とりわけ経済社会理事会の機能委員会である統計委員会が果たしうる役割の重要性である。また80年人口住宅センサスに向けた活動が, さらに統計局が作成した文書「性的ステロタイプ, 性的偏りおよび国家システム」が紹介されている。

 1980年から85年までの諸活動では, コペンハーゲンで開催された国連女性の10年世界会議で採択された「国連女性の10年後半期計画」に注目している。筆者はそのなかから, 「国内レベルの行動」「国際的・地域的レベルの行動」の主要項目を列挙している。女性の状況に関する統計資料集が次々と公にされたのもこの時期の特徴である(『女性の状況に関する主要統計と指標』, 『女性の状況に関する社会指標の編集』『女性の状況に関する統計指標の概念と改善』)。

 1985年以降の諸活動では, 85年世界女性会議(ナイロビ)と2000年に向けた将来戦略, ジェンダー統計視点からの世帯調査の再検討, インフォーマル部門での女性の貢献への着目, 女性に関する包括的統計集の作成の進展(『女性の状況に関する統計と視標大要1986年』『世界の女性1970-90年:その実態と統計』)とデータベースの開発, さらには地域経済委員会の活動(出版物としては『アフリカ工業, 商業, サービス業のインフォーマルセクターにおける女性統計編集ハンドブック』『アフリカ4か国の工業, 商業, サービス業のインフォーマルセクターにおける女性統計編集に関する試験的諸研究の総合』), ILOの統計活動(出版物としては『女性の開発にたいする経済的貢献の評価』, 他に国際標準職業分類, 国際標準産業分類の改訂)などが紹介されている。

 本書の全体は, 格差と差別のもとにある女性の状況を確認し, その改善のプロセスを監視するために統計を活用する運動と理論, すなわちジェンダー統計の動向と理論に関する問題提起の書であるが, 本稿はその巻頭をかざるにふさわしく, 1975年以降の女性統計の改善をめざす国際的な動向に関する丁寧な紹介であり, 貴重な資料である。

岩崎俊夫「女性労働と統計-ジェンダー統計初期の動向-」『社会統計学の可能性』法律文化社,2010年

2016-10-09 18:00:18 | 6-1 ジェンダー統計
岩崎俊夫「女性労働と統計-ジェンダー統計初期の動向-」『社会統計学の可能性』法律文化社,2010年

 本稿は『立教経済学研究』第46巻第1号(1992年7月)に掲載された「女性労働に関する統計指標の国際的展開」と『賃金と社会保障』第118号(1993年6月)に掲載された「女性労働と統計-経済活動人口指標を中心に-」の2本の論稿を,著作に納めるにあたって部分的に改稿の手を加え,ひとつにまとめたものである。

全体の構成(目次)は,以下のとおりである。
1. 国際女性年と女性のための労働統計
 1.国際女性年(1975年)以降の動向/2.女性労働統計の課題
2. 経済活動人口概念と調査票問題
 1.経済活動人口の定義と問題点/2.R.アンカー(ILO)によるインドの調査票テスト/3.「労働力調査」の調査票

 今でこそジェンダー統計は社会統計学のなかで確固たる市民権を得ているが,30年ほど前まではそうではなかった。国際的にみても女性の地位と現状に関する統計の必要性あるいは充実化が唱えられたのは,1975年の国際女性年における国連の問題提起が契機で,これでも歴史的には遅かったが,日本での対応はそれよりもさらに10年以上も遅れた。

本稿で筆者はジェンダー統計の黎明期に国際的統計活動がどのように生じてきたのか,これまでに検討されてきた主要な問題点は何だったのか,また統計に依拠して女性労働の現状についての国際的比較を行うときにどのようなことが注意されなければならないのか,といった諸点の検討を課題としている。さらに限定的に言えば女性経済活動人口の統計による指標化がどこまで進んでいるのか,その数量的把握にとって統計調査過程に固有の問題,とりわけ調査票の設計がいかに大きな役割を果たしているかが明らかにされる。これらの検討を通じて女性労働の実態を統計で把握することの難しさと解決の方向性が示される。

 ジェンダー統計への関心が寄せられることになった決定的契機は,1975年に国連が提唱した国際女性年とそれに続く「国連女性の10年-平等・開発・平和-」で展開された諸活動である。75年のメキシコ・シティにおける世界女性会議での「メキシコ宣言」と「世界行動計画」の採択以降,79年12月の第34回国連総会で採択された「女性に対するあらゆる形態の差別撤廃条約」,80年の「国連女性の10年」の中間地点で開催された世界女性会議(コペンハーゲン),85年の世界女性会議(ナイロビ)で採択された「女性の地位向上のための将来計画」を経て,女性の地位向上,あらゆる種類の性差別撤廃を目標に掲げた国際的運動は大きなうねりとなった。

ジェンダー統計に関して,上記の「世界行動計画」では,女性に関する資料および統計資料の絶対的不足,家内活動が経済活動とみなされないことによる女性の活動の統計からの脱漏,女性の存立状態についての調査が不十分なこと,「世帯主」概念の歪曲,女性に関する統計指標の国際比較の困難性の指摘がなされ,これらの現状と事実の認識のもとに,個人,世帯および家族構成に関する統計調査の結果を性別に示すべきこと,政策立案,企画への女性の参加,家内活動の経済的社会的貢献についての評価を改善すべきこと,女性の社会的地位の分析に必要な社会経済的指標の集積に努めるべきことが提言されている。「世界行動計画」のこれらの提言は報告書「性的ステロタイプ,性的偏りと国家のデータシステム」に一部具体化され,「国連女性の10年の後半期計画」で再確認された。そこではまたINSTRAW(国連女性問題調査訓練所)との協力関係が織り込まれた。こうした動きはさらに,10年を締めくくる1985年のナイロビ会議で示された「ナイロビ将来戦略」に継承される。筆者は国連を中心とした以上の動向をふまえた関連国際諸機関の,すなわちILO,OECD,INSTRAWの活動うち,とくにILOの取り組みに焦点を絞って,紹介している。

 以上は女性の社会的地位や性差別に関する統計という広義の視点から問題を整理したのであるが,問題の考察には女性労働あるいは経済活動人口としての女性に関する統計というより狭義の視点も必要である。事実,ジェンダー統計の分野での論議では,国際的レベルで女性労働に関わる統計と情報が決定的に不足しているとの共通認識が早くから形成され,その克服が課題とされた。筆者はこの問題について論稿の後半で考察している。

 それによると,ILOでは1982年の第13回国際労働統計家会議の「経済活動人口,就業,失業および不完全就業に関する決議」で,経済活動人口は次のように定義づけられた。すなわち,経済活動人口は「特定の期間内に国連の国民経済計算およびバランス体系において定義されている経済的なサービスの生産のために労働を提供するすべての男女」である。そこには「市場用,物々交換用,自家消費用のいかんを問わず,一次産品の生産と加工の全てが含まれ,かつそのような市場の財とサービスを生産する世帯の場合には,それに対応する自家消費用の生産が含まれる」。この決議では経済活動人口のカテゴリーに現在活動人口とあわせて通常活動人口が含められ,新しい観点が示されている。

経済活動人口の国際的定義は,以上のようであるが,定義さえあれば実際の調査が進むわけではなく,実際の調査では多くの難問が介在している。調査票でどのように質問項目をたてるか,用語の使い方をどうするか,質問に誰がどのように答えているか,などである。質問の微妙な言い回しの違いで,調査の結果数字が異なってくる。筆者はこのような問題意識で,インドのR.アンカーによって実施された調査を紹介している。また日本の労働力調査の質問項目は,女性の就業状況を把握するのに必ずしも適していない,との指摘を行っている。女性労働力の実態を把握するためには,現状では労働力調査だけでは不十分で,就業構造基本調査の利用が不可欠である。

 1970­90年代にかけて国際的規模で議論されたことはもはや歴史的に過去のものであるかというと,筆者はそうとは言い切れないと結んでいる。なぜなら,そこで議論されたことの多くは未解決で,社会統計学が今日なお取り組むべき課題として持ち越されているからである。