社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

伊藤陽一「統計における性差別」『統計学』第52号,1987年3月

2016-10-09 11:30:42 | 6-1 ジェンダー統計
伊藤陽一「統計における性差別」『統計学』(経済統計研究会)第52号,1987年3月

国連女性年(1975年)は,女性の差別撤廃と社会的地位の向上に大きなインパクトを与え,その後の国際的運動の大きなうねりの契機となった。統計の分野でも例外でなく,この分野での性差別の解消が国際的に取り組まれなければならない課題として広く認識された。その動向を紹介したのが,この論稿である。筆者はジェンダー統計の開拓者のひとりである。この論稿が書かれた切掛けは,日産自動車・家族手当裁判第15回公判の組合側証言(1986年10月28日)への連携であったようである。この裁判は手当支給に関わる「世帯主」の認定をめぐって争われ,その用語の通念的理解の是非,用語の妥当性が争点の一つとなった。したがってこの論稿は,世帯主概念に関する国際的動向に意識的である。

筆者によれば,性差別と統計というテーマには,6つの問題群がある。(a)社会の諸領域における差別の統計による確認,(b)統計の欠如・不完全の指摘と是正,(c)統計の概念・指標の歪みの改善,(d)性差別にかかわる統計利用,(e)データベースの所在とその充実度の確認,(f)統計活動における差別(女性参加の弱さ)。本稿はこのうち(b)と(c)を扱うとしている。

 内容は国連レベルの動向とアメリカでのそれである。国連の動向では,上記の国際女性年世界会議(メキシコ)の行動計画(1975年),統計委員会(19回[1976年],20回[1979年])におけるセンサスでの性差別の除去に関する論議と決議,国際女性年10年に関わる会議(1980年)と経済社会理事会での議論(1981年)などの経過が報告されている。次いで1975年国際女性年「行動計画」,報告書「性的ステロタイプ,性的偏りと国のデータシステム」(1980年),国連の2文書「女性の地位に関する社会的指標の編集」「女性の地位に関する統計と視標のための概念と方法の改善」(1984年)が紹介,解説されている。なお,ステロタイプとは「常識にみられる月並みな陳腐な考え方」という意味。

 「行動計画」(6章,219パラグラフ)は,女性の地位向上のための指針,目標を概括的に示したドキュメントである。そこでは,女性のおかれている状態を把握する統計指標の確立が不可欠であり,それが国際比較可能なように進められるべきと提案されている。問題提起の第一は,女性に関する資料および統計指標の絶対的不足である。第二は家内活動が経済活動とみなされないため,女性の活動を示す肝心な指標の脱漏である。第三は,女性の存在の状態について行き届いた調査が実施されていないことである。第四は,「世帯主」概念の歪曲である。第五は国別で統計資料作成方法が異なるため,各国間の比較が困難であるとの指摘である。以上の現状認識にもとづいて,「行動計画」は広汎な提言を行っている。個人の特性,世帯および家族構成に関する統計調査の結果を性別に報告すること,政策立案,企画への女性の参加,家内活動の経済社会的貢献の評価方法の改善,国連の専門機関との協力のもとでの女性の社会的地位の分析に関係する社会経済指標の集積推進,などである。

「性的ステロタイプ,性的偏りと国のデータシステム」では,世帯主,世帯と家族,経済活動などの項目がたてられ,とくに世帯主と世帯と家族の問題への論究が目立つ。経済活動に関して農業,家内就業での女性の就業の過小評価,生活時間調査との関わりでパートタイム就業の把握,女性の家事労働の負担の把握の問題が指摘されている。結論部分では,性的ステロタイプがデータの質に悪影響を与えていること,行動計画に言う発展計画への女性の参加に関わるデータの収集が必要であることが述べられ,ステロタイプや偏りをなくすための重要なチェックリストが掲げられている(実地調査での男女の等しい調査員の必要性,データにおける性別表示,データベースの開発,国の統計機関と研究機関との協力,途上国での統計組織の充実など)。

 国連の2文書「女性の状況に関する社会的指標の編集」「女性の状況に関する統計と視標のための概念と方法の改善」について。前者では女性にとって特に問題となる諸領域での女性の地位を既存の統計指標で示すというのが,その内容である(A.人口,B.家族構成,家族と世帯,C.学習と教育,D.収入稼得活動と不就業,E.健康,保健と栄養,F.その他)。後者では概念・方法の批判と長期課題としての代替案が示されている。両文書でとりあげられている共通の領域は,「家族形成における女性の位置」「学習・教育」「経済活動・労働力参加」「所得と所得分布」「健康-保健と栄養」。「家族形成における女性の位置」では「世帯主=男性」概念の批判と代替案,「経済活動・労働力参加」では女性の労働力参加が正確に把握されてこなかったこと,それはとくに女性の労働が顕在化しない不完全就業領域で顕著であること,などの指摘がある。「所得と所得分布」では,家事労働を生産活動として評価すべきとの提起がある。

筆者は国連レベルでの以上の動きに,アメリカがこの問題でどうであったかを紹介している。ここで注目されているのは,「女性に関する連邦統計の必要の諸問題」会議(1978年)である。統計における性差別の問題が1980年センサスの準備・検討の過程でとりあげられたこと,センサス局はこの検討を受けて,1977年に,1980年センサスで「世帯主」概念の廃止を決定したこと,労働統計局も,1980年からこれにならったことが紹介されている。本稿で紹介されている主要な資料は,下記のとおり。

Report of the World Conference of the International Women’s Year, E/CONF, 66/34(UN, Sales No. E. 76-Ⅳ. 1)1976
Statistical Commission (1977), Report on the 19th session, ECOSOC Official Records 1977 Suppl. No.2.
Statistical Commission (1979), Report on the 20th session, ECOSOC Official Records 1979 Suppl. No.3.
UN(1980),Principles and Recommendation for Population and Housing Censuses,(UN Sales No.E80 XⅢ).
ECOSOC (1977), resolution “Improvement of the World Plan of Action for the Implementation of the Objectives of the International Women’s Year” 2061(LXⅡ) 12 May.
“Sex-based Stereotypes, Sex Biases and National Data Systems” (ST/ESA/STAT/99),1981.
Report of the Conferences of the United Nations Decade for Women: Equality, Development and Peace, (UN Sales No.E80 Ⅳ.3 and corrigendum).
ECOSOC (1981), resolution “Social Indicators applicable to Studies on Women” 6 May.
“Progress Report on the Development of Statistics and Indicators on the Situation of Women” (E/CN, 6/1982/7.).
UN (1984), Compiling Social Indicators on the Situations of Women, Studies and in Methods, Ser. F No.32.
UN (1984), Improving Concepts and Methods for Statistics and Indicators on the Situations of Women, Studies and in Methods, Ser. F No.33.