goo blog サービス終了のお知らせ 

社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

石原健一「統計資料の利用と統計指標」吉田忠編『現代統計学を学ぶ人のために』世界思想社,1995年

2016-10-09 18:06:35 | 6.社会経済統計の対象・方法・課題
石原健一「統計資料の利用と統計指標」吉田忠編『現代統計学を学ぶ人のために』世界思想社,1995年

 筆者の統計指標の定義は,広い。社会の数量的関係を集団的性質として示す統計値としてのメリットを生かし,統計値そのもの,ないしそれを加工したもの,というのがそれである。そして,統計指標体系には大別して2とおりある,という。一つは問題別統計指標配列(人口,雇用,物価など)であり,もう一つは形式的統計指標体系(平均,比率,指数など)である。筆者はこれらに対し,統計値が統計資料ないし統計表のなかで占める位置の相違で,また統計値間の関係ないしその組み合わせの算式で区別する統計指標体系を内容的統計指標体系と呼んで,それは以下のようなものである。

【内容的統計指標体系】
■ 静態的な統計資料に基づく統計指標
•統計値そのものとしての統計指標(分布を前提としない)
・構成要素の数
 ・構成要素の総数(集団の大きさ)      人口,事業所総数
 ・構成要素の発生・消滅数(その相対数)   出生数(出生率)
・構成要素の標識の値
 ・総計量(額)                 総農地面積
 ・平 均                  平均農地面積
•複数の統計値の関係としての統計指標(分布を前提としない)
・対立比率                  有効求人倍率
・密度比率                  農地1haあたり農機具数 
・格差                    貿易収支,業況DI 
•分布としての統計値から得られる統計指標
・構成要素の度数分布
・各部分の大きさ(その相対比=構成比率)  高齢者数(高齢化比率)
・部分集団間の関連             従属人口率,αインデックス
・度数分布の集団の中心           代表値
・バラツキの大きさ(分布の形を前提としない)分散,変動係数,ジニ係数
・バラツキの大きさ(分布の形を前提とする) ジニ係数,パレート係数
・構成要素の標識の値
・各部分集団における小計          県別農地面積
・各部分集団における標識の平均       県別平均農地面積
・各部分集団の格差(相対比)        (格差率)      
•複数の分布としての統計値からえられる統計指標
・複数の分布間のバラツキの差異=特化係数   職業間性別隔離
・複数の分布間のバラツキの相関・対応係数   相関係数,主成分
•複数の統計資料からの各種統計指標を総合加工してえられる統計指標
・累化積+控除,累化積+比率         GNP,食料自給率 
■統計資料の時系列に基づく統計資料  
•統計値の変化関係 
・単独の統計値の変化関係(対前期)       変化率
・単独の統計値の変化関係(対基準値)      単純指数
・複数の統計値の変化関係
・分布を前提とする(全体・部分関係)   寄与度・寄与率
・分布を前提としない(投入・産出関係)  弾力性 
•分布における統計値間関連の変化関係
 ・回帰関係                 エンゲル係数,フィリップ曲線 
•複数統計資料の系列からの各種統計指標を総合加工してえられる統計指標
・単純指数の加重平均 ラスパイレス指数
・複数の統計指標の変化方向の比率      デフュージョン・インデックス
・複数の月別格差率の総合          季節変動指数
・各種変化率の総合的延長          将来推計人口 

 しかし,筆者はこの体系でもまだ不十分で,社会的集団現象としての社会生活の諸局面を全体的体系的に示す社会科学的統計指標体系を提唱するがいまだ手がついていないと言う。

 この後,統計指標による社会・経済問題への接近として,①高齢化社会の将来人口推計,②景気予測と景気動向指数,③価格破壊と消費者物価指数を取り上げ,掘り下げている。具体的には,合計特殊出生率の人口問題研究所とNIRAによる推計値の相違,景気動向指数による景気動向予測の困難性,西友物価指数と総務省統計局の消費者物価指数との対比である。

広田純「ダブル・デフレーションの落とし穴」『統計学』第67号,1994年9月

2016-10-09 18:03:16 | 6.社会経済統計の対象・方法・課題
広田純「ダブル・デフレーションの落とし穴-「長期遡及推計」の提起した問題-」『統計学』(経済統計学会)第67号,1994年9月

 ダブル・デフレーション(以下Double Deflationとする)とは,国民経済計算における生産系列実質化の方法である。 この方法は粗付加価値(国内総生産)の算定について,まず産業別(経済活動別)に産出額と中間投入額とを推計しその差額としてもとめるが,実質粗付加価値値についても産業別に産出額と中間投入額を別個にデフレートし,その実質産出額と実質中間投入額との差額として算定するという生産系列実質化の措置をとる。Double Deflationによって実質化された産業別の粗付加価値の合計は,定義によって実質国内総支出と一致する。

 筆者の疑問は,次のとおりである。産業別の実質産出額の算定も,実質中間投入額の算定も,それ自体では通常のDeflationでとくに問題はないが,問題は前者から後者を控除し,その差額を粗付加価値の実質値とする点にある。産出額と中間投入額の差額を粗付加価値と呼びうるのは,当年価格を前提とした名目値の場合に限られるはずである。Double Deflationでは,その定義にしたがって,実質粗付加価値率は「1-実質中間投入率」に等しくなる。実質中間投入率は,基準年における産出財と中間投入財の相対価格に依存するので,同じ年の値が基準年の改訂によって変わる。Double Deflationでは,実質付加価値率の方も,それに連動して逆方向に同じ幅で変化する。粗付加価値率はその年の経済の条件によって決定される一つの価値関係であるから,当年の相対価格を前提としてのみ意味をもつ。Deflationの本来の意味は価額としてとらえられる経済量を不変価格で評価替えし,その変動から価格変動による部分を除去することである。Double Deflationは,この意味での実質化の役割をこえて資料に実質的な変更を加える操作である。

 Double Deflationに対して,産業別の粗付加価値実質化の方法として直接Deflationが考えられる。これは名目粗付加価値を直接に対象として,産出額のデフレータで実質化する方法である。この方法によれば実質化の経済的意味は明確であるが,反面,産業別の実質粗付加価値の合計は実質国内総支出とは一致しない。

 筆者はDouble Deflationの以上の問題点を数式で展開している。そこでは,Double Deflationによる実質粗付加価値額と直接Deflationによるそれとが一致しないこと,その差が中間投入額と「基準年までの期間における産出財の物価倍率と同じ条件での中間投入財の物価倍率」の差に依存することが示されている。したがって,中間投入財の物価上昇率が産出財のそれを上回るような場合には,Double Deflationによる実質粗付加価値額は直接Deflationによるそれより小さくなり,逆は逆である。

 実際に行われた国民経済計算の長期遡及推計における生産系列の実質化で,問題が生じたことがあった。それは1988年の推計のおり遡及を1955年までとしたのであるが,Double Deflation法をそのまま使って遡及に適用すると付加価値額がマイナスになる産業(電気機械)が生じたのである。結局,この推計では一貫型のDouble Deflationをあきらめ,「接続型」のDeflation(基準年の異なる実質系列をリンクして実質化の基準を統一する方法)を採用して問題が回避された。

 筆者は次に,産業計と大分類の製造業と建設部門の2部門,製造業の中分類のうち食料品,化学,電気機械の3部門,都合6部門についてDouble Deflationによる実質粗付加価値と直接Deflationによるそれを1955年から90年までのデータの推移を比較し,Double Deflationによる実質粗付加価値がマイナスになった部門があるとしている。製造業の化学と電気機械である。この2部門は1985年の基準年にはDouble Deflationによる実質粗付加価値と直接Deflationによるそれとがイコールであるが,それ以前は一貫して後者が前者を上回っている。しかも,過去に遡るにつれ,両者の開差が直接Deflationによるそれと比較して相対的に拡大している。ということは,同時期にDouble Deflationによる実質粗付加価値の増加率が直接Deflationによるそれを上回ったということである。

 また,Double Deflationのもうひとつの結果である国内総生産デフレータについてみると,一般にDouble Deflationによる実質粗付加価値は直接Deflationによるそれより小さい場合は国内総生産デフレータが産出デフレータより大きくなり,逆は逆である。1965年以前の化学と電気機械以外では,およそこの傾向がみられる。化学と電気機械では1970年と1965年の間で,国内総生産デフレータが乱高下していることが確認できる。

 筆者はさらに産出財・中間投入財の相対価格の変化を,産出デフレータと中間投入デフレータとの比較で検証している。その結果,上記で指摘したDouble Deflationによる粗付加価値と直接Deflationによるそれとの開差,それぞれの増加率の相違が産出デフレータと中間投入デフレータの上昇率における相違の別様の表現であること,この相対価格の変化がDouble Deflationの計算によってその方法による実質粗付加価値額の値にもとこまれたものであることが分かったとされている。加えて電気機械と建設業について,産出財の価格の上昇・下落の動きが,その単位量当たりの要素別の価格・コストの動きによって左右される過程が例示され,財貨の価格がこのような過程をつうじて,結局その価値によって規制されることが明らかにされている。当年価格を前提とした粗付加価値率が意味をもつのはこのためである,とされる。

 筆者は補足として,名目粗付加価値率と基準年次別の実質粗付加価値率の比較を示し,最後に「一貫型」Deflationから「接続型」Deflationへと展望し,本稿を閉じている。筆者の結論は次のとおりである。生産系列のDeflationは産出額と中間投入額のDeflationに限定すべきである。実質産出額と実質中間額との差額をとって,それを実質粗付加価値額として扱うこと,すなわちDouble Deflationの方法には理論的意味がない。粗付加価値額から物価上昇率の影響を取り除く必要がある場合には,産出額のデフレータで直接デフレートすればよい。国民経済のマクロの成長率をみる場合には,実質国内総支出を使えばよい。Double Deflationによる実質粗付加価値の算定はミスリーディングであるだけでなく,無用のことである。

山田貢「理論的(本質的)概念の統計による実証について-剰余価値率の計算をめぐって-」『経済論集』第55号,1992年5月

2016-10-09 17:57:59 | 6.社会経済統計の対象・方法・課題
山田貢「理論的(本質的)概念の統計による実証について-剰余価値率の計算をめぐって-」『経済論集』(大東文化大学)第55号,1992年5月

  剰余価値率は資本家による労働者の搾取の度合いを示すマルクス経済学の基本概念である。この値を統計で測ることは資本主義経済の現状分析にとって重要で,実際に多くの研究者が試みている。しかし,その多くは価格レベルでの計算である。これは,使われる統計によって規定されている。しかし,これを価値レベルで計算する試みが,泉弘志によってなされた。その試みは筆者によれば,事実上,投下労働量による計算である。しかし,泉はこの方法によると自営業部門(農業など)からの収奪部分を排除して計算でき,それはマルクスのいわゆる剰余価値率概念に近いものとなると言う。筆者は泉のその主張を疑問視し,投下労働量の計算が価値レベルの剰余価値率の計算になるという泉の見解を否定している。

 論法はまず,泉方式のもととなった置塩信雄の経済理論を検討し,次いで泉方式の内容を吟味し,社会的必要労働という概念のもつ意味を考察するという順序で進められている。
 置塩信雄は『マルクス経済学』(筑摩書房,1977年)で,マルクスが考えた剰余価値率が「剰余労働/必要労働」であるとし,生産物の価値をそれに含まれる直接・間接の労働時間とし,投入係数を組みこんだ連立方程式によってこの値をもとめ,その値を使って剰余価値率を実証する方法を示した。泉はこの置塩理論をベースに,自らの価値レベルによる剰余価値率計算の方式を開発した。この泉方式の検討が本稿のメインテーマなので,筆者はその方式を逐一,詳しく紹介している。その泉方式は,次の3段階からなる。【1】産業部門別の物的財貨1万円当りに対象化されている労働量(価値)の推計。これは①直接必要な労働量(新価値)の推計,②国内生産の生産手段価値(c)の追加,③輸入品価値の推計および国内生産品価値への輸入生産手段(c)の追加よりなる。【2】労働力価値の計算。これは①物的財貨生産分野労働者の平均年間賃金とその各産業分野別生産物の支出推計,②その物的財貨の価値,③物的財貨生産分野労働者が享受するサービスを供給するのに必要な物的財貨の価値からなる。【3】剰余価値(労働)率の推計。上記2段階の計算の結果,必要労働量がもとまられたので,労働力調査により物的生産分野の労働者の平均年間労働時間をもとめ,それから[2]でもとめた労働力価値をひいて剰余労働を求め,必要労働との比をもとめれば剰余価値率がもとめられる。

 泉方式による価値レベルの剰余価値率とは,みられるように,投下労働量で計算した剰余価値率に他ならない。泉にあっては,価値は投下労働量とイコールである。筆者はこの見解がマルクスのものではないとして,否定している。結論は『資本輪』第一巻の「社会的(平均的)必要労働時間」を現実にまで具体化すると,第三巻の市場価値となる。それは諸資本の競争のなかで社会的欲望と均衡した供給量のうちもっとも多くの部分を満たす商品の個別価値である。それは平均的な生産条件をもつ資本の個別価値である。その際,市場価値は平均的な生産条件をもつ資本の個別的価値で決まる傾向があるが,それ自体は常に変化する傾向をもつ。その意味では,市場価値を考える際,需給関係を無視できない。

 価値の実体は抽象的人間的労働であるが,それは交換価値=価格として発現する。価格が変動する中心としての価値は社会的必要労働という性質をもつが,それは具体的には市場価値として現れる。その市場価値の成立は需給均衡を前提とし,需給をめぐる諸資本の競争のなかでは市場価値そのものが変動する。市場価値はさらに利潤率をめぐる諸資本の自由な競争をつうじて生産価格の成立にいたる。(現実には,需給関係をめぐる諸資本の自由な競争は期待できない。現代資本主義では,さまざまな国家の介入によって,自由な価格形成は阻害されている。例えば,農産物価格である。当時の食管法下の米価は,明らかに自由競争の条件を欠いていた。)

 投下労働量で計算された剰余価値率の測定が,価格によるそれよりも正しいとは言えない。マルクスがいたるところで,剰余価値率=(剰余労働[時間]/必要労働[時間])と述べたのは,前者の本質は後者であることを示したかったからである。すなわち,どのような社会でも剰余が発生する根拠は,労働が自分とその家族を養うに足るだけの生産物を超える生産力を獲得することにある。

 筆者は最後に述べている。本質的な概念(ここでは社会的必要労働としての抽象的人間労働)を統計的に把握することを試みる場合,その現象形態の特徴との関連で,それを直接計量するのは妥当でない。とくに競争を本質とする市場メカニズムのもとでは,現実に投下されている労働量を直ちに社会的価値とみなすことはできない。

 なお,筆者は本質的概念を統計で実証可能と考えている。脚注でそのことを説明するために,重さの本質は重力であって,後者が抽象的な概念であるが重さとして測定可能であるという例をあげている。社会的必要労働という抽象的概念の測定可能性をこの例で示したかったようであるが,自然科学の概念を例にとって,その類推で社会科学の概念の抽象的本質概念の測定可能性を示したこととする言い方には,疑問が残る。

岩井浩「失業統計の国際比較について」『労働力・雇用・失業統計の国際的展開』梓出版社,1992年

2016-10-09 17:56:08 | 6.社会経済統計の対象・方法・課題
岩井浩「失業統計の国際比較について」『労働力・雇用・失業統計の国際的展開』梓出版社,1992年

 失業者を測定する統計は,国によってその調査方法,算式を構成するカテゴリーのカバレッジなどが異なり,数値を単純に比較することができない。しかし,国際比較そのものは重要である。このため,各国で微妙に異なる失業率の指標を一定の基準にそろえること,場合によっては組み替え,加工することが必要になる。本稿で筆者は,OECD経済統計局,EC統計局(ECという呼称は当時)など国際的統計専門機関における雇用・失業統計の国際比較の動向とEC労働力調査結果の加工・利用によるEC加盟国の失業・不安定就業の統計指標の検討,その推計試算を示いている。

 失業統計の国際的定義と比較のための基準は,大枠としては,ILOの国際基準(第12回国際労働統計家会議の決議・勧告)がある。しかし,それはあくまでガイドラインであって,各国の雇用・失業統計の定義と作成方法は社会歴史的事情,また経済の発展段階の相異によってかなり異なる。国別の雇用・失業統計の作成方法は,大きく分けて2通りある。一つは労働力標本調査(調査統計)であり(アメリカ,カナダ,日本),もう一つは失業登録統計(業務統計)である(欧州諸国)。前者には一定年齢以上の個人の雇用状態に関する調査統計すなわち労働力統計と平常の雇用状態を対象とする有業者方式の統計が含まれる。後者には,失業登録統計すなわち職業紹介所統計と失業保険申請者(受給者)統計がある。失業統計の国際比較には,このように相異なる2つのタイプの失業統計,すなわち労働力統計と失業登録統計の存在が最大の問題となる。2つのタイプの統計は,実業の定義,作成方法が違うので直接比較することができない。
EC諸国は比較可能な雇用・失業統計を確保するために,統一的労働力調査を実施している(1970年代から81年まで隔年,1983年以降は毎年)。しかし,EC諸国は基本的に各国別に伝統的失業登録統計を作成している。それには理由があり,職業紹介所への失業者登録は社会保障システムに関わる法と行政実務と密接に結びついているからである。おいそれとはこの枠組みを変更することはできない,というわけである。

雇用・失業統計の国際比較に関する資料の公表ならびに国際比較の試みは,ILO統計局,OECD経済統計局,EC統計局およびアメリカ労働統計局で行われている。ILO統計局は各国より報告された労働統計を,『国際労働統計年鑑』『労働統計季報』に編集している。これらは各国からの報告をそのまま掲載しているだけであり,比較のための特別な調整を行っていない。OECD経済統計局は,加盟国の失業・雇用統計を編纂し,『労働力統計』(年報と季報),『雇用展望』(半年季報)を発刊するとともに,独自に国際比較のための「標準化失業率」を公表している。EC統計局は1973年から隔年で,ILOの新国際基準策定後の1983年から毎年,加盟国の統一的な労働力調査を実施し,結果を公表している。アメリカ労働統計局は,アメリカの失業統計の概念に各国の失業統計の概念を調整し,アメリカ基準の失業統計の国際比較の作業を継続している。

筆者は以上の説明の後,OECDによる主要欧州諸国の標準化失業率にもとづく失業統計の国際比較の試算を紹介し(標準化失業率の推定手順とパートタイム就業),考察している。パートタイム就業には,国際的に統一された基準はない。法律によってパートタイム就業者を定義している国もあるが,多くの国には法律的規定はない。それでもOECDは非自発的パートタイム就業者を労働力調査における3つの概念区分(①平常はフルタイム就業であるが調査週に経済的理由で平常の仕事での労働時間より少ない時間を働いている者,②フルタイムの仕事を見出せないので,平常にパートタイムで働いている者,③その他の非自発的パートタイム)を活用し,独自の推計で加盟国(オーストラリア,ベルギー,カナダ,デンマーク,ドイツ,ギリシャ,アイルランド,イタリア,日本,オランダ,ポルトガル,スペイン,スウェーデン,イギリス,アメリカ)の当該問題に関する統計を公表している(「総雇用に占めるパートタイム雇用の類型の割合」[p.296])。

筆者は次にEC労働力調査の概要と問題点に言及している。EC労働力調査はEC委員会が加盟各国の失業統計の比較可能性が喫緊の課題であることを認め,標準的な定義にもとづく調査の定期的実施をEC理事会に勧告という経緯を経て,制度化されたものである。その結果,1973年から隔年で,また1983年からはILO第13回ICLSの決議,勧告を受け,この調査は基本的枠組み,概念と方法の若干の改訂に準拠して,毎年実施されるようになった。しかし,実際の各国での労働力調査では,労働力,雇用,失業に関する調査項目の用語と配列はかなり異なっているようである。

 EC労働力調査は,失業統計指標に関する国際比較のうえで依然として多くの問題を残しているが,大きな前進であることに変わりはない。アメリカ労働統計局はEC労働力調査の結果を利用して,その国際比較の可能性を検討し,BLSのシスキンの七つの失業指標(U1:失業期間別失業率,U2:理由別失業率,U3:年齢別失業率,U4:仕事との結びつき別失業率,U5:伝統的定義,U6:フルタイム求職者プラス[+]パートタイム求職者の半分プラス[―]経済的理由のパートタイムの半分,U7:分母と分子にU6プラス[+]求職意欲喪失者)の拡大適用を試み,試算推計を行っている。各国(ベルギー,デンマーク,西ドイツ,ギリシャ,フランス,アイルランド,イタリア,ルクセンブルク,イギリス,アメリカ,カナダ,日本)についての,関連統計表が掲載されている(p.302)。

 失業統計の国際比較では,各国で作成されている公表失業率に関する指標の比較とともに,その実態の解明にはパートタイム就業や転職・追加就業希望者などの不安定就業の統計指標の比較が必要である。そこで,筆者はEC労働力調査における失業・不安定就業の統計指標を利用し,EC加盟国(西ドイツ,フランス,イタリア,オランダ,ベルギー,ルクセンブルク,イギリス,アイルランド,デンマーク,ギリシャ)のそれを概括的に推計し(推計結果は,pp.306-11),その推計から読み取れることを5点(省略)にわたって要約している。 

岩井浩「労働力統計の諸問題」『労働力・雇用・失業統計の国際的展開』梓出版社,1992年

2016-10-09 17:54:45 | 6.社会経済統計の対象・方法・課題
岩井浩「労働力統計の諸問題」『労働力・雇用・失業統計の国際的展開』梓出版社,1992年

 『労働力・雇用・失業統計の国際的展開』全体のガイドとなる序章。二節からなる。第一節「労働問題と労働力関連統計」では,(1)労働統計すなわち労働問題の統計指標体系と労働力関連統計の位置づけ,労働統計の吟味・批判の方法,(2)労働力統計の特質と労働者階級の構造の統計指標,(3)失業統計と失業・不安定就業の統計指標がとりあげられている。第二節「労働力統計の歴史的概観」では,労働力統計の歴史的社会的特質を解明するために,その序論として労働力統計の系譜とその国際的展開,とりわけアメリカ合衆国を中心とする労働力・雇用・失業統計の概念と分類の規定,その調査方法の国際的展開が論じられている。

 労働統計の指標体系は,4つの分野からなる。Ⅰ労働者階級の構造(①労働者階級の規模と社会的地位,②労働者階級の階層区分,③雇用・失業者,④労働者移動などについての労働力・雇用・失業統計),Ⅱ労働諸条件(①賃金統計,②労働時間統計,③労働生産性,労働強度の統計,④労働災害,労働衛生に関する統計指標),Ⅲ労働者の消費生活(①家計統計,物価),Ⅳ労働運動(①労働組合統計,②労働争議統計,③労働組合独自の調査統計における統計指標)。これらの特質として指摘されているのは,第一に多くの統計が標本調査で作成されているので,標本調査法の問題点(標本設計,標本誤差)が検討されなければならないこと,第二にこれらの統計が政府の社会・経済政策の一環として作成,整備,体系化され,国際的動向(国民経済計算体系)への対応が意識されていることに留意すること,第三に国際比較向上への志向の対極で,労働統計本来の目的,内容の形骸化がみられるのでこの点に注意しなければならないことである。以上を確認したうえで,筆者は蜷川統計学の観点から労働統計の批判的利用の可能性,労働統計形成史の重要性に言及している。

 筆者は次いで,労働力関連統計と労働者階級の構造の統計指標について論じている。具体的には労働力・雇用・失業統計の検討である。国勢調査,労働力調査,就業構造基本調査の順で,統計の内容と特徴が整理されている。重要なのは,国勢調査,労働力調査が現在の就業状態を調査する労働力方式によっていること,就業構造基本調査が平常の就業状態を調査する有業者方式をとっていることである。労働力統計の批判的利用では,大橋隆憲の階級構成表の作成がよく知られている。大橋は国勢調査のなかの労働力関連指標を組み替え・加工して階級構成表を作成,資本主義社会の階級分析を行った。批判的利用はこの他にも労働力統計の二部門別組み換えによる労働力の雇用構成の作成である。筆者自身,二部門別の産業,職業別就業者表の組み替え・加工を行ったとして,その紹介がある。

 労働者の失業に関する統計はとりわけ重要であるが,労働力調査からもとめられる失業者,失業率には種々問題点があるとして(国際比較についても各国で失業統計の内容,構成,方法が異なるので注意しなければならない),失業・不安定就業(相対的過剰人口)をとらえる統計指標の構築が必要である。これらの把握には,「労働力調査」の「非労働力人口」の就業希望者,短時間就業者,臨時・日雇,転職・追加就業希望者,「就業構造基本調査」の無業者(求職,非求職),就業時間・日数(短時間就業),臨時・日雇および内職,転職・追加就業希望者の指標が利用可能である。

 第二節の「労働力統計の歴史的概観」では,「労働力統計の形成の前期」「世界恐慌と労働力統計の形成」「『完全雇用』政策と労働力統計の展開」「『完全雇用』政策の破綻と不完全就業の測定」「労働力統計の再検討と新国際基準の策定」という順で労働力統計の変遷が論じられている。ここでは「アメリカを中心とする労働力統計の生成と展開(概念規定と分類を中心に)」「半就業指標算定の5つの方法(Spring-Harrison-Victorisz指標,Lavitan-Taggart指標,Miller指標,排除指標,不適切指標)」という詳細な表がある。

「人口センサス」「職業紹介所統計」「労働組合統計」を3つの源泉とする雇用・失業統計は19世紀中頃から20世紀の30年代に,イギリスを中心に産声をあげた。国際的な労働統計,雇用・失業統計の展開は,ILOによる1920­30年代の調査研究,国際比較のための雇用・失業統計の国際基準の提示などの諸活動によるところが大きい。アメリカの雇用・失業統計の作成機関は,連邦・州のセンサス局(人口センサスで有業者方式)と労働組合が主であった。この点で,公共職業斡旋所や強制的失業保険機関がその作成の中心であった欧州と異なる。

 アメリカでの雇用・失業統計は,世界恐慌とその後のニューディール政策のなかで発展をとげた。ニューディールの雇用政策を担ったのは1935年の「緊急救済支出法」によって設立されたWPA(雇用促進局)の雇用創出政策であった(WPAは1942年に廃止)。WPAは1930年代の後半,失業救済行政の資料として,多くの地方失業調査を実施し,労働力方式の技術と方法を磨いた。センサス局は1930年代後半の失業センサス,失業調査の経験を踏まえ,人口センサスで労働力方式を全面的に採用し,この方式による雇用状態に関する調査の理論と方法を確立した。現在の労働力調査方式の基本形態は,アメリカでの1930年代の大恐慌とニューディール失業政策の時期に,戦後,ILOの国際基準として採択された。

 1960年代以降,労働統計分野での関心は,不完全就業の測定,半就業の指標の研究に向かった。労働統計局は,公表失業率を捕捉するものとして失業の諸類型と失業指標を調査研究し,1986年に7つの失業指標(シスキンの失業指標:長期間失業率,非自発的失業率,世帯主失業率,フルタイム失業率,完全失業率,狭義の労働力不完全利用率,広義の労働力不完全利用率)を公表し,注目された。

 国際的にはILOを舞台として,発展途上国の就業構造を対象とした不完全就業をめぐる論議のなかで,概念と定義,その測定方法の国際基準が採択された。不完全就業の問題は,先進諸国だけでなく,途上国でも喫緊の課題であった。その後も雇用・失業統計は,アメリカをはじめ各国で実施され,検討が加えられた。国連,ILO,OECD,ECなどの国際機関は,ILO統計局を中心に統計専門家会議を開き,論議を経て,1982年10月に雇用・失業統計の新国際基準が採択された。それは労働力方式の基本的枠組みを維持しながら,先進国,後進国の労働市場の差違を考慮し,有給就業と自営就業への労働力の二分など労働力,雇用,失業統計の新たな枠組みの編成,諸概念と諸方法の弾力的な規定を内容とした。