社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

岩井浩「労働力統計の諸問題」『労働力・雇用・失業統計の国際的展開』梓出版社,1992年

2016-10-09 17:54:45 | 6.社会経済統計の対象・方法・課題
岩井浩「労働力統計の諸問題」『労働力・雇用・失業統計の国際的展開』梓出版社,1992年

 『労働力・雇用・失業統計の国際的展開』全体のガイドとなる序章。二節からなる。第一節「労働問題と労働力関連統計」では,(1)労働統計すなわち労働問題の統計指標体系と労働力関連統計の位置づけ,労働統計の吟味・批判の方法,(2)労働力統計の特質と労働者階級の構造の統計指標,(3)失業統計と失業・不安定就業の統計指標がとりあげられている。第二節「労働力統計の歴史的概観」では,労働力統計の歴史的社会的特質を解明するために,その序論として労働力統計の系譜とその国際的展開,とりわけアメリカ合衆国を中心とする労働力・雇用・失業統計の概念と分類の規定,その調査方法の国際的展開が論じられている。

 労働統計の指標体系は,4つの分野からなる。Ⅰ労働者階級の構造(①労働者階級の規模と社会的地位,②労働者階級の階層区分,③雇用・失業者,④労働者移動などについての労働力・雇用・失業統計),Ⅱ労働諸条件(①賃金統計,②労働時間統計,③労働生産性,労働強度の統計,④労働災害,労働衛生に関する統計指標),Ⅲ労働者の消費生活(①家計統計,物価),Ⅳ労働運動(①労働組合統計,②労働争議統計,③労働組合独自の調査統計における統計指標)。これらの特質として指摘されているのは,第一に多くの統計が標本調査で作成されているので,標本調査法の問題点(標本設計,標本誤差)が検討されなければならないこと,第二にこれらの統計が政府の社会・経済政策の一環として作成,整備,体系化され,国際的動向(国民経済計算体系)への対応が意識されていることに留意すること,第三に国際比較向上への志向の対極で,労働統計本来の目的,内容の形骸化がみられるのでこの点に注意しなければならないことである。以上を確認したうえで,筆者は蜷川統計学の観点から労働統計の批判的利用の可能性,労働統計形成史の重要性に言及している。

 筆者は次いで,労働力関連統計と労働者階級の構造の統計指標について論じている。具体的には労働力・雇用・失業統計の検討である。国勢調査,労働力調査,就業構造基本調査の順で,統計の内容と特徴が整理されている。重要なのは,国勢調査,労働力調査が現在の就業状態を調査する労働力方式によっていること,就業構造基本調査が平常の就業状態を調査する有業者方式をとっていることである。労働力統計の批判的利用では,大橋隆憲の階級構成表の作成がよく知られている。大橋は国勢調査のなかの労働力関連指標を組み替え・加工して階級構成表を作成,資本主義社会の階級分析を行った。批判的利用はこの他にも労働力統計の二部門別組み換えによる労働力の雇用構成の作成である。筆者自身,二部門別の産業,職業別就業者表の組み替え・加工を行ったとして,その紹介がある。

 労働者の失業に関する統計はとりわけ重要であるが,労働力調査からもとめられる失業者,失業率には種々問題点があるとして(国際比較についても各国で失業統計の内容,構成,方法が異なるので注意しなければならない),失業・不安定就業(相対的過剰人口)をとらえる統計指標の構築が必要である。これらの把握には,「労働力調査」の「非労働力人口」の就業希望者,短時間就業者,臨時・日雇,転職・追加就業希望者,「就業構造基本調査」の無業者(求職,非求職),就業時間・日数(短時間就業),臨時・日雇および内職,転職・追加就業希望者の指標が利用可能である。

 第二節の「労働力統計の歴史的概観」では,「労働力統計の形成の前期」「世界恐慌と労働力統計の形成」「『完全雇用』政策と労働力統計の展開」「『完全雇用』政策の破綻と不完全就業の測定」「労働力統計の再検討と新国際基準の策定」という順で労働力統計の変遷が論じられている。ここでは「アメリカを中心とする労働力統計の生成と展開(概念規定と分類を中心に)」「半就業指標算定の5つの方法(Spring-Harrison-Victorisz指標,Lavitan-Taggart指標,Miller指標,排除指標,不適切指標)」という詳細な表がある。

「人口センサス」「職業紹介所統計」「労働組合統計」を3つの源泉とする雇用・失業統計は19世紀中頃から20世紀の30年代に,イギリスを中心に産声をあげた。国際的な労働統計,雇用・失業統計の展開は,ILOによる1920­30年代の調査研究,国際比較のための雇用・失業統計の国際基準の提示などの諸活動によるところが大きい。アメリカの雇用・失業統計の作成機関は,連邦・州のセンサス局(人口センサスで有業者方式)と労働組合が主であった。この点で,公共職業斡旋所や強制的失業保険機関がその作成の中心であった欧州と異なる。

 アメリカでの雇用・失業統計は,世界恐慌とその後のニューディール政策のなかで発展をとげた。ニューディールの雇用政策を担ったのは1935年の「緊急救済支出法」によって設立されたWPA(雇用促進局)の雇用創出政策であった(WPAは1942年に廃止)。WPAは1930年代の後半,失業救済行政の資料として,多くの地方失業調査を実施し,労働力方式の技術と方法を磨いた。センサス局は1930年代後半の失業センサス,失業調査の経験を踏まえ,人口センサスで労働力方式を全面的に採用し,この方式による雇用状態に関する調査の理論と方法を確立した。現在の労働力調査方式の基本形態は,アメリカでの1930年代の大恐慌とニューディール失業政策の時期に,戦後,ILOの国際基準として採択された。

 1960年代以降,労働統計分野での関心は,不完全就業の測定,半就業の指標の研究に向かった。労働統計局は,公表失業率を捕捉するものとして失業の諸類型と失業指標を調査研究し,1986年に7つの失業指標(シスキンの失業指標:長期間失業率,非自発的失業率,世帯主失業率,フルタイム失業率,完全失業率,狭義の労働力不完全利用率,広義の労働力不完全利用率)を公表し,注目された。

 国際的にはILOを舞台として,発展途上国の就業構造を対象とした不完全就業をめぐる論議のなかで,概念と定義,その測定方法の国際基準が採択された。不完全就業の問題は,先進諸国だけでなく,途上国でも喫緊の課題であった。その後も雇用・失業統計は,アメリカをはじめ各国で実施され,検討が加えられた。国連,ILO,OECD,ECなどの国際機関は,ILO統計局を中心に統計専門家会議を開き,論議を経て,1982年10月に雇用・失業統計の新国際基準が採択された。それは労働力方式の基本的枠組みを維持しながら,先進国,後進国の労働市場の差違を考慮し,有給就業と自営就業への労働力の二分など労働力,雇用,失業統計の新たな枠組みの編成,諸概念と諸方法の弾力的な規定を内容とした。

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