安呑演る落語

音源などを元に、起こした台本を中心に、覚え書きとして、徒然書きます。

芝浜(前)

2007年12月13日 | 落語
女房: ねえ、おまえさん、おまえさんっ
亭主: ・・・・・おう・・・・・あゥ・・・・・、なんだなぁ、人がいい心持ちで寝ているのに、おい、こん畜生、邪険な起こし方ァしやがって・・・・・なんでえ?
女房: ねえ、早くってすみませんけどねえ、起きて河岸へいってくださいよ
亭主: えッ?
女房: 商いに行ってくださいよ
亭主: なんでえ、商いに行けってェなァ?
女房: なんだじゃァないよ、きのうお前さん言ったじゃァないか、あしたの朝っからおれァもうまちがいなく商いに行くから、今夜は飲むだけ飲ましてくれってお前さん、ぐでんぐでんに酔っ払うほど飲んだじゃないか
亭主: うふん・・・・・ゆんべ? そんなことを言ったか、おれァおめえに? え? ふうん? 商いってェやつも、いえ、行かねえってわけじゃァねえけどもよッ、ものにゃァついでてえこともあらァな、いいじゃァねえか、まだ、行かなくったって、もう二、三ン日
女房: ばかなことを言っちゃァいけないよ。もう、おまえさん、十日も二十日も商売を休んでるじゃないか。
暮れもちかいってェのに、どうするつもりなんだい?
亭主: わかってるよ。おめえがなにも鼻の穴ァひろげて、暮れが近いって言わなくったって、うちだけが暮れが近けェわけじゃねえや
女房: なにを呑気なことを言ってんのさ。釜の蓋ァあきゃァしないよ
亭主: 釜の蓋があかなきゃァ、鍋の蓋かなんかあけときゃァいいじゃねえか
女房: 釜も鍋もあかないんだよッ
亭主: うふん・・・・・なにもうおめえ釜だの鍋だの無理にあけるこたァねえじゃねえか、あかねえもんなら。
どうしてもあけてえなら水がめの蓋かなんかあけて、間に合わしときねえ
女房: 鮒や鯉じゃないから、水ばっかし飲んで生きてるわけにゃァいかないじゃないか。そんなことを言わないでさァ、しっかりしとくれよ、ねえ、昨日あれだけ約束したんだから、行っとくれよ、商いにッ
亭主: そんな約束したかい? 昨夜?・・・・・行かねえとは言わねえけどもよう、考げえてみねえな、そう、すらっといくもんじゃァないよ。そうだろう。十日も二十日もおめえ、商い休んじゃったんだぜェ。得意先がおめえ芋だのごぼう食ってつないでるわけァねえだろ? どっかほかの魚屋が入ってるとか、な? なんかしているとこへ、間抜けな面ァして荷を担いで 『こんちァ、魚勝でござんす』 『なんだい勝っぁん十日も二十日も来ねえでいまごろ来たってしょうがねえや、ほかの魚屋が入ェってるんだい、だめだよ』 ・・・・・なんてンで剣のみォ食って引き下がってくるなんざァ気がきかねえじゃァねえか
女房: なにを言ってるんだよ、おまえさんが行かないからほかの魚屋でもなんでも入るんじゃァないか、お前さんの得意なんだよ、お前さんが行きゃァ、『どうしたんだい魚勝、また酒に飲まれやがった』 ぐらいそれァ一度は小言はいわれるだろうけれどもさ、蟹の一杯でもかれいの一枚でも買ってくださるんだよ。そりゃはなのうちは少しぐらい、いやな顔をされて断わられたって、そこはお前さん十日も二十日も休んだほうが悪いんだからしょうがないよう、ね? それともなにかい? お前さん、もうひとにとられた得意先を取り返すだけの腕ァねいのかい?
亭主: なによゥ言ってやがんでえ、こちとらァ餓鬼のうちから腕でひけェとったこたァねえや
女房: そんなら行っておくれな
亭主: 行けったっておめえ、・・・・・二十日も休んじゃってんだろう? 飯台がしょうがねえじゃァねえか・・・・・
たがァはじけちゃっておめえ、水がたらたら洩れる飯台なんぞ担いで歩けるけえッ
女房: なにを言ってんだい、きのう今日魚屋の女房になったんじゃァないよ。ちゃんと糸底ィ水が張ってあるからね、ひとッ垂らしでも水の洩れるようにゃァなっちゃァいないんだよ
亭主: ・・・・・包丁はどうなったい?
女房: ゆんべ出して見たんだけどねえ、お前さんがちゃんと研いで、そば殻ン中へつっこんであったろう?ピカピカ光って、生きのいい秋刀魚みたいな色ォしているよ
亭主: ・・・・・草鞋(ワラジ)ァ?
女房: 出てます
亭主: フッ、よく手が回ってやがんな。商えに行くったっておめえ、仕入れの銭だっているんだぜ?
女房: 馬入(バニュウ)に入ってるよ
亭主: ふ・・・・・煙草ァ?
女房: 馬入に入れといたよ
亭主: いけねえ、こっちィくれ、どうも煙草ァ馬入ィ入れとくてえと、すぐ出そうったって間に合わなくってしょうがねえ、こっちィかしねえ、・・・・・やっぱし煙草てえやつァ腹掛けのどんぶりに突っ込んどくのが一番いいんだい。ええ? 行くよゥ、行きゃァいいんじゃねえか、行きゃァ・・・・・やいやい言うない、うるせえなッ
女房: ・・・・・いやな顔しないで行っとくれよ。久しぶりで商いに出るんじゃないか、ね? ほうらごらんな、支度をすればやっぱしいい気持ちだろ? 草鞋ァ新しいからさあ、気持ちがいいだろう?
亭主: よかないよ・・・・・気持ちがいいってえのは、好きな酒飲んで、ゆっくり朝寝しているときを言うんだ
女房: 勝手なことを言うんじゃないよ。しっかりやっとくれよ、河岸行って喧嘩しちゃァいけないよ
亭主: あー、言ってくるよ (と天秤を肩に)・・・・・うー、寒い、寒い。眠気なんかすっかり覚めちまった・・・・・
ちぇッ、やだやだ・・・・・なあ、考げえてみると、魚屋なんてなァ、つまらねえ商売だなァ。どこの家だってみんないい気持ちでいびきィかいてるさかりだあ、なあ? あたりは真っ暗だし、起きてるとこなんざ一軒もありゃァしねえや、なあ? 起きてンなあおれとむく犬ぐれえなもん・・・・・
シッ、シッ、こん畜生ッ、なんでえ吠えつきやがって、よせやい、二十日も面ァ見せねえもんだからこん畜生忘れちまやがって、おれだいおれだい、あッはッは、やっと気がつきやがって尻尾ォ振ってやがら、なんでえ、ええ? 犬に忘れられちまうようじゃァ商えに行っても心細えな、・・・・・あーあ、しかしなんだな、愚痴をこぼすようなもんの、餓鬼のうちからやってる商売ェだ、な? だんだん浜ァ近くンなってきて、こう磯臭え匂いがぷうんと鼻へ入ェってくると、この匂いはまた忘れられねえや。
けどなんだねえ。ここまで来るとてえげえ明るくなるんだけどなあ・・・・・いやにうすっ暗えじゃねえか。
ああ、なんでえ・・・・・問屋ァまだ一軒も起きてねえじゃァねえか、なんでえ浜ァ休みか、今日は? ええ? 
おれが出てきたら問屋ァ休みだなんてんじゃまずいじゃねえか、やすみなわけァねえやァ、どうしやがったんだい、浜へくれァいつもいまごろは夜が明けてこなくちゃならねえんだがなあ、(と、空を見て) おかしいなあ・・・・・あ、切り通しの鐘だい、ええ? ああいい音色だな、おまけに海へぴィんと響きやがるからたまらねえなあ、あの味がよォ、また、なん・・・・・一つ刻(トキ)ちげえやがるじゃねえか (と、も一度空を見上げ) 暗えわけだ。かかあ、ときィまちがえて早く起こしやがったッ・・・・ちぇッ忌々しいなあ、本当に・・・・といって家ィ帰ェってかかあおどかしたって、またすぐここへ出直してこなくちゃならねえんだ、まあま、しょうがねえや、浜へ出て一服やってるうちにゃァ、しらしら明けになんだろう・・・・・
よッ、どっこいしょっと (と飯台を肩から降ろし) ああいい心持ちだい、ああゆんべ飲み過ぎてやがんだ、そいでなんかこうにたにたしてやがんだな、塩水で口でもゆすいで、な? (両手に水をすくって、口をゆすぎ、ペッペッと唾を吐き、それから顔を) ううッなまらねえ、たまらねえッ、(と二、三度ぶるぶるッと洗って) ああいい気持ちだ・・・・・ああさっぱりしてきやがったい、ありがてえありがてえ、はっきり目が覚めてきやがった、ここらで一服やるかなあ
 *飯台を左右に置いて、その上に天秤を渡して、傍らへどっかりと腰をおろした。火口(ホグチ)とって、石をカチッカチッと打って、煙管の煙草に火をつけて、ぷうッと吸い、
亭主: ・・・・・あっ、ぽおゥッと白んできやがった・・・・・ああ、いい色だなあ、ええ? あーあ後光がさすってえことをよく言うが、なるほど雲の間から黄色い色がでてくるなァたまらねえな、え? どうでえ、だんだん薄赤くなってきやがるなあ、どうみても、鯛(テエ)の色だな・・・・・あ、帆掛け舟が見えやがらあ。なんだ、もう帰ェるんだな、あいるァ、え? おれが早ェえと思ったら船の方はまだ早ェえや、愚痴も言えねえやな、考えてみりゃァ・・・・・ああ、海ってえやつァいつ見ても悪くねえが、こいつを十日も二十日も見ねえで暮らしていたんだ・・・・・へッ、どうでえこの海・・・・・
 *と、一服吸って、火玉をはたき、ふと、その火玉がすうッと波打ち際に消えたところへ目がいってじいっと見ながら、も一つぷッと煙管吹いて、持っていた煙管をぐうッと伸ばして、その雁首に砂に埋まっている紐をひっかけて、ぐいッとたぐり寄せた。
亭主: ・・・・・なんでえ、え? あれっ、汚え財布(セエフ)だな、ええ? 革にゃァ違えねえが、ぬるぬるだよ。ながく水に入ェってやがったんだよ。砂ァ入ェttるとめえて、なんだか重いてえな、なげえあいだ波にもまれてる間(マ)に、いつ入ェるともなく、な? 砂を出しちまわなきゃどうにもしゃあねえや・・・・・あッ―――
 *覗き込んで中身を認めると、身体が小刻みに震え出し、あたりを見回すと、あわてて財布の紐をくるくるッと巻き、ぐうッっと水を絞って、腹掛けのどんぶりへねじこに、飯台を肩へ・・・・・。
ドンドンドンドン~~~~・・・・・。
亭主: おっかァ、ちょっと開けつくれッ、おい、おっかァ・・・・・
女房: はい、いま開けます、すみませんねえ、いえ、一つ時刻ちがえちゃったんでねえ、お前さん怒って帰ってきやしないかと思って気にしてたんだよ、すみません、いま開けるから待っとくれ・・・・・なんだよう、そうドンドン叩かないでさあ、近所へみっともないからさ、いえいま開けるからお待ちなさいよ。いま開け・・・・・どうした? お前さん、喧嘩でもしてきたんじゃないのかい?
亭主: おっかァ、あとォ締めろいッ、だれもついてこねえか、え?・・・・・おっかァ、おめえ時刻ィまちげえて早く起こしたな?
女房: すみません、お前さんが出ちゃってから気がついたんだよゥ。また怒られるとおもって、追っかけて行こうかなと思ったんだけど、女の足じゃァ間に合やァしないし。すみません、ほんとうに
亭主: それァいいんだよ・・・・・おれァ河岸ィ行くとねえ、問屋ァ一軒も起きてねえや。起きてねえわけだ、早ェえんだもの、え? ま、浜へ出て一服やってようとひょいと波打ち際ンところを見ると、なんかこう動くもんがありやがる・・・・・はなァ魚だと思ったんだ。それから煙管の雁首ィ、引っ掛けて引きずってみたら、やけに重いんだ、たぐっていくとおめえ・・・・・(小声で) だれもいねえか、革の財布が上がってきやがった。
汚ねえ財布なんだ、そいからおめえ、なんお気なしに中ァのぞいてみるとなあ、おっかァ・・・・・これだ、見つくれ、おい、銭で一杯ェだ
女房: え? なんだって? お前さん革の財布を芝浜で拾ってきた?
亭主: ま、黙ってみてみろいッ、勘定してみろいッ
女房: まあ・・・・・ほんとうかい、お前さん、え?・・・・・たいそうな目方だねえ・・・・・おや、銭じゃない、金(カネ)だよッ。二分金じゃァないか、たいへんな・・・・・いえ、勘定してみるからさあ・・・・・
ちゅう、ちゅう、たこ、かい、な・・・・・
亭主: じれって勘定のしかたをしてやがんなあ、ええ? いくらあるィ?
女房: 待っとくれよ、数えてんのにわきからなんか言っちゃだめだよ・・・・・だいいち手が震えて、勘定しているうちにあとにもどってしまうんだよう
亭主: こっちィかしてみなこっちィ・・・・・ェェひとよひとよ・・・・・ふたふたふた、みッちョみッちョ、みッちョみッちョ、よッちョよッちョ・・・・・(小声で) おいっ、おい四十八両あるぜ!
女房: まあ、たいへんなお金だねえ・・・・・どうするい、お前さん
亭主: なによゥ言ってやんでえ、どうするってことァねえじゃねえかなあ、おれが拾ってきたんだ、おれの銭だあ、商えなんぞに行かなくったって、釜の蓋でもなんでもあくだろう、ええ? へっ、ざまあみやがれってんだ。ありがてえありがてえ。これだけ銭がありゃァ、おまえ、明日っから商えなんぞに行かなくっても大いばりだあ。毎日毎日ぐうッと好きな酒を何升飲んだって、びくともしねえや。おっかァ、江戸中捜したって四十八両も持ってる金持ちァ一人もあるめえッ、ここんところねえ、金公だの寅公、竹、みんなにもう借りっぱなしだよ、いつでも向こうに銭払わしちゃってたんだよ、きまりが悪いッたってねえやな。おればっかり飲んじゃあいねえや、え? 呼んできてやってくれ、でな、あいつら好きなものをうんとな、山ほど誂えてきて、で、みんなで、今日はもう、祝え酒だ、うんとやるんだから、おい、ちょっと声かけてきてくれ
女房: なにを言ってんだよう、お前さん。いま夜が明けたばかしじゃないか、金ちゃんだって寅さんだって、商いもあれば仕事もあるんだよう、お昼過ぎンでもならなけりゃ、どうもしょうがないやね
亭主: ちげえねえッ、へっへっへっ・・・・・あんまりうれしいんで夢中ンなっちゃったい。そうか・・・・・といって昼過ぎまでつないじゃァいられねえなァ。ゆんべの酒ァまだ残ってるだろう? え? 今朝ァ早えからよ、眠くってしょうがねえやな、うん、ぐうッと一杯ェやってね、ひと眠りをして、そいから昼過ぎンなったらみんな呼んできて、家で飲むから・・・・・ああ、湯飲みでいいよ、めんどうくせえから、うん、注いでみつくれ・・・・・ああ、うめえなあ。ああ、ありがてえありがてえ。ええ?
正直な事をいうとねえ、ゆんべは明日から商え行くんだってやつが胸につけえやがってよ、飲む酒がうまくねえや・・・・・ああ、もうこれで商えなんぞ行かなくていいってんだから、どうでえ、酒の味がちがうなあ。
ああ、たまらねえなあ、・・・・・え? 香こでもなんでもいいや、なんでえハゼの佃煮があったかい? ちょっとつまみゃァいい・・・・・はあ、ありがてえなあ・・・・・まだあるか? 注いじゃってくれ・・・・・うん、おっとっとっと、なんでえ、ずいぶん残ってやがるじゃねえか、そうか、ふふ、ヘッこのごろ弱くなったのかな・・・・・ああ、ありがてえありがてえッ、ええ? おれは運がいいんだな、昔っからよく早起きは三文の得てえが、三文どころの得じゃァねえや、まさかおめえ浜で財ェ布を拾おうたァおもわねえじゃァねえか・・・・・
ちゅうッ、ちゅうっ・・・・・よしよし、そいでおつもりか。またあとでみんなとふんだんに飲めるんだから、もういい・・・・・ああ、利きやあがんな今朝ァ・・・・・あっ、いけねえッ、さっきから妙だと思ってたら褌もなにもびしょびしょだ。おい、褌出してくれッ、ああ腹掛けも取らなくちゃァ、・・・・・おいおっかァ、腹掛け脱がしてくれよ。おう、おれァ寝るからな、昼ンなったら起こしてくんな
 *床の中へ入ると、ぐうーッと・・・・・。
女房: ねえ、おまえさん、おまえさんっ
亭主: ・・・・・おう・・・・・あゥ・・・・・、なんだなぁ、おうッ、畜生、びっくりするじゃねえか・・・・・なんだ火事か?
女房: 火事じゃァないよう、商いに行っとくれよ
亭主: ・・・・・なに?
女房: 商いに行ってくださいよう。ぐずぐずしてると河岸ィ行くのが遅くなるよう
亭主: なんでえ、商えてェなァ?
女房: お前さんが商いに行ってくれなきゃァ家の釜の蓋ァあかないじゃないか
亭主: ・・・・・また始まりゃがったな、こん畜生。釜の蓋も鍋の蓋もあるかってんだ、きのうのアレであけときゃいいじゃァねえか
女房: なんだい、きのうのアレって?
亭主: おい、よせよゥ、おい。なんだってえこたァねえじゃねえか、え? おめえに渡したろう?・・・・・(小声で) 四十八両! あれであけとけってんだい
女房: なんだい、四十八両ってなァ・・・・・・?
亭主: おッ、畜生、この野郎ッ・・・・・いい加減にしろよう、少ゥしぐれえいくなァかまわねえけどもよ、そっくりいくなァひでえじゃァねえか、なんだいそのうすっとぼけて四十八両なんだなんで・・・・・おれが昨日芝の浜で拾って来た四十八両があるだろう?
女房: なにを言ってんだよう、お前さん昨日芝の浜なんぞに行きゃァしないじゃァないか
亭主: なにィ? おれが芝の浜へ行かねえ? そんなことがあるもんか。おい、お、お、おめえが起こしたろう、え? そいで、おれァ芝の浜へ行ったじゃァねえか? そうしたら時刻間違ェて起こしたもんだから、まだ問屋も一軒も開いちゃァいねえ。しかたねえから、おれが浜へおりて、一服やってるうちに革の財布を拾って、家ィ帰ってきて、おめえと勘定してみたら、四十八両あって、おめえに渡したじゃァねえか
女房: ・・・・・情けないねえ、この人ァ・・・・・いくら貧乏しているからって、お前さんそんなものを拾った夢ェ見たのかい?
亭主: おいッ、夢ェ・・・・・? 夢じゃねえ、おれァちゃんとおめえに渡し・・・・・
女房: なにを言ってるんだよ、おまえさん、しっかりしておくれよ。四十八両、どこにそんなお金があるんだよう・・・・・・そんなお金がありゃァ、この寒空にあたしゃァ洗い晒しの浴衣ァ重ねて着ちゃァいないよ、いいかい? 
たいして広い家じゃァない、天井裏でも縁の下でもどこでも捜してごらんな、どこに四十八両なんてお金があるんですよう、しっかりしておくれよ。お前さん、情けない夢ェ見るねえ、いいかい? よくお聞きな、昨日の朝起こしたとき、なんったんだい。うるせえッて、ひとのことをどなりつけてさ、ね? あんまりしつこく言ってまた手荒なことォされちゃつまらない。だからあたしゃァ、いま起きてくれるだろうと思ってそのままにしといたら、いつの間にかお前さんはまた床の中へもぐりこんで寝ちまって、そして今度ァ、起こそうとゆさぶろうと、どうしたって起きるどころかじゃァ、ありゃしないじゃないか。そいでお昼時分にぽっくり目を覚まして、『おッ、手拭出しな』 ・・・・・手拭持って朝湯へ行っちゃって、帰りに寅さんだの、金ちゃんだの、竹さんだの大勢お友だちをいっしょに連れて来て、『おう、酒ェ買ってきねえ、天ぷらそういってこい、鰻を誂えてこう』 友だちのいる前でおまえに恥をかかせるようなこともできないと思うから、どうしたんだろうとは思いながらも、お酒を無理に都合して借りてきたり、天ぷらを頼んだり、鰻を誂えたりしてさ、なにがうれしいんだか知らないけれども、さんざんお前さん飲んだり食ったりしてさ、お前さん、もうぐでんぐでんになるほど酔っ払ってさあ、そのまま寝ちまったじゃァないか、そうだろ? いつお前さん芝の浜ィ行ったんだい?
亭主: ・・・・・ちょっと待ってくれ、おい!・・・・・えッ? 昨日、おれァ、朝、おれァ芝の浜へ行かなかったか?
女房: 行きゃしないじゃないか、起こしたって起きないで、床ン中へまたもぐずりこんで寝ちまったじゃないか
亭主: えッ? じゃァなにか? おれ、昨日の朝、行かねえ? 夢だ?・・・・・ずいぶんはっきりした夢だなあ・・・・・・なにをゥ言ってやんでえ・・・・・え? おッ、切り通しの鐘はどこで聞いたんだい?
女房: なに言ってるんだよ、鐘ァここだって聞えるじゃァないか。いま鳴ってるのは切り通しの明六刻(アケムツ)ですよう
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芝浜(後)

2007年12月13日 | 落語
亭主: ・・・・・あっ、・・・・・夢だ、しまったァッ、そう言われると、おれァ餓鬼のころからときどきはっきりした夢ェ見る癖があるんだ・・・・・でなにか? おいっ、友だちを連れて来て飲んだり食ったなァほんとうかい、おいッ?・・・・・えっ? 銭を拾ってきたなァ夢で、飲み食いしたなァ本当かい、おい? そいでおめえ、そんな恰好ォしてんのか、・・・・・そうか、えれえことォしちゃったなあ、十日も二十日も商え休んで、家ン中へ銭あるわけやァねえやなあ、その挙げ句に友だちを大勢連れて来て飲んだり食ったりしちゃっちゃァ始末がつくめえ・・・・・えれえことォしたなあ、おっかァ、面倒くせえから、死のうか
女房: なにを言ってんだよ、お前さん、しっかりしておくれよ。死ぬ気でやれァどんなことだってできるじゃないか、お前さんがね、少うし身を入れて、商いを四、五日してくれりゃァ、あのくらいのものはすぐに浮いちまうよ
亭主: おれが商えに行きゃなんとかなるか? え? (身を引き締めて) おっかァ、おれァな、酒が悪いんだ、え? もう金輪際飲まねえッ、酒飲まねえでおれァな、一所懸命に商えするッ、おめえに苦労かけてすまねえ、おれァもう酒飲まねえから安心してくれッ
女房: ・・・・・おまえさん、本当に、酒をやめてくれるかい? えッ? 好きな酒だよ、やめるったってやまるもんじゃァないんだよ
亭主: なにを言ってやんでえ、おれだって男だ、一遍こうと歯から外へだしたことァ・・・・・、やめるったからにゃァ、きっとやめるよ、おれァ、一所懸命商いにいくよッ
女房: (泣いて) ほんとうに商いに行ってくれるかい?・・・・・そうしてくれりゃァ、このくらいのものはどうにでもなるよ、じゃァおまえさん、しっかりやっとくれよッ
亭主: よしっ、こうしちゃァいられねえッ、支度しようッ、なんだ? 二十日も休んでるんだ、飯台、箍(タガ)ァはじけちまったろう?
女房: 糸底へちゃんと水がはってあるから大丈夫だよ
亭主: 包丁はどうなってる?
女房: おまえさんが研いで、そば殻ン中へつっこんであるから、ピカピカ光ってるよ
亭主: よしッ、草鞋(ワラジ)ァ?
女房: 出てます
亭主: ・・・・・あー・・・・・妙なもんだなァ、夢にもそんなところがありゃァがったい、仕入れの銭ァいくらかどうにかなるか
亭主: わずかだけどもね、こしらえて馬入へ入ってるから、今朝はそれで我慢しといておくれな
亭主: おっかァ、おめえはえれえな、なあ、こんな飲み食いしたりなんかァして、その上まだおめえに仕入れの銭まで都合させたりなんかして、すまねえ。そのかわり、おれァもう酒ェやめてうんと働くからな、じゃァ、行ってくるぜ
女房: しっかりやっとくれよ、河岸ィ行って喧嘩ァするんじゃないよ
亭主: 大ェ丈夫でえッ・・・・・
*町々の時計になれや小商人――
 人間ががらっと変わって、商売に精を出す。あの魚屋さんが来たから、もう何刻だ、あの豆腐屋さんが来たから、そろそろお昼だよと言われるようになれば、商人も一人前――。
 好きな酒をぴたりとやめて、早く河岸へ行って、いい魚を仕入れてきて・・・・・もとより腕のいいところへもってきて、お得意を持っている.
「やっぱりなんだねえ、魚ァ魚勝じゃァなきょだめだねえ」
「おう、寄ってってくれよ、おれンところへも・・・・・」
「じゃァ、あしたの朝まちがいなく来ておくれ。夕河岸(ユウガシ)ィ、いつかまた来てくれよ」
・・・・・三年経つか経たないうちに、裏長屋にいた棒手振りが、表通りへ小体(コテイ)だが魚屋の店を出すようになった。・・・・・『御料理仕出し』 というのを障子へ書いて、岡持ちの三つ、四つ、若い衆の二人、三人置くようになった。
     ちょうど三年目の大晦日――。
女房: お帰んなさい、どうだったい?
亭主: どもこうもおどろいたい、ええ? 混んでて、まるで芋ォ洗うようだぜ。・・・・・そこいらどんどん片付けて、ぐずぐずしねえで、なんだァ、みんな早えとこ湯ィ行ってきねえ。もォなんだろう? お得意さまンとこァ届けるもんは届けちゃったんだろう? おう、片付けちまいな、ああ、どんどん。うん、残った魚ァどうにでもまた始末ァつくから、そっちンとこへまとめといてな。早えとこひとっ風呂浴びてさっぱりしろい。ここんとこずうッ遅くまで働いたんだ。ぐずぐずしてると、どんどん湯ァ汚くなっちゃうんだ。・・・・・ああ、そうよ、どうせすきっこねえや。それから、なんだ? 包丁はどうした? 研いでそば殻へつっこんどいた? ようし、包丁の始末さえついていれァ大ェ丈夫だ、道具だけは大ェ事にしとおけよ、うん。そいから、その飯台の上へ、ちょい輪飾り載っけときねえ、うん、ようしようし。高張(タカハリ提灯)は出てるな、今夜ァ出しっぱなしにしとかなくッちゃいけねえよ、うん、・・・・・それからもっと炭ィついどきな、景気が悪くっていけねえ。勘定ォ取りにくる人が、表は寒(サブ)いんだからねえ、火がなによりのご馳走じゃァねえか。もっとうんと火をつけとけえ。
で、ああ、なんだ、みんないっぺんに行っちゃっちゃァいけねえや、まただれか勘定取りにくるともわからねえからな、代わりばんこに、早間に・・・・・
女房: いいんだよ。みんな、そっくり行っちゃっとくれ。勘定なんぞ取りにくる人ァ、もう一人もありゃしないんだから、あと、あたしが細かいことはやっとくからかまわないよ
亭主: なんだ、そうか、払えはもうみんな済んじゃったのか、そんならいいや・・・・・かみさん、あとォやるとよ。早く湯へ行ってきねえ
女房: いいから、湯はまとめて行っちゃっておくれよ。それでないと、いつまでも寝られなくてしょうがないから・・・・・それからそこにねえ、蕎麦の入れ物があるだろう? 向うだって忙しいからなかなか下げに来られやしないよ、ついでだから行きがけにちょいと放り込んどいてやんな。うん、銭はそこに載っかってるよ。お釣りは少しあるだろうけどねえ、担いでった人が煙草でもなんでも好きなものを・・・・・ま、およしよ、みっともない、わずかの煙草銭で奪い合いなんぞしてさあ、正月が来りゃァやるじゃァないか・・・・・で、あとぴったり閉めてっておくれよ・・・・おまえさん、そんなところへいつまでも立ってないでお上がんなさいな
亭主: うん、上がるけどもよう・・・・・おや? やけに明るくって、なんだかてめえの家のような気がしねえと思ったら、畳を取っ替(ケ)えたのか
女房: おまえさん、朝から店にいたから気が付かなかったろうけども、前々からあたしゃァどうにかなったら畳ァ暮れにとりかえたいてえのが念願だったんだよ、いえ、ここんとこだけね、さっきから畳屋さんに骨を折ってもらってね、すっかり替えてもらったんだよ、いい心持ちだろう?
亭主: そうか、道理で・・・・・(上がって、座につき) ああいい心持ちだ、ええ? うん昔っからよく言うな、ええ? 畳の新しいのとかかあ・・・・・は古いほうがいいけどよ
女房: なにを言ってんだよ、変なお世辞を言わなくってもいいよ
亭主: しかしなんだなあ、おっかァ、ええ? 考げえてみりゃありがてえやな、大晦日ァ怖くなくなってきたんだ、はっは、三、四年前ェだったか、おどろいたことがあったな? どうにも勘定がつかなくってよう、ええ? どこへ行ってもそこいら中で断わられちまって、一文の銭もどうにもならねえ、『おっかァ、なんとかならねえか』 ったら、『あたしがうまく言い訳をするから、おまえさん顔を見せるとまずいから戸棚ン中へ入ってらっしゃいよ』 ってえから、おれァ戸棚ン中にいたら、おめえが 『伯父さんところへ行ってますから夜が明けるまでには目鼻ァつけます』 なんてうまくごまかして、みんな借金取りを帰ェしたけど、いちばん終えに米屋が来やがって、米屋が帰ェっちゃって、『もうだれも来る者ァないから、おまえさん出てきてもいいよ』 
ってえから、おれァ戸棚から出るとたんに米屋ン畜生、提灯忘れやがって引っ返ェしてきやがった。
おどろいたねえ、あンときにゃァ・・・・・もう戸棚へ入ェってる間がねえや、どうしようかと思ったら、おめえがそばにあった風呂敷をおれの頭からぱッとかぶせやがったから、おれァ中でガタガタ震えちゃった。けど、米屋の言い草がいいや 『おかみさん、よっぽど寒いとみえて、風呂敷が震えてますね』 ってやがった。
春ンなって、米屋に顔を合わして、あんなきまりの悪いと思ったこたァなかったけどねえ、はっはっは、大笑えだ・・・・・ええ? 本当に、今夜はもう取りに来るところはねえのかい?
女房: 取りにくるどころじゃない、いえね、こっちから二、三軒いただきにいくところも残っているんですけどね。
なあに大晦日だからってあわててもらわなくっても、春永(ハルナガ)ンなってゆっくりもらやァいいと思ってね
亭主: そうそう、そうだよ、うん。お互えに覚えのあるこった、な? 無理に取りにいったって払えねえもなァ払えねえんだ、ああ春永に、それよりな、お互いにいい顔してもらったほうが心持ちがいいやな。・・・・・おう、茶を一杯ェくんねえ
女房: いまちょうど除夜の鐘が鳴っている。福茶が入ってるから福茶ァ飲んじゃってください
亭主: また福茶ってえやつあk、おい? 大晦日になると妙な茶ァ飲ませたがりゃがんな、おいつァどうも、あんまり好きじゃァねえんだよ、え? 飲まなくっちゃいけねえのか、ああしょうがねえ、縁起もんだ、ちょいと、じゃァ、ひと口だけだぜ・・・・・なんだいおい、雪が降ってきやがったのか、いまおれァ湯から帰って来るときにゃァ、めずらしくいい天気の大晦日だと思ったけども・・・・・
女房: なにを言ってんだよ、雪が降るもんかね、笹がさらさら触れ合ってるんだァね
亭主: ああ、そうか、あッははは・・・・・雪が降るわけァねえと思った。明日は、いい正月だぜ。なァ、飲むやつァ楽しみだろうなあ
女房: あまえさんも飲みたいだろうねえ
亭主: いやあ飲みたかァねえや、うん。・・・・・茶ァ一杯ェくんねえ
女房: そうかい?・・・・・ねえ、おまえさん、あのう、実は・・・・・見てもらいたいものがあるんだけどねえ?
亭主: なんでえ着物か、おい? だめだい、おれァ女の着物なんざァまるっきりわからねえ、おめえが気に入ったやつゥいいように着ねえな
女房: いいえ、着物なんかの話じゃァないんだよ、あたしがおまえさんに聞かないで着物なんぞ買うもんかね、いえ、実はお金なんだけどね
亭主: ああ、へそくりか、いいじゃァねえか、おめえにへそくりができるようならでえしたもんじゃァねえか、お? 
春ンなったら芝居へいくとも、好きな着物をかうとも、いいように勝手にしたらいいじゃァねえか
女房: いえ、そんなこっちゃないんだよ、じつァ、おまえさんこれなんだけどね・・・・・この財布に覚えはないかい?
亭主: どれ?・・・・・汚え財ェ布だな、こういう汚え財ェ布に入れとくほがへそくりゃァ気が付かれねえでいいってえのか、へッ、いろいろ考げえてやがんな、だけど、これ・・・・・女の財布じゃァねえや、これ・・・・・、え? 財布は汚えけどもずいぶん貯めやがったなあ、おい? こんなにへそくられちゃァ、おい、たまらねえぜおれだって、ヘヘッ、ほほ、あるあるゝゝゝゝ・・・・・なんだいこれァおい? へでえことァしやがったな、なんだいこれァおい、いい、ちゅうちゅうたこかいな・・・・・ちゅうちゅうたこかいな、ひとよひとよ・・・・・
ふたァふたァゝゝゝゝ、みッちョみッちョ、みッちョみッちョ、・・・・・
   *勘定してみると、小粒で四十八両――。
亭主: おっかァ、なんだ? この銭ァ?
女房: ・・・・・おまえさん、その革財布と四十八両に覚えがないかい?
亭主: ・・・・・革財布と四・・・・・(と、考えて、ぽんと一つ手を打ち) おっかァ、もう三、四年前か、おれァ、芝の浜で、革の財布に入ェった四十八両の銭を拾ってきた夢をみたことがあったな?
女房: ・・・・・実ァおまえさん、これァ、そんときのお金なんだよ
亭主: そんときの銭? おめえッあんときァおれに夢だと言ったじゃァねえか
女房: だからさ、それについちゃァおまえさんにね、今夜話を聞いてもらおうと思ってね、おまえさんは腹立ちッぽいから、途中で怒ったりなんかっしないでね、あたしの話を終わりまできいておくれよ、いいかい? 
それだけは頼んだよ、実ァね、このお金、お前さん芝の浜で拾ってきたんだよ
亭主: おめえ夢だってたじゃねえかッ、じゃァ、じゃァ、あれァ夢じゃァねえのか
女房: 本当のことを言えば夢じゃ・・・・・、まあゆっくり聞いておくれよ、だからさ、ね? 本当のことを言うと夢じゃァないんだよ。おまえさんがこのお金を拾ってきてね、二人で勘定してみると四十八両、『おまえさん、このお金どうするつもり?』 ってえと 『明日っから商売なんぞに行かなくて毎日毎日好きな酒を飲むんだ』 とおまえさんが言ったね? ああ弱ったことになったなあと思ったら、おまえさんがいい按配に、お酒を飲んで、そのまま床ン中へ入ってぐっすり寝こんじまった。その間にあたしゃあ自分ひとりじゃァどうも始末がつかない。大家さんとこへ、この財布とお金を持っていって、『実ァ勝五郎が芝の浜でこれを拾って来たと言いますけど、どうしましょう?』 『どうしましょうったって、そんなお金、おまえ、一文だって手をつけてみろ、勝公の身体ァ満足でいやァしない、とんでもねえ話だ、すぐにあたしがお上へ届けてやるから、おまえは、勝公のほうを寝ているのが幸い、夢だとかなんとか言ってうまく誤魔化しておきな、後はおれがいいようにやってやるから』 と、家主さんがお上のほうのことをすっかり受け合ってくれたんだよ。いえ、おまえさんが目を覚ましたときに、よっぽど言っちまおうかなと、ここんとこまで出かかったんだけどもさ、いや、そうじゃァない、ここで本当のことを言っちまっちゃァたいへんだ。それよりも夢にしておくほうがいいと、とうとうおまえさんに、夢だ夢だで、あたしゃァ、押し通しちゃったけどもね・・・・・それからてえものはおまえさん、あの好きな酒をぷつりとやめて、夢中ンなって商いをしてくれる (と、目頭を袖口で拭き) 雪の降る日なんぞは、ああ気の毒に、あんなに一所懸命ンなって商いをしてくれるんだ、帰ってくるまでに一本、つけて、好きなものでも取っといてやったら、どんなに喜ぶかしらん、と。何度もそんなこと思ったこともあるけども、いやそうでもない、なまじそんなことをして、せっかくここまで辛抱してきたものを、また昔のようにお酒を飲まれては尚更大変なことになると思ってね.いえね、このお金だってもっと早ァくお上から落とし主がないてえことで、お上からあたしの手元へ下がってきてはいたんだけれどもね、いえ、そんとき、よっぽどおまえさんに打ち明けて話をしようと思ったが、実ァ今夜まで黙ァって内緒にしていたんだよ。今日このお金をおまえさんに見てもらって、今まであたしが隠し事をしていたことをおまえさんに詫びして・・・・・
腹が立つだろうねえ、連れ添う女房に隠し事をされて・・・・・さ、これだけ話してしまやあ、あたしゃァねえ、おまえさんにぶたれようと、蹴飛ばされようとなにされてもかまわない。気の済むまでおまえさん、あたしのことォなぐっておくれ
亭主: (両手を膝に目をつぶったまま) ・・・・・そうか・・・・・おっかァ、待ってくれ。なぐるどこじゃァねえ・・・・・
いや、えれえ、えれえッ、いや腹ァ立つどころじゃァねえ・・・・・いま、おめえに言われて、おれァ気がついたい、ねえ? あんときにこの金ェ見たときにゃァ、商いに行くどころはァねえや。毎日毎日、朝から晩までおれァ酒飲んで、うん、友だちを呼んできて、酒ェ飲ましたり、好きなものを食わしたり、まあ、そんなことをしていたら、これっぱかしの金ァまたたくうちになくなるだろう。元の木阿弥だ。ばかりでなく、このことが、
もしもお上に知れたひにゃァ、おれの身体ァ満足じゃァいねえや。佃の寄せ場送りンなって、いまごろァもっこォ担いでいたかもしれねえ。そいつをおめえのおかげで、ま、こんな店の主ンなって、親方とかなんとか言われるようになれたんだ。なぐったりするどころじゃねえや、おっかァ、おれァおめえに礼を言う・・・・・このとうり・・・・・
女房: なにを言ってんだねえ。両手をついらりなんかしてさあ。じゃなにかい、おまえさん、堪忍してくれるかい?
亭主: 堪忍するもしねえもねえ、おれァおめえに礼を言いてんだ
女房: いいえ、礼なんぞ言われちゃァ、きまりが悪いやね。あたしゃァ今日はおまえさんにうんと怒られるだろうと思って、機嫌直しに一杯飲んでもらおうとおもって・・・・・これ、お燗もついているんだよ・・・・・
亭主: 酒かい? おい、え? お燗がついてる? どうもさっきからなにかいい匂いがいやがったけど、おれァ畳の匂いだけじゃァねえと思ったんだ。本当か?
女房: いいえもう、こうやって若い衆の二、三人もいるんだし、いつおまえさんがお酒を飲んだってお得意さまへご不自由をおかけ申すようなことはないと思ってね、もう今夜っからはおまえさんにお酒を飲んでもらってもいいなあと思ってさ、好きなものも二品三品こしらえといたんだけど・・・・・
亭主: そうか、いいのか、ほんとに飲んでも、え? そうか、飲みたかったんだよ・・・・・ありがてえなあ、おっかァ、おおお、茶碗の方がいいや、久しぶりだ、猪口なんぞでちびちび飲んじゃァいられねえや・・・・・注いでくれッ、おっとと、(湯飲みの中をしみじみと眺めて) どうでえいい色だな、え? ぷうんと匂やァがる、匂いをかいだだけでも千両の値打ちがあンなァ、(一つ、頭を下げて) 暫く・・・・・、いいんだな? ほんとうに飲んでも
いいのかい? おい・・・・・ああ、ありがてえなあ、たまらねえや (と、湯飲みを口元まで持っていって) 
あ! よそう・・・・・また夢になるといけねえ
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