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1945年☆韓国はここまでして日本が残した財産と賠償金が欲しかったのか!第2部

2017-09-14 21:40:55 | ここまでして韓国・北朝鮮・中国は日本の財産が欲しかったのか?

第1部で書いた通り、敗戦国になってしまった日本は、戦っていた連合国から色んな賠償を迫られます。そんな中、韓国は戦勝国では無かったので、戦争賠償権利が認められませんでした。そこで韓国は、賠償金欲しさに、何とか権利を得ようと事実を捻じ曲げて嘘のストーリーをつくり、連合軍側に何度も権利の主張を繰り返しました。そして韓国は、1951年10月20日から14年間もの歳月をかけて、ついに1965年に日韓基本条約という日本との、2国間協議で、莫大な賠償金を得ることになるです。

*調印する吉田茂総理大臣

 

 

当時のサンフランシスコ講和条約の様子。1945年の敗戦後、7年間にわたるGHQによる占領政策の後、平和条約(サンフランシスコ講和条約)により、停止していた日本の主権が復活しました。

主権復活の条件の中に、連合軍側日本の味方以外の戦地になった外国に対して、賠償金の支払いをするということが盛り込まれました。

 

日本の払った賠償金の種類

まず、賠償といっても戦争賠償戦後賠償の2つに分けられます。戦争賠償とは、国家間で行われる賠償で、戦後賠償は、国対個人に対して行われる賠償のことです。

戦争賠償の形態

中間賠償・・・日本国内にあった軍需工場の機械などの資本設備を撤去して、かつて日本が進出していた外地の国に、移転・譲渡することによる戦争賠償です。なお、中間賠償は、日本の軍需施設を解体して、武器を作れなくする武装解除の目的もありました。大蔵省の調べでは、1950年5月までに計1億6515万8839円(昭和14年価格)現在の価格にざっくりと計算すると、約53億820万5千円にもなります。これらは、あくまで日本に置き換えた場合で、物価の安い発展途上の国では目も眩むぐらいの価値があったと思います。譲渡の内訳は、中国54.1%、東インド(オランダの植民地)11.5%、フィリピン19%、ビルマ・マライ(イギリスの植民地)15.4%となります。(中国などは、これらによって製作コストもかけずに沢山の武器を作れるようになったと思います。)

在外資産による賠償・・・日本が朝鮮半島や、中国大陸・南方諸島・北方領土などの外地に投資した資産(学校・病院・ダム建設・デパート・道路・ホテル・図書館・橋・金融制度・上下水道・ガス・電気・博物館・郵便局・農業・司法制度・駅舎・より良い港・市庁舎など)を日本政府や企業が投資した物や個人の預貯金などを、提供することによる賠償です。

在外資産の総額

    朝鮮***891.2億円(1945年当時)→現在の価値に換算したら16兆9328億円

                    *韓国だけでは、429.0億円→8兆1500億円

    台湾(中華民国)***702億5600万円→13兆3486億4000万円

    中国(中華人民共和国:PRC)東北***1465億3200万円→27兆8410億8000万円

                  華北***554億3700万円→10兆5330億3000万円

                 華中・華南***367億1800万円→6兆9764億2000万円

    その他の地域(樺太・南洋・その他南洋地域・欧米諸国等)

                      ***280億1400万円→5兆3226億6000万円

  合計3794億9900万円→現在の価値に換算したら72兆1048億1000万円になります。

 

連合軍捕虜に対する補償・・・日本国の捕虜であった時に、不当な扱いを受けたという名目で、日本が外地に投資した在外資産や、連合軍側と日本の戦争の中立国にあった、日本国および個人の資産等から、1955年に45億円(現在に換算すると8550億円)を赤十字国際委員会に支払いました。

 

占領した連合軍に対する賠償・・・サンフランシスコ講和条約第14条で定められているところの日本が占領し損害を与えた連合国と二国間協定を結んで行った賠償のことです。一般に狭義の「戦争賠償」は、この二国間協定による賠償が意味されることが多い。この賠償を受ける事ができたのは、以下の2つの条件を満たす国です。

  1. 平和条約によって賠償請求権を持つと規定された国
  2. 日本軍に占領されて被害を受けた国。

すなわち、この2つの条件に外れる国々は、この賠償権を持たない。

連合軍側の立場ではない、朝鮮(大韓民国+朝鮮民主主義共和国)は、日本と戦争状態でなく、連合軍宣言にも署名していないので、この権利はなく賠償を受けることはできなかったんです。

もらえた国

   ビルマ・・・720億円(1955年当時)*もらった名目:日本とビルマ連邦の平和条約

   フィリピン・・・1980億(1956年当時)*もらった名目:日本国とフィリピン国との間の賠償    協定

   インドネシア・・・803億880万円(1958年当時)

   南ベトナム共和国・・・140億4000万円(1959年当時)

   合計3643億4880万円(当時の金額)を日本は支払っています。現在の価格に換算するとすごい金額を支払っていることになりますね!

 

 

それにしても、いくら戦争に負けたからといって、日本は余りにも賠償金を払い過ぎているのではないでしようか!記載した、ここまでの賠償だけでも、当時の金額で、7187億7095万8839円を支払ったことになっています。

負けた弱みに付け込まれて、あれよこれよと実際以上の賠償金を払わされているような気がします。アディーレ法律事務所に、過払い金請求をたのみに行った方がいいかもしれませんね!(笑)

 

まだまだあります。日本の支払った賠償金が!

 

準賠償・・・サンフランシスコ講和条約第14条により、連合軍側に属する立場で、日本に占領されて被害があった国以外、すなわちこれらの条件に、外れた国々に支払われた物なんです。

    条件は・・・1、連合軍側の権利がなく、どの形態の賠償ももらえない。

          2、外交文書において受け取り国が、さらなる賠償請求を放棄しており、

        また何らかの戦前戦中の損害を補償する目的の供与であることが記されているとあります。

 

***要するに、もらえなかった者がもらえるようになった制度みたいなものです。朝鮮(大韓民国+朝鮮民主主義共和国)の為の物みたいです。これらの賠償は、正式な賠償ではない扱いになっているので、外交文書上では、「賠償」という表現では記載されていません。「準賠償」という言葉も、外交文書上では出てきません。韓国が良く日本からは、賠償を受けていないと言っていますが、それは、ここら辺からきているのではないでしょか?

 

日本の賠償の数が、余りにも多いのでまとめるのが大変です・・・しかしこんなにあったとは・・・

 

日本の賠償金の詳しいことは(Wikipedia)→https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%88%A6%E4%BA%89%E8%B3%A0%E5%84%9F%E3%81%A8%E6%88%A6%E5%BE%8C%E8%A3%9C%E5%84%9F#.E5.9C.A8.E5.A4.96.E8.B3.87.E7.94.A3.E3.81.AB.E3.82.88.E3.82.8B.E8.B3.A0.E5.84.9F

 

 

日本は朝鮮統治時代に朝鮮を近代化させるために、多大な財力を惜しみなく使って朝鮮の街づくりをし、就学率の低かった国民の学力を上げさせるために学校などを多数造り、就学率を高めました。よくひどく扱われていたと言われますが、当時の軍内部では隔たり無く朝鮮人でも中将にもなれるぐらいでした。でも戦争に日本が負けて、国としての地位が無くなった時に、多くの朝鮮人達は、今まで日本人の公的や個人の所有物であった土地や資産・建物などをお金を払わずに勝手に権利を変更したり略奪したりしました。先に述べましたが、その額は相当な金額です。

 

*苦労もせずタダで手に入れた資産や物品だけでは飽き足らずに、韓国はなんと賠償請求まで言い出すようになりました。☆この賠償請求がのちの、いわゆる1965年の日韓請求権協定と言われるものです。

 

 

[いとも簡単に裏切られる国民性なのか?]

 

 ◇朝鮮併合時代の朝鮮人は、差別なく中将にもなれていました◇

 

 

*当時、とても競争率が高かった日本軍への志願者。

*志願し日本軍として戦った朝鮮兵。勲章の多さから士官クラスかな?

 

 ☆古来から宗主国が変わるたびに、ひれ伏す相手を替えなければならなかったからなのか切り替えが早すぎます。

 

 

朝鮮に対する賠償

朝鮮に対する保証とは、戦争賠償の権利が無かった韓国が、権利を得るために、うそのストーリーを立て、被害者であったということにして、賠償金を日本から奪い取ろうとしたことの言い方を変えただけのものです!

日本と韓国の二国間の会議は、昭和26年(1951年)10月20日の交渉から始まり、1965年の日韓基本条約締結までの、14年にわたって繰り広げらえました。交渉が始まったころの韓国の大統領は、独立動家だった、李承晩大統領だったのですが、日本に対して敵対視し続けていたので、予備会談の段階からもめにもめていました。

  • 会議では、韓国は連合軍側の立場で戦勝国だと主張するが認められず、それなら在外資産は連合軍と同じように認められる権利があると主張するも、日本も朝鮮に残した財産請求権があるから相殺しようと主張すると、1部で書いた通り、日本の在外資産(429.0億)ー韓国の財産(313億7368万4211円)=115億2631万5789円になります。  すなわち相殺すると、韓国は日本に、当時の価格で115億2631万5789円(現在に換算して約2兆19000万円)をぎゃくに支払わなければならなくなります。この様に、日本が財産請求権を持ち出すと、反発した李承晩は、日本海に勝手に李承晩ラインを引き、竹島を強引に不法占拠しました。この時、日本の民間の漁船が銃撃され、船長が死亡する第一大邦丸事件が起こりました。漁船員を多数拿捕し船員を返してほしければ当方の提案を飲めと人質を盾に無理難題を要求しました。汚いやり方です。その後、韓国は、日本に財産請求権を放棄させ、韓国も放棄し、損をする請求権ではなく別な形で金をもらおうと考えました。そして準賠償という権利の無い国が、経済協力金という名前のもとで無償でお金をもらえる制度を勝ち取ったんです。

 

これにより、韓国は日本から下記の様な賠償と借款を受けました。(1965年に日韓基本条約の締結)

 

 

 

「経済協力金」とその使途

財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定によって日本は韓国に次のような資金供与及び融資をおこなった。

  • 3億ドル相当の生産物及び役務 無償(1965年)(当時1ドル=約360円)(1080億円:当時の価値)
  • 2億ドル 円有償金(1965年)
  • 3億ドル以上 民間借款(1965年)

 

これ以外にも、韓国にあった在外資産が、当時の金額で429億円(現在に換算すると8兆1500万円)。2016年12月の日韓合意で10億円を支払ったし、現在も戦時中の徴用工問題で、賠償金を何とか奪い取ろうとしています。

日本の韓国に対する賠償についての詳しいことは(Wikipedia)→https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9B%BD%E3%81%A8%E5%A4%A7%E9%9F%93%E6%B0%91%E5%9B%BD%E3%81%A8%E3%81%AE%E9%96%93%E3%81%AE%E5%9F%BA%E6%9C%AC%E9%96%A2%E4%BF%82%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E6%9D%A1%E7%B4%84

 

*終戦までは、仲良くしていたのに、負けて相手の立場弱くなると、手のひらをひっくり返す。賠償金欲しさに嘘までついて権利を得ようとするやり方は、今現在まで70年続いているということですね!

 

 

 

PS:ただ韓国人の中にもまともな人がいて「日本のことは好きだし韓国は、大統領が変わっても、国家間の約束(日韓合意)は、守り続けなければならない。」と言う人や、また別な人は、「日本のことは、好きですし、近所なんだから仲良くした方がいいと」と言う人がいることも真実です。昔の本当の統治時代のことや本当のことを知っている正直な人たちがいることには救われます。

 

 

 

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