クィアスタディーズ参加(2月)と諸々

2019-04-13 10:15:40 | Weblog
すこし前の話になるけど、2月に日本の草分け的ドラァグクイーンのマーガレットさんが企画されたクィアスタディーズというイベントに参加した。

そしてマーガレットさん大好きになったんだけど、その話はまた。

その時のテーマが80年代後半から90年代前半にかけてアメリカで起こったACT-UPという社会運動だった。

というかACT-UPに関わった人々にインタビューして当時を振り返るドキュメンタリー映画を観てお話するという企画だった。

ACT-UPがどういう運動かというと、当時アメリカでエイズ・エピデミックと呼ばれる主にゲイ男性のコミュニティ内でエイズが爆発的に流行したんだけど厚生省(だっけ?)が対策を遅らせたことに対して「わたしたちを見殺すな」と治療薬の認可を一日も早くするよう強く働きかけた抗議運動。

運動はまだ死者のすくない80年代のうちは盛り上がりが大きく、その中で生涯に渡る友人や恋人を見つける人も多く、その頃の思い出を語るインタビュイーたちの表情は明るくポジティブな興奮に満ちる。

90年代に入ると死者の数が増え始め、運動の中心的な役割を担っていた人も亡くなることが増え、活動の様相もホワイトハウスに亡くなった恋人の灰を撒くなど変化していく。

ともあれこれだけ運動が盛り上がった背景に、特権的立場にある白人男性がゲイでエイズに羅患したことによって公的機関から命を守られない差別的扱いをはじめて受けたことへの怒りがある。

差別され慣れていると怒りが鈍麻するものだが、それ以外では絶対的なマジョリティとして生活してきた白人男性が差別にさらされた時の理不尽への反応は大きなものだったわけだ。

運動も後半になると患者の中には女性もいるし民族的マイノリティもいることも強調されるようになるが、初期の反応の速度や強度は白人シスゲイ男性のパワーによるところが大きかった。

映画観賞後、マーガレットさんは日本における80〜90年代ゲイコミュニティのエイズへの恐怖について体験者として語っておられた。
1981年にイギリスでpatient zeroと呼ばれる最初のエイズ患者が報告された、その年にマーガレットさんは20歳でお母さまに自分のセクシュアリティをカミングアウトされた。

ともかく病気にだけはなってくれるなというお母さまのことばのもと、マーガレットさんは10年くらいゲイとしてアクティブでない時代をすごしたとのこと。

日本でエイズに対する対応が行われるようになるのが薬害エイズ訴訟からだ。(訴訟自体は1989年から始まっていたみたいなんだけど、注目を集めたのは90年代に入ってからではないかな。)

薬害エイズが社会的に認知されることで日本のエイズ治療は進んだけれど、セックスから羅患した人たちは陰に押しやられていった。

また1985年に神戸市で日本初の女性患者さんが確認された時、性風俗で働いていた人だという話があって(真偽はわからない)、そのあたりで風俗店を利用した人たちが数千人単位でパニックを起こした。

その時は「売春婦が外国人から病気をもらった」と、職業差別や性のあり方の差別意識が強調されたらしい。(売春については、職業としてどうこうという以前に、本人がたとえどうしても嫌というわけでなかったとしても貧困や教育の欠如のために他に選択肢がなく仕方なく選択している人が多いと言われる仕事のやり方なので、蔑むな!というのはもちろんだけど単に「それも立派な仕事」というにはいろんな要素が絡みすぎている。)

そうやって報道やそれに対する市民の反応から「よいエイズと悪いエイズ」「よいセックスと悪いセックス」の分類が明確になったことで、同性愛やセックスワークへの潜在的な差別意識が可視化され暗たんたる思いがしたとマーガレットさんがおっしゃっていた。

わたし個人としては、ゲイ男性が抱えてきたエイズへの不安のリアルさをこれまであまり感じてこなかったことがわりとショックだった。

きっと自分が男性だったらいろいろ情報を集めているだろう。

正直に言うと、イベント会場に着くまでその日のテーマを知らなくて、資料をいただいて「なんで今エイズの話?」と思ってしまったのが最初の自分のリアクションだった。

イベントにはまきむぅこと牧村朝子さんも登壇されていて、そのためだと思うけど開始前に近くに座っていた女性たちが「ゲイの友達はいるけど、レズビアンって会ったことないよね〜」と話していて、ちょっとイラッとして「聞こえてますよ」と思った。

だけど、自分も当事者性のないことにたいしては「なんでエイズの話なの〜?」みたいな反応を口には出さないまでもしてしまうわけだ。


わたしの文章は大体において尻切れトンボなんですが、前回の記事に引き続き、自分以外の立場への想像と寛容を強調して、文章をしめたいと思います。

で、結局問題を抱えた側が問題を見つめて伝わりやすい表現を考えて試行錯誤して問題なく過ごせている人たちに訴えていく、説得し続けるということをやらないと社会の認識はなかなか変わらないんだよなあ。

うーん。

シスゲイ男性とシスゲイ女性だったら社会的パワーからして男性の方がマジョリティだけど、エイズ感染者と非エイズ感染者あるいは感染の可能性の高い人と低い人に分けた時には前者がマイノリティで後者がマジョリティになる。

自分の当事者性はまあ考えて対策しないと生きていけないからよく考えるんだけど、非当事者性≒マジョリティ性について認識することが最近の課題。


だけど!

悩み苦しんできて自分の生きる道すじをどうにかこうにか七転八倒しながら獲得してきたわたしに人々は「強い人にはわからない」「あなたにわたしの悩みはわからない」って投げつけてくるんだぜ。

それがなかなか納得いかねえんだわなあ。

絶望のたびにどんな思いで立ち上がってきてると思うねん。

(そこで立ち上がれるのが強者だと言われればそれまでかもしれないけど。)

そんなのを日々バンバンにくらってるから、わたしも大事な人に「あなたはめぐまれてるからわからないんだよ」とか言ってしまうし。

どんな思いで彼女が自分自身を作り上げてきたことかまったく知らないわけはないのに。

なんのループや。


強く優しく。

やっぱりそう思って生きていくよ。
コメント
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