新・東京日記 ~ママチャリで行くわヨ!~

子育ても一段落し、だいぶ落ち着いてきた日々の備忘録。

ママの好きなところ

2013-09-30 | 家族

いつもは辛口の娘っ子が、

「〇△ちゃん(自分のこと)さ、ママ(私のこと)が〇△ちゃんのママで良かったなー

と言う。

「え?? やだやだ、なんで??

仕事をちゃんと頑張ってるから??

どんなに忙しくても、頑張って保護者会には必ず行くから??

ガミガミ言わないから??

えー、なんでだろう (わくわく)

「だって、ママ、オモシロイじゃん!

はい??

「ゴリラの真似もうまいしさ、いっそん(あまちゃんの磯野先生)の真似もうまいしさ、替え歌つくんのもうまいしさ、$#)(’)#$”=(注:私の持ちネタですが、、あまりにもアホ過ぎて書けません)もおもしろいしさ 

そうだったんか・・・。

娘っ子、自分の友だちを連れてきたり一緒に外出したりすると、「ママ、ほら、あれやって 」と・・・・。

あまりにもアホなネタですが、一応披露すると、娘っこの友達、皆、笑う。。。。

「ほら、うちのママ、面白いでしょーーーー」と、鼻高々。

やっぱ、そこなんすね、私の母としての価値は・・・・


ぐんぐん伸びーる

2013-09-26 | 家族

娘っ子が学校から「健康カード」を持ち帰った。これ、毎回楽しみ♪

毎年、4月、9月、1月に発育測定をし、身長・体重・肥満度の数値が記録される。

毎回、小1からの成長具合を見て、大きくなったなぁとしみじみ思うのが楽しみなのである。

今回は153.9cm。小1の4月から実に30cm、小5になった今年の4月から2.5cm伸びている。。。

ここ最近、すごい勢いで目線の高さが近づいてきたのを感じる。このペースだと、163cmの私に追いつくのは1年後。

いやはや、もう時間の問題だな。。。。

もうずいぶん前だが、息子が11歳の時に足に腫瘍ができて検査入院した時、その主要が悪性かどうかを判断するための一つの材料として、骨シンチという検査をした。全身の骨の画像を撮るのだけど、癌の部分は黒く浮き出るらしい。

私は待合室で30分間待っていたのだが、そこに置いてあった検査のサンプル画像を見ると、癌だという部分が黒くなっている。

検査後、画像はすぐに主治医のPCに転送された。

息子と二人で呼ばれて中に入ってみると、先生の机の上の大きなスクリーンには息子の骨シンチ画像が・・・・。

そしてそれは、全身真っ黒・・・・・。私は眩暈がして、椅子からずっこけそうに・・・。

先生は大笑いしながら、

「子どもはね、関節に成長物質がうつるから全身の関節部分が黒くうつるんですよ。いやー、K君、すごいな。成長物質がたくさんつまってるよ。これから伸びてやるぞーーーって全身が叫んでるね(^◇^)」

なんだ、早く言ってくれ・・・。

と思いつつ、ホッとしたことを思い出す。当時、息子は160cmくらいで、私をまさに追い抜こうとしていた頃。

その後、先生&骨シンチの予言どおり、25cm伸びました。手も足もながーくなりました。

そんなことを思い出した、今回の健康カード。

娘っ子も、成長物質を大量に関節に保有していそうだなぁ。。。。

 

 

 


今、何を読んでいるの?

2013-09-25 | 家族

子どもは思ったようには育たないものだし、持って生まれた個性もある。

二人目が生まれてからの11年間は、「あぁ、人間て一人一人違うんだなぁ」という驚愕経験の連続だったように思う。

全く性格の違う二人だがが、ありがたいことに、二人とも本好きに。

最近は、What are you reading now? 今何を読んでるの?

と訊ねあうのがなかなか楽しい。

昔、マンハッタンに住んでいたとき、マンションの近くに大きな書店があった。買わなくてもいいからいくらでも座り読み(?)してくださいという太っ腹な子どもコーナー。週に1度は息子と一緒に通ったものだが、そのコーナーに足を踏み入れると同時に息子は書棚を縦横無尽に歩き回り、絵本の束を抱えて戻ってくる。毎回5冊まで。選んできた本を私の胡坐の上にチョコンと座った息子に読み聞かせるというのが毎回お決まりのパターンだった。今では185cmの大男になってしまったが、昔は「チョコン」としていたものだ・・・。7歳下の娘も、物ごころつくまえから、書店通い。私&にいにと三人で行く時もあれば、マダガスカル人のスーパー・ナニー、ハンタも毎日のように本屋に連れて行ってくれたようだ。

子どもたちが小さい頃は、いかなる場所であっても、一瞬であっても、子どもを1人にすることに対して非常に厳しいマンハッタンにあっては、息子を子どもコーナーに残したまま、大人の書棚をうろつくわけにわいかない。結局いつも、子どもコーナーで時間切れ。「あー、早く子どもたちが大きくなって、自分の本もゆっくり選びたいなぁ」と毎回思うのであった。

ある時、ユニオンスクエアカフェという高級レストランに子どもを預けて大人だけでディナーに行った。隣のテーブルに食事を待っている三人家族がいて、お父さん、お母さん、そして12歳くらいの男の子がそれぞれ本を取り出し、静かに読んでいた。食事がくると、それぞれが読んでいる本についての会話が始まった様子。このレストランの常連なんだろうなーという雰囲気、そして三人の間に流れる知的でありながら温かい空気がとても新鮮だった。

まるで、映画のワンシーンのような瞬間。それが、私の頭の中に今もたくさん眠っている、ニューヨークの多彩なimagesの一つである。

「いつか、あんな風に・・・・」と思ってから、はや15年くらい経ったのかな?

気がつくと、息子と娘と三人で新幹線に乗ったり、喫茶店に入るようなことがあると、それぞれ本を取り出して読み始めるように。ユニオンスクエアカフェみたいな都会的で大人っぽい場所ではないし、あのファミリーのようなカッコよさは無いが、それぞれ本を読みつつ、内容をシェアできる関係になったことは喜ばしい。

子どもたち二人とも本好きという点では共通しているが、好きなジャンルが全く違うのは、興味深い。

息子は文学作品好きなので、日本語・英語問わず、小説や古典一辺倒。プラス、漫画。「ストーリー」が好きなのだ。

それに対し、常に効率重視の娘は、本屋や図書館でかき集めてくる本は「実用本」中心(笑)「銀行のなぞ」とか「知っておきたいボキャブラリー100選」とか「誰でもできる驚きのマジック」とか、そんな感じ。ストーリー物も、スピード感のある探偵もの、謎解きものが好き。

だから、What are you reading?という会話も面白く成り立つワケで。もう少し、娘っ子が大きくなったら三人でBook Clubなんか出来たら面白いな。同じ作品を読んで、それぞれの感想をシェアし合う。願わくば、その頃は皆でワインを飲みながら、なんかだと良いね。日本酒でも良いけど。

小さい頃も可愛かったけど、大きくなってくるとまた別の楽しみが増える。一粒で何度でも美味しいです!

 


宮城への旅

2013-09-24 | 家族

三連休は、娘っ子と一緒に宮城県へ。日曜に南三陸で仕事が入っていたので、前泊は松島、後泊は南三陸の歌津で宮城を満喫してきました。

土曜の午前中、息子の大学の入学式に出席し、帰宅。

午後に娘っこと一緒に仙台へ。東北本線に乗り換え、松島駅で下車。駅近くの民宿に辿りつきました。

これまでの南三陸出張では、仙台に泊まるのが通例だったのだけど、三連泊だから&(後でわかったのだけど)サザンオールスターズのライブが日曜だったからか、仙台中のホテルというホテルは全て満室。松島に泊まることになったのでした。

一緒に出張したのは二人の女性、AさんとBさん。Aさんは東北支援のカウンターパートなので、ここ2年以上、ガッツリと一緒に仕事をしており、東北に2人で訪れるのも数十回目。彼女は5歳と3歳のお子さんがいるのだが、うちの娘っ子を同伴できるときには、二人のお子さんを連れてくることもある。娘っ子はやたら面倒見がよくて、子どものお世話や相手をするのが大好きなスーパーお姉ちゃんだ。新幹線に乗り込むと、直ぐにベビーシッターに早変わりして、私とAさんは心おきなく打ち合わせに励めるのである。

今回は、Aさんはパートナー(パパ)がお休みなので子どもたちとお留守番。

今回初めてご一緒するBさん(産婦人科医)は、8歳から2歳まで4人のお嬢さんのお母さん&お腹の中にも赤ちゃんが。ので、一家まとめて一緒に行くことに。パートナー(パパ)も仕事が終わってから夜遅くに松島の民宿に合流してくれました。翌日は、朝、少し松島を見物。

そして、貸し切りバスで南三陸へ。私たちが仕事の間は、うちの娘っ子、Bさんのところ4人のガールズ、そしてパパさんたちは、近くのミニ動物園へ。娘っ子もチビちゃんたちを抱っこしたり、膝の上で本を読み聞かせたり、スーパーお姉ちゃんぶりを発揮した模様。パパさんから「助かりました―」と嬉しいお言葉。

地元の女性たち・ママたちも、東京から来た産婦人科の先生(経歴もグローバル)が、実は自分達と同じように日々、子どもの世話とか送り迎えとかご飯作りとかに走り回ったり、夜は寝かしつけるうちに一緒に寝落ちしちゃってたり、ということがわかるととても親近感を持ってくれる。仕事の終了時間にガールズたちがわらわらと、「ママァ~~~~」と駆け込んできて、Bさんに抱きつく様を見て、皆、目を細め、子どもたちに話しかけ、そこからまた会話が始まる。そうやって女性の繋がりが出来ていくのを見ると、なんだかじーーーんとするのである。

仕事終了後、バスで志津川の防災庁舎に寄り、手を合わせ、さんさん商店街でお買いもの。一番の目当ては、「ちばのり店」。このお店は、代々続く地元の海苔屋さん。60代の姉妹が営んでいる。店舗は防災庁舎のすぐ近くにあった。2011年3月11日に、店舗も海苔の加工をする工場も倉庫も自宅も、一切合財全て津波で流されてしまったという。ところがこの姉妹、直ぐに立ちあがり、店の再建に向けて動きだす。自分達で国の支援制度を調べあげ、その情報を持たない行政に発破をかけ、どうにか資金繰りに目途を立てて、現在再建中である。仮設店舗をさんさん商店街に、そして、工場は高台にプレハブを建てた。

今は、店はお姉さんが、工場は妹さんが切り盛りしている。7月に工場を訪ねた時、妹の公子さんからいろんなお話をうかがうことができた。

「身につけているものは、流されねェ。ってことなんですよ」

という言葉、一瞬、衣服や装飾品など物理的に身につけているものは流されないってことなのかと思った。実際、この姉妹は、その日に身につけていたもの以外、全て流されてしまったのだから。

ところが、公子さんが意味していたのは、

「教育とか、技術とか、知識とか、気概とか、そういうことです」

と。芸は身を助くではないけれど、一度身に付けたものは、地震が来ようが津波が来ようが、生きている限り流されないということ。それを実感したのだと言う。

「若い人は、英語とパソコン」

と断言された時には意外性に思わず噴き出してしまった。南三陸には世界中からたくさんの人たちが駆け付けてくれて、手伝ってくれ、勇気づけてくれた。もっともっとお礼を言いたいし、伝えたい事がたくさんあるのに、言葉の壁があって伝えられない。その時に「英語さえできれば!」と心から思ったのだそう。また、安否確認や情報収集に、インターネットがものすごく役に立ったというのだ。事業再建にも。沿岸部では携帯は皆持っているけど、パソコンの保有率は低く、インターネットや基本的なソフトを使いこなす人は少ないと発災直後から聞いていた。実際、それが雇用・起業促進の大きなハードルにはなっていたので、雇用・起業支援の前段として、各地でIT講座を開催したりした。公子さんも、パソコンやインターネットを活用するスキルは、非常に大きな力になり、これからの必須条件だと身に沁みて思ったとのこと。だから、「若い人は、英語とパソコン」。本当に説得力があります。

さらに、

「やっぱり、思いやりのある人、人の痛みがわかる人は最後まで倒れなかったね」とも。

威勢よく、わーわー大声で仕切ったりしていた人ほど、避難所生活が長引くにつれ、早々に体調を崩していったという。反対に、人のことを気にかけ、人の手助けをしていた人の方があの生活を乗り切れたと・・・。

公子さんに、「やはり、海苔は南三陸が一番ですか?」と聞くと、

「いや、有明海だね」

と。これも思わず噴き出してしまった。海苔の出来は毎年、気候や潮の流れによって、各所で違うらしい。南三陸の海苔が一番良いときもあるけれど、安定して質が高いのは有明海のものなんだと。その年の海苔の出来を吟味し、一番美味しい産地からとりよせ、加工して販売しているのである。

この時にお土産に頂いた海苔&、さんさん商店街の店舗で自分で買った海苔を東京に持って帰った所、あまりの美味しさにのけぞった・・・・。

娘っ子は、小さい頃から海苔好きで、つい最近までもスナックというとクッキーとかチョコレートではなく、「海苔」を持ち歩いていたほどの海苔マニア。一口食べて、「これはすごいね!」と悶絶状態・・・。家族・友人に配ったら、皆さんから大絶賛・・・。

娘っ子はとにかく味噌汁と海苔とご飯が好きなので、朝ご飯は毎朝、ちばのり店の海苔。その中でも、通好みといわれる「すっぴん一番海苔」がお気にいり。以来、南三陸に行くたびに、私は大量に海苔を購入して帰る。ある時など、さんさん商店街に着いた所で娘っ子から、

「千葉海苔店で、海苔を買うのを忘れないでください」

というメールが入り、のけぞったことも・・・。

今回、やっと、娘っ子の念願叶い、ちばのり店へ。嬉しそうに買い物し、千葉お姉さんと話をし、写真をとり、大満足。

このあと、仙台に帰る一行を見送り、娘っ子と私は歌津のニュー柏崎荘へ。車で送ってもらう道すがら、津波に削り取られた道路やガードレール、ひっくり帰った堤防を目の当たりにして、娘っ子も私も思わず無口に・・・・。女将さんによると、付近には11もの民宿・旅館があったのだけど、8軒が津波で流されてしまったとのこと。目の前に広がるのは、静かで美しい南三陸の海。映像で見た津波がここら辺一体を襲う様が、現地にいるとどうしても想像できません。

宿では海旬コースをお願いし、海の幸に舌鼓。娘と二人で、生ビールとコーラで乾杯し、ワイワイとミニ女子会になりました。デザートには、絆ロールケーキ。旅館のパティシエのくりちゃん特製のモカ味のロールケーキ、激うまでした!売店で購入し、冷凍ロールケーキをクール宅急便で自宅に送りました。通信販売でも買えるそうです。

ほろ酔い加減で部屋に戻り、八重の桜をみるも、途中で爆睡。9時から気を取り直して、半沢直樹最終回!いやー、娘と二人で手に汗握りながら見ました。舞台劇みたいだね。そのあと、眠りにつきましたが、半沢直樹風のプロットの悪夢を見てうなされました・・・。最近、ドラマ見てうなされること多し(^^ゞ

翌日は、女将さんに高速バスのバス停まで送ってもらい、仙台に出て、牛タン定食を食べ、街を散歩し、美味しい珈琲を飲んだりお店を覗いたりして夜の新幹線で帰京しました。楽しかった!


そして、時は経ち・・・

2013-09-19 | 家族

前回のエントリーは、2011年1月。ということは、かれこれ3年近く前ですね。

いつの間にか月日は経ち、息子は今年5月にハイスクールを卒業し、今秋から大学生。2年間、国際バカロレアのディプロマ・コースで鍛え抜かれ、その中で大学の学部で勉強してみたいことは見つかった様子。

本人は記憶に無いようですが、15歳から17歳までの約2年間はあの「ひたすら喋り続け」「美味しいものがあるとホイホイついて来た」息子も、「別にー」しか言わなくなり、食事の時だけ「いやいや」部屋から出てくるような状態に・・・・。まぁ、当然なんですが。高校卒業まで、いろいろやらかしてくれました。いろんなところで頭も下げました。私もちょっとやそっとじゃ動じない「肝っ玉オカン」に成長させてもらいました。。。。。

小4からずーっとエスカレーター式に通った学校の友人たちが世界中に旅立つのを見送った息子は、これからしばらく、Discover Japanに専念するそうです。これも国際バカロレアでの学びの成果。

娘っこは、すくすく成長して小学5年生。背は160cm近くになり、目線の高さが迫ってきたうえに、後ろ姿は立派なお嬢さん。忙しい上に忘れっぽいお母ちゃんに頼らずに、自分で出来ることは自分でやるという術を少しずつ身につけ、何でも自分でできる女の子に。私のDNAは微塵も見当たらず、時間割も宿題も提出物の準備も、相変わらず万全・・・・。運動神経も抜群だし、面倒見もよく、日々の行動は効率重視で段取りスト。。。。どこでも一目置かれる安定感・・・。ママ友たちからは、「N子ねえさん」と呼ばれております。

さて。これまでのエントリーを久々に読み返してみると、ほんとに、毎日が綱渡り。息子の弁当(17年作り続けましたが、やっと5月に解放されました・・・・!)、子どもたちの送り迎え、学校行事・・・・・・。

しかし、今年の夏休み、息子はバイトだサマーフェスだ卒業旅行だ送別会だで大忙し、娘っ子も友達とお祭り行ったり自分で経路と時刻表を検索して親戚の家に遊びに行ったりと、気がつくと私は家に1人でポツネン・・・・・。外出する気力も意欲も無く、1人でTV観ながら晩酌&食事という日が増えたのですわ・・・。こんな日が来るとは。。。

かつて、新卒で大学院に進学し、息子を出産し、働き始めた時には既に子持ちだった私にとって、「自分だけの時間」は夢のまた夢の幻だと思っていた・・・。が、その時がやってきました・・・・。「自分だけの時間」がどんどん増えて行くという・・・・。夢だったはずなのに、いざ、その時が来ると一抹の寂しさと取り残された感が・・・。こんなんじゃ、いかん。ムムム。

というワケで、人生、新たなフェーズに入りました。それを祝して(嘘)、ブログを再開してみます。