Economics(経済学)を学んだことがある人なら少しは聞いたことがあるかもしれないけど、Economicsという学問は別名Dismal Science(気が滅入ってしまう科学)と呼ばれている。その一番の理由は、普通の人間の感覚からすればかなり常識からはずれた思考様式を強いられることになるからだ。
例えば、Economicsの基本的な考え方に忠実に従うとするならば、あらゆる行動を起こすべきか否かの判断基準は、それによって得られる利益がそのために投資するリソースの価値を上回っているかどうかにかかっている。すなわち、その行動が自分の人生にとって意味があるかどうかとか、社会にとってどんな価値をもたらすかどうかなんて全く関係ない。
これはEconomicsで最も大切とされるMarginal Benefit(限界利益)とMarginal Cost(限界費用)の考え方からきている。Marginal Benefit(MB)とは、ある商品を今の数よりも一つだけ多く生産したときに、その多く生産した一つの商品によってもたらされる利益のことだ。それに対してMarginal Cost(MC)とは、ある商品を今の数よりももう一つ多く生産したときに、その新たな一つを生産するために必要となるコストのことだ。
このMarginal Benefit(MB)とMarginal Cost(MC)を比較して、MB>MCとなるときにのみ行動を起こすべし!というのが経済学における基本的考え方なのだ。極めて単純な原理に見えるが、実際にはそんなに簡単に価値の比較考量ができるほどこの世の中はシンプルな構造になっていない。
Economics(経済学)のもう一つの基本的な考え方に、Sunk Cost(沈んだ費用)というのがある。すでに支払ってしまって今から変えようのないコストは、これから未来に向けた意思決定をする際には除外して考えるべきというものだ。
この考え方に忠実に従い、さらに上記のMB>MCの考え方を考慮に入れれば、我々は環境問題の解決を考える際に、既にやってしまった環境汚染のことは全く考えなくてよいということになる。
すなわち、過去にどれだけ大気を汚してしまったかとか、どれだけ森林を伐採してしまったかとか、どれだけ地球を温暖化させてしまったかとかは重要ではなく、これから起こすアクションの利益がコストを上回っているかどうかだけを考えればよいということになるのだ。実に“これからの人間”にとって都合のよい考え方だ。そして危険な考え方だ。
Economist(エコノミスト)的に考えることは複雑な問題を解決する際にとても役に立つ。しかし、決して万能ではい。そのことだけはしっかり心に留めておこうと思う。
(写真はシャルル・ド・ゴール空港でシラク大統領が通る道。飛行機まで赤絨毯を敷く作業が続いていた。しかも手作業で。。。)
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