2009年9月4日 シアタードラマシティ 14:00開演
レイ: 内野聖陽 ウーナ: 伊藤 歩
<ストーリー>
15年前に未成年者に対しての、行き過ぎた行為による「事件」で有罪判決を受け、
名前も住む場所も変えて人生をやり直した男レイ。
彼の元へ、ある日突然、一人の女が現れる。
彼女は「事件」の被害者で、その後も同じ町に暮らし、
周囲から好奇と非難の視線にさらされながら生きてきたウーナだった。
来訪の目的がわからず怯えるレイ。
ウーナは「事件」後、自分がどんな歳月を過ごしてきたかを、当時の記憶を辿りながら話し始める。
かみ合わない会話、行き違う感情。
それでも言葉を積み重ねるうちに、少しずつ「事件」のあらましが見え始める。
レイとウーナ、二人の本当の関係とは。
そして「真実」はとこにあるのか・・・
(公演パンフレットより)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
内野さんの舞台は、昨年の「私生活」以来。
二人芝居かと思いきや、正しく言うと「二人芝居+α」でした。
もう一人の登場人物はちらりと出演するだけのなので三人芝居とまでは言えないかな、と。
お芝居には欠かせない音楽は何もなく、
静かな中に幕が上がる音だけが聞こえるという幕開き。
と、そこには無機質な色の蛍光灯が煌々と付いた、とあるロッカールーム。
そして男(内野さん)と女(伊藤さん)。
幕が上がる前から既に話は始まっているような雰囲気が漂います。
たまたま壁の一つが消え去り、ロッカールームの内部の様子を私達が垣間見ている、
そんな感じがしました。
突然職場に押しかけてきたウーナに狼狽するレイ。
レイに語りかけているのか、言葉を発しているだけなのか
捕らえにくい不思議な話し方をするウーナ。
ウーナの言葉は空中を縦横無尽に飛び回り、レイとの会話はかみ合いません。
そんな不思議な感じの会話だけが延々と続く中で、お互いの複雑な気持ちが交錯していく・・・
それぞれが口にしていることは真実なのか?そして「真実」とは何なのか?
例えて言うと「藪の中」のような心理劇なのですが、
お芝居を見ながら、朗読劇のように想像力が掻き立てられるという不思議な感覚に陥りました。
二人の会話だけが延々と続く心理劇だったため、私の隣に座っていた男性は
コックリ、コックリされていました・・・
大きな物音がすると、ビックリして起き、また寝る、という繰り返し(苦笑)
確かに退屈に感じる方もいるかと思いますが、
私は劇場内に張り詰めた空気が凄くて、ずっと緊張していました。
ハンカチ握り締めっぱなしでしたから。
音楽もなく、効果音もほとんど使われないので、客席のちょっとした音でも
ものすごく響くんです。
音と言えば、途中でジー・・・という蛍光灯が発する音なのか、
何なのか分からないような音が聞こえていたことがありました。
照明も、不思議な感じでしたね。
ストーリーの展開に合わせて、照明が微妙に変化していくんです。
気が付けば、ウーナの顔がよく見えないことがあって、いつの間にか
ロッカールームの照明より、廊下(に面した窓から廊下の照明だけがぼんやり見えるのです)
の照明のほうが強くなっていて、逆光のようになっていたところがありました。
ちょうどそこでは、ウーナの心情が吐露され
一つの「真実」が見え隠れする部分だったと思うのですが、
照明の微妙な変化が、サブリミナル効果のように、じわじわと私達観客に
何らかの影響を与えていたような・・・
役者さんについて。
●内野さん
今回はかなり難しい役だったのではないでしょうか。
今まで多かった攻める役ではなく、攻められる「受け」の役でした。
犯罪を犯し、名前まで変えて暮らしている割にはそれほど悪びれていないぁというんのが
最初の印象でした。そのニュートラルな演技がこのストーリーに
複雑さを与えているのだとも感じました。
相変わらず汗びっしょりな内野さんでした。
●伊藤さん
髪をキュッとポニーテールにして、冷たい美しさが印象的でした。
被害者のはずなのに、ミニスカートでレイのところにやって来たことに
最初は??でしたが、観ているうちにだんだん納得していきます。
これまで自分が置かれてきた怨みつらみや憎悪を交えながら
切々と語っていくのかと思いきや、少し気がふれてしまっているようにも見えるし、
はたまた彼女は被害者と言いながら、実は被害者を装ったストーカーなのではないかと
感じてしまうようなエキセントリックさでした。
複雑に変化する二人の関係性。
犯罪者と被害者。大人と子供。男と女。
ウーナは、自分達の関係をどう捉えていたのか?
レイはウーナをいち女性として愛していたのか?
レイが愛していたのは、幼女だったウーナなのか?
ラストでは、+αの人物が登場することで
観客を完全に置いてきぼりにします。
男性のどうしようもなさには、救いがないなぁと。
複雑で、深くて、大変刺激的な作品でした。
レイ: 内野聖陽 ウーナ: 伊藤 歩
<ストーリー>
15年前に未成年者に対しての、行き過ぎた行為による「事件」で有罪判決を受け、
名前も住む場所も変えて人生をやり直した男レイ。
彼の元へ、ある日突然、一人の女が現れる。
彼女は「事件」の被害者で、その後も同じ町に暮らし、
周囲から好奇と非難の視線にさらされながら生きてきたウーナだった。
来訪の目的がわからず怯えるレイ。
ウーナは「事件」後、自分がどんな歳月を過ごしてきたかを、当時の記憶を辿りながら話し始める。
かみ合わない会話、行き違う感情。
それでも言葉を積み重ねるうちに、少しずつ「事件」のあらましが見え始める。
レイとウーナ、二人の本当の関係とは。
そして「真実」はとこにあるのか・・・
(公演パンフレットより)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
内野さんの舞台は、昨年の「私生活」以来。
二人芝居かと思いきや、正しく言うと「二人芝居+α」でした。
もう一人の登場人物はちらりと出演するだけのなので三人芝居とまでは言えないかな、と。
お芝居には欠かせない音楽は何もなく、
静かな中に幕が上がる音だけが聞こえるという幕開き。
と、そこには無機質な色の蛍光灯が煌々と付いた、とあるロッカールーム。
そして男(内野さん)と女(伊藤さん)。
幕が上がる前から既に話は始まっているような雰囲気が漂います。
たまたま壁の一つが消え去り、ロッカールームの内部の様子を私達が垣間見ている、
そんな感じがしました。
突然職場に押しかけてきたウーナに狼狽するレイ。
レイに語りかけているのか、言葉を発しているだけなのか
捕らえにくい不思議な話し方をするウーナ。
ウーナの言葉は空中を縦横無尽に飛び回り、レイとの会話はかみ合いません。
そんな不思議な感じの会話だけが延々と続く中で、お互いの複雑な気持ちが交錯していく・・・
それぞれが口にしていることは真実なのか?そして「真実」とは何なのか?
例えて言うと「藪の中」のような心理劇なのですが、
お芝居を見ながら、朗読劇のように想像力が掻き立てられるという不思議な感覚に陥りました。
二人の会話だけが延々と続く心理劇だったため、私の隣に座っていた男性は
コックリ、コックリされていました・・・
大きな物音がすると、ビックリして起き、また寝る、という繰り返し(苦笑)
確かに退屈に感じる方もいるかと思いますが、
私は劇場内に張り詰めた空気が凄くて、ずっと緊張していました。
ハンカチ握り締めっぱなしでしたから。
音楽もなく、効果音もほとんど使われないので、客席のちょっとした音でも
ものすごく響くんです。
音と言えば、途中でジー・・・という蛍光灯が発する音なのか、
何なのか分からないような音が聞こえていたことがありました。
照明も、不思議な感じでしたね。
ストーリーの展開に合わせて、照明が微妙に変化していくんです。
気が付けば、ウーナの顔がよく見えないことがあって、いつの間にか
ロッカールームの照明より、廊下(に面した窓から廊下の照明だけがぼんやり見えるのです)
の照明のほうが強くなっていて、逆光のようになっていたところがありました。
ちょうどそこでは、ウーナの心情が吐露され
一つの「真実」が見え隠れする部分だったと思うのですが、
照明の微妙な変化が、サブリミナル効果のように、じわじわと私達観客に
何らかの影響を与えていたような・・・
役者さんについて。
●内野さん
今回はかなり難しい役だったのではないでしょうか。
今まで多かった攻める役ではなく、攻められる「受け」の役でした。
犯罪を犯し、名前まで変えて暮らしている割にはそれほど悪びれていないぁというんのが
最初の印象でした。そのニュートラルな演技がこのストーリーに
複雑さを与えているのだとも感じました。
相変わらず汗びっしょりな内野さんでした。
●伊藤さん
髪をキュッとポニーテールにして、冷たい美しさが印象的でした。
被害者のはずなのに、ミニスカートでレイのところにやって来たことに
最初は??でしたが、観ているうちにだんだん納得していきます。
これまで自分が置かれてきた怨みつらみや憎悪を交えながら
切々と語っていくのかと思いきや、少し気がふれてしまっているようにも見えるし、
はたまた彼女は被害者と言いながら、実は被害者を装ったストーカーなのではないかと
感じてしまうようなエキセントリックさでした。
複雑に変化する二人の関係性。
犯罪者と被害者。大人と子供。男と女。
ウーナは、自分達の関係をどう捉えていたのか?
レイはウーナをいち女性として愛していたのか?
レイが愛していたのは、幼女だったウーナなのか?
ラストでは、+αの人物が登場することで
観客を完全に置いてきぼりにします。
男性のどうしようもなさには、救いがないなぁと。
複雑で、深くて、大変刺激的な作品でした。