(1965/ロバート・オルドリッチ製作・監督/ジェームズ・スチュワート、リチャード・アッテンボロー、ハーディ・クリューガー、ピーター・フィンチ、ロナルド・フレイザー、アーネスト・ボーグナイン、イアン・バネン、クリスチャン・マルカン、ジョージ・ケネディ/145分)
20世紀半ばのアフリカ北部。
サハラ砂漠で油田の開発を行っている石油会社の輸送機がリビアのベンガジに向かっていた。乗務員はベテランの機長フランクと整備士のルー。12人の乗客の大半は油田で働く作業員で、その他軍人や医者、油田を訪れた民間人もいた。エンジンを二つ積んだ双胴機は機体も古く、いつもの事ながら故障個所も幾つかあって、今回は電圧調整器が不調、無線機が使えない状態だった。
機内の片方から変な音がすると言うルーのチェックを確かめるべくフランクが操縦席を離れ、暫くして戻ってくると前方には大きな砂嵐が発生していた。しかも気が付けば背後からも大きな砂嵐が迫っており危険な状況だった。砂がエンジンに入るとエンストしてしまうからだ。フランクは機体を上げて砂嵐を避けようとするが、思った以上に砂は高く舞い上がっており、ついには片方のエンジンが止まってしまった。フランクの懸命の操作にも関わらずもう片方も火花を上げながらストップ。フランクは砂漠に不時着することにした。
乗客が緊急着陸の姿勢をとるも、座席の後方にある貨物の固定バンドが切れ、ドラム缶や機械が幾人かの乗客の上に落ちてきた。二人はほぼ即死、一人は足の骨が砕ける重症となった。幸い機体はバラバラにはならず、火災を起こすこともなかったが、砂漠の真ん中なので再離陸の可能性はゼロとなった。
予定の時間に到着しなければ会社側が捜索に乗り出すはずだと乗客には楽観的な見方が多かったが、フランクとルーは予定のルートをかなり逸れていたので不安な気持ちもあった。豊富に果物を積んでいたので食料の心配は要らないが、水は節約しても10日分ほどしかなかった。
数日しても捜索機の気配はなく段々と乗客の間にも不安が募ってきた頃、軍人ハリス大尉が歩いて近くのオアシスに向かう案を出してきた。人間が減れば水の利用期間も伸びるし、オアシスで助けを呼べるかもしれないからだ。ルーの計算では近くの三つのオアシスにはどれに向かっても170キロはあり、日中49度を越す気温の中では無謀な試みと思えた。磁気のある砂漠の中ではコンパスも使えず方向性の不確かさからもフランクもその案には反対した。大尉は日中は休憩し夜に行軍すると言った。コンパスは当てにせず、星を利用すると徒歩での脱出を決行した。もう一人の軍人ワトソン軍曹は出発直前に足を挫いたので、別の民間人が望んで同行する事になった。
その頃一人の乗客がフランクとルーにこんな提案をしてきた。その若者は油田で地質分析を担当している兄を訪ねた帰りのドイツ人だった。
「不時着機の残った機体から新たに飛行機を作り、飛ばすことが出来る」
くだらない冗談だとフランクは取り合わなかったが、気になったルーは後でドイツ人に声を掛けた。
「(石油)業界の人じゃないのか?」
「僕はデザイナーだ」
「家具か何かの?」
「いや、航空機の設計士だ」
およそ4年前のNHK-BS放送を録画していたアメリカ映画で、タイトルもオルドリッチ作品というのも知っていましたが、今回が初見。先の戦争時代の飛行機を使った冒険アクションと思っていたら、いわゆるサバイバルものでしたな。
昨今のリアルなサバイバル・アドベンチャーを期待する向きには多少ディテールに不満は出てくるでしょうが、極限状況における多様な人間同志の葛藤と捉えれば2時間半の尺も飽きさせないドラマチックな映画でした。
「攻撃(1956)」など、骨太な人間ドラマを得意とするオルドリッチらしい快作で、善良な人間が生き残り、ずるい人間に天罰が下るなんていうハリウッド式の展開ではない所もオルドリッチらしい。教訓めいたものは期待せずに観たほうがよろしいでしょう。
機長フランク・タウンズに扮したのはジェームズ・ステュアート。なんとなく「翼よ!あれが巴里の灯だ(1957)」のを思い出してしまいますが、フランクは英雄的でもないし時に理性を失いかける所もある普通の人間というのがイイですね。
整備士のルー・モランには「大脱走」などのリチャード・アッテンボロー。飛行機の操縦は苦手で、アル中気味という設定。この物語では狂言回し的存在でした。
ハリス大尉にはイギリスの名優ピーター・フィンチ。イギリス人らしい節度ある態度の軍人役がはまってました。
飛行機のデザイナー、ハインリッヒ・ドーフマンを演じたのはドイツ人俳優ハーディ・クリューガー。「ハタリ!」とか「遠すぎた橋 (1977)」とか、ハリウッドでもお馴染みの国際俳優ですね。
「マーティ(1955)」でオスカー受賞のアーネスト・ボーグナインが扮したのは油田で働くコッブ。事故で精神に不調をきたし石油会社をクビになった男の役でした。
いつでも軽口を叩くクロウにはイアン・バネン。この映画でアカデミー助演男優賞にノミネートされ、1982年にはアッテンボローの「ガンジー」にも出ていたようです。
その他、ワトソン軍曹には英国俳優ロナルド・フレイザー。レノー医師にはフランス俳優クリスチャン・マルカン。「シャレード」などのジョージ・ケネディが殆ど見せ場の無い乗客の一人ベラミーを演じてました。
尚、乗客の一人で最初の方に死んでしまうビルに扮したウィリアム・アルドリッチは監督の息子で、後にプロデューサーになったとのことでした。
原作小説を書いたのは複数のペンネームを使い分ける作家エルストン・トレヴァーで、その大勢の人間の感情の絡まったドラマを見事に構成しきった脚本は、「何がジェーンに起ったか? (1962)」、「ふるえて眠れ (1964)」、「特攻大作戦 (1967)」などでもオルドリッチと組んだルーカス・ヘラーでした。
▼(ネタバレ注意)
中盤以降は新しい飛行機作りがメインのエピソードになってくるわけですが、ラストのフライトで乗客の乗る所が翼の上ってどうなんでしょ?
離陸の時のGに耐えるのに、翼の上に取り付けられた“取っ手”を素手で掴むだけだなんて無茶な気がするし、なにしろ着陸の時も前に投げ出されそうで・・・。
せめてシートベルト(みたいなモノ)くらいは欲しいよなぁ。
▲(解除)
20世紀半ばのアフリカ北部。
サハラ砂漠で油田の開発を行っている石油会社の輸送機がリビアのベンガジに向かっていた。乗務員はベテランの機長フランクと整備士のルー。12人の乗客の大半は油田で働く作業員で、その他軍人や医者、油田を訪れた民間人もいた。エンジンを二つ積んだ双胴機は機体も古く、いつもの事ながら故障個所も幾つかあって、今回は電圧調整器が不調、無線機が使えない状態だった。
機内の片方から変な音がすると言うルーのチェックを確かめるべくフランクが操縦席を離れ、暫くして戻ってくると前方には大きな砂嵐が発生していた。しかも気が付けば背後からも大きな砂嵐が迫っており危険な状況だった。砂がエンジンに入るとエンストしてしまうからだ。フランクは機体を上げて砂嵐を避けようとするが、思った以上に砂は高く舞い上がっており、ついには片方のエンジンが止まってしまった。フランクの懸命の操作にも関わらずもう片方も火花を上げながらストップ。フランクは砂漠に不時着することにした。
乗客が緊急着陸の姿勢をとるも、座席の後方にある貨物の固定バンドが切れ、ドラム缶や機械が幾人かの乗客の上に落ちてきた。二人はほぼ即死、一人は足の骨が砕ける重症となった。幸い機体はバラバラにはならず、火災を起こすこともなかったが、砂漠の真ん中なので再離陸の可能性はゼロとなった。
予定の時間に到着しなければ会社側が捜索に乗り出すはずだと乗客には楽観的な見方が多かったが、フランクとルーは予定のルートをかなり逸れていたので不安な気持ちもあった。豊富に果物を積んでいたので食料の心配は要らないが、水は節約しても10日分ほどしかなかった。
数日しても捜索機の気配はなく段々と乗客の間にも不安が募ってきた頃、軍人ハリス大尉が歩いて近くのオアシスに向かう案を出してきた。人間が減れば水の利用期間も伸びるし、オアシスで助けを呼べるかもしれないからだ。ルーの計算では近くの三つのオアシスにはどれに向かっても170キロはあり、日中49度を越す気温の中では無謀な試みと思えた。磁気のある砂漠の中ではコンパスも使えず方向性の不確かさからもフランクもその案には反対した。大尉は日中は休憩し夜に行軍すると言った。コンパスは当てにせず、星を利用すると徒歩での脱出を決行した。もう一人の軍人ワトソン軍曹は出発直前に足を挫いたので、別の民間人が望んで同行する事になった。
その頃一人の乗客がフランクとルーにこんな提案をしてきた。その若者は油田で地質分析を担当している兄を訪ねた帰りのドイツ人だった。
「不時着機の残った機体から新たに飛行機を作り、飛ばすことが出来る」
くだらない冗談だとフランクは取り合わなかったが、気になったルーは後でドイツ人に声を掛けた。
「(石油)業界の人じゃないのか?」
「僕はデザイナーだ」
「家具か何かの?」
「いや、航空機の設計士だ」
*
およそ4年前のNHK-BS放送を録画していたアメリカ映画で、タイトルもオルドリッチ作品というのも知っていましたが、今回が初見。先の戦争時代の飛行機を使った冒険アクションと思っていたら、いわゆるサバイバルものでしたな。
昨今のリアルなサバイバル・アドベンチャーを期待する向きには多少ディテールに不満は出てくるでしょうが、極限状況における多様な人間同志の葛藤と捉えれば2時間半の尺も飽きさせないドラマチックな映画でした。
「攻撃(1956)」など、骨太な人間ドラマを得意とするオルドリッチらしい快作で、善良な人間が生き残り、ずるい人間に天罰が下るなんていうハリウッド式の展開ではない所もオルドリッチらしい。教訓めいたものは期待せずに観たほうがよろしいでしょう。
機長フランク・タウンズに扮したのはジェームズ・ステュアート。なんとなく「翼よ!あれが巴里の灯だ(1957)」のを思い出してしまいますが、フランクは英雄的でもないし時に理性を失いかける所もある普通の人間というのがイイですね。
整備士のルー・モランには「大脱走」などのリチャード・アッテンボロー。飛行機の操縦は苦手で、アル中気味という設定。この物語では狂言回し的存在でした。
ハリス大尉にはイギリスの名優ピーター・フィンチ。イギリス人らしい節度ある態度の軍人役がはまってました。
飛行機のデザイナー、ハインリッヒ・ドーフマンを演じたのはドイツ人俳優ハーディ・クリューガー。「ハタリ!」とか「遠すぎた橋 (1977)」とか、ハリウッドでもお馴染みの国際俳優ですね。
「マーティ(1955)」でオスカー受賞のアーネスト・ボーグナインが扮したのは油田で働くコッブ。事故で精神に不調をきたし石油会社をクビになった男の役でした。
いつでも軽口を叩くクロウにはイアン・バネン。この映画でアカデミー助演男優賞にノミネートされ、1982年にはアッテンボローの「ガンジー」にも出ていたようです。
その他、ワトソン軍曹には英国俳優ロナルド・フレイザー。レノー医師にはフランス俳優クリスチャン・マルカン。「シャレード」などのジョージ・ケネディが殆ど見せ場の無い乗客の一人ベラミーを演じてました。
尚、乗客の一人で最初の方に死んでしまうビルに扮したウィリアム・アルドリッチは監督の息子で、後にプロデューサーになったとのことでした。
原作小説を書いたのは複数のペンネームを使い分ける作家エルストン・トレヴァーで、その大勢の人間の感情の絡まったドラマを見事に構成しきった脚本は、「何がジェーンに起ったか? (1962)」、「ふるえて眠れ (1964)」、「特攻大作戦 (1967)」などでもオルドリッチと組んだルーカス・ヘラーでした。
▼(ネタバレ注意)
中盤以降は新しい飛行機作りがメインのエピソードになってくるわけですが、ラストのフライトで乗客の乗る所が翼の上ってどうなんでしょ?
離陸の時のGに耐えるのに、翼の上に取り付けられた“取っ手”を素手で掴むだけだなんて無茶な気がするし、なにしろ着陸の時も前に投げ出されそうで・・・。
せめてシートベルト(みたいなモノ)くらいは欲しいよなぁ。
▲(解除)
・お薦め度【★★★★=サバイバルドラマの好きな、友達にも薦めて】
そうそう、エンジン起動のチャンスも後一回しかなくってね。あの起動の所も、最後の7回目で成功かなと思っていたら、6回目で成功って、監督の遊び心というか、ひねり好きな感じが出てて面白かったですね。
>わたしはアルドリッチしか聞いた事がなかったです。
そうですよねぇ。
オルドリッチに絶対的な自信はないので、やっぱアルドリッチに戻そうかなぁ。突っ込まれても語れる材料をもってないし・・・。
個性豊かなメンバーによる極限状態の人間模様がいいですよね。
あとお猿さんも可愛くて。
最後は画面に向かって「飛べー!」と念じてました(笑)
監督の名前の発音で論争が巻き起こってたんですか~。わたしはアルドリッチしか聞いた事がなかったです。
男のくせに「北国の帝王」は観てなくて、子供の頃に淀川さんの解説で観た「何がジェーンに起ったか?」、「ふるえて眠れ」の監督さんとしての印象が強い人です。
そうそう、男性陣に人気があるに違いない「ロンゲストヤード」も未見なので、まことに肩身が狭いです。
誰かさんと誰かさんが盛んに丁々発止やってましたのが
今は懐かしいです。(^ ^);
8年前の記事持参しました。
ブログ初めて1年ちょっと。
緊張して書いてるかと思えば
今とまったく変わらない得手勝手記事で
自ら苦笑いたしましたわ。(笑)
アルドリッチは他には「北国の帝王」
男性陣お好きそうとか。
一応、女の私はこちらフェニックスのほうが。