(1964/フェデリコ・フェリーニ監督・共同脚本/ジュリエッタ・マシーナ、サンドラ・ミーロ、マリオ・ピスー、シルヴァ・コシナ、ヴァレンティナ・コルテーゼ/138分)
数十年前、映画評論家の故荻昌弘さんが司会をされていたTV番組「月曜ロードショー」で観たもの。138分という上映時間だから、40~50分はカットされていたのでしょう。それにしても、よくもまあ民放がこんな芸術作品を放送したものです。荻さんの推薦でしょうが、今ならあり得ない事でしょうな。
フェリーニの作品の中では比較的マイナーな作品だと思いますが、実はフェリーニ初のカラー作品でした。原色をふんだんに使った絵画的な画面構成が強く印象に残っていました。ストーリーはすっかり忘れてしまっているので、今回は初見と同じ気分でした。レンタルDVDによる鑑賞です。
タイトルの“ジュリエッタ”を演じるのは監督の奥さんのジュリエッタ・マシーナ。「道(1954)」のジェルソミーナとは全然違うセレブな奥様の役だけど、可愛らしい表情は変わらない。特典メニューによると、57年の「カビリアの夜」の頃に大喧嘩をして夫婦仲が一度冷え切ったらしい。その後修復されて、93年のフェリーニの死亡まで生涯添い遂げている。マシーナも5ヶ月後に後を追うように亡くなっておりました。
メイドを二人雇っている裕福な家庭の中年奥様ジュリエッタ。子供はいない。旦那はパーティー等をプロデュースする仕事をしているようで、帰りは遅く、出張も多い。
何年目かの結婚記念日に、御亭主がたくさんの友人や占い師などを連れて帰ってくる。夫婦で静かに過ごしたかったジュリエッタだが、客人の中にいた霊媒師による“コックリさん”が行われて、それ以来不思議な現象が彼女の廻りに起こってくる。
更に、ベッドの中で『ガブリエラ』という女性の名前を寝言で旦那が呟いたモノだから、悩みは複雑になる。妹に相談したジュリエッタは、興信所に夫の調査を頼むのだが・・・
音楽は勿論ニーノ・ロータ。サーカスで使われるような軽快な曲がよく流れてきて、<人生はサーカスのようなモノ>というフェリーニならではの映像がめまぐるしくスリリングに展開される。難解と言われるフェリーニらしい超自然的な映像がちょくちょく出てきます。ちょっと様式的な感じが鼻につきますが・・・。
ジュリエッタの空想か幻想か、はたまた幻覚か。ハッキリ言って意味不明な所が多々あるんだが、なんとなく納得してしまう。サーカスの踊り子の女性と駆け落ちしたジュリエッタのおじいさんのエピソードも出てくるし、子供の頃の学校での思い出話も出てくる。学校で魔女裁判の劇をやっているシーンがあって、ジュリエッタの潜在意識の中に、宗教的な束縛もあるように描かれている。
ジュリエッタの家は郊外の緑豊かな場所に建っているが、迷い込んできた猫を返しにいった隣の邸宅は中身が妖しい雰囲気。結婚記念日にやって来た人達も、隣に住んでいるきらびやかな女性も、「甘い生活(1959)」の延長上にあるような退廃した雰囲気がある。
こういう映画はストーリーの展開はあんまり重要ではないと思いますが、微妙なところもあるので一応“ネタバレ注意”しときましょう。
▼(ネタバレ注意)
興信所の調査では、ご亭主は案の定若い女性とデートしている事が分かる。ガブリエラは24歳のモデルの女性だった。
終盤で、ガブリエラの家まで乗り込んでいくジュリエッタ。留守番をしていた老女が外からかかってきたガブリエラの電話を取り次ぐと、彼女は『明日から旅行に出かけるし、貴女には会いたくない。』と言う。
家に帰ると、ご亭主も明日から2、3日旅行に出るという。ジュリエッタがガブリエラの家までやって来たことを知っているのか知らないのか、ハッキリとは描かれていない。
しかし、どうやら旦那も悩んでいるようで、離婚したいわけではなさそうだ。どちらかというと、若い女性とは切れたがっているようにも見える。この時のモノローグは旦那のものか、それともジュリエッタの願望なのか・・・曖昧だ。
この辺は、フェリーニ夫妻の実体験が反映されているんでしょうな。
ラストは、夫に依存しない、そして過去の呪縛からも解き放たれた新生ジュリエッタが誕生するシーンであると解釈しました。
▲(解除)
本当は、前年度に作られた「8・1/2」を先に観た方が良かったのかも知れません。アレは中途半端にしか観てないんです。夫の心象風景を描いた前作に対して、この作品は妻の方を描いたものでしょう。「8・1/2」がフェリーニの代表作のような扱いなのに、こちらはあまり取り上げられていない。その違いを知るためにも観なければいけないような気がしてきました。
いずれにしても、当時のイタリアの芸能界や世相を知らないと、全部を理解することは出来ないと感じましたな。
リアリズム表現だった「道」から10年目の作品。この間にフェリーニにどんな変化があったのでしょうか。「甘い生活」は子供の頃にTVで観たけど、「崖(1955)」、「カビリアの夜」は観てない。
超自然的な映像は「8・1/2」からみたいですが、「甘い生活」にも兆候は見られるのか? 忘れちゃいましたな。
作品履歴を見ていてこんな事を考えました。
<フェリーニの世界観は「甘い生活」で確立した。以後、彼は内面世界に入っていき、先ず男の側として「8・1/2」を作り、女の側として「魂のジュリエッタ」を作った。>
この映画の時、フェリーニは未だ44歳の若さだった。以後91年まで、約30年間映画作家を続けている。
幻想的なシーンは、ハッキリ言ってあまり好きじゃないです。そういう意味では、次に観るとしたら「カビリアの夜」ですかな。因みに、ボブ・フォッシーの「スイート・チャリティー(1968)」は、「カビリアの夜」をミュージカルでリメイクした作品です。
数十年前、映画評論家の故荻昌弘さんが司会をされていたTV番組「月曜ロードショー」で観たもの。138分という上映時間だから、40~50分はカットされていたのでしょう。それにしても、よくもまあ民放がこんな芸術作品を放送したものです。荻さんの推薦でしょうが、今ならあり得ない事でしょうな。
フェリーニの作品の中では比較的マイナーな作品だと思いますが、実はフェリーニ初のカラー作品でした。原色をふんだんに使った絵画的な画面構成が強く印象に残っていました。ストーリーはすっかり忘れてしまっているので、今回は初見と同じ気分でした。レンタルDVDによる鑑賞です。
タイトルの“ジュリエッタ”を演じるのは監督の奥さんのジュリエッタ・マシーナ。「道(1954)」のジェルソミーナとは全然違うセレブな奥様の役だけど、可愛らしい表情は変わらない。特典メニューによると、57年の「カビリアの夜」の頃に大喧嘩をして夫婦仲が一度冷え切ったらしい。その後修復されて、93年のフェリーニの死亡まで生涯添い遂げている。マシーナも5ヶ月後に後を追うように亡くなっておりました。
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メイドを二人雇っている裕福な家庭の中年奥様ジュリエッタ。子供はいない。旦那はパーティー等をプロデュースする仕事をしているようで、帰りは遅く、出張も多い。
何年目かの結婚記念日に、御亭主がたくさんの友人や占い師などを連れて帰ってくる。夫婦で静かに過ごしたかったジュリエッタだが、客人の中にいた霊媒師による“コックリさん”が行われて、それ以来不思議な現象が彼女の廻りに起こってくる。
更に、ベッドの中で『ガブリエラ』という女性の名前を寝言で旦那が呟いたモノだから、悩みは複雑になる。妹に相談したジュリエッタは、興信所に夫の調査を頼むのだが・・・
音楽は勿論ニーノ・ロータ。サーカスで使われるような軽快な曲がよく流れてきて、<人生はサーカスのようなモノ>というフェリーニならではの映像がめまぐるしくスリリングに展開される。難解と言われるフェリーニらしい超自然的な映像がちょくちょく出てきます。ちょっと様式的な感じが鼻につきますが・・・。
ジュリエッタの空想か幻想か、はたまた幻覚か。ハッキリ言って意味不明な所が多々あるんだが、なんとなく納得してしまう。サーカスの踊り子の女性と駆け落ちしたジュリエッタのおじいさんのエピソードも出てくるし、子供の頃の学校での思い出話も出てくる。学校で魔女裁判の劇をやっているシーンがあって、ジュリエッタの潜在意識の中に、宗教的な束縛もあるように描かれている。
ジュリエッタの家は郊外の緑豊かな場所に建っているが、迷い込んできた猫を返しにいった隣の邸宅は中身が妖しい雰囲気。結婚記念日にやって来た人達も、隣に住んでいるきらびやかな女性も、「甘い生活(1959)」の延長上にあるような退廃した雰囲気がある。
こういう映画はストーリーの展開はあんまり重要ではないと思いますが、微妙なところもあるので一応“ネタバレ注意”しときましょう。
▼(ネタバレ注意)
興信所の調査では、ご亭主は案の定若い女性とデートしている事が分かる。ガブリエラは24歳のモデルの女性だった。
終盤で、ガブリエラの家まで乗り込んでいくジュリエッタ。留守番をしていた老女が外からかかってきたガブリエラの電話を取り次ぐと、彼女は『明日から旅行に出かけるし、貴女には会いたくない。』と言う。
家に帰ると、ご亭主も明日から2、3日旅行に出るという。ジュリエッタがガブリエラの家までやって来たことを知っているのか知らないのか、ハッキリとは描かれていない。
しかし、どうやら旦那も悩んでいるようで、離婚したいわけではなさそうだ。どちらかというと、若い女性とは切れたがっているようにも見える。この時のモノローグは旦那のものか、それともジュリエッタの願望なのか・・・曖昧だ。
この辺は、フェリーニ夫妻の実体験が反映されているんでしょうな。
ラストは、夫に依存しない、そして過去の呪縛からも解き放たれた新生ジュリエッタが誕生するシーンであると解釈しました。
▲(解除)
本当は、前年度に作られた「8・1/2」を先に観た方が良かったのかも知れません。アレは中途半端にしか観てないんです。夫の心象風景を描いた前作に対して、この作品は妻の方を描いたものでしょう。「8・1/2」がフェリーニの代表作のような扱いなのに、こちらはあまり取り上げられていない。その違いを知るためにも観なければいけないような気がしてきました。
いずれにしても、当時のイタリアの芸能界や世相を知らないと、全部を理解することは出来ないと感じましたな。
リアリズム表現だった「道」から10年目の作品。この間にフェリーニにどんな変化があったのでしょうか。「甘い生活」は子供の頃にTVで観たけど、「崖(1955)」、「カビリアの夜」は観てない。
超自然的な映像は「8・1/2」からみたいですが、「甘い生活」にも兆候は見られるのか? 忘れちゃいましたな。
作品履歴を見ていてこんな事を考えました。
<フェリーニの世界観は「甘い生活」で確立した。以後、彼は内面世界に入っていき、先ず男の側として「8・1/2」を作り、女の側として「魂のジュリエッタ」を作った。>
この映画の時、フェリーニは未だ44歳の若さだった。以後91年まで、約30年間映画作家を続けている。
幻想的なシーンは、ハッキリ言ってあまり好きじゃないです。そういう意味では、次に観るとしたら「カビリアの夜」ですかな。因みに、ボブ・フォッシーの「スイート・チャリティー(1968)」は、「カビリアの夜」をミュージカルでリメイクした作品です。
・お薦め度【★★★=一度は見ましょう、私は二度見ましたが】
その後の少年時代を回想したような作品群は観てればよかったなあと後悔しておりますが、田舎町には来なかったような気もします。
サンドラ・ミーロは、隣の艶ぼくろの色っぽい女性ですね。名前は以前から知ってましたが、イタリアの吉永小百合さんとは知りませんでした。
一本も書いていないのは忸怩たる思いアリです(笑)。
フェリーニはネオレアリスモの作家でしたが、「甘い生活」はその過渡期の作品と言えるでしょう。つまり描写はリアリズムですが、内容が内省性を深め自己を赤裸々に表現するようになってきたと思います。その次がいきなり「8・1/2」です。
本作は女性版「8・1/2」と言える幻想と現実が織り交じった作品でしたね。
一番驚いたのは、清純派サンドラ・ミーロの変身ぶりです。いたでしょう、ちょっと変な色っぽい女性? 彼女はそれまで吉永小百合みたいな感じだったんですよ。
ウゥ~、気になるゥ~。
コチラはなかなかホワイト・クリスマスにはならないんで、(寒いのが苦手なんで、TVで観てる分には)北の景色は羨ましいです。
「スイート・チャリティ」も実は観てないんですよ。
でもその前に「カビリア」観なくっちゃ!
本作は古いビデオで1回だけ観た記憶が。
「カビリアの夜」
マシーナが演じるとみんな可哀想!になってしまう。(笑)
先週CSでずっとS・マクレーン特集をやっていたので「スイート・チャリティ」も改めて
じっくり鑑賞。
保守的でクソ真面目な男と、自由奔放な女の定番図式物語なんですけど、
“合うわけな~い、やめろ、やめろ”と言ってる自分と
“わかるなあ~その気持ち~”と頷く自分がおります。
きのう、立ち寄るとたくさん買ってしまうので横目で通り過ぎるAMUSE。
自分の為にXマス・プレゼントを買いました。
5巻組ボックスセット。何かは秘密。(笑)
「フェリーニのローマ」もDVDで買いました。
・・・ほらね、買っちゃうんですよ~。(笑)
映画を放送する民法の番組が以前の方が多かったような気はしますね。今は衛星放送が充実しますが、受信料の関係でBS2もどうなる事やら。
「道」からフェリーニに入っていく人が多いですよね。私も未見の作品が多いです。
私自身フェリーニ作品はこの作品のほかには「8 1/2」しか観ていませんが、夢とも現実ともわからないあの独特な世界は結構癖になりそうです。でもこちらのレビューを読んで「リアリズム表現」といわれる作品にもとても興味がでてきました。
作品とは直接関係ありませんが、TVで放送する映画の質は昔のほうが良かったように思うのは私だけでしょうか。こちらのレビューを読んでいたら、なんだかとてもうらやましく感じたので。