hanana

二度目の冬眠から覚めました。投稿も復活します。
日本画、水墨画、本、散歩、旅行など自分用の乱文備忘録です。

●番留京子展 「Lovely Wonderland」

2016-09-02 | Art

番留京子展「Lovely Wonderland」 2016.8.23~9.3 ギャラリーオカベ

 

仕事をさっさと切り上げ、銀座へ番留さんの木版画を見に。気持ち的には走り込みたいくらい。こんな絵を観たかった。今心と体が欲してた絵なのでした。

 

五百羅漢のような「日本五百名山」

なんていいんだろう。小さめ畳6枚分くらいある。

ちょうど番留さんがいらして声をかけて下さったので、お話させていただけた。熊野にお住まいでいらっしゃるから高野山とか仏教の関係があるのですか?とお聞きしたら、先日のお客さんはヒンズーっぽいとおっしゃていたと。なるほど。
皆さん、自分に似てる顔をさがしたりされる、とおっしゃっていたので、探してみました。これかな。

 
そして、このひまわりがすごい。
「大輪向日葵」
これは刷っていなくて、版木そのまま。タタミ小二枚分。
 
このタネの部分の顔!(聞いたらやはり顔だそうです)
 
いつか咲くのを楽しみに眠ってるような一粒一粒の顔をみたら、かわいくて泣きそうなくらい。この顔を観られて”うれしい”、という気持ちがわいてくる。
 

花びらの一枚一枚は、水墨の筆のように迷いがない。

彫り跡にはこんな迫力があるとは。力強い勢い。なんていいものを観ているんだろう。

なんの押し付けもなく、ただ見ることをゆるしてくれる。

何派の影響が、構成が、色彩が、画家の思索がと、あるひとの野心に満ちた評論と知識と言葉に、私はずっと耳をふさぎたかった。自分の言葉を取り戻した今でも。私は頭が単純なので、難しいことを聞き出されるのが大の苦手なのだ。

でも、番留さんの作品は、そんな評論家めいたことを軽々はねかえすパワーがある。超えてる。
番留さんは、「日本五百名山」は最初黒く刷ったけれど、必死に洗い流してこの色に刷りなおした、もう搬入日ギリギリで、と笑う。モデルのお寺の五百羅漢があるんですかと伺ったら、羅漢も山もどこということはなくて、こないだのお客さんがこのへん穂高だねと言っていたから、あ、それでいこうって、と笑う。

なんていいんだろう。

作る人が楽しいから、私も楽しい。 

熊野に引っ越されて25年。熊野古道のネイチャーガイドさんもされている。タイやインドネシアもまわられたと。

ともかくこの絵、どれも、なんていいんだろう。

「Wonderland 2016 Dance」

 天狗のウチワみたいな葉っぱも躍る。煽る。

「Wonderland 2016 Friend」

かえるの滝登り?。自然はWonderに満ちている。

 「Wonderland 2016 Gallop(駆ける)」

イノシシかわいすぎて。畑のスイカを狙って今日も駆ける


「Wonderland 2016 Lost Property(落とし物)」

いつかとりに行くね、それまで預かっといてね。ひろってくれてありがとう。


なぜいいと思うのかよくわからないけれど、少なくとも番留さんのものじゃないものはないからこその世界なのだと思う。借りてきた言葉はない。

どれほどの長い道を辿っての、これらの世界なのか、でも聞いたら、番留さんはさらっと笑うんだろう。

観る目のある方が評論や分析したら、それにかなう素晴らしい作品なのだろう。

でも、日本百名山や大輪向日葵の前ではなんのかんのと考えたくない。

こんなにいいのだから。

仏画のように、ただそこにあるアートに救われている。

番留さんはとてもすてきな方で、訪ねてこられたお友達の方に交じって、私までお茶とお菓子をいただいてしまった。

そういえば修験道も少しされてるとかおっしゃていた。ホラ貝とか。

すぐにも熊野に行きたくなってしまう。



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