はなナ

二度目の冬眠から覚めました。投稿も復活します。
日本画、水墨画、本、散歩、旅行など自分用の乱文備忘録です。

ちさかあや「狂斎」原画展

2019-02-10 | 
銀座SIXの蔦屋書店で、ちさかあや「狂斎」の原画が展示されていました。(213日まで)
 
 
 
 
 
 

半月ほど前に、何年かぶりに買ったコミック。新刊発売を待って買うなんて、高校のとき以来かも。
今はもう初版は売り切れで、もうすぐ重版されるそうです。

 
ちょうど、先日にサントリー美術館「暁斎展」を見たあとで、暁斎の狩野派仕込みの筆致の強さを実感していたところ。
なので、ちさかあやさんの描く暁斎の「狂」斎ぶりも感慨深いものがあります。
ちさかあやさんの強い筆致も、濃い墨と筆を思わせて、暁斎に重なります。
 
 
コミックの「狂斎」の血染めの着物シーンも衝撃だったけど、暁斎展では、処刑場を精緻に描いた羽織の実物が展示されていました。

暁斎は、処刑され、朽ち果てゆく人体の各段階を実際に見てきたかのように、まんじりと描き記していました。言葉で描写するのもはばかれるほどなので、ここまでに。

図録の解説では、この着物は、注文品とのこと。いったいどういう注文主??

暁斎の狂気も感じつつ、この羽織で暁斎はしっかり九相図の学習と狩野派の筆法などをアピールしているそう。

狩野との生涯の付き合い、古画の学習、毎日描いていた仏画、たくさんの画帖、模本の収集など、暁斎の実直な面も感じる展覧会でした。


脱線しましたが、コミックのほう、狂気あふれる「狂斎」で好きなシーンがあります。無骨な風体の櫛作りの男を、狂斎は「あんた、きれいだな、、」と言う。そして男の周りに華麗な花をしょって見えている。


強者弱者の逆転、美醜の逆転、愛らしい妖怪たち、そういう絵を描いた暁斎ならでは。


暁斎と鈴木其一の娘との結婚もずっと気になってきたことなのだけど、コミックでは其一も娘も登場。

史実では早逝してしまうようですが、次巻でどう展開していくか楽しみなところです。


暁斎展の日記も改めて。


●藤原新也・阿部龍太郎「神の島 沖ノ島」

2017-03-27 | 

「神の島 沖ノ島」 2013年  藤原 新也 (著), 安部 龍太郎 (著)

ともに福岡出身の藤原新也と阿部龍太郎。異色の組み合わせ。


まず、藤原新也の文と写真が生々しい。

藤原新也の子供のころに遡る、沖ノ島の御神宝との不思議な縁。

島全体が御神体であり、一般の人の入島は制限され、いまも一木一草一石たりとも持ち出してはならないという掟を守る沖ノ島。その島の「祟り」を思わせる藤原新也の思い出話が、沖ノ島の畏敬の領域に引き込んでいく。

そして現在へ。BISU2”という船で荒波を渡る。

その海上での描写に、多くのページがさかれている。孤島という地理的要件に加え、波を読むのも困難な海域であることが畏れとともに伝わる。藤原新也の気持ちの高ぶり。そして、ようやく荒波のむこうに姿を現した沖ノ島の写真に、圧倒される。

神職の方の背を追って島の山道を登る道中の写真も、神聖な域として撮っているだけではない。生身の人間が神の領域に踏み込む、空恐ろしさ。

 

それから、阿部龍太郎のいくつかの短い小説がおもしろい。

この地の豪族、宗像一族の視点で、日本史の有名な事件を見る。中央からの視点に一石を投じるような、宗像市ならではの地理観、世界観。新羅と大和政権との間を対等にわたる宗像氏。

「三韓征伐」の話では、妊娠中の神功皇后と竹内宿祢が登場。新羅人の妻を持つ宗像氏の苦悩が描かれる。沖ノ島に渡り神の声を聞く。

そして「白村江の戦い」「磐井の反乱」「壬申の乱」へと続く。「高市皇子」を生んだ大海人皇子の妃が、宗像徳善の娘だったとは。中央政府にも一定の影響があったということ。ただ高市の皇子の子、「長屋王」は長屋王の変で失脚。その後の宗像氏の存続についての阿部龍太郎の考察。

登場人物や当時の世界が生き生きと蘇り、興味と親しみがわく短編集だった。長編小説として発展させてほしいと思う。