はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

うつろな楽園 その39

2013年10月02日 09時43分55秒 | 習作・うつろな楽園
「張伸さまは悪くないんです。みんなを助けようと必死になっていただけなんです。どういえばわかっていただけます? あたしにとって、張伸さまはおとうさんより大事なひとなんです。
ほんとうのあたしのおとうさんは、貧乏だからあたしを妓楼に売り飛ばしました。それからずっと、あたしのまわりには、あたしの顔と体が目当ての方ばっかりあつまってきました。あたしは毎日、泣いて暮らしていたんです。でも、そんなとき、助けてくれたのが張伸さまでした。あたしの境遇をしって、泣いてくれたんです。あたしなんかのために、あの立派な方が」
そのときのことを思い出したのだろう、睡蓮の目から涙が一粒、二粒と流れ落ちた。
「おねがいします、あたし、なんでもしますから、おねがいします」
「なんでもしますなどと、簡単に言うものではないよ。お立ちなさい、睡蓮」
「助けてくださるんですか。助けるといってくだしまし。そうでなければ、あたしはここから立ち去りませんから」
「わかった。君の涙に免じて、とりあえず、いま張伸をどうするかは問わない」
睡蓮の顔が、安堵と喜びに輝いた。
しかし孔明は顔を真剣にして言う。
「まずはハマグリの精を倒して、ここから逃げることをかんがえましょう。すべてはそれからです」
「どうする」
「考えがあります。子龍どの、それから睡蓮、協力してくれますね」
孔明はそういって、趙雲と睡蓮の両方に、その考えを伝えはじめた。






里の中心にあるお堂は、いっちょまえに黄色い瑠璃瓦の屋根を持つ、立派な建物だった。
黄色い瑠璃瓦は、皇帝の住まいにしか使用がゆるされていない瓦である。
この世界では、皇帝と自分は同等だと、ハマグリは言いたいらしい。
お堂の入り口につづく掃き清められた石畳の道を踏みしめつつ、趙雲は、この道を、絶望的な気持ちで歩いただろう、いままでの「ひもろぎ」たちのことをかんがえた。
その涙を吸い取ったはずの石畳は、やはり乾いていて、その痕跡をとどめていない。
かれらが響かせていただろう重たい足音を想像してみる。
すると、趙雲の四肢に力がみなぎってきた。
おれは、いまから敵討ちをしにいくのだ。
自由になる夢を喰い散らかされ、死んでいった者たちのかわりに。
気持ちがいいくらいにこころは澄んでいて、一点の曇りもない。
趙雲は、こういうときの自分が、いちばん強いということを知っている。
勝つことは自明の理のようにおもわれる。
奢りではなく、そうなるのだと確信しているのだ。

趙雲を先導するのは睡蓮で、そのうしろを付いて来るのは武兵である。
武兵もまた、睡蓮と同様に、外の世界で苦しい思いをして生きていた男であり、ひとびとが、帰ってくる張伸を殺そうとしていることを知って、なんとかせねばとおもっていたという。
睡蓮が見張りの目をくぐって、趙雲と孔明が閉じ込められた家に入ってこられたのは、武兵の助けがあってこそだった。

つづく…

うつろな楽園 その38

2013年10月01日 09時32分11秒 | 習作・うつろな楽園
「お堂の奥に御簾があります。大老は、その中にいて、あたしたちにいろいろ指図します」
「どんな姿をしているのだね」
「それが、あたしは見たことがないんです。でも、声はおじいさんでした。おそろしい力を持っているという話です。それはそうですよね、ちいさな貝のなかに、千人も人を住まわせることができるんですもの」
「この里のなかに、六尺五寸くらいの背が高くて、色の黒い女はいないかな」
「六尺五寸? そんな背の高い女の人はいません。色の黒い女のひとならいますけれど」
「色の黒い女のひとは、いくつくらいかな」
「三十路を過ぎているとおもいます。あの、どうしてそんなことをお尋ねになるのですか」
「人を探しているのだよ。知らないのならばいい」
「あの、張伸さまのこと、助けてくださいますよね? 張伸さまは、大老が人の肉を食べるなんてこと、知らなかったんです。でも、一ヶ月前に、とつぜんに人の肉を食べないと、術を使えないから、ともかく籤で誰かを選べ、といわれて……
張伸さまは、はじめは自分の身をささげるつもりでいました。でも、みんなに、張伸さまはこの里の長なんだから、死んではいけないといわれたんです。それで、ほかのひとを選ぶようになったんです。それなのに、みんなそのことを忘れて、だんだん、ぜんぶ張伸さまが悪いということを言い出して、それからです、張伸さまの目つきが、だんだんこわいものになってきて」
「それで、張伸は切羽詰って、新野城から兵糧をせしめることを思いついたわけだ」
「そうです。劉表さまはわからないけれど、劉備さまならお優しい方だから、人質を見殺しにするようなことはないだろうし、もしかしたら、簡単に兵糧を取れるかもしれないって。人質にとるのも、話をわかってくださりそうな子龍さまに選んだんです。でも、橋に来たのは張飛さまでした。
引っ込みが付かなかったので、張飛さまを人質に取ったんです。でも張飛さまは里の中で大暴れして。それで仕方なく、いざというときにとっておいた酒に薬を仕込んで、眠っていただきました」
ここにいる人間が、異様にボロの衣を着ている理由がわかった。
暴れる張飛の相手をしたからなのだ。
「主公もおれも舐められたものだな」
趙雲がすっかり呆れていうと、孔明が言った。
「要するに、張伸は、人を見る目がないのですよ。かわいそうといえば、かわいそうですが、さて、どうしたものか」
「助けてください、おねがいします」
睡蓮が孔明の膝にすがるようにして言う。
その目には涙が浮かび、声は震えている。たった十四の少女に泣かれると、見ている趙雲もいくぶん弱くなってくる。
睡蓮にとってみれば、張伸は苦界に身を沈めかけていた自分を救ってくれた恩人だ。
その恩人を必死になって守ろうとする、その姿はいじらしといえば、いじらしい。

つづく…

うつろな楽園 その37

2013年09月30日 08時56分21秒 | 習作・うつろな楽園
「籤をひいて決めるんです」
「なんとまあ」
趙雲もおなじくこころのなかで呆れた。
そして、千人近い人間が、息を殺して籤を引いているさまを思い浮かべ、ぞっとした。
当たり籤を引いてしまった者の絶望や、いかばかりか。
「でも、その代わり、大老はわたしたちに水と食糧をくれていました」
「ひとりを犠牲にすれば、のこりの千人が助かる。だから犠牲の涙は無視しようというわけか」
趙雲が声を荒げると、睡蓮は身をすくませた。
「だって、仕方がありません、外でだって、死ぬほどいやな目に遭わなくちゃいけないんです。ここで死ぬのはもともとじゃありませんか。そうです、張伸さまもおっしゃっていました。戦で死ぬのは犬死だけれど、ここでの死はみんなのための死なのだから、意味があるって」

趙雲は、それはまちがっている、とつづけようとしたが、睡蓮のおびえた目に気づき、口を閉ざした。
わるいのは張伸である。
張伸は、自分とおなじく純粋な世間知らずの少女に、都合のいい論理を教え込んだのだ。
たった十四の少女が、自分は何も悪くないのに、貧しさゆえに売られて、妓楼に入れられた。
それはほんとうに「死ぬほど」いやなことだったのだろう。
だから、張伸のもとへ逃げ、そしてその手先となってうごいた。
睡蓮は、まだ自分がなにに加担したのかわかっていないのだ。
おそらく、ただ言われるまま、城に手紙を届けに行っただけとおもっているにちがいない。
そして、少女を責められるほどに、自分の身は清くない。

「大老は、以前は千人分の水と食糧を出せていたわけだ。それが急にだめになった。それは、戸籍調査が進んで、徴兵のがれをする若者が増えたからなのだね」
孔明が問うと、睡蓮は自分が悪いことをしたかのように、悲しそうに言った。
「そうです。張伸さまはお優しいのです。困っているひとを見ると、だれでもすぐに声をかけて里に来ないかと誘っていました。でもそれで、たくさんの人が里に来ることになってしまったんです。大老は、さいしょこそ、あたしたちにただで飲み食いをさせてくれましたが、しばらくしてから、水と食糧を出す術を使うための霊力がなくなった、だからひもろぎを寄越せと言いだすようになりました」
「ふむ、水と食糧を無尽蔵に出せる術というのは会得してみたいものだが、その力の源が人の肉というのはいただけないな。ところで睡蓮、おまえたちは、どうやって中と外の世界に出入りしているのだ」
「大老におねがいして、外に出してもらうのです。大老がよしといえば外に出られますし、だめといったら出られません。中に入るときには、ハマグリの蓋を開ければいいだけです」
「なるほど。外に出るためには、大老を倒すほかなさそうだな。お堂の中の様子を教えてくれぬか」

つづく…

うつろな楽園 その36

2013年09月29日 09時15分35秒 | 習作・うつろな楽園
趙雲がおどろいてその影、睡蓮に名を呼びかけると、少女はあわてて、声を落とすように手振りで伝えてきた。
「見張りの目を盗んで入ってきました。どうぞ騒がないでくださいまし」
睡蓮は、夢得路で見たときとはちがい、あでやかな衣裳をまとっていた。
ほかの民がぼろをまとっていたのとは対照的である。
張伸も理想を語りながらもやはり人の子だったのか、愛する少女をうつくしく着飾らせたかったにちがいない。
つまり、競争のない世界、といいながらも、ここには張伸の意思が反映されていて、差別や競争がしっかりあるのである。

趙雲は、すっかりこの世界にいるのにうんざりしていた。
同時に、なんとかして外に出なければという焦りもある。
そろそろ外の世界で、張伸は劉備と取引をするはずであった。
その取引の材料となり、足手まといになるのだけは避けたい。
さて、このとつぜんあらわれた少女は、なにをしにやってきたのか。

しばしの沈黙のあと、睡蓮は、その場にがばりと身を伏せた。
「子龍さま、どうぞおねがいです。張伸さまをお助けください」
おもわぬことばに、趙雲はことばを返すことができない。
「助ける? 張伸は、取引に出かけたはずだが」
「ええ、そうです。香時計が初更まで進みました。いまごろ兵糧をせしめて、ハマグリの中に帰ってくるころでしょう。でも、帰ってきたらみんなに殺されます。だって、あたし、聞いてしまったんですもの」
顔をあげて、震え、おびえる睡蓮に、孔明がすこし身を屈ませて、やさしく言った。
「落ち着きなさい。いったいなにを聞いたのだね」
「里のひとたちが相談していたんです。張伸さまがもどってきたら、みんなで殺して兵糧を山分けにして、もっといいところに逃げようって。ここには騙されて連れてこられたんだから、張伸に仕返しをしてやらなくちゃ気がすまない、って。でも張伸さまはわるくないのです。張伸さまだって、ハマグリの中がこんなふうだって知っていたら、みんなを連れてきやしませんでした。あの方も騙されたんです」
「騙したのは、「大老」だね。ハマグリの精の」
孔明のことばに、睡蓮は大きく目をひらいて、うなずいた。
「そうです、あのばけもの。李少君にむかし飼われていたハマグリが、化けて幻術をつかうようになったのが「大老」なんです。なぜご存知なのですか」
「わたしはなんでも知っている」
孔明ははったりを聞かせて言う。
睡蓮は、感心のあまり、逆にしどろもどろになった。
「あの、それでは、ご存知なのですね、ひもろぎのことも」
「人の生贄をささげているのだな」
睡蓮は、わかってくれたのか、というように、うれしそうに大きくうなずいた。
「そうです。ひもろぎに選ばれた人は、大老に食べられてしまうのです」
「どういう順番で人は食べられているのだい」

つづく…

うつろな楽園 その35

2013年09月28日 08時48分05秒 | 習作・うつろな楽園
あっさり答える孔明のことばに、趙雲はぞくっと背筋を凍らせた。
「なんだと。すると、張伸の口ぶりからして、ここでの「ひもろぎ」とは」
「人を生贄にしているのでしょう。そして、「大老」とやらは、その神にささげる肉を食べる者。ここには家畜がいませんからね、それにこんなに枯れた土地では、作物も育たない。神にささげるものといえば、もう人間しか残されておりません」

趙雲は、張伸のすさんだ目の色を思い出していた。
短期間でかれを変えてしまったもの、それは、土地が荒れ、人心もすさみ、神にささげるものが仲間の肉のほかなくなってしまったことだろうか。
四年前の張伸、夢得路の女が語った人の良い張伸と、じっさいに対決した張伸、その落差のうらに、おそろしい悲劇があったのだとすると、なんという無残なはなしなのか。
張伸は、この世界を争いも競争もない世界だといった。
だが、それはうそだ。
じっさいには支配する者と支配される者がいて、支配される者は圧倒的な力を前に、なすすべもなく苦しむばかりなのだ。

なにが夢の里、だ。
趙雲は、犠牲になった者たちのことをかんがえて憤りをおぼえた。
そして、その犠牲を見過ごした張伸にあらためて怒りをおぼえた。

孔明は、そんな趙雲のこころをおもんばかってか、窓の外で警戒をつづけている若い男たちを見ながら言った。
「ここにいる者たちにしても、気の毒だとおもいますよ。外の世界は暴力と恐怖の気配に満ちている。その息苦しさから逃げようとして、せっかくすべてを捨ててハマグリの中に身を投じたのに、餓えの恐怖が待っていた。この土地では太陽は動かない。風もなければ水もない。自然というものがまったく働かない閉ざされた世界です。ここでは、自然と闘って糧を得る、ということができない。これでは、なにをどう改善していけばいいのか、よほどの賢者でもわからないでしょう」
「ハマグリの中にどうしてこんな世界が存在しているのだ」
「蜃気楼というものをご存じですか」
「うわさには聞いている。海の上にまぼろしの都が浮かび上がるというものだろう」
「蜃気楼はハマグリの精が気を吐いたものだという説があります。この里も、ハマグリの精が作り出したものだとかんがえれば、いくぶん謎が解けます」
「すると、ひもろぎを食べる「大老」とやらは」
「ハマグリの精でしょう。あいにくとわたしにはわかりかねますが、おそらく人の肉には、ある種のけだものには滋養のあるうまいものである、ということなのでしょうね」
趙雲は、以前に張伸がはなしていた、「黄石公橋のみすぼらしい老人」のことを思い出していた。
そいつが「大老」で、人の肉を食べたいがために張伸を利用したのだとしたら?

そのとき、がたごとと音がして、ふたりが閉じ込められている家の入り口の引き戸がひらいた。
趙雲があわてて孔明をかばって前に進み出ると、引き戸からはいってきた影は、すぐに戸をぴしゃりと閉めた。
「睡蓮ではないか」

つづく…

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