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はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

臥龍的陣 番外編 空が高すぎる その26

2023年05月28日 10時03分55秒 | 臥龍的陣番外編 空が高すぎる
徐庶が劉表へ仕官をしようとした件は、内密にしていた者であったのだが、それがだれからともなく漏れていった。
それはやがて知らぬ人のいないこととなり、司馬徳操の私塾の生徒の、いちばんの話題とまでなった。
司馬徽の塾の生徒たちの大半は、裕福な家庭の子弟であったから、徐庶の挑戦を酒の肴にしては、どこがどう駄目なのかと、他人事のように勝手なことを話し合った。


司馬徽の塾に来てだいぶ経ち、その理解者も増えては来ているももの、一定数の徐庶の『敵』は存在する。
その『敵』と犬猿の仲の孔明が、徐庶の悪口をたたく者たちの場に居合わせると、かならず喧嘩となった。
以前は孔明と『敵』の喧嘩が始まると、仲裁に入っていた司馬徽であったが、最近では、どちらかが気絶するまで放っておくことが増えた。
きりがないと思われてしまったのだろう。


孔明のこのところの機嫌はすこぶる悪かった。
それには理由がある。
徐庶は、劉表の仕官への話が流れたとはっきりすると、待っていたかのように、すぐ旅に出てしまったのだ。
旅の行き先は、だれにも告げなかった。
徐庶がそのように、だれにもなにも言わずに旅に出てしまうことは初めてであったから、それがまた、さまざまな憶測を呼んだ。
将来に絶望して、ちがう土地へ去ってしまったのだとか、故郷にもどるのだとか、いいや、別な君主をもとめて旅に出たのだとか。
信憑性の高いものから、低いものまで、あれこれと出てきたが、確かなことは、本人しかわからない。


孔明は徐庶がなんでも打ち明けてくれると思い込んでいたので、そうではない態度をとられたことで傷つき、機嫌を悪くしていたのだ。
素行の悪い亭主を待つ女房のようだ、と軽口を叩かれることもあった。
裏で言われるならともかく、面と向かって言われると、孔明は果敢に戦った。
そして、たいがい、からだのどこかに青痣を作って家に帰り、黄家から来た女房にひどく叱られた。







旅の行き先は、じつのところ、徐庶にもわかっていなかった。
ともかく思いつきで、北ヘ行ったり、南へ行ったり、東、西へと自由きままに足を伸ばした。


かつて大虐殺のあった徐州が、ほかならぬ曹操の治下で立ち直りつつあるのを見た。
大海原とやらがどれほど巨大なのかを確かめに、東の涯てまで行ってみた。
それから公孫氏の治める土地にまで行って、辺境の民と蛮族との攻防の様子を見た。
曹操の膝元である許都の栄華を見た。
さらに西へ行き、かの張騫のように、汗血馬を探そうと思ったのだが、これは途中で熱病を患ったので、引き返した。


そのまま南下して、険阻な蜀の大地を目の当たりにし、荊州よりもはるかに平和で、多くの民族の交易が盛んな成都の様子を見た。
途中、道連れもあったし、たった一人で、何日もだれとも口を利かないこともあった。
足の豆をひたすら潰し、路銀がつきると、その土地で働き口をもとめて工面した。


中華と呼ばれる地域のほとんどをくまなく回り、最後に交州を抜けて揚州へ入り、江東からふたたび荊州へもどってくるのに数年を要した。


つづく

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さて、「近況報告」は、この記事を更新した後にアップします。
お時間ありましたら、ついでに見てやってくださいませ。
終わる、終わると言っていて、なかなか終わらない「臥龍的陣」も、今週でほんとうに終わります。
続編は、まだ半分くらいしか書けてないという状況ですけれども、間を置かずにつづけて連載を開始します。
何曜日に更新する、という情報も「近況報告」に書きました。
それにしても、今朝から右目からの涙が止まらないんですが、なんですかねー、これ。
身体には気を付けて創作を楽しんでまいります。
ではでは、みなさまの日曜日が、よりよい日曜日になりますように('ω')ノ

臥龍的陣 番外編 空が高すぎる その25

2023年05月27日 10時08分10秒 | 臥龍的陣番外編 空が高すぎる
「わたしは、こうして相談できる相手がいるだけしあわせだな。
徐兄がいなくなってしまったら、いったいどうなってしまうだろう。
想像もつかない」
「どうもならんさ。なんとかなっているだろう」
「そうは思えないよ。いつまでも間違いに気づけない、いま以上に嫌な人間になってしまうと思う。
なにもかも世の中のせいにして、いじけて、そのくせ、心の中では、人が怖いと怯えている人間だ。


けれど徐兄がわたしの間違いを教えてくれるから、わたしもすこしは、まともでいられる。
ほんとうに感謝している。ありがとう、吹っ切れた。
徐兄の言うとおりにしてみるよ」
「ま、おまえの考えもところどころ入れて、自分なりにがんばれ」
「うん、がんばろう。わたしたちの将来を、きっといいものにするように、がんばらなければならないな」


孔明の声が眠気まじりのものになる。
しかし、徐庶はかえって目が冴えて、言った。
「わたしたち、ではない、わたし、だろう」
孔明は答えなかった。
安心して、眠りについてしまったようである。


『いつだったか、二人でこのまま田舎で暮らせばいいと言っていたことは、本気なのか』
たしかに、二人でいれば、これほど心強いものはない。
孔明はいままでも、自分のことばならば、素直になんでも言うことを聞いた。
隠棲をするのではないにしても、二人でどこかに仕官をし、いまのように語り合って、切磋琢磨することも可能だろう。


『いや、切磋琢磨ではないな。俺は、孔明にとっては、砥石ですらない。
俺のほうが世間を知っているとタカをくくってきたが、孔明のほうが、世の中のなにが問題なのかを、的確に掴んでいるじゃないか。
人の弱さを直してやろう、などと考えるのが不遜なのかもしれないが、だれかが真剣になって、荒んだ人の心を矯正しなくてはいけないのは、たしかに事実だ。
そこに必要なのは、俺の勉強してきた書物のなかの細かい文字のひとつひとつじゃない。
文字で残された知恵のほうこそ、世の中には必要なのだ。
こいつはまだまだ人との接し方が拙いから、だれもこいつに同調しない。
が、こいつがしっかり現実を見るようになって、理想を果たすためにどうしたらよいか、その方法を見つけ出したときには、どうなるのだろう』


徐庶は、眠る孔明に気づかれないように、ちいさくため息をついた。


『こいつの内気さが、こいつの真価を世間の目から覆い隠しているだけだ。
やはり、こいつは、なにかが常人とちがう。
言葉だけではなくて、人を根本から変えられる、影響力のようなものを持っている。
俺はどうだ。孔明は間違いを見つけてくれる、などと言っていたが、俺が指摘できたことは、ほかの奴だって出来たことだろう。
このままでは、だめだ。いつか孔明は俺を追い越す。
孔明が俺といつまでも一緒にいようと、俺にばかり頼って、甘えて、世間を避けているかぎりは、だめなのだ。
いまの俺が孔明に勝っているところといえば、ただ年長で、多少、世間を知っているというところだけだ。
そんなもの、あと数年もしたら、意味のないものになるだろう。
俺が孔明に勝るものをもっていない以上、俺では孔明の矯正はできても、成長させることはできない。
このままでは、お互いがお互いを惰性の中に閉じこめて、可能性をつぶし合ってしまう』


徐庶には、はっきりと二手に分かれた道が、その脳裏に見えはじめていた。


つづく

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「空が高すぎる」は、ほんとうに大きなことの起こらない話ですが、それでも閲覧してくださっているみなさまには感謝です(*^-^*)
来週で終わります、たぶん。
それと、「奇想三国志 英華伝 序」も、何も起こらない話ばかりで、こちらは余裕ができてきたら大改造したほうがいいのかなあ、と思っています。
なろうとかのアクセスを見ると、「序」は途中で読むのをやめてしまう方のほうが多いようなので…
「三顧の礼は?」とか思いますよねー、そりゃそうか…反省。
あ、それと、近況報告を近々いたしますので、更新したら読んでやってくださいませ。

ではでは、今日もみなさまがよい一日を過ごせますよう祈っております(*^▽^*)

臥龍的陣 番外編 空が高すぎる その24

2023年05月26日 10時02分37秒 | 臥龍的陣番外編 空が高すぎる
「俺や家族に触れられるのは平気なのだろう。
だったら、そのうち、ほかのやつで親しくなった者には平気になるかもしれない。
だいたい、家族や仲間以外の人が身体に触れてこることなんて、日常ではあまりないものだぞ。
気持ちはわかるが、そこまで深刻にならなくてもいいんじゃないか」
「人が怖いのだ」
「うん?」
「揚州で叔父が朝廷の命令を受けてやってきた新しい太守に追い出されたとき、そそのかされた一部の民が蜂起した。賞金首に目がくらんだのだ。
叔父は、いま振り返ってみても、よい太守であったと思う。
いつも民のことを考えて、自分は質素に暮らしていた。
なのに、みな妄言に振り回されて、血なまこになって、武器を手にわたしたちを襲ってきた」
「ああ、大変な目に遭ったって言っていたな」
「すまない、嫌な話だし、何度も聞きたくないよね。
でも、わたしは、あのときから…そして襄陽城で叔父が殺されてしまってから、人というものがわからなくなってしまったのだ。
みんな、どんどんどこかに仕官しているだろう。
わたしもいずれは家族のこともあるし、仕官をしたいと思ってはいるのだが、それで、わたしはなにをしたいのだろうかと考えることがある。
漢王朝の再興をしたいと口では言っている。
けれど、ほんとうは、叔父の復讐を世の中にしたいのではと思えてくることがあって、怖くなるのだ」


「世の中のぜんぶに?」
「そう、人というもの、すべてだよ。本来ならば裏切るべき者ではないものを、金のためにたやすく裏切ってみせた人というものを、わたしはほんとうは、罰したくてたまらない人間なのではないか。
そんなふうに心根の冷たい人間が、人の上に立つなどと考えてよいのだろうかと」


「それはおまえ、考え違いというものだろう」
「どうちがうのかな」
「おまえが許せないでいるものは、人間とか、世間とか、漠然としたものではない。
金や欲望のためにあっさりと情や義を踏みにじれてしまう、人間という奴のなかにある、どうしようもない弱さを許せないでいるのだ。
人間や世間そのものを憎んでいるわけではないんだよ」
「そうかな」
「そうだ。おまえの嫌う弱さは、すべての人間のなかにある。俺のなかにだってあるんだぞ」
「そんなことはないよ。だって、徐兄は、他人の仇討ちを代わりにするほどに、義に厚い人じゃないか」
「義に厚かったから、というだけではないさ」


答えながら、徐庶は、かつて故郷の潁川での出来事を思い出し、孔明に語った。
仇討ちをしたときの話は、これまでも何度か話したことがあったが、もっとも飾らず、素直に話したのは、これがはじめてであった。


不幸な人から頼られた。
うれしくて、意気込んで、代理で仇討ちを果たした。
そのとき、自分の力を世に示したいという欲がなかったとは言い切れない。
人を斬ってしまったあとに、後悔した。
斬られても仕方のないような男が仇討ちの相手ではあったが、とても後悔した。
たしかに悪い奴だったが、徐元直という男に悪いことをしたわけではない。
やらなくていいお節介をしたのだと、そしてそれは罪深いことだったのだと、すぐに気づいてしまったのだ。


すぐに捕縛された。
母に累が及ぶのをおそれ、姓名を名乗らなかった。
そのため、ずいぶん痛めつけられる羽目になった。
苦い後悔と痛みのなかで、仇討ちに巻き込んだ人間を恨んだこともある。
いまでも、あれにかかわっていなかったら、俺の道はこんなに難しいものではなかったはずだと、どうしても思ってしまう。
ほんとうに覚悟をきめて人を斬っていたのなら、不平不満があとから出てくるはずもない。
そこに欲があったから、いつまでも過去を引きずり続けているのだ。


徐庶の語ったことばに、孔明はしずかに耳を傾けていた。


「俺にも弱さがあるが、おまえにだって、しっかりある。
おまえはもしかしたら、自分にはそんなものはないと思っているかもしれないが、触れられることが嫌だとかいう癖以外に、弱くて脆くて、卑怯なところがあるはずなんだ」
すると、ここでいつもなら、そんなことはないと抗弁してくる孔明が、おとなしく、そしてか細い声で、応じた。
「そうかもしれないな」
「おまえが戦おうとしているものは、自分と考えがちがう人間だけではない。
自分の弱さと、その弱さを持て余してみて見ぬふりをしている気の毒な連中とも戦わねばならない。そもそも、強いばかりの人間なんぞ、いないのだ。
おまえは、そろそろ、人間の弱さを認めなくちゃいけない」


「弱さを認めたくない、許せない気持ちが消えないときは、どうしたらよいのだろう。
やはりわたしは、ほかの人間の弱さを決して許すことができない、心の狭い人間なのだろうか」
「許せないと非難するばかりが戦いかな。
弱くて卑怯だと攻撃していれば、相手は変わるものかな。そうじゃないだろう」
「そうだけれど」
「人の弱さをおまえは暴いて、そして無理にでも変えようとしている。
けれど、それは困難を伴うし、おまえ自身も傷つく方法だ。
だいたい、自分の弱さを引きずりだされて、喜ぶやつなんているものか。
その方法をやめないから、いつもおまえは人を怒らせてばかりいるのだ。
そして、誤解されて、憎まれる。
おまえは人の弱さが許せないからこそ、直してやろうと思っているお節介さ。
つまりは、根元から、人間をまるごと生れ変わらせようとしている。
そもそも、人を生まれ変わらせることなんぞが本当にできるものなのか、それは俺にもわからん。
だが、いまの方法では、いずれ自分もダメになる、そのことはわかっているな、孔明」
「どうしたらいいのだろう」
「さてね。わからん。おまえにいま、いちばん足りないものがあるとすれば、その方法がわからない、というところだろうな。
俺にも、こうしたらよかろうということは言えないよ」
「世の中というものは人間で構成されているわけだから、乱れ切った世の中を変えたければ、人間を変えればいい。
そう思うことは、莫迦だと思うかい?」


こいつ、そんなことを考えていたのか、と徐庶はおどろきながらも、それは口に出さずに、答えた。


「莫迦だとは思わんよ。そう思っているのだったら、どうしたら早く人を変えられるか、その方法を見つけられるよう、本気でじっくり考えてみろ。
さいわい、俺たちには時間だけはたっぷりあるんだ」
「うん」
沈みがちであった孔明の声に、すこし明るさが戻ってきた。
「それとな、嫌いなもののことをがんばって変えようなんて、本当は考えないものさ。
おまえは人を憎んでいるわけではなくて、ほんとうは好きなんだ。
好きだから、裏切られたのが悲しくてたまらないんだよ。
そこを間違えるな。損をしているぜ」
「そうなのかな」
孔明はしばらく考え込んだ様子だが、やがて言った。
「相談に乗ってくれてありがとう」
「礼はいいさ」


つづく


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続編の制作はコツコツつづいています。
げんざい、江夏へ関羽が向かおうとするところまでいきました。
以前の「風の旗標」とはまったくちがう話になっておりますので、以前からのお付き合いのお客さんも、新規のお客さんも、楽しんでいただけるかと思います(^^♪
いま連載している「空が高すぎる」が自分で思った以上に長い連載になっておりまして…続編を掲載できるのは、来月になる可能性もあります。
はっきり先が見えてきましたら、またご連絡させていただきまーすv
ではでは、今日もみなさま、よい一日をお過ごしくださいね('ω')ノ

臥龍的陣 番外編 空が高すぎる その23

2023年05月25日 09時43分16秒 | 臥龍的陣番外編 空が高すぎる



数日後、徐庶と孔明は、劉表の返事をもらったあと、襄陽城市の宿で夜を迎えた。
こういうときに、亡くなった叔父から多額の遺産を受け継いでいる孔明は、頼りになる。
宿代などは、すべて孔明持ちなのだ。
徐庶とて面子があるから、すこしは払おうとする。
だが、孔明はこういうとき、頑として徐庶の財布を開かせない。
「叔父上は、いつもよい友を得よ、そのためならば、手間も時も金も惜しむなとおっしゃっていた。
徐兄は、わたしにとっては最良の友なのだから、わたしがもてなすのは当たり前だ。
だから、金はわたしがすべて払う」
というのが孔明の理屈である。


孔明のなかで、叔父という人物は、だいぶ美化されているようだ。
もちろん、徐庶は孔明の叔父という諸葛玄のことを見聞でしか知らない。
だが、割り引いて見ても、孔明には、たいへんに立派なところを見せた男だったようだ。
『こいつの財貨を惜しまないところは、美点のひとつだな』
そんなことを思いながら、徐庶はありがたくおごられることにした。


混んでいたので相部屋になった。
雑魚寝をして、闇のなか、ふたりはしばらく大人しく目をつむっていた。
しかし、寝たふりをしているだけで、孔明がほんとうに眠っていないのは、気配でわかった。
徐庶もまた、仕官についての考えがまとまらず、興奮して眠れなかった。


闇になれた目で、なじみのない天井の柱のかたちをじっくりながめていると、闇の向こうから、孔明が語りかけてきた。
「起きているかい」
「ああ、おまえも眠れないのか」
「いま話してもいいだろうか」
「かまわないさ。仕官のことか」


目だけを動かして、孔明の横たわる寝台のほうを見るが、その身体と闇を区切る輪郭がわかるだけで、ほかは黒に包まれて、何も見えない。
「それもあるけれど、いままで、はっきり聞いてこなかったなと思い出してね。
徐兄は、なぜ仕官をしたいのかな」
「そりゃおまえ、単純な話さ。食べていかなくちゃいけないからな」
「そうか、そうだよね」


孔明は、方向のつかめない闇の向こうから応じる。
明かりのない漆黒の闇のなかにいる徐庶は、自分が暗い水面のうえにぷかりと浮かんでいるような錯覚をおぼえた。
孔明の声が、どこか遠くから聞こえるように感じる。
実際には、そう距離はないはずなのだが。


しばしの沈黙のあと、孔明がまた言った。
「そうではない、気を悪くしないでほしい。
そういうことを言いたいのではなくて」
孔明らしからぬことに、言葉が見つからずに、自分で自分にいらだっているのがわかる。
またしばらく次の言葉を待っていると、孔明はとうとう落ち着かなくなった様子で、身体を起こしたのが、音と気配でわかった。
「素直に言うよ。いま、わたしは焦っているのだと思う。
自分がこの先どうしたらよいのか、わからない」
「将来は国を再興し、宰相になる、とか言っていただろう」
「たしかに言った。でも、どこで、だれと組んで漢王朝を再興すればよい? 
帝を擁している曹操とは絶対に組みたくない。
あれはわたしの故郷を踏みにじった男だ。わたしの仇だよ。
そうなると、曹操以外の男に仕えることになるだろうが、いまのところ、仕えたいと思えるような人物は、だれも見当たらない」


おやおや、いつものこいつの強気な俺様節が始まったな、と徐庶は思った。
だが、その夜は、いつもならばつづく孔明の天下談義が、なかなかはじまらなかった。
どうしたのかな、飽きて、寝ちまったのかなと思いながらも待っていると、やがて、孔明の、ふしぎと苦しそうな声がつづいた。
「と、いうのは嘘だ」
「なんだ、いきなり。今日は弱気じゃないか」
「わたしはいつも弱気で、不安だよ。不安で仕方がないけれど、それを悟られたくないから、隠しているのだ。
思えば、わたしを評価してくれる人はとても少ないし、もちろん友人も少ないし」
「少ないなりに、それなりの人脈はあるじゃないか」
「そうだけれど…知っているだろう、人から触れられると体が固まってしまう癖。
こいつのせいで、どうもいまもって人と対面するときに極度に緊張してしまう。
こんなふうに、人というものとまともに付き合うことができない人間が、ほんとうに人の上に立てるものなのだろうか。
いや、人の中に入って、やっていくことができるものなのかな」


徐庶は横になったまま、孔明の告白を聞いていた。
徐庶からすれば、孔明などは、自分などよりよほど若い。
そのうえ往来を歩いても振り向かない人がないほど目立つ風貌をしているし、弁もたつし、遺産はあるし、家名もよいし、やや性格に偏りが見られるが、気立てはいいやつで、いまだ仕官しないのは、単に理想が高いからだと思っていた。
やがて、世間を見る目がもっと慣れてくれば、いい仕官先が見つかるだろうと徐庶は踏んでいた。
だが、叔父が暗殺される現場を目の当たりにしてしまって以来の、人から触れられることを恐れる癖というものは、孔明にとって、大きな障害になっているようだった。


つづく

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この「空が高すぎる」、まだまだ練れた部分もあったかなと、いま掲載するのにあわせて再読しながら思っていますが…これでよかったのかな、と思う面もあり。
あと一週間ほどでこの番外編は終わるかと思います。
そのあと、いよいよ続編の連載を開始いたしますよー。
いろんなキャラクターが出てくる、臥龍的陣とは趣の違う話になります。
どうぞおたのしみにー(と、またハードルを上げる)
ではでは、今日もよい一日をお過ごしくださいませ('ω')ノ

臥龍的陣 番外編 空が高すぎる その22

2023年05月24日 10時00分42秒 | 臥龍的陣番外編 空が高すぎる



劉表は謁見のあと、徐庶に後日、返事をする、といった。
だが、徐庶にはわかっている。
劉表の徐庶を見る目は冴えないもので、表情も退屈そうであった。
のちほど返事をするとは言ったものの、色よい返事は期待できないであろう。
直接、本人に言わないところは気遣いの人なのか、それとも優柔不断なのか…あるいは、とても悪くとれば、善人ぶっているのかもしれない。
どちらにしろ、実際に顔を合わせてみた劉表という人物は、思った以上に、緩慢な印象を与える人物であった。
これほど襄陽城の風俗をきっちり取り締まって、儒を尊ぶ気風を励行しているわけだから、風采が立派で凛とした聖人君子があらわれるのではなかろうかと徐庶は期待していたのだ。


たしかに礼装をしてあらわれた劉表は、血筋のよさゆえか、それなりに貫禄はあった。
しかし、かれを主君としてあおぎ、また尊敬できるかと尋ねられたら、徐庶の答えは否である。
衣裳で誤魔化そうとしていたが、ともかく、肉体の崩れ方がひどい。
ふだんから運動をしていない、というだけではあるまい。
よほど怠惰に暮らしていないと、あれほど崩れない。
筋肉の全体がたるんでしまっており、そのため、表情にもだらしなさが出ていた。
それは、老いによるものばかりではなさそうである。


そして、なにより目つき。
仕官したいという意志を先に伝えてあったうえで会っているのだから、値踏みした目で見られるのは当然である。
だが、意外なことに、劉表は温雅な風貌をしているわりには、目の表情が、ときおり、ぎくりとするほど冷たいものに転じる。
その奥底に、劉表の自己中心的な人格が透けて見えた。
温厚篤実な男、という評判があったのだが…世評もあてにならないものだ。


『評判どおりの人物ではない』
というのが、徐庶のくだした劉表への印象であった。
猜疑心の強そうなその冷たいまなざしを、一瞬の表情の移り変わりの中に見つけたとき、徐庶は、たとえ是非にとすすめられても、劉表のもとで働くことは考えないようにしようと決めた。
互いに信頼しあえる相手と組まないと、この乱世では、いつ運命が暗転するかわからない。
『いつ背中を襲ってくるかわからない者に仕えるなど、蛇の巣にわざわざ足を踏み入れるようなものだ』


というわけで、劉表に仕えることをやめた。
とはいえ、そこですっぱりと安定した未来を諦められるかというと、またちがってくる。
母を迎えて安心した暮らしをさせてやりたいという夢があるからだ。
劉表のもとに仕えれば、確実に安定した生活を得ることができる。
仕送りをしてくれている母に、楽をさせてやることができる。
多少のことは目をつむり、司馬徽のつてを頼れば、仕官への希望は残っているかもしれない。


気持ちが揺れるなかで、こんな疑問も浮かんでくる。
期待する『安定』は、ずっと長くつづくものなのだろうか。
劉表はすでに老いつつある。
その跡を継ぐであろう二人の息子は、次男坊のほうは出来がいいと聞いているが、はたして、長男をさしおいて円満に跡継ぎなれるものなのか。
第一、次男坊のほうは蔡瑁の甥。
蔡瑁の力が強くなりすぎて、だれに仕えているのかわからない状態にならないか。


もし安定だけを求めるのなら、飛ぶ鳥を落とす勢いの曹操の傘下に入ったほうがよほどいい。
しかし曹操の周辺は、すでに古参の家臣や豪族たちによって固められており、身分の低い人間が要職にくい込める可能性は、もうほとんどなくなっている。
曹操は才能を愛する男だとは聞いているが、相性というものもあるだろう。
孔明からどれほど曹操が冷酷で残酷な男か聞き知っていたので、徐庶はまたそこで二の足を踏んでしまう。


『おふくろだって、俺と暮らしたがっている。派手に出世をすることがそれほど大事か? 
それより、どんな小さな地位でも、役人となって地道に働いていたほうがいいのではないか。
おふくろも、そうしたほうが喜ぶだろう。
けれど、ほんとうにそれでいいのか。低い地位に甘んじることに耐えられるのか。
そのために、俺は何年もみなに莫迦にされても耐えて、勉学に打ち込んできたのか? 
いや、そもそも俺に、要職に就ける才覚はあるのか?』


俺はなにがしたい?
なにを望んでいる?


徐庶はますます悩むのだった。




つづく


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むかしは蜀漢関係の資料ばかり偏って読んでいたようで、いまになって曹操軍のことを書くときに、知識不足に悩んでおります;
まんべんなくいろんな知識を吸収するというのは大事なんですねえ…反省。
でもって、今日は創作はちょっぴりお休み。
明日からがっつり書けるよう、環境をととのえてまいります。
ではでは、みなさまの一日が素敵な一日になりますようにー('ω')ノ

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