「徐兄も、わたしが悪いとおもっているの」
「おもっていることを素直に口に出す。そこはおまえの美点だが、しかし、あんまり素直に態度や口に出すぎるはどうかとおもうぜ。みんなはおまえのように記憶力も観察力も高くない。書物の内容は大づかみに理解していればいい、あとは一言一句にこだわるような学問をするなといわれても、そのことばの意味が理解できないのは当然だ。おれも含めたふつうの人間は、大量の知識を武器に持っていないと、とてもじゃないが、不安で仕方ないものなのだ。だから闇雲に勉強をするのさ。そのことを理解しないとダメだ」
「字句にこだわって知識を詰め込んだって、世の中のことがわかりやしない、そんな簡単なこともわからないのかなあ」
孔明としては、そのことは自明の理のようだ。その、若さゆえの狭いもののかんがえ方に、かつての、力こそすべてだと思い込んでいた自分を見る気がして、徐庶は苦笑した。
「なあ、孔明、おれはほかのみんなより、多少は世間を見てきたし、いろんな階層の人間と付き合ってきたから、おまえの言わんとすることがわかる。たしかに、知識なんてものは、それを本質的に理解していない限りは、生死を賭けた戦いのときに役に立たない。おまえだって、襄陽に落ち着くまで、いろんなものを目にしてきたわけだろう。だから、おまえは体でただしい知識とはどういうものかを理解できているんだ。でも、みんなはおれやおまえのような感覚を身につけてない。そういったらわかるか。でも、それを歯がゆくおもったり、莫迦にしたり、腹を立てたりしたらいけないんだ」
「莫迦になんてしていないよ」
「じゃあ、苛立っている、といいなおしたほうがピンと来るかな」
「…それはたしかに」
「おまえの、だれかの下につくことができない性質というのは、おれはなんとなくわかるし、そういうものなのだから、性質を曲げることはできないし、仕方のないことだともおもえる。でも、そうだからといって、ほかの自分とちがうみんなを自分と同じようにしようと努力するのは、まちがっている。それは相手を尊重していないことと同じじゃないのかね」
「そうだろうか」
「逆らうばかりじゃなく、相手にうまく合わせる方法をかんがえろよ。ここまで世の中が乱れたなかで、長幼の序なんて守っていられないことも、おれはおまえと同じようにわかっている。実力がすべてだ。それもわかっている。でも、そのことを周りに喧伝したり、押し付けたりすることはよくない。いつか、このままだと、おまえは自分で自分を滅ぼしてしまうぞ」
孔明は、すこしばかり機嫌を損ねたようで、ふいっと目をそらした。
「良薬は口に苦しだね」
「苦いってことは、効いているってことだろ。そういう素直ないいところもおまえにはいっぱいあるのだから、ほかのやつらにやたらに憎まれないようにしろよ。才能があるからって、それをひけらかす真似もしないことだ。みんなはおまえを実力はあるのに本気を出さない、怠け者のほら吹きだと誤解している。それはとてももったいないことだと、おれはおもうぜ」
「徐兄には敵わないな。そんなふうに締めくくられてしまうと、明日から、心を入れ替えようという気持ちになる」
つづく…
「おもっていることを素直に口に出す。そこはおまえの美点だが、しかし、あんまり素直に態度や口に出すぎるはどうかとおもうぜ。みんなはおまえのように記憶力も観察力も高くない。書物の内容は大づかみに理解していればいい、あとは一言一句にこだわるような学問をするなといわれても、そのことばの意味が理解できないのは当然だ。おれも含めたふつうの人間は、大量の知識を武器に持っていないと、とてもじゃないが、不安で仕方ないものなのだ。だから闇雲に勉強をするのさ。そのことを理解しないとダメだ」
「字句にこだわって知識を詰め込んだって、世の中のことがわかりやしない、そんな簡単なこともわからないのかなあ」
孔明としては、そのことは自明の理のようだ。その、若さゆえの狭いもののかんがえ方に、かつての、力こそすべてだと思い込んでいた自分を見る気がして、徐庶は苦笑した。
「なあ、孔明、おれはほかのみんなより、多少は世間を見てきたし、いろんな階層の人間と付き合ってきたから、おまえの言わんとすることがわかる。たしかに、知識なんてものは、それを本質的に理解していない限りは、生死を賭けた戦いのときに役に立たない。おまえだって、襄陽に落ち着くまで、いろんなものを目にしてきたわけだろう。だから、おまえは体でただしい知識とはどういうものかを理解できているんだ。でも、みんなはおれやおまえのような感覚を身につけてない。そういったらわかるか。でも、それを歯がゆくおもったり、莫迦にしたり、腹を立てたりしたらいけないんだ」
「莫迦になんてしていないよ」
「じゃあ、苛立っている、といいなおしたほうがピンと来るかな」
「…それはたしかに」
「おまえの、だれかの下につくことができない性質というのは、おれはなんとなくわかるし、そういうものなのだから、性質を曲げることはできないし、仕方のないことだともおもえる。でも、そうだからといって、ほかの自分とちがうみんなを自分と同じようにしようと努力するのは、まちがっている。それは相手を尊重していないことと同じじゃないのかね」
「そうだろうか」
「逆らうばかりじゃなく、相手にうまく合わせる方法をかんがえろよ。ここまで世の中が乱れたなかで、長幼の序なんて守っていられないことも、おれはおまえと同じようにわかっている。実力がすべてだ。それもわかっている。でも、そのことを周りに喧伝したり、押し付けたりすることはよくない。いつか、このままだと、おまえは自分で自分を滅ぼしてしまうぞ」
孔明は、すこしばかり機嫌を損ねたようで、ふいっと目をそらした。
「良薬は口に苦しだね」
「苦いってことは、効いているってことだろ。そういう素直ないいところもおまえにはいっぱいあるのだから、ほかのやつらにやたらに憎まれないようにしろよ。才能があるからって、それをひけらかす真似もしないことだ。みんなはおまえを実力はあるのに本気を出さない、怠け者のほら吹きだと誤解している。それはとてももったいないことだと、おれはおもうぜ」
「徐兄には敵わないな。そんなふうに締めくくられてしまうと、明日から、心を入れ替えようという気持ちになる」
つづく…