はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

井戸のなか その14

2013年08月14日 09時14分28秒 | 習作・井戸のなか
「徐兄も、わたしが悪いとおもっているの」
「おもっていることを素直に口に出す。そこはおまえの美点だが、しかし、あんまり素直に態度や口に出すぎるはどうかとおもうぜ。みんなはおまえのように記憶力も観察力も高くない。書物の内容は大づかみに理解していればいい、あとは一言一句にこだわるような学問をするなといわれても、そのことばの意味が理解できないのは当然だ。おれも含めたふつうの人間は、大量の知識を武器に持っていないと、とてもじゃないが、不安で仕方ないものなのだ。だから闇雲に勉強をするのさ。そのことを理解しないとダメだ」
「字句にこだわって知識を詰め込んだって、世の中のことがわかりやしない、そんな簡単なこともわからないのかなあ」
孔明としては、そのことは自明の理のようだ。その、若さゆえの狭いもののかんがえ方に、かつての、力こそすべてだと思い込んでいた自分を見る気がして、徐庶は苦笑した。
「なあ、孔明、おれはほかのみんなより、多少は世間を見てきたし、いろんな階層の人間と付き合ってきたから、おまえの言わんとすることがわかる。たしかに、知識なんてものは、それを本質的に理解していない限りは、生死を賭けた戦いのときに役に立たない。おまえだって、襄陽に落ち着くまで、いろんなものを目にしてきたわけだろう。だから、おまえは体でただしい知識とはどういうものかを理解できているんだ。でも、みんなはおれやおまえのような感覚を身につけてない。そういったらわかるか。でも、それを歯がゆくおもったり、莫迦にしたり、腹を立てたりしたらいけないんだ」
「莫迦になんてしていないよ」
「じゃあ、苛立っている、といいなおしたほうがピンと来るかな」
「…それはたしかに」
「おまえの、だれかの下につくことができない性質というのは、おれはなんとなくわかるし、そういうものなのだから、性質を曲げることはできないし、仕方のないことだともおもえる。でも、そうだからといって、ほかの自分とちがうみんなを自分と同じようにしようと努力するのは、まちがっている。それは相手を尊重していないことと同じじゃないのかね」
「そうだろうか」
「逆らうばかりじゃなく、相手にうまく合わせる方法をかんがえろよ。ここまで世の中が乱れたなかで、長幼の序なんて守っていられないことも、おれはおまえと同じようにわかっている。実力がすべてだ。それもわかっている。でも、そのことを周りに喧伝したり、押し付けたりすることはよくない。いつか、このままだと、おまえは自分で自分を滅ぼしてしまうぞ」
孔明は、すこしばかり機嫌を損ねたようで、ふいっと目をそらした。
「良薬は口に苦しだね」
「苦いってことは、効いているってことだろ。そういう素直ないいところもおまえにはいっぱいあるのだから、ほかのやつらにやたらに憎まれないようにしろよ。才能があるからって、それをひけらかす真似もしないことだ。みんなはおまえを実力はあるのに本気を出さない、怠け者のほら吹きだと誤解している。それはとてももったいないことだと、おれはおもうぜ」
「徐兄には敵わないな。そんなふうに締めくくられてしまうと、明日から、心を入れ替えようという気持ちになる」

つづく…

井戸のなか その13

2013年08月13日 09時09分23秒 | 習作・井戸のなか
「聞いたら呆れるとおもうけれど。どうも、わたしという人間は、だれかに使われるのがいやなようなのだ。だれかの風下につくことができない、とでもいおうかな。そういう性分なので、だれかに仕える自分の未来をどうしても具体的に頭のなかで思い描けない。塾のみんなは、いずれ周の文王のような明君に仕えることを夢見ているのだろう。でも、わたしは同じようにだれかに仕える夢を持てないのだ」
「おまえのいつも言っている、管仲になるって話はどこへ吹っ飛んだ?」
「管仲にはたしかに憧れる。憧れるが、まったく同じようになりたいとはおもえないのさ。地道にコツコツと地位を築いていって、白髪交じりの頭になったころにようやくみなに推挙されて上に立つ。そこまでの過程をわたしが我慢できるとはおもえない」
孔明はそういうと、徐庶の顔を心配そうに見て、それから、すぐに顔をそらした。
「とんだわがままだとおもうだろうね? わたしも自分でそうおもう。でも、これがわたしの性分なのだから、これを曲げることはできないということにも、さいきん気がついた。なんとか我慢して、家のため、自身の未来のためといって、無理にだれかに仕えても、きっとわたしのことだ、いまの塾にいるように、周りと摩擦ばかり起こして、すぐにクビだろうね。韓非子だったか、無用の瓢箪というたとえがあったじゃないか。わたしはそれにちがいないとさえおもうようになってきたよ」
「無用の瓢箪といえば、たしか、見かけも立派で頑丈な瓢箪だが、頑丈すぎて加工できずに何の役にも立たなかった、というあれだろう」
「荘子の無用の用という考え方もあることは知っているよ。でも、わたしは荘子のように達観して世の中を見るにはまだ若すぎるようだ。だれかの役に立ちたいのに、そういうふうに出来上がっていないのだから、いやになってしまうよ」
「おまえ、まだ十九だろう」
「うん」
「まだ十九なら、自分の可能性を狭めて考える必要はないはずだぜ。人はいろんなきっかけでガラッと変わっていくものさ。おれが変わったようにな。ごろつきどもと付き合っていたおれが、ほんの数年も経たないうちに剣を封印し、政治の道を志して、おまえたちのような学究の徒と付き合っている。むかしのおれがみたら、きっとびっくりするだろうさ」
「それは意志の強い徐兄だから変われたのだよ。わたしは自信がない」
「なんだよ、いつも強気なおまえが、らしくない。それに、自分が人の下に付くことが我慢のならない性格だとしても、だからといって、世間に出られないということは同等じゃないぜ。世の中には、年齢や家柄にかかわりなく、能力を見て引き上げてくれる人間だっているはずだ」
「曹操とか?」
「ああ、おまえは曹操がきらいだったな。おれだってあの男のやりようは好きになれないが、しかし、世の中には、兄嫁を盗んだ男でも能力があれば雇うなんていう人間もいるわけだから、ほかにもっと物好きがいるかもしれない。かんたんに自分はダメだと思い込まないほうがいいぜ」
「そうだろうか。そんなふうに理解してくれるのは徐兄だけだ」
「州平や、広元だって、理解してくれるだろうよ」
「いいや、徐兄だけだよ。だって、塾で喧嘩をしていても、止めようとしたり、介抱したり、仲介に入ってくれたりするのは徐兄だけだからな。州平は笑っているだけだし、広元はぽかんとしているだけだ」
「そりゃ仕方ないぜ。あんまりしょっちゅうだし、おまえのほうがよくないからな」

つづく…

井戸のなか その12

2013年08月12日 09時15分29秒 | 習作・井戸のなか
「おれたちには、どうやら密偵か偵吏の素質があるようだな」
「素質はあるかもしれないけれど、そんな小さな役でまとまってしまうのはいやだねえ」
などなど話しているうちに、親父が一軒の、いまにも崩れそうな風情の二階建ての宿屋に入っていった。
宿屋の前では闘鶏が行われていて、近所の、仕事もしないでぶらぶらしている薄汚れた格好の男たちが集まって、それぞれ大声をはりあげて、賭けた鶏をけんめいに応援している。
宿屋の一階は料理屋になっていて、どうやら、闘いに負けたかわいそうな鶏たちが、そこで料理として店に出されているようであった。
狭いながらも、配慮だけはしてあって、席と席のあいだには衝立がしてある。
徐庶はその衝立に身をすべりこませるようにして店に入った。孔明もそれにならって店に入る。
きれい好きの孔明は、こういう場末の小汚い店が苦手で、ふだんなら近寄りもしないのだが、いまはとくべつということらしい。自ら料理女を呼び止めて、酒と干し肉を注文した。
一方の徐庶は、こうしたすさんだ環境は、むしろ昔懐かしいものである。
やってきた、歯の根が危うく感じるほど固いが、意外に旨味の濃い干し肉をかじりつつ、それを、にごり酒でのどに流し込む。
孔明は、さすがに酒と肉には手をつけず、じっと親父のほうを観察していた。

親父はというと、店に入るなり、料理女に金をやって、なにか言いつけたようである。
それ以来、酒も飲まずに、自席で、イライラと足踏みをしながら、だれかを待っているようだ。

それを観察しつつ、徐庶は孔明に言った。
「おまえ、いくつになるのだっけ」
「なにさ、とつぜんに。来年の正月で十九だよ」
「へえ、それじゃあ、もう立派な大人だな。それならどこかに仕官してみるというのはどうだ」
とたん、孔明のかたちのよい眉が、ぎゅっと山脈の形に寄せられた。
「なにを言い出すやら。いやだよ、わたしは」
「なぜ。こうやって外に出て、だれかのために働いているときのおまえというのは、とても生き生きしているぞ。もう学問は切り上げて、だれかのために働いたほうが、おまえの性に合っているんじゃないのか。それとも、まだ学び足りないことがあるのか。しかし、人間の持てる知識なんてものは限られていると老子も言っているじゃないか。学び足りないと言っていたら、一生、処士のままで過ごすことになる」
孔明は、徐庶のことばに戸惑っているようで、しばらく落ち着きなさそうにしていたが、やがて言った。
「わたしにだって夢がないわけではないよ。この荒れに荒れた天下をなんとか平定して、困っている者を助けてやりたいとおもっている。だれかのために働きたいのだ。やはり、自分のためにはたらくよりは、人のために働いたほうが、よほど気持ちがいいものだからね。うぬぼれに聞こえるかもしれないけれど、わたしはわたしの才能を信じている。きっとわたしは世の中の役に立つ才能を持っているだろう」
「うむ、そうだろうな」
徐庶は孔明の才能をみとめていたから、だれかのために働きたいという孔明のことばに満足したものだが、一方の孔明のほうは、やはりまだ落ち着きが悪そうにしている。
「でもさいきん、わたしは自分の性格に気がついた」
「どんな」

つづく…

井戸のなか その11

2013年08月11日 09時52分55秒 | 習作・井戸のなか
そうして金持ちの孔明が袖の下から親父に相当の金をにぎらせる。
ところが親父はにこりともしない。
当然のようにそれを懐にしまいこむと、眉一本もうごかさず、唇をほころばせることもせず、鼻だけを赤くして、まるで呪文を唱えるかのように、孔明と徐庶をまっすぐ見つめながら答えた。
「その衣は、襄陽と樊城のあいだにある、阿という村の名主の後家から買ったんですよ。その後家というのが、亭主と死に別れてから金に困っていましてね。それでヒミツにしなくちゃいけない理由がわかったでしょう」
「ふむ、阿村なら、馬で急げば明日の朝には到着するかな。ありがとう、さっそくいってみるよ」

徐庶と孔明はしばし阿村の方角へ歩いていったが、親父から見えなくなるところまでくると、すぐに足を止めて、物陰にかくれた。
「嘘だな」
「嘘をついているよ」
「人間は、誠実に話そうとするときは、眼球を上のほうに動かしながら話すものだ。あの男の眼球は、まっすぐおれたちを向いていた。嘘をついているから、あれほど淀みなくしゃべれるのだ」
「それに、鼻が赤くなっていたよ。嘘をつくと鼻が赤くなるのは人間の常だ」
「ほう、おまえ、ちゃんと人相学の本を読んだのだな」
「徐兄こそ、さすがにちゃんと読んでいたのだね」
生意気をいう孔明の頭を軽く小突きつつ、徐庶は、店番の親父のほうを向いた。
「どうする、あの親父、きっとその衣のことを知っているぜ。阿村におれたちを追い払っている隙に、とんずらするつもりでいるにちがいない」
「だいじょうぶ、あの親父を見張っていれば、衣の売主に行き当たるよ。見ていてごらん、すぐに動き出すから」

ふたりが物陰にかくれて店の親父のようすを探っていると、しばらくして、親父は、息子か雇い人か、それはわからないが、十二、三の男の子に店に立たせて、自分は、そのあたりにある古着とかもじのうち、何点かを丸めて、箱に詰め込んだ。
そうして、その小箱を背負うと、店から出て、雑踏のなかに踏み出していく。
孔明と徐庶は動き出した親父の尾行をはじめた。
親父が振り返ったとき、すぐにそれと悟られないよう、途中で笠を買い、それで顔を隠す念の入れよう。徐庶としては、井戸のなかにいるだろう女のための行動であったが、孔明は探偵をしている気分のようで、だいぶこの状況を楽しんでいるようであった。
ちらりと見る横顔は、私塾の窓辺でぼんやり口笛をぴいぴい吹いているときより、ずっと生き生きとしている。

店の親父は、市場の雑踏を抜け、辺りをきょろきょろ見回しながら、やがて、襄陽の町のなかでも、もっとも粗野な一角、流れ者が多くあつまっているという噂の街へやってきた。
人通りがすくなくなってきたので、徐庶と孔明も親父と距離をとって、尾行をする。
親父のほうは、落ち着かないのか、何度も何度も、途中であたりをきょろきょろと見回す仕草をした。
そのたびに、ふたりは見つかるのを避けるべく、物陰に身を寄せる。

つづく…

井戸のなか その10

2013年08月10日 09時19分45秒 | 習作・井戸のなか
さいごに、手柄をたてられたら宴会をしますので、そのさいにはお二人もご出席ください、といって、劉は兵をつれてふたたび巡察をはじめた。
劉の、甲冑を着ているというより、甲羅を背負っているといったふうの背中を見送ってから、なんとなく気が重たい感じになってしまったものの、徐庶と孔明はふたたび衣の売主を探して市場を歩き始めた。
引っ込み思案で、任務に熱心でもない劉がおそらく役目を果たせないだろうことは、ふたりとも予感しているのだ。
そうして、劉が手ぶらで樊城に帰ったときの父・劉表の落胆なども容易に想像ができたので、ふたりとも、あえてかれのことは話題にしない。

昨日のことでもあるので、孔明は、自分が衣を買った店をおぼえていた。
店には、商品なのかもしれないが、わりあいに上等な茶色の衣を身に纏った泥鰌ひげの中年男がいた。
店には赤、黒、翠、青、といった色とりどりの衣がならべられているほか、白い喪服なども売られている。
軒先にぶらさがっている黒い糸の束にみえるものは、かもじである。
店番の親父も孔明を覚えていたようで、孔明がやってきたのを上客がやってきたと勘ちがいしたらしく、にぃっと笑った。笑うと目がなくなる親父である。
しかし、孔明が碧藍色の上衣を取り出して見せると、その表情から一気に潮が引くように愛想がなくなっていった。
親父は憮然という。
「返品はききませんよ。昨日、金を受け取ったときに、あたしはたしかにそういいましたよね」
おや、これはなかなか難物のようだぞ、と徐庶はおもい、孔明に目配せした。
孔明も心得たもので、ちいさくうなずいて、下手に出る。
「金を返せというはなしではない。ちょっと聞きたいことがあるだけだ」
孔明がいうと、とたんに親父が警戒をあらわにした。
「なんです」
「この衣は古着だな。どこで手に入れたものか、それを教えて欲しい」
「どこって、いつもの仕入先ですよ」
「いつもって、どこだい」
「それは商売上のヒミツってやつで、教えられませんぜ。だいたい、聞いてどうなさるんです」
「ちょっと気になることがあってね、直接、これを売った人間に話を聞きたいのだ」
と、孔明はここで、どんな凍っている人のこころでもとろかすような、優しく甘い笑みを見せて、親父のこころを動かそうとした。
ところが親父は微動だにせずそれを受け止め、にこりと笑い返すこともしない。
どころか孔明の笑顔を打ち消すような冷淡さで言い放った。
「そんなふうに言われたって、だめなものはだめです。商売の邪魔ですよ、帰ってくださいませんか」
「ヒミツはぜったいに守るよ」
「ふん、どうだか」
「どうしたら信用してもらえるかねえ。そうだ、あなたがここまで来るまでの路銀と、それから宿の滞在費を肩代わりしよう」

つづく…

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