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テキスト主体

懐中電灯と双眼鏡と写真機を
テキスト主体で語ろうとする
(当然、その他についても、語ったりする)

今期最高気温(在宅中限定)

2013-08-15 22:21:33 | 日記
お盆のただ中、終戦の日ですが家人はお出かけ、私は在宅の一日でした。

小さな林に面したベランダに、温度計付きのウォッチを引っかけています。

林を縫ってはしる道路からは結構高さ(10m近く)あり、木かげの風通しの良い軒先なので、気象庁の発表するこの町の気温より、1~2度低めの温度になってることが多い(一般的には、気象庁の観測地点は低めにでる)のですが、今日は、ごらんの通り、結構高めにでています。
この温度計、他の数種の温度計(アナログ、キャリブレーションされた熱電対+マルチメータなど)と比較して、0~50度くらいでは、結構精確で、0.1~0.2度くらいのバラツキしかありません。もっとも、腕にはめたままでは体温の影響を受けてしまいますし、センサーが覆われているので、10~15分くらいしないと雰囲気温度に合致しないのですが、室温、水温、湯温、車内温など、よく測っています。
実際、今日は極めて暑く、通常なら数時間かかる洗濯物の乾燥も一時間あまりで乾いてしまいました。恐らく、この周辺で小規模なフェーン現象でも起きているのでしょうが、うだるような暑さとは、このことです。

ヤモリくん、先行逃げ切り中

2013-08-14 23:45:00 | 日記
このところほぼ夜毎に、ベランダに現れるヤモリくん。
以前、2頭揃ってやってきたこともあり、そのときはどちらとももっと小さな個体だったので、別の個体か、あるいは大きい方がさらに成長したのか不明ですが、ペタペタとよく這いずっています。

そういえば、このニホンヤモリくん、昨年、遺伝子の比較や日本や他の生息域での生態の比較、あるいは平安時代前後の文献資料の照査などから、在来種でなく、平安時代以降に、大陸から入ってきて、冬でも寒さをしのぎやすい町中に居を定めた外来種であるという説が発表されてます。もともとはアカヒゲとコマドリの学名入れ替わり誤謬の記事でも触れたシーボルトが日本で発見した新種ということで和蘭に送ったのが、ニホンヤモリ(Gekko japonicus)として名付けられた最初の謂われの様です。

ヤモリが貼りつくのは、その応用を目指している日東電工の資料に詳しいのですが、趾下薄板という足指のウラに付いたヒダにびっしりと生えたナノサイズの繊毛がその秘密だそうです。
実際、実用化すれば従来の粘着テープより、馴染ませる養生期間がいらず、再粘着性が高く、PE、PPやシリコーンゴムなどにも着きやすいものになるはずで、期待しているのです。

夜歩く

2013-08-09 23:33:19 | 日記
星空観望の怨敵、雲に悩まされる日が続いています。
せっかく、眠気を打破し、月の邪魔も入らないのに、見上げる空には雲の切れ間にようやく見える星が数えるばかり。
で、ふてくされて取り出す、赤外線グッズ。

この3品のうちトイザらスの玩具はあまりにも見た目がアヤシイので、おおっぴらには使えませんし、赤外線デジカメも、先日のように、双眼鏡とコリメートセットしたままでは、職質されかねないので、主役は赤外線ライトです。
実際、カメラの赤外線LEDとは出力と集光性が段違いで、40~50m先の暗がりでも充分に照射、カメラのモニター上で、判別できます。

しかしながら、用途に困る代物には違いありません。
作例も自粛です。

ケサパサ

2013-08-07 23:32:36 | 日記
誰もがいちどは聞いたことがるのに正体不明のブッタイ、ケサランパサラン。
先日、とあるヒト(天文風味)が、もっとも恐ろしい事態は何か?という大意の設問に、「ケサランパサランが大量発生して雲霞の様に昼となく夜となく天空を覆ってしまうこと」と答えていました。
ケサランパサランって何?と云わずに、あれはね、、と説明し出すヒトに共通なのが、かのブッタイは生き物で成長することもあるという真偽不明な生態。
知っているヒトにとっては、全く実体をもって語ることが常とされていて、かなり昔に中島みゆき(信者)が谷山浩子(迷える仔羊)に、ケサランパサランについて折伏しようとしていた会話(?)を思い出す。※おそらく月曜深夜にやっていたオールナイトニッポンでのハナシだと思うので、ずいぶん昔の話
民間伝承では、秘匿して飼育すると幸運がつきまとうという言い伝えもあるようで、確かにそういう曰くつきのものがあふれ出すのは怪異な事態だと思うし、なにより、雲、月、光害に加えて、星空観望の仇敵が増えるのは、けしからん事態であるのは間違いありません。
などといいつつ、同じく星空観望の怨敵、眠気に誘われている所為か、うたた寝まじりの夜更けが漂うように行き過ぎます。



連日の記事登場でお疲れ気味のパピリオ君がまどろんでいる様子



ヒグラシ、ミンミン

2013-08-04 23:20:15 | 日記
セミまみれで恐縮です。

今年の夏は、ヒグラシのカナカナ鳴く声、ミンミンゼミの、ミィ~ンミィ~ンという声がよく聞こえます。
例年なら、カナカナは夏の終わりの朝夕に、ミンミンは、もしかしたらここらあたりでは初めて聴く鳴き声かもしれません。
1000年に一度の暑さを予測されていた今夏ですが、いつも、クマゼミの大群に圧されて目立たないカナカナミンミンの声が聞こえるということは、若干涼しい夏を連想させるのですが、体感では連日うだる暑さに閉口気味です。
そういえば、日中の暑さに比して、エアコンがないと眠れない夜というのはほとんど無いし。
よく思うのですが、予測、と結果、は天気予報などで否が応でも知らされるのに、現状というか、予測に対する実情とか、俯瞰っていうのは、あまり見ません。また、明日、週間、月間予測についても、ありきたりであやふやな定型句ばかりが目立ち、予測を外した要因とか、大げさでない抑えた結果解説とか、余り目にしません。どちらかというと、お天気バラエティめいた天気予報のみが目立つのは、今のマスメディアの為体ぶりを思えば仕方のないことかもしれませんが、たまにはもっと硬派な天気予報、複数の予測が相克し、無様に外した予報官の姿は二度と見られないような、緊張感のある天気予報があっても良いような気もします。

夏祭り

2013-07-27 23:55:24 | 日記
由緒ある大きな祭り、地方自治体や歴史ある寺社が主体となった何万人規模の大きなお祭りのことではなく、自治会や町内会、地域密着の小さな寺社が挙行する夏祭りがあちこちで行われています。
私も、以前町内会のお祭りの準備、実行に携わり、地域の子供さんが楽しめるよう、いろいろとお手伝いせて頂いたことがあります。
で、感じるのが、そこに参加する年齢層がいびつなこと。ハイティーン~子供のいない成人、およびその親世代がごっそり抜けています。抜けている世代の方々は、夏祭りなどにかまけている時間も無いような事情もあるのかもしれませんが、対象の主体である小さな子供さんにとってはお兄さんお姉さんの世代の方、実行の主体である壮年期以降の方にとっては、枠に囚われない行動力、体力が盛んな方、の参加協力があれば、また、バリエーションも豊富になってくるでしょう。
もちろん、収斂されてきた行事の変貌を図るには、いろいろと障害もあるでしょう、まずは地域密着型の企業や、なにより地方自治体、地方官憲、教育機関などの協力を取り付けることが必要になってくると思いますが、通り一遍でない、興趣豊かな夏祭りが盛んになればいいと思っています。名店や有名チェーンの出張るたこ焼きやさんがあり、限定スイーツがあり、Wifiでさまざまなサービスを行ったりすることで、出来れば地域の住民を根こそぎにするような夏祭りになればいいと思ってます。
大事なのは、マスメディアとそれに伴う無用の商業主義を遠ざけること。あくまで、地域の口コミ、限定された盛り上がりでイイと思います。せっかく豊かになった日本の社会です。伝統的な文化は旧態依然のまま受け継ぐのではなくて、豊かさに応じて変遷し、根本の精神だけが変わらずに、隆盛して欲しいものなのです。
まぁ、単なる祭好きなのかもしれません。

恋しくて仕方ない

2013-07-26 23:56:12 | 日記
平均余命からすると、もう余すところは半分もないブログ主ではありますが、不思議と子供の頃のことは良く憶えています。

まだ小学校にあがるまえ、私立の幼稚園で知り合ったかわいい女の子、トモちゃんに、卒園後、偶然に会って、はずみで仲良くなって、一度きり、とことん遊んだこと。
冬の屋外プールで夢中になってヤゴを採ったこと。
学校ですっころんで、前歯が少し欠けたこと。
校庭で割ったガラス瓶の切り口が、その後の長い経験のなかでも比肩するものが全くないほど鋭い切れ味で、鳥の羽が触れたときほどの感触もないのに、指先の皮膚をスッパリと切り裂いたこと。
コマを空中に回し投げて、手のひらで受け取るのがなかなか出来なかったこと。
上級生や府下屈指の水泳部の黒い弾丸選手を差し置いて、見事なキックとストロークのブレストで泳いだこと。

その他、いままでにもいろんなことを、このブログでも、紹介というか、恥さらししてきましたが、そんな昔のことを思い出すときの気持ちが今回のタイトルです。
過去に囚われすぎているつもりはなく、これから先にも、やりたいこと、たのしみたいこと、知り合いたいことはあるのですが、記憶の深いところから、上に挙げたような情景が浮かんできたとき、満たされた感覚とともに、もう繰り返しては味わえない諦観が湧いてきます。なかには、苦い思いや、いまでも恥ずかしくなるような情動を伴うものもありますが、おそらくは、自分以外には誰にも分かち合えない、瞬く光のような記憶です。
自分とともにありながら、手の届かない、そんなものごとたちに対する気持ちなのです。



ビキニ

2013-07-22 22:53:54 | 日記
ビキニ(水着)の話題になりました。

まあ、いろんな方の趣向(特殊なモノ含む)が開陳されたりもしたのですが、もともと、いまのマーシャル諸島のビキニ環礁が語源だということは、ある程度若い世代の方はご存じないらしい。っつーか逆にビキニ環礁がビキニ(水着)に因んで名付けられたと勘違いしているヒトもいました。
で、ウィキペディアはじめいろいろと調べてみると、1946にビキニ環礁で実施された、米国のクロスロード作戦という原子爆弾の実験のインパクトになぞらえて、命名された水着がビキニだと云うことが分かりました。


2 Nuclear test: Able and Baker (full) !!!

上の動画はタイトルがNueclearとなっていることから分かるように、かなり後になってから公開されたものですが、広島長崎で、陸上での実地試験を終え、海上での軍事目標への効果を確認するために行われた実験です。
当時、アメリカは、政治経済文化の全てに於いて、もっともクールな国で、WW2の覇者であり、その科学、戦力、資金の象徴である原子爆弾の威力だけでなく、その暴挙に逆らえないような雰囲気すら醸成されていたようで、ビキニ、という言葉には、爆弾の衝撃だけでなく、WW2後の抗うことの出来ない新しい潮流のイメージもあったようです。

ビキニ環礁はその後も核実験に蹂躙され続け、第5福竜丸などを被曝させた水爆実験にいたるまで、その地名は、長期間、世界にインパクトを与え続けました。

もっとも、ビキニが広く着用されだしたのは、1960年代以降で、日本では、アグネス・ラムのグラビアや、宮崎美子のCMなどが、女性含む茶の間にも、ビキニの魅力を広めていったように感じています。


因みに同時期に別のデザイナーから発表された、同様の水着にはAtom、と名がつけられていました。Atomは上の動画でも分かるように、Nuclearに取って代わられて、核爆弾として使われるワードでは無くなってきています。この水着をビキニと命名した方に先見の明があったということです。

ひねもす、ジイジイ、ジャワジャワ、ジャンジャンと・・・

2013-07-20 20:47:28 | 日記
休日ともなれば、もうセミの声が五月蠅いワケであります。

特に今日は適度に風もあり、エアコンをつける必要もないので、窓を開けているため、ことさらに蝉時雨が部屋に響くのです。

風鈴の音も埋もれてしまうような大音声ですが、ガラス小鉢の素麺つゆに浮かべた氷の澄んだ音は眼前で涼しく余韻を奏でます。

夏本番の感が極まります。

三連休

2013-07-13 23:29:16 | 日記
世間一般では、週休二日の土日休みと、海の日(ハッピーマンデー)休日で三連休らしい。ハッピーマンデーといっても、その恩恵があるのは、海の日以外に、成人の日、敬老の日、体育の日の合わせて4つで、その他の11の国民の祝日は、そのままの期日なので、さほど恩恵は無いわけです。いっそのこと、他の休日も、動かすわけにはいかないのでしたら、その前日も休み(代休なし)にして、必ず連休になるようにすれば、もちっと、勤勉な日本人も休めるのに、と以前から思ってました。
私にとっては明日以降、予報では星天が望み薄なので、まぁ、気合いも乗らない、変わりない日々になりそうです。
ただ、乗らないなりにインドアでの愉しみを見いだそうとはしていて、セミの声が五月蠅い中、刃物やら、ハンダごてやら、各種接着剤やらを引っ張り出してなんやかややってるでしょう。
上手くいけば、このブログでも紹介いたしますが、そうでない場合は、深く暗がりに沈めて日の目を見ることはありません。

空飛ぶ冷やし中華

2013-07-11 22:29:24 | 日記
夏は食欲が増進します。
特に冷たい麺類は、そのひんやりとした喉ごし、冷たい麺にも良く絡むように工夫されたタレ、麺と合わさって食感の妙、味の共演をする具とトッピング。和洋中全ての冷やし麺は、私の夏のソウルフードです。
かつて、その冷やし麺の代表、「冷やし中華」を、こよなく愛し、その愛情の発露が、「なぜ冬には冷やし中華が、メニューから消えてしまうのだ!この全国的に共通の不可解な事象のウラには、きっと大きな闇の力が蠢き、弾圧しているに違いない!」という真理となり、立ち上がった人たち、「全日本冷し中華愛好会」という団体があり、その会報のまとめが、空飛ぶ冷やし中華でした。初代山下洋輔、次代筒井康隆という巨頭を会長に据え、マジメにバカなことが出来るヒトビトが集まったその奇矯な行動は、むしろ会報という公的な場所より、会員たちの随筆やウラ話で語られる方がずっと面白く、メタスラ(メタルスライムじゃなく、メタったスラップスティック)が、公に顕現した嚆矢ではなかったかと思います。
かの人たちは、「全冷中」という団体の存在意義、不当に弾圧された冷やし中華を救済するという架空の教義を大いに謳歌し、教条派、歴史派、古典派、バビロニア派などの派閥が跋扈し、太く短く燃えていました。
私はまだいたいけなコドモでしたから、その凶行に心から賛同できるワケではありませんでしたが、その熱い思いとともに、夏のごちそうは、冷やし中華だという刷り込みがされ、いまでも、この暑い時期を待ちわびているような、ちょっとした気概があります。

蜈蚣

2013-07-06 19:58:29 | 日記
むかで と読みます。
拙ブログでは良く話題になるのですが、それは、裏に小さな林があり、野鳥の声豊かなわが家にはムカデが出るからです。
もっとも衝撃だったのが、数年前の深夜、夜中にトイレに座って用を足そうとしていたところ、Tシャツの右肩にフチャッと何かが落ちてきた。
いまでもあの感覚は触覚の記憶として明瞭に記憶していて、声こそ上げなかったものの、魂消ました。ススススススっとムカデさんが這っていたのです。泡を食ってTシャツごと脱ぎ捨て、半裸(足首にパンツと半ズボンは掛かった状態)のまま、立ち上がり、意を決して、脱いだシャツを持ち上げました。
床には居ません。
便器の上で、おそらくはそれまでの人生の中でもっとも強い意志と力をこめてシャツを細かく振りました。ムカデは便器の中に落ち、元気に這っています。
そこで、また、かつてない念をこめて、水洗レバーを”大”のはるか先まで押し込み、メールシュトロームに呑まれて去るムカデを、何の痛痒も未練も微塵としてない気持ちで見送りました。
それ以来、この家では、流石にトイレでこそはありませんが、刺されて熱湯治療を試す機会が無いのが幸いなくらい、キッチンや寝所やその他でムカデの闖入を許しています。
一般的な殺虫剤は効かず、箸で摘んでも柔軟でなめらかな甲皮は彼らの多足の力に滑ってしまうことが多いので、まず閉じ込める容器や袋を準備してから捕獲するようにしてます。
まあ、なんというか今朝も出たのです。しかもリビングの家具の裏側に入り込み、苦労して捕縛しました。
最終処分法は、餓死などいろいろ試しましたが、水責め火責めには強く(マイクロ波は即効)、一番もだえるのは灯油などの石油系溶剤です。もし屋外で見掛けて、ガソリンや灯油があった場合、充分に浸して下さい、前述の通り、火には強いので、着火して断末魔の思わぬ反攻を喰らうより、浸しきってやるほうが早く滅することができます。
まあ、刺さない限り、害虫、特にゴキの天敵だと云うことは分かっているのですが、トイレ降下猟兵襲撃事件以降、容赦しません。

ETC化で、阪神高速の通行券売りのオッサンがどうなったんだろうと、今更疑問に思った件について

2013-07-05 02:24:42 | 日記
まぁ、知ってる人には、タイトルだけで全部分かっちゃうことなんですが、その昔、阪神高速守口ランプへの進入経路のうち、中央環状道路(および近畿自動車道)外回りからの高架下信号は、ほとんどの車両が阪神高速へ流入する車両で、片側二車線に常に十数台信号待ちするような条件でした。一時期、茨木に住んでいたこともあり、結構その道を通ったのですが、信号待ちするクルマの列を縫うように車道上を歩くオッサンが、いつも居たのです。
乗務員か係員風の古ぼけた帽子を被り、停車中の運転席に寄っていっては、前売り通行券を売っているオッサンです。阪高や首都高の回数券は100枚やら500枚でまとめ買いすると2割ほど安くなるので、その差額(+α)の範囲内で、ダフ屋行為をしているようです。
私は実際に買ったことはないのですが、高架下なので、雨の日も、平日休日も問わずに居て、結構な枚数を捌いているようで、胡散臭い帽子がトレードマークの風物詩めいた御仁でした。
平成17年以降、回数券は廃止されたので、あのオッサンはどうしているのだろう、とふと考えたのでした。

いまさらながら、、、

2013-07-02 22:51:09 | 日記
こんなブログを続けていて、全くもって今更なのですが、世にあるいろいろなアイテムの評価は、個人的な好みや趣向の影響が避けられない故、完全に客観的なモノはあり得ず、更にはその評価を読み、参考にする人の主観に沿う可能性も未知数でしかないという事実を強く主張致します。
その上で、敢えて言いますが、最近の音楽ソフトの新録音の低調ぶりには、非常に残念な思いで一杯です。
と、いうか、明らかに品質が後退してるように思えます。
よくある旧い録音のデジタルリマスタリングは、確かにヒスノイズやスクラッチノイズが低減し、音の粒立ちが向上して、瑞々しく聴こえるようになり、決して無意味ではないと思うのです。しかし、例えば、古いモノラル録音のピアノソナタなど、オリジナルの状態で聴くと、こちらに響くメロディーを色濃く感じるのに対して、リマスタリングされたサウンドは、鮮烈で美しく綺麗なのですが、何か損なわれているように思えるのです。
まるっきりの新録音の場合は更に顕著で、当代きってのピアノ弾きの渾身の演奏が、いにしえのSP時代の、ピアノ弾きの演奏に劣るとは全く思わないのですが、なぜか最新録音機器で収録された演奏のメロディーは、綺麗なだけのように思うのです。
私の好きなピアノ曲で、フリードリヒ・グルダの「ゴロウィンの森の物語」では、数編の有名な曲の主題が、グルダの奇想により、見事に解け合って、最後のグルダ自身による切ない弾き語りのような歌で終わる至上の曲で、過去、これを勧めた人には、もれなく好評を頂いている、どこかの低倍率双眼鏡のような作品なのですが、途中、グルダ自身が微かな鼻歌(ハミング)でピアノと秘やかに共演し、下手にリマスタリングすれば、ノイズとして埋もれて消えてしまいそうなオッサンの鼻歌が見事な感動を生み出しているように思えます。
また、ジョン・ケージによる有名な、「4分33秒」という曲では、3つの楽章全てが”休め”であり、演奏される場合(ピアノが多い)は、演奏者がステージの上で、楽器に向かい、何もしない時間が続く、その様子に不審を抱く聴衆のざわめきや、きぬずれ、咳払い、などなど様々のノイズや、漂う???を耳と目と肌で感じることになるのですが、実際、この曲が収録された録音では、どんな最新最高の録音でも、この曲を再演することはできません。

いろいろと思うに、再生機器の主体がデジタル、しかもヘッドホン、イヤホンが多数を占めるようになってきたことと、最近の新録音の低調ぶりは無縁でないと思います。
「残響2秒」というザ・シンフォニーホールの建造にともなうお話を記した本があります。ライブ演奏ではクラシックに限らず、様々な響きが聴衆を包みます、以前のデンオンのクラシック録音のように、無指向性のマイク2本をメインとし、補助的に指向性マイクで薄くなりがちな楽器を拾うような凝った録音と違い、高感度高指向性のマイクを何本もオンマイクで狙い、DTM作業で編集したことが如実に分かるような録音では、綺麗で粒立ちの良いサウンドは聞こえるかもしれませんが、残響豊かなメロディーを聴くことは出来ないように思います。

半熟+

2013-06-29 20:42:28 | 日記
変わったクセというか習慣があります。
何ヶ月かに一度なのですが、目玉焼きを、食べたくなることがあります。
朝食のおかず、ハムエッグ、ベーコンエッグとしてではなく、夕食のハンバーグに載せるためでもなく、卵料理としての目玉焼きだけが食べたくなるのです。
これだけなら、さして変わってもいないのですが、ご存じのように卵料理の真髄は、火加減です。オムレツ然り、煮抜きしかり、だし巻き卵、スクランブルエッグも当然、火加減により風味と食感と味が変わり、消化のしやすさから、栄養価も変わります。
オムレツなど、白身と黄身を溶いてつくる料理と違い、目玉焼きは、好みにもよりますが、ごくフツーに出される場合、黄身の芯の方が半熟の状態が多いかと思われます。
本来なら、低い温度で蛋白の硬化が始まる黄身のほうが固まりやすいのですが、フライパンなどとの接触面から熱の移行が始まるので白身から固くなります。
それがちょっと気にくわない。
ターンオーバー(ひっくり返す)、蓋をして水を差して蒸し焼きなど、白身の上面や黄身を下面同様に火を通す方法もありますが、私の好みの固さ(半熟+)に白身黄身とも同時になることはありません。黄身を重視すれば、白身は固すぎ、白身を重視すれば、黄身が柔らかすぎる。温泉卵の原理を利用して、加温のコントロールでなんとか黄身白身とも同時に私の好みに出来ないか、調理器具(ガスコンロ、ホットプレート、フライパンの湯煎など)を駆使して試しましたが、効果はいまいちです。黄身と白身を別々に調理すれば、目玉焼きじゃなくなります。黄身も白身も、最適な火の通り具合のときには、噛んだときの切れ方、舌触りのよさ、塩がなくても美味しいことなど、魅力にあふれています。
で、どうするかというと、焼きながら、火の通ったところから、食べていきます。
大きめのフライパンを充分に温め、一旦火を消して冷ましながら焼き始め、途中から極くとろ火にして何度かひっくり返し、食べながら火を通していくのです。自宅などでしかできない食べ方焼き方ですが、これで食べる目玉焼きが一番好みに合っています。