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じじい日記

日々の雑感と戯言を綴っております

露西亞はどーなった の罵詈雑言

2023-11-22 21:21:19 | 日記的雑談
昨日はお休みした罵詈雑言でしたが、たった2日で世界は動いているから驚きです!!!

東日本大震災の被災地、仙台市へのジャイアントパンダの貸与も要請する考えです。

あれです、自分も仙台市民の端くれですが震災後に持ち上がったパンダが来るって話はとっくに忘れ去っていましたぜ。

なんで今更そんなことを言い出すのか、と訝るとともに、東日本大震災自体が風化してるので今更パンダに来られても多分経費倒れするので要りません。

ウクライナ軍退役大将セルヒー・クリヴォノス氏によると、ドイツがウクライナ軍に供与したレオパルト1戦車は、技術的に時代遅れで現代の現実の軍事作戦に対処できないため、戦場ではまったく役に立たないことが判明したという。

あれです、支援してもらっている立場でこう言うのって贅沢で生意気だと思うんですが、まっ、いいでしょう。

コット・ベリエ(DIA長官):我々はロシア軍の能力を過小評価していた - 彼らは強力である
「私たちは多くの教訓を学びました」
ワシントンに本拠を置く戦略国際問題センターの米国DIA情報部長スコット・ベリエ中将は、ウクライナ紛争前のロシア軍の能力についての米軍の固定観念は現実とはかけ離れていたと述べた。

ほほぉーアメリカから随分と低姿勢な御意見が出ましたが、やっと事実が見えたって事でありましょう、なんちっゃて。

マスクをする意味がないとよくわかっている屋外では、ほとんどの人がマスクを外して歩いていました。 また、私の知る限り、小学校などでは子どもたちにマスクの装着を強制するという事は一度もなく、確かに当初から、コロナは若年層には安全だと言われていて、非常に科学的な対応をしていたと思います。

あれです、貼り付けた記事は日本語なので読んで下さい!!!

オラぁ 憧れるなぁーロシアに!!! なんちっゃて。

ウクライナでの戦争。 
DPRとLPRの前線からの作戦情報、ノヴォロシア軍からの軍事報告

中央軍管区グループの軍によると、アゾビ人は11月15日、クレメンナヤ市(LPR)近くの森林でロシアの防衛線を突破しようとした。 民族主義大隊と他のキエフエリート部隊のDRGがクレメンスキーの森で活動を開始した。 彼らの中にはブレイブ戦士に囲まれていることに気づき、戦闘後に撤退した者もいた。
連絡線のこのセクションで、ウクライナ軍は戦車2台、MT-LB1台、およびおそらく戦車か歩兵戦闘車と思われる特定できない装備品を失った。 アゾフでは60人が死傷した。

バフムート方面では、北からのロシア軍が長距離兵器の支援を受けて、クレシチェエフカのウクライナ軍陣地を攻撃する。 支配的な高さをめぐって戦いがあります。 現時点では、それらはウクライナ軍のものです。 状況はクロモヴォエ地域とボグダノフカ地域でも同様です。

なんですとぉー!!! バフムート方面でロシアは負けているじゃ無いですかぁ〜!!!

まっ、小さな戦闘をアレして騒いでも大局は変わらない・・・とは言え蟻の一穴からって事もあるので心配です、なんちゃって。
ウ軍とロ軍の記事は少なくなる一方でして、見つけたと思うとウクライナの内紛と言いますか、ゼレンスキーと軍幹部との衝突の記事が多いわけです。

なんと申しましょうか、西側世界がゼレンスキーを持て余していると感じるんですが、まっ、いいでしょう。

おおっと、明日はバイトなのでさっさと寝ます。

では、皆様と自分の明日がそこそこ良い日でありますように願いまして、おやすみなさい、と。




コメント (2)
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喜多方・柳津・会津 散策

2023-11-22 20:09:55 | 日記的雑談
11月21日 午前9時 我が家出発

9時20分頃 東北自動車道宮城インターから上り線に乗る
この前にセブンに立ち寄りポッキーとプリッツと缶コーヒーを買った。

東北道を順調に走り福島ジャンクションから東北中央自動車道に入り米沢中央インターで降りる。(たぶん10時半頃)
インター脇の道の駅でトイレ休憩。

国道 121号線を大峠経由で喜多方市へ向かう。

かどや食堂の喜多方ラーメン 880円

柳津町へ向かう途中、喜多方市内で昼飯にする。
見た目と違ってかなり歯ごたえのあるチャーシューに参ったが美味かった。

午後一時半ごろ今回の小旅行の第一目的である「斎藤清美術館」到着。
木戸銭510円を支払って入場。

ここは随分前にも訪れていたのだけれども展示方法が変化したのか雰囲気が記憶と違っていて新鮮だった。

いや、斎藤清は版画家なのだけれども元になるスケッチやデッサンも素晴らしい。
しかし、素敵なスケッチだと思った後に版画を見るとやっぱし版画の方が果てしなく魅力的だから困っちまう。

1時間ほど作品を鑑賞しカレンダーを買い求め、徒歩2分にある「柳津縄文館」に行く。

火炎式土器の流れを汲むと思う様式

土偶の数は少なかったが形は面白い

柳津縄文館は無料で見学できる施設で展示物の数は多く無い。
が、山を越えた新潟県は信濃川流域の火炎式の特徴を備えた土器がみられ興味深かった。

福満虚空藏菩薩 霊巌山 圓藏寺


境内

自分は柳津虚空蔵尊と呼んでいたんだけれども同じ名前の虚空蔵尊が他にもあって紛らわしいからか福満虚空藏菩薩 霊巌山 圓藏寺となっていた。

いや、元々圓藏寺だったのだけれども、まっ、いいでしょう。

天気に恵まれ素晴らしい紅葉が見られたのに、迂闊にもカメラを家に置いて来ちまって写真は全部スマホです。

虚空藏菩薩に参って車に戻ると3時半・・・宿に向かってちょうど良い頃、と。

今日の宿も東山温泉の「新瀧」。
値段の割に満たされる宿で空気感が心地良い。

夕食の始まりはビールで

この宿が気に入っている理由はなんとも言えない開放感である。
竹久夢二と縁が深いらしく直筆画が数点みられ、自分は特に「秋」と題された作品が好きで行くたびに見入ってしまう。

全部入ると六つの風呂を味わえるのだが自分は川のせせらぎが聞こえる露天風呂で、湯に温まっては川風で冷やしだらだらと長居する。

11月22日 快晴の朝

この宿の極め付きは朝食で、郷土料理も含めた質と品数が絶妙で何度投宿しても飽きていない。

8時半宿を出て車で10分と掛からない「御薬園」へ向かった。
木戸銭の510円を払う。

半端庭師の自分は唸るしかなかった秀庭

年季の入った親方が雪吊りをしていた

さすがに松平家の庭であり、随所に見られる巨木が歴史を物語る。
造作の良さもさる事ながら手入れの良さが際立つ庭だった。
自分の知らない雪吊りの頭飾りが気になったが親方の手を止めるのが憚られ声をかけられなかった。

回遊式の庭はそれほど広くも無いのに1時間もかけて見て回った。

次に向かったのは車で5〜6分の鶴ヶ城だった。

鶴ヶ城に登るのも楽しみだが一番の狙いは公園内の松の雪吊りだった。

雪吊りと城

久しぶりに鶴ヶ城に登ると、以前は大河ドラマ「八重の桜」を全面に押していたがそれは消えていた。

公園内では大勢の職人が雪吊り作業をしていた。
作法は「御薬園」と同じで、気になっていた頭飾りが会津地方の雪吊りなのだと知った。

職人が数人それぞれに縄を張っていた。
中でも手際が良く、おそらく中堅どころと見えた職人に声をかけ頭飾りの結びを尋ねた。
忙しいので相手はしてもらえないかと思ったが気持ち良く答えてくれ、飾りの結びかたを教えてもらった。

茶室「麟閣」の席

抹茶と饅頭 600円

会津の朝は霧が立つことが多い。
今朝も濃い霧が立ち遅い時刻でも残っていた。
霧に屈折した逆光も手伝って松の緑と毛氈の紅が美しかった。

帰り道、喜多方の道の駅に立ち寄り昼食を食べ、あとは一気に大峠から米沢経由で仙台へ。

と、まぁ、スマホに入っていた写真を元に辿ってみましたが、返す返すも残念なのはカメラを持って行かなかったことであります。

千載一遇の好天と紅葉、白い城と抜け切った青い空、ああ悔やんでも悔やみ切れませぬ。

でも、天気が良いってのは全てを丸く収めちまうってことで、あーたのしかった、と。

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