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Gomaler's~神社仏閣巡り~癒しを求めてⅢ

主に関西の神社仏閣巡りと御朱印が趣味です。
生きた証として好き勝手に書いております。(笑)

大文字山・弘法大師堂(2021年11月20日登拝)

2022年03月11日 | 仏閣
今日は会社の友人と一緒に京都市内を巡ります。

まずは私が行っていない場所ということで、
五山の送り火で有名な大文字山を軽くトレッキングから開始。

大文字山に登るには幾つものルートがありますが、
今回は銀閣寺の横から登るルートを選択。

車の駐車場は銀閣寺界隈に幾つかありますが、
少し高いので吉田神社近くの有料駐車場に停めました。
この辺りだと土日でも一日700円と格安なんで。


所在地:京都府京都市左京区鹿ケ谷菖蒲谷町
標高:466メートル


【登山道】


入口に自動販売機がありますので、
水分はここで買っておきましょう。






道が荒れてるのはここぐらいなので、
靴はスニーカーでも大丈夫です。

まぁ、登山靴の方が足は楽ですけどね。



平坦な道もあって楽です。


【千人塚】


戦時中にこの辺りから人骨が出てきたそうで、
それを供養するのがこの千人塚。

こんな所で人骨が出てくるとは。

多くの人骨は中尾城の戦いで死んだ兵士達のものだそうです。


【登山道】


楽ちんです。


【石段】


最後になかなかキツい石段が待っていました。(^^;
ここを乗り越えるともうすぐ到着です。


【紅葉】





【風景】


もうここまで来れば到着です。

ほどなくして到着。
私は30分程でしたね。

愛宕山に比べたら一万倍楽でしたよ。(^^






おー、初めて来たけどこんなに素晴らしいとは。
実に清々しく爽快。

何で今まで来てなかったのかと後悔したほど。

最高です。




平安神宮が見えます。




真如堂と光明寺も見えます。


【火床】


これが五山の送り火の火床です。

何でも消し炭というものがあるらしく、
厄除けや無病息災になるらしい。

その消し炭を和紙に包んで水引きで結んだものを、
玄関や門前に掲げる風習が京都では残っているそうです。

ちなみに大文字山の頂上はここではありません。
少し登る必要がありますが、
私は神社仏閣が無ければ頂上に興味が無いので行っていません。


【弘法大師堂】


お参り。

この大師堂を管理しているのが銀閣寺の横の浄土院で、
五山の送り火の際にはこの弘法大師堂にて御住職が読経を行った後、
大師堂の灯明から親火に点火し送り火が始められます。


これにて登拝終了。

ここは楽にトレッキング出来るし、
景色がとても良いのでお勧めです。

ちなみに大文字山がある如意ヶ嶽以外の四山(妙法・舟形・左大文字・鳥居形)は入山禁止。

しかし大文字山も現在は一般人は点火当日は13時までに下山をし、
それ以降は全ての登山口に警備員を配して一切の当日登山を禁止しています。

これは危険防止の為とフラッシュや懐中電灯等の光により、
市内からの景観が悪くなるので禁止されたそうだ。

高円寺(2021年9月4日参拝)

2022年02月27日 | 仏閣
続いて高円寺という地名の由来となったお寺の高円寺へ。
こちらも駅から近いので助かります。

三代将軍徳川家光公がこのお寺に立ち寄られたというお寺です。


所在地:東京都杉並区高円寺南4-18-11
宗派:曹洞宗
御本尊:聖観音菩薩
創建:弘治元年(1555)
開山:建室宗正


【縁起】
当寺は中野成願寺3世建室宗正によって開山された曹洞宗の寺です。
御本尊は観音菩薩像で室町期の作と伝えられる阿弥陀如来坐像も安置されています。

かつてこの地は周辺に桃の木が多くあったことから桃園と称され、
御本尊は桃園観音、寺は桃堂の名で呼ばれていました。

当寺が広くその名を知られるようになったのは、
第5世耕岳益道の時、三代将軍徳川家光の知遇を得たことによります。
現本堂裏の高台が御殿跡と呼ばれるのは、家光公が遊猟のおり、
当寺に立ち寄り休息した茶室跡に由来するといわれ、付近には御殿前の名称が残りました。

境内にある茶園の名残も家光の寄進と伝えられます。
また、それまで小沢村と呼ばれた村名を寺名をとって、
高円寺村と改めさせたのも家光といわれています。

今日まで寛保2年(1742),弘化4年(1847),明治33年(1900)、
昭和20年(1945)と4度も罹災し、堂舎と共に古記録類の多くを焼失しました。

現在の本堂は昭和28年に建立したものです。


【山門】


こちらは裏門みたいなものでしょうか。
閉じられていました。






こちらが正式な山門ですね。
ただ一般人は門の下はくぐれず横から境内に入れました。

うーむ、これは排他的なお寺かも知れん。


【参道】




綺麗に手入れされた参道と境内です。


【本堂】


本堂は閉められていました。


【地蔵堂】



【稲荷社】


石鳥居の柱には龍の彫刻がありました。
ありそうでなかなか無い鳥居ですね。

都内には品川神社と馬橋稲荷神社と3つしか無いそうです。


【庫裏】


このお寺はやはり排他的な雰囲気が境内から漂う。
ただ私がそう感じただけで実際は違うかも知れませんけど。

御朱印は恐らくないはずです。

高円寺駅、新高円寺駅界隈には魅力的なお寺がまだ沢山あります。
今回は時間が無いので参拝出来ませんでしたが、
いつの日かお寺巡りをしてみたいと思います。

長仙寺(2021年9月4日参拝)

2022年02月25日 | 仏閣
氷川神社から200メートルぐらい離れた場所にある長仙寺へ。
こちらは不動明王が御本尊の真言宗のお寺です。


所在地:東京都杉並区高円寺南3-58-4
宗派:真言宗豊山派
御本尊:不動明王
創建:宝永元年(1704)
開山:真秀和尚


【縁起】
日王山阿遮院長仙寺は真言宗豊山派の寺で不動明王を本尊としています。

寺伝によると宝永元年(1704)中野法仙寺の住僧であった真秀が、
この地に一庵を建て日王山阿遮院と号したのが開創といわれます。

その後、寺容も整い長仙寺と称してきましたが、寛政8年(1796)本堂を焼失し、
54年を経て嘉永3年(1850)明情和尚の代に再建されました。

昭和になり高円寺町の発展とともに寺勢再興し、昭和10年本堂を新築しましたが、
同20年4月戦災のため惜しくも堂宇を全焼しました。

現在の本堂は昭和44年に建立されたものです。


【山門】


昭和56年(1981)建立されたもの。


【仁王像】




平成10年(1998)像立されたもの。


【庫裏】


お寺のまわりは高円寺駅周辺で商店街もあって賑やかですが、
お寺に入ると一転して静かになるから不思議ですね。


【庭園】


見事に手入れされた庭園です。








この辺りはちょっと寂しげ。
もうちょっと何とかすれば良い庭園になると思うんだけど。


【如意輪観音菩薩】


享保9年(1724)の造立されたもので、
独特のポーズから歯痛を除いてくれると信仰されてきた仏様だそうです。


【石段】



【本堂】




昭和44年(1969)に再建されたもの。


【御本尊】






室町時代作といわれ第二次世界大戦の空襲の際、
当時の御住職が命懸けで守ったそうです。

お寺にとって御本尊は命ですからね。


【灯籠】



【庫裏】


これにて長仙寺の参拝終了。

御朱印はあるようですが、
天気も悪いし時間も無いのでいただいておりません。

本納寺(2021年9月4日参拝)

2022年02月20日 | 仏閣
大鳥神社のお隣にお寺がある。
小さなお寺で日蓮宗の本納寺です。

とりあえず参拝。


所在地:東京都豊島区雑司が谷3-19-14
宗派:日蓮宗
御本尊:一塔両尊
創建:慶安3年(1650)
開山:実蔵院日相上人


【縁起】
寛永5年(1628)実蔵院日相上人が現在の地に三宝諸尊を祀ったことに始まります。
慶安3年(1650)本納寺は正式に寺院として開かれました。

大正12年(1923)9月1日の関東大震災により大破し改築。
明治41年(1908)白山浄心寺墓地及び大塚仲町本伝寺墓地の一部を改葬移転、
現在の墓地地域をなす。


【山門】



【本堂】




本堂は閉まっていました。
これは想定内です。

本堂内陣の様子はお寺のブログで見ることが出来ます。

http://www.honoji.or.jp/blog/


【庫裏】


本堂の裏手は墓地でした。

以上です。

御首題と御朱印はありますが、
ピンポン押すことなく鬼子母神堂へ向かう。

本伝寺(2021年9月4日参拝)

2022年02月16日 | 仏閣
先ほど参拝した西信寺から100メートルもない距離に、
日蓮宗の本伝寺というお寺があります。

まぁ、近くにお寺があったら参拝しますよね~。


所在地:東京都文京区大塚4-42-23
宗派:日蓮宗
御御本尊:十界勧請曼荼羅・釈迦如来
創建:元和年間(1615-1624)
開山:法仙院日影上人


【縁起】
本尊は十界勧請曼荼羅。
當寺の開創は元和年中で開山は法仙院日行上人、
開基檀越は横山氏、秋山氏と傳へられてゐる。

江戸名所圖會にはその開創について昔は禪宗にして重光山善性寺と號く。
元和年間瑞應禪師今の宗風に轉じ、自らの名を法仙院日行と改め、
寺號をも本傳寺とすとあり、更に経讀日蓮大士縁起として日行改宗の因縁を記してゐる。

又其寺中通玄院持の『波切不動尊』についても、
日蓮上人に關する縁起が記されてゐる。

即ち當寺は大塚の巨刹として知られ、寺中には前記通玄院の外に、
圓珠院、萬祥院(或は妙祥院)等があり、文政には境内除地2352坪、
外に傳通院領九畝二十九歩あつた。維新後寺中は總べて本坊に併合せられ、
浪切不動尊も本坊持となつた。


【山門】




恐らく檀家寺だと思うのですが、
とても威風堂々たる山門です。




こちらにはもう一つ山門があります。
こちらは勅使門でしょうか、気品がありますね。


【本堂】




本堂の扉がまさかのシャッター。

数多くのお寺に参拝してますが、
シャッターがあるのは初めて見ました。

これだと泥棒対策万全ですね。(笑)




すると参拝者の私がいることをお寺の方が分かったからか、
シャッターが開いた。(笑)

お手数をお掛けして申し訳ございません。(笑)
お陰様で何の邪念もなくお参りが出来ました。


【彫刻】



【波切不動堂】




厨子の前に御前立ちと思われる不動明王が拝めました。

紅白の紐は結縁のものかと思いましたが、
見た感じ単なる鈴を鳴らす為のものかと思われ。


【浄行堂・稲荷神社】



【庫裏】



【境内】



【石仏】




ブルーシートに包まれた石仏は一体?

後ろの砕かれた石を見てると同じ運命を辿ることが無いことを祈る。
まぁ、さすがにそれはないと思うけど。


これにて本伝寺の参拝終了。

御朱印や御首題はありますが、
ピンポンを押すことなく退散。

このところピンポンを押してまで御朱印をいただきたいと思わなくなってきた。


【音羽通り】


ここは江戸時代に大奥の女中達が護国寺に参拝する時の参道で、
当時はかなり参道界隈も賑わっていたそうです。

音羽という地名は大奥の奥女中であった音羽が、桂昌院に仕えていたこともあり、
護国寺の門前町である土地を与えられました。
そこから音羽という地名になったそうです。


【蕎麦人 弁慶】


護国寺駅前にあるお蕎麦屋さんで昼食。

鰻と蕎麦という組み合わせは珍しいな。
関東ではよくあることなのかな。

美味しかったです。

西信寺(2021年9月4日参拝)

2022年02月14日 | 仏閣
吹上稲荷神社から数百メートル離れた場所に、
浄土宗の西信寺というお寺があります。

事前チェックではそんなに見どころがあるお寺ではありませんが、
そこにお寺がある限り参拝です。


所在地:東京都文京区大塚5-2-10
宗派:浄土宗
御本尊:阿彌陀如来
創建:寛永2年(1625)
開山:本蓮社譽單稱長察大和尚


【縁起】
西信寺は江戸初期に長察によって開山された浄土宗の寺で、
約400年にもおよぶ歴史を持つ由緒ある寺院。

寛文二年西岸寺開山の本蓮社覺譽上人が當寺を開創し、
想譽上人を中興としてゐる。

従来餘り著名ではなかつたが、明治四十年頃長崎村に墓地を設け、
犬猫の埋葬を開始してから寺門大いに繁榮し、世間に喧傳されるに至つた。

当寺に理容業の始祖と言われるの北小路采女助の墓所である。

采女助の墓はもともと西信寺の向かいにあった大慈寺という寺にあったが、
明治時代の廃仏毀釈によって大慈寺が廃寺となった際、
過去帳とともに西信寺に移され、
地元理容関係者によって手厚く守られてきたという。


【山門】


シンプルですが良い雰囲気の山門です。


【北小路采女助】


下関で髪結職で高い収入を上げていた新羅人に親子で学び、
亀山八幡宮裏の中之町に武士らを相手にした髪結所を開く。
この店に床の間があり亀山天皇を祀る祭壇と藤原家の掛け軸があったことから、
「床屋」と呼ばれるようになったと言われているそうです。

采女助を祀る碑は全国に存在しているが、
過去帳を伴う墓は西信寺のみです。


【境内】


綺麗に手入れされています。


【鐘楼堂】



【本堂】




明治44年(1911)建立されたもの。


【内陣】




本堂は残念ながら閉まっていましたが、
ガラス越しに拝めて良かった。




御本尊は行基菩薩作、脇士勢至観音像は恵心僧都作だそうです。
また、海中出現観音や地蔵菩薩が祀られています。

画像はネットで拾ったものです。

これにて西信寺の参拝終了。

御朱印は無いと思っていましたが、
こちらで2名いただいている方々を発見しました。

https://jinja-bukkaku.net/sp/detail.htm?jbId=16228

高台寺 夜間特別拝観(2021年8月15日参拝)

2022年02月06日 | 仏閣
高台寺の夜間拝観でプロジェクションマッピングをやっているので、
どんなもんかと参拝することにした。


【高台寺天満宮】




高台寺の駐車場横に皆さんご存じの高台寺天満宮が鎮座。
まずはお参り。

夜間でも御朱印対応されておりました。


【さざれ石】



【台所坂】




下って行くと圓徳院に行けますが、
今回は高台寺直行です。


所在地:京都府京都市東山区高台寺下河原町526
宗派:臨済宗建仁寺派
御本尊:釈迦如来
創建:慶長11年(1606)
開基:高台院


【前庭】




夜でも素敵な前庭です。


【庫裏】


ここからではなく左手にある拝観入口で拝観料600円を支払い境内へ。

御朱印は限定の書き置きのものが売られていました。
堂内では売られていませんのでご注意を。

早速方丈へ。

【プロジェクションマッピング】




方丈前庭の洗心庭でプロジェクションマッピングされていました。
高台寺の夜間拝観にしてはコロナの影響があって、
拝観者は非常に少なかったです。












正直なところ、そんなに良いとは思えませんでした。


【百鬼夜行展】






方丈内はこれだけ撮影可でした。


【参道】



【開山堂】




暗すぎて写真撮ってもあんまり写りません。(^^;
勿論堂内は撮影不可です。


【霊屋】



【傘亭・時雨亭】





【竹林】





【キャンドル】




雲居庵隣の小さな建物の中に、亡き方達の魂を供養する為に、
ガラスの器に蝋燭に火が灯されていました。

これにて高台寺の夜間拝観終了。

うーん、高台寺の最大の見どころは見事な庭園だと思うんです。
庭園が余り好きでは無い私ですら巨石を配された庭園は凄い。

その見事な庭園にはライトが必要最小限で暗くよく見えない。
それが個人的には残念でした。


【八坂の塔】




夜はひっそりとしてこれもまたよし。

これにて本日の参拝終了。

清水寺宝性院塔頭 真福寺大日堂(2021年8月15日参拝)

2022年02月05日 | 仏閣
キングオブ京都の清水寺から同じく夜間拝観している高台寺へ。

清水寺を下ってすぐに真福寺大日堂という小さなお堂があります。

昼間でもスルーする人が多いですけど、
ある意味とても貴重な仏様が祀られているのでお参りしましょうね。






所在地:京都府京都市東山区清水2丁目248
宗派:真言宗
御本尊:大日如来
創建:不明


【縁起】
大日堂は戦国時代の天文3年(1534)に建立されたとも、
中御門富小路に建立されていた尊体寺が現在の場所に移され、
寺号を真福寺に改めたとも言われています。

その後江戸時代後期の天保年間(1831年~1845年)に僧・一円が中興しました。
なお大日堂は近代まで清水寺の法相宗と真言宗を兼学でした。

宝性院は清水寺の執行職を務めた清水寺の塔頭。
清水寺はかつて三職六坊と言われる塔頭によって維持・運営、
三職は寺主に当たる執行、副寺主に当たる目代、
寺の維持管理などに当たる本願を指し、執行は宝性院、
目代は慈心院、本願は成就院が努めました。

宝性院・成就院は現在も存在し、慈心院は本堂のみが随求堂として残されています。
六坊は三職に次ぐ寺格を有する義乗院・延命院・真乗院・智文院・光乗院・円養院です。
延命院は現在も存在し、真乗院は安土桃山時代に織田信長によって廃絶され、
成就院が寺籍を継ぎ、義乗院・智文院・光乗院・円養院は明治維新後の廃仏毀釈で廃絶しました。


【大日如来】






東日本大震災で倒された名勝・高田松原の松を使って造仏された大日如来坐像が安置されています。

海水を吸った傷だらけの松の木で彫刻用に適しない木材であったが、
京都伝統工芸大学校の学生の皆さんの努力と、
復興イベント「1万人のひとノミひと削り」活動により見事完成。

以前の御本尊は弘法大師作とも言われる大日如来坐像(重要文化財)を安置していたが、
現在は宝蔵殿に収蔵されています。


【清水坂】



【産寧坂】







【灯籠】


オシャレ。
これ欲しいです。(笑)


【八坂の塔】


月とのコラボがいい。

清水寺境外塔頭経書堂 来迎院(2021年8月15日参拝)

2021年09月12日 | 仏閣
千日参りをご存じだろうか。

一回参ったら千日分のご利益があるという、
何とも有難いというか、大雑把とういうか、何というか、
超ボーナスポイントが発動されるのが千日参りです。

そんな千日参りがあるのがキングオブ京都の清水寺です。
毎年8月9日から16日で行われます。

この期間は普段非公開の内々陣に入ってお参りが出来ます。
コロナの時ではあるが、清水寺ですら観光客は少ないし、
先祖供養もあるので参拝しにきました。

車は普通の時なら満車で駐車待ちの車で大渋滞している
大型の清水坂観光駐車場に停めれました。

大型バスは一台も停めっていなくガラガラ。
あの大混雑は嫌だけど早くコロナが収束してほしい。

まともに参拝すら出来やしないので。


所在地:京都府京都市東山区清水2-223
宗派:北法相宗
御本尊:聖徳太子
創建:不明


【本堂】


清水坂と産寧坂の合流地点に小さなお寺がある。
観光客はほとんどスルーされますが、
れっきとした清水寺境外塔頭である経書堂です。


【内陣】




お参りを済ませ清水寺へ向かう。


【夕焼け】






毎年19時を過ぎても30℃を超える京都ですが、
今年は天気が悪い日が続いていたのでとても涼しい。

さて、次回はいよいよ清水寺です。

成正寺(2021年8月11日参拝)

2021年09月11日 | 仏閣
堀川戎神社から少し歩くと教科書に乗っている
偉人の墓があるお寺があります。

その偉人とは大塩平八郎です。
大塩平八郎の乱は歴史で習いましたよね。

その彼の墓があるのが成正寺という日蓮宗のお寺です。


所在地:大阪府大阪市北区末広町1-7
宗派:日蓮宗
御本尊:大曼荼羅・日蓮聖人
創建:慶長9年(1604)
開山:増長院日秀上人


【縁起】
増長院日秀上人によって開創された身延末の日蓮宗のお寺です。
増長院日秀上人は歌道が縁となり豊臣秀吉公との知遇を受け、
現在地に寺領を賜りました。

文禄元年(1592)より出征する朝鮮出兵の戦勝祈願として、
秀吉の持佛である妙見大菩薩像を寄進され、
今も堂内にお祀りさせていただいております。

江戸時代後期、当時の幕政を揺り動かし新しい歴史の契機ともなった
大阪大塩家8代目中齋大塩平八郎の菩提寺です。
大塩のお墓には今でも絶えず墓参される方があります。

昭和51年(1976)には今まであった大塩の顕彰会を新たに、
大塩事件研究会として大塩平八郎に関することを研鑽する会が発足され、
今でも隔月程度講演会やフィールドワークなど行われています。

また、未生流二代上田廣甫の菩提所でもあります。
二代廣甫は、初代未生斎一甫(山村山碩)によって、
但馬国の上田家へ滞在中に見出された生来の花の才により、
二代家元を継いで未生斎と称します。

また嵯峨御所へ仕官して花務職となり法眼の称号を許され上田周防法眼とも称しました。
初代一甫のいけばなを進展させ、未生流を全国各地に広めて確固としたものにしました。

今でも、未生流の家元をはじめ、ゆかりの方々により護持されています。


【山門】



【石碑】



【本堂】




本堂と裏手に墓地がある小さなお寺です。

残念ながら本堂は閉まっていました。


【御本尊】


画像はネットで拾ったものです。


【御位牌】


大塩平八郎・格之助、大塩事件殉難者位牌


【石碑】



【墓所】


格之助とは大塩平八郎の養子の息子のことです。


【蓮】




これにて参拝終了。

御首題はあるようですが、
コロナの時なんでピンポン押さず辞退しました。


【昼食】


にんにくマシマシのハラミ定食。

タレがちょっとイマイチだったかな。

妙厳寺 豊川稲荷東京別院(2021年6月12日参拝)

2021年08月02日 | 仏閣
予定外のホテルニューオータニから、
歩いて豊川稲荷東京別院に到着。

愛知県の豊川稲荷の雰囲気は強烈であった。
さて、東京別院の雰囲気はどうだろうか。


所在地:御東京都港区元赤坂1丁目4番7号
宗派:曹洞宗
御本尊:豊川吒枳尼真天
創建:文政11年(1828)
開基:大岡越前守忠相


【縁起】
豐川稲荷は正式名を宗教法人 豐川閣妙嚴寺と称し、
山号を圓福山とする曹洞宗の寺院です。

当別院は江戸時代、大岡越前守忠相公が、
日常信仰されていた豊川稲荷のご分霊をお祀りしています。

明治20年(1945)に赤坂一ツ木の大岡邸から現在地に移転遷座し、
愛知県豊川閣の直轄の別院となり今日に至ったものです。


【山門】



【東京別院会館】


山門入って右手にある会館。
祈祷や法要が行われるのがこの会館です。


【子安観音】



【寿老人】



【恵比寿】



【大黒堂】





【】

所在地:御東京都港区元赤坂1丁目4番7号
宗派:曹洞宗
御本尊:豊川吒枳尼真天
創建:文政11年(1828)
開基:大岡越前守忠相


【縁起】
豐川稲荷は正式名を宗教法人 豐川閣妙嚴寺と称し、
山号を圓福山とする曹洞宗の寺院です。

当別院は江戸時代、大岡越前守忠相公が、
日常信仰されていた豊川稲荷のご分霊をお祀りしています。

明治20年(1945)に赤坂一ツ木の大岡邸から現在地に移転遷座し、
愛知県豊川閣の直轄の別院となり今日に至ったものです。


【山門】



【東京別院会館】


山門入って右手にある会館。
祈祷や法要が行われるのがこの会館です。


【子安観音】



【寿老人】



【恵比寿】


どうやら境内に七福神が祀られているようだ。


【大黒堂】




招福利生大黒天が祀られていましたが、
かなり新しい大黒様でした。


【大黒天】



【本殿】


御本尊、十六禅ホテルニューオータニから、
歩いて豊川稲荷東京別院に到着。

愛知県の豊川稲荷の雰囲気は強烈であった。
さて、東京別院の雰囲気はどうだろうか。


所在地:御東京都港区元赤坂1丁目4番7号
宗派:曹洞宗
御本尊:豊川吒枳尼真天
創建:文政11年(1828)
開基:大岡越前守忠相


【縁起】
豐川稲荷は正式名を宗教法人 豐川閣妙嚴寺と称し、
山号を圓福山とする曹洞宗の寺院です。

当別院は江戸時代、大岡越前守忠相公が、
日常信仰されていた豊川稲荷のご分霊をお祀りしています。

明治20年(1945)に赤坂一ツ木の大岡邸から現在地に移転遷座し、
愛知県豊川閣の直轄の別院となり今日に至ったものです。


【山門】



【東京別院会館】


山門入って右手にある会館。
祈祷や法要が行われるのがこの会館です。


【子安観音】



【寿老人】



【恵比寿】



【大黒堂】





【】

所在地:御東京都港区元赤坂1丁目4番7号
宗派:曹洞宗
御本尊:豊川吒枳尼真天
創建:文政11年(1828)
開基:大岡越前守忠相


【縁起】
豐川稲荷は正式名を宗教法人 豐川閣妙嚴寺と称し、
山号を圓福山とする曹洞宗の寺院です。

当別院は江戸時代、大岡越前守忠相公が、
日常信仰されていた豊川稲荷のご分霊をお祀りしています。

明治20年(1945)に赤坂一ツ木の大岡邸から現在地に移転遷座し、
愛知県豊川閣の直轄の別院となり今日に至ったものです。


【山門】



【東京別院会館】


山門入って右手にある会館。
祈祷や法要が行われるのがこの会館です。


【子安観音】



【寿老人】



【恵比寿】


どうやら境内に七福神が祀られているようだ。


【大黒堂】




招福利生大黒天が祀られていましたが、
かなり新しい大黒様でした。


【大黒天】



【本殿】




御本尊、十六善神、愛染明王等が祀られています。


【狛狐】





【福禄寿】



【狛狐】



【摩利支天】



【鳥居】


いかにもっていう雰囲気が出てきました。


【狛狐】





【布袋尊】



【奥の院】



【融通稲荷】


南無如意宝生尊典が祀られています。
 

【弁財天】



【叶稲荷】


因縁除けの守護神。


【大岡廟】



【霊狐塚】


さすがに愛知の本社と比べると雰囲気はライトです。
本社のあれは強烈だったよ。


【狛狐】







【三神殿】



【狛狐】



【御供え】



【御朱印】


これにて本日の参拝終了。


【寿司】


東京駅で寿司を買って新幹線に乗って帰宅。

慈眼院(2021年3月28日参拝)

2021年05月27日 | 仏閣
六本木ヒルズの所用を終え、
永平寺別院の長谷寺に向けて西麻布方面を歩く。

長谷寺の近くに大安寺があり、
参拝しようとしたら残念ながら閉まっていた。

檀家寺なのかコロナの影響なのか知らないけど残念。
その大安寺の真横に慈眼院というお寺があり寄ってみた。


所在地:東京都港区西麻布2-24-22
宗派:曹洞宗
御本尊:釈迦牟尼仏
創建:宝永6年(1709)
開基:船駕玖鐵
開山:文山闡明和


【山門】




竜宮門を思わせる山門です。


【本堂】


予想通り本堂は閉まっていました。


【桜】



【境内】



【筆塚】



【修行小僧】


御朱印は調べた限り無いようです。

大徳寺塔頭 聚光院(2021年3月14日参拝)

2021年05月14日 | 仏閣


聚光院は戦国大名三好長慶の菩提を弔う為に建立されたお寺。

また三千家(表千家・裏千家・武者小路千家)歴代の墓所で、
通常非公開の千利休墓所もあります。

聚光院は三好長慶の戒名聚光院殿前匠作眠室進近大禅定門からで、
三好長慶の肖像は重要文化財に指定されています。

三玄院もそうだけど京都には塔頭ですら、
ビッグネームの墓所になっているんだから凄い。


所在地:京都府京都市北区紫野大徳寺町58
宗派:臨済宗大徳寺派
創建:永禄9年(1566)
開基:三好義継
開山:笑嶺宗訢


【縁起】



【山門】





【前庭】



【庫裏】


拝観入口。

中は一切撮影禁止。


【障壁画配置図】



【四季花鳥図】


室中の間には国宝である花鳥図の襖がずらり。

一番奥の襖の先に臨済宗らしい仏間があります。


【梅花禽鳥図】




永徳が手掛けたとされる16面のうち、
この4面は確かな永徳作とされています。

画像は全てネットで拾ったものです。


【琴棋書画図】




檀那の間にある琴棋書画図。

花鳥図も素晴らしいけど琴棋書画図は別格ですね。
コピー品といえど見入ってしまったよ。

大袈裟じゃなく永遠に見てられる。
それぐらい素晴らしい。

さすが国宝に相応しい。


【閑隠席】


利休150回忌に表千家7代如心斎が寄進した茶室。

重要文化財。


【枡床席】


表千家9代了々斎が建てたと伝えられています。

重要文化財。


【百積の庭】


千利休が作庭とされるお庭です。

まぁ、利休といえど庭園造りに関しては普通ですね。(←上から目線)


いや~それにしても聚光院の襖絵は凄かった。

本物は京博に預託されていて、
今あるのは高画質のコピー品です。

正直、高画質とはいえ作者の作品に込められた魂までは、
コピー出来ないのでこのような複製品は好きではない。

やっぱりコピー品は本物には敵いません。

なので余り期待していなかったが、
そこは狩野永徳の画力の凄さです。

鳥肌ものの素晴らしい作品でした。

ちなみに御朱印はありましたが、
普通の書置きで千円だったので止めておきました。

大徳寺(2021年3月14日参拝)

2021年05月12日 | 仏閣
妙心寺の次は大徳寺塔頭の一つである聚光院を拝観する為に、
臨済宗大本山の大徳寺へ。

その前に大徳寺の伽藍を参拝。

ちなみに大徳寺の駐車場は有料(500円)です。
入り口の駐車券は相変わらず取りにくい。
あれはペーパードライバーだとかなり苦労すると思う。

改善してほしいね。


所在地:京都府京都市北区紫野大徳寺町53
宗派:臨済宗大徳寺派
御本尊:釈迦如来
創建:正中2年(1325)
開基:大燈国師宗峰妙超禅師


【表門】



【勅使門】




重要文化財。


【金毛閣】








重要文化財。


【仏殿】






重要文化財。


【内陣】






釈迦如来と天井画。

天井画の天女はほぼ見えない。
修復はしないのだろうか。


【金毛閣】





【三玄院】






石田三成公や古田織部の墓所である塔頭ですが、
頑なに拝観拒絶を貫いていますね。

特別拝観してほしいわ~。


【法堂】




重要文化財。

これにて大徳寺の伽藍参拝終了。

さてお目当ての聚光院へと続く。

妙心寺(2021年3月14日参拝)

2021年05月10日 | 仏閣
東寺の次は臨済宗大本山の妙心寺へ。

久しぶりに妙心寺法堂の狩野探幽作の雲龍図と、
大方丈を拝観したいと思い訪れた次第。

妙心寺は無料駐車場があって助かります。


所在地:京都府京都市右京区花園妙心寺町64
宗派:臨済宗妙心寺派
御本尊:釈迦如来
創建:暦応5年/康永元年(1342)
開基:花園法皇
開山:関山慧玄


【参道】


こちらを進むとすぐに塔頭の長興寺です。


【長興寺】


龍や達磨図の御朱印で有名になりましたが、
今は商売に走り過ぎな気がします。


【玉鳳院】




こちらも塔頭の一つで我が御屋形様である武田信玄公と、
織田信長公の供養塔があります。

また参拝したいです。


【参道】


妙心寺の境内は広い。


【前庭】


妙心寺には46もの塔頭が存在しています。


【参道】



【養徳院】


二度参拝したことがある塔頭です。








こちらも御朱印に力を入れている塔頭です。




この御朱印帳は以前買いました。




木製の御朱印帳は欲しいけど、
さすがに6500円は高過ぎだよなぁ。


【大雄院】


京の冬の旅で特別拝観していましたが、
こちらは一度参拝したから今回は華麗にスルー。


【大方丈】




こちらで拝観料を支払い大方丈と大庫裏を拝観。




本当に気品のある建物です。

承応3年(1654)に建立された重要文化財。


【廊下】




まずは先に大庫裏の方へ。


【中庭】



【大庫裏】








この辺りは撮影OKだけど、
何故か台所は撮影不可でした。

何で台所が撮影ダメなんかな。


【井戸】



【大方丈】















【前庭】



【仏殿】


つづいて仏殿の拝観。

何回見ても狩野探幽の雲龍図は素晴らしい。
首が許す限り天井にある雲龍図を見ていられる。


【仏殿】





【三門】





【南総門】



【釜揚げ天婦羅定食】


妙心寺の隣にある花園会館のいつもの店で昼食。
美味かったです。


【御朱印】


季節限定の書置きの御朱印をいただきました。

やっぱり妙心寺はいいお寺です。
何回参拝しても飽きない。