Gomaler's~神社仏閣巡り~癒しを求めてⅢ

主に関西の神社仏閣巡りと御朱印が趣味です。
生きた証として好き勝手に書いております。(笑)

曼殊院門跡(2023年5月17日参拝)

2023年08月28日 | 近畿三十六不動尊霊場
大原界隈を後にし150年振りに再建された宸殿を拝観しに、
曼殊院門跡へ移動。

宸殿は本堂にあたり、天皇や住職の位牌を祀るだけでなく、
重要な法要を執り行う門跡寺院にとって極めて大切なお堂です。

また、国宝で秘仏である黄不動明王の掛け軸が里帰り特別公開。
今後は非公開となるのでこの機会を逃すと拝めなくなるので参拝です。


<2014年2月11日参拝>
https://blog.goo.ne.jp/05100625/e/a626d7705252c1d94b310fb427712513


所在地:京都府京都市左京区一乗寺竹ノ内町42
宗派:天台宗
御本尊:阿弥陀如来
創建:天暦年間(947-957)
開基:是算
札所:近畿三十六不動尊霊場


【歴史】


延暦年間(728~806)、宗祖伝教大師最澄により、
鎮護国家の道場として比叡の地に創建されたのが曼殊院のはじまりである。

その後、天暦年間(947~957)是算国師のとき比叡山西塔北渓に移り「東尾坊」と号した。
また、この国師が菅原家の出生であったことから、
北野天満宮が造営されると初代別当職に補され、
以後明治維新まで北野別当職を歴任することになる。

寺では是算国師を曼殊院初代としている。

天仁年間(1108~10)、八代忠尋大僧正が寺号を「曼殊院」と改め、北山に別院を建立された。
そして明暦二年(1656)に二十九代良尚親王が入寺され、
現在の地に堂宇を造営したのが今日の曼殊院である。


【参道】


無料駐車場から参道を歩き勅使門へ。


【勅使門】




さすが勅使門だけあって品格の高さを感じる門です。


【築地塀】





【参道】




緑が濃く癒やされる参道です。


【北通用門】


拝観入口です。


【前庭】




奥に見える新しい建物が宸殿かな。


【鐘楼】






谷崎潤一郎氏寄贈の鐘。


【絵画】



【書院】



【庭園】







【屏風】







【庭園】




















大書院前に広がる見事な庭園。
実に見事で素晴らしい庭園ですね。


【キリシタン灯籠】


曼殊院ではクルス灯籠又は曼殊院灯籠と呼んでいるようです。

キリシタン大名の宮津藩主京極高知の息女である良尚法親王の母・常照院

【庭園】




絵になりますな~。


【手水鉢】



【宸殿】




いよいよ宸殿に行きます。


【護摩堂】



【盲亀浮木之庭】










まずは宸殿前の庭園。

こちらは禅宗寺院の庭園のようなスッキリとした庭園で、
晴れた時に見ると心が晴れやかになるような庭園です。






出来たてのホヤホヤだけあって木の香りがたまりませんでした。

庭園の次は殿内に入って御本尊や天皇家御位牌を拝み、
違う部屋で国宝の黄不動と複製の黄不動の掛け軸が並んで掛けられていました。

複製は本物と完全に同じ色味ではなく、
本物が描かれた当時の新しく明るい感じで描かれていました。

これはあえてそう描いたと思います。

今後は本物は見られなくなるとのこと。
複製を拝んでも御利益は無いと思うけど。

殿内は全て撮影不可でした。

しかし「そうだ京都、行こう。」様のHPで殿内が見られます。
https://souda-kyoto.jp/blog/01187.html


曼殊院門跡の参拝はこれにて終了。
新しい息吹を感じた宸殿と今後恐らく見られることの無い黄不動を拝めて良かった。

法華堂・後鳥羽天皇・順徳天皇 大原陵(2023年5月17日参拝)

2023年08月27日 | 仏閣
大原には天皇陵があり勝林院の次に参拝します。
こちらは約11年振りの参拝です。


<2012年5月2日参拝>
https://blog.goo.ne.jp/05100625/e/2e02bb787001f118cbab160da450e39f


【後鳥羽天皇】
■代数:第82代
■天皇名:後鳥羽天皇
■御父:高倉天皇
■御母:七條院藤原殖子
■御陵名:大原陵


【順徳天皇】
■代数:第84代
■天皇名:順徳天皇
■御父:後鳥羽天皇
■御母:修明門院藤原重子
■御陵名:大原陵


【法華堂】






後鳥羽上皇の冥福を祈る為に建てられたお堂です。


【大原陵】
















実に清々しい境内で厳かな気持ちになる場所です。


【事務所】


陵印は月輪陵墓監区事務所でいただけます。

勝林院(2023年5月17日参拝)

2023年08月25日 | 法然上人二十五霊場
大原三千院界隈には4つほどの小院があり、
次は三ヶ寺目の勝林院を参拝します。

こちらはお庭がメインではなく丈六の仏様がメインで、
私の好きなお寺でございます。

もちろん抹茶菓子は出てきません。(笑)


<2013年5月2日参拝>
https://blog.goo.ne.jp/05100625/e/f4bc1dad8fd363e32e2b5462bce9ba9f


所在地:京都市左京区大原勝林院町1187
宗派:天台宗
御本尊:阿弥陀如来
創建:承和2年(835)
開基:円仁
札所:法然上人二十五霊跡


【参道】




この辺りの風情も素晴らしい。


【本堂】


お寺には山門はなく拝観入口で拝観料を支払い境内へ。

この通りドーンと本堂がお出迎えしてくれます。
さっそく堂内へ行ってみましょう。


【御本尊】








素晴らしい。

仏像といえば奈良の寺院ですが、
京都にも見事な仏様がおわします。

仏師康尚作。


【不動明王】




めっちゃかっこいい。


【法然上人座像】






江戸時代作。


【踏出阿弥陀如来】





【十一面観世音菩薩像】


元北の天満宮の本地仏で拝仏希釈により、
勝林院へ移されたそうです。


【境内】







【彫刻】







【鐘楼堂】



【御朱印】

宝泉院(2023年5月17日参拝)

2023年08月23日 | 仏閣
実光院の次は宝泉院です。

こちらもお庭がメインのお寺ですが、
実光院と違って豪快なお庭の印象が今も残っています。

約10年振りだがあの大木は健在だろうか。


<2013年5月2日参拝>
https://blog.goo.ne.jp/05100625/e/56d447f4d054854b2c9632560cb2a1d4


所在地:京都府京都市左京区大原勝林院町187
宗派:天台宗
御本尊:阿弥陀如来
創建年:長和2年(1012)


【縁起】
平安初期、比叡山に天台仏教を開いた最澄の高弟・円仁が唐に渡り、
十余年間の仏教修学を終え帰国し叡山に密教、五会念仏等、
またその法要儀式に用いる仏教音楽「声明」を伝えた。

後、長和二年(1012)寂源は大原寺(勝林院)を創建し法儀声明を盛んにした。

平安末期、良忍が出るに及んで大原は法儀声明の修学地(声明の里)として有名になる。

当院は大原寺(勝林院)住職の坊として平安末期頃よりの歴史をもち、現在に至っている。


【参道】



【山門】



【宝楽園】



















【法然上人衣掛石】



【鶴亀庭園】






囲炉裏のある部屋の前にあるお庭。
良いお庭ですが本命の額縁庭園の前座になります。


【額縁庭園】


こちらが額縁庭園です。






見事な大木は健在でした。(^^










禅寺では絶対ありえない豪快なお庭です。


【お抹茶】




本日二杯目。


【手水鉢】



【格子窓】



【盤桓園】











【障壁画】





【違い棚】



【襖絵】







【茶碗】




思わず買ってしまった。


【囲炉裏の間】








囲炉裏があると落ち着きますね。
DNAが成せる業なんでしょうか。


【庭園】


囲炉裏の間から庭園を眺めてホッコリして宝泉院の参拝終了。


【御朱印】


お洒落な墨書きでした。(^^

実光院(2023年5月17日参拝)

2023年08月21日 | 仏閣
三千院門跡の次は実光院を参拝します。

約10年振りの参拝となります。
こちらはお庭がメインのお寺なのでスルーしてもいいんだけど、
今日はお庭を見て癒やされたいと思い寄ってみた次第。


<2013年5月2日参拝>
https://blog.goo.ne.jp/05100625/e/1cea2e5283d4aa6dbe701c41809b629f


所在地:京都市左京区大原勝林院町187
宗派:天台宗
御本尊:地蔵菩薩
創建:不明


【歴史】
魚山大原寺下院の本堂・勝林院の僧院である。
勝林院は長和2年(1013)に慈覚大師円仁(天台宗の入唐求法僧・中国から仏教儀式音楽である
声明を伝えた)の九代目の弟子寂源が天台声明を伝承するために建立した寺である。

後に聖応大師良忍が来迎院を建立し、この地が天台声明の中心地となり、
以後この二院を本堂として魚山大原寺と総称するようになった。
勝林院には実光院のほかに宝泉院、普賢院、理覚院などの子院が建てられ、
歴代の住職は日々天台声明の研鑽に励んできた。

実光院ははじめ隣の大原陵(後鳥羽天皇・順徳天皇陵)の地にあったが、
大正八年に普賢院と理覚院を併合し普賢院跡地である現在地に移転した。


【未明橋】





【参道】



【山門】



【拝観入口】



【契心園】


まずは客殿でお庭を拝観。


















癒やされますな~。
三千院と違って静かにお庭を見られるのがいいですね。


【お抹茶】




誰もいない客殿でお庭を見ながらのお抹茶は格別ですな。
10年前より美味くなってました。(^^


【客殿】






この備前焼の壺は高いよ~。
めっちゃほしい。(^^


【額縁】







【池泉回遊式庭園】






独特の北山杉がいい。










こちらのお庭は歩いて楽しめます。


【客殿】



【石標】



【池泉回遊式庭園】









【東屋】



【理覚庵】





【御朱印】

三千院門跡 其の二(2023年5月17日参拝)

2023年08月19日 | 近畿三十六不動尊霊場


有清園の次は金色不動堂を中心に参拝します。


【弁財天】





【金色不動堂】


智証大師作と伝えられる秘仏金色不動明王が祀られています。


【観音堂】



【あじさい苑】











【津川】





【阿弥陀石仏】





【境内】



【おさな地蔵】
















この辺りは参拝者もほとんど訪れることが無い場所で、
私も初めてこの辺りを散策してみました。

するとこんな可愛い地蔵さん達がいるとは知りませんでしたよ。


【勝手神社】


津川沿いから残念ながら行けませんでした。(泣)


【朱橋】


あじさい苑に戻ります。


【あじさい苑】





【大原菊】



【有清園】











【わらべ地蔵】






見納め。


【円融蔵】


左手に売店兼御朱印所、右手に重要文化財収蔵施設。

重要文化財収蔵施設は無料で充実した仏様が安置されていました。
見逃し厳禁です。


【客殿大玄関】





【御殿門】



【御朱印】


さすが大原を代表するお寺だけあります。
けちのつけようがありません。

また訪れたいですね。

三千院門跡 其の一(2023年5月17日参拝)

2023年08月18日 | 近畿三十六不動尊霊場
コンクリートジャングルの都会に住んでいると、
ストレスが溜まって癒やされたくなる。

年を取ったせいかそういう時は田舎の風景を見たくなるんですよね。
20代の頃なんて田舎の風景なんて興味がなく、
夜のネオンを求めて大都会の夜で遊んでいたもんです。

歳をとることがいいのか悪いのか、
よく分からんがそんな訳で京都の大原にやってまいりました。

まずは参拝客で混む前に三千院門跡を参拝です。
ここは約4年振りの参拝となりますが、
前回は桜の時期に訪れて意外と桜が充実していましたね。


<2019年4月9日参拝>
https://blog.goo.ne.jp/051006250510/e/7e03a8dfdc263c46546c80bba5ef3674

https://blog.goo.ne.jp/051006250510/e/c737a319f1b06a71660a34dd5973ee3c



所在地:京都府京都市左京区大原来迎院町540
宗派:天台宗
御本尊:薬師如来
創建:延暦年間(782-806)
開基:最澄
札所:西国薬師四十九霊場、近畿三十六不動尊霊場


【風景】


三千院門跡に一番近い有料駐車場から見た風景。

はぁ~めっちゃ癒やされる~。
これこれ、これを求めていたのよ~。


【門前】


緑が濃い。


【寺号石標】



【和傘】




これぞTHE京都。


【御殿門】





【坪庭】





【聚碧園】


客殿の美しい庭園を鑑賞。

ここに来たのはもう一つの理由があります。
それは聖地巡礼の為です。

我が歌姫倉木麻衣の名曲花言葉のMVのロケ地の一つであるんです。




(画像はMVの一部)

良い曲なんで聴いてみてください。








花言葉のMVを脳内で再生しながらお庭を見学。


【チョウチョ】


お抹茶を注文した人だけが座れる縁側に可憐なチョウチョが。
久しぶりに見た気がする。(^^

それにしても平日の朝9時なのに参拝客が多いね。


【手水鉢】










聚碧園で聖地巡礼を終え次は極楽院へ。


【有清園】






往生極楽院を眺める池泉回遊式庭園。
























相変わらず良いお庭です。




奥に見えるのが往生極楽院です。

堂内におわす阿素晴らしい素晴らしかった。
さすが国宝です。


【朱雀門】





【有清園】













【わらべ地蔵】








石彫刻家の杉村孝氏の手によるもので、
今や大人気のわらべ地蔵ですね。

さて、長くなりましたので続きは次回。

大乗坊<宝満寺>(2023年5月14日参拝)

2023年08月17日 | 摂津国八十八箇所霊場
今日は久しぶりに買い物と食事の為に大阪難波へ。

その前に日本四大毘沙門天像の一つに数えられる秘仏の毘沙門天が、
御開帳される大乗坊へ参拝しに日本橋に移動。
(5月・11月第2日曜日御開帳)

ここもご無沙汰しており約8年振りの参拝となります。

<2015年3月7日参拝>
https://blog.goo.ne.jp/05100625777/e/0236ce3c527ea7f628c77097055fb36b


所在地:大阪府大阪市浪速区日本橋3丁目6-13
宗派:高野山真言宗
御本尊:毘沙門天
創建:不明
札所:摂津国八十八箇所霊場、 大阪七福神巡り


【本堂】


とても小さいお寺です。
周りはヲタロードと呼ばれメイドカフェやオタク専門店が多い場所で、
このお寺がとても浮いた存在となっています。(^^;


【内陣】




御前立ちの後ろにおわす御本尊は威厳たっぷりでした。


【諸仏】



【清め不動明王】





【鎮守社】



【狛犬】



杭全神社(2023年5月4日参拝)

2023年08月15日 | 神社
今日は所用があり大阪の大動脈である25号線を走っていると、
ふと、この辺りに神社があったなと思い出す。

だいぶ前に参拝したので神社の名前を忘れかけていたが、
杭全神社でした。(^^

大阪は難読地名が多いと有名ですが、
杭全と書いて「くまた」と読みます。

どうころんでもくまたなんて読めませんよね。(^^;
同じく難読地名の久連瓜破は「くれうりわり」と読みますが、
これはなんとなく当てはまって納得出来ますね。

他に河内国一宮の枚岡神社の「ひらおか」、茱萸木の「くみのき」、
放出の「はなてん」、御幣島の「みそじま」、住道矢田の「すんじやた」等、
いろいろあって私も読めないのが沢山あります。

関東だったら埼玉県が難読地名が多いイメージです。

さて、前置きは長くなりましたが、
約11年半振りの参拝開始。


<2011年12月17日参拝>
https://blog.goo.ne.jp/05100625/e/3f81a03270a5440c992fc31174b34bf9


所在地:大阪府大阪市平野区平野宮町2-1-67
御祭神:素盞嗚尊、熊野三所権現(伊弉册尊・速玉男尊・事解男尊)
創建:貞観4年(862)
社格:府社


【由緒】


貞観4年(862年)征夷大将軍・坂上田村麻呂の孫で、
この地に荘園を有していた坂上当道が素盞嗚尊を勧請し、
社殿を創建したのが最初と伝えられている。

以降、建久元年(1190年)に熊野證誠権現(伊弉諾尊)、
元亨元年(1321年)には熊野三所権現(伊弉册尊・速玉男尊・事解男尊)を勧請合祀し、
後醍醐天皇から「熊野三所権現」の勅額を賜り、熊野権現社の総社とされた。


【一の鳥居】


25号線沿いの大鳥居。


【宇賀神社】


鳥居近くの摂社。


【注連縄柱】


鳥居からここまで何百メートルの距離があります。

車はこの辺りに停めることが出来ます。


【御神木】







【遙拝所】





【参道】



【名言】


沁みるわ~。


【大門】



【拝殿】




立派な拝殿です。

とても静かで落ち着く境内です。


【狛犬】





【鎮守社】



【本殿】



【第一本殿】


平安初期、征夷大将軍坂上田村麿の子広野麿が杭全荘を領地として賜ってこの地に居を構えました。
その子当道が貞観4年(862)に素盞嗚尊を祀る祇園社を創建したのが、現在の第一本殿。

第一殿:素盞嗚尊


【第二本殿】


元享元年(1321)に熊野三所権現(伊弉册尊・速玉男尊・事解男尊)を勧請建立したのが、
現在の第二本殿であり、時の帝後醍醐天皇より熊野三所権現の勅額を賜りました。

第二殿:伊弉冉尊、速玉男尊、事解男尊


【第三本殿】


建久元年(1190)に熊野證誠権現(伊弉諾尊)を奉祀したのが現在の第三本殿。


【蔵】



【稲荷社】





【狛狐】





【御神木】





【十柱社】



【境内社】



【御神牛】



【祖霊社・田村社】



【恵比須社】



【拝殿】


最後に拝殿で参拝。

清々しい参拝でした。

永遠に語り継ぐべき一枚の写真

2023年08月09日 | 旅行・その他
毎年アップしていますが是非とも知ってほしい。


戦争の悲惨さ、愚かさを忘れない為に。。。

8月9日は長崎に原爆が落とされた悲劇の日。

まずはこの写真を見てほしい。




ある番組で放送されて知った時は涙無くして見れませんでした。


時は終戦直後・場所は長崎。

アメリカ従軍カメラマン・オダネル(当時23歳)が撮った写真ですが、
そこには生き絶えた弟を背負いながら自分の弟を火葬する為に
焼き場の順番を待っていた少年の姿なんです。

両親は原爆で死んでいた。

テレビのナレーションはこう語っている。

ある光景にオダネルは釘付けになった。
そこには赤ん坊を背負った10歳ぐらいの少年がいた。
背にした赤ん坊は力無くぐったりしていた。
一体この少年は何をしているのか?

彼が背負っていた赤ん坊は既に死んでいた。
オダネルはシャッターをきった。
ただその姿に胸が熱くなった。

少年はじっと前を見続けていた。
涙も出ない程の悲しみに必死で耐えていた。

弟は何の為にこの世に生まれてきたのであろうか?

傷だらけの足を剥き出しにして、
少年は気丈に弟が焼かれる順番を待ち続ける。

指先までピンと伸ばした姿勢で耐え続けている。
ギリギリと唇を噛み締めながら。

オダネルは写真を撮った時をこう振り返っている。

「私はこの少年に言葉さえかける事が出来ませんでした。
もし優しい声をかけたら彼の張り詰めていた心の糸が切れ、
きっと泣き崩れていたことでしょう」



この放送を見た時、やりきれない思いばかりで私は泣いた。

こんな悲しい事があっていいのか?

今も世界中の紛争地域でこれと同じような悲惨な事が・・・

中東では相変わらず自爆テロや聖戦とのたまう戦争が起っている。

一方的な正義の押し売りによる犠牲者が後を絶たない。

犠牲になるのは何の罪も無い子供をはじめとする人達。

その姿を目の当たりにして、
いったい何を以ってして正義なのだろうか?
聖戦なのだろうか?

70数年前は悲惨であった日本も今は平和だ。

何の不自由も無く普通に生きている事がなんと素晴らしいことか!

ほんとにあの弟は何の為に生まれてきたのか?死ぬ為に生まれてきたのか?

その事を考えると与えられた人生をいい加減に生きてはならないと痛感する。

この様な写真が二度と撮らせる日本に絶対してはならない。


最後にオダネル氏は奇しくも長崎原爆投下と同じ日に亡くなっている。

単なる偶然には思えない。

大徳寺塔頭ぶらり旅 其の二(2023年5月2日散策)

2023年08月08日 | 仏閣


大徳寺境内を西に進んで行きます。




今宮門前通りを超え先に進むと紫野高等学校があり、
大徳寺境内とはガラッと雰囲気が変わります。


【金龍院跡】




この辺りに金龍院という塔頭寺院があったそうで、
明治22年に京都市の要望での区画整理により廃寺。

慶長年間、飛騨高山城主金森長近が、
織田信長の追福の為に伝叟を請じて創建されたもの。

しかし積まれた石の一部を見ると龍源院と刻まれた石柱を発見。

龍源院は現在も大徳寺の塔頭として残っていますので、
何か関係があるんでしょうね。


【狐蓬庵】




このポツンと一軒家の如く、大徳寺の境内から外れた狐蓬庵は、
あの小堀遠州が開基となった塔頭寺院です。

昨年6月に特別拝観があったのですが、
どうしても都合がつかず拝観出来なかったのが悔やまれる。

庭園や茶室はともかく狩野探幽筆の破墨八景図や障壁画を見たかったので。

さて、これから黄梅院の方へ戻りましょう。


【千体地蔵塚】




金毛閣の近くに数多くの地蔵尊が祀られていました。


【瑞峯院】


通年公開されている塔頭。
こちらは何回か参拝しました。


【大慈院】












奥に見えるのが瑞峯院の本堂です。


【案内板】




泉仙大慈院店という精進料理のお店が奥に行くとあります。
ご興味がある方は是非。


【龍源院】






通年公開されている塔頭寺院です。

金龍院跡にあった石柱に刻まれていた龍源院と同じ寺号です。


【黄梅院】


こちらは春と秋に特別拝観、冬の時期等に黄梅院が主催の特別拝観もあり、
黄梅院が主催の時は直中庭も撮影OKでした。


【前庭】












黄梅院は前庭もとてつもなく美しい。
今回は前庭だけ見て満足した。


【金毛閣】






この門が開いてること自体レアです。

これにて大徳寺の参拝終了。
大満足でした。

大徳寺塔頭ぶらり旅 其の一(2023年5月2日散策)

2023年08月07日 | 仏閣
大徳寺本坊特別拝観終了後、
他に拝観出来る塔頭を探しに境内を旅します。


【芳春院】


まず大徳寺庫裏の横にある芳春院へ。
ここは春と秋に時々特別拝観している塔頭ですが、
今日は拝観していないけど盆栽庭園があるというので行ってみた。


【紅葉・緑葉】




気持ちの良い参道です。


【如意庵】




参道途中にある塔頭。
こちらは一切拝観謝絶です。


【芳春院盆栽庭園】


参道左側に盆栽庭園があります。
行ってみましょう。




拝観料が千円!








誘導するかのように等間隔で盆栽が置かれている。




あの門が拝観入口で門前まで無料ゾーンです。
やっぱり入れませんでした。
500円なら入ったのに。


【参道】



【石仏】







【地蔵尊】



【芳春院山門】




こちらの見所は庭園からみる呑湖閣。
一度でいいから中に入ってみたいね。


【高桐院】






残念ながらまだ拝観謝絶でした。
せめて参道だけは解放してほしい。


【龍翔寺】




こちらも通常非公開の塔頭寺院。
コロナ前はお茶会の時は入れたようです。

大徳寺の境内は広い。
まだまだ続くの次回へ。

大徳寺本坊伽藍 特別公開(2023年5月25日参拝)

2023年08月05日 | 仏閣


今日は待ちに待った特別拝観で大徳寺にやってまいりました。

2023年4月27日(木)~6月4日(日)の期間中に開催される特別拝観は、
いつもは柵で仕切られ近くに寄れない金毛閣をくぐり、
ずっと入りたかった仏殿の中に入ってお参りが出来るというレアな拝観。

仏殿なんて一般人は絶対に入れなかった神聖な場所なんで、
例え拝観料が2千円であっても安いと感じるほど。

とても楽しみです。


所在地:京都府京都市北区紫野大徳寺町53
宗派:臨済宗大徳寺派
御本尊:釈迦如来
創建:正中2年(1325年)
開基:大燈国師宗峰妙超禅師


【概要】
本公開では通常非公開の聚楽第の遺構と伝わる唐門(国宝)のほか、
狩野探幽が雲龍図を描いた法堂(重文)、金毛閣(重文)を間近で拝観するなど、
非公開区域の伽藍を解説付きで案内します。
特に今回は一般の立入りを初めて解禁する仏殿内部(重文)の拝観や金毛閣をくぐるなど、
更に貴重な体験をご用意しています。


【総門】


有料駐車場に車を停めいざ。


【勅使門】


こちらはさすがに特別拝観であっても閉まったままです。


【金毛閣】




重要文化財。

横にある休憩所にある拝観受付で2千円を支払い、
まずはこの金毛閣から拝観開始。

25名単位で係員の説明付きでいろいろ教えていただきます。

門をくぐりましたが特に胸熱なことはありませんでしたね。
未だに拝観不可な上層に登れたら感動すると思いますが、
頑なに拝観をしないんですよね。

いつか上層に登りたいものだ。


【仏殿】






次は仏殿。

横の扉から入堂。

一般人がこの仏殿に入れるのは史上初とのこと。
もっとも江戸時代とかだったら入れたかも知れない。
知らんけど。



入りたくてしょうがなかった仏殿に始めて入った。

感動。

なんというか心が自然に凜とするというか、
ここでは絶対嘘がつけない神聖な空気が漂っていました。

入れて本堂に良かったです。


【法堂】








法堂は仏殿と違ってちょくちょく特別拝観していますが、
ここはなんと言っても狩野探幽筆の雲龍図と鳴き龍でしょう。

雲龍図は毎回感動しますね。
さすが探幽です。

鳴き龍は特定の場所で柏手を打つと、
独特の反響音が聞こえてきます。

不思議ですよね。
こういう音が鳴るように設計した職人達の技術力は感嘆します。


【唐門】




続いて聚楽第の遺構とされる国宝の唐門。














いつもは近づけない唐門の間近で唐門を堪能。


【石柱】


史跡名勝大徳寺方丈庭園と記されていましsた。


【境内】



【渡り廊下】





【庫裏】







【御朱印】


書き置きですが御朱印対応されています。

これにて特別拝観終了。

素晴らしい体験でした。