武内宿禰、いろいろ読み方があるようですけど、おいらは(たけのうちすくね)と呼びます。
以前このブログで書きましたけど、武内宿禰の祖先がサタヒコが率いる製鉄およびレイラインの測量集団かもしれないと
思っています。見つけました。こちらとこちらです。参考になさってください。
景行天皇14年~ 没年不詳
317年ごろの生まれと推測します。
時代的には、富雄丸山古墳の被葬者といっても違和感がありません。
レイラインが、彦座王や、その息子のサタヒコ(猿田彦=ミカドワケノミコト)と関係してもおかしくはありません。
武内宿禰は、景行天皇の時代から仕えているので古墳の大きさからも適当と思います。
製鉄の技術を持っていたので、蛇行剣が見つかってもおかしくありません。
どうでしょうか?まだ調査が続いているのかな?ニュースが楽しみです。。。