YS Journal アメリカからの雑感

政治、経済、手当たり次第、そしてゴルフ

Michelle Rhee

2010-03-28 21:23:14 | 教育
上の娘が 4th Grade, 下の娘が Kindergarten (幼稚園年長)で近所の公立 Elementary School に通っているのだが、幸いな事に何の問題も無い。小学校レベルなので、成績がどうのこうのという時期でもなく、個人面談で担任の先生の対応や、行事等でその他の先生や校長先生とも話す事もあるが全般に好印象である。殆どの先生が、この学校での経験が長く、近所で悪い評判も聞いた事が無いので、今のところ安心している。

一方、全米で公立学校の荒廃が激しく、特に都市部では著しい。デトロイト市の公立校は、市制が破綻している事もあり、酷い事になっているらしい。

(うちの娘が通う学校区は、デトロイト市と同じ郡内にありながら、荒廃の問題は今のところないので、公立校の荒廃問題は、都市部特有の貧困問題と結びついていると考えている。都市の貧困問題は、教育、人種、犯罪など全ての問題の温床でもある。)

そんな中で、数年前まではデトロイトとワーストを競い合っていたワシントンDCの改善が著しい。ひとえに、数年前にワシントン市教育監(具体的にどのようなポジションか想像出来ないが、教育委員長みたいなものと理解しているが学区の権限が強いので権限も強いと思われる)に就任した Michelle Rhee の手腕によるものである。

日本では余り話題になってないようなので、日本語の関連記事 1日本語の関連記事 2を参考に貼付けておく。

ワシントンDCの問題が厳しいだけに、対策も劇薬風にはなるのであるが、自らの教員体験から導き出した方法論には迫力がある。

今、私がアメリカで最も尊敬する人の一人なのだが、その大きな根拠は、自分の子供二人もワシントンDCの公立学校に通わせている事にある。自分の信ずるやり方に嘘偽りが無いという現れだと思う。(子供が親の理想主義の犠牲になる可能性も否定出来ないが)

オバマが大統領に当選した時、娘二人をワシントンDCのどの学校に行かせるかが話題になった。結局、クリントン大統領の娘チェルシーも通ったワシントンDCの名門のプライベート(私立)に通っている。警護の問題等もあり、公立に通わせるのは難しいと思っていたが、オバマ自身も Michelle Rhee の事を以前から高く評価していたので、残念であった。(オバマ夫妻は両方とも、小さいときから名門プライベート出身という影響があるとも思う。)

韓国移民の子供で、オハイオ州トレドの公立学校出身、現在はシングルマザーという背景も凄みがある。荒廃した学校区の立て直しに毅然と挑戦する彼女に、本当に頭が下がる。

健康保険改革法案 憲法違反訴訟

2010-03-28 21:22:55 | アメリカ政治
昨日のエントリー:神なきアメリカでは、健康保険改革法案を、リベラルの流れと宗教の視点の中で考えた。

法が成立したのだが、果たして憲法に適合しているのかという問題が残っている。基本的な問題点は健康保険改革法案 憲法違反?で示している。既に、いくつかの州が司法長官の訴えとして、憲法違反の訴訟を起こしている。州によっては、州法を改定して、特に健康保険購入の義務付けを出来ない様な条例も成立している。今後、連邦の場ばかりでなく、連邦対州の対決もある。

今朝、ブログ散策していたらこんなインタビューを見つけた。健康保険改革法案の憲法違反の議論としてはこれまで観た中で一番まとまっていると思うので英語ですけど、興味の有る人はどうぞ。

神なき国アメリカ

2010-03-28 10:24:59 | アメリカ政治
健康保険改革法案を追っていくうちに、この議論は健康保険改革の皮を被った宗教闘争ではないかという思いが強くなった。(このエントリーの追記に少し書いた

ジュデオークリスチャニティー(judeo-christian)を建国精神の基盤としたアメリカが、建国理念を離れ、神なき国になる分岐点に立っている。

政府が神の座を取って代わろうとしているのである。

啓蒙思想が民主主義の始まりであった。フランス革命の混乱を経て、アメリカ独立があるのだが、アメリカは、フロンティアであったため、当然、王族や貴族と言う特権階級が存在せず、まず手始めに排除する人々がいなかった幸運があった。又、啓蒙思想の基本は、人間の理性には普遍性があるということから始まるが、時代的なラッキーもあり、建国の父たちは啓蒙思想そのものには毒されず、キリスト教を基盤に建国する事が出来た。(興味ある人は独立宣言を読んでみて下さい)

アメリカの建国がユニークなのは、ジュデオークリスチャニティーを建国精神の基盤としながら、建国の父たちのそれぞれの教派が違ったため、それぞれを容認する事となり、結果的に、他宗教をも容認すると言う事になるのである。しかし、拡大解釈しても、アメリカは神のご加護にある国であると言う事になる。

一方、民主党の基盤であるリベラルは、基本的に啓蒙思想に毒された上に、(本人がどういおうと)完全にキリスト教徒ではなくなっている。

一番分かりやすい例で、カソリックを取り上げてみよう。カソリックを巡る話題で大きいのは、同性愛(ゲイ)問題と中絶問題である。カソリック協会は、ゲイの存在さえも認めておらず、中絶には反対の立場である。

自分の信じる宗教を政治信念よりも根本的なものと考えるのが、人間らしい生き方ではないかと信じている。幸い、凡庸な日本人の宗教観は、融通無碍なので、ゲイにしても中絶にしても、宗教観まで遡って考える事はしなくて良い。ゲイの場合は、世界的な人権の流れのなかで処理できるし、中絶は経済的や世間体と言う観点から現実的に対応出来る。

キリスト教の場合、その辺は厳格なはずであるが、どちらの問題も特にカソリックのリベラルは、軽々と神の教えを無視している。

まず、ゲイの問題であるが、これはカソリック教会の対応の悪さがあるので、理解は出来る。人権問題の最終問題として、ゲイを受け入れ準備をするべきであったが、未だに存在を否定すると言う時代錯誤ぶりである。これがリベラルに逆に免罪符を与えた事になったのではないか。奴隷、人種、性別と次々に解放してきた流れからするとゲイ解放は、当然の帰結であった。

宗教の自由を気にするあまり、政治的に積極的になれなかった事、元々考えていなかった人権問題が出てきた事で、寡黙になってしまったのである。

いろんなことから自由になれることを経験したリベラルが、中絶、つまり望まない妊娠から自由になる事を望むのも当然のことのように思われる。(典型的なリベラルのオバマ大統領はインタビューで、自分の娘たちが間違いを犯した時の選択肢として中絶は必要であると述べている。)

よって、リベラルにとって宗教的、キリスト教的な縛りは何も無いのである。つまり自分たちの考えだけが正しいのである。

健康保険改革法案に話を戻すと、全ての人が健康になる権利があるという究極の理想的な考えがそこにある。

そういった考えの勢力が、政府を運用するとどのようなことが起こるかは簡単に想像出来る。運営にお金がいるので、健康、命の合理化が絶対に始まるのである。例えば、70歳以上のガン治療をしないとか、ティーンや遺伝子異常の妊娠は中絶させるとか、と言う事になる。つまり、運用上人間の生き死にをコントロールする事に正当性が与えられる。

このような政府による神をも恐れぬ行為に反発が出るのは当然の帰結である。中絶を容認するカソリック議員といった偽善がまかり通っている事への不信感もあり、保守系つまり信仰心の強いと思われる人々のつ積もり積もった不満、我慢が限度に達しているのである。キリスト教でもなく、凡庸な日本的宗教観しか持たない私であるが、キリスト教を冒涜する政策、その上、宗教問題として議論出来ない、保守派の欲求不満は痛い程理解出来る。

アメリカの世論、政治が余りにも政治的に不適切な発言に神経質な事で、宗教色を出す事がタブーになってしまったが、建国の精神を論じると避けて通れない道であるはずで、遅かれ早かれ、宗教論争は出てくると思う。

一つ言えるのは、人智を超えた存在(神と考えるのが手っ取り早いが)を認めない人々が行う政治は危ない。

リベラルは、人智を超えた存在を認めない人たちである。神に代わる事が前提であるので、自分を全知全能と考える人たちである、よって頭の良い、勉強の出来るエリートたちが絡め取られた上に、同類を増やす方向(洗脳)に必ず走るのである。

今、アメリカは神を信じない人々が神の役割をしようとしている。その人々は、ホワイトハウスに居て、連邦議会の過半数を占め、司法の場にもいる。歴史は、政府(独裁者でも同じ)が神の座を占める事が出来ない事を証明しているが、歴史は違う顔をして同じ過ちを繰り返すのである。アメリカがそうならないこと祈るだけである。

オバマ大統領を社会主義者と批判する声があるが、社会主義が啓蒙思想の究極、つまり宗教(神)を認めないということで、結実したものと考えると、当たっていないわけでもない。

健康保険改革法案の成立で、リベラルは正当性を証明したと考えているようであるが、保守回帰の流れはより強くなるような気がする。

キリスト教でもない私が、「神なきアメリカ」を心配するのも変な感じなのだが、アメリカは今こそ、本格的な宗教論争をすべきだと思う。いろんな変遷、危機を乗り越えてきたキリスト教が、その最強の実効部隊であるアメリカの変質から救えなければ、日本の葬式仏教、結婚式神道みたいになる。イスラム教に普遍的な救いが無い以上、キリスト教には頑張ってもらうしか無いのである。