映画とライフデザイン

大好きな映画の感想、おいしい食べ物、本の話、素敵な街で感じたことなどつれづれなるままに歩きます。

映画「女は二度生まれる」若尾文子

2020-08-28 05:28:48 | 映画(日本 昭和35年~49年)
映画「女は二度生まれる」は1961年(昭和36年)の大映映画


九段下に行くと、坂を登れば靖国神社だ。靖国神社は諸外国からみて右翼の象徴みたいになっているが、軍人を祀るということなのにちょっと大げさである。その靖国神社の参拝シーンが多い映画がある。川島雄三監督若尾文子主演「女は二度生まれる」である。靖国神社の近くにあった富士見町の花街の芸者を演じている。てっきりブログアップしていると思っていた。60年前の東京にタイムスリップするのも悪くない。

芸者小えん(若尾文子)が筒井(山村聡)と床を共にしていると、太鼓の音が聞こえる。なんだこれは?と筒井は驚くが、靖国神社で朝5時に鳴る太鼓の音だ。その場限りのお付き合いだが、売春防止法もあり、自由恋愛なのに名前を知らないのもおかしいと筒井の名刺を求める。建築設計士だった。小えんは芸者といっても芸のできない不見転(みずてん)芸者、御座敷の後でお呼びがかかると一夜を過ごす。


小えんは花街で顔を合わせる大学生牧純一郎(藤巻潤)に心を寄せるが、店を贔屓にするお偉いさんに同伴して御座敷に来た新橋烏森の寿司屋の板前、野崎(フランキー堺)とは気があった。一緒に熱海に遠出する仲の正体不明の社長矢島(山茶花究)と銀座に行った後野崎の鮨屋へ押しかける。自ら誘って酉の市に鷲神社へ一緒に行き商売をはなれて泊ったりした。


そんなある日、彼女のいた置屋の売春がばれて警察の呼び出しがかかった。やむなく、小えんは芸者仲間に以前から誘われていた新宿のバーにつとめると、思いがけず筒井に再会する。やがて、渋谷のアパートで筒井を待つ生活をすることになる。それでも、映画館で知り合った17歳の少年工と遊ぶと、それがバレて筒井から大目玉をくらったりした。そんなとき、筒井がガンになってしまう。不治の病にたおれると本妻の目をぬすんで看病したりもしたのであるが。。。

1.富士見町九段三業地
現在だと、千代田区富士見の地名は靖国神社から見て北側で飯田橋駅に接近するが、靖国神社から靖国通りを渡ったあたりに九段三業地富士見町の花街があったようだ。富士見という名前はでてこないが、神楽坂では靖国神社の太鼓は聞こえない。昔から神社のそばには花街があるという。九段下には旧軍人会館のちの九段会館がある。軍人がいるところにも花街は絡むものである。今から約60年前に靖国神社に参拝する人が映し出される。貴重な映像である。


とは言うものの最初に若尾文子が登場するこの階段はたぶん神楽坂の風呂屋裏芸者小道の階段ではないか。最初に銭湯から色街の姐さんがでてくるシーンもあるけど、今もある風呂屋だと思う。はっきり富士見花街が舞台といいきらないのはこのように混ぜ合わせているからだろう。


現在の階段(筆者撮影)
若尾文子の位置から向かって右に映る壁に縦にパイプのようなものがある。60年前と現在の写真とほぼ同じ位置だ。その壁から階下に向けて階段が広がるように見えるのも同じだ。


2.若尾文子演じる女たちの性的観念
若尾文子が演じる昭和35年の作品では女経ぼんちをブログにアップした。
この辺りの自由奔放さは最近では考えられない。自分の母と同世代なので気分は複雑だ。自由恋愛、売春防止法というのがキーワードである。

若尾文子は美しい。その美貌と併せて、着物のセンスがいい。昭和35年当時に20代半ばとすると、昭和一桁生まれか?昭和8年生まれの若尾文子と同じくらいの年齢であろう。両親は空襲で両方とも死んだとセリフにあり、「筒井の奥さんは女学校出身」なんて台詞もあるので小学校卒業を超える学歴はないと思われる。昭和9年生まれは義務教育で中学校に行けたが、それよりも上の人は行っていない。いつ置屋に入ったのであろう。女の武器で生計を立てるというのが当たり前の世界なのか。


ここでよくわからないのが、若尾文子が寿司職人や17歳の工員に惹かれるところだ。映画観客動員数のピークは1958年の112万人、TVは普及しているが1960年はまだそれなりに多い。新制高校進学率は男女合わせて1950年で46%、1960年は57%(文部省資料 1962)である。観客の学歴は決して高くない。そうなれば、観客の目線にも合わせる必要がある。大学の制服を着た藤巻潤を登場させるが、一方で職人や工員を美女の若尾文子とカップリングさせないと観客とレベルが合わない。そんなことなんだろう。

現代の映画と違って、露骨に男女の絡みはみせない。ふすまや雨戸を閉めてこれからスタートということで画面は変わる。若尾文子はこれからどう抱かれるのだろうと次のことを連想させる。それはそれでいいのかもしれない。
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映画「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」ジェームズ・ノートン

2020-08-26 21:45:26 | 映画(欧州映画含むアフリカ除くフランス )
映画「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」を映画館で観てきました。

世界恐慌が全世界に猛威を振るっている1933年前後、社会主義国のソ連のみが不景気の影響を受けていないと言われていた。この映画では、英国人ジャーナリスト、ジョーンズがスターリン率いるソ連が繁栄している理由を探りに行ったにもかかわらず、民衆の生活が飢えに苦しんでいるのを目撃し唖然とする姿を描いている。

映画「太陽に灼かれてなどでスターリンの粛清は語られている。ここでは、英国人記者が実際のソ連の飢えに苦しむ姿をみて、それを記事にするべく悪戦苦闘する姿とスターリン体制に買収されたような米国人記者の対比が映画のテーマになっている。


この映画はできる限り大画面で見た方がいい。ジョーンズが向かったウクライナで映し出される雪が激しく降る画面が映像として見どころがある。

1933年、ヒトラーに取材した経験を持つ若き英国人記者ガレス・ジョーンズ(ジェームズ・ノートン)には、大いなる疑問があった。世界恐慌の嵐が吹き荒れるなか、なぜスターリンが統治するソビエト連邦だけが繁栄しているのか。その謎を解くために単身モスクワを訪れたジョーンズは、外国人記者を監視する当局の目をかいくぐり、すべての答えが隠されているウクライナ行きの汽車に乗り込む。やがて凍てつくウクライナの地を踏んだジョーンズが目の当たりにしたのは、想像を絶する悪夢のような光景だった……。(作品情報より引用)


⒈ソ連の偽りの繁栄とウクライナ
1929年10月に始まる米国株価大幅下落を受けて、世界恐慌が始まる。その中で、社会主義計画経済のソ連は1928年にスターリンが第一次5ヶ年計画を発表、重工業化を進めるとともに、集団農場(コルホーズ)による農業の集団化を図った。それにより世界恐慌とは無縁だった。というのが定説であった。でも、実際にはうまくいってなかった。現在の世界史教科書では「政府は集団化に抵抗する多数の農民を逮捕、投獄し、生産物の強制供出を実行した。そのため1932~1933年には農民に多くの餓死者が出たが、集団化はほぼ完了した。」(詳説世界史 山川出版)この映画に準ずる記載がされているが、その昔はこう習っていないかもしれない。


コルホーズを重点的に進めたのがウクライナである。ジョーンズはソ連の経済発展のカギはウクライナにありとの話を聞いて、列車に乗って向かう。ジョーンズの母親はウクライナで生まれていた。同行したソ連の高官をまいて一般車両に乗り込む。どんよりとした雰囲気だった。そこでりんごをかじると、乗客からじろっと見られる。食べ残したりんごが取り合いになるのだ。行先の駅では倒れている人がいる。雪の中、母親の育った家に向かうと、飢えに苦しむ人たちを大勢見かけるのである。ジョーンズはあぜんとする。


⒉ソ連当局に買収される米国人記者
モスクワに到着したジョーンズはニューヨークタイムズのモスクワ支局を訪れる。そこにはピュリツアー賞を受賞したウォルター・デュランティ(ピーター・サースガード)支局長と女性記者エイダ・ブルックス(ヴァネッサ・ガービー)がいた。デュランティはソ連の高官たちや他の記者たちと乱行パーティで遊び呆けている。


ジョーンズは飢えに苦しむウクライナの実情をマスコミに公表しようとするが、デュランティはそういった事実はないとニューヨークタイムズとして発信する。誰もが天下のニューヨークタイムズの発言を信用する。そして、1933年米国とソ連は国交を樹立する。その一方で故郷ウエールズに帰還したジョーンズは虎視眈々とチャンスを狙っていた。そして「市民ケーン」のモデルとして名高い新聞王ハーストと面談するチャンスを得るのだ。


ベルリンの壁が壊され、共産主義国のリーダーであったソ連が崩壊して共産主義というのが妄想となった。日本の左翼系知識人は真っ青である。それ以前からスターリンによる粛清が取りあげられているが、学生運動に狂ったアカ学生はソ連をたたえていた。町でビラを配っている共産党系BBAはこういうのを見てどう思うのか?

「ファシズム」と「共産主義」を研究対象としてきた人々が、当初の期待にまったく反して、この両体制の下における諸条件は、多くの側面において驚くほど似ている事実を次々と発見して、衝撃を受けている。(ハイエク「隷属への道」西山訳 P.28)
ハイエクはピーター・ドラッカーの言葉を引用する。「ファシズムは共産主義が幻想だとあきらかになった後にやってくる段階なのだ。そして、今、ヒットラー直前のドイツでと同様に、スターリン下のソ連において、それは幻想だとわかった。」(同 p.31)

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映画「最後の追跡」 ジェフ・ブリッジス&クリス・パイン

2020-08-23 19:24:33 | 映画(洋画:2019年以降主演男性)
映画「最後の追跡」は2016年のNetflix映画


「最後の追跡」は日本未公開でNetflixのみ配信である。大ファンのジェフブリッジスが主演というのに映画の存在すら知らなかった。コロナ騒ぎまでNetflix派でなかったことを悔いた。なんとアカデミー賞で4部門(作品、助演男優賞、編集、脚本)でノミネートされているというではないか。アメリカで公開されたとはいえ、一部の公開で実質Netflix映画である。米国の評論家たちの評価は極めて高い。

銀行強盗とそれを追うレンジャーという構図は伝統的題材である。ここでは、テキサスの田舎町を映し、都会に比較すると前近代的にゆったり時間が流れる。まさに古典的な西部劇的要素が強い。ハイテクな要素が少ない。え!何度もこんなに銀行強盗できてしまうの?とまで思ってしまうが、この地方の風土がトランプ大統領を生んだ素地なんだろう。クリス・パインが持つ迫力とベン・フォスターの破茶滅茶な姿は30年前だったらジェフ・ブリッジスが演じたであろうに。そんなことを思いつつ映像を追った。


テキサス西部の田舎町で、開店前のミッドランズ銀行に覆面をかぶった2人組の強盗が入る。周囲には人が少なく、あっという間に逃走し、別のミッドランズ銀行の支店でも同様に強盗に入って現金を強奪する。兄タナー(ベン・フォスター)と弟トビー(クリス・パイン)は母親の借金で実家につけられている銀行抵当を返済により外して、弟が別居している息子に財産を残すのが強盗の目的だ。銀行が抵当権を行使する期限は間近に迫っている。一方で地元レンジャーのマーカス(ジェフブリッジス)とアルベルトは捜査に着手する。


兄は刑務所から出所したばかりで、向こう見ずだ。弟が銀行を下調べして念入りに計画していたのに、弟が食事している時に1人で別の銀行に入り込み、慌ててその場を脱出しようとする。勝手な行動で弟は腹を立てるが、ゲットしたお金はオクラホマのカジノでチップに替える。


マーカスとアルベルトはある支店に来ると読んで銀行前で待機していたが、おそらくは別の支店に狙いをつけるはずだと移動する。そう思ったときに兄弟はポストという町の支店に強盗に入る。しかし、給料日で大勢の顧客が来ていた。今までのようにはいかず、銃を所持している顧客の抵抗を受けた。逃走車を何台もの自警団の車が執拗に追っていくのであるが。。。

小技が効いている脚本である。メキシコとアリゾナ州の国境ラインでの攻防を描いた「ボーダーライン」でも脚本を担当したテイラー・シェリダンテキサス出身、地元を知り尽くしているのであろう。寂れた町の状況を映し出し、ストーリーと並行して突飛な人物を放つ。ウェイトレスもみんなかわっている。変人だらけで会話がおもしろい。人種差別用語もひんぱんにでてくる。それが映画のレベルを昇華している。

⒈ジェフブリッジス
退任寸前のレンジャーをジェフ・ブリッジスは演じる。相棒は先住民族の男だ。人種差別的発言連発でいつも相棒をからかっていて、性格はいいとはいえない。見ようによってはいやな奴だ。ここでの捜査はヤマカンもいいところ、まったく科学的ではない。追われた兄貴が必死の抵抗をするが、ふと背後から捕らえることを考える。ここだけは老練である。


念願のアカデミー賞主演男優賞に輝く飲んだくれミュージシャンを演じたクレイジーハートやコーエン兄弟の巧みな脚本で引き立つトゥルーグリットと比較してもずいぶんと老けて落ち着いてしまったなあという感じだ。でももう少しがんばって!

⒉クリス・パイン
クレジットでは格でジェフ・ブリッジスがトップとなっているが、実質的にはクリス・パインが主演である。ここではかなり躍動的活躍をする。兄貴に町の暴走アンちゃんが絡んできて、それをコテンパンに倒す暴力表現が本気かつワイルドで、やられた役者大丈夫かと思ってしまう。


離婚して家庭破壊になっているんだけど、何としても息子には石油が出るとわかった自己所有の土地を残したい。その思いが強い。抵当権を行使されたらそれができない。母親に不利な条件の融資をして抵当を付けている銀行をあえて狙う。強盗に入る銀行の支店では、いずれも監視カメラの映像がその場に残らないのをわかっている。無鉄砲な兄貴と違って、銀行員にバラのお札のみ出せと言ったり、下調べもした上の慎重な計画を実行していく。でも、慣れないのでスキはできる。途中でウエイトレスに惚れられるシーンがある。このやりとりがお遊びで楽しい。

⒊前提条件に疑問?
いくら田舎のテキサスとはいえ、1950年代のアメリカを舞台にしている訳ではないから、もう少し科学的な捜査をしても良さそうだ。これが現実なんだろうか?被害に遭った銀行は、テキサス州内しか支店がなく、被害額もさほど大きくないのでFBIが出動しないという。

それにしても、被害に入られた銀行に防犯カメラがあるが、すぐさま本部に転送になりすぐ映像を確認できないとか、一つの銀行に強盗が入ったのに別の銀行にすぐさまその事実が通知されないとか、このあたりはそんなことあるの??という感じである。
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映画「糸」菅田将暉&小松菜奈

2020-08-22 20:08:01 | 映画(日本 2019年以降)
映画「糸」を映画館で観てきました。


久々に日本映画を映画館で観た。菅田将暉小松菜奈のコンビはディストラクション・ベイビーズ溺れるナイフでみている。いずれも2人の演技が冴え、好きな作品だ。気になっていた作品で、公開早々にむかう。この映画では平成という時代を意識したストーリー展開だ。ともに平成元年に生まれた2人の男女の人生をたどる。長期にわたってのそれぞれの人生をたどるので、取りあげる出来事が多い。多すぎるせいか、それぞれが中途半端になってしまう感もある。それでも、オーソドックスな長期にわたるラブストーリーで最後まで退屈せずにみた。


平成13年、ともに平成元年に生まれた北海道美瑛で暮らす13歳の高橋漣と園田葵は、地元の花火大会で知り合う。サッカー部に所属する漣の試合を葵が見に行ったりして、急速に接近する。ところが、いつも2人で待ち合わせる場所で漣が待っていても葵はこなかった。心配になり、漣は葵の自宅に行ったが誰もいなかった。

その後、葵の友人弓に連絡先を確認して、札幌に向かう。そこで会った葵はだれかに殴られた跡を隠すかのように眼帯をしていた。それが継父の虐待によるせいだとわかった漣はその場から葵を連れだし、列車に乗って以前いったことがあるロッジに向かう。しかし、一晩泊まって警察の捜索の手が伸び保護されることになってしまう。

それから8年、漣(菅田将暉)は地元のチーズ工房に勤務していた。中学の同級で親友だった竹原直樹(成田凌)と葵の友人だった弓の結婚式に出席するために上京して式場で葵(小松菜奈)と再会する。北海道を離れた葵は大学の経営学部で学んでいた。久々に会って会話を交わすが、そこには投資会社社長の水島(斎藤工)が迎えに来ていた。もう別の世界になっていることで落胆した漣だったが、職場の先輩桐野香(榮倉奈々)と付き合うようになる。


やがて結婚の決意を固め、役場で結婚届の準備をしようとしていたところで、偶然葵と会う。葵は地元美瑛に戻った母親の行方を探しに来ていたところだったが、もうすでに函館の兄のところでなくなっていた。漣は函館までついて行ったが、もはやそれぞれの恋人がいるのでその場で別れるのであったが。。。

1.平成元年生まれにとっての重要出来事
会社に平成生まれの新卒が入社してきた時、いよいよそういう時代になったのかと思ったものだ。平成元年は日経平均株価が39000円近くまでつけて、経済のピークであったのはまちがいない。いろんな経済指標が平成2年から3年にピークをつける。そして、平成ヒトケタは下降をたどるのみである。

そんな時小学生だった平成生まれには景気は無縁の存在だったろう。米国ニューヨークで平成13年(2001年)テロ事件が起きたがあまり日本には影響がない。リーマンショックが平成20年(2008年)、東日本大震災が平成23年(2011年)このあたりが彼らにとっては重要な出来事かもしれない。

ここでは継父(もしかしたら入籍していないかもしれない)から家庭内暴力をふるわれる。母親は転んだことにしておいてと。最近ブログアップした「幼い依頼人」でも継母の家庭内暴力があった。昭和の末期にかけては校内暴力がひどかったが、平成は校内暴力をするような奴が家庭内暴力にまわったのかしら?平成を生きた若者には主要出来事よりそちらの方が近い存在では?

この世代にはむしろ西暦の2000年というのを起点とした方がなじみがあるのではないか。自分は最近平成20年代の後半の年号を言われるといつのことだかわけがわからなくなる。西暦が普通になってきた。

この映画観て、平成生まれの人どんな風に思うんだろう。見終わったとき、そんなことを考えていた。


2.キャバクラと投資家との出会い
葵(小松菜奈)と漣(菅田将暉)が共通の友人の結婚式で再会する。そのとき、葵が大学の経営学部に通っているというセリフを話したときに一瞬不自然だなと思った。漣はすでに地元で就職していた。葵はもうあと少し我慢して中学を卒業したら就職するんだと言っていた。継父の虐待を見て見ぬふりをした母親の存在もあり、よく大学に進学できたのかと思ったら途中で謎が解けた。


当然のことながら、片親のような存在では10代半ばからキャバクラでバイトして生活するしかない。そこで投資会社社長の水島(斎藤工)と知り合う。水島は恵まれない育ちの子だと見抜く、なんとか助けてあげようとお金をだしてもらって大学にも行けたのだ。そうだよね。

最近はあまり行くことはなくなったが、キャバクラに行くと片親の女の子に随分と出くわしたものだ。わりと学力のある子で、片親だから大学の学費を自分で稼ごうとキャバクラ勤めの子もいたがレアケースで、高校中退のような子がほとんどだった。このあたりは実際にありえそうな話には思えてくる。キャバクラというのは昭和の最後には少しだけあっただけだから、ある意味平成を象徴する形態かもしれない、


3.双曲線を描く恋
古くは成瀬巳喜男監督高峰秀子主演の「浮雲」が強烈な双曲線を描く恋だ。このブログでも、長期にわたってくっつき離れてという恋はずいぶんと取りあげてきた。この類いではいちばんの傑作は香港映画ラブソングかと思っているが、比較的近年ではあと1センチの恋がよかった。

この映画を含めた共通点は、それぞれがいったんは別の人と一緒になってしまうということである。ここでも2人は完全に別の道を歩むことになる。でも、ちょっと題材が多すぎか?漣(菅田将暉)のお相手はがんになってしまうし、葵(小松菜奈)は相手の投資会社社長がバブル崩壊した上に、シンガポールで事業をやって頂点のところで仲間の裏切りに引っかかったりする。幅広くしすぎたのではないかな?そこがこの映画の欠点だと思う。

4.名優再登場
主演級であった3人が年をとったので驚く。倍賞美津子は久々にみた。一連の今村昌平作品だけでなく、エロ女の匂いをプンプンさせていたが、ずいぶんとBBAになったモノだと思う。その昔、Hニューオータニの「トレーダーヴィックス」で彼女が40代の頃みたことがあったが、かっこよかった。最終に向けては重要な存在となるけど、美津子というより姉の倍賞千恵子が演じるような役柄に思える。


漣(菅田将暉)が最初に結婚した相手の父母役が永島敏行と田中美佐子である。永島敏行の主演作「遠雷」は長年にわたって自分のブログでは閲覧数が多い作品だ。不器用なイメージが牧場主の役柄には合う。自分と同世代の田中美佐子は30代半ばに人気急上昇してTVで売れっ子になった。日本ではあの世代でピークを迎えるのはめずらしいのでは?さすがに色あせたのは仕方ない。今後はこういう母役が増えるかも。
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映画「女囚701号 さそり」梶芽衣子

2020-08-20 05:37:53 | 映画(日本 昭和35年~49年)
映画「女囚701号 さそり」は1972年(昭和47年)の東映映画


「女囚701号 さそり」梶芽衣子の代表作と知りながら、なぜかご縁がなかった。怖いもの見たさに覗いてみると、これがまた凄い。梶芽衣子本人の存在感は言うまでもないが、 扇ひろ子 、横山リエ、三原葉子、渡辺やよいと女性の脇役が粒ぞろいでそれぞれにインパクトが強い。女性刑務所内での女囚同士のつばぜり合いが激しい。女囚への強いお仕置きがエロ系の匂いもさせながら酷く映す。

日の丸国旗が映し出される中、刑務所所長(渡辺文雄)が表彰状をもらっているところに大きなサイレンの音が響き、式に出席の刑務官が一斉に向かう。松島ナミ(梶芽衣子)と木田由紀子(渡辺やよい)が懸命に脱走している。刑務官が取り押さえようとしても、簡単には捕まえられない。追いかける警察犬もたたき殺す。しかし、結局2人は捕まり懲罰房に押し込まれる。


松島ナミは警察官の恋人杉見(夏八木勲)に頼まれ、麻薬組織が関わるナイトクラブに潜入していた。ところが、身元がばれ、組織の人間たちに強姦される。その場に杉見が捜査に立ち入り、麻薬を押収して組織の人間たちは逮捕される。しかし、組織幹部と杉見が裏でつながっていて不要なメンバーを追い出すためだった。組織からの杉見への分け前を少しだけ強姦された松島に渡したが、復讐の念しか起きなかった。松島は杉見を殺そうとして捕まり、刑務所に入ったのである。


懲罰房では半裸で手足を縛られた状態である。色の違う囚人服を着たグループが給仕に来て熱い味噌汁を松島にかけようとしたら、逆に足をすくって味噌汁の入った大きな鍋を浴びせ返す。こういった感じで何かやられたらやり返す。味方が敵になったりの繰り返しだ。

この映画のストーリーは書きづらい。
逆転に次ぐ逆転で女囚も、刑務官も、刑務所の所長の誰もがハマる。グロな感じがすごい!

1.梶芽衣子
代表作である。無口でニヒル、その美貌は彼女のピークであろう。子ども心に芸名が途中で梶芽衣子に変わった記憶がある。主題歌の「怨み節」はこの当時街でよく流れていた。まだ中学生の自分には暗い音楽としか感じられなかった。この当時の女囚だけに、男性刑務官からずいぶんといたぶられるし、周囲との折り合いも悪く闘争が絶えない。それでもしのいでいく。

片山由美子という女優がいた。少年たちが親に隠れてこっそり観ていた12chの「プレイガール」にでていた。その片山由美子は女性刑務官役で梶芽衣子の懲罰房にはいって、最終的には落とし込めるつもりだったのだが、若干レズビアンの気がある彼女を梶芽衣子がいかせまくるシーンがある。当時「プレイガール」で見せてくれなかった弾力性のあるバストを披露していきまくっているシーンには、エロの匂いを感じさせる。


最後にはニヒルな帽子姿がわれわれを虜にする。クエンティン・タランチーノが彼女のファンであるのはあまりに有名だ。会ったら手を握って離さなかったという。「キル・ビル」でも梶芽衣子にオマージュを捧げている。


2.横山リエ
新宿泥棒物語遠雷での印象が強い。まだ20代そこそこだった新宿泥棒物語よりも遠雷でのジョニー大倉がハマるスナックのママ役が適役だ。この数年前まで新宿3丁目でバーのママをやっていたが、60代も半ばになりやめた。自分も数回行ったが、年齢には勝てない。


この映画の当時24歳、ほかの作品と違うのは眉毛をそっていかにも女囚らしさを出しているところだ。高橋洋子主演の名作旅の重さも1972年、ほぼ同時期に撮影されているが、「旅の重さ」のドサ回りの劇団員役が横山リエらしいといえるかもしれない。

3.三原葉子
昭和30年代中盤に、その後TVで大活躍した宇津井健天地茂とともに新東宝のエロ路線の看板女優であった。この映画では横山リエ率いるグループに所属して、まったく三原葉子とは気づかず見ていた。いかさま博打で金を巻きようとしているところを見破られ、気が付くと大ゲンカ。鬼の血相のメイクがちょっとホラーぽく狂気じみている。昭和8年生まれというと、当時中学生だった自分の母より年上である。それを思うと、風呂に入る場面で豊満なバストを披露しているのには複雑な気分だ。


4.扇ひろ子
ものすごい貫禄である。周囲に群れない、一匹狼のような女囚だ。新宿ブルースの大ヒットでTVで顔と名前は知られるようになっていた。小学生の自分も記憶がある。ヒットした当時22歳だというのには驚く。その後日活で女任侠映画の俠客をいくつかの作品で演じている。これは見ていない。


日活は1971年にロマンポルノに方向転換するわけで、この映画が撮られた1972年は東映がそのキャラで引っ張るのにいい時期だったのかもしれない。この映画でも、女囚の1人がサイコロ賭博でイカサマをやっているのを見抜く。そこからの三原葉子とのドタバタはある意味怪談のようだ。

5.渡辺やよい
梶芽衣子扮する主人公の相棒のような存在である。当時の性に目ざめようとする少年たちには大人気だった「ハレンチ学園」児島美ゆきが退いた後の十兵衛役をやった。当時自分も友人と映画を見に行っている。ませたガキだなあ。児島美ゆきがなかなか脱いでいないのに対して、渡辺やよいはあっさりバストトップを見せて友人とニッコリ。美乳には少年の頃ずいぶんお世話になった。その後、相撲の蔵間と結婚したけど、死に別れはかわいそう。


いずれにせよ、梶芽衣子の最後に向けてのかっこよさは時代を超えてすごい!意外にもバストトップを見せるその過剰サービスぶりもあって、一見の価値がある。こんなに見せてくれるとは知らなかった。
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映画「パパと娘のハネムーン」クリスティン・ベル

2020-08-16 18:11:32 | 映画(洋画:2019年以降主演女性)
映画「パパと娘のハネムーン」は2018年のNetflix映画

Netflixの作品を見ていてちょっと気になる題名がある。「パパと娘のハネムーン」「アナと雪の女王」でアナの声を吹き替えるクリスティン・ベル主演である。


結婚式でお互い誓いをいう寸前に花婿にダメ!できない!と言われた花嫁が、長年疎遠だった実父と式場で再会する。夜娘グチを聞いているうちに気がつくとハネムーンクルーズの旅に一緒に旅立つという話だ。英題は「Like father」である。娘を持つ父親として気になるのでつい見てしまう。映画のレベルはあくまで普通、ありえない話であるが、おとぎ話を見るが如くに最後まで見てしまう。

広告会社に勤めるワーカーホリックな主人公レイチェル(クリスティン・ベル)は常にクライアントのフォローで忙しい。それでも、結婚式を迎え久々の休暇でハネムーンクルーズの旅を予約していた。ところが、大学時代からの腐れ縁である花婿がお互いに誓いあう場面で、自分は無理だと言い出す。最初はジョークと思ったけどマジとわかり周りは唖然、レイチェルは戸惑いその場を逃げ出す。その式場には5歳から再会することがなかった実父ハリー(ケルシー・グラマー)も出席していた。


翌日、営業進行中であったポテトチップのCMは予定通り受注できることになったが、自分の情けなさに落胆して社内で荒れてしまい、机もぐちゃぐちゃにしてしまう。その夜気がつくと父親と大酒を飲んでしまうことになった。そして、朝気がつくと、クルーズ船上のベットで寝ているのであった。


船上の周囲はハネムーン客や熟年夫婦がほとんどで、父と別の部屋に移ろうと思っても移れない。クルーズ船の最初の停泊場所であるジャマイカに2日後に着くので、飛行機でニューヨークに戻る段取りをとる。船上でゲイカップルや黒人の再婚同士のカップル、初老の熟年カップルと知り合う。彼女は退屈でうろうろしている時に、独身のジェフと知り合い気が合う。

クルーズ船のナイトショーでは、親子でステージに上がって楽しみながら、ジャマイカに到着する。滝つぼの周囲で泳ぎながら、船上で知り合ったカップルたちと水遊びを楽しむ。でもレイチェルは戻ってからの仕事の段取りでスマホをにらめっこ、それをみて父親がスマホを奪い取って水没させてしまうのであるが。。。


⒈ワーカーホリックなやり手女
とにかくせわしない。スマホは離さず、クライアントにまめに電話。結婚式会場で入場する前にも電話は終わらない。入場したら、え!という感じになるが、落ち着かない女だ。年齢は30歳という想定。広告会社勤務で自分の部屋を与えられている。裁量もかなりあるようだ。映画の設定だけど、きっと実績があるのかな?なんて思ってしまう。でも、SEX好き、17歳の時から男とはやりまくっているという。「英雄色を好む」の女性版、アメリカにはこんな女いるんだ。


⒉突然現れる父親
5歳の時に両親が離婚して、それ以来音信不通という設定。母親はすでに亡くなっている。よく自分が結婚するのわかったね。と父親に尋ねると、今はネットで検索するとわかるという。SNSで結婚するよなんて発信すれば、確かにわかるかもしれない。こんなことあるかいな?!という設定だが、考えていることも似ているせいかなぜかそのまま一緒に旅にでてしてしまう。ただ、この父親肝心なこと隠していた。それは見てのお楽しみ。


⒊在宅勤務続きのわが娘
レイチェルのようなやり手女を見ると、ウチの娘とはあまりの大違いで驚く。娘は4月からずっと在宅勤務である。何度かお前本当に会社大丈夫かという話もしたが、そろそろ出社かなといったタイミングで、感染者数の急増で振り出しに戻る繰り返しだ。男性社員は車に乗ってお得意様に行くことあるようだが、電車禁止令で電車に乗らずカーシェアで行くという。娘はそういうのはなく出社も外出もない。。とりあえず、月曜日は朝礼やって会社がある日は朝から晩まで何か作業をしている。たまに電話かかってくる。


でも、そこまで厳重にやっているのに同じ部門で感染者が出たという。当然、会社に行っていないから娘は濃厚接触者でもない。自分の周囲を見ると、むしろ厳重にやっているような会社で感染者がでている印象を受ける。自分の会社は皆無。自分は東京のど真ん中に休日以外毎日通っている。酒は3週間近く飲んでいないが、取引先の人ともよく会っている。わからないもんだね。どっちがいいか。



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映画「立派な子どもの育て方」トニ・コレット&マシュー・グッド

2020-08-12 07:59:02 | 映画(洋画:2019年以降主演女性)
映画「立派な子どもの育て方」は2017年のカナダ映画


Netflixに面白そうな題材がある。人間の成長に大きく影響するのは遺伝的要素か?訓練努力か?現在の日本でも常に議論が交わされている。2人の科学者は、生まれたばかりの子どもが親の気質と反対の才能を伸ばせるかの実験を試みる。そのために2人養子をとり、自分の子供とともに3人の子育てにトライアルするという話である。

映画「立派な子どもの育て方」はカナダ映画でトニ・コレット以外はメジャーな俳優はでていない。この手の類の本はずいぶん読んでいて、題材が気になるのでつい見てしまう。見る前にはこの企みが成功するかどうかまったく予測がつかなかったが、思春期に入る頃に自我が目覚めた彼らを意図通りに育てるのに難儀してしまう。

それぞれの家系が科学者の血筋というキャサリン(トニ・コレット)とベン(マシュー・グッド)の科学者夫婦が、自分の子供ルークを科学者でなく芸術家に、あまり頭がよくない家系の娘マヤを勉強のできる女の子に、怒りっぽい男の子モーリスを平穏な子に育てようとする計画を考えた。富豪で科学財団を作っているガーツ(マイケルスマイリー)にプレゼンすると、大ノリで2人のスポンサーになってくれる。

2人はベンの祖父が持っている山奥の別荘にこもって、元ソ連の射撃選手で児童教育が専門のサムとともに子育てすることにした。赤ちゃんの時から全員にクラッシック音楽を聴かせ、学校の教育課程の内容は2人が教えて、それに加えてそれぞれの将来に向けての個別教育をしてきた。


12 年が経ち、スポンサーのガーツが成果を確かめに視察にやってきた。それなりの進歩はあっても、一歩抜けた才能を示す子はいなかった。ガーツとしてはこの先不安だ。元々の契約書には、うまくいかなかった時には、これまでかかった費用は全部ベンとキャサリンもちと記載があった。キャサリンとベンは徐々に焦ってくる。ガーツからは、ポルトガルで同じような試みをして成功している事例があると聞く。その一方で3人揃って反抗期に入っていうことも聞かなくなったのであるが。。。


1.根拠になる実験
白ネズミと戯れるのが好きな幼児に、白ネズミに触るたびに音を立てるようにする。次第にさわらなくなり、最終的にまったく見向きもしないようになる1920年の実験結果がある。それをもとに、育つ環境を整えて、特別な才能教育で元来の資質と違うように育てようとするのだ。


2.家庭崩壊の兆し
スポンサーのガーツが焦らせることを言うもんだから、自由に育ってきたのに、TVを取り上げたり、大好きな雑誌は高尚な読み物に変えたりして子どもたちは窮屈で仕方ない。しまいには3人揃って爆発してしまうのであるが。。。


3.遺伝か?その後の努力か?
この映画の結末がどうなるのかはお楽しみ。

でも、言えるのは無理は通用しないといった感じか。数年前から作家の橘玲は新書「言ってはいけない」などで、どんなに自己啓発したとしても、遺伝でかなりの素質は決まっているわけだから、そうは簡単にはうまくいかないなんてことを言っている。橘玲のネタ本は慶應義塾大学の安藤寿康教授の本でこれは自分も読んだ。この一方で遺伝だけで説明がつかないとする書物も多い。論文の題材にもなる名著アンダース・エリクソン「超一流になるのは才能か努力か?」なんて本は努力派、デイヴィッド・シェンク「天才を考察する」では才能と環境は相互作用としている。これは偏りない本である。








⒋遺伝子の強さ
昔から競馬馬の血統の良し悪しをやたら言うのに、人間はその後の努力で変わってくるといった話にずっと抵抗を持っている。橘玲がいくつかの本でいくら頑張っても無理なものは無理だということをはっきり言ってくれたのはいいことだと思う。犯罪者の子どもが同じようになってしまう議論もあるが、ここではやめよう。


単に頭脳の遺伝ということだけをとってみる。自分の同僚に2人東大出がいる。2人とも御三家と言われる別々の名門高校の出身である。片方の息子は日本の最高学府のしかも偏差値の頂点に入学、オヤジはどこの学校へ行ったか語りたがらなかったが、類推で聞いていくと結末はそうだった。普通は自慢しまくるがここのところは違う。もう一方の娘は東大理系と同等あるいはそれ以上と言われる国立医学部を出て医者になっている。この事実を見せつけられた時に、やっぱり遺伝なんだなあと思った。

自分も受験勉強それなりにやったけど、このあたりのレベルにはかすりもしなかった。ただ、2人とも世のサラリーマンの中ではいい方だけど、頂点ではない。賢くそつのない仕事をする。でもサラリーマンのトップになるのは容易ではない。それを悟ったのか、子どもを医学部に進めた。逆にそうさせることをできるのが優性遺伝のたまものだと感じる。
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映画「タルーラ」エレン・ペイジ&アリソン・ジャネイ

2020-08-09 19:10:31 | 映画(洋画:2019年以降主演女性)
映画「タルーラ」は2016年のNetflix映画

ジュノ」「ローラーステートダイアリー」で愛くるしい姿を見せてくれたエレンペイジの今度の役柄は、赤ちゃんを図らずも持ち去ってしまう誘拐犯人役である。ふとしたはずみで赤ちゃんのベビーシッターになった女の子が、子どもをそっちのけにして男遊びをする母親に呆れて、そのまま赤ちゃんを連れ去ってしまうのだ。


タルーラ(エレン・ペイジ)は恋人のニコとワゴン車に乗って全米各地を回りながら暮らしていた。2年もこんな生活をしているので、ニコがいったんニューヨークの母親の元へ帰りたいと告げる。それが原因でケンカしてしまい、朝目覚めるとニコが飛び出してしまっていた。きっと実家に帰っているはずだと、タルーラはニューヨークに向かいニコの実家に寄ってみる。玄関口で2年戻っていないよと母親のマーゴ(アリソン・ジャネイ)から門前払いをくらう。

無一文のタルーラはホテルに飛び込み、客室の入り口に置いてあるルームサービスの食べ物をつまみ食いしていた。その時ふと扉を開けたキャロラインはタルーラをホテルの従業員に間違えて声をかける。部屋にはキャロラインの娘の1歳の女の子がいた。部屋は散らかり放題でタミーは子育てが苦手な様子、今夜ベビーシッターをやってくれないかとチップを渡され、派手な服に身を包んだタミーは男に会いに出ていく。


夜になり、タミーは泥酔状態で帰ってきてそのままぶっ倒れる。そんなアバズレで無責任な母親に腹を立て、タルーラは赤ちゃんを連れて自分のワゴン車に戻る。

朝になり、キャロラインが目を覚ますと娘のマディソンがいない。部屋中探してもいないので慌てて警察を呼ぶ。タルーラは赤ちゃんとワゴン車で一晩過ごしたあとそのままホテルの部屋に赤ちゃん連れて戻ろうとした。ところが、フロントに警察が来ているのを一瞥して、ヤバイとホテルを飛び出す。

行く宛のないタルーラは再度ニコの実家に向かう。赤ちゃんを抱きながら、マーゴにこの子はニコと私の子だというと、驚いて2人を部屋に入れてくれた。


どんな経緯でこれまでニコと生活していた一部始終をマーゴから聞かれる。本当の子ではないとは言えない。最初は一晩だけ泊まる約束だったが、気がつくと3人で暮らすようになるのであるが。。。


⒈家庭環境に恵まれないタルーラと不幸なインテリの恋人の母親マーゴ
タルーラはワゴン車住まいという定住地を持たない路上生活を恋人ニコと続けている。いきなり「何で金がないのに遊ぶんだ」と罵られタルーラが博打場から飛び出す姿が映し出される。親にはちゃんと育てられていない。たくさん買ってきたレモンを台所のジューサーでレモネードを作り、自分のワゴン車の手前でニューヨーカーたちに売り飛ばしている。生活力だけは旺盛だ。


一方でマーゴは大学院出のインテリ、家庭関係に関する著作物も多い。管理人もいるニューヨークのアパートに住んでいる。高価な家具や絨毯の調度品が備わった素敵な部屋だ。夫とは学生時代からの付き合いだったが、離婚届をつき付けられてガッカリ、夫はゲイで男性の恋人がいるようだ。息子は飛び出したきり帰ってこないし、1人暮らしの慰めになる可愛がっていた小さい亀も死んでしまう。決して幸せではない。

そんな対照的な2人には、行方不明の息子が作った赤ちゃんを媒介にした関係ができる。タルーラは育ちの悪いのが見え見えで、マーゴから見ると、信じられない言動ばかりで呆れてしまう。マーゴがこの絵がきにいらないといっていたのを覚えていて、タルーラが部屋に飾っている高価な絵を描き直しているのをみてビックリ仰天だ。

それでも、何となく気があい暮らしていく。しかし、世間では赤ちゃんが誘拐される話がテレビや新聞で騒がれるようになり、タルーラはバレてしまわないかと焦る。


⒉赤ちゃんがいながらも男に走る母親タミー
男を挑発するようなバストを強調する派手な服を着て、夜の男との密会のことばかりで頭が一杯である。育児書通りにしているのに、この子が言うことを聞かないと一歳の女の子を責める。何、それ!呆れかえるような女だ。アタマはいかにも弱そう。こういう女は日本でもどっかにいるだろうなあ。


⒊変幻自在のエレン・ペイジとアリソン・ジャネイ
エレン・ペイジが10代で妊娠してしまう役を演じてアカデミー賞候補になった「ジュノ」からもうずいぶん経つんだよね。なんとブログアップ100作目だったんだ。「ローラーステートダイアリー」の爽快感は自分のスポーツ映画のベスト3に入る。この映画撮っているときはまだ20代だったと思うけど、序盤戦ではワゴン車の中で彼氏とメイクラブをしてバストトップを見せる。まったく豊満じゃないけどいいね。

ゴージャスでボリュームたっぷりの美人女優が多い米国映画界で、小さくて華奢でこういう底辺の女の子の役までできてしまうエレンペイジの存在はある意味貴重だ。末永い活躍ができる女優になると思う。


アリソン・ジャネイはどちらかというと、インテリって感じの風貌だよね。大学教授といってもおかしくないくらいの。そういうインテリなのに心に影を持つというこの役にはぴったりである。「アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル」では恐ろしい母親の役でアカデミー助演女優賞を受賞したけど、彼女エミー賞はいやってほど受賞しているね。

「アイ、トーニャ」はアップし損ねたけど、脅威のスケーターであるトーニャの母さん役は実にうまかった。今回は割とまともな常識人である。社会の底辺にいる車上生活者といわゆる知識人のコントラストが、格差社会を象徴するようでこの映画のテーマの一つだけど、意外に交われるんじゃないという感じだ。
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映画「さようなら、コダクローム」 エド・ハリス&ジェイソン・サダイキス

2020-08-08 17:34:16 | 映画(自分好みベスト100)
映画「さようなら、コダクローム」は2017年のNetflix映画


好きなんだなあ、この映画。もしかして今年見た92作の中でいちばん好きかもしれない。

「さようなら、コダクローム」は、余命短いプロカメラマンがしばらく疎遠になっていた息子に再会して、すでに閉鎖が決まっているカンザスにあるコダックフィルムの現像所へ車に同乗して向かうロードムービーである。悪役といえばこの人という位の名悪役エドハリスが、往年の名カメラマンを演じ、息子で多忙な音楽プロデューサーをジェイソンサダイキス、随行する看護師をエリザベス・オルセンが演じる。

人気の所属バンドが他社へ移籍することになり、音楽プロデューサーのマット(ジェイソンサダイキス)は窮地に立たされていた。社長に呼びされて、スペアセブンスという人気バンドを2週間以内にスカウトしてくると約束した。

そんな時、マットの父親ベン(エドハリス)の看護師だというゾーイ(エリザベスオルセン)がマットを訪ねてくる。ベンは肝臓ガンで余命3ヶ月程度だという。ベンが撮影した大切なコダクロームのフィルムがあり、カンザスにある閉鎖が決まっているコダックの現像所へ車で行き、現像してもらい展覧会を開きたいと言っているというのだ。それも、ぜひマットに連れていってもらいたいと。


10年は疎遠にしていたベンの要望は、人気バンドのスカウトもあって、マットには到底受け入れられない。当然のごとく拒否するが、その後にベンの元マネジャーのラリーが現れ、再度お願いする。ところが、ラリーから人気バンドのマネージャーが元部下で顔がきくと聞き、スカウトのアポの後にカンザスに向かうスケジュールなら行けるとマットは判断する。そして、オープンカーにマット、ベンに加えてゾーイの3人が同乗してカンザスに向かう。


車に乗っていきなり、ベンがナビの音声がウザいと車の外に放り出し、逆にマットはこんな歌は聞きたくないとカセットを車の外へ投げる。前途多難の旅だが、まずはベンの弟夫妻の家に向かう。もともと兄弟の仲はよくなかった。家庭を顧みないで海外の仕事に向かうベンの代わりに叔父さん夫婦がマットの面倒をみた時期があった。マットにとっては懐かしい居場所である。最初は旧交を温めたが、ベンが好き勝手言い始めてからは険悪なムードに一転する。

そして、マットがスカウトしようとするロックバンドのコンサートがおこなわれるシカゴに着く。父親のベンはバンドのメンバーたちに会う前にある秘策をマットに授けていたのであるが。。。

セリフにも出てくるが、サイモンとガーファンクルからポールサイモンがソロ活動を始めてすぐ「コダクローム」という名曲を歌った。日本でも流行ったし、ノリのいい素敵な曲だった。

デジタル世代にはまったく無縁の存在になってしまったが、イーストマン・コダック社という存在は偉大だった。日本を代表する富士写真フィルムとさくらカラーとはまた違う独特の色あいで写真が仕上がった。そもそもコダック社はデジタル化の先駆者だったのに、しがらみで参入が中途半端になって結局倒産してしまう。残念である。


⒈エドハリス
毒気が強いエドハリスのセリフがいい感じだ。忙しい中わざわざ連れていってくれる息子に媚びるわけではない。妻はとっくにいない。この車ではデジタルは禁止だなんて言って、ナビを放り出す。フィルムカメラじゃなくてデジタルで撮ればいいじゃないと言うと、「作りモノのオッパイに触りたいかい、ニセモノはニセモノだ。」なんてのたまう。


久々に会った弟夫婦に対しても、最初は普通に接していたが、奥さんが昔浮気をしていたことをほのめかすような話をして一気に険悪なムードに導いてしまう。俺は今まで撮った数十万枚の写真全部覚えているぞと息子に言うと、息子は俺の誕生日は覚えているかと聞く。
果たして覚えているのか?

⒉音楽プロデューサーとしての任務
カメラマンのベンも音楽が好きでドラムを叩く。音楽好きだけ親子共通だ。叔父さんの家にはマットがよく聴いた昔のレコードがたくさん残っていて、看護師のゾーイと音楽談義をかわす。そこでグラハムナッシュが好きなんてセリフが出るのがたまらない。クロスビースティルスナッシュ&ヤングの中じゃグラハムナッシュを自分が好きだからだ。「ティーチ・ユア・チルドレン」が懐かしい

担当していた人気バンドが自社レーベルから移籍したことで立場がない。別の人気バンドをスカウトして汚名挽回しなくちゃと思っている。逆転のトークを事前にロールプレイした方がいいんじゃないかと、父親のベンがいう。父親から「あいつら褒めなれているから、むしろ逆にダメな点を指摘した方がいいんじゃない」とアドバイスを受ける。


そして、コンサートホールへ行き、ベンの元マネジャーのツテで楽屋でバンドメンバーに会う。マットのレーベルへの評価は決してよくない。そこで、父親の指示通り、「1枚目のアルバムはよかったけど、2枚目は望んでやったかどうかは別としてダンストラックなんか入っているのは違うんじゃない、本来の姿に戻らないと」なんて話をする。バンドメンバーの表情も変わっていく。
さて、この後うまくいくのだろうか??映画を見てのお楽しみ。

⒊予想を裏切る展開の数々
アクの強いエドハリスを主演にもってきているだけあって、セリフも気が利いている。ロードムービーというのは、行く先々で起こる意外な出来事がポイントになるが、いくつか予想外の展開に進む。弟の家での昔話の騒動も普通だったらありえないことだし、バンドのスカウト話も思っている方向と違う。その上でベンとゾーイにもいさかいが起き、そこから最後まで連続してハプニングだらけだ。

ここでは予想を裏切る脚本の巧みさが際立つ。最後に向けては、こう来るか!とうなる展開に気持ちが安らぐ。やっぱりいい映画である。
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映画「幼い依頼人」イ・ドンフィ&ユソン

2020-08-07 17:49:32 | 映画(韓国映画)

映画「幼い依頼人」は2020年の韓国映画


「幼い依頼人」はいかにも韓国映画らしい酷い映画である。7歳の実弟を殺したと告白をした10歳の少女が本当のことを言えない状況に、その真実を明かすために弁護士が奔走する姿を描く。2013年に韓国で発生した継母児童虐待死亡事件の実話を基にしている。

ロースクールを卒業してジョンヨプ(イ・ドンフィ)は何度も就職に失敗し、姉の勧めで臨時に児童福祉館に就職する。ある日、継母のジスク(ユソン)から虐待を受けている姉弟10歳のダビンと7歳のミンジュンに出会い家庭の事情をきく。しかし、家庭のこまかい事情には突っ込めない。連絡先を姉に告げて去る。


しばらくして、ソウルの法律事務所に就職したジョンヨプは電話を受ける。虐待でダビンの鼓膜が破れたことを知る。ジョンヨプは継母からダビンを引き離そうとするができない。そうしているうちに、弟ミンジュンが死亡する事件が発生する。自分が殴り殺したと自白した姉のダビンが被疑者となる。何かを言いたそうで言えないダビンを見て衝撃を受ける。ジスクのもとに送り返されたダビンの命を守り、虐待の真実を明かすため、ダビンの弁護士になることを決心する。


⒈児童虐待
弁護士資格を取得したにもかかわらず、児童相談所の相談員になるという設定に驚く。韓国の就職事情はここまで厳しくなっているのであろうか?どうも韓国ではロースクール制度で弁護士が急増したという事情があるようだ。

とはいうものの、児童相談所の相談員になったからには、虐待の情報には毅然と対応しなければならない。でも、一旦引き取っても親に戻さなければならない。この辺りは日本と共通であろう。家庭に戻した後に酷い事件が日本でも起きている。子どもから通報があって対応しても、母親からそんなことやっていませんとちゃんと育てていますと言われたらそれで終わり。この辺は辛いね。


継母の虐待に対して、父親である夫は完全に無関心。似たもの夫婦というけど、日本の児童虐待事情も似たようなものだろうか?

⒉ユソンの虐待
美人の継母が登場して、なごやかな夕食風景で始まる。ところが、息子は箸の使い方が下手クソですぐ食べものを落としてしまう。継母は徐々にムカつく。顔つきが鬼のようになっていく。そんな時、この継母は見たことあるぞと気がつく。その直感、しばらくして確信に変わる。映画母なる復讐でレイプされた後、泣く泣く死んでしまった娘の復讐に立ち上がったユソンである。


レイプ場面を撮影していた映像を見せびらかすぞと言って少女を脅迫するこの映画はなかなかきわどかった。怒りをあらわにして、ナイフを振り回す母親ユソンの姿が印象的だ。

この映画を覚えている韓国人は多いだろう。今度はユソンが真逆の立場になることに意外性を感じたのではないだろうか?この起用はキャスティングの勝利である。

ちょっとした子どもの不手際にもムカついて強烈な体罰を喰らわす。まあ、よくもまああの手この手でいじめまくるなと驚く。ある意味、この暴力的なところがいかにも韓国という感じがする。



⒊韓国のプライバシー
弟は継母の虐待により殺されてしまったと言ってもいい状況なのに、継母からあんたがやったと言えとされる。結局弟が亡くなったのは自分がやったせいだと自白する。マスコミは大騒ぎだ。

本人だと特定される。近所から白い目で見られても遠方に引っ越すわけでもない。プライバシーは守られないのであろうか?しかも、こういう凶悪事件を犯したら普通は施設に入れられるよね。自宅には帰らないと思うけど、韓国は違うんだ。
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映画「黒い司法 0%からの奇跡」 マイケルジョーダン&ジェイミーフォックス

2020-08-06 19:48:59 | 映画(洋画:2019年以降主演男性)
映画「黒い司法」は2020年公開のアメリカ映画


「黒い司法」は理想にあふれた若い黒人弁護士が、証拠がなく死刑判決を受けた死刑囚の再審を勝ち取るために奮闘する姿を描く。グレゴリーペックが正義感あふれる弁護士を演じた「アラバマ物語」から続く伝統的な黒人冤罪映画と言っていいだろう。

黒人男性が警官によって逮捕される時、拘束時に強くクビを圧迫して死亡する事件があった。全米で黒人差別問題が再燃している。以前に比較すれば、差別問題は随分と落ち着いていると思っていたけど、そうでもないようだ。80年代にはまだ差別はかなり強かったのか?これは今から30年以上も前の話であるが、この映画の中で語られることが事実であれば、ちょっとやるせないなあと思ってしまう。

ブライアン・スティーブンソン(マイケル・B・ジョーダン)はハーバード大学のロースクールを卒業し、弁護士資格を取得した。ブライアンは使命感から黒人差別が著しい1980年代のアラバマ州で弁護活動に携わることにした。受刑者の人権擁護活動に励むエバ・アンスリー(ブリー・ラーソン)の協力もあって、彼は小さな事務所を設立することができた。


1988年黒人男性ウォルター・マクミリアン(ジェイミー・フォックス)は検問で止められ、保安官との世間話の後、全く身に覚えがない“18歳の少女を惨殺した罪”で逮捕される。死刑囚に仕立て上げられてしまうのだ。だが、彼が犯人であることを示す証拠はがないことが裁判記録を読み込むとわかる。検察側によって仕組まれた証人発言によりウォルターを犯人に仕立て上げた疑いをもつ。ブライアンはウォルターの無実を証明するためにその弁護を買って出た。死刑囚に仕立てられたウォルターもブライアンとふれあううち徐々に心を開くようになる。


ブライアンは有力な目撃証言をしたラルフ・マイヤーズ(ティム・ブレイク・ネルソン)と面会をして、真実を探ろうとする。話好きなマイヤーズも肝心なことととなると、口を閉ざしガードは堅いのであるが。。。

⒈若手黒人弁護士にのしかかる差別
ブライアンが受刑者との接見をしようと刑務所に行き、入り口を入ろうとすると、看守から持ち物検査を受ける。「脱げ!」それも全裸にだ。弁護士にそこまでやる?という感じだけど、いやいや脱ぐ。

しかも、警察の幹部と話した後でブライアンが夜間に車を走らせていると、後ろからパトカーが来る。尋問を受けるのだ。たいしてスピードを出しているわけでない。スピード違反じゃないですよねと言うと、いきなり銃を突きつけ脅される。もう1人の警官が車の中を探って、そのまま退散するけど、明らかに警察からの妨害工作でお前この事件に関わるなよという脅しである。


⒉ジェイミーフォックスと死刑囚の処刑
アカデミー賞主演男優賞をはじめ名誉ある賞を受賞しているジェイミーフォックスもここではチンケな死刑囚である。自分よりも年下の弁護士の動きにも、当初はあきらめの表情を見せる。でも、ブライアンの粘りでウォルターの不利な証言をした白人受刑者を法廷に引っ張り出すことに成功させたり、証人、証拠をいくつも集めてくる。そうやって明らかに再審できるような状況になったにもかかわらず、再審請求は却下される。うーんと思ってしまうが、ブライアンはあきらめない。


そんな時、同じ収容所に死刑囚として入所している男が処刑される。これも比較的丹念に電気椅子での処刑が履行される寸前まで追っていく。収監されている囚人たちが牢屋を叩いて抗議の意思を示す音が響き渡る。その音が印象に残る。
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映画「ハスラーズ」コンスタンス・ウー&ジェニファー・ロペス

2020-08-05 18:59:44 | 映画(洋画:2019年以降主演女性)
映画「ハスラーズ」は2020年公開のアメリカ映画


ジェニファーロペスがストリッパーを演じるということで前評判高い映画だったが、これもコロナでDVDスルー。ストリップクラブで男たちの金をくすねていたストリッパーたちが、徒党を組んでウォール街の金融マンから怪しい手口でカネを強引に奪うという話である。強烈な酔いを助長する薬を入れメロメロにさせて多額の勘定をクレジットカードで決済させるそのやり口は、新宿のボッタクリ飲み屋の悪い手口とたいしてかわりはしない。映画がぼったくり行為を是認しているわけではないが、あまりお行儀の良い映画とは言えないなあ。

クレジットもトップだし、実質的主演はコンスタンスウーである。もう40代後半になるジェニファーロペスはきわどいポールダンスでそそる。エロい雰囲気はまだまだいける。ただ、ジェニファーロペスのバストトップが拝めると期待している男子諸氏は肩透かしを食らうと覚悟しておいた方がいい。

幼少の頃に母に捨てられ、祖母に育てられたデスティニー(コンスタンス・ウー)は、祖母を養うため、ストリップクラブで働き始める。そこでトップダンサーとして活躍するラモーナ(ジェニファー・ロペス)と出会い、協力し合うことで大金を稼ぐようになり、姉妹のように親しい関係になってゆく。ダンサー仲間のダイヤモンド(カーディー・B)からもストリップでの振る舞いをレクチャーされ、デスティニーは祖母とともに安定した生活ができるようになる。


しかし2008年、リーマン・ショックによる影響で世界経済は冷え込み、ストリップクラブで働くダンサーたちにも不況の打撃が押し寄せる。シングルマザーとしての生活費や、収監中の恋人の弁護士費用など、それぞれの差し迫った事情で“お金が必要”というストリッパーたちに、ラモーナは「真面目に働いても生活が苦しいのに、経済危機を引き起こした張本人であるウォール街の金融マンたちは、なぜ相変わらず豊かな暮らしをしているのか」と言い、ウォール街の裕福な男たちから金を騙し取る計画を企てる。(作品情報)

⒈育ちの悪い主人公
60年以上前の映画「私は死にたくない」を取り上げたが、デスティニーも親からの愛に恵まれず、学校もまともに行っていない。あまりいい育ち方をしていないというのは両方に共通。周囲のストリッパーたちもみんな同じレベルだ。

デスティニーは育ててくれた祖母を養うためにも一発稼ごうと、ストリップクラブで働くがチップの身入りはもう一歩。挙げ句の果てはクラブのマネジャーに分け前を取られて手取りが少ない。そんな時、クラブの花形ダンサーであるジェニファーロペス演じるラモーナがチップまみれになって踊っている姿に憧れてしまう。


ラモーナも年下のデスティニーをかわいがり一緒にコンビを組むようになる。それからは運は上向き、リーマンショック前は荒稼ぎできるようになるのだ。

主演のコンスタンス・ウーは台湾系アメリカ人。日本人にも韓国人にも見える。会社の同僚にいてもおかしくない感じだ。ここではアップしなかったが「クレイジーリッチ」にも出ているよね。プロフィルをネットで追うと、親は大学教授で血筋はいいけど、浪費家で一度は自己破産寸前だったとか、この役はうまく演じられるかもしれない。


⒉ストリップクラブのたかりの構造
舞台にはいくつものポールがあってそこで大勢のストリッパーたちが踊っている。かぶりつきでチップをもらうこともあるが、個室でのプライベートダンスでしっかりチップを稼ぐ。ウォール街の金融マンはいいカモが多い。彼らにも重役クラスからケチな下っ端までランクがあり、相手に合わせて作戦を練る。


当初はそれで良かったが、2人だけでは手が回らなくなり同僚ダンサーを仲間に加える。まずはバーで飲んでいる金融マンに目をつけ、4人でバカ騒ぎで飲む。客が酔っているすきに薬をドリンクに入れる。あっという間にメロメロだ。一緒にクラブに入って行くときには足は千鳥足で立てないくらいになっている。個室のVIPルームでぐっすり眠っているところを財布からクレジットカードを取り出してチェック、暗証番号は寝言のように言わせる。悪い奴らだ。

その稼ぎも店の売り上げになるから、店もこの悪さを黙認でグルになって顧客の金をふんだくる。
とはいうもののいつまでも続かない。店は手入れを受け、仲間のダンサーは取調べで収監だ。それでも客宅やホテルで続けるけど、空中分解してしまう運命にある。


意外にも、女の子にクレームの電話が入っても、「あのとき楽しんでいたじゃない」と言われるとそれで済んでしまうことも多いと映画のセリフがある。こういう時、男は奥さんの手前もあるのか大きな問題にはしないそうだ。暴力バー的ぼったくりの摘発以外は日本でもしないかも?日米共通か?

最近コロナ騒ぎでいわゆる接待を伴うお店もすっからかん。「今日もボウズかも?」というので、7月入ってすぐ、気の毒で飲みにいってあげた。他の客はいない。新規ボトルは入れられるはワインは1本開けられるはで気がつくといつもの倍以上の請求を受けてしまう。まあ、しょうがないかと思うけど、実際このウォール街の金融マンたちはしこたま取られたんだろうなあ。
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映画「私は死にたくない」スーザン・ヘイワード&ロバート・ワイズ

2020-08-04 20:29:20 | 映画(洋画 69年以前)
映画「私は死にたくない」は1958年のアメリカ映画


「ウエストサイドストーリー」「サウンドオブミュージック」という不朽のミュージカル映画のメガホンをとったのはロバートワイズ監督である。彼がこれらの名作を撮る前1958年に公開したのが「私は死にたくない」だ。主演のスーザン・ヘイワードはアカデミー賞主演女優賞を受賞している。スーザンヘイワードのアバズレ女ぶりが見ものだ。

子供のころから家庭に恵まれず、犯罪を繰り返し起こしていた主人公が、悪さする仲間だった札つきの2人の男とともに殺人の嫌疑をかけられる。一種の冤罪モノの映画で、無実を前提に話が組み立てられるが、結局は有罪となり処刑されるまでを描く。

映画が半分くらい進んだところで死刑判決が確定される。よくある冤罪モノのようにさまざまな反証の映像が次から次へと出るわけではない。それでも、弁護人が何度も復活折衝に入ろうとするがうまくいかない。死刑囚が処刑を受ける場面を、死刑執行人が下準備に入るところから丹念に映し出している。近年では「デッドマンウォーキング」などで、死刑執行のシーンをじっくり映す映画もあるが、割とここまで詳細に処刑場面を映すのは珍しい。

バーバラ・グレアム(スーザン・ヘイワード)は売春で引っ張られ収監されたり、悪さをした男たちに頼まれてでたらめなアリバイを言って偽証の罪で1年の懲役で刑務所暮らしをするような女だ。出所後夜の街で売春のカモを漁ろうとしていたところを、カモを警察と見破ったバーテンダーに助けられる。そして、そのバーテンダーと結婚をして子供を産むのだ。

でも、旦那は競馬にくるって、バーバラに金の無心をする。いよいよ愛想を尽くしたバーバラは手切れ金のつもりで小切手を渡し、夫は飛び出していく。そのあと、いかさま博打の仲間だった前科者・エメットとジャックのところへ居候させてもらう。 


そのエメットとジャックとともに一緒にいたバーバラも共犯の疑いで逮捕される。逮捕の現場には大勢の新聞記者たちが来ていた。1952年3月9日、カリフォルニア州バーバンクで、老寡婦が惨殺された殺人の容疑だ。 

新聞記者たちは最初からバーバラを主犯のようにでっち上げて扱っていた。むしろ、女性を極悪に仕立てる方が新聞が売れる。一方でバーバラは弁護士に調査費を払おうにも金がない。しかも、夫は出ていって行方不明だし、1歳の息子は証人になりえないし八方塞がりだ。

そんなとき、囚人仲間のリタという殺人犯の女がバーバラに当日別の場所にいたというアリバイをつくることをすすめてきた。ベンという男が面会に来て事件の夜、あるモーテルに2人が泊っていたことにするといった。ベンはしつこく本当はどこにいたんだときき、誘導尋問されるがままに彼女は2人と一緒にいたと言った。

まずは、犯人の仲間キングが証言にたち、バーバラが殺しを主導していると証言した。キングは検事と司法取引をしていた。公判で味方だと思っていたベンが証拠人として立つと、実は警官だったのだ。接見での会話は隠しマイクで録音されていて検事側の有力な証拠となった。その上、ようやく見つかり出廷した夫は何もしなかった。

第1審の判決は3人に死刑を宣告した。新しい弁護士マシューズは心理学者パールバーグを連れてきた。バーバラと相性が合い、パールバーグを信頼し、ウソ発見器にも進んでかかった。心理テストでは嘘は言うが、暴力嫌悪で殺人を犯すはずはないと示していた。この事件を担当してきた新聞記者のモンゴメリーがそのことを記事にするが、彼女の無罪を確信し始めた。モンゴメリーらの努力にもかかわらず、再審を望む訴えは却下されるのであるが。。。

⒈ジャズ色の強いバックミュージック
いきなりジャズクラブで4人のホーンセクションがノリのいいモダンジャズを演奏しているシーンが映し出される。ジェリーマリガンが奏でるバリトンサックスのソロがダイナミックだ。4つのホーンの組合せが粋なセッションを生み出す。


1957年にマイルスデイヴィスがパリに向かい、映画「死刑台のメロディ」のバックミュージックを即興で演奏している。今に残る不朽の名作だ。ジャズを映画に組み込んだその影響が少しはあるだろう。後にミュージカル映画の傑作を生み出すロバートワイズは、映画のムードにあったジェリーマリガンのモダンジャズを巧みに使っている。特にミュートのトランペットが効果的に雰囲気をつくる。

⒉嘘つき女
育ちが悪く、父親の顔は知らないという。小さいころから犯罪を重ねて、売春や偽証と前科の数は指折り数えて片手ではきかない。感化院にも2度入っている。家庭にはまったく恵まれていない。昨年の中東映画存在のない子供たちで極貧生活を送っている主人公が絶えず周囲にウソをついている場面に出くわした。この女も同じようなものだ。2人に共通するのは「いちばんの重罪は自分を産んだこと」というセリフである。責めるのは産んだ親だ。

3回目離婚した後に、警察にパクられるのを救ったバーテンと結婚し子宝に恵まれた。でも、旦那はバクチに手を出してすっからかんだ。しかも、旦那がバクチの支払いに使った小切手は不当たりで明日までキャッシュをよこせと言われている。どうにも困って、知り合いの札付きに子連れで身を寄せようとする。そして逮捕される。


まあ、このバーバラという女、道徳規準のない嘘つきで、偽証や売春をしても人を傷つけたり殺人はしないよなんて鑑定まで出ている。でも、冤罪とかばうほどではない。育ちの悪い連中に共通するこの嘘のつきっぷりは犯罪を犯してもおかしくないように思われる。

⒊マスコミに取り囲まれる
逮捕されるときに記者たちが押し寄せているのは不思議ではないが、逮捕された後も何かとマスコミにインタビューされる場面が出てくる。そのたびごとにアバズレのバーバラらしいコメントを述べるわけだ。しかも、バーバラの息子である赤ちゃんの面談までマスコミが押し寄せているシーンにはあっけにとられた。


日本では絶対ありえないシーンだ。
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映画「シャチの見える灯台」 

2020-08-02 18:14:41 | 映画(欧州映画含むアフリカ除くフランス )
映画「シャチの見える灯台」は2016年のNetflix映画


Netflixの作品を見ているとふと目につく「自閉症」「シャチ」の二文字に引き寄せられる。重い自閉症気質の息子がこの先どうなるのか心配な母親が、少年が関心を持ったシャチを手なずける海の監視員がいる灯台のある海岸にきて蘇生に向けて海の男と触れ合う姿を描く。

何より、巧みなカメラワークで映し出すアルゼンチンの海岸エリアの風景が美しい。殺しとか末梢神経を刺激するような出来事もなく、ゆったりと少年のシャチとのふれあいと成長を見守る展開がよかった。

アルゼンチンのある海岸で、シャチを観察する仕事をしているベト(ホアキン・フリエル)は崖の上にある灯台のすぐそばで1人住んでいる。海岸では、シャチが波打ち際にやってきて、ときおりアシカを襲う。それなので、もしものことがあってはと一般人がシャチに近づくことは2年前から禁止されている。

ある日、ベトが家に帰ってくると、ローラ(マリベル・ベルドゥ)と息子のトリスタン(ホアキン・ラパリーニ)がはるばるスペインから来ていた。トリスタンは自閉症で周囲との関わりが苦手。そんなトリスタンはベトがシャチといる姿をテレビをみてニッコリ反応したので、ローラはすがる思いで息子を連れてきた。そんなローラに、ベトは帰ったほうが良いと告げる。しかし、一晩泊まっていったん帰った後、結局自閉症の息子が気になったベトが2人をとどめてそのまま滞在することになる。


シャチが人間を襲った例はないので、イルカの発する超音波による心の治療がシャチでも可能であるとベトは考えていた。そこで上司にトリスタンの面倒をみたいと申し出る。しかし、上司は認めず、もしも子供をシャチに近づければ、ベトを森林警備隊にまわすと警告する。

それでも、ベトはトリスタンとローラを小舟に乗せてシャチのいる海へ向かう。そこで仲の良いシャチのシャカに向けてトリスタンから海藻を投げ入れさせて遊ばせる。その後も、ベトはトリスタンを海に連れていくと、次第にトリスタンはシャチに慣れてくるようになる。一方で、ベトは徐々に母親のローラに恋心を抱き近づくようになるのであるが。。。


⒈バルデス半島の絶景
映画が始まり海面から背ビレを浮かび上がらすシャチの姿が映る。浜に大挙して寝そべっているアシカ群が海に近づいた一瞬を襲う。舞台となる海岸エリアをカメラが俯瞰する。砂浜の背には土砂が侵食したままの個性的な絶壁が続いている。何てきれいなんだろう。デイヴィッドリーン監督が描いていた自然の映像美を連想する。


以前映画「さらば青春の光」で見たドーバー海峡に接する英国南部のブライトンの海岸にある断崖絶壁を連想したが、ここは英国ではない。

映画のコメントにはパタゴニアという地名がある。ネットでパタゴニアを検索すると、氷河の写真ばかりが目立つ。なんじゃ?と思っていたらパタゴニアはチリとアルゼンチンの南緯40度より南側の総称だという。そりゃ半端なく広いや。ずっと調べていくと、バルデス半島という地名の写真とこの映像が一致した。ブエノス・アイレスよりもかなり南に行った大西洋岸の半島だ。世界遺産だという。それもうなづけるほど美しい。でも、こんな地の果てまでスペインからモデルになった母子がわざわざ来るというのはちょっと普通じゃない。


⒉自閉症の少年
わざわざアルゼンチンの地の果てまで来て、シャチを手なづけるベトにあったのに目を合わせず、黙っている。部屋の中ではベトの机にある持ち物をいじくり回している。クリップなどの小物を図形的に整列させているのだ。水道の蛇口から水を出しっぱなしにしたままで、ベトに注意を受ける。いずれも典型的自閉症の子供のパフォーマンスだ。


2人からはぐれてトリスタンが行方不明になる。懸命に探すが見つからない。探しているベトと至近距離になっても自閉症のトリスタンは声も出さない。一般的な自閉症の子どもは3歳から4歳になってもなかなかしゃべれないことが多い。そのまま永久にしゃべれない子もいる。それでも、やっぱりシャチはトリスタンにとってはこだわり。荒っぽいシャチとも平気で付き合えるようになる。
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