実際問題として震災に遭遇した場合、
私ならどのような行動をするのだろうか?
安房郡の関東大震災を読んでいると、
ああ、私の場合はこうかもしれない。
そんな例と出会うことがありました。
この回、そんな例を引用してみます。
安房農学校は、大正11年創立し、大正12年に新校舎完成。
そして、大正12年9月1日に新校舎が倒潰して全焼します。
創立したばかりですから、先生も生徒もどちらも成立て。
ここには、大正11年4月に学校に就職された
博物が受け持ち学科だった塚越赳夫教諭の『地震の思ひ出』から引用。
「 理科室の内部はみるみる内に真赤な火焔が一杯では無いか。
『 火事だ火事だ 』と呼ぼうとしたが自分の喉からは声がでなかった。 」
「 『 伊藤君が出ないぞ! 』『 鈴木君が出ないぞ! 』
『 二人でないぞ! 』慌しく舎生(宿舎の学生)が口々にわめくのである。
・・・自分は血の気を失って仕舞った。・・
こういてはゐられない。早く救ひ出さなければならぬ。
しかし自分の体は思ふ様に働けなかった。
焦りに焦って唯うろうろしてゐるのみであった。・・・ 」
( p22~24 安房拓心高校「創立百周年記念誌」令和5年3月 )
校舎が火災に見舞われたことが出てきております。
たえざる余震にみまわれながら、みるみるうちに校舎全体に火がまわる。
その様子が心理の綾とともに、刻々の時系列で語られております。
そのなかで、生徒を思い動揺する姿を、誰隠すことなく語っておられました。
ああ、咄嗟の場合に、私もこのような行動をとるのじゃないかと
そんなことを引用しながら思い浮かべておりました。