和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

あらためて徒然草。

2017-01-18 | 本棚並べ
そういえば、このGOOブログ書き込みを始めたての頃に、
どういうわけか、徒然草を取り上げておりました(笑)。

2006年9月11日の「風と桶屋との迷路。」
そこには、酔眼亭さん。ろこのすけさん。北祭さんの
名前が登場しておりました。
あれから10年が過ぎちゃった(笑)。
皆さんどうしておられるのかなあ。

徒然草の内容はすっかり忘れていても、
徒然草は気になっていましたから、関連本を
古本で時々思いついたら買っておりました(笑)。

さてっと、それらホコリをかぶった未読の本棚を
あらためて目を通してみたいと思います。

そうしながら、徒然草を再読してみます。
ということで、今年は徒然草です。
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徒然草の矛盾への招待。

2017-01-12 | 道しるべ
Voice2月号をひらく。
曽野綾子の連載「私日記」205に
ポリティカル・コレクトネス(PC)の説明があったので引用。

「・・『ポリティカル・コレクトネス(PC)』と言うのだと知った。
我が家にまだ残存している一番古い形式の電子辞書には、
この言葉自体が全く出てこないから、
新しいトレンドで生まれた単語なのだ。
このPCという語は、
『政治的、社会的に公正・公平・中立的で、なおかつ
差別・偏見が含まれていない言葉や用語のことで、
職業・性別・文化・人種・民族・宗教・ハンディキャップ・
年齢・婚姻状況などに基づく差別・偏見を防ぐ目的の表現を指す』
ものだそうだ。
もちろん多くの偏見は、さしたる理由がないままに、
人間理解を妨げる大きな原因になる。
しかし一切の偏見のない人などどこにいるというのだ。
こういう極端な理想主義が一方ではびこると、
人は嘘ばかり口にするようになり、
それを聞く人は、発言者を信じなくなるか、
内心で反感を覚えるようになる。
それも恐ろしいことだ。」(p27)


これからが連載はおもしろいのですが、
それはそれとして、
ここでは、新春の気になる徒然草(笑)。


外山滋比古著「俳句的」(みすず書房)に
「切れ」と題する文が載っております。
そのはじまりを引用。

「徒然草のある解説を見たら、
冒頭に『徒然草には矛盾が多いということは
よく聞くのであるが・・・』とあって、びっくりした。
第六段では子供はない方がいいと言ったかと思うと、
第一四二段では子供のない人にはもののあわれが
わからないという話に賛同したりしている。
これを『矛盾というなら確かに矛盾である』と
続けている。その先を読む気をなくしてしまった。
『渡る世間に鬼はなし』も真なら、
『人を見たら泥棒と思え』というのも、
残念ながらやはり真である。
一見いかにも矛盾であるが、
一方を立てて他を棄てるようなことがあれば、
残った方の正当性も怪しくなってしまう。
両方そろってはじめてそれぞれが生きる。
幸いなことに、諺の解説をして、
その矛盾をあげつらう人はすくない。
諺の理解は胸で行なわれるが、
作品の理解は頭でなされる。
頭の理解では、論理とか矛盾とかが気になりやすい。」(p121)



うん。現代に読む徒然草。
徒然草を読むのは今でしょ(笑)。

ということで、今年は徒然草からのはじまり。
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知的怠慢である。

2017-01-06 | 産経新聞
今年。本を読むってことは、
再読してはじめて読みはじめるのだ、
と思うことからはじめたいと思います(笑)。

そうそう、テレビを見てると、
映画シンゴジラ・君の名はにしても
映画館に何回も足を運んだという
回数を語る方たちを、取り上げている
のが気になりました。

映画館には、とんと足を運ばないのですが、
テレビはよく録画します。
昨年の新年に「富士ファミリー」という
NHKのお正月ドラマを録画して、一年で
数回再生して見ておりました。
すると、今年になって
「富士ファミリー」の続編が出現(笑)。

産経新聞の1月3日。
外山滋比古氏が「年頭にあたり」というくくりで、
正論欄に書いております。
気になったので、また読み直す。

はじまりは

「長い日本の歴史を振り返ってみても、
ここ30年、戦後70年ほどいい時代は
なかったのではないかと思われる。・・・
しかし、実際には、大変化が押し寄せている。
それを無視するのは知的怠慢である。
中高年の人に頼るわけにはいかない。
ご苦労だが若い世代に出動していただくほかはない。」


以下断片を引用(笑)。

「大きなことをするには、
そして新しいことをするにも
教育が邪魔になるということが、
よく分かっていないのが
学歴社会であるといって差し支えない。」

「学校は生活を停止して知識を教えることを
使命としてきた。教育を長く受ければ受けるほど、
生活力を失ったのは当然だが、新しく大きな仕事
をするとき、生活力がものをいう。
高学歴者の創造力が思ったほど高くないのは、
むしろ当然であろう。」

「失敗の経験は最高の教師である、
ということを近代は忘れたのか、
知っていても知らぬ顔をしてきたのか。
現代文化がどこか、非人間的であるのは、
生活欠如の帰結であるかもしれない。」

「何かと言うと専門を持ち出す。
しかしそれはひとりだけの知識である。
知的個人主義が不毛でありやすいことを、
現代はまだよく理解していないらしい。

本を読むより、違ったことをしている仲間と
語らい合う方がどれくらいためになるか、
今の個人主義者、孤立派には分かっていないようだが、
ひとりで考えることには限界がある。
ほかの人と雑談をすると、ひとりでは思いつかない
ようなことが飛び出してくる。」

「近づく大変動にしてやられるのではなく、
それをきっかけに新しい人間になる、
いまはチャンスである。・・・」
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あの季節がやってくるたびに。

2017-01-04 | 詩歌
岸田衿子の詩
「一生おなじ歌を 歌い続けるのは」は
短い詩です。以下に引用。


 一生おなじ歌を 歌い続けるのは
 だいじなことです むずかしいことです
 あの季節がやってくるたびに
 おなじ歌しかうたわない 鳥のように


曽野綾子さんの詩
「最も才能のない詩人による駄詩ーー『二十世紀』」
は平成十二年文藝春秋2月臨時増刊号
「私たちが生きた20世紀」のp448~449。

そこから、この箇所を引用。

 朝日も読売も毎日も、
 社会主義を信奉するソ連と中国を批判することを許さず、
 私の原稿はしばしば書き換えを命じられ、没になった。

 戦後のマスコミは、
 言論の自由を守ると言ったが、
 差別語一つに恐れをなし、
 署名原稿も平気で差し止める。
  だから彼らはもはや自らの悪を書けない。
  だから成熟した善も書けない。


なぜ、この詩が浮んできたのか?
というと

WiLLの2017年1月号を開いたからでした。
総力特集は題して
「さぁ、トランプだ覚悟せよ!」。
その特集のはじめに渡部昇一氏の文。

そこから少し引用してみます。

「現在のアメリカには言論における
 閉塞感があると思います。」(p41)

「アメリカでは言論統制が人種、性(ジェンダー)、
同性愛、すべての分野にわたっています。
なんであれ差別的な発言ととられたら、
つまりポリティカル・コレクトネスで批判されたら、
学者は大学を追われる、政治家は辞職せざるをえない、
物書きなら発表の場を奪われる。
アメリカは日本よりずっと言論の不自由な社会になっています。」
(p42)

うん。このくらいにして、曽野綾子さん。
このWⅰLLには曽野さんが連載エッセイを載せております。
そこから、引用。


「私がこの『乞食』のことを書こうとすると、
十年ほど前までは、すべてのマスコミが、
『乞食』という言葉を使うことを禁じた。
今はさすがに一部の出版社は、筆者の自由という
姿勢を取り戻しつつある。当然のことだろう。
当時はマスコミが世論なるものに唯々諾々として
迎合している時代で、
『乞食は「差別語」となっていますから、使えません』
と言われれば、筆者が書き直さない限り、
その原稿は日の目を見なかった。

日本のマスコミが、戦後は、自由な表現を守り抜いた、
というようなことを言うが、それは全く嘘であったことは、
この一つによっても明らかである。
人を差別することはいけないことだが、
それについて触れることもいけない、
というのは、まさに差別そのものだ。
それでは社会学も、心理学も、医学も成り立たない。
そんな歪んだ規範に、産経新聞を除くあらゆる全国紙が、
おかしいとも思わずに従っていた。いや多分今も
従い続けている出版社はたくさんあるだろう。」(p145)


「私も一時、あまりのマスコミの弾圧のひどさに、
ブラジルへでも逃げようか、と考えた事がある。
しかし、おもしろいことに、
新聞社系の出版部が、私のような姿勢の作家を排除すると、
雑誌社系の週刊誌が救いの手を差し伸べてくれた。
出版社は明らかに共闘して全国紙と闘っていたのだ。
私自身は当時、大学の先生をしていた夫の扶養家族
として生きていけたが、
新聞社の言論弾圧で縛られると、
自由業の作家の中には
明らかに食べられなくなる恐れはあった。
そうなったら、
私は畑でイモを作って生きようと思っていた。
戦争中にそんな生活を体験したおかげで、
のんきなものであった。」(p147)


そんなわけで、
今日1月4日の産経新聞オピニオンに
連載されていた曽野綾子「透明な歳月の光」
をおもむろに引用して終わりにします。

今日の連載の題は「トランプ氏と台湾総統」
その中頃を引用してみます。

「何十年も前から今日まで、
チャイニーズと呼ばれる人たちは、
中国本土にもおり、台湾にもいて
別の政治的体制と思想を持っていた。
それは、彼ら自身の選択だった。
だから中国は現実として一つではない。
彼らチャイニーズたちが自分で選んだ結果だ、
と私は日付の記憶もないほど昔に、
署名のある小コラムで書いたのだ。
それは東京新聞に連載されるはずの記事だったのだが、
編集部は私の書いた内容を認められない、
と言って記事を引き下ろした。
『一つの中国』を標榜する中国の手前、
そのような意見は載せられないのだという。

私は官僚でもなく、政治家でもない。
小説家は多かれ少なかれ偏った物の見方をする
ものと昔から相場が決まっている。
しかし私が狂人でもなかったと思われるのは、
チャイニーズの人たちはあれから今まで、
その政治的体制を取り続け、事実上
2つの中国を存続させてきたということだ。

あれ以来、私の住む世界に東京新聞はない。
だからほとんど忘れていた事件なのだが、
今になって改めて、トランプ氏と蔡氏の間の
1本の電話から、当時の状況をありありと
思い出させてもらった。」



曽野さんの文を読んで、
岸田衿子さんの詩を思い浮かべたのでした。






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古池の音を聞きに来よ草の庵。

2017-01-03 | 詩歌
本を読んで、内容を忘れる。
再度読もうと思っていても、
そう思ったことも忘れる(笑)。

尾形仂・大岡信「芭蕉の時代」。
この本は、エッソ・スタンダード石油株式会社
広報部発行の『エナジー対話』第十六号によるもの。
それを朝日新聞社が単行本にしたのでした(昭和56年)。

内容が、印象深さのてんこ盛り。
またの機会に、読み返そうと思うのですが、
忘れる前に、鮮やかな印象の場面を引用。


尾形】 ・・・解釈とはその作品に
新しい意味を見出すことなんだと言われると、
それはそうにちがいないと思う反面、
だからどう解釈しようと読者の自由だと
いうことになると、私などはそうかなと
やや首をかしげたくなりますね。
ある時代の、かなり幅の広い文脈をたどれる人の句を、
百八十度ちがう解釈をしてしまっていいものかどうか。
そういう問題にも行きあたりますしね。(p27)

こうして、
「古池や」の句にまつわる時代背景の
話題へと踏み込んでいきます。

尾形】 あそこがひとつの転機ですね。
元禄二年(1689)の『江戸図鑑綱目』などを見ると、
俳諧師たちの住所はだいたい日本橋近辺に集中している。
日本橋近辺は商業の中心地ですから俳諧の旦那衆になる
人たちも多く、そこで俳諧師たちもそのへんに居をかまえ
たということでしょう。

大岡】そこを離れるというのは、かなり異常なことでしょう。

尾形】そうです。異常です。それはひとつには、
日本橋あたりで俳諧師としての看板をかかげて、
不特定多数のお弟子さんがくるのをあてにしないでいいだけの
パトロンがついたということがあったんでしょうね。
最低生活を維持できるだけのお弟子はできたということが、
芭蕉に深川隠栖をふんぎらせた現実的な理由だったと思いますけれども、
その生活の実践のなかから同志的な連衆だけを相手に
何か新しいものをつかみとっていこう、
低俗化した談林の俳風を革新しようということが、
あそこからはじまっていく。(p103)


尾形】 私は『古池や』の句についても・・・

 蓑虫の音を聞きに来よ草の庵

というのとおなじように、この蛙の音を聞きにこいという
誘いがあるのじゃないか。

大岡】 ああ、誘いがね。そこまで読みこむのは、
やっぱり僕なんかにはなかなかできない・・・・。

尾形】 『古池や』の句のあとで門人たちがあつまって
蛙合せの会をひらきますね。ということは、
門人たちが芭蕉の誘いにこたえたのじゃないか。
野球の解説みたいで結果論になりますが、
ただ自分の草庵に遊びにいらっしゃいというだけじゃなくて、
自分の新しい詩境に共鳴して、この句を中心に
新しい俳境をさぐっていこうじゃありませんか
という誘いでもあったと思うのです。(p32)






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迎春。

2017-01-01 | 道しるべ
あけましておめでとうございます。
七時に起きだしました(笑)。

高校の生徒が売りに来てくれた、
鉢植えのシクラメンと、
切り花のユリとが朝日に映えます。

本年もよろしくお願いします。

お客様は神様です。
という格言が思い浮かびました。

神様。
ブログを読んでくださる神々。
そっと、手を合わせてみます。

本年もよろしくお願いいたします。
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理由は単純で。

2016-12-28 | 短文紹介
藤井厳喜著「トランプ革命で復活するアメリカ」(勉誠出版)
を途中まで読んでいるところです。

読むとその場で忘れるのが得意ワザ。
その場で書き残しておくことがなにより。

ということで、一箇所引用。


「日本のメディアが殆どといっていいほど、
『討論会におけるクリントン勝利』を報じたのは、
主にニュースソースがCNNに偏っていたからである。

それでは何故、CNNに偏ってしまったのかといえば、
理由は単純で、CNNだけが日本語の同時通訳をつけて
放送していたからである。つまり、日本人記者の多くは
十分な英語力がないのでCNNの同時通訳に頼り切って
いたのであろう。これが日本の大手マスコミの実態である。
もっとも日本で取材をしている外国人特派員の日本語能力も
誠にお粗末なものである。有楽町には伝統ある外国人特派員
協会があるが、ここに所属している外国人記者で、日本語で
取材活動ができる記者は、果たしてどれだけいるだろうか。
まして日本語の読み書きも自由にできる人間といったら、
殆ど数える程しかいないはずである。大部分の特派員は、
十分な日本語能力がなく、日本人の通訳兼助手に頼り切っている。
悲しいかな、これが実状である。」(p113)


はい。まだ半分しか読んでいない(笑)。
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五分間で

2016-12-25 | 手紙
来年こそは、
日記を書こう(笑)。
といつも思うのでした。

KOKUYOのCampusノートに
weeklyDiary2017というのが
あったので購入。

そのはじまりは2016年12月26日から
来年の一週間前からの始まりになっていました。

「一年の計は、元旦にあり」
というのは、やめて
「一年の計は、今でしょ」。

板坂元氏は「永遠の差がある」といいます。

「『明日の朝から』というのは
場合によっては『今から』とは
十時間足らずの違いなのだが、
現実には永遠の差があるものなのだ。」
(p23「発想の智恵 表現の智恵」)

こうもありました。

「慣れれば人を待つ五分間で
ハガキ一枚くらい書くことができる。」(p16)



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そうこうしているうちに。

2016-12-24 | 道しるべ
板坂元著「発想の智恵表現の智恵」は
新書サイズで、一日一言のような構成。
ご自身の著作から、一行か二行の言葉が、
ご自身の手で選ばれ、解説しています。

今回、読み返していたら、
草仮名の箇所が印象に残りました。

その「草仮名」が出てくる二か所を引用。

「・・学者も同じことで、他人の意見を平気で
自分のもののように誇示したがる手合いがいる。
いつかある女性に『のである』『わけである』の
構文について説明したら、ものの三十分もしないうちに
別のところで『私は、こう考えている』と、
まるで自説のようにひけらかしていた。
この女性は、草仮名も読めないくせに、
読んだような顔をして論文を書いている・・
ゴマスリも達者で、大きな面をしてのさばっている。
江戸言葉でいうと『下衆』の一語に尽きる。」(p179)


はい。ハウツウ本ばかり読んでいた私なので、
さしあたり、「この女性」の後追いしていたようなもの。
そう思う、この頃(笑)。

さてっと、もう一箇所引用。

「私は江戸文学を専攻していたので、
卒論を書くに当たって、まず草仮名を読むことから始めた。
・・・
平均的日本人なら三週間前後で一応の基礎ができるはずだ。
方法は簡単だ。まず、草仮名の表を手に入れる。
これを手掛かりに、江戸時代の板本を読む。・・・
・・・・芭蕉の短冊写真だとか、読みやすいもので
鑑賞にたえるものを取り上げて集中していくことだ。
俳句なり書画なり、何でもよいから字を読むこと以外の
目的を立てて、字を読む練習をしなければ、
上達は途中で止まってしまう。・・・・
実用を離れては上達はしにくい。
草仮名読みも同じことだろう。」(p134~135)


ところで、p164~165に
徒然草からの引用がありましたので、
ついでに、引用。

「『徒然草』の中に、
お坊さんになろうと決心した人の話が出てくる(188段)。
この人は『お坊さんになったら、ほうぼうに招かれるようになる。
そのとき馬に乗れなかったら不便だ』と、まず乗馬の練習をした。
つぎに『法事に招かれたとき、仕事のあとで酒宴に出なければならない。
そのとき歌くらい歌えなくては』と歌の練習に励んだ。
が、そうこうしているうちに年をとってしまい、
仏教の勉強をする時間がなくなってしまった。」
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芭蕉のニセモノ。

2016-12-23 | 道しるべ
板坂元著「発想の智恵表現の智恵」(PHP研究所)
をパラパラとめくってみる。
まず、まえがきに芭蕉の名が登場してる。
うん、おもしろそうなので、
パラパラと芭蕉が登場する箇所を
ピックアップしてみることに。

まずは、こんな箇所。

「かつて私が書いた芭蕉の『おくのほそ道』の文を
ほとんど丸写しにされたことがあった。
また、私の学んだ某大学助教授は他大学の資料を
了解なしに発表して大騒ぎになったこともあった。」

とはじまる文の最後は

「たとえどんな小さい問題でも、既に学会の定説に
なっているもの以外は、いちいち断ってその説を
立てた人の名前を記す必要がある。几帳面な人は
『何月何日の何々との談話による』とか
『某氏の手紙による』などとフットノートを
つけている人もいるが、そういうクセを若いとき
から身につけておくことは非常に大切だ。」(p74)


関連しそうな箇所として

「学界というところは、人の尻にくっついて歩いて、
すぐ自分の著作に取り入れようとする手合いが多い。
『おくのほそ道』の語句の研究をしていたころ、
私が発見すると、すかさず自分の著書に我が物顔に
借用する泥棒猫のような学者がいて、
腹が立ってしかたがない。・・・・
私は面倒くさくなって、調べたことを発表するのを
中止してしまった。カードもちゃんと揃っているし、
多少は新しい説も持っているけれども、自分だけ楽しんで、
他人の著作を見ては『こいつは知らねぇな』とほくそ笑む。
その楽しみは意地悪に違いないのだが・・・」(p154~155)

この本の最後にも芭蕉が登場しておりました。
それも引用しておきます。

「私たちが学生のころ、俳諧を勉強していて、
芭蕉やら蕪村やらの真蹟というものを調べるとき、
先輩から本物ばかりをたくさん見るようにとよくいわれた。
芭蕉の書いたと称されるものは、
おそらく99%はニセモノだろう。・・・
これは書画とかだけの問題でなく・・・
生活万般に言えることだと思う。
読書にしても、すぐれた古典的なものを
繰り返し読むことによって、鑑識眼ができてくる。・・」(p202)

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飽きが来なければ。

2016-12-22 | 道しるべ
そういえば、板坂元氏に「おくのほそ道」
(講談社文庫:板坂元白石悌三校注・現代語訳)が
あったんだと、その現代語訳を読む。
その際、板坂元著「考える技術・書く技術」も
本棚からいっしょに取り出す。

さてっと「考える技術・書く技術」から
この箇所を引用。

「雑学といえば、わたくしが卒論のために俳諧の
資料を集めていた頃、天理図書館の一室で
中村幸彦教授(当時は古義堂文庫主任)から
突然『雑書をたくさん読みなさい』といわれた
ことがある。おそらく、そのころ自分のやっている
主題を、文字通り重箱の隅を楊子(ようじ)で
つっつくようなことしかやっていなかったので、
見かねてそう忠告されたものと思う。
・・・・・・
まったくの好奇心でのぞいた本に興味がわけば、
その本に引用されている文献や、参考文献として
あげられている本を買う、そしてまたその本にある
参考文献から別な本を、というふうにして
連鎖的に拡張して行けばよい。
飽きてきたら、そこで中止するし、
飽きが来なければどんどん深入りする。
そういうふうにして、
あるものは生涯のつれ合いとなったものも
いくつかはある・・・・」
(p61・講談社現代新書)


はい。
「飽きてきたら、そこで中止するし、
飽きが来なければどんどん深入りする。」

うん。これで行きます。

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年賀はがき投函。

2016-12-18 | 地域
毎年年賀はがきは40~50枚。
今年は、はやめに投函できました(笑)。

毎年、本を並べて、
本だけの記念写真。
ということで、
年賀はがきに並んだ本をご紹介。


「絵で読む古典シリーズ 百人一首」(学研)
大岡信「ビジュアル版 百人一首」(世界文化社)
「原色小倉百人一首」(文英堂)

うん。今回は年賀らしい本となりました。

古橋信孝・森朝男「万葉集百歌」(青灯社)
森朝男・古橋信孝「残したい日本語」(青灯社)
宮本常一「絵巻物に見る日本庶民生活誌」
宮本常一「イザベラ・バードの旅」(講談社学術文庫)
桑原博史全訳注「おとぎ草子」(講談社学術文庫)
「女子学生、渡辺京二に会いに行く」(文春文庫)
外山滋比古「乱読のセレンディピティ」(扶桑社)
外山滋比古「乱談のセレンディピティ」(扶桑社)
鈴木棠三編「俳説ことわざ辞典」(東京堂)
伊藤正雄「芭蕉連句全解」(河出書房新社)
NHK100分de名著「司馬遼太郎」磯田道史
日本古典文学全集「御伽草子集」(小学館)
鈴木棠三「今昔いろはカルタ」(錦正社)
別冊太陽「いろはかるた」74年冬

今年は、ブログの更新が
滞りがちでした。
来年は、滞りなく更新できますように。
来年も、よろしくお願いします。

ということで、ブログをご覧の方への
年賀はがきを、いま投函したつもり(笑)。

そういえば、
今日、雑誌Hanada2月新春号届く。
最後に、「編集長から年賀状が届きます」
p333とあります。定期購読者に
編集長から年賀状をお届けするのだそうです。
へ~。新年のお楽しみ(笑)。
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いたずらに市人に向うが如し。

2016-12-15 | 道しるべ
「俳説ことわざ辞典」をパラリとひらくと、
語の説明文に「実語教にあることば」とある。
うん。実語教とはなんぞや。
知らなかったので、
ネット検索すると、
齋藤孝著「子どもと声に出して読みたい実語教」(到知出版社)
が平成25年3月に出版されている。
こりゃ、ありがたいと思いながら、
さっそく取り寄せる。
パラリとひらけば、そこに

習い読むといえども復(ふく)せざれば、
 ただ隣の財(たから)を計(かぞ)うるが如し。


師に会うといえども学ばざれば、
 いたずらに市人(いちびと)に向(むか)うが如し。

齋藤孝氏のこの本の帯には
「日本人の心を育んだ29の教え
 寺子屋教育の原点はここにあった」
とあります。

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加藤達也氏の山本七平賞。

2016-12-11 | 産経新聞
雑誌「Voice」1月号を読む。
第25回山本七平賞の発表が掲載されていた。
受賞作は
加藤達也著「なぜ私は韓国に勝てたか」
特別賞は
三好範英著「ドイツリスク」

せっかくなので
受賞作についての選評から引用。

伊藤元重氏
「隣の国であるはずの韓国であるが、
私たちは驚くほどこの国のことを知らない。
・・政治、教育、文化、社会など、
韓国の中身を理解しないかぎり、
全体としてのあの激しい反日の理論も
理解できないだろう。その意味では、
この本の中で司法の部分が抉り出されたことは
貴重な情報である。」

呉善花氏
「韓国政治社会の実相を知り、
韓国とどう付き合うべきかを
知るための最適書であるとともに、
日韓関係史上大きな意義をもつ書
と評価し受賞作としたい。」

中西輝政氏
「われわれに『ああ、韓国って
こういう国だったのか】ということを
じつに腑に落ちるかたちで理解させてくれる。」

養老孟司氏
「加藤氏の作品は、事実の記録として、
さらに韓国という隣国への理解に
大きく資するという二つの点で、
将来的にも貴重だという評価がなされた。」

渡部昇一氏
「加藤達也氏の『なぜ私は韓国に勝てたか』は
二つの面から戦後画期的な著作であると思う。
第一は韓国という国がまだ近代国家になっていない
ことを、自らの体験を通じて具体的に世界の目に
曝(さら)して見せてくれたことである。
・・・・・
加藤さんの功績の第二は、
戦後は聞くことが稀になった
『日本男児ここにあり』という
意気を示したことであった。
加藤さんは独りで戦い抜いたのだ。
それにはついに世界のマスコミも動き出し、
最後には頑迷な韓国が屈したのだ。
最近、稀な痛快事ではないか。」

Voice1月号には
呉善花(おそんふぁ)氏と加藤達也氏の対談
も掲載されておりました。
対談の最後の加藤氏の言葉も引用しなきゃね。


呉】 ・・・・論理が通用しない国と
付き合ってエネルギーを消耗するのは
得策ではありませんから。

加藤】 その意味で韓国は、あらゆる点で
共同歩調を取ることが難しい政治体制に
変貌してしまいました。
日韓の価値観の共有が困難であることは、
外務省ホームページで公開している
韓国に関する記述からも明らかです。
日本は、国際社会のなかで韓国と協調していける
という甘い願望は捨てなければいけません。
韓国を他に類のない特異な国として、
厳しく接していく必要があります。
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俳論からはいる。

2016-12-04 | 道しるべ
俳諧について読みたいのですが、
遅々として読めない、読まない(笑)。

さてっと、
尾形仂・大岡信「芭蕉の時代」(朝日新聞社)
を読みはじめる。
俳句では、なぜ入り込めなかったのか?
連句になると、なぜ楽しめそうなのか?
その疑問を簡単に解いてくれる箇所が
ありましたので、そこを引用。

「大岡さんが俳論から芭蕉に親しんでいった
という話をされましたが、私もまったくおなじです。
能勢先生も、まず俳論からはいってかまいません
と言っておられました。たしかにそうなんです。
発句や連句の世界に素手で体当りしても、
はじき返されるだけです。
しかし俳論のほうは、作品に対する自解を示して
くれるものだし、心がまえを示してくれるものですから、
なんとか読み解いていくことができる。」(p14)

尾形】 ・・カルチャーセンターみたいなところで
芭蕉の講義をたのまれるときに、
芭蕉の連句をとりあげて話すことがあるのです。
俳諧というのは一句ごとの俳句のことではなくて
実はこれなんだと言って、歌仙をどれかひとつ
とりあげて話しますと、連句を読むのははじめて
という人たちが、みんな非常に感心しますね。
芭蕉たちの言葉の豊かさとその使い方の巧みさに
びっくりしたという感想がかえってきます。

大岡】 結局それは日本語の豊かさの発見であるわけですね。
日本語の豊かさは実はそういうものに最も高度に発揮されて
いるのですから。

尾形】 そうですね。 (p36)


うん。
私が伊藤正雄著「俳諧七部集芭蕉連句全解」(河出書房新社)
を読んだ時の興奮は、けっして私一人だけじゃなくって、
どなたでもたどれる道筋なのだと示してくださっている。
そう、決して細道じゃなくて、連句理解への王道。
はい、私の前にその扉はひらかれた(笑)。
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