ビバさんのさんぽ道

みやこの建物、お庭、お花、あれもこれも見てみたいと欲張りビバさんがでかけます

2016祇園祭宵々山

2016-07-16 02:07:13 | ぶらり都めぐり
青春18春の旅の途中でぴったり筆が止まったままですが、今年も祇園祭の季節になったので、宵々山の方にすっ飛んで行ってまいりました。

新町通りを御池通りから下って行くと、初めのうちは後祭の山鉾が多く、鉾建てもまだで町は静かです。


新町通り蛸薬師上ルにある藤井絞さんの屏風飾りです。
北観音山の模型を真ん中に、両側に屏風が立てられています。







新町通り錦小路下ルの放下鉾の会所に上がりました。




会所の二階から、鉾の上でお囃子が演奏されているのを聞きました。上の方にお囃子の人達の背中が見えます。
この鉾では女人は鉾の上には上がれません。




鉾の天井に飾られる幕が壁に吊り下げられて展示されていました。四年前に新調された綴れ織りで、真ん中の穴が真柱の通るところです。
前に生けられているのは祇園祭の花、ヒオウギです。




見送りの皆川泰蔵作「バクダッド」。




朝鮮の織物。




稚児人形の「三光丸」君、御簾に隠れていますが、きれいなお顔をしていました。




巡行の時はこの冠を頭につけます。




四条通りに出てきて、平岡旗製造さんの屏風飾りは洛中洛外図のよう。




四条西洞院上ルの蟷螂山。
巡行の時には御所車の上のカマキリがからくりで動きます。



蟷螂山の会所飾りは色鮮やか。








四条傘鉾のお囃子の演奏を聞きました。








月鉾。




函谷鉾(かんこぼこ)もお囃子が始まっていました。

この日は秋のようなさわやかで涼しい夜で、蒸し暑いいつもの宵山とは全然違って、楽々と鉾巡りをすることができました。
それでも、四条通りやその近くの室町通り、新町通りはぎっしりの人出で、歩きにくいことは例年の通り。
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2016青春18春の旅(1)福知山駅から篠山口駅へ

2016-05-26 00:13:49 | 遠出(国内)
2016青春18春の旅は4月8日に日帰りで福知山線丹波篠山へ行ってきました。

朝8:05京都駅発、10:09福知山駅着。


福知山駅はJR西日本の山陰本線と福知山線、京都丹後鉄道宮福線の駅も兼ねていて、2000年代に高架化されるとともに駅舎も拡張されました。
福知山線への乗換えに時間があったので、駅の外に出てみました。



南口は市街地には接していなくて、広々としたロータリーにかつて北近畿一帯を走っていたC11形40号の蒸気機関車が、転車台に載せられて展示保存されています。1933(昭和8)年に製造された小型機関車で、1944(昭和19)年~1956(昭和31)年に篠山線を走っていました。
転車台は1936(昭和11)年にここ福知山機関区に設置され、1972(昭和47)年頃まで蒸気機関車の方向転換や、扇形車庫への入出車を行う施設として使われていました。




北口には古くからの市街地が広がっており、商店街の入口が見えました。




駅前の「粉もの屋」で福知山市のご当地B級グルメ「ゴムそば」を食べました。福知山独特の茶色い蒸し麺を使った焼きそばで、歯ごたえが良い事から「ゴムそば」と呼ばれるようになったそうです。ボリュームいっぱいで、早すぎる昼食には食べきれませんでした。




11:07福知山駅発篠山口行きの列車に乗りました。




谷川駅で加古川線と別れ、福知山線をさらに南下し、次の下滝(しもたき)駅ホームには「恐竜化石発見の里。ティタノサウルス類<丹波龍>」と書かれた看板がありました。
2008(平成20)年にこの付近の篠山川川床の篠山層群で恐竜の化石が発見され、丹波竜と名付けられたのです。


2016青春18春の旅(2)に続く。
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2015青春18冬の旅 もくじ

2016-05-21 23:56:34 | 遠出(国内)
2015年12月に行った青春18冬の旅の目次です。

2015青春18冬の旅(1)余部鉄橋
2015青春18冬の旅(2)桃観トンネルと山陰海岸ジオパーク館
2015青春18冬の旅(3)湯村温泉
2015青春18冬の旅(4)夢千代館
2015青春18冬の旅(5)山陰本線から播但線へ
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2015青春18冬の旅(5)山陰本線から播但線へ

2016-05-21 23:42:25 | 遠出(国内)
今回の青春18の旅、帰りの路線はJR浜坂駅から。
朝11:30湯村温泉発の路線バスで11:58に浜坂駅に着きました。


12:07浜坂駅発→13:16豊岡駅着、13:19発→和田山駅に13:50着。ここから播但線に入ります。14:13和田山駅発の普通列車で、次の駅は竹田。天空の城、竹田城が駅のすぐ横の山の上にありました。
しかし、和田山駅で買った駅弁を食べるのに忙しくて、竹田城の写真はありません。




但馬の里和牛弁当。肉が柔らかくって、甘辛でおいしかったー!ですw。
播但線は急勾配の坂を登りきった寺前駅で乗換えて、下り坂を瀬戸内海側に下りて行きます。
竹田駅と寺前駅の間に生野駅があります。近くに生野銀山の跡があるらしいので、またいつか行ってみたいものです。
15:14寺前駅着、15:17発→姫路駅15:57着。



姫路駅16:11発、17:44京都駅着の新快速で帰って来ました。


瀬戸大橋の夕陽。

まだ山陰地方でも雪の降り始める前の時期でしたが、瀬戸内海側に帰ってくると、なぜだか空が明るく感じてしまいました。

あっ、姫路からは山陽本線→東海道本線です。


2015青春18冬の旅はこれで終わります。
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2015青春18冬の旅(4)夢千代館

2016-05-21 00:28:06 | 遠出(国内)

湯村温泉の温泉街を散歩していると、おばあカフェがありました。
寄ってみたかったけれど、パスして、




その近くの「夢千代館」に行きました。

湯村温泉と言うとすぐ思い出されるのは、「夢千代日記」。
1981年にNHKテレビで放映された早坂暁作、吉永小百合主演の連続ドラマで、「続 夢千代日記」「新 夢千代日記」と続き、映画、舞台でも何度も上演されました。
広島での胎内被爆という宿命を背負いながらも、ひたむきに生きている夢千代が毎日綴る日記で、心優しい人々との交流を、山陰の冬景色とともに描いています。

私がまともに見たのは最近になってNHKで再放送された「続 夢千代日記」で、若き日の石坂浩二が印象に残っています。

「湯村温泉博覧館 夢千代館」はこの夢千代日記と、舞台になった昭和20年~30年代の湯村温泉をテーマに、2004年11月に開館した資料館で、建物は旧みなと銀行湯村支店です。








館内に昭和初期の湯の里銀座や煙草屋旅館内部などが再現されています。




芸者の置き屋・はる家の再現。




湯村温泉荒湯の辺りで洗濯をする昔の様子。








吉永さんは原爆詩の朗読など平和のための行動もたくさん行っておられるので、この館でも平和に関する展示があり、核兵器廃絶の願いを込めて鶴を折るコーナーもありました。
鶴はまとめて広島に送られるそうです。




ヒロシマの展示室には原爆ドームの模型もありました。




荒湯近くにあった夢千代の像です。


2015青春18冬の旅(5)に続く。
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2015青春18冬の旅(3)湯村温泉

2016-05-19 01:07:23 | 遠出(国内)
山陰海岸ジオパーク館からJR浜坂駅までは近かったので、歩いて移動。JR浜坂駅で16:30再び「たじまわる5号」に乗り、湯村温泉に着いたのは16:50でした。

冬の夕方なので、辺りはすでに暗くてよく見えませんでしたが、


湯けむりがもうもうとたちのぼり、




有名人の手形が並んでいる通りもありました。




泊まった宿は水産会社直営の料理宿だったので、夕食は新鮮な日本海の魚とカニ。




そして、但馬牛のしゃぶしゃぶを堪能しました。




宿の内湯ももちろん温泉でしたが、翌朝近くの共同浴場、湯村温泉観光交流センター「薬師湯」に入りに行きました。新しく建て替えられ、露天風呂やサウナもある清潔な施設で、入浴料は400円ですが、新温泉町の住民は150円、「湯」地区の住民は無料になっています。

湯村温泉の総源泉数は60、総湧出量は毎分2,300Lと豊富なため、旅館だけでなく「湯」地区の各家庭にも配湯され、さらに余ったお湯は川に流れこんで行っています。
泉質はナトリウム-炭酸水素塩・塩化物・硫酸塩泉。神経痛、筋肉痛、冷え症、五十肩などに効果があり、848(嘉祥元)年に慈覚大師によって発見されたと伝えられている古い温泉です。




湯村温泉がある兵庫県新温泉町は、2005年10月に浜坂町と温泉町が合併して発足した町です。
薬師湯がある地は、元は旧温泉町の役場があった跡です。




春来川の両側に旅館が集まっています。二つの川の合流点あたりの河原が源泉の一つになっていて、「荒湯」という所です。荒湯は源泉温度が98℃で日本一の高温です。




横の祠に慈覚大師円仁の像が祀られています。




その像の下深くの洞穴から高温のお湯を汲み上げて飲むことができます。フーフーさまして飲みましたが、味はあまり感じられませんでした。




慈覚大師像の前に卵や野菜などを茹でることができる湯つぼがありました。




近くのお店で卵(3個150円)を買って、この中に吊り下げます。




10分程してあげて食べると、ほかほかであいしかったです。




川岸に74人が同時に入れるとされる公衆足湯「湯村大根物語ふれ愛の湯」もありましたが、ちょうど清掃の時で、足をつけることができませんでした。

湯村温泉は、山あいの静かで鄙びた温泉街で、ほっこりと心癒される場所でした。


2015青春18冬の旅(4)に続く。
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2015青春18冬の旅(2)桃観トンネルと山陰海岸ジオパーク館

2016-05-05 00:18:22 | 遠出(国内)
「たじまわる5号」で「道の駅あまるべ」を14:30に出て、14:55に「山陰海岸ジオパーク館」に着きました。
その二つのバス停の間は時間は短いですが、餘部と久谷(くたに)の間に桃観(とうかん)峠があります。九十九曲がりの難所で、この険しい峠の地中にJR山陰線の桃観トンネルがあります。このトンネルは山陰線の中で一番長い1991mの長さで、約4年間の年月を費やし、当時の金額で61万円という巨費を投じて1911(明治44)年に竣工しました。
余部鉄橋や桃観トンネルの工事には朝鮮人労働者が集中的に投入されたようで、約200名の労働者がいたと書かれた文章もありました。難工事であるため殉職者や病死した人もおり、その人々の名は桃観トンネル西口近くにある久谷八幡神社の中に『鉄道工事中/職斃病没者/招魂碑』と刻まれた石碑に刻まれ、20名の日本人名と7名の朝鮮人名も見られます。

余部鉄橋のある所は兵庫県香美町、桃観峠を越えて久谷駅と次の浜坂駅は兵庫県新温泉町です。
新温泉町は2005年10月1日に浜坂町と温泉町が合併して発足しました。



山陰海岸ジオパーク館です。

ジオパークとは、科学的に見て特別に重要で貴重な、あるいは美しい地質遺産を含む一種の自然公園で、山陰海岸ジオパークは山陰海岸国立公園を中心とする、京都府京丹後市の東端から鳥取県鳥取市の西端までが、対象エリアとなっています。
この館では、ジオラマやパネル、岩石標本などで、日本海形成から現在に至る多様な地質や地形をわかりやすく展示しています。




館のすぐ前には海が広がっていました。



近くの水産品お土産屋さんには、獲れたてのカニがいっぱいでした。


2015青春18冬の旅(3)に続く。
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2015青春18冬の旅(1)余部鉄橋

2016-05-01 20:01:54 | 遠出(国内)
既に去年の話になっていて、恐縮です。

2015年最後の青春18の旅で、12月に1泊で但馬地方に行ってきました。
朝「8時ちょうどの~♪」(どうしても、このフレーズを口ずさんでしまう世代です)山陰線で京都を発ち→福知山に10:09着、10:11発→城崎温泉駅に11:33着、11:56発→12:30香住駅に着きました。



香住駅前から12:35発の観光周遊バス「たじまわる」に乗りました。4月~12月の土日祝日に全但バスが運行しているバスで、500円で一日乗り降り自由のバスです。コースは7種類ありますが、季節によってコースが違っていて、12月はたじまわる5号だけが走っていました。そのコースは、JR香住駅-道の駅あまるべ-山陰海岸ジオパーク館-JR浜坂駅-湯村温泉-但馬牧場公園-湯村温泉 の間を一日に上下各5本ずつ走っています。
バスガイドさんが沿線の説明をしてくれて、途中観光しながら何回もバスを乗り降りして、結構長い距離も乗れて、しかも、チケットを見せるとおみやげや施設での割引も受けることができて、お得で便利な周遊バスでした。


先ず、香住駅の次の「道の駅あまるべ」まで行きました。12:50着。


「道の駅あまるべ」はあのJR山陰線の余部鉄橋の下にあります。




今はコンクリートの鉄道橋になっていますが、その前の鉄橋から列車が強風で飛ばされて落ちた事件は忘れることができない大事件でした。
1986(昭和61)年12月28日午後1時25分頃、鉄橋を通過中の香住発浜坂行き回送列車が日本海からの突風にあおられ、機関車と客車の台車の一部を残して7両が転落、真下にあった水産加工場や民家を直撃し、車掌1名と加工場の従業員5名の計6名が死亡、6名が重症を負いました。
橋の下の工場があった場所に観音像が祀られ、慰霊の場となっていました。

事故当日は日本海から最大風速25mを越す強風が吹きつけていました。事故の後、国鉄は風速20mを超すと列車を止めることにし、度々列車が通過できない事態になっていたため、ついに2010(平成22)年から新しくアクリル製の暴風壁を備えたコンクリート製の橋梁に付け替えられました。




それまでの鉄製の橋脚は11本のうち3本だけが残され、展望施設「空の駅」として活用されています。








取り外された橋の一部が道の駅の近くに展示されていました。




道の駅のある橋の下から急な坂道を登って「空の駅」に向かっていくと、民家の向こうに日本海と断崖の見事な風景が広がって見えてきました。
この日は晴れた穏やかなお天気でしたが、冬には荒れた風雪の毎日が続くことでしょう。




ここが元の鉄橋の上に当たる「空の駅」です。横が現在使われているJRの線路で、ちょうど通過する列車が橋を渡ってきました。




橋のすぐ西側に餘部駅があります。


「道の駅あまるべ」には、余部橋梁の昔から今までの歴史や構造などの解説が展示され、鉄橋関係のお土産も売られていました。
元の橋は1912(明治45)年に完成し、日本海からの潮風が吹きつける中も橋梁守の人々の努力で保守されてきました。橋の長さは310.59m、高さは41.45mでした。
始めは餘部には駅がなく、隣の鎧駅まで鉄橋の上を歩いて、トンネルを抜けて行かねばなりませんでしたが、1959(昭和34)年に住民の長いがかなってやっと餘部駅が誕生したそうです。

橋の上を列車で通ったことはあったけれど、元の橋を外からじっくり見たことがありませんでした。架け替えられる前の雄姿を見ておくべきだったなあ。


「道の駅あまるべ」でお昼を食べ、14:30に再び「たじまわる5号」に乗って次に進みました。

2015青春18冬の旅(2)に続く。
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高野川に無駄な橋を作らないで

2016-04-28 01:14:35 | 松ヶ崎村風土記
京都会館の建て替えから始まって、下鴨神社境内のマンション問題、二条城の大型駐車場問題、学校跡地の利用問題、立本寺境内の公園がなくされようとしている問題等々、住民の声を聞こうとしない京都市の姿勢が露わになってきています。

左京区でも京都市が高野川に無理矢理不要な橋をかけようとしている問題が起こっています。



高野川を北大路通りに架かる高野橋から遡っていくと、松ヶ崎小竹藪町と高野泉町を結ぶ人道橋(写真手前)があり、その北に自動車も渡れる馬橋(写真奥)があります。この間は約100mしかないのに、この中間に新たに大きな自動車橋を架けようとしているのです。




松ヶ崎小竹藪町側の橋が架けられる予定の道路は道幅が狭いので、接する住宅の敷地を召し上げて、道を広げようとしています。




その先に左京区役所があるので、そこに行くのに便利にするためという口実ですが、敷地を削られたり、駐車場がなくなったりする住民にとっては大問題です。




高野川を挟んで東側には、




川端通りに直交して北泉通りがありますが、こちらは道幅が広いので道路を広げる必要はありませんが、橋ができると交通量が増える、町が分断される等の問題があります。




高野川東岸には出町柳から上高野の三宅橋あたりまで、美しい桜並木が続き、春には見事な眺めを作っていますが、この橋を架ける位置に生えている桜の木は工事が始まると切り取られることが予想されます。
住民の人達が3月末と4月初めの2回にわたって、桜の木を切らないで、とスタンディング・アピールをしていました。

ここに橋を架ける話は昭和2年に決められたもので、長い間放置されていたのに今になって強行されようとしています。
2011年に左京区役所が不便な土地に移されたので、アクセスが不便という声がありますが、ここに橋をつけても自動車に乗る人のメリットになるだけで、自動車なら北大路通り高木町まわりか北山通りまわりで簡単に行くことができます。それよりも、区役所に行くバス路線を区役所直近に路線変更し、便数を多くすることが望まれます。
9億5千万円の税金を使って新しい橋を架けるよりも、老朽化した多くの橋を修理する方が先でしょう。


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昭和レトロタイル展

2016-04-24 01:36:50 | ぶらり都めぐり

左京区一乗寺にあるユニークな本屋さん、惠文社。





こちらのギャラリーで4月19日~25日18:00「昭和レトロタイル 本と博物館の予告編展」が開かれています。
主に昭和30年代に岐阜県多治見市笠原町で作られたモザイクタイルが展示されています。モザイクタイルが使われている銭湯や各地の町並みを紹介する本を出版する予定の加藤郁美さんと、6月に開館する予定の「多治見市モザイクタイルミュージアム」(設計:藤森照信さん)の予告展示会です。
モザイクタイルとは、タイル1辺のサイズが5cm以下の小型磁器質のタイルの事です。

我が家のお風呂で、台所で、洗面所で、街角のたばこ屋さんで、お風呂屋さんのタイル画で、モザイクタイルはよく見かけたものです。懐かしいタイルの数々を見ていると、昔は何も思わなかったタイルがとてもかわいく見えてきます。




23日夜7時から加藤郁美さんと銭湯探訪の本を書いている林宏樹さんのスライドとトークがあったので、聞きに行ってきました。

山内逸三、池田泰山、淡陶社などいろいろお勉強になりました。ただ、展示がタイルの現物と写真パネルだけで、説明がほとんどなかったので、モザイクタイルの製造方法、施工方法など、素人にとっては不明なことだらけで、詳しく知るにはやはり多治見の博物館に行かねばならないということでしょうか。




銭湯や街角のタイルの画像はいっぱい見せてもらって満足。




最もアートなタイルとしては、大阪の綿業会館の壁面を飾る窯変タイルがあります。




おおっ!これは2010年に廃業した白川温泉の脱衣場にあったマジョリカタイルではありませんか!
建物が壊されて、今ではマンションが建っているので、あのタイルはどうなったかと気にかかっていたのですが、こんなところで再会できようとは思いませんでした。




モザイクタイルを山盛りの箱の中からコップ一杯に入れられるだけ拾って329円、という「潮干狩り」に挑戦して、これだけ連れて帰りました。
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カトリック高野教会

2016-04-12 22:53:50 | たてもの
高野橋西詰の北大路通り南側にカトリック高野教会があります。











西側から見たところ。




北側にきゃしゃな小塔があり、




東側に入口があります。




門の横に番小屋?があり、




庭にマリア像。




その奥に司祭館もあります。




信者でもないので、聖堂の中に入るのは憚られて、ちらっとだけ中を覗いて見ました。


この教会は、1938(昭和13)年にメリノール宣教会によって創立され、1940(昭和15)年に聖堂が建立されました。

近くにこんなに素敵な建物があるのをすっかり見逃していました。
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京都盆栽展

2016-04-03 22:05:21 | ぶらり都めぐり
もう一つの目的は、


4月1日(金)~4日(月)植物園会館で開かれている「第37回京都盆栽展」。









「盆栽講習会」もあり、松の芽摘み、植え替えなどを実演を交えながら教えてもらいました。

あれも、これもで充実した一日でした。



ついでに、


松ヶ崎疎水の桜も今が見頃です。
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京都さくらよさこい2016

2016-04-03 22:03:00 | ぶらり都めぐり

京都府立植物園に行きました。園内の桜が満開でした。




今日の目的の第一は、「京都さくらよさこい2016」。
4月2日(土)3日(日)の2日間京都市内のあちらこちらで「よさこい」が踊られています。




園内のくすのき並木で踊りの列が進んでいました。












中央広場にも舞台があり、たくさんのグループが次々と踊りを披露していました。





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宝ヶ池通りの懐かしい喫茶店

2016-04-03 22:00:19 | ぶらり都めぐり
国立京都国際会館に行ったついでに、昔なつかしいコーヒーレストランに行ってみました。






地下鉄国際会館駅から西へ100m程、山小屋風の外観。
店内入った所に大きな暖炉があって、薪が積み上げられているのが特徴です。冬には実際に薪を燃やして暖房しているそうです。




メニューが豊富です。




広い敷地にゆったりと建物が建てられ、中庭に大きなケヤキ(多分)の木が聳えています。
駐車場が広いので、宝ヶ池通りをドライブしてここでお茶を飲むというのが、その昔の若者のステイタスであった時代もありました。
お店は今も盛況のようで、広い店内が満席でした。
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国立京都国際会館

2016-04-03 01:13:38 | たてもの
3月29日(火)と30日(水)に京都国際会議場の一般公開があったので、見学に行って来ました。


「国立京都国際会館創立50周年記念<桜・さくらスペシャルデイズ2016>~春の庭園特別開放ライトアップ~」となっていますが、建物の中も1階は自由に見ることができました。
建物の外観はこれまでもよく見てきましたが、中をじっくり見られるのは滅多にない機会です。




エントランス。
しかし、自転車を停める場所が近くになく、だいぶ離れた地下鉄駅近くの駐車場で150円出して停めるしかなかったのには、弱りました。




長い導入回廊の天井が高く、両側から覆いかぶさる屋根状のトップが明かりとりになっているのもユニークです。




柱や壁が交差して組み立てられていて、欄干状の手摺りに日本風の趣が込められています。




メインホール(大会議室)の正面。
国内唯一の国連方式国際会議場。4階まで吹き抜けの高い天井、舞台背面のオブジェは20種類のアルミ鋳物で照明演出に役立ち、天井にある銀天板は「大空の下で人は集い、話し合う」をコンセプトにして、雲と星と空のイメージを表わしています。
1997年にCOP3京都会議の会場となり、京都議定書が採択されたのがここです。




メインホールの後部は高く登り階段になっていて、全部で2000人を収容できるようになっています。




建物中央から庭園に出て行けるように開かれた入口があり、南面に大きな人工の池と回遊式庭園が広がっています。





池を越えて振り返ると、建物が大きな船が池に浮かんでいるように見えます。








建物があまりに大きくてなかなか一画面に収まりません。




1964(昭和39)年1月24日に工事を開始、1966(昭和41)年3月20日に全ての工事が完成し、5月21日に開館しました。設計は大谷幸夫氏。




インテリア・デザインは 剣持勇氏です。




池の東方に桜がたくさん植えられている丘があり、この期間夜はライトアップされていますが、この日は桜はまだあまり開いていませんでした。








敷地の西南隅にあるお茶室「宝松庵」。
時々お茶会が催されているようです。




人工池と展望台の先、国際会館の敷地の外には江戸時代からある宝ヶ池が広がっています。
この池は農業灌漑用に造られたものですが、今では一周道路で散歩やジョギングで楽しむ人達がたくさんいます。
国際会議がある時や、夏の夜には時々、花火が打ち上げられ、この池の周辺で鑑賞することもできます。
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