ビバさんのさんぽ道

みやこの建物、お庭、お花、あれもこれも見てみたいと欲張りビバさんがでかけます

ロームシアター京都会館をウォッチング

2016-09-21 01:24:57 | 京都会館が壊される
西本智実指揮の演奏会を聴きに行くついでに、改築されてロームシアター京都と変名されてしまった京都会館の中をウォッチングしてきました。

先ず、外観のウォッチングは4月桜の咲く頃に行ったものです。


南面の二条通り側から見た外観は一見元の建物の様相とあまり変わりがありません。




正面入口も変わらず。




東側から見ると、一階は民営書店とカフェが道に張り出してオープンカフェにし、二階はレストランがテラス席まで出していて、元の会議室が無くなってしまいました。




正面入口東側の書店への入口部分。




中庭から東山を見通した景観。左に見えるのは京都市美術館別館。東側にあった公園の樹木がたくさん切られてスカスカになってしまいました。


ここまでのところはまだ元の建物の風情が残されていますが、


この第一ホール上に積み上がられた塔の景観だけはなんともいただけません。
横のラインで構成されていた京都会館の外観はすっかり傷つけられてしまいました。




全然異物の感じがする四角い箱を乗せただけ。せめてもっと目立たない色にできなかったのでしょうか。




中庭からの眺め。


昔の姿はこちらです。



さて、いよいよ中に入って見ると、


一階入ったところにあったロビーホールは半分以下に減らされてこんな狭い通路になってしまいました。
画面奥の冷泉通り方面にも出口ができて通り抜けができるようになったのはいいのですが、鑑賞の前後に聴衆がたむろして交流したり余韻にふける場所はなくなってしまいました。




二階ロビーに機械式改札口があって、ここから奥がメインホールの有料エリアとなっています。




ここのロビーも狭いです。




メインホールの中は、一階は後方から前方に向かって段を降りて行って席につくようになっていて、両サイドの入口がないので、階段の上がり降りで大変、しかもトイレは一方の側にしかついていないので、行って帰ってくるまでには相当の距離を歩かねばなりません。




後部座席は2階から4階まであり、それぞれ急な階段で積み上げられていて、見上げ見下ろすと断崖絶壁のようで、恐ろしくなります。
あの高い塔屋はこの観客席を作るためのタワーだったのでしょうか。




舞台は本格的オペラができるようにするとかいうのが建て替えの口実でしたが、とてもそんな風には見えませんでした。この日は合唱の人が大勢舞台に上がるので、前から5列目までの客席をつぶして舞台を延長していましたが、それでも狭い感じを受けました。

ル・コルビュジエの弟子前川國男が建てたモダニズム建築の傑作・京都会館、こんなにいじられた上に、変な名前まで付けられてしまって、残念無念というしかありません。文化都市京都の名前が泣いています。

せめてもの慰めは、塔以外の部分の外観がほぼ守られたことで、建物の保存を求める声を合わせて訴え続けてきた成果でしょう。
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ヴェルディのレクイエムを聴く

2016-09-20 00:53:11 | 西本智実
       

7月17日(日)京都会館(ロームシアター京都)でヴェルディ「レクイエム」を聴きました。

プログラム:ヴェルディ 歌劇「運命の力」序曲
      ヴェルディ「レクイエム」

指揮:西本智実 
演奏:京都市交響楽団 
<ソプラノ>石橋栄実<メゾ・ソプラノ>福原寿美枝<テノール>小餅谷哲男<バス・バリトン>三原剛
合唱はこの演奏会のために結成された約280名の市民参加による合唱団が行いました。

15:00の開演から最後まで休憩時間無しの演奏でした。

ロームシアター京都のオープニング記念事業の一つで、 京都ミューズ(旧京都労音)の例会です。
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よさこい祭り2016

2016-09-11 01:31:32 | 土佐の国
本場高知のよさこい祭りは毎年8月9日前夜祭と花火大会、10日・11日本番(主に高知県内の団体が踊ります)、12日全国大会(本祭で選ばれた優秀チームと県外からのチームが踊ります)が開催されます。

今年はちょうどこの期間に高知に行ったので、たっぷり見ることができました。


先ずは、「ひろめ市場」で腹ごしらえ。たくさんのお店が取り囲む広場の中のテーブルで食べたり飲んだりするのですが、祭りの真っ最中とあって席を取るのが一苦労でした。



藁焼きカツオのたたきは長い行列ができていたので諦めて、クジラの串カツ、ウツボのから揚げ、イワシの稚魚のドロメ、カツオ丼を食べました。




30度を超える暑さの中でしたが、アーケード商店街の冷房の効いたお店の前で見たので、なんとか大丈夫でした。
アーケードの中なので、地方車の大音響がさらに増幅して、お腹の底にズンズン響きました。




しかし、踊る人達は元気いっぱいです。
高知市内16ヶ所の競演場・演舞場があり、各チームが順番に会場をまわって踊っていきます。








ベリーダンス風のもありました。


今年のよさこいは約200団体、1万8000人の踊り子が踊ったそうで、高知県のどこにこんなにたくさんの若者がいたのだろうかと思うくらい、毎年この4日間だけ高知の街に元気な若者があふれ出てきます。
こちらは見るだけですが、少し元気をもらって帰りました。
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糺の森の古本市

2016-08-16 16:34:21 | 下鴨神社にマンションが建つ!?
最終日にやっと行きました、下鴨神社境内の納涼古本市。4時に終わりました。この森をマンション建設で壊さないでほしいです。
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2016青春18春の旅 もくじ

2016-08-09 23:39:57 | 遠出(国内)
2016年4月に行った青春18春の旅の目次です。

2016青春18春の旅(1)福知山駅から篠山口駅へ
2016青春18春の旅(2)丹波篠山大正ロマン館
2016青春18春の旅(3)丹波篠山城
2016青春18春の旅(4)河原町妻入商家群
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2016青春18春の旅(4)河原町妻入商家群

2016-08-09 02:38:55 | 遠出(国内)
丹波篠山城下町で武家屋敷街の外側に商家の集まる街並みが残っています。






東西約700mの通りに商家や土蔵が建ち並び、国の重要伝統的建造物保存地区になっています。











間口狭く、奥行きが深い妻入りの家が多いのが特徴となっています。








骨董品や和雑貨を売るお店です。








変わったうだつのあるお家。




丹波焼の美術館、丹波古陶館に入りました。




古丹波コレクション312点を始め、約700年間に作られた陶器を展示しています。
入館料500円。月曜日休館。



曳山の収蔵庫もありました。





木彫りの看板。




これも木彫り。






古い商家でカフェを営業しているところで休憩しました。




おや、篠山よさこいもあるんだ。




河原町商家群の入口(トップの写真)にある小さな広場に「園篠線発祥の地」という碑がありました。
園篠線(えんじょうせん)はかつて篠山盆地を中心に運行されていたバス路線で、山陰本線園部と福知山線篠山(後の篠山口)を結び、1934(昭和9)年から、省営バス、国鉄バス、JRバスと名前を変えながら地元の足となっていました。鉄道敷設の計画もあり、一部開通していましたが、2002(平成14)年にJRバスも廃線となり、代わりに二つの民間バス会社による乗り継ぎ運行が行われています。この地は元の「本篠山」停留所の跡です。
 


「本篠山」から再びバスに乗って、篠山口駅まで帰り、


16:08篠山口発の福知山線で農村地帯から都市部に入り、17:09尼崎着、17:23尼崎発の敦賀行き新快速で17:59に京都に帰り着きました。

2016青春18春の旅の終わりです。


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2016青春18春の旅(3)丹波篠山城

2016-08-05 23:17:47 | 遠出(国内)
さあ、いよいよ丹波篠山城です。


お城の手前の駐車場には昔の武家屋敷の門が残っていました。




お堀の向こうに篠山市役所があります。




お城の入口。




桜が満開の時期で、あちこちでお花見の弁当を広げる人々で賑わっていました。



篠山城は篠山盆地の中央部、笹山とよばれる小丘陵に築かれた平山城です。
1609(慶長14)年に徳川家康が大坂の豊臣氏をはじめとする西国諸大名のおさえとするのを目的として築城を命じ、藤堂高虎が縄張りを担当し、池田輝政が普請総奉行を務め、15か国20の大名の助役、天下普請によりわずか6か月で完成しました。以来、松井松平家一代、藤井松平家二代、形原松平家五代、青山家六代の居城を経て明治を迎えました。明治以降取り壊しから免れた大書院が篠山尋常小学校、多紀郡公会堂として利用されてきましたが、1944(昭和19)年1月6日に失火により焼失してしまいました。戦後、城周辺は公園として整備がすすめられ、2000(平成12)年に二の丸大書院が復元されました。


図でお城の上側と左側に武家屋敷街が残り、下に伸びている地域には伝統的商家群の町並みが残っています。







お城の大書院に入って行きました。
入館料400円。



まだ畳の香りも真新しい大広間、狩野派絵師が描いた障壁画で飾られた上段の間です。




特殊紙製の鎧甲冑。着付体験もできます。




大書院を出て、南側から振り返って見たところ。




井戸がありました。




二の丸を通り抜けて、石垣を下り、



反対側のお堀を渡って、




石垣の向こうにあるのは篠山市立篠山小学校です。元は大書院にあった小学校が1910(明治43)年に三の丸東の地に移転したもので、木造の風格ある校舎群が今なお残っています。




堀の向こう側、武家屋敷街が残っている辺りには桜の木がたくさん植えられています。




江戸時代禄高170石だった小南家の長屋門で、奥に主屋も残っています。門は東部分は中間部屋、西部分は馬屋として使われていました。
2005(平成17)年に老朽化のため、解体復元修復されました。


2016青春18春の旅(4)に続く。
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2016青春18春の旅(2)丹波篠山大正ロマン館

2016-08-05 02:03:29 | たてもの
ものすごく間が抜けてしまったけれど(大汗)、春に丹波篠山へ行った旅の続きです。(2016青春18春の旅(1)よりの続き。)

JR篠山口駅に着いたのは、福知山駅から約1時間後の12:10。
しかし、丹波篠山の街は篠山口駅からはかなり離れています。駅から神姫グリーンバス篠山営業所行きに乗り、田園地帯を過ぎて15分程すると、篠山の城下町らしい古い町並みに入って来ました。









「二階町」バス停で降りると、お土産屋さんや食べ物屋さんが並ぶ中に、


大きなイノシシの頭が屋上からにょっきり出ているビルがありました。
そうか、丹波篠山の名物はぼたん鍋だったんだ。ぼたん鍋屋さんが何軒もありました。



そこから篠山城の方に歩いて行く途中に、レトロな建物がありました。


「大正ロマン館」(旧篠山町役場)です。




1922(大正11)年に建てられた木造平屋建、寄棟、下見板張り、L字型の建物で、L字の角部分に玄関を設けているのが特徴的です。1992(平成4)年まで篠山町役場として使われ、現在は観光施設「大正ロマン館」として利用されています。







中にレストランとお土産品売り場がありました。


2016青春18春の旅(3)に続く。
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2016祇園祭後祭宵々山

2016-07-31 02:39:13 | ぶらり都めぐり
今年は後祭も当日見に行けなかったので、宵々山で会所や屏風祭を巡ってきました。


三条通り室町西入ルにある休み山の鷹山でも大勢の人達がお囃子を演奏していて、山再興の意気込みが感じられました。
左側に並ぶ鉦の演奏をしているのは、小中学生くらいの若い人達ばかりで、将来が楽しみです。




新町通り三条下ルの八幡山。




八幡山の会所。




左甚五郎作と言われる鳩の木像(右側の一対)。




尾形光琳の百花図屏風。八幡山保存会の所蔵品ですが、町内の奥井商店の玄関に飾らせてもらっています。
落款によれば天明二年(1782)、円山応挙が人の求めに応じて尾形光琳の屏風絵を写したものだそうです。




(有)千梅の屏風も八幡山の所蔵品です。





大日(おおくさ)家ではいつもお琴が飾られています。




新町通り六角下ルの北観音山。




野田家(新町通り六角下ル)の源平合戦図屏風。右は「鵯越の坂落し」、左は「屋島の戦い」。




吉田家。
ヒオウギの生け花も豪勢です。




藤井絞さんは前祭の宵山でも見せていただいた屏風飾りを後祭でもご披露下さって、太っ腹。




新町通り蛸薬師下ルの南観音山。




蛸薬師通りを東に入って、橋弁慶山。




橋弁慶山の会所一階には五条の橋があり、



二階には弁慶と牛若丸が飾られています。




室町通り山本仁商店の「曽我物語図屏風」。右は富士巻狩、左は夜討の図。




室町通り蛸薬師上ルの鯉山。
ここの会所にもベルギー製タペストリー等お宝が溢れていますが、今年はパスして、




四条通りを越えて新町通りを南下、一昨年から再興された大船鉾。船の舳先を飾る龍頭が今年新調されました。








鉾の周りを囲む柵に「埒(らち)の中は入らないでください」と書いてありました。ふーーん、「埒」ってこれのことなんだ。「埒」とは本来は囲いや仕切りのことで、「埒があかない」とは、囲いが開けられなくて物事が進まないことなんだって。一つ賢くなりました。

前祭の宵々山と違って、後祭では夜店もなく、歩行者天国もなく、人出も多くなくて歩きやすく、それに今年は夜になると涼しさが増して、汗をかくこともなく、のんびりたっぷりと宵々山の情緒を味わうことができました。


本日7月31日、八坂神社境内の疫神社夏越祭(なごしさい)で、祇園祭の1ヶ月にわたる全ての行事がおしまいとなります。

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2016祇園祭前祭宵々山

2016-07-16 02:07:13 | ぶらり都めぐり
青春18春の旅の途中でぴったり筆が止まったままですが、今年も祇園祭の季節になったので、宵々山の方にすっ飛んで行ってまいりました。

新町通りを御池通りから下って行くと、初めのうちは後祭の山鉾が多く、鉾建てもまだで町は静かです。


新町通り蛸薬師上ルにある藤井絞さんの屏風飾りです。
北観音山のミニチュアを真ん中に、両側に屏風が立てられています。
左の屏風は、作者不明「浜松に鶴の図」。その奥は、三宅鳳白(ほうはく)絵「壬生狂言図」。




右の屏風は、「四季花鳥図」。



新町通り錦小路下ルの放下鉾の会所に上がりました。




会所の二階から、鉾の上でお囃子が演奏されているのを聞きました。上の方にお囃子の人達の背中が見えます。
この鉾では女人は鉾の上には上がれません。




鉾の天井に飾られる幕が壁に吊り下げられて展示されていました。四年前に新調された綴れ織りで、真ん中の穴が真柱の通るところです。
前に生けられているのは祇園祭の花、ヒオウギです。




見送りの皆川泰蔵作「バクダッド」。




朝鮮の織物。




稚児人形の「三光丸」君、御簾に隠れていますが、きれいなお顔をしていました。




巡行の時はこの冠を頭につけます。




四条通りに出てきて、平岡旗製造さんの屏風飾りは洛中洛外図のよう。




四条西洞院上ルの蟷螂山。
巡行の時には御所車の上のカマキリがからくりで動きます。



蟷螂山の会所飾りは色鮮やか。








四条傘鉾のお囃子の演奏を聞きました。








月鉾。




函谷鉾(かんこぼこ)もお囃子が始まっていました。

この日は秋のようなさわやかで涼しい夜で、蒸し暑いいつもの宵山とは全然違って、楽々と鉾巡りをすることができました。
それでも、四条通りやその近くの室町通り、新町通りはぎっしりの人出で、歩きにくいことは例年の通り。
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2016青春18春の旅(1)福知山駅から篠山口駅へ

2016-05-26 00:13:49 | 遠出(国内)
2016青春18春の旅は4月8日に日帰りで福知山線丹波篠山へ行ってきました。

朝8:05京都駅発、10:09福知山駅着。


福知山駅はJR西日本の山陰本線と福知山線、京都丹後鉄道宮福線の駅も兼ねていて、2000年代に高架化されるとともに駅舎も拡張されました。
福知山線への乗換えに時間があったので、駅の外に出てみました。



南口は市街地には接していなくて、広々としたロータリーにかつて北近畿一帯を走っていたC11形40号の蒸気機関車が、転車台に載せられて展示保存されています。1933(昭和8)年に製造された小型機関車で、1944(昭和19)年~1956(昭和31)年に篠山線を走っていました。
転車台は1936(昭和11)年にここ福知山機関区に設置され、1972(昭和47)年頃まで蒸気機関車の方向転換や、扇形車庫への入出車を行う施設として使われていました。




北口には古くからの市街地が広がっており、商店街の入口が見えました。




駅前の「粉もの屋」で福知山市のご当地B級グルメ「ゴムそば」を食べました。福知山独特の茶色い蒸し麺を使った焼きそばで、歯ごたえが良い事から「ゴムそば」と呼ばれるようになったそうです。ボリュームいっぱいで、早すぎる昼食には食べきれませんでした。




11:07福知山駅発篠山口行きの列車に乗りました。




谷川駅で加古川線と別れ、福知山線をさらに南下し、次の下滝(しもたき)駅ホームには「恐竜化石発見の里。ティタノサウルス類<丹波龍>」と書かれた看板がありました。
2008(平成20)年にこの付近の篠山川川床の篠山層群で恐竜の化石が発見され、丹波竜と名付けられたのです。


2016青春18春の旅(2)に続く。
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2015青春18冬の旅 もくじ

2016-05-21 23:56:34 | 遠出(国内)
2015年12月に行った青春18冬の旅の目次です。

2015青春18冬の旅(1)余部鉄橋
2015青春18冬の旅(2)桃観トンネルと山陰海岸ジオパーク館
2015青春18冬の旅(3)湯村温泉
2015青春18冬の旅(4)夢千代館
2015青春18冬の旅(5)山陰本線から播但線へ
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2015青春18冬の旅(5)山陰本線から播但線へ

2016-05-21 23:42:25 | 遠出(国内)
今回の青春18の旅、帰りの路線はJR浜坂駅から。
朝11:30湯村温泉発の路線バスで11:58に浜坂駅に着きました。


12:07浜坂駅発→13:16豊岡駅着、13:19発→和田山駅に13:50着。ここから播但線に入ります。14:13和田山駅発の普通列車で、次の駅は竹田。天空の城、竹田城が駅のすぐ横の山の上にありました。
しかし、和田山駅で買った駅弁を食べるのに忙しくて、竹田城の写真はありません。




但馬の里和牛弁当。肉が柔らかくって、甘辛でおいしかったー!ですw。
播但線は急勾配の坂を登りきった寺前駅で乗換えて、下り坂を瀬戸内海側に下りて行きます。
竹田駅と寺前駅の間に生野駅があります。近くに生野銀山の跡があるらしいので、またいつか行ってみたいものです。
15:14寺前駅着、15:17発→姫路駅15:57着。



姫路駅16:11発、17:44京都駅着の新快速で帰って来ました。


瀬戸大橋の夕陽。

まだ山陰地方でも雪の降り始める前の時期でしたが、瀬戸内海側に帰ってくると、なぜだか空が明るく感じてしまいました。

あっ、姫路からは山陽本線→東海道本線です。


2015青春18冬の旅はこれで終わります。
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2015青春18冬の旅(4)夢千代館

2016-05-21 00:28:06 | 遠出(国内)

湯村温泉の温泉街を散歩していると、おばあカフェがありました。
寄ってみたかったけれど、パスして、




その近くの「夢千代館」に行きました。

湯村温泉と言うとすぐ思い出されるのは、「夢千代日記」。
1981年にNHKテレビで放映された早坂暁作、吉永小百合主演の連続ドラマで、「続 夢千代日記」「新 夢千代日記」と続き、映画、舞台でも何度も上演されました。
広島での胎内被爆という宿命を背負いながらも、ひたむきに生きている夢千代が毎日綴る日記で、心優しい人々との交流を、山陰の冬景色とともに描いています。

私がまともに見たのは最近になってNHKで再放送された「続 夢千代日記」で、若き日の石坂浩二が印象に残っています。

「湯村温泉博覧館 夢千代館」はこの夢千代日記と、舞台になった昭和20年~30年代の湯村温泉をテーマに、2004年11月に開館した資料館で、建物は旧みなと銀行湯村支店です。








館内に昭和初期の湯の里銀座や煙草屋旅館内部などが再現されています。




芸者の置き屋・はる家の再現。




湯村温泉荒湯の辺りで洗濯をする昔の様子。








吉永さんは原爆詩の朗読など平和のための行動もたくさん行っておられるので、この館でも平和に関する展示があり、核兵器廃絶の願いを込めて鶴を折るコーナーもありました。
鶴はまとめて広島に送られるそうです。




ヒロシマの展示室には原爆ドームの模型もありました。




荒湯近くにあった夢千代の像です。


2015青春18冬の旅(5)に続く。
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2015青春18冬の旅(3)湯村温泉

2016-05-19 01:07:23 | 遠出(国内)
山陰海岸ジオパーク館からJR浜坂駅までは近かったので、歩いて移動。JR浜坂駅で16:30再び「たじまわる5号」に乗り、湯村温泉に着いたのは16:50でした。

冬の夕方なので、辺りはすでに暗くてよく見えませんでしたが、


湯けむりがもうもうとたちのぼり、




有名人の手形が並んでいる通りもありました。




泊まった宿は水産会社直営の料理宿だったので、夕食は新鮮な日本海の魚とカニ。




そして、但馬牛のしゃぶしゃぶを堪能しました。




宿の内湯ももちろん温泉でしたが、翌朝近くの共同浴場、湯村温泉観光交流センター「薬師湯」に入りに行きました。新しく建て替えられ、露天風呂やサウナもある清潔な施設で、入浴料は400円ですが、新温泉町の住民は150円、「湯」地区の住民は無料になっています。

湯村温泉の総源泉数は60、総湧出量は毎分2,300Lと豊富なため、旅館だけでなく「湯」地区の各家庭にも配湯され、さらに余ったお湯は川に流れこんで行っています。
泉質はナトリウム-炭酸水素塩・塩化物・硫酸塩泉。神経痛、筋肉痛、冷え症、五十肩などに効果があり、848(嘉祥元)年に慈覚大師によって発見されたと伝えられている古い温泉です。




湯村温泉がある兵庫県新温泉町は、2005年10月に浜坂町と温泉町が合併して発足した町です。
薬師湯がある地は、元は旧温泉町の役場があった跡です。




春来川の両側に旅館が集まっています。二つの川の合流点あたりの河原が源泉の一つになっていて、「荒湯」という所です。荒湯は源泉温度が98℃で日本一の高温です。




横の祠に慈覚大師円仁の像が祀られています。




その像の下深くの洞穴から高温のお湯を汲み上げて飲むことができます。フーフーさまして飲みましたが、味はあまり感じられませんでした。




慈覚大師像の前に卵や野菜などを茹でることができる湯つぼがありました。




近くのお店で卵(3個150円)を買って、この中に吊り下げます。




10分程してあげて食べると、ほかほかであいしかったです。




川岸に74人が同時に入れるとされる公衆足湯「湯村大根物語ふれ愛の湯」もありましたが、ちょうど清掃の時で、足をつけることができませんでした。

湯村温泉は、山あいの静かで鄙びた温泉街で、ほっこりと心癒される場所でした。


2015青春18冬の旅(4)に続く。
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