ビバさんのさんぽ道

みやこの建物、お庭、お花、あれもこれも見てみたいと欲張りビバさんがでかけます

2017年青春18春の旅(5)鳥取の近代建築(2)五臓圓ビル

2017-04-07 01:16:15 | 建物(鳥取県)
もう一つの鳥取市の近代建築も旧鳥取県立図書館のすぐ近くにありました。


五臓圓ビルです。

大正から昭和初期に最も栄えた中心商店街の智頭街道と二階町通りの交差点にある鉄筋コンクリート造3階建のビル。鳥取市内で現存最古の本格的な鉄筋コンクリート造建築です。1931(昭和6)年に建てられ、施工は旧県立図書館と同じ大阪の新〈アタラシ〉工務所ですが、設計者は不詳です。



一階は薬局の店舗、二階は住居、三階はレストランと喫茶になっていました。



昭和18年の鳥取大震災では建物に影響を受けませんでしたが、昭和27年の鳥取大火では内部を全焼しました。



江戸時代から続く薬種商森下家は藩政時代よりこの地で代々「石見屋」の屋号で生薬等の商いを営んでいた老舗です。初代の頃、僧より伝授された「三心五臓圓」という滋養強壮の家伝薬と各種生薬を代々扱い、日露戦争後は家庭用医薬を、大正には西洋医薬も卸小売する薬種商となり、現在まで営業を続けています。






建物の北角がR状にカーブしています。






建物外側の地面は小さなタイルで覆われています。



平成22年1月には国登録文化財に指定されました。






スクラッチタイルと大理石を張ったモダンで豪華な外観は、智頭街道商店街が最も繁栄した昭和10〜20年代には、街のシンボルとして輝いていたそうです。
いつまでもその姿を残してほしい鳥取の近代建築でした。



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2017年青春18春の旅(4)鳥取の近代建築(1)旧鳥取県立図書館

2017-04-07 01:14:58 | 建物(鳥取県)
鳥取駅から仁風閣に向かう途中、バスの窓からいくつか気になる建物を見つけていました。
仁風閣を見てから、帰りは建物を探しながらバスの来た道を歩いてみました。


5分程歩いた所にありました!

今は「童謡・唱歌とおもちゃのミュージアム、わらべ館」、1995(平成7)年に旧鳥取県立図書館の外観を再利用して開館しました。
所在地:鳥取市西町3丁目202。
入館料:大人500円、高校生以下は無料。
休館日:8月を除く第3水曜(祝日の場合は翌日)・年末年始。
開館時間:9時~17時(最終入館は16時30分まで)。
運営母体は、鳥取県と鳥取市が半分ずつ出捐する公益財団法人です。

旧鳥取県立図書館は1930(昭和5)年に兵庫県営繕課長・置塩章の設計で建てられ、1952年の鳥取大火でも焼け残りました。鉄筋コンクリート2階建て。






正面玄関。



塔部分の入口が開いていたので、少しだけ中を覗き見してみました。



旧鳥取県立図書館の外郭を残し、後方に現代的な新造部分をつないでおり、3階建ての館内は童謡の部屋とおもちゃの部屋からなり、遊びながら学べる体験型の展示がされています。






その前に広い空き地が広がっていて、子供たちの遊び場に、お母さん達の憩いの場所になっているようでした。



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2017年青春18春の旅(3)仁風閣内部

2017-04-07 01:13:52 | 建物(鳥取県)
鳥取市の洋風近代建築・仁風閣の内部です。


一階正面の広い部屋。随員控室でしたが、今は仁風閣を取り巻く歴史などが展示されています。






仁風閣では鳥取県下で初めて電灯が灯されました。



カーテンボックスの装飾にも和洋折衷の技術が見られます。



各部屋にマントルピースがあります。






窓の外のベランダを通して庭が見えます。



一階玄関の右手の部屋。
明治40年5月、大正天皇が皇太子だった時に宿泊した際にお風呂場として使われました。部屋の中央に檜の大きな浴槽が置かれ、屋外で沸かしたお湯を運び入れて入浴しました。



持ち運び式のトイレ。

一階には他に県官出張所、事務室、御道具置場等があります。



塔に登る螺旋階段。支柱が無く、硬いケヤキを彫った厚板(ささらげた)で支えています。大工棟梁の見事な職人技です。



二階に上がる階段。



二階ホール。
「仁風閣」という額は、皇太子に随行していた海軍大将東郷平八郎が命名し書いたものです。



二階中央の謁見所。






家具には、池田家の家紋「揚羽蝶」を星型に収めた紋が彫られています。



御座所。



御食堂。



畳敷きの御寝室にも暖炉がありました。



二階のバルコニー。

二階には、この他に陳列所、侍従武官室などがあります。

鳥取県唯一の重要文化財の近代建築、贅を凝らした邸宅を内外をゆっくり堪能することができました。


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2017年青春18春の旅(2)仁風閣

2017-04-07 01:12:39 | 建物(鳥取県)
鳥取に着いてそのままお目当ての「仁風閣(じんぷうかく)」に直行。

鳥取駅前から、赤・青・緑の3コースの「100円循環バスくる梨」が出ているので、緑コースに乗って7分、「仁風閣・県立博物館」で降りるとすぐ目の前に鳥取城の城山があります。

お城の周りをお堀が囲んでいて、城山全体に桜が三部咲き程咲いていました。



鳥取城は平地に突き出した久松山(263m)の上に戦国時代から築かれた城で、江戸時代には鳥取藩池田氏が治めましたが、明治になって城の建物は全て撤去されています。
城山の麓に、池田家の第14代当主池田仲博侯爵が、1907(明治40)年に皇太子(後の大正天皇)の山陰地方行啓の宿舎として建てた洋風建築、仁風閣があります。






設計は宮内省匠頭であった片山東熊。国指定重要文化財です。



フレンチ・ルネッサンス様式を基調とした白亜の木造瓦葺二階建で、バロック風の軒飾りがほどこしてあります。









屋根の上にはマントルピースの煉瓦煙突が6本立っています。
昭和18年の鳥取震災の際に煙突が折れて落下したので、スレート屋根に吹き替えられました。
正面右側に、中にらせん階段がある角尖塔があります。



建物の裏にまわって見たところです。






背面の一・二階ともベランダになっています。



建物の裏側には、鳥取藩12代藩主が若くして未亡人になった11代藩主夫人宝隆院を慰めるために造った池泉回遊式庭園(宝隆院庭園)が広がっています。入場無料。庭園の西南隅には茶座敷宝扇庵があり、貸出利用することができます。



仁風閣は、明治43年に韓国皇太子も宿泊し、大正年間に入って市の公会堂、県の迎賓館、昭和24年~47年は県立科学博物館などに使用されましたが、昭和48年に県立博物館が近くに建設されたのに伴って、県から鳥取市に譲渡され、昭和51年から一般に公開されています。

  開館時間:9時~17時(入館は16時30分まで)
  休館日:月曜日(祝日の場合は開館)、祝日の翌日、年末年始。
  観覧料:150円。小・中・高校生・70才以上・身体障碍者は無料


仁風閣の内部は、2017年青春18春の旅(3)で。
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