澎湖島のニガウリ日誌

Nigauri Diary in Penghoo Islands 澎湖島のニガウリを育て、その成長過程を記録します。

近現代史を学ぶ「歴史総合」はどうあるべきか

2018年02月15日 20時26分01秒 | 歴史

 2022年から高校の社会科に近現代史を学ぶ「歴史総合」という教科が設けられるという。これまでの高校の歴史教育は、近現代史の学習がおろそかにされ、日本史と世界史との融合が不十分であるなどの問題点が指摘されてきたが、この教科の導入によってどの程度改善されるか注目される。

 近現代史の知識がいかに必要かは、大学生になれば痛感するはずだ。経済学部には経済史、法学部には政治史、法制史、国際系の学部には国際関係史などの科目があり、いずれも産業革命や近代国家成立以降の歴史的知識が必要とされる。ところが、高校では、近現代史は大学受験に出題されることが少ないという理由で、まともに教えられていない。なぜ、近現代史が出題されにくいかとい言えば、「正解」がひとつではなく、常に多義的な解釈が可能だからではないか。これは、歴史認識の問題に帰着する。日本は「敗戦国」としての「弱み」があるから、時には触れられたくない部分が多々ある。例えば、昭和天皇の戦争責任を論じることはタブーだ。

 「歴史総合」はグローバル化、国際化に対応するために作られる教科だと言われる。それは結構なのだが、グローバル化という名目で、根無し草の「地球市民」的な日本人を作るのなら、やめてほしいと思う。この教科の出発点は、「近代化」(Modernization)「西洋の衝撃」(Western Impact)の意味を把握することから始まるべきだ。白人が非西洋社会を次々と植民地化し、最終の目的地が地球の東の果て(極東)の日本だったという事実を教えるべきだ。日本の近代化は、西洋の衝撃による「迫られた近代化」だった。その理解なくしては、新しい教科も陳腐な「暗記科目」に成り下がるだろう。

 実際の高校現場で、組合意識、左翼史観に凝り固まった社会科教師が、どれだけまともに「歴史総合」を教えられるかについては、かなりの疑義、不安がある。しかしながら、これまでの高校歴史教育はあまりにひどすぎた。さまざまな試行錯誤はあっても、こうした改革は進められるべきだろう。 

「歴史総合」「公共」を新設 高校指導要領の改訂案

2018/2/14 17:00  「日本経済新聞」
 文部科学省は14日、高校の学習指導要領の改訂案を公表した。世界史・日本史の枠にとらわれずに近現代を学ぶ「歴史総合」や、選挙権年齢の引き下げを踏まえ主権者教育を充実した「公共」などの科目を新設。課題解決へ向けて探究する力を伸ばすため「主体的・対話的で深い学び」の実現を求めた。2022年度の入学生から順次実施する。

 高校の指導要領改訂は09年以来9年ぶり。意見公募を経て17年度中にも告示する。

 地理歴史や公民では、韓国と中国がそれぞれ領有権を主張する竹島(島根県)、尖閣諸島(沖縄県)を「我が国固有の領土」と教えることを初めて明記。従来は「日本の領域をめぐる問題にも触れる」(地理A)といった記述にとどめていた。

 歴史総合は世界史に代わる必修科目。「世界の中の日本」を捉え、領土問題など現代の諸課題を形づくった近現代史を学ぶ。知識の習得に加え資料を使って課題について考えたり、議論したりする。同じく必修科目となる「地理総合」では地図を管理・加工する地理情報システム(GIS)を使えるようにする。

 新科目の公共は、法律や政治制度を理解したうえで模擬裁判や模擬選挙などに取り組む。情報を効果的に集め、公正に判断するメディアリテラシーも伸ばす。

 国語科では「現代の国語」を新設。これまで扱いが少なかった実用文の読み書きを学ぶ。実用文は20年度導入の大学入学共通テストでも出題される見込みで、入試改革を見据えたといえる。数学や理科の考え方を使って課題を解決する「理数探究」も新設する。

 暗記偏重を避けるため生物の重要語数を「500~600程度」と初めて明記。地理歴史の語数の目安は賛否両論があるとして示さなかった。

 卒業に最低限必要な単位数は74単位で変わらない。文科省によると、指導要領の分量は文字数ベースで現行の1.5倍程度になる。教員の若返りなどを踏まえ、教え方などを細かく書き込んだ。



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