文化英雄、という種類の神がいる。
いまだ未開、あるいは混乱の状態の人々の前に現れ、
文明や社会道徳をもたらす存在である。
日本では、古事記以前のスサノオの命がおそらくそれで、
記紀にもその片鱗が見える。
北海道の西南部におけるオキクルミは、その代表的な存在だと思う。
南米には、ビラコチャ、トゥヌーパ、パチャカマック、
などと呼ばれる文化英雄神が語り継がれている。
彼は大きく威厳ある男性で、
海の向こうから、或いはどこからともなくやって来て、また去っていく。
彼はかつて人々に、親切と知恵をもって語りかけ、
どのように生きるべきかを教えた。
思いやりを持つことを勧め、害しあうことを戒めた。
病を癒すのみならず、
さまざまな驚くべき不思議な力を持っていて、
人にも動物たちにも、生命の息吹きを与えた。
彼らはしばしば創造神と同一視され、
時に創造神の息子ともされる。
***
インドのブラフマーは、虚空そのものか、
あるいは虚空とそこにある風(ルン)だという。
それが人格化された存在が、ブラフマンである。
ブラフマーは、カーストを作ったバラモンの神と言われるが、
そもそもは、先住民から取り込んだ神格ではないかと思う。
インダスには、奴隷もなく、身分の差というものはなかったが、
力のある神だったが故に、権威付けに利用されたのでは、と。
おそらく、ブラフマーは仏教でいう法身にあたり、
その色身がブラフマンとなる。
法身は真理そのものの体であり、
色身は、ルン(気)の体である。
つまりブラフマンは、ブラフマーか、
あるいはそこから生じた息子とも言える。
出口なおさんに降りた国常立命は、最初、
国武彦と名乗った。
おそらく、国常立はブラフマーにあたり、
国武彦はブラフマンにあたるのだと思う。
国武彦は、失われた日本の文化英雄だと思う。
スサノオは、国常立の化身としての地球の魂である。
古神道において、人間の御魂が珠の形をしていると言われるのは、
それが、星々の魂の分身の相である場合だと思う。
人間は龍神から生まれたとする説は、
それが日本国土の魂の分身の相である場合だろう。
法身の場合には、形はない。
***
ブラフマンはもしかしたら、ムーではなく
レムリアの神かもしれないけど、
失われたムーにあたる聖域の神が、文化英雄として、
人類の黎明期に各地を流浪していた、と考えたら、おかしいだろうか?
伊勢の外宮は食物の神、豊かさの神だが、
そもそもは国常立の神の農業神としての相であり、
古くは太陽神と同一視されたのだと思う。
インカの太陽神や、ギリシャのアポロ、
インドのスーリア、エジプトのラーなどに相当すると思う。
内宮の神はウシャスであり、
外宮の神と一体だった巫女神だろう。
そもそもは等価だったが、大和朝廷が自らの権威付けのために、
内宮のみを太陽神として、外宮の神格を隠したのではないかと思う。
外宮を宇宙の最高神とする、度会神道という流派があるのだが、
まんざら間違ってはいないのかもしれない。
やがて、文化英雄はどこでも、
新しい文化の神に駆逐されていったのである。
いまだ未開、あるいは混乱の状態の人々の前に現れ、
文明や社会道徳をもたらす存在である。
日本では、古事記以前のスサノオの命がおそらくそれで、
記紀にもその片鱗が見える。
北海道の西南部におけるオキクルミは、その代表的な存在だと思う。
南米には、ビラコチャ、トゥヌーパ、パチャカマック、
などと呼ばれる文化英雄神が語り継がれている。
彼は大きく威厳ある男性で、
海の向こうから、或いはどこからともなくやって来て、また去っていく。
彼はかつて人々に、親切と知恵をもって語りかけ、
どのように生きるべきかを教えた。
思いやりを持つことを勧め、害しあうことを戒めた。
病を癒すのみならず、
さまざまな驚くべき不思議な力を持っていて、
人にも動物たちにも、生命の息吹きを与えた。
彼らはしばしば創造神と同一視され、
時に創造神の息子ともされる。
***
インドのブラフマーは、虚空そのものか、
あるいは虚空とそこにある風(ルン)だという。
それが人格化された存在が、ブラフマンである。
ブラフマーは、カーストを作ったバラモンの神と言われるが、
そもそもは、先住民から取り込んだ神格ではないかと思う。
インダスには、奴隷もなく、身分の差というものはなかったが、
力のある神だったが故に、権威付けに利用されたのでは、と。
おそらく、ブラフマーは仏教でいう法身にあたり、
その色身がブラフマンとなる。
法身は真理そのものの体であり、
色身は、ルン(気)の体である。
つまりブラフマンは、ブラフマーか、
あるいはそこから生じた息子とも言える。
出口なおさんに降りた国常立命は、最初、
国武彦と名乗った。
おそらく、国常立はブラフマーにあたり、
国武彦はブラフマンにあたるのだと思う。
国武彦は、失われた日本の文化英雄だと思う。
スサノオは、国常立の化身としての地球の魂である。
古神道において、人間の御魂が珠の形をしていると言われるのは、
それが、星々の魂の分身の相である場合だと思う。
人間は龍神から生まれたとする説は、
それが日本国土の魂の分身の相である場合だろう。
法身の場合には、形はない。
***
ブラフマンはもしかしたら、ムーではなく
レムリアの神かもしれないけど、
失われたムーにあたる聖域の神が、文化英雄として、
人類の黎明期に各地を流浪していた、と考えたら、おかしいだろうか?
伊勢の外宮は食物の神、豊かさの神だが、
そもそもは国常立の神の農業神としての相であり、
古くは太陽神と同一視されたのだと思う。
インカの太陽神や、ギリシャのアポロ、
インドのスーリア、エジプトのラーなどに相当すると思う。
内宮の神はウシャスであり、
外宮の神と一体だった巫女神だろう。
そもそもは等価だったが、大和朝廷が自らの権威付けのために、
内宮のみを太陽神として、外宮の神格を隠したのではないかと思う。
外宮を宇宙の最高神とする、度会神道という流派があるのだが、
まんざら間違ってはいないのかもしれない。
やがて、文化英雄はどこでも、
新しい文化の神に駆逐されていったのである。