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治しやすいところから治す--発達障害への提言

花風社・浅見淳子のブログ
発達障害の人たちが
少しでもラクになる方法を考える場です。

「本を出してもえらくない」ニキさん編

2009-12-11 07:16:02 | 日記
さて、「本を出してもえらくない」と思っているのは大地君だけではありません。
ニキさんだって最初からそうでした。
「才能を伸ばす」というより「残存能力で勝負する」のがニキさんの姿勢。
三十代まで色々あって、残存能力を考えて、たどりついたのが翻訳という仕事でした。

でも「本」というものにまつわる幻想が流布しているため
ニキさんの意図しないところで(そして花風社の意図しないところで)
「ニキさん天才伝説」が行き渡ってしまった。
実は一番迷惑していたのは私たちです。

2000年にNHK教育テレビで「にんげんゆうゆう」という番組が放映されました。
私は放映日に見て、「へーこんなもんか」と思い、録画もせず、すぐに忘れました。
でも、今年裁判を起こすことになり
被告の主張(ニキ・リンコと浅見淳子は同一人物であるから花風社は詐欺を働いているっていうフシギな主張。ただしこの人、どっちにも一度も会ったことがないんですけどね)でその番組で見たニキ・リンコについて盛んに言及されていたので、
一応情報として、見ておこうと思いました。
でも録画はとってない。
自分のところの本が出る番組でも録画してないのかって?
そうですね。別に録画しないです。そんなにたいしたイベントだとは思っていません。テレビ放映は。
多少本は売れますが。でも多少です。ていうわけで、別に録画も撮ってませんでした。

ニキさんに「録画持っている?」ときいても、引越しの多かったニキさん。すぐには出てきません。
「どっかの箱にあると思う」
でも、持っていた方がいて、助かりました。
Sさん、その節はお世話になりました。こういう事情だったのです。

で、まあ
その番組見て驚きましたね。
根拠のない「自閉症の翻訳家ニキ=天才」伝説に。
うーん、なんの意図があってこういう番組にしたのか知りませんが、まあ本人にとっちゃ大迷惑です。しかもここに「専門医」が加わっているから話がややこしい。
たぶんこのお医者さんは、自閉っ子を愛するがゆえに、景気づけがしたくて、それでニキさんを実像とは遠い姿で絶賛したのでしょう。
結果としてニキさんは、想像力と社会性の障害をもつ人の嫉妬の対象になり、ニキさんと花風社に関するデマがばらまかれ
ニキさん、私の家族、そして私は10年迷惑しました。裁判に時間もお金もかかりましたしね。

いや、うちでもこの先生にある本の解説をお願いしたことはあるんですよ。
私は当時、自閉症業界のことあまり知らなかったんですけど、ニキさんができればこの方にお願いしたいというのでね。
で、原稿お願いしたら
「原稿料安いし、弱小出版社のおまえのところなんかには書きたくないが、ニキさんに思い入れがあるから書いてやる」というめんどうくさい答えが返ってきたので
変わったおじさんだなあとは思いました。いやなら断ればいいじゃん。「うちのギャラじゃだめだって。弱小だからだめだって」っていえば、ニキさんもあきらめるでしょうよ。貧乏な弱小出版社だということは知っていたんだから。

でも、定型発達者の私としては、別に今後の私の人生に関係ないおじさんなので「そうですか」と表面だけてきとーに合わせて、とりあえず原稿をいただき、安い原稿料(あっちにとっては安く感じられても、創業2年目のうちにとっては高かったんですけどね)払って、それでおしまい。あとはこの人のこと、きれいさっぱり忘れました。ときどき著書を読むくらいで直接のコンタクトは以後なし。
でも「にんげんゆうゆう」を10年ぶりに見てわかったんです。「ああ、あのお医者はあのとき、天才ニキ・リンコの出現に興奮していたんだな。で、ニキ・リンコに夢中で、自分の無礼な振る舞いには気づかなかったんだろう」と。

世の中の仕組みからいうとね、
その先生の大事な大事な「天才」ニキさんのデビューを、ビジネスパートナーの当然の務めとして、借金してまで支えていたのは花風社だったんですが。
そして、個人資本の会社ですから、結果として私の家族が総出で支えてくれていたんですが
そんなの難しくてわかんなかったんでしょうね。

ごく最近になってからニキさんに
「ニキさん天才扱いされてきたんだね~私知らなかったよ」と言ったら
「そうなの? 知らなかった」
「なんかの景気付けだったんだろうね。なんかの事情があったんだろうね。改めて見たら、あの『にんげんゆうゆう』ってへんな番組だった」
「でもどうしてお医者さんが翻訳者を天才かどうか決めるの? 翻訳者が天才かどうか決めるのはお医者さんじゃなくて出版業界じゃないの?」
ごもっとも。さすが自閉っ子、考え方が合理的です。

私は編集者として、そしてエージェントとして翻訳出版に携わってきましたが
今まで自分がかかわってきた中で天才翻訳家だと思った人は一人だけです。ニキさんじゃない人です。
そしてこういう天才の人ってね、才能だけじゃなくプロ意識もすごいんですよ。それと、明日から大企業に勤められそうな人が大成する世界なんです、翻訳家って。

自閉症でも翻訳はできるかも。
でも自閉症じゃないほうが圧倒的に有利です。
ニキさんが今の仕事をしているのは、努力の結果なんです。

本物の天才に比べ
ニキさんは翻訳者として天才だと思いません。才能がそこそこある努力家。まあ大学中退にしてはがんばっているんじゃないでしょうか。
第一、(とくに以前は)翻訳業界の第一線で活躍するには、ニキさん体力がなさすぎる。体調が不安定すぎる。はっきり言いましょう。そこはもう決定的に不利なんです。自由業者として。
ニキさんはそんなことちゃんと自覚してますよ。まっとうなセルフ・エスティームの持ち主ですから。そして、配られた手札で勝負しているんです。

働く上で体力の問題が見えたから花風社は「自閉っ子、こういう風にできてます!」を作って「身体の問題大きいですよ」と訴えてきたんですよ。
知的にすぐれていたって、最低限の体力がないと社会人は難しいですからね。

それでも(ご本人はどう思っているか知りませんが)ニキさんは自閉っ子言論業界的にはやっぱり貴重な人材ではないでしょうか。
ご本人は不満だろうけど、編集者としての私は、翻訳より言論方面に才能があると思ってます。
もちろん翻訳もまあまあ上手だけどね。とくにニキさんが手がける分野は、悪いけど他にあまりうまい人がいないから目立つ。
でも
ニキさんの講演を一回でも聞いたことのある方は、納得されることでしょう。どうして彼女の本が面白いのか。
それは自閉症オタクじゃないからなんです。
自閉症の内面が語れて、定型発達研究に熱心で、表現力があって、自閉症の分野を超えて勉強熱心だから内容が充実しているんです。

そしてニキさんは
やきとりやさんがやきとりを焼くように
お団子やさんがお団子を作るように、今日もさまざまなクライアントとともに、地道に仕事をしています。
「本を出してもえらくない」なんてことは
ニキさんにとってあまりに当たり前のことです。

それなのにニキさんは、根拠もなく天才扱いされ
他の当事者から恨まれなくてはならなかった。うちも迷惑こうむった。
支援者の皆さん、天才インフレ起こすのやめてください。等身大の当事者を見てください。
自閉っ子のイメージアップをしたいのなら、天才インフレを起こすより、裁判の鑑定報道に目くじらたてるより
支援級のお友達をぶっている子をどうにかしてください。不登校の子をひっぱりだしてください。

なぜ今これを急に書いたか。なぜ、今か。
おわかりですね?

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