治しやすいところから治す--発達障害への提言

花風社・浅見淳子のブログ
発達障害の人たちが
少しでもラクになる方法を考える場です。

自慢の娘

2016-12-03 19:33:06 | 日記
さて、またコメントへのお返事です。
まずは引用させていただきます。
朔さんのコメントです。

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治るということを知り、前に進めた本でした。 (朔)
2016-12-02 14:02:27
私はこれまで、社交面を始めとした様々な不安感が常にありました。緊張と不安で腹痛が慢性化しているような時期もありました。
「愛着障害は治りますか?」を読んでずっとモヤモヤしていた霧が晴れ自分の進むべき方向が見えました。
本を読むと、愛着障害の症状が色々あてはまりました。
私は自己肯定感がとても低いです。話し下手、注意散漫、運動音痴など上げたらきりがない程欠点があり、自己嫌悪していました。
見捨てられるのではという不安もありました。 最近は特に、発達障害がある兄がこれまで抱えていた不具合が治るのを見て、比べると自分はよくないから母に愛想をつかされるのではないかと思っていました。
また、小さい頃からずっと家族、親戚(父以外)みんな私より兄が好きなんだと思っていました。兄は私と比べて明るい人だったから。
振り返るとなぜ父以外と確信を持っていたのかと考えました。
父は親の贔屓目(?)からかよくほめてくれました。怒るときはあるけれど、少し過度なくらい甘かったです。
今振り返るとすごく有り難かったと思います。最近実家に帰るとよく喧嘩してしまっていたので反省しました。父にありがとうと言いたいです。
この本は家族との関係を改めて考えるきっかけともなりました。
何より、ずっと抱えていた訳のわからない恐怖感と不安の根底には、胎児性の愛着障害があるということに気づき、また、それは手遅れはなく、やり直すことができるとわかりすごく安心しました。
肩はいつも上がっている感じがして疲れていたし、背中を弛める体操がわかって本当によかったです。まだ下手ながら毎日やっています。
私は作業療法士を目指す大学生です。自分の不具合を治せなかったら、人のことを治すことは難しいと考えました。まず、自身の愛着障害やその他の不具合を治していきます。
兄の不具合が治ってきたのも、花風社さんの本がきっかけでした。兄が治ってくるのをみて身体のアプローチの重要性に気づきました。自分の不具合はどう治したらいいのか考えていたところ、今回、「愛着障害は治りますか?」が出版されて本当によかったです。これから、「人間脳を育てる」や「芋づる式に治そう!」を読んで身体を楽にする方法を学びたいと思います。ありがとうございました。

=====

一読して、すぐにどなたからのコメントかわかりました。
お会いしたことはないのですけれども、ご両親にもお兄様にもお会いしたことがあります。朔さんご本人からも、他では手に入らないキティちゃんグッズをお母さまを通じていただいたことがあります。理由は「お兄ちゃんが花風社の本でよくなっているからそのお礼」。自閉っ子のお兄様も大学に入って遠くに行っている妹さんの帰省を心待ちにしているようだし、仲のいいごきょうだいなのだなと思っておりました。だから「愛着障害は治りますか?」が世に出るとき、お母さまが「その問題は息子よりむしろ娘にあるのではないか」とおっしゃったとき、意外に思ったのを覚えています。

愛着障害は誰のせいでもない、と愛甲さんはおっしゃいます。もしかしたら朔さんがおなかの中にいたとき、お母さまはもうご長男が他の子と少し違うことに気づかれていたのかもしれません。理由はわかりませんが、この本をお嬢さんがお母さまより早く申し込んでこられたこと、心待ちにしてくださっていたこと、お母さま自身もそのまたお母さまとの問題をこの本をきっかけに「一瞬で」解決したこと、などから、順調に営まれている家庭の中にもやはり、愛着の問題はあることを知りました。本当に、無縁な人はいないのだと思います。

朔さんに対して、私が見たご一家をどのような言葉で表現しようかな、と考えたとき、いくつか候補が上がりました。

「愛情にあふれた家庭」--ウソではないのですが、ちょっと陳腐かな。
「地に足の着いた家庭」--これもウソではないのですが、ちょっと物足りない。

いろいろ考えたあげく、この数年ご一家を見てきた身としては「常識を持ち、事の是非を一つ一つご自分たちで考えるご家族」であるという結論に至りました。だからこそ、ギョーカイ活動の中心にいながら「頑張らせてはいけません」を真に受けなかったんですね。そして今のお兄様の生き生きした前向きな毎日があるわけです。

家庭など中にいなければわからないことはたくさんあります。それを重々承知の上で言いますが、このような家庭に生まれてなお不全感を持つとは、私の率直な気持ちとしては

恐怖麻痺反射とはなんと人を愚かにするのだろう

でした(ブ)。

気持ちの行き違いはあるでしょう。でもね、朔さん、あのようなご家庭に恵まれて幸せにならないはずはないのです。

私が父を亡くした時、幼いころから交流の多かった一つ年下の従妹にこう言われました。「淳子ちゃんはいつでもおじちゃまの自慢の娘だったじゃない」。

そうだったんだなあ、と思いました。
気付かなかった自分が不思議でした。
その思いが「愛着障害は治りますか?」を作らせた面はあります。
そしてその本が朔さんをはじめとする多くの方を救っているようですから、そして出たばかりなのでこれからも多くの人を救うでしょうから、父はまた大仕事をしてくれたことになります。

そして朔さんも、お父様の自慢の娘なのです。
私たちは二人とも、自慢の娘なのです。

朔さんはいつか誰かと出会い、生涯をともにするかもしれない。そしてそのとき、これまで人間関係ではつらい思いをしたこともあったのに、どうしてこの人はこんなに自分を大事にしてくれるのだろう、と不思議に思うかもしれない。私もずっと不思議でした。でもわかったんです。私は父の自慢の娘だったからだって。

だから自信を持ってください

とは言いません。
上位の脳に対するアプローチは、きっとこれまでやってきたでしょうから。
そしてそれでも、つらさがあったのでしょうから。

だから、土台に働きかけましょう。

背中を弛めるといいです。
それが近道です。
身体が弛めば、自分がどういう状況にいるか解りやすくなるでしょう。
それだけでいいのです。

作業療法士になる前の大学生が芋本や人間脳を読めるとは
すごい時代になったもんだと思います。

そして覚えておかなければならないこと。

私たちは二人とも自慢の娘ですが

それは私たちがえらいからではないのです。

私たちは幸運なことに

子どもを「授かりもの」としてとらえることのできる親のもとに生まれたのです。
ご両親が支援者の言いなりにならなかったのは、お兄様を授かりものだと思っていたからです。
それは朔さんに対しても同じはずですよ。

私は父の死によって
「子どもを授かりものと思えない人に育てられた人もこの世には多いのだ」と逆に知ることになり、「愛着障害の人の気持ちがわからないことが私の愛着障害だ」と自覚しました。だからこそ、支援者にはなれないしならない。

朔さんはその点、支援者の資質があるみたいです。

愛甲さんにもコメントを読んでいただきました。
メッセージを貼っておきますね。

=====

浅見さま

コメント読ませていただきました。

恐怖麻痺反射がかつてあった人は、恐怖麻痺反射を持つ人の生活世界を理解できます。
そのため相手の不安感や土台のなさを我がこととして推し図れる優れた治療者へと成長していくことができます。
これからしっかり勉強して、自分らしさを生かせる作業療法士さんになってくださいね。
応援しています。

愛甲修子

=====

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鹿児島講演のお知らせ

2016-12-03 06:49:28 | 日記




さて、お知らせです。
これから本格的な冬が来るのに若干気が早いお話ですが
飛行機組の人もいるかもしれないので、早めに告知しておきます。

来年の三月、こよりさん×浅見のコラボ講演会が鹿児島で開かれます。
土曜日開催であり、今のところ神田橋先生は金曜日外来に出られているので
条件が許せば、両方兼ねての鹿児島行きも可能です。

というわけで早めに告知いたします。
ただしこれをずっと三月まで上に貼りっぱなしにすることは現実的ではないので
時々トップにあげます。
でも定員の多い会ではないので
出たい人はどうぞ早めのお申し込みをお願いいたします。
概要は以下の通りです。

愛甲さんはこの週末、神田橋先生にお会いになる機会があったそうです。
とてもお元気で
自分で完治宣言されたそうですので間違いないと思います。
お休みの間に色々考えをめぐらし、パワーアップされたそうです。
これからご高齢なりのペースでお仕事をされるようですが
まだまだ頼りにしつつ
今度のことで、私たちも神田橋先生からの自立を考える機会をいただいたと思っています。

ともかく、ご都合のつく方
よろしければ一足先に春を迎える鹿児島で三月、お会いしましょう。

=====


支援者なくとも、凸凹っ子は育つ
     〜支援者にできること、親にできること〜

凸凹のある子どもを育てていくことは、
特別なスキルやノウハウがなければできないことなの?

「日々の修行は報われます。」
「結局は、親がラクになります。」
    by『支援者なくとも、自閉っ子は育つ』 こより著

学習障害のお子さんと自閉症のお子さんを支援と繋がることなく育てられ、
今はママ業卒業、楽隠居している、こよりさん。

そんな、こよりさんから
凸凹のある子どもに親ができることを聞いてみましょう!

日時 2017年3月4日(土)
    13:30~15:30 (開場13:00~)

場所  天文館ビジョンホール6F
鹿児島市東千石町13-3
    (駐車場はございません。開場周辺の駐車場をご利用ください)

参加費 2000円

定員  70名

お申し込み先  annon.okiraku@gmail.com
「お名前、参加人数、メールアドレス」をお知らせください。
 ※メールはgmailのアドレスを受け取れるように設定をお願いいたします。

主催 ラーニングセンターannon〜あんのん〜
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SSTの功罪

2016-12-03 06:18:32 | 日記
先日、豆柿さんからコメントをいただいたとき、愛甲さんにも読んでくださいとお願いしたし、愛甲さんからSSTのお話をまとめて聞きました。
やはり思った通り、早期診断早期介入で、なんとかセンターでSSTを受けてきた人たちが思春期から青年期を迎えつつあり
支援が遅れた人がなんとか乗り切っているのと裏腹に
早くSSTをやってきた人から崩れている現状があるそうです。
そしてそれは愛甲さんの目には当たり前に映るそうです。

ところが一方で、愛甲さんが顧問をしていらっしゃる高等教育機関でのSSTは功を奏しているそうです。
愛甲さんのSSTを受けた人たちは、不登校が治り、ごあいさつができるようになり、自分のやりたいことを見つけ、就職していくそうです。
同じ「SST」と銘打っててもこの違いは何なのか。
愛甲さんは今度それをクローズドな講演会で発表するそうです。
ぜひ書籍にもしたいと言っておきました。来年出す書籍の一部になると思います。

そんなときにまた豆柿さんがコメントをくださいました。
それにふうりんさんがレスをつけて、さらに考える機会をくださいました。
まずはお二方のコメントを引用させていただきます。

=====

自閉と分かって潰れた強み (豆柿)
2016-12-02 08:18:27
自閉の人は人の気持ちが分からないと言われますが、私の場合は、そもそも自分でそのことについてそんなふうに思っていない時に、「自閉の人は人の気持ちが分からない」と人が言っているのを聞いたり、自閉症への理解を進める為のパンフレットなんかに書いてあるのを見たりして、自閉だからという理由で他人にどう思われているか気にするようになっていったんじゃないかなと思いました。
さらに、自分の苦手と得意を理解して他人に自分の苦手を理解してもらう為に話せるようにするスキルの習得や、恐怖麻痺反射が他人の顔色を伺うことを後押ししているように思いました。
ですが、単に無意識に怖いもの知らずで他人の顔色を気にしないだけだったのに、上記の理由で顔色を伺うようにさせられ、ビクビクしながら人と付き合って来たんじゃないかと思いました。 強みだったものを弱みと言われ、本当は弱みじゃないんじゃんと思う今、他人の気持ちが分からないと思わされてきた時間を何だったんだろうと思ってしまいました。

強みについて (ふうりん)
2016-12-02 12:13:57
人の気持ちは(誰のも)わかりようがないというのが本当のところです。とりわけ人の気持ちがわからないからというのではなく、自閉っ子は文化的な行動を自然には習得しにくい気がします。実感として。「愛着障害は治りますか?」には段階を追ってヒントがたくさんありました。
狭い文化圏でのこだわりの押し付けは害になるけど、人権の尊重や公共でのマナーなどは他人から見ても認められるレベルで身につけていないと人間関係に支障が出ます。親子の努力の結果(お互いに向き合う姿勢があった)ある程度それが身についているから豆柿さんの強みが生きてきたと思います。自分の強みに気づいたことはすばらしいことです。

豆柿さんの強みのようなその人の持つ生命力を強みとして使える状態にすることと、身につけるべきことをおさえておくこと。どっちが欠けてもうまくいかない。どちらの情報もあるのが花風社のすごいところで、社会で生きる力をつけるということを追求しているからこそだと思います。

Unknown (豆柿)
2016-12-02 23:47:39
私は元々、人の気持ちが分からないという度合いがそんなに濃くなかったんだと思います。
それと、人の気持ちが分からない人が普通に暮らしていることに気が付いた事も大きかったように思います。 自閉じゃない人が変わった人、ちょっと嫌な人でも干渉されずに暮らしているのに、そのことに気付かず、そういった人を絶対悪のように思う部分が根底にあったんだと思います。
そう考えていた頃はスイートスポットが狭かったんだと思います。というか、そんな風に考えているからスイートスポットがどんどん狭くなってしまったと言うほうが正しい気がします。人の事が気になって他人の振り見て我が振り直せ的な感じで自分を修正していって、そうしたら他の人の事が気になってまた他人の振り見て我が振り直すの繰り返しが起きるような感じで。
でも、変わったおじさんとか、ちょっと嫌なおばさんとか見ていて、そんな人が仕事して家庭も持っててそれでも、人生送っているんだとか、自分が他人の気持ちが分からないからだと考えていた事が、社会的なエゴからの押し付けだったんじゃないかと思うようになって、 それからは、ただ自分はそういう人間だっただけなんじゃないかと思うようになった事が、人の顔色を伺わずに生きて行く分岐点的要素を果たしたんじゃないかと思います。

=====
ふうりんさんのおっしゃるとおり、誰しも人の気持ちはわからないですよね。
そして自閉っ子が社会文脈を読み取りにくいのは確かだと思います。
なぜなら社会文脈はノンバーバルな部分で成り立っていて、アスペルガーや高機能自閉症の診断がつく人たちは「脳が頭でっかち」だから言葉になっていない部分が読み取れないのです。
巷にあるSSTはそれを全部言葉でやってしまって他人軸になっていますね。

たとえば私は
セオリーオブ猿烏賊改め鬼畜マインドもないし
セオリーオブ恐怖麻痺反射の強い人マインドもありません。
恐怖麻痺反射の強い人は私にとって大いなる謎でした。またそういう人がこの世界多いので、ギョーカイにおける私の生きづらさの原因は他者の中の恐怖麻痺反射でした。その謎を解きたいところから「人間脳を育てる」を作るに至ったみたいなところがあります。

一方でニキさんは私を大変よく理解しています。
それがサバイバルに必要なことだったから、ニキさんらしく非常に理屈っぽくかなり正確に私を把握しています。いつもそれは感心します。

でも豆柿さんみたいに早くから支援が入り、「自閉の人は人の気持ちがわからない」と言われると、たしかに害もありますね。まじめに聞きますもんね。
それと同じ害をもたらすギョーカイの呪文が「社会の理解があれば」だと思います。実際には多くの人が理解なんかされていなくても生きていけるのにね。

本来さほど怖がらず、他人の顔色を伺わずに生きていけるところがその人にあるのに「君は欠陥があるんだ」と教えてしまう効果が早期診断早期介入にあるとすると悲しいことです。
豆柿さんみたいに自力で(そしておそらく有形無形のご家族の支援で)それを悟った人がいるのは救いです。

そういう人を増やすために私にできることは何か? という発想を私はします。

そしてその一つはやはり、せっせとギョーカイの悪口を言い続けることですね。
治る人を増やすためには、ギョーカイの悪口は言い続けなくてはね。

小学校で習う道徳は「人の悪口を言ってはいけません」ですが
それは小学校の道徳が基本的に「地方公務員養成講座」だからです。

新潟のバカ教師が福島から避難してきた児童を菌呼ばわりして問題になっていますが
みんなが菌と呼んだら逆らわず菌と呼ぶことを推奨するのが小学生教師なので
不思議でもなんでもありません。
なぜ教師が菌と呼んだかを不思議がる人がいますが
教師だからこそ正しさより多数決を優先させただけだと思っています。

こんな不正に黙っている方が死んだふりです。
だけど世の中が多数決で成り立っているというのが教師の浅知恵です。
これを真に受けると社会でやっていけません。

実際には
悪口言い続ける私でも生きていけるのが世の中です。
私はつまんないSSTを受けなかったからこそ、自分の暴言力を世の中のために活用できるのです。
(いつか神田橋先生みたいにイヤミ力もつけたいと思っています。)

SSTを真に受けて育ったら、ひたすら自分の保身を考えます。
ギョーカイ人の多くは、そういう生き方をしています。
そして怖いもの知らずの私をバカだと思っています。
でも私は自閉の神様に応援されています。それは、姑息な生き方をしないからです。

そのことに気づいていない支援者は、SSTで過度にいい子を作ろうとし、結果としてその人の持っている資質を抑えつけ、生きづらさを押し付けているように私には思えます。
愛甲さんみたいに資質を活かせるSSTができる支援者に増えてほしいです。
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なんとかナビについて

2016-12-02 10:45:44 | 日記




なんとかナビというものができるので記事を書きませんか?
とお母さんたちを勧誘しているという話を聞いたときから、そりゃろくなもんにならないだろうと興味を失いました。マトモな人は断ってたしね。その後もくだらない記事がリツイートされてきてやっぱりろくなもんじゃないなと思っていたのですが、よく知りませんが最近運営元に海老踊り軍団が噛みついているそうです。

この際、どういう人が海老踊りに走りやすいか観察してみて
ギョーカイ人と同じように保護者の変遷にも気づきましたので書いておきますね。

特別支援教育黎明期、割と高学歴だったり、海外体験があったり、(当時の)今をときめくギョーカイ人とのつきあいがあったり、なんか組織を立ち上げちゃったり、そういうお母さんたちが尊敬されていました。
でもそういうお母さんに限って、肝心のお子さんはおいてけぼりだっていうのがわかった10年でもあります。ていうか私以外の遠慮深い人たちは指摘しないけど気づいている人は多いよね。


・キャラバンママ
・ブログパパ

の子どもは発達しない
っていうのは有名な話です。

花風社の場合にはこの10年ではっきりと「治るが勝ち」にシフトしたので、こよりさん系統のお母さんたちが尊敬されているわけです。親の会とかやってなくて、別にギョーカイのマニュアルに沿った療育もやってないけど、お子さんが生き生きと資質を発揮している人ね。

一方で海老踊り軍団て、(愚痴ばっかり言ってるのに)なんか上から目線の口調が多い。
ちょっと観察してみてわかったのは、ひと昔前に尊敬されていたような属性の人が、割と時代の変遷に気づいていないか、もしくは周囲で時代が変わっていないんだろうな。そして未だに自分たちがエリートだと思っている感じです。


お勉強上手な人はそれなりのプライドがありますよね。
凸凹なお子を授かったとき、お勉強上手の本領を発揮して知識を貯めこむ。だけどその知識を目の前の子どもに適用するときにイマイチうまくいかない。不全感がある。こういう人はエビデンスにしがみつくしかないんですよね。だってカンが悪いから。

ところが子どもは生き物ですから、かかわるには○○が大事なわけです。学業においては自分たちほど成果が上がらなかった人たちがうまいことやっているのを見て、焦燥感があって海老踊りに走るっていう構図はありそうです。
しかも海老踊りの人たちは、本当に他人の財布に関心がありますね。
うそか本当か知りませんが、なにわあきんどの皆様におかれましては「儲かりまっか」があいさつだとしても(私は聞いたことがありませんが)、普通の人がこれやったらマナー違反です。
でも平気でよそんちの財布を忖度するんですね。あ、愛知の医者にもやられたことあるな、これ。箱根あたりで文化の切り替えがあるのでしょうか。ともかくお母さんたちがよその出費を気にしている様子は私にとって異様に映ります。だからたぶん、それが本当の理由じゃないような気がするんですね。

そもそもなんとかナビの運営元は上場会社なんですね。じゃあ物を言いたければ株買えばどうですか。花風社は上場してませんから(笑)、証券取引所に行っても株は売ってません。だから花風社の編集方針には海老踊り軍団は口を出せない。でも上場している会社なんだったらチャンスじゃないですか。

それかなんとかナビは、大大ギョーカイメジャーであるところの井上センセの肝いりで始まったのですから、そして井上センセは効果を上げているセラピーをやっているところに公費で乗り込んで「エビデンスがない」とねじこむほど

誰かをラクにするよりエビデンスが大事

の方(私の言葉でいうと馬烏賊)なわけなので、エビデンスのためなら命を張ってくださるのでは? だったら井上センセに訴えたらどうでしょう?

エビデンス、大事大事な方のようですよ。何しろ強度行動障害で暴れている子がいたら、

神田橋先生の方面に行けばその場で脳みそラクにする方法を教えてくれるだろうし、栗本さんならその場で身体をラクにする方法をやってくれるだろうけど

馬烏賊の皆さんにおかれましてはまず

「国際的な尺度で強度行動障害のレベルを測定する」

から始めるんですから。
そして海老踊りのお母さんたちも、神田橋先生や栗本さんのやり方より、こっちがお好きなわけでしょ? 正しいと思っているわけでしょ? だからこその海老踊りでしょ?

井上大センセは

 12月4日にJDDの全国大会来られるかもしれませんよ。席が半分しか埋まらない会だから、直接お話しすることも可能ですよ!(テキトーに言ってます

そしてエビデンスエビデンス普段から言っているギョーカイ人が大して命を張ってくれないとわかったとき

皆さんは私がさんざん言ってきた

「ギョーカイ人は当てにならない」という言葉の意味を知るでしょう。

彼らはね、きれいごとを主張してて
コンフリクトが起きるとするりと逃げるのです。
「支援を!」ばかり訴えていて
問題が起きると逃げる人たちなのです。

だから根本的に
「人の支援」なんてできない人たちだと言うのが
私の見解なのです。

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もはや「社会の理解」も促す気はないギョーカイ

2016-12-01 08:30:07 | 日記
さて、「発達障害ネットワーク」の年次全国大会が悲惨なことになっているとか
杉山先生のセミナーが定員180名のうち残席170人だとか(三人増えた!)
びっくりしましたが
「発達障害ネットワーク」はさらにびっくりさせてくれました。

障害者週間にイベントを開く団体を内閣府が公募します。
応募して審査に通ると内閣府とその団体が共催で啓発イベントが開けます。
今年も「発達障害ネットワーク」はそれに応募し、定員100名のイベントを開くことになりました。来週の水曜日です。大人の発達障害の理解と啓発を促し合理的配慮について教えてくれるそうです。講師はなぜか不明です。

そのせいでしょうか。
昨日の時点で参加申し込みは10名でした。
昨日びっくりしてつぶやいて今朝見たら13名に。3名増えていました。

国のお金で有楽町という交通至便な場所でやるのです。
これこそが「社会の理解ガー」のお仕事です。
そのイベントをろくすっぽ広報もしない。
私はこれまで、発達援助が眼中になく圧力活動しかしていないギョーカイ団体を「社会の理解ガー」と貶してきましたが
彼らはついに、「社会の理解ガー」すらやらなくなったようです。

国のお金で会を開いて一割の参加者。
これはもう、「無駄な公共事業」の典型です。
いざとなればサクラで埋めればいいとでも思っているのでしょうか。
本来なら、発達障害のことを知ってもらうために、一生懸命集客を呼びかけるべきイベントです。
発達障害者を雇っている人。
雇おうかなと思っている人。
そういう人に無料イベントでお勉強してもらうのはいい機会ではありませんか。
しかも場所は内閣府の用意してくれた有楽町駅前です。

でも聴くところによると
「国と」「国の」イベントを開いたという「実績」だけが大事で
集客なんか力を入れない団体は、よその世界にもいるそうです。
つまり大事なのは本当は啓発なのではなく
自分たちの支援者としての「実績」だけなんでしょうね。

皆さん
発達援助をせず、社会の努力だけを促してきた圧力団体が
ここまで堕してきたことをよく覚えておいてください。
その影響を受けている人たちがなんとかセンターにいます。
その人たちの
「ありのままでいいんだよ」
「社会が理解すればいい」
は彼ら自身も信じていません。
惰性で言っているだけですからね。
センターオブセンターが国のお金で東京のど真ん中で開くイベントに10人しか集められない。
それで社会の理解が広まるわけがないじゃないですか。

年次大会の方は申し込みを締め切ったそうです。
私が最後に見たときは、参加者は定員170人に対して88人。ゾロ目で末広がりで縁起がいいですね!
ギョーカイは権威が好き。内閣府とやれるとなれば集客する気がなくても勇躍公募だけには応じるし、たった88名の会でも議員さんたちを呼ぶそうです。
あまり大きくない会場の、半分しか埋まらない客席を見て、発達障害に力を入れたいと思っている議員さんたちがどう思うでしょうかね。
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杉山先生500円残席173

2016-11-30 13:31:43 | 日記




全く。

美味しいランチを食べてたらまた情報が回ってしてしまったので。

これはいかんだろう!

杉山先生ですよ!

五百円ですよ!

今度の日曜日ですよ!

残席173て何よ!

キャパ10000の会場なのかしら!

私が地元民ならこれは絶対行くよ。あっちが嫌がるかもしれないが。

見かけちゃったので勝手に告知協力します。

今日の私はギョーカイに親切。

ていうか

ギョーカイに何が起きてるんだ!

宮崎でやった栗本さんの講座が札止めだったんだよ!

へん。




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なぜ発達障害ネットワークの年次大会に人が集まらないのか

2016-11-30 07:36:18 | 日記



さて、昨日は「みんなどうした? 締め切りは明日だよ!」のエントリを四時ごろ書いたあと、スマホを三時間ほど某所の貴重品ロッカーに入れ退行しておりました。
そして三時間後見たら、発達障害ネットワークの年次大会、参加者が二名増えてる!
私の告知力すごい!
FBFには「お歳暮が来るのでは?」と言われたのですが、いやいやそれほど社会性ありますかね? 先方に。

あと一名で定員の半分。がんばれ~!
と応援しながら眠りにつき、朝起きてどきどきしながら見たら、まだ84名。
自分の力不足を痛感した次第です。
自分ところのセミナーだったら一晩で30名お申込みいただくんですけど。

まあ客層が違ったのでしょうね。

かつてはすごかったんですよ。
定員が2000人とか3000人とかで、それでも当日券なかったんです。
しかもプレイベントまであって、長沼先生なんか申し込み遅れて、プレイベントのためだけに行ったけど当日入れてもらえなかったりしたんだから。
それが170名の定員に対し締め切り当日朝84名のお申込み、というところまで縮んだんですよ。

やっぱりみんな、本当は支援団体じゃない、っていうことに気づいたんだと思うんですよ。だってうちの著者関係の集まりに来る人たちは「なんかラクになるきっかけがほしい」わけでしょ。そして金魚体操とか習って帰るわけでしょ。でも発達障害ネットワークの集まり行ったってそういう実効性のあるプログラムは一個もないもんね。

彼らは支援団体じゃなく利権団体。
そのことに気づく人が増えたんだと思います。
どういう利権かというと、別にどっかと結託して巨万の富を得ているんじゃないですよ。
「自分たちは治さないで、社会だけに努力を求め、それで専門家面していられる利権」です。
そんなの永遠に続くわけがないんですけどね。

そういう集団だって気づいた人が年々増えて、出る人がいなくなっちゃったんでしょう。

講師が16人。
参加者が84人。
先生一人に生徒が5人。支援級なら理想的ですね(ブ)。

さて、ここからは若干事務連絡です。
ネット書店の在庫について。

昨日こういうお問い合わせがきました。

=====
栗本先生の「芋づる式に治そう!」の本がほしいのですが、
アマゾンでも購入できるのですが、納期が一か月以上かかりますので、
直接ご連絡しました。


栗本先生の勉強会に参加して、目からうろこでして、大変勉強になりました
のでご連絡しています。
どうぞ、よろしくお願い致します。

=====

ネット書店の在庫は表示より早く入ると思っていただいてあまり誤りではありません。
というのは、うちの会社には毎日調達が来ているからです。
芋本はうちに在庫ありますので、調達が来たら出せます。
だから一か月はかからないと見ていただいて間違いありません。

「人間脳を育てる」も今、アマゾン在庫切れになっていますが、何日か前にどさっと送りましたので、もうすぐ在庫あり表示になると思います。ただしその分まで売れているかもしれませんけど。いずれにせよ申し込んでおけば、一か月はかからないと思います。

「愛着障害は治りますか?」もみるみる在庫が減っていき、アマゾンが在庫なしになったあと楽天ブックスで買ったという方がいたので見に行ったらそちらも売り切れ。その代わりアマゾンで在庫切れになっていた「人間脳を育てる」が部門一位になっていました。



お急ぎの方は直販ならその日に手続きしその日か翌日には出せます。絵葉書もおつけします。ただ直販はわずらわしいという方もいるので、一応ネット書店の調達には応じているから一か月とか二か月とかはかからないと思うよ、というインサイダー情報をお伝えいたしました。

よろしくお願いいたします。
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みんなどうした? 締切は明日だよ!

2016-11-29 15:59:10 | 日記



昨日、FBに発達障害ギョーカイのセンターオブセンターであらせられる

発達障害ネットワーク

の全国大会の告知が回ってきました。

確か今年は人数をとても絞ったのよね。
かつては数千人規模だったような、それでも予約で満杯当日受付なし!みたいな記憶があったんだけど、きっとセンターオブセンターだから少数精鋭にするんだろうな



という間に埋まってしまうんだろうなー参加費は10万円くらいかなーエリート集団だからなーと思っていたら

会場の都合で参加者は170人に減り

会費は三千円前後で

講師はギョーカイオールスターズでもちろん名医と名高い内山医師も登場で

お薬やさんのランチョンミーティングもあり

職能団体の人たちには点数もつき

なのに、、、

なのに、、、

まだ参加者が82名しか集まってないことを知り

流石に凋落が激しすぎるだろうとかわいそうになったので

全く義理のない、ていうか役立たずで失望させられた団体ではありますが

ここに勝手に告知ご協力させていただきます。

どうした? ありのまま系の皆さん!
どうした? 社会の理解ガーの皆さん!

合理的配慮とかインクルーシブとか君たちの大好きなテーマをギョーカイオールスターズで日本の首都でセンターオブセンターの団体が開催するというのに

みんなもしかして、忘れてた?

早く申し込みたまへ。

私はその日、退行方面(詳しくは「愛着障害は治りますか?」を見てね)の予定が入ってるから行けないわ。残念だけど。

でもさ

ありのまま系
社会の理解ガー系

治すなんて差別!

の皆さんは

明日までに急いで申し込み
Go!!
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自分の中の強い部分

2016-11-29 09:16:24 | 日記
「愛着障害は治りますか?」まじめに好調のようです。
やはりそれだけ、本当は普遍的なんですよね、愛着障害は。
虐待・被虐待の問題だけじゃなく、それこそ日本の家族制度の中では当たり前だった愛着障害。それを治していい時代になりました。治す方法が見つかりました。そういう本です。

私にとっては、中年期から壮年期へのトランジションの本ですね。
壮年期はどういうフェーズかというと、世の中への恩返しがテーマになりますね。
そもそも、自分にとってはさほど一人称の問題ではない愛着障害の本を出そう、と思った時点でその芽生えはあったわけですが。

昨日某所で、「苦しんでいる人と、苦しんでいない人、どっちがいい支援者かは永遠のテーマ」みたいな話をしていました。
まあ永遠のテーマではないんですけど、花風社クラスタにとっては。
花風社的には、愛甲さんみたいに乗り越えてきた人がいい支援者ですね。つまりもう自分は苦しんでいないこと。自分の苦しみを癒すためにクライアントを利用しないだけの土台ができている人がいい支援者。花風社クラスタは「治るが勝ち」ですから。
でも別の考えの人もいるわけです。「苦しみを共有してくれるこそいい支援者」と言う意見を持つ人たちもいる。

私はもちろん「苦しんでいない支援者」を支持します。その理由はいくつかありますがその一つは、私が当事者の持っている苦しみに気づいたのが自分の中の強い部分からの類推ということが多かったからです。

身体的に、私にも皆さんと同じように強い部分と弱い部分があります。
強い部分は病気をしないところ。疲れが一日で回復するところ。
弱い部分は手先が不器用なところ。

病気をしない自分の身体を自分で便利に使っていたからこそ、そうじゃない人の不利な点には若いころから気づいていました。
何しろ仕事と遊びの両立ができないんですね。人生の楽しみが少ないんです。
ハードワークすると週末寝てたりするわけです。
そして発達の問題を抱えた人の身体問題はそれ以上にへんてこでした。
すぐに熱が出たり季節に翻弄されたりする当時のニキさんや藤家さんが不便そうだなあ、なんとか治す方法ないのかなあ、と思ったわけですね。
それでなんとかなる方法を探したわけです。
だって思いがあるのにそれを実現できない身体だともったいないじゃないですか。
私はいくらでも働ける自分の身体に感謝していたからこそ、不便さに気づいたのです。

学習能力的にも私には強い部分と弱い部分があります。
南雲さんにもあります。
そして南雲さんと本を作ったとき私が言ったこと、それは
「私にも学習能力の偏りはあるけど、自分の偏り方が、学業において有利だとずっと自覚してきた」ということでした。
強いところは読解力、書く力、文字情報に強いこと。
これは私のピークスキルだと思うんですけど、それが学校では「たまたま」有利だったんですね。それは高校生くらいのときから自覚していました。

でも私は極端な方向音痴です。だいぶマシになりましたけど。
地図が読めないと実生活は不便。でも学校の勉強ではあまり困らないんですよね。
南雲さんの方が板書方面では苦労したと思いますが、今、講演依頼されて、講演会場を探し当てていく能力なんていうのは南雲さんの方が高いでしょう。

つまりね、私が凸凹さんたちの不便さに気づいたのは
自分の中の強い部分への感謝の気持ちがあったからです。
だからね、私は苦しんでいる人がいい支援者になるという意見にはどっちかというとネガティブです。
弱い人は弱い人の気持ちはわかるかもしれない。
でも「弱さが強さに転じるとこういう風に便利だよ」はわからないかもしれない。

一方で私は、自分が怖いもの知らずで他人の顔色を伺わないで生きてこられたことにあまり感謝してなかったのだと思います。
それで非難されたことも多かったからかも。
でもよく考えてみれば、この資質は確実に私を幸せにしてきたのです。

そしてびくびくと他人の顔色を伺う人のことが理解したくて、愛甲さんにいろいろ質問したのかもしれません。
これからのテーマは、びくびくした人とどう腹を立てないでつきあうか、かもしれません。

とか書きながら
「治っちゃえよめんどくさいから」とか思ってたりするんですけどね。

何はともあれ
お役立てください。

そうそう
大久保さんのブログ。必見です。
「治せない理由がなくなった」。
本当にそうですね。
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一番我慢させられてるのは誰か?

2016-11-28 08:25:38 | 日記




昨日こんなつぶやきを見ました。

こういう支援者の言葉を、私は絶対に信じません。
むしろ
数年前と趨勢が違ってきたから、あわててこういうこと言う人がでてきたなーと思っています。

ギョーカイメジャーからなんとかセンターの支援者までこぞって
・様子を見ましょう
・治りませんので理解を
というメッセージしか送ってこなかったのは明らかではありませんか。


それに揺さぶりをかけたのは、「そんなの無理筋」と気づくだけのコモンセンスのある皆さんが行動したことです。
「まわりが理解しろって・・・それは無理だろう。それが完全に実現する日は来ないだろう。ならば本人を変えた方がいいい」
そうコモンセンスを働かせ、一次障害を治すことに舵を切った人たち。
その人たちが見せている成果。
そうやって趨勢が変わってくるとありのまま系の人々も言論を修正するのでしょうね。

それならそうと認めればいいのに「前からこう言ってましたけど何か?」みたいな顔をする。これが「ギョーカイ名物・負け惜しみ」っていうやつです。皆さんよく覚えておいてくださいね。この負け惜しみを真に受けると、混乱しますからね。

第一ギョーカイ人やなんとかセンターの支援者たちが「理解と支援を」と訴えたとき、一番我慢させられたのは誰ですか?
親ですよ。保護者です。
心配を訴えても「様子を見ましょう」としか言われない。
睡眠障害に「何時までに寝るとトークン」みたいな的外れな支援方法しか呈されない。
環境調整環境調整で親は疲弊する。しかもそれを、社会や学校にも実行するよう訴えるように言われる。それが唯一の方法だと思い込まされる。
コモンセンスのある人はここで「これは無理筋だ」と気づき、一次障害を治す方に向く。

「ありのままを認めましょう」「治るものではありません」と告げられ、神仏の前でさえ「治りますように」と祈りたい気持ちさえ抑えつけられる。
ありのまま系が一番抑圧してきたのは、親の皆さんなのです。

その趨勢が変わってきた。
だからギョーカイも意見を修正してきてるんだろうなあと思いました。
でもね、ちょっとこの言い方は上から目線ですよね。
あっさりと
「自分の考え違ってました」と認めたら、まだかわいげがあるんですけどね。
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