治しやすいところから治す--発達障害への提言

花風社・浅見淳子のブログ
発達障害の人たちが
少しでもラクになる方法を考える場です。

「発達障害、治るが勝ち!」発刊のお知らせ

2017-07-27 10:07:21 | 日記




先日ご希望者にお流ししたMLを貼っておきます。
しばらくこの記事をトップに置きますので
日々の更新はこの下をごらんください。

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お世話になっております。花風社の浅見です。
すでにブログで告知し、多くの方にお申込みいただいておりますが、このたび花風社は
「発達障害、治るが勝ち! 自分の生き方を自分で決めたい人たちへ」を発刊する運びとなりました。
本書は発達障害支援の世界の
支援があれば支援があれば時代→一応支援ができた時代
へという流れを見てきた浅見が、

治さない医療
伸ばさない療育
アリバイ的特別支援教育
飼い殺しの成人支援

の現状を見て、こう思ったことが執筆の動機になっています。

=====

「愛するからこそ治ってほしい」という当たり前の親心を「障害受容ができていない」と見る支援者が一部でもいるのが残念である。
 まっとうな親心を捨てることこそ支援、という風潮が行き渡っているのが、私にとってはこの十数年、見ていて切なかった。
 切なくて、切なくて、だから、解決策を探しつづけてきたのである。
 そしてここにたどりついたのである。
(本書より)

=====

支援をあてにしすぎない人たち、支援から卒業する人たちが主体的な生き方をつかみとってきたのを見た十数年でもありました。
また支援する対象の卒業を喜ぶ支援者たちこそが優れていることを確かめた十数年でもありました。
その結果として「発達障害、治るが勝ち!」と考えるに至り、それを一冊にまとめました。支援とつきあう上でのサバイバル・ガイドとしてお役に立てるように書いたつもりです。

花風社HPよりお申し込みの方には送料無料にてお送りします。おまけとして特製ミニクリアファイル(A5版)をおつけいたします。
既刊を含めてお申し込みの冊数分お送りしますので、何か読みたい本があるという方は、どうぞこの機会をご利用ください。

新刊
「発達障害、治るが勝ち!」のURL



一緒にお買い求めの書籍としては、もし「支援者なくとも、自閉っ子は育つ」(こより著)をまだお読みでない方はぜひこの機会にお求めください。



発達援助系のヒット作もどうぞお見逃しなく。



9月23日午後には東京都内で出版記念講演も予定されております。
詳細はまた告知させていただきます。

暑い日が続きますが皆様お身体ご自愛くださいませ。
今後とも花風社の本をよろしくお願いいたします。


=====

Amazonでご購入ご希望の方、こちらからお願いいたします。
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愛着障害は誰のせいでもない、ってこういうことなんだ

2017-07-27 07:08:07 | 日記



愛甲さんは「愛着障害は治りますか?」で「愛着障害は誰のせいでもないのです」とおっしゃいましたが、そのとおりだなあとしみじみした本を読んだので書きます。

ベストセラーになっていますね。
これです。




これ、書名著者名出さずに書きます。
なぜなら、この著者のお嬢さんの目に万が一にもこのブログが触れてほしくないからです。

この本は(賛同しないところも個人的にはありますが)多くの人を救う本だと思います。
けれども自分の母親がこういう本を「反抗期の娘に書いた」ということは
娘の立場からすると大きな傷になると思います。
皆さんも娘の立場として、親がこういう本を書いたらどう思うか想像してみるといいです。
私なら親を見限ります。

でも仕方ないですね。
お母さんとしてはこれを書かざるをえなかっただろうし、そしてこの本は多くの人を救うだろうし
その傷はお嬢さんが自分で埋めていかなければいけないものでしょうから。

私はこの本を読んで、
・愛着障害は誰のせいでもない
・成功者の家庭でも負の連鎖をする
・各世代が自分で落とし前をつけるしかない

ことを知りました。
親の愛着障害の自己治療が、子どもの愛着障害を生むこともあると知りました。

このお嬢さんは亡くなったお父さまが大好きなのですね。
小さいころ亡くなったのだけれど
言葉以前の結びつきがとても強い父娘だったのだと思います。
私もそういう父娘だったのでよくわかります。
言葉ではないんですよね。交わした言葉の数ではないのです。
お父さんは女の子がほしくてほしくて、生まれた時嬉しくて「かわいい、かわいい」と娘を見ながらむすめ酒を飲んだそうです。
そういうのは身体に残るのです。

だから

自分の母親が金持ちの老人と公認セレブカップルになっている
というのは我々第三者の大衆にとってはサクセスストーリーなんですが
亡き父を愛する娘としては傷ついてもおかしくないと思います。

でもお母さんにしてみたら、だめんず遍歴を重ねたあと(これもまた愛着障害の産物)、別れたはずの夫まで立派に看取り、仕事も頑張って成功して、人生実りの時期を迎えたのですから、それを享受したいですよね。

つまり負の連鎖というのは成功の引き換に起こることもあり
でもそれは誰のせいでもなく
各世代が自分で決着をつけるしかなく
そしてそのもがきが様々なものを生むのだろうと思いました。
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有名支援者をありがたがるという誤学習

2017-07-26 09:11:32 | 日記
先日テレビに出ていたギョーカイ人が「治るんですか?」という質問を振られたときの「治りません宣言」がいまいちキレがなかったというか、わりと控えめだったのが印象に残りました。そしてあるインフォーマントと話をしたら、「いや、もうABA治さないってばれちゃったのでそろそろ弱気になってるんじゃないですか」とのこと。なるほど。「何しろ実績ってペアレントトレーニングだけでしょ」って。ああ、ペアトレっていうやつね、なんて思ってたらまたタレコミがありました。

いや、私はブロックされてて見られないんですよ。そして皆さんに見せようと思ったら、南雲さんや栗本さんという著者筋だけじゃなく、花風社の読者の皆さんも細かくブロックなさっているのですね、このツイート主。すごい熱心な仕事ぶり。願わくばそれをもっと治す方に向けていただけないでしょうかね。

私のとこに来たのはスクショですけど、URLも貼っておきますね。クリックしてみてください。みえるかな。花風社クラスタならブロックされていて一人前!(ウソです)



まあともかくペアレントトレーニングの「わが国を代表する専門家」が一堂に集まるとのこと。すごいな。わが国を代表するって。どっかでペアトレオリンピックでも開かれててこの人たちが日本代表なのかな。ていうかこのツイート主、自分ところの合宿のセールストークでも「一流の専門家を集めた」ことを自慢してたけど、気づく人は気づいているでしょ。有名支援者に限ってろくなもんじゃない。治さないし治さないでも「仲間内で盛り上がる仲間が多い」っていうのが有名支援者の定義だからどんどん治さなくなります。治さないことに罪の意識を感じなくなるの。だって友だち誰も治してないからさ。

「発達障害、治るが勝ち!」でも

=====

伝説5
人気の病院やクリニックに予約が取れるとラッキー

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を論駁しています。ここは何度読んでも自分で笑うところです。お楽しみにね。ギョーカイは読んだら怒るだろうなあ。まあ花風社読まない運動している人たちは読まないだろうしこっそり読んでも仲間内でしゃべれなくてかわいそうね。

私がギョーカイ人だったら、今度の本は読んどくね。読んだら花風社がやっている身体アプローチがどんなもんか手っ取り早くわかるしそれに、今後は多かれ少なかれこの本を読んだ人、読んだ人から話を聞いた人、なんかが今後被支援者になるので、傾向と対策を練らないといけないから。

あ、でも傾向と対策練るほどの立ち回り力はギョーカイ人にはないか

と思ったのは私の見誤りで

著者ではなく読者までブロックしているところを見ると、なんだかんだ私のついったーよく観察しているんだろうし割と仕事が細かいわよね(ほめてません)。

願わくばその勤勉さを治す方に(以下無限ループ

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理解とはどういうものか、理解していますか?

2017-07-25 09:53:53 | 日記
さて、私(浅見)は、発達障害を理解しているでしょうか?

猿烏賊目線では理解していないでしょうね。
だって治るとか言うし。
けれども花風社クラスタから見ると「治るという可能性を見出してくれた人」でしょうね。
つまり本当に理解している人でしょうね。

先日某所で某支援者に言ったことですが
結局「発達障害を理解して」ってギョーカイがいうとき求めているのは「理解」じゃないんですよね。
「私たちの仲人口をまんま受け入れて」っていうことです。
自閉っ子天使説とか天才説ですね。
だったら支援はいりませんね。
天使や天才に支援はいらないでしょう。

ギョーカイが決定的に間違っているのは、
理解した結果、離れていくこと、かかわらないことを選ぶ人もいる。
それこそがホンモノの理解だっていうことです。
そしてギョーカイの理解
すなわち「理解さえしてもらえれば受け入れてもらえる」をそのままのみこむと誤学習になります。
なのに無自覚なままに誤学習に陥っている人、多いですね。

私は発達障害の人とパーソナルにかかわってきたので、仲人口を超えた理解をしているとも言えますね。
ビジネスパートナーとして一緒にやってきた人もいれば
被害を受けて告訴人になったこともあるし
絡まれるのは日常茶飯事です。
そして知ってしまいました。
きちんと努力する気のある発達障害の人がいて、一方で「社会の理解」を口開けて待っている人がいて、どっちも教育の産物だということをね。
だったらどういう教育がどういう結果に結びつくのか。
その観察の結果、「ギョーカイの言うことを真に受けると社会に通用はしないよ」という自分の意見を「発達障害、治るが勝ち!」に認(したた)めたわけです。

「理解されさえすれれば万々歳なのだ」という誤学習を若い人がしている場合
その正当性を見極めるのは周囲の大人の役目ですね。


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「絶対に健常児にはしない」というギョーカイの固い決心

2017-07-24 16:22:24 | 日記





岩永先生の盛岡講演会のこのアオリを見て、腹立てている方が多いですね。


最初の一言が余計だ! っていうね。
親としてはたまんないよね。最初に保身のフレーズぶちこまれると。
しかもどこの保身かというと、タコツボ内での保身ですからね。

それで思い出したのは、神田橋先生と初めてお会いした時のあのこと。

浅見「発達障害は治りますか?」
神田橋「発達障害者は発達します」

これに感動した、ということで嘲笑した人がたくさんいました。つまり、発達障害者が発達するのは当たり前じゃないかという。猿烏賊方面でも海老踊り方面でも嘲笑した人がいた。

この辺、結構新刊にも詳しく書いて論駁していますが

当時の私は、発達障害者の迷惑行為を受けていた→ギョーカイ人死んだふり→やはり治らないのか→じゃあ発達障害者の迷惑行為の対象になったら一般人はひたすら我慢しなきゃいけないのか→そんな迷惑な人たちを世間が受け入れるだろうか

と言う問題意識を持っていたわけです。
そしてなんで先生の言葉に感動したかと言うと、そう、ギョーカイ人は誰も発達を促しているようには見えなかったからですよ。「社会の理解を」しかやってない。じゃなきゃ「スモールステップ」(ブ)。

でもその「スモールステップ」が海老踊り猿烏賊方面では「発達する」ということなのかもしれない。まあ大脳皮質だけに働きかけていると成果はちんまりしているからね。

まあともかく

発達障害者は発達する

という言葉に感動した私を「当たり前じゃんプゲラ」した人たちがあれほど多かったっていうことは、発達障害関係者は党派を超えて「発達障害者は発達する」を信じている人が多いっていうことですね。この点は意見は割合一致しているわけです。

でも

「発達障害は治る」になるとがらっと変わってきますね。

「治った!」と思っている人が増えている花風社クラスタ。それを唇かみしめて「うそだ。騙されているだけだ」「どうせたんなる健康法」とか言っている人たちがいるわけです。支援者にも当事者保護者にも。そしてその人たちは支援下にいるお子たちを健康にすらしていないことも多いわけですが。

つまり「発達障害者は発達する」は多くの人が信じるのに
「発達障害は治る」になると大荒れに荒れるわけです。

変でしょ?

治り始めたら止まらない、というのが実感だ、という支援者の方がいました。私もそう思います。もう誰も止められない。

あ、違った。止められますね、ギョーカイ人には。

盛岡講演のアオリに怒った人っていうのは、それに気づいた人だと思うんですよ。
「発達を促進するけど治さない」っていうのはね

「自分たちは介入します。介入を仕事にして専門職としてドヤ顔して報酬も受け取るつもりです。でも意地でも健常域にはもっていきません」という「ギョーカイ連帯の誓い」に見えるのですよ。

だから「発達障害者は発達するなんて当たり前じゃんプゲラ」を言っている人が同じ口で「治らない!」って言っていると

「ああこの人は『意地でも健常児にはしないという固い決心』をしている支援者なのだなあ」と思われているということですね。

そういう自覚、持った方がいいですよ、ギョーカイの皆さん。

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仲間はほしくないのですか?

2017-07-22 06:28:20 | 日記




この前某所で某支援者に、現在

ギョーカイメジャー全員vs浅見さん

で浅見さんが勝っている感じだ、と言われました。何で勝っているのかは聞きませんでしたが、まあ暴論言論方面でしょう。そして「浅見さんは仲間がほしくないのですか?」ときかれました。「へ、仲間?」とびっくりしました。そういえば「仲間がほしい」と思ったことはないですね。


でも仲間がいないわけではありません。ただ、「仲間づくりを優先させない」のは事実です。自分の主張ははっきり言う。そうすると自然に敵になる人もいれば味方になる人もいます。敵も味方も作るもんではないですね。できるもんです。

長年の浅見ヲチの結果多くの猿烏賊たちが学んだのは「人それぞれなのだ」ということだと思います。発達障害を治すとか、自閉っ子も努力しろとか、身体アプローチとか、(彼らにとって)非常識な提言をどんどんする私、ギョーカイメジャーにどんどん喧嘩を売る私を見ていて「あんなの誰にも支持されるわけがない」と思っていたのにそうでもない。だから支持者を情弱呼ばわりしていましたが「五年十年みましょうよ」と私が言った通り見ていると支持者の中に「治った!」と自覚する人たちが出てきた。そしてそれは現象として実績に結びついている。より自由度の高い生き方に結びついている。その現実を見て、「人は人、自分は自分」を悟った度合いは猿烏賊間でも格差があると思います。

おそらく今でもぶつぶつ言っているのは、それがまだのみこめていない一番どんくさい猿烏賊でしょう。そうでなければ、なんらかの理由でむしろ浅見の承認を必要として止まない人たちでしょう。まあなんらかの理由と言うのは、花風社が本心では好きだから本当は仲良くしたい認めてもらいたいのか(でもこれは少ないはず)、じゃなければ育ちの中で培ってしまった愛着の問題で「世の中全員が自分に賛同しないと不安で仕方がない」人たちでしょう。

私にはそもそも承認欲求どころか、「仲間がほしい」という欲さえないのです。とにかく心底ギョーカイに腹が立った。支援者のくせに支援していないからです。そしてその事実を見つけたから、それをおおらかに表明する。その結果読者がいなくなれば撤退するだけ、というつもりでやってきました。でもギョーカイをのさばらせていてはギョーカイ以外の誰も得しません。それを打ち破るために強い主張をして本が売れなくなるのならそれでいい、と思ってやってきました。

でもまあ結果はどうかというと、2009年までは全くなかったマーケットがひとつできてしまったわけです。「言葉以前のアプローチ」という。

そんなことを思っていたら読者の方から興味深いメールがきました。私と同県人です。

=====

「神奈川の人の愛情や関心の表現は、わりと淡泊なのかもしれない」と感じるようになりました。
例えば、子供が泣き叫んで親である私が困っている状況の時に、他の場所では声をかけられることが多かったように思います。
それが有難い時もあれば、申し訳ないけれどちょっと放っておいてほしかった、と思うこともありました。
神奈川では「そちらに注目しない優しさ」というものがあると思います。
本当に何かあれば助けてくれないわけではないけれど、敢えて声をかけない優しさ。
でも、それは他県から来た人にとってはわかりにくくて、「冷たい」と言われたりもするような、さりげない優しさ。
また、私の実家は、何か困ったこと(主に子供たちの預かりなど)があって相談すれば、何とかして助けてくれますが、その表現は控えめで
こちらからの発信に応える、必要以上は手を出すまい、という風に感じます。私の子供たちのことはとても可愛がってくれますが、
(私たちのために)余計なことはするまい、と敢えて線を引いているように思います。

=====

あああ、そのとおりだ、と思いました。
普段は干渉しない。何かあると助け合う。そして次の日からまた他人、なんですよね。
この方はこのあと、だんなさんのご実家(日本海側某所)と神奈川のご実家の「孫の歓迎度合いの違い」に触れていらっしゃるのですが、横浜と藤沢のハーフとして私も小さいころから「孫を猫かわいがりする祖父母って、あれって日本むかしばなしの中の話なのだ」と思っていました。それくらい両祖父母とも割合クールでした。そしてそれが私にはさみしいどころか心地よかったのだと思います。でもそれが神奈川県民性である意識はありませんでしたが、東京の人の方が意外とウェットなんですよね。そうじゃなきゃマウンティングが激しいです。とくに東京のアッパー寄りな人たちの笑顔のマウンティング、怖いです。

瀧澤久美子さんのいう「愛ある無関心」もあれ、土地に基づいたものなのかもしれない、と思いました。
たとえば沖縄では無理でしょうね。
でもだからこそ、沖縄行きでこよりさんは大きな気づきを得たのです。

そしてそういうメンタリティを知らず知らずのうちに身につけているらしき私にしてみれば、本当に「治りたい人だけ治ればいい」んです。
でもギョーカイはムラ社会だから、それがわかんなかったかもしれないですね。
ギョーカイは私が遭遇した中で一番のムラ社会だし均一性を強いるし見張り合い社会です。

新刊にはこう書いてあります。

=====

 だから、ギョーカイを心底見限った私がブーイングにも負けず「治そう」と言い始めたら、賛同者は意外と多かったというのが実感である。

=====

本当にこれが実感なのですよ。
私は仲間を求めてギョーカイ批判をしたのではないのです。
ギョーカイがしょうもないから批判した。そうしたら「やっぱりそうよね。使えないわよね」って思っていた人が意外と多かった、っていう話なんです。

新刊、直販も書店方面(ネット書店含む)も予約好調ですが
おそらくギョーカイの人も読むんでしょうね。
いや、私がギョーカイ人なら読むと思いますよ。たとえ賛同しなくても。
だってこれから、この考え方に大なり小なり触れたことのある人を支援する機会が増えるのですから。



新刊「発達障害、治るが勝ち!」
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切なくて切なくて

2017-07-21 09:02:48 | 日記




プロっていうのは他の人が気に留めていないような細部に工夫を凝らしています。
私は一読者として単行本を買っても、実はあまりアートワークに興味はなく、ジャケットを脱がしたことはありませんでした。
でもうちのデザイナーさんが「脱いだ姿」にこだわりまくる姿を見て、自分自身「今度の本は脱がしたらどうだろう」と期待するようになりました。
けれども「発達障害、治るが勝ち!」はこっちから「脱がしたあとの姿」を指定しました。
画伯にも発注し、二人で試行錯誤して、仕上げました。
だから皆さん、本が手元に届いたら、脱がしてみてください。
書店でお買い求めの皆様、店頭で脱がすのはやめてくださいね。ちゃんとお金を払ってから脱がしてください。
ジャケットを脱いだ姿に、皆さんは私の愛を見出すでしょう。
そしてひっくり返してみてください。
表四(裏表紙)にまたもや、私の愛を見出すでしょう。

そして私は昨日、帯の裏に何を載せるか考えていました。
ここは「発達援助という視点」と書かれていることもあれば
関連書の広告が載っていることもあります。
ジャケット脱がした状態と同様、たぶんあまり注意を払う人はいないと思うのですが
一応編集者はここに何を載せようかもじっくり考えます。
そして本文からの引用にしました。
引用してみると、これは載せた方がいいと思い、アマゾンに行って「出版社からのコメント」に貼ってきました。
自社のHPにも貼ってきました。

こんな引用です。


=====

「愛するからこそ治ってほしい」という当たり前の親心を「障害受容ができていない」と見る支援者が一部でもいるのが残念である。
 まっとうな親心を捨てることこそ支援、という風潮が行き渡っているのが、私にとってはこの十数年、見ていて切なかった。
 切なくて、切なくて、だから、解決策を探しつづけてきたのである。
 そしてここにたどりついたのである。
(本書より)

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自社HP 「発達障害、治るが勝ち!」コーナー


Amazon「発達障害、治るが勝ち!」ページ

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「改善するけど治りません」という魔法の言葉

2017-07-20 11:29:10 | 日記





岩手から送られてきました。
岩永先生が盛岡で講演なさるのですね。

発達障害を治すのではなく発達を促す。
なるほど。
たぶんお友だちのギョーカイ人の中には「発達を促す」と書いただけで怒る人もいるでしょうが今度の主催者は医師会のようですから、つまり発達障害のタコツボ内での会ではないようですから、これくらいは許されるわけですね。

よく「発達障害の専門医に増えてほしい」というご意見がありますが
なんで増えないか?
役に立たないからだと思います。
役に立たないものが増えないのは自然です。
今のところ診断しか役目がないんだったらそのうちアプリかなんかに置き換えればいいんじゃないですかね(ブ)。

なんだっけ。


そうそう。発達を促すけど発達障害は治さないという感覚統合第一人者の固い決心ね。

親御さんとしてはどっちでもいいでしょ?
でもギョーカイにとっては重大問題なんですよね。

私もながらく「改善するけど治りません」という専門家の言葉を信じ、それでも
「そうか、改善するのか、よかったよかった」と思っていたほどバカでした。

でもなぜ「改善するけど治りません」なのか
新刊「発達障害、治るが勝ち!」では相当なページ数をその解釈に割いています。
ここを超えないと治らないのでね。

だいたい魔法の言葉ですよ。「改善するけど治らない」って。
なかなか器用な真似ですよね。改善するけど治らないで済むって。

まあ私の解釈をお楽しみに。

直販分につきましては、昨日から本当にたくさんご注文いただいているのですが、いつものMLをまだ流していません。
流さないわけにいかないので、予定を早めて本日流しますが、すでに注文したけどきちゃった、という方もたくさんいらっしゃると思います。自動返信がいっていたらご注文は承っていますのでご安心ください。
それとまた送料がバグを起こし、10冊ご注文の方には3100円とかいってしまっているケースもあるのですが、とにかく新刊の注文があれば送料はお取りしないのでご安心ください。
それとMLを見てお申し込みの方には自社分を放出してでもクリアファイルをお届けしますのでご安心ください。
会員登録とML登録がリンクしていないので(今、チェック欄を設けてもらうように頼んでいますが今時点ではリンクしていません)、今後MLがほしいという方、メールでお知らせください。秋に向けて講演会情報等も多くなります。

とりあえずわかっているのは

9月17日 ニキさん 広島県内
9月23日 浅見 東京都内
9月24日 ニキさん 青森県内
11月4日 浅見 北海道内
11月15日 藤家さん、浅見 大阪府内
12月3日 藤家さん、浅見 鹿児島県内

です。栗本さんはどうせどっかにちょこちょこ行くと思います。先日私が見張りに行った講座も満員御礼ですごい熱気でした。「えらくなったんだな~」と思いました。どっかの先生みたいでしたよ。栗本さんはなんの肩書もないたんなるおっさんですが、アプリで置き換えはできませんね。

さて、「発達障害、治るが勝ち!」Amazonでも予約可能になりました。
Amazonご愛用の方はこちらからご予約ください。

どうぞよろしくお願いいたします。


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花風社HPに「発達障害、治るが勝ち!」アップしました。

2017-07-19 09:44:55 | 日記
花風社HPに「発達障害、治るが勝ち!」 詳細アップしました。直販ご希望の方、購入可能になりました。
今回のおまけは、特製ミニクリアファイルです。一冊のみご注文の方への梱包を考えると、A5版がいいかなと思いました。A4の書類を二つ折で入れられるサイズです。
複数冊ご購入の場合(既刊も含む)は買った本の数だけミニクリアファイルがつきます。知人友人にプレゼントしたいという方、ぜひこの際にお求めください。

クリアファイルは限定500部です。花風社の直販は他の本も同時にお買い上げの方が多いので、500部は「大急ぎで申し込まなくてはならないほどではないけど、わりと早めになくなりそう」な数です。なくなったらこれまでのハガキをおつけいたします。ミニクリアファイルご希望の方は急いでいただいた方がよさそうです。

一応花風社の関係者向けには一定数を確保してあります。ですので著者関係の方、ご希望があれば早めにお知らせください。

おっとミニクリアファイルの話ばかりになってしまいましたが

沖縄から戻ってまた、大幅修正していました。目次も変わっています。ぜひリンク先をご覧の上、お早めにお申し込みください。

沖縄に行っていた間に読んでもらった人から、貴重なアドバイスをたくさんいただきまして、大幅な書き直し(とくに前半部)をしました。

後半に関してもかなり新しい考えを入れました。どうぞお楽しみに。

同時に買う本としては、最近のヒット作三作(『人間脳の根っこを育てる』『愛着障害は治りますか?』『人間脳を育てる』)ももちろんですが

猫本(『支援者なくとも、自閉っ子は育つ』)をお読みでない方はぜひこの機会にお読みください。「治るが勝ち」でもこの本のことには二度触れています。

また『愛着障害は治りますか?』のヒットに伴い、「脳みそラクラクセラピー」が売れ行き好調です。もうすぐ在庫がなくなると思いますので、迷っていた方はお急ぎください。在庫切れの場合にはご容赦ください。

また「身体アプローチの威力を知ってもらいたい」と願う方々の間で、「まず芋本を贈る」という方法がいいようだ、と「エピソード」が積み重なっています。こちらもご検討ください。

Amazonで予約ご希望の方、これからアップします。アップしたらまたお知らせいたします。

どうぞよろしくお願いいたします!

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ギョーカイが自己肯定感を育めない理由

2017-07-18 11:38:52 | 日記
二次障害と自己肯定感を振り回して自分たちの死んだふりを正当化するギョーカイ。二次障害について考え直そうよっていうことは「発達障害、治るが勝ち!」でもずいぶん暴論を書いたんですけどまた追っていきたいですね。インサイダー情報ですが(っていうかここにもう書いてしまってますが)9月23日に都内で講演することになりそうです。出版記念講演を開いてくださるというありがたいオファーをいただいたのですが、ここでは来てくださる方のために本に載っている以外の情報も出すつもりなので、二次障害について深めてみましょうかね。

昨日のブログにいただいた373さんのコメントも大きなヒントですね。
そして新刊も考えるよすがになると思います。

さて自己肯定感。
かねてよりギョーカイのいうような「褒めれば育つ」はウソだろうと思っていましたが、今朝こよりさんからいただいたメールに大きな気づきがありました。
こよりさんは今回の沖縄行きとそのあとのことで大きな気づきを得た。それは「子どものころから今まで理不尽を受け入れてきたなあ」ということ。そして今ゴールドのスリッポンを履くたびに「理不尽を受け入れなくていいのだ」というメッセージを受け取っている気がするそうです。
足だけじゃなく心もらくちんになるそうです。

そうそうそれなんですよ。それが自己肯定感の根っこのはずなの。でもギョーカイはむしろ理不尽を押し付けるじゃないですか。そういうギョーカイに自己肯定感が育てられるわけがないですね。

ギョーカイとかかわる前からまっとうな自己肯定感を持っていた私は、自分に無礼な真似をする人を許しません。やられたらちゃんとお(倍)返しをする。でも猿烏賊やらギョーカイやらの浅見いじりを見ていると「やり返される」ことを想定していなかったみたいな感じですよね。

新刊にも書いてやりました。
何しろ「あの人たち」は新刊も買わないからね。一生読まないだろうから安心してありのままの姿を描きましたよ。

=====


 こっちの主張が気にくわないと「おまえのところの本なんか二度と買わない」と言われる。それが脅し文句になると思っているのである。そして零細版元の考えを揺るがそうと「不買運動起こしてやる」とか医師や臨床心理士、大学教授や発達障害者支援センター長、といったリッパな人たちが脅しをかけてくる。だから私は言い返す。「わかった。じゃあ二度と買わないでね。私はこれからもいっぱいいい本出すよ。評判になるのもあるかもよ。中には読みたい本もあるかもよ。読みたいんだけど花風社だから買わない、と唇かみしめて我慢してね。買わないと自分で決めたんだから絶対買うなよ!」と。
 一回当事者らしき人から電話がかかってきて「もう花風社の本は絶対買わない!」と言われたので「わかった。ぜーったい買わないでくださいね。死ぬまで花風社の本は、ただの一冊も買わないでくださいね! どんなに読みたい本が出ても買わないでくださいね」と言ったら、わっと泣いていた。

=====

自分たちがちきんだから脅せば黙ると思っているんですよね~。
それで平気で理不尽を押し付ける。

私はこれまでギョーカイの本音は「健常者に人権なし」なんだと思ってきましたが当事者ただ働きさせたり暑い中車の中に置き去りにしたり結局当事者も大事にしていないじゃないですか。「支援者だけに人権あり」が彼らの本音ですね。

さて

理不尽と言えば私は愛知県自閉症協会(こよりさんの個人情報持っていたはずの組織)のブレインとして君臨する吉川徹センセに投げかけて答えてもらっていない質問があるのを思い出しました。

私が「自閉症を治そう」と願うことを彼は咎めたのだけど(医者が治すのを咎めるなんて不思議な話ですね)

私は自閉症者の加害による被害を受けた立場なわけです。
ちゃんと司法が「有罪」と認めた事件の被害者なわけです。

その私がなぜ「自閉症は治ってほしい」って思っちゃいけないの? という問いかけ。

数年答えてもらっていません。死んだふりをされています。

つまり吉川センセはギョーカイの一員として「理不尽を耐え忍ばせる」のに慣れていらっしゃるんでしょう。
当事者保護者相手にもそうみたいですから。

でもね

一般社会はもっと自己肯定感高いもんですよ。
そして自己肯定感の根っこは「理不尽なことをされることは許さない」という精神だと思います。
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