治しやすいところから治す--発達障害への提言

花風社・浅見淳子のブログ
発達障害の人たちが
少しでもラクになる方法を考える場です。

神経発達障害

2017-02-23 10:36:16 | 日記
皆さんクイズのお答えありがとうございます。
中枢神経を私なりに描いてみました。






こんな感じ。
黒線が中枢神経の姿で赤線はそれが育っていくルートだそうです。
これは「基礎的な生理学」を知っている人なら知っているそうです。
non君が大根に例えたそうですが、私も植物的に育つんだなという印象を受けました。私が思ったのは脊髄が根で脳が花。そしてその他の身体の部分が葉っぱ。そこから入力を受けて花が咲く。入力っていうのは栄養もあるでしょう。陽光や触覚刺激もあるでしょう。そして動き。

この構図がお寝坊していた私のもとに昨日の朝急にやってきたのですね。自閉の神様が「とっとと起きろ!」とお土産持って起こしにきたのでしょうね。
そして「DSM-5対応 神経発達障害のすべて」を急いで読んだのは昨日書いた通り。そうかだからDSM-5から「神経発達障害」になったんだ! と突然わかったのです。そしてえらい先生方が集って「神経発達障害のすべて」とおっしゃるのだからすべてが書いてあると思うじゃないですか。

そしてまえがきby杉山大先生。
曰く。
「DSM-5では、このように大きな変更が行われたが、中でも重要なのは神経発達障害群という大項目の創設である。しかもこの群が、すべての診断基準の冒頭に置かれている。これは、発達障害が多くの精神科疾患の基盤になることを踏まえてのことではないかと思われる」

えええーそっちー?!

と思いました。
ていうか杉山大先生、DSM改定前から「精神科疾患の基盤に発達凸凹がある」とさんざんおっしゃってきたじゃないですか。何を今さら。

そして感覚統合クラスタは、今般の改定で感覚過敏が診断基準に入ったので自分たちの主張が認められたと海老小躍りして喜んでいるかもしれませんが

神経発達障害という大項目の下では当たり前ではないですか。感覚の偏りがあるのは。

まあ、えらい先生たちの考えることはわからん。
このまえがきに続く対談では「ADHDをDSMより先に発達障害に入れてた日本スゴイ」とかネトウヨがやりそうな日本スゴイ論をやってるしな。この卑屈根性が実は治るの邪魔してるんだけどね。あっちの手法を持ってくるのの外人寵愛争いしてこっちで免許売る仕事始めた売国系猫烏賊ボス系大物支援者はどんどん治さなくなるしね。

あっと話がずれそうだったけど

「神経発達障害」って聞いて私が素人の私が素直に思うのはえらい先生たちと違って

「そうかやっぱり全身なんだな」ということです。
だって神経全身に張り巡らされているじゃん。
身体アプローチ効くのあたりまえじゃん。

とくに脊髄はどこにある? 背骨に格納されている。

だったら

私がかねがね思っていたように

「自閉症の人って背中で見分けがつくなあ」

というのは当然なんだろうし

金魚体操とか
恐怖麻痺反射の統合とか

背中へのアプローチで治るのは当然じゃん?

「発達障害は中枢神経の障害」とみんな決まり文句のように繰り返してきたけど
「中枢神経背中まで伸びてるよね」って誰もわざわざ言わなかったよね。

ずいぶん遠回りしたと思うし、これからも大先生たちは遠回りするでしょう。

私は近道を探そうと思います。
自分でできて、金がかからなくて、できたら身体の中に何も入れない
方法でね。

花風社は今日21歳になりました。
畏れ多くも皇太子殿下は57歳で、作家の百田直樹氏は61歳だそうです。
百田氏と花風社はちょうど40歳違いなのですね。
花風社もあと40年経てば100万部くらいの本が出せるかもしれません。
でもそれは発達障害の本じゃなくていいや。
発達障害はその頃、本なんかいらないくらい
みんな自分でできることで治っているといいな。
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中枢神経

2017-02-22 15:25:23 | 日記
今日はちょっとお寝坊しました。そして起きがけに自閉の神様がお越しになったので飛び起きましたよ。

そしてこの本読んだ。なんにも答えは書いてないや。でもここに答えが書いてないということが答えかも。

皆さんにクイズ。

ぐぐるのなしね。それと、医療関係者は参加を控えてね。

さて

発達障害は中枢神経の障害と言われますね。

どこにあるの?

中枢神経って。

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煽った甲斐があった

2017-02-21 09:38:44 | 日記
先日、ある封書を空けていたらメインの書類とともにぽろんと落ちてきた紙がありました。岩永先生の講演会のお知らせ。
まあ岩永先生がどこかで講演会をしていても別に珍しくないですが、一応見てみたら画期的だったですよ。そうか岩永先生は、雨が痛いのとか風が痛いのとか治ると言い始めたんだな。知ってるよ、治るの。ただギョーカイ的に言うと、「雨が痛い、風が痛い」という当事者からの一次情報は「じゃあ治さなきゃ!」っていう方向に使っちゃいけなくて、「ほうらこんなに弱い人たちなのです配慮を障害にわたる支援を!」の方向に行かなきゃいけないから今まで言い出せなかったんだよね。でも私が感覚統合ディスり始めてよりによって「人間脳を育てる」というすっかりメジャーになってしまった本に「感覚統合はこれが治せないよね」なんて「感覚統合が治せないもの」を列挙するという暴挙に及ぶに至っては黙っていられなくなったのかもね。急に治せるって言い始めたことと私の傍若無人な言論活動に関係があったら私は実にうれしいね。やればできる子!

でもそのあとがちょっと残念だった。

治すためにはまず正確なアセスメントが必要なんだって。
正確なアセスメント。
ってそれは、自分たちが療育ギョーカイに「エビデンスないくせに!」とか言われて同調圧力に屈して治すことをそっちのけに十年の月日をかけて多大なコストを保護者や当事者にも支払わせて金字塔のように立てたアセスメントツールを売らなきゃいけないという都合だというのが透けて見えたから。

岩永先生素直なのかも。
だから「エビデンスないくせに!」と言われたら必死にエビデンス出そうとするし(まあきっとそれが学者として正しい態度だ)「感覚統合治せないじゃん」って言われると「治るもん!」って言い始める。やっぱりいい人ですね。ただ私には無礼だっただけ。ものすごく。

いや、正確なアセスメントは必要だと思うよ。でもそれは学者さんたちが他領域の人に対して「僕らもエビデンス重視です」と言うために作って高い値段で販売する様なアセスメントツールではないかも。

そうねえ、雨が痛い風が痛いの人がいたら今はきっと
・足首使えているかしら
・首座っているかしら
・排泄
・睡眠
みたいなことに興味持つかな。それが感覚統合と別れてからも身体アプローチの門前の小僧をやってきて今「言葉以前のアプローチ」という言葉を広めようとしている私のイマココかな。

大学人は大変ね。
おつきあいが多くて。

だから

支援には大学人であることは不利かもね。

(ブ)
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集団活動と人間脳

2017-02-20 09:30:12 | 日記
私が森嶋氏及びチットチャットと縁切りしてよかったなと思うことのひとつに、栗本さんが本音を話し始めてくれたことがあります。
悪口じゃないですよ。
同じ身体アプローチでも当然、森嶋氏と栗本さんでは方針が違うところがあり、これまでは黙っていたのを話し始めてくれたという意味です。

それは集団指導のことです。

個人指導もいいけど(栗本さんもしていますが)やはり支援者は集団指導をあきらめてはいけないというのです。
灰谷さんにせよ栗本さんにせよ個人指導もしています。そういう場面も必要ではある。でもそれは個人がお互い納得づくで、いわば個人的な受注発注の関係があってなりたつこと。一般的な家庭教師などもそうでしょう。

でも放課後デイは、あくまで児童デイの障害児版。そして子どもは、学校に入るころには親から離れて集団活動するのが普通。親と遊ぶより友だちと遊びたくなるのが発達。そこまで育て上げるのが意義のはず。それなのに支援者が集団指導をあきらめてはいけないというのです。そして先日発表した新コンディショニングプログラムは、集団指導が可能なことも一つの大きなメリットになっています。

集団活動できてこその人間活動だもんね・・・と思ったけど実はそうじゃないですね。人間活動は人間でなくてもやりますよね。なんのためかというと生存のためですよね。

要するに、集団活動するためには「人間脳以前」から育てないといけないんですね。
その手法が先日の講座にはありました。放課後デイの方もいらしていましたがトクすると思います。

さて、大阪で栗本さんの指導が受けられます。
お値段もお手頃です。

当事者保護者の人もいいですし、放課後デイ、学校等で支援の立場にいらっしゃる方にも実りが多いはずです。

詳細・お申し込みはこちらをごらんくださいね。

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流れ その5

2017-02-17 10:40:54 | 日記



このように保土ヶ谷の講演会は終わり、私たちは会場を後にしました。
私は最後までいてもいいかな、と最初から思っていたのですが、途中で帰るかもと思ったわけは、おなかが空いていたからです。
講演前はなんとなく食事しないことが多いです。それでお昼を抜かしていたのです。
画伯が来ていたから普通だったら画伯を誘いなんとなく食事しようよからちょっと一杯とか言って一杯ではすまず・・・というパターンなのですが、この日は誘う気がありませんでした。
画伯がなんかのらりくらりと花風社クラスタには発表しないしかと言ってもう公表していいと言われているし愛甲さんには言っちゃったしなのに画伯が自分で発表しないところを見るとこれは私に言えということかと解釈して暴露しますが
画伯は新婚だからです。
とっとと新妻の待っている(多摩)川向こうに帰れ!

私は帰路、一人で京都風のお店に入って「生麩入り茶そば」というのをいただきました。とてもおいしかったです。そして夫と一緒だとまず食べられないメニュー。関東の男(の一部)にとって蕎麦は信仰の対象なので、生麩入りもそもそもあったかいお蕎麦も許せないようですからね。

そして食べながらやはり思いは「カサンドラの人と当事者の人が仲良しだった」という衝撃の件に移っていました。
そう、ジョブコーチの方への衝撃が「治るんです」だとすれば
私にとってはカサンドラの団体と当事者の団体がそろって空気を読んで私に話を合わせながらも最後は「発達障害の人の生きやすい社会ではない。社会の理解を」と仲良く訴えていたことが衝撃でした。
どうやらカサンドラの人は発達障害で困っているんだけど、でも変わってほしいのは社会の方なのかしら。
頭がぐるぐるしました。

そしてわかったこと。
どうやらみんな、なるべく仲間を作るために大同小異には目をつぶり、手をつなぎあうのですね。
FBとかで全く主張の合わないと思われる人たちが同じギョーカイにいるというだけでお友だちになって当たり障りのないことを言い合っているのはだからなんだ。

そういうの、私は一切してきませんでした。
むしろ、あらゆる大同小異にきっぱりと対応してきて著者たちとすら別れを厭いませんでした。
ていうかじゃないと、主張は鮮明にならないのではないかしら。

私がカサンドラだったら、自分の愛着障害も治したいけど(愛着障害がないとカサンドラにはなれないと思うので)、やはり発達障害の困ったところ、治せる手があるのなら治してもらいたいと思うのですけどね。

そんなこと考えていたら大久保さんのブログに答えが書いてありました。

社会が理解しないと、生きやすくならない?



=====
社会の理解と本人たちの“生きやすさ”が相関関係にないことは、治っている人達を見てきた人間にとっては当たり前で、みんなが知っていることです。
自立した生活が送れるのも、しっかり働けるのも、愛着障害が治るのも、感覚過敏が良くなるのも、社会が理解したからではなく、本人が成長し、発達し、治したから。
今よりも、障害に対する偏見も、誤解もあった時代でも、自立した人はいたし、治った人もいた。
そうこうしている間にも、今、同じ社会の中で、自立する人がいて、治る人がいる。
だからね、しょーもないセールストークしてないで治せよ、というか腐っても支援者だったら、本人たちのプラスになることやりなよ、今、生きやすくなることをしなよ、と思うのです。
(大久保さんの前掲ブログより引用)
=====

そうだそうだ、本当にその通りだ。
私たちは「社会の理解」と「本人の生きやすさ」が相関関係にないことを見てきた。生きやすくなってきた人はいた。でもその人たちは「治った人、発達した人」であり、社会の理解とは無関係。あえていえば身内が理解することは大事だけど、それはどういう理解かというと「普通の道筋ではないかもしれないけど発達していくよ」という理解。

ただ私が最近気づき始めたのは、自分たちがマイノリティだという意識があればあるほど、大同小異に目をつぶり、連動しようとするのですね。
その中であるいは、「何が実効的なのか」とかけ離れた意見
とりあえずマイノリティだという意識を持つ人々が「誰も反対しない」「最大集約的な」意見に収れんされていくかもしれないということです。これを、あえて「主張の陳腐化」と名付けたい。
その「主張の陳腐化」が鮮明に表れるのが「青いお祭り」ですね。

私は誰かと連動することに、プライオリティを与えてこなかったんだなあ。
それが今回学んだことでした。
むしろ、誰とも仲良くしなくていいのなら、今後も発達障害を続けていってもいいな、というのが偽らざる気持ちです。

お越しいただいたみなさん
空気を読んでくださった講師の皆さん。
主宰してくださった保土ヶ谷の皆さん、ありがとうございました。
地元でお話ができてうれしかったです。

さて、この記事を読み終わった皆さんの中に残る一番の衝撃はなんだったでしょうか?
画伯に持ってかれているかもしれませんね。



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流れ その4

2017-02-16 10:31:44 | 日記



講演会が終わって、交流タイムになりました。実はここまで「できたら残ってください」と言われていて、帰ってもよかったのですがなんとなくいました。そして何人かの方とお話ししました。

印象に残ったのは企業内ジョブコーチの方です。「今日は衝撃でした」とおっしゃいました。

何しろ花風社ビギナーが多く、友だちは教室の備品から衝撃だったので何が衝撃だったかおききすると「治るんだと知った」ということでした。それと、黄色本の棒人間を見て「うちの職場を見たんですかと思うほどああいう姿勢の人ばかり」とおっしゃっていました。

「企業としては率直に言って治ってほしいでしょ?」と私がおききすると「もちろんです」と答えられました。それでも企業内ジョブコーチがいるほどの会社に障害者枠で勤められていること自体、おそらく手塩にかけてていねいに育てられた方たちのはずです。でもその人たちの心身が安定したら会社としても大助かりです。

「企業の方にお願いしたいですね。企業の本音として『治るものなら治ってほしい』と表明してください」とお願いしておきました。「本当ですね」とおっしゃっていました。福祉にも保護者にも当事者にも「治る」という言葉をなんとか避けようと汲々として「発達するけど治らない」とかもごもごいう人がたくさんいますからね。「治るの? それはいい!」と思った人は屈託なくそれを表明してください。それこそが「発達障害者が生きやすい社会」につながります。

ジョブコーチの方も作業所とかに呼ばれて、合理的配慮とわがままの違いとかを講演してくれとか頼まれるそうです。要するに作業所の支援員が利用者さんたちに現実を学んでもらいたいと企画されるのですね。そういう動きが広がるといいですね。

と思って帰ってきたらいいニュースが。
学校卒業後最初の就活で四十社落ち、最後に自治体のチャレンジ有期雇用に受かり、三年間職場で頑張っていた青年。満期になるので就活の時期になり、でもなかなか面接までもたどりつかず、四月はどんどん迫ってきて・・・という中で、ようやく面接してくれた企業から内定が出たそうです。知的障害の人を雇用するのも発達障害の人を雇用するのも初めての企業だそうです。きっと働き者の青年に巡り会えて、その企業が障害者雇用に抱く印象もよくなるでしょう。これこそが「啓発活動」でしょう。

こういうニュースを聞くと「よかった」と思うと同時に「知ってた」とも思います。
そう、稀勢の里が横綱になるのを「知ってた」ように。

だってもう検証されているじゃないですか。

修行は報われるんです。
どう見ても報われています。


海老踊り系のエビデンスは数値が上がったとかそういうことでしょう。
我々にとってのエビデンスは違います。
こういう数々のいいニュースです。

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流れ その3

2017-02-15 11:16:09 | 日記
今度の講演会は、企画した人がいて、そこに区が予算をつけて実現したということでした。いい制度ですね。区役所の方もいらしてました。
参加費は100円とか。お茶菓子がありました。実質、お茶菓子代をいただきますということですね。

運営側に一人「子どもに発達障害があり絶望していたけれど、花風社の本を読んでできることが多いのを知りほっとした」という方がいたので実現したのですが、会場にいらした方々の多くが花風社ビギナーです。どのくらいビギナーかというと「友だちは教室の備品」等赤本のネタでもどよめきが起きるくらい。その人たちに一時間で赤本から愛着障害まで語ったのですから結構急ぎ足でした。愛着障害は誰のせいでもない。この後につながるカサンドラの方のためにもそれは言っておかなくてはいけませんから、私自身が「一生治らない」と信じていた時代から三つ組みより身体の不具合の方が治しやすそうだと思って赤本を出し、感覚統合を出し限界を感じ、裁判があり神田橋先生に会い、「鍛えると言うより整える」アプローチをやっていた栗本さんに会い、灰谷さんに会って「ヌケは埋められる」ことを改めて認識し、そして愛着障害に至るまでを駆け足で話しました。

後に続くカサンドラの方は私の話に触発されたのかカサンドラそっちのけで(それはレジュメ見てくださいという感じで)ご自分の神田橋先生体験を興奮して話されていました。鹿児島にいらっしゃたのですね。そして当事者団体の方もなかなか空気の読める好青年で、まあ要するにお二人とも私に合わせてくださった感じです。一番傍若無人に言いたいこと言ったのは私ではないですかね。

実は私、こういう布陣で講演をすると聞いたとき、「はて、カサンドラと当事者は対立関係にあるのではないか」と感じたのです。実際カサンドラ系の本などには当事者の方たちが噛みついていたりするのを見てきたし。ところが実際目の前にいるお二人は仲よしで、おうちに遊びに行って手料理ごちそうしたりされたり、そういう関係だったのでこれはリアルでないとわからないなあと思いました。カサンドラ系の団体と当事者系の団体が仲良くするのだ、ということから色々発想したことがこの日の私にとっては最大の勉強だったかもしれません。それはまた、後日。

お二人の他にも事業所の方もミニ講演されました。うちから割合近所のところにお店とかカフェとか経営されているそうです。自転車でよくとおるあたり。一回行ってみようかなあと思いました。障害のある方にアロマのハンドトリートメントを教えているそうで、無料券をいただきました。

三人のミニ講演が終わり質問タイムに。保護者を名乗る方からハンドトリートメントで生計は立てられるのかの質問がありました。私はその質問自体にびっくりしました。いや、質問した方をフォローしておけば、それで生計は立てられないとご存じであえてきいてみたのかもしれません。でもある意味、猫烏賊はこういうところに根があるのだと思いました。

アロマのハンドトリートメントは美しい仕事です。聞こえもいい。そしておそらく、それで生計を立てられる人は健常者であれ少ないし、生計を立てるに至るまでには技術だけではダメな商売ですね。自分が社会の中でそれなりに苦労しながら働いていると、こういうことは半ば自動的にわかります。

私は障害のある方にアロマのハンドトリートメントを教えること自体は素晴らしいと思います。それを自分の経営するカフェでささやかに提供する機会を与えるのも素晴らしい。けれどもそれで生計は立てられない。このあたりは保護者が知っておかなければならない面だと思います。そうじゃないと自立を目指すための修行の方向を間違えます。だから事業者の方がはっきりと「自立できるだけの稼ぎにはならない」と言ったのはいいことだと思いました。

生計を立てる一番の近道は週に五日働けることです。そんなの社会を知っていれば当たり前です。そして保護者は、猫烏賊ホイホイの講座に大金投じるよりたとえ最低賃金でもいいから時給を稼いでみるほうがずっと勉強になるだろうと思います。

平日料金1200円とかのスパ施設にはそれなりに年取ったおばさまたちのグループが来ています。夫の稼ぎで遊べる奥様もいれば、自分が清掃その他のお仕事をして稼いだお金で来ている方もいます。私はそういう風に、時給を稼いでそれをきちんと他人に回して同時に自分も支払った対価で楽しい時間を過ごしている人を尊敬します。かっこいい講座に行って仲間に感謝して集合写真FBにアップしている人たちよりずっと、きっと子育てもうまくいくだろうと思います(ブ)。

局所的な話ですが、猫烏賊の反対語は、「こよりさんたち」かもしれませんね。
私はかっこいい仕事に就くために講座を取る人より、自分の課題から逃げない人、地道な仕事ができる人を尊敬しています。

あ、そうか。だから猫本なんだ。
猫烏賊の皆様におかれましては、自己啓発とかセルフブランディングの猫烏賊本を早く捨てて、猫にまで成長していただきたいものです(ブ)。

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流れ その2

2017-02-14 07:32:26 | 日記




さて、日曜日は保土ヶ谷区の講演会でした。
おなじみの花風社クラスタの方々も、画伯も駆けつけてくれました。
私の基調講演、カサンドラの会、当事者の会、そして事業所の三団体代表者によるミニ講演、そして交流会というプログラムでした。
カサンドラとか当事者とか、私とはあまり親和性がありません。でもまあこういう会に呼んでいただいたのもご縁です。私は自分が話すべきことは話してあとは(主催者さんのために)喧嘩しないようにして楽しもう学んで帰ろうと思っていました。

控室で待っていたら、会いたいという方がいます、面識があるそうですというので通っていただきました。
久しぶりの方でした。
「自閉症者の犯罪を防ぐための提言」が出て、同じような目にあっている人から多数ご連絡をいただきお茶を飲んだりしましたが、そのときのおひとりだったのです。
あれから問題も少しずつ解決に向かっているそうです。
ユニオンジャックのキティちゃんをいただきました。
ロンドンのハロッズに売っていたそうです。
さすがキティちゃん、世界的ですね。

この日のレジュメの文字部分だけを貼りますね。

=====

発達障害者は発達する

発達するって何?
障害が治る、とどう違うの?
「障害がスペクトラムである」ことと「一生治らない」は両立しない。

かつての「三つ組みの障害」→治らないとされていた
1 社会性 2 コミュニケーション 3 想像力 の障害
実際には・睡眠障害 ・ボディイメージの困難 ・感覚過敏 など
本人たちにとっては身体の問題ではないか?→「自閉っ子、こういう風にできてます!」

身体アプローチにめざめたのは「週五日働ける身体づくり」の必要性から。

感覚統合→専門家が介して大道具を使う
・「家でできない」ことの限界
・鍛える という概念の限界
・読者の「応用力」の限界

「想像力の障害」って何? 想像力が当たらない。こだわり。法的被害者となる。
皆さんならどうする?

神田橋條治先生との出会い
「発達障害は治りますか?」

・よそでは治らなくてもここでは治っている
・五分診療
・脳はラクになると発達する
家でできて、金がかからなくて、できれば身体の中に何も入れない


コンディショニングとの出会い
「自閉っ子の心身をラクにしよう!」「芋づる式に治そう!」

・内臓、関節の未発達 
→睡眠・排泄・姿勢・情緒を整える→発達する→芋づる式に治る


「人間脳を育てる」動きの四発達
発達障害者は発達する。その理由がここにある。その方法が今明らかになる。

・身体の動きの発達と学習能力・情緒の関係。

恐怖麻痺反射について学ぶ。胎児の戦略を残存させている人→自閉症の状態像と重なる。
段階を追って発達する。ヌケがある。ヌケを埋めればいい。

「愛着障害は治りますか?」


愛着の発達→やはり段階をたどる。
心が通い合わないのは誰のせいでもない。
心が通じ合わないのは身体の問題でもある→取り戻せる。

身体アプローチ→言葉以前のアプローチ
従来型の療育→大脳皮質だけへの働きかけ。
それ以前の「生物としての」部分に働きかけるアプローチの発見と洗練。


結論
「治しやすいところから治す」
「治る人から治る」
治したくない、という人にはどうする?

=====

そう、裁判のこともちょっと入れていたのです。
猫烏賊騒動以降私はまた積極的に、裁判のことを話すことにしたのです。
それとそもそもなぜ身体アプローチを手掛けたかと言うと
「週五日働ける身体づくりをしてもらいたかった」という純然たる自閉っ子たちへの好意からだったのですが
それもきちんと話すことにしたのです。
もう当たり前すぎて最近わざわざ言わなかったことなので。
猫烏賊騒動が教えてくれたのは、それが身内にも伝わっていなかった、ということです。

つまり当初発達障害の世界に新参者としてきた私は、「三つ組みの障害」の説明を受けたし、そして「わかりにくいなあ」と思った。「一生治らない」と言われて「そうか」とあっさり受け入れていた。「一生治らない」と信じていたんですね。

そして法的被害にあい、本当に「一生治らない。理解を」だけが支援なのか疑問に持ち始めた。そのときに神田橋先生との出会いがあり、身体アプローチを追求していき、そうすると皆さんがどんどん治っていき、という流れ。

その流れを話すのに、「今日は裁判のことを話そう」と思っていたのでした。そうしたらあの本を出したときに賛同して会いたいと言ってくださってお会いした読者がレアなキティちゃんを持ってきてくださった。「自閉症者の犯罪を防ぐための提言」が出て喜んでくださっている人がいる。カサンドラの人たちも来るらしい。カサンドラの人たちだって困っている。治ってほしいだろう。
私はきちんと話そうと思いました。

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流れ その1

2017-02-13 08:16:45 | 日記




金曜日の夜、FBで「よこはま発達相談室」(よこはま発達クリニックの関連組織のようです)からのシェアが回ってきました。
最近セミナーとかなんとかの告知はこちらでやっているらしく、先日私も「これ申し込もうかな」と思っていた講演がありました。一日目は内山医師その他による「特性説明」。そして二日目は司法と発達障害。よこはま発達クリニックが司法の問題を扱うこと自体私にとってはブラックです。それ以外にもなんでこれに惹かれたかというと、場所がランドマークタワーだったからです。方向音痴の私にとって、地図見なくても行ける場所は魅力的だったのですね。ランドマークタワーは、どこにあるか一発でわかりますからね。費用は一万円。定員百名。百名いると参加者の中にまぎれこめますからいいかなと思ったのです。それにしても一万円×百名。売上百万か。

なんて思っていたのですが気がついたら「二日一万円」ではなく「一日一万円×二日」だったのです。売上二百万を目標にしているのですね。それはそれぞれの目標だからいいんですが、こっちとしてはたんなる見物のつもりで四人の先生のお話をきいて一万と二万では結構負担感が違う。おまけに春場所の千秋楽にかぶっている! まあもう少し考えても一万円の講座はそうそういっぱいにはならないだろう、とおもっているうちに、会場がランドマークタワーから自分ところの会議室に変更されていました。まあ要するに客が集まんなかったんでしょう。だからコストダウンしたのね。会議室みたいな狭いところでやるのならちょっとまぎれこみが苦しそうなので私は行きません。

そして金曜日の夜、また「よこはま発達相談室」からシェアされてきた記事。「正しい診断」を心理士言語聴覚士医師がよってたかって一日がかりでやります。そして216000円というまああの有名な高額診断の宣伝。シェアを呼びかけています。ので私もシェアして差し上げましたよ。「数年待ちは過去の話なんですね」と。

ことここに至ったのは私によるdisの成果ではありませんよ。私はしょせん化外の民、そんな影響力はありません。そうではなく時代の流れでしょう。もはや診断されたあげく環境調整と薬物療法しかない支援に大金を投じる人はいなくなった。逆に言うと、投じなくてもよくなった。一つの進歩です。

そして私は突如、思い出しました。

「発達障害は治りますか?」を作る前、作りたいという気持ちはありながらも、神田橋先生になかなかご連絡する気になれなかった。それはもう発達障害の世界を抜けたかったから。法的被害はもとより、その後のギョーカイ人の死んだふりが許せなかった。それを正直にお手紙にして送ったら、先生からお電話をいただいた。私は訴えた。加害者はこの世界での有名医により診断加療を受けている。それでも被害は止まらない。ギョーカイ人たちに訴えると、大人になったら治らないという。じゃあ支援はなんのためにあるんだ。精神医療は社会正義に反するものなのか。

加害者の主治医は誰? と先生はおききになりました。ので、内山登紀夫医師です、と答えました。「僕は知らないなあ」と先生はおしゃいました。ので、よこはま発達クリニックのことを話しました。高いお金を取って診断していること。みんなが何年も待っていること。それほどの名医ならば治してくれるだろうと思っていたこと。だけど一向に治らなかったこと。そうしたら地元の支援者が「あそこに行ってもよくならない。不登校も家庭内暴力もそのまま」と教えてもらったことなど。

そして「医者なら治せんといかんわなあ」というあの有名な言葉が出てきたのですが、その前にもう一言あったのです。それはどういう言葉かというと、大意ですが

「そういうのは続けさせてはいけない」というお言葉でした。

そういうの、ってつまり、大金取って治さないことです。

けれども支援者によると、よこはま発達クリニックに行く人たちはたとえ治らなくても親がおおよしよしされたりするのがうれしい人たちでブランド志向でもあるということ。私たちとは方針の違う人たちが今も数年待ちしているのかと思っていました。

でもそうでもない時代がきたのかもしれませんね。
必死に宣伝し、しかもシェアを呼びかけているところを見ると。

あれから六年。
あれから六年経って、「そういうのが続かない」時代が来ましたよ。

これがそののちの発達援助路線に連なる私の原点であって
ねこ母さんが先日こうコメントしてくださったのは正しいのです。

=====
信用すればこそ。 (ねこ母)
2017-01-24 14:51:58
どうして、中身もわからない、午前中で終わる講座に、人数が欠けるのを承知で頭を下げ、仕事の休みをもらい、朝イチの飛行機で大阪に行き、その日のうちに帰り、翌日は仕事というハードスケジュールを組んだのか。それは、2人の本が素晴らしかったからです。私にとって、一度しか講座を受けていない森嶋さんに対しては、そこ(本)はかなりの保障になっています。そのくらいの信用が本で築かれているということに、気がついていらっしゃるでしょうか。そして、自分が本を出した版元が、どんなことを大事にし、何と戦っているかがわかっていれば、「猛毒ブログ」とか「うちの嫁も」とかいう発言は、ないですよね。その発言から伺える、人としての芯の部分が垣間見えたから、お二人の仕事に関わる気が削がれたのではないのかなぁ、と思うのですよね。で、私は現地に行き、ぐたぐたを見て帰ってきたんですが。
思い出しても疲れます。
=====

一つは私のコミュニケーション不足だと思います。
ある意味トラウマが薄くなっていたからでしょう。最近の著者にはどれほどあの体験が「治るが勝ち」の原点になっているかあまり話さなかったと思います。

でも私はギョーカイメジャーに対し「そういうのは続けさせてはいけない」という気持ちでやってきたのです。
ギョーカイのマイナーなところで顔色伺いながら制度に乗っかってやっとそこそこ注目されるようになった人とは違って当たり前だと思います。


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字で説明

2017-02-11 09:01:34 | 日記
明日、保土ヶ谷の講演でお会いできる方々、ありがとうございます。
応募多数で抽選になるかもと心配したのですが会場設営を工夫し全員お入りいただけるようです。
会場は相鉄線の星川駅近くで地図を見てどうしてもたどり着ける気がしなかったので主催者の方に字で説明していただきました。
これはわかりやすい。
私と同じ継次処理で文字優位の方はこれをお使いください。


=====

相鉄線星川駅のホームからは階段は1カ所です。階段を上り、左右に2つ改札がありますが、右側の改札から出てください。改札出たらすぐに右折して進むとドトールが見えてきます。ドトールの手前左の階段を下り、右折して直進します(建物と川の間の道)。目の前の横断歩道を渡り、右手にあるのが保土ヶ谷公会堂、図書館です。それを右手に見たまま直進すると見えてくる1階だての市民活動センターが会場です。

=====

皆様にお会いできますのを楽しみにしております。



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