治しやすいところから治す--発達障害への提言

花風社・浅見淳子のブログ
発達障害の人たちが
少しでもラクになる方法を考える場です。

五月場所初日・観戦記(その2 あんまりお相撲の話ではないです)

2017-05-15 09:31:05 | 日記
お弁当が済むと、お友だち親子は館内を見に行きました。桝席で二人になった私たちは、仕事の話をしました。「脳みそラクラクセラピー」のころから、愛甲さんは愛着障害を治すことが肝心なことを強調していました。そのとき私は「ふむふむ」と聞いていました。長沼先生も死んだふり祭り(自閉症協会全国大会ともいう)で愛着方面のPTSDに触れ、猿烏賊的保護者が食ってかかり、ギョーカイメジャーがおおよしよしをするという気持ち悪い場面も見たことがありました。どうやら親子の愛着って大事みたいなんだけどそれを言われることをギョーカイは嫌うこと、愛着関係が成り立ちにくい親子というものがいること、そしてたとえ愛情たっぷりの親に育てられても愛着障害が育つことはなんとなくわかっていました。そして神田橋先生のところにいって「胎児性の愛着障害」を摩訶不思議(ほめてます)な方法で治す人たちがどんどん元気になっていくのを見ていました。

でも私がはっきりと愛着障害の害を知ったのは、去年の三月に父を亡くしてからなのです。やっとわかったのです。発達障害が治ることを妨げていた大きなもののひとつは愛着障害である、と。しかも当事者や保護者の問題ではないのです。支援者の中の愛着障害こそが、発達障害は治らないという思い込みにつながっていたのだと。

それまで私は
・なるべくたくさんの人が
・なるべく長い間
・なるべく重い障害に
とどまってくれる方が儲かる福祉の集金システムこそが支援者の死んだふりを生んでいるのだと思っていました。でもお金だけではない、と愛甲さんは折に触れ教えてくれました。そうじゃなく、人をケアする仕事につきたい人というのは愛着のヌケを持っていることが多い。それは神田橋先生の本にも書いてありますね。そしてその人たちはずっと頼られていたいから、ずっと頼られていることが自分たちのヌケを埋める治療だから、治って自分を頼らなくなってしまう人がいると困る。だから藤家さんみたいな人は最初「受動型の典型」とか萌えておきながら元気になると偽者呼ばわりする。それは負け惜しみなのだということがやっとわかったのです。そしてギョーカイ内外の各種猫烏賊ビジネスを行うボス猫烏賊たちも、愛着のヌケを抱えていたことが針立ててみてわかったのです。針立てて・・・っていうのはわかる人にはわかりますね。

でも愛着のヌケ自体は悪いことではないし、埋められます。問題はそれを埋めるとき、弱い他者を必要とする人たちがいることです。そこに巻き込まれると、治らないのです。

私は長い間ギョーカイの「死んだふり」を弾劾してきました。「人間脳を育てる」を作り恐怖麻痺反射について知ったことで、「死んだふり」ではなく「生まれてなかった」んだということを知りました。ギョーカイの取っている戦略が、胎児の戦略であることを知りました。そして支援者たちが一般社会をあれほど恐れ、なんとかそこに出すまいとして様々なストーリー(なまはげ)をでっちあげるのはたんに金銭的な目的だけではなく、彼らが心底一般社会を怖がり死んだふりする面もあるのだと思いました。企業就労しているこよりさんのところに、作業所が青田刈りに来るそうです。いずれくじけるだろうからそうしたら利用したらいい、と。実に余計なお世話ですが、グレーのお子たちが学ぶ学校の入学式に顔を出す空気の読めない就労支援者等もいるようです。営業にもほどがあります。この人たちは商売のやり方が卑しい、と思いますが、一方で彼らが本当に世の中は怖いと思っているのかもしれないし、そういう営業を「いざとなれば居場所がある」と安心する怖がりの保護者たちもいるのかもしれません。

猿烏賊鳥烏賊猫烏賊エビデンスガー。すべて私にとっては「ありえない恐怖感」を持ったフユカイな人たちでした。その人たちが勝手に恐怖感を感じていてくれたら別にいいんですけど、こっちは持ちようのない恐怖感をごり押ししてくるのが嫌でギョーカイが大っ嫌いでした。そして父が亡くなったときたくさんの人、中でも瀧澤久美子さんや南雲さんのように私が感性を信頼している人たちに「浅見さんは愛情を受けて育ってきたといつも思ってきた」と言われ、あーそうだったのかと思ったのです。神田橋先生のお言葉を引用するのなら「浅見さんのタフネスは基底の充実です。十全の状態は自覚のないものです」。そのとおり、自覚がなかったのです。

そうか愛着のヌケだったのか。だから変な恐怖感を感じそれを振り回してきたのか。自分は基底の充実だったからその恐怖感を共有していなかったのか。ヌケのある人はかわいそうだな

と思ったのは一瞬で

その次の思ったのは

じゃあ愛着障害治せばいいじゃん

だったのです。

そして作ったのですね。「愛着障害は治りますか?」を。

このあたり、今やっている仕事に非常に大事なところなんですけど、のど元過ぎると・・・の体質の私は忘れかけているのです。でも言語化するにはフレッシュにしなければいけないので、愛甲さんにそのプロセスを手伝っていただきました。国技館の桝席で。

そんなこんなで話している間にも取組はどんどん進んでいき、十両からは観戦が中心になりました。お友だち親子も戻ってきて、隣の桝席にいる茨城からの乙女たちともお話ししました。ひよっこな感じで楽しかったです。

そして協会ご挨拶。東の正横綱の稀勢の里関は真ん中に陣取ります。「あるべき姿だ」とお友だちは言いました。本当です。



賜杯返還の儀式。そして優勝額の除幕式。あまり写真は撮りませんでした。目に焼き付けておこうと思いました。大関稀勢の里(一月場所)と太刀を持ち綱を締めた横綱稀勢の里(三月場所)の二枚の優勝額が除幕されました。今日はお相撲よりこれがメインイベントです。





さて土俵入り。「ところで東の正横綱は初日、一番最初かしら一番後かしら」とお友だちが言いました。「どっちかだろうね。今まで気にしたことなかった」と。横綱土俵入りなんて今まではトイレ休憩だと思っていたのです。

きのねが東から聞こえてきます。「ということは最初だ」。
そして純白の綱を巻いた稀勢の里が現れると、管内から怒涛のように声が上がりました。
お友だちのお母様は「立派だ」と言いました。
私は涙が止まりませんでした。
この姿をみたかった。そのために何年待ったことか。何度だめだと思ったことか。でも信じ続けてよかったよ。

続く

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