スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

哲学正教授&私は解する

2014-07-25 19:08:51 | 哲学
 ハイデルベルク大学教授への就任の要請をスピノザが断った結果,その地位の不在はその後も長く続くことになりました。それが解消されたのはようやく1816年になってから。結果的には1年間だけだったのですが,その地位に就いたのはヘーゲルでした。
 ヘーゲルは,自身に先行するあらゆる哲学者のうちで,スピノザを特別視していました。哲学を開始するにあたってはスピノザ主義者になる必要があるという主旨のことを公言していたほどです。だからもちろんヘーゲルは,その地位が,かつてはスピノザが断ったものであったということも承知していました。僕は読んでいないのですが,『哲学史講義』というヘーゲルの著書のうちには,スピノザが教授の地位を断ったエピソードが書かれているそうです。
 スピノザが断った地位に自分が就任するということ。それはスピノザの哲学を重視していたヘーゲルにとって,特別の出来事であったと思われます。それはスピノザが果たすことができなかった仕事を,自分が果たすことになるという意味においてです。教授というのは実際の地位ですが,このエピソードのうちには,哲学そのものにおいても,ヘーゲルはスピノザが果たせなかった仕事を完遂したという意味を読み込めます。ヘーゲルの哲学は弁証法です。それに倣っていうならば,ヘーゲルはこの出来事において,スピノザを止揚したということになります。
 しかしそれはヘーゲルの側からみた見方であることも事実。スピノザの哲学は公的機関とは一切の関係をもたない在野の哲学であるということが,すでにその本性のうちに含まれているとみることもできるからです。スピノザが招聘を断った理由のうちに,確かにその性質を看取することは可能でしょう。この場合には,むしろヘーゲルが,哲学者として超えるべきではない一線を踏み越えたということになります。
                         
 『ヘーゲルかスピノザか』は,このエピソードから書き始められています。そこでマシュレがいっているように,この出来事は,単なる瑣末なエピソードとはみなせない一面をもっているといえるでしょう。

 私は解する,あるいは私はみなすというのは,単に「解する」といわれる場合と,「私はいう」といわれる場合との複合形です。ただ,それらふたつが定義のテーゼとして成立するからといって,この複合形も成立するかといえば,僕は必ずしもそうは考えません。これは事物の定義というものを一般的に考えた場合にもそうです。しかしスピノザの哲学においては,さらに別の問題を抱えるだろうと考えます。
 「私はいう」というのは,観念対象ideatumを言語化する場合の約束事です。つまりこの種の定義では,ことばに関して言及されていることになります。しかし「解する」というのは思惟作用です。よって第二部公理三により,この場合には観念について直接的に言及されているのです。このとき,もしも一般的にどんな知性もAをBと解するのであれば,他面からいえば,そのように解釈できるように定義命題が表記されているならば,それは何ら問題になりません。これはAはBであるというのを,Aがideatumであるならその観念はAがBであることを肯定する意志作用であるといっているのと同じだからです。しかし「私は解する」といわれる場合は,このどちらの条件にも該当しません。解するといっている以上,それは言語表記について言及しているのではなく,観念について言及していると理解されなければなりません。しかしスピノザが私はAをBとみなすというなら,スピノザがAをideatumとした観念は,他面からいえばAがBであることを肯定する意志作用であるといっているのすぎません。あるいは解釈を妥協したとしても,一般的にAがideatumとなるなら,その観念はAがBであることを肯定する意志作用と同一であると,スピノザは解するといっているにすぎないからです。したがって,前者のように「私は解する」を狭い意味で把握したとするなら,なぜスピノザはそのように解するのかということが問われなければなりません。また,後者のごとく「私は解する」をより広い意味で解釈した場合でも,なぜ知性が一般的にAがBであることを肯定すると解することが可能なのかが問われなければならないのです。
 どちらの疑問も,問うている内容は本質的に同一だと僕は考えます。そして,こうした問いが可能になるということは,スピノザにはその解答があったと理解しておくのが妥当であるとも考えています。

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