スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

ニューイヤーカップ&愛の倫理

2017-01-18 19:19:48 | 地方競馬
 第60回ニューイヤーカップ
 リアルファイトはダッシュが鈍く置かれました。先手を奪ったのはスターインパルス。1コーナーから向正面にかけてぐんぐんと飛ばしていき,6馬身くらいのリードを奪う大逃げに。2番手はブラウンレガートとサイバーエレキングで併走。4番手にバンドオンザラン。少し離れてイーグルパス。また少し離れてサヴァルジャン。また間があってアンジュジョリーというように,隊列はかなりばらけました。ヒガシウィルウィンとカンムルはこれらの後ろから向正面で追撃を開始。前半の800mは49秒1の超ハイペース。
 3コーナーを回るとスターインパルスのリードも徐々に縮まっていきましたが,2番手で追っていたサイバーエレキングは苦しくなり,ブラウンレガートが単独の2番手。さらにここでうまく内を回ったヒガシウィルウィンが3番手に。直線の入口ではブラウンレガートがスターインパルスの外に並び,抜け出して一旦は先頭。ヒガシウィルウィンが直線はさらに外に出されて伸び,フィニッシュ直前で抜け出したブラウンレガートを捕えて優勝。アタマ差の2着にブラウンレガート。外を追い上げることになったカンムルが3馬身差で3着。大逃げのスターインパルスはハナ差で4着。
 優勝したヒガシウィルウィンはこのレースが南関東転入初戦。北海道時代はサンライズカップを制していて,南関東重賞は初制覇。ここは能力では最上位と思っていましたが,浦和のこの距離は内枠が断然有利ですので,外目の枠順になった分だけ取りこぼしもあり得ると見立てていました。最終コーナーでうまく内を回れたのが大きかったと思いますが,外枠を克服したのは評価しなければいけないでしょう。2着馬との力量差は着差よりは大きいものと思います。クラシックの有力候補であるのは間違いありません。父はサウスヴィグラスプロポンチスグランドターキンの分枝。半姉に昨年の東京湾カップを勝っている現役のディーズプリモ
 騎乗した船橋の森泰斗騎手東京シンデレラマイル以来の南関東重賞制覇。ニューイヤーカップは初勝利。管理することになった船橋の佐藤賢二調教師もニューイヤーカップ初勝利。

 第五部定理三二は,スピノザの哲学における倫理的観点にとって,とても重要な位置が与えられる定理Propositioです。なかんずく,フロイデンタールJacob Freudenthalが独身であったことを理由に批判した,愛amorの倫理という観点に限定していうなら,その中心的な位置を占める定理であるといっていいほどです。なぜなら,スピノザはこの種の愛こそが,あらゆる愛の中で最も完全性perfectioを有する愛であると考えているからです。したがって第五部定理三二は,第三部諸感情の定義六の意味が成立することによって可能となっている愛なのですから,もし第三部諸感情の定義六を愛という感情affectusの定義Definitioとして成立しないと即断するならば,スピノザの哲学における愛の倫理自体が成立しないことになります。
                                     
 神Deusに対する人間の愛というのがいかなる愛であるのかということを説明することを現在の考察は目的とはしていません。よってここでも今はなぜその種の愛があらゆる愛の中で最も完全な愛であるといえるのかということについては説明を省略します。もしもそのことについて関心があるならば,第五部定理三三備考をお読みになってください。少なくともこの愛が最も完全性を有する愛であるとスピノザが考えているということ,したがってこの愛が愛の倫理の頂点に君臨しなければならないということだけは,その備考から理解できる筈です。
 第三部諸感情の定義六が,愛の定義として成立しないのではないかという疑問自体は十分に成立するものです。ですがだから別の仕方で愛を定義し,スピノザによる愛の定義を否定してすましてしまうなら,スピノザの哲学の中におけるこの定義の意義を理解することはできません。むしろその定義を疑問と感じる場合にも,ではなぜそのように疑問を感じるような仕方でスピノザは愛を定義したのかという観点からそれを探求していくべきだろうと僕は思います。そして僕には,フロイデンタールにはそうした姿勢が欠如しているように思えるのです。なので仮にフロイデンタールがいうように,スピノザの定義が独身者の独断に満ちたものであったのだとしても,同じようにフロイデンタールの定義も妻帯者による独善的なものであるとしか思えないのです。
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東日本発祥倉茂記念杯&第五部定理三二

2017-01-17 19:32:16 | 競輪
 被災地支援競輪として行われた大宮記念の決勝。並びは長島‐平原‐牛山の関東,竹内‐吉田‐志智の中部,稲垣‐西川の西日本で小埜は単騎。
 少しばかり牽制になりましたが稲垣がスタートを取って前受け。3番手に長島,6番手に小埜,7番手に竹内で周回。残り2周を過ぎても隊列に変化はなく,バックの入口手前から竹内が上昇して前に。これに続いたのが長島。隊列は凝縮しましたが牛山の後ろに小埜,8番手に稲垣の一列棒状になって打鐘後のコーナーへ。ここから稲垣が動いていき,ホームで長島の外にへばりつきました。長島はどかそうとしましたができず,バックで稲垣が発進。ただ後ろも併走になっていたため,西川ではなく平原がこれを追い,コーナーで稲垣のさらに外へ。吉田は竹内との車間を大きく開けて待っていたのですが,直線では稲垣がこれを交わし,さらに外から平原が稲垣を捕えて優勝。マークの牛山が4分の1車輪差の2着に続いて関東のワンツー。稲垣が4分の3車身差で3着。
                                     
 優勝した埼玉の平原康多選手は11月の競輪祭以来の優勝。記念競輪は7月の小松島記念以来で通算16勝目。地元となる大宮記念は2008年,2010年,2011年,2013年,2015年と優勝があり,2年ぶりの6勝目。このレースは栃木の長島の後ろが埼玉の平原で3番手に茨城の牛山。脚質の違いもありますが,長島の後ろに牛山でもおかしくはないところ。それがこの並びで折り合ったので,長島がする仕事はほぼひとつと思えました。そうなれば平原にとっては楽な展開になったでしょう。ただ,長島は経験は不足していますから,その仕事ができないケースもあり得て,その場合には混戦も予想されたところ。実際にうまく稲垣に蓋をされ,長島は不発に終わりましたから,稲垣や吉田の優勝であってもおかしくなかったでしょう。稲垣にとっては西川との連携が崩れてしまったのが痛かったところ。とはいえ平原は自分のタイミングで発進した稲垣のさらに外を捲って勝ったのですから,内容的にはかなり強かったと思います。

 なぜ第三部諸感情の定義六のように愛amorという感情affectusが定義されることのうちに,スピノザの哲学における意義あるいは重要性が含まれているといえるのかということについては,多面的な角度から検証することができると思います。ただ,『スピノザの生涯』では,独身者が倫理的な関係について異なった判断を下したことについて批判されているので,ここではその倫理的観点から僕自身の見解を述べていくことにします。
 スピノザは人間にとっての愛の対象を人間に限定しませんでした。そして愛は喜びlaetitiaの一種なので,第三部定理五九によってそれは能動actioであり得ます。つまり僕たちは能動的に人間以外の何かを愛することができるのです。そうした能動的な愛について言及した箇所のひとつとして,第五部定理三二があります。
 「我々は第三種の認識において認識するすべてのことを楽しみ,しかもこの楽しみ(eo delectamur)はその原因としての神の観念を伴っている」。
 スピノザはこの定理Propositioにおいては楽しみdelectamurといっていますが,これを感情としてみれば喜びであることはいうまでもありません。そしてその喜びという感情の原因として,神の観念idea Deiを伴っているのです。つまりこれは僕たちが神を愛しているという意味になります。
 この種の神に対する人間の愛がいかなるものであるかということはここでは細かく説明しません。他面からいえばここではこの定理を証明することはしません。ただ,僕が注意を促したいのは,このことは,第三部諸感情の定義六の意味が成立することによって可能になっているという点です。実際,もしフロイデンタールJacob Freudenthalのいうように,妻の私心のなさや,苦痛と喜びから生じる母性愛を規準として愛を定義した場合には,この種の神に対する愛は,愛という感情として成立しないでしょう。あるいは同じように愛といわれるのだとしても,単に名称の上で同一というだけであって,完全に異なった種類の感情であるといわなければならないでしょう。
 繰り返しますが,フロイデンタールのような仕方で愛を定義することを僕は否定したいのではありません。その定義によってスピノザの定義を即座に否定することを僕は問題視するのです。
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NARグランプリ&第三部諸感情の定義六の意味

2017-01-16 19:14:31 | 地方競馬
 昨年のNARグランプリの表彰馬は11日に発表されました。
                              
 年度代表馬はフジノウェーブ記念さきたま杯を勝った大井のソルテ。昨年も地方所属馬は大レースを勝つことができませんでした。その中でこの馬が最も近いところまでいき,重賞も勝ったので順当な選出といえるでしょう。秋シーズンは春シーズンほど走れなかった印象で,やや心配な面は残りますが,かしわ記念を目標に今年も頑張ってほしいところです。部門別では4歳以上最優秀牡馬と最優秀短距離馬を受賞。
 2歳最優秀牡馬は兵庫ジュニアグランプリを勝った北海道のローズジュレップ。これは唯一の重賞勝ち馬ですから当然の受賞。すでに浦和に転厩していますので,今年は南関東クラシックを目指すことになりそうです。
 2歳最優秀牝馬はフルールカップと東京2歳優駿牝馬を勝った愛知のピンクドッグウッド。この路線は重賞勝ち馬が不在。それなら地方競馬の最強馬決定戦といえる東京2歳優駿牝馬を制したこの馬になるところでしょう。北海道から愛知に転厩した馬ですが,この馬も船橋に転入してクラシック路線を戦うようです。
 3歳最優秀牡馬はスプリングカップ,新春ペガサスカップ,新緑賞,駿蹄賞,東海ダービー,秋の鞍,東海菊花賞と愛知と笠松の重賞を7勝した愛知のカツゲキキトキト。勝ったのが地元戦ばかりなので難しいところですが,古馬相手の重賞で大きく離されはしたものの3着に入ったことも評価の対象になったようです。このレースは先着した2頭が強く,負かした馬の中には重賞の勝ち馬もいますので,メンバー次第で重賞勝ちまで望める馬とは思います。今年もすでに名古屋記念を勝ちました。
 3歳最優秀牝馬は黒潮盃ロジータ記念を勝った船橋のミスミランダー。重賞でも2着があり,地元の利はあったものの黒潮盃はカツゲキキトキトを2着に降してのものですから,ここは順当な受賞。ただリンダリンダやモダンウーマンに対してはっきりと力量上位とまではいえないようにも思えます。
 4歳以上最優秀牝馬は金沢の読売レディス杯と名古屋の秋桜賞を勝った兵庫のトーコーヴィーナス。たぶんこの部門が最も難しい選択だったと思いますが,やはり重賞で2着になったのが大きな決め手となりました。地元戦でもなかなか勝ちきれない一面があるのに遠征しても大きく崩れないという,やや不思議な馬という印象を抱いています。
 最優秀ターフ馬は札幌2歳ステークスを逃げ切った川崎のトラスト。唯一の重賞勝ち馬で選出するならこの馬しかないところ。勝った後,JRAに移籍しています。
                              
 ダートグレード競走特別賞馬はかしわ記念,帝王賞,南部杯と大レースを3連勝したコパノリッキー。昨年は日本競馬全体で大レースを3勝した馬が2頭で,そのうちの1頭,しかもいずれも地方競馬場でのレースですから当然の受賞でしょう。
 特別表彰馬はメイセイオペラと1989年からJRAに移籍し,その年の年度代表馬に選出されたイナリワンの2頭。どちらも地方競馬史に残る名馬です。
 ばんえい最優秀馬についてはこのブログでは割愛します。

 何が独善的な定義Definitioであって何が独善的な定義ではないのかということは,結局のところその定義を判断する人がどういう立場で判断を下しているかということに左右されます。ですからスピノザによる愛amorの定義が独善的であるか否かということは,問う必要がありませんし,問うたところで正しい解答を得られるというものでもありません。なので独善的であるなら独善的であっても構わないのですが,そのような評価を下すことによって,そこに含まれている哲学的意義を見落とすようなことは避けなければならないでしょう。
 前もっていっておいたように,スピノザによる愛の定義の大きな特徴は,外部の原因の観念を伴った喜びLaetitia, concomitante idea causae externaeとだけいわれ,その原因の観念の対象ideatumが何であるのかということは問われていない点にあります。すなわちスピノザは,人がある外部の,すなわち自分ではない何らかの観念を有したときに,その観念を有したということが起成原因causa efficiensとなって自分自身に喜びが生じる場合には,観念されたものが何であれ,僕たちはそのものを愛しているのだといっているのです。フロイデンタールJacob Freudenthalが愛の対象を妻や子どもに限定しているかどうかは微妙だといわなければなりませんが,少なくともスピノザにとってはそうではありません。あらゆる人間が愛する対象となり得ますし,人間に限らず,どんなものでも愛する対象となり得るのです。それはたとえばペットであってもいいですし,おいしい食べ物であってもいいのです。あるいは二次元の世界で描かれるようなものであってもいいのです。とにかく何であれ,その観念が原因となって喜びが齎されるのであれば,それはすべてその観念されたものに対する愛であって,観念されたものがどんなものであるのかということによっては,それが愛であったり愛でなかったりはしないのです。いい換えれば愛の対象については,愛という感情の価値的な相違を決定することはないのです。
 この定義は,愛するということの方を重くみた定義であると僕には思えます。とくにフロイデンタールの主張と比較するとよく分かります。フロイデンタールの定義は,愛されることの方を重視しているといえるからです。
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岡田美術館杯女流名人戦&独善的な定義

2017-01-15 19:37:14 | 将棋
 岡田美術館で指された第43期女流名人戦五番勝負第一局。対戦成績は里見香奈女流名人が11勝,上田初美女流三段が2勝。
 岡田美術館の館長による振駒で上田三段の先手。里見名人のごきげん中飛車で①-Bになりました。先手が中央を厚く構え,後手が捌きにいく将棋。少し駒損でしたが玉が固い後手が捌けたので,中盤は後手がよかったのではないかと思います。
                                     
 先手が攻め合いを目指して桂馬を打った局面。放置して☖3七歩成とする手も有力だったと思われますが☖同飛と取り☗同歩に☖5二歩と受けました。大きく駒損して受けに回るのは変調ですが,桂馬を取るのが大きいとみたのだと思います。
 先手は☗5三歩成と成り捨てて☖同歩に☗3六銀と払いました。後手は☖3二金☗4一銀成と金を逃がしてから☖3六角。ただし金が逃げたため☗3四飛の両取りが発生しました。ここはどちらが後手にとって得だったか難しいのではないかと思います。
 後手は☖2七銀と打って☗3二飛成☖2八銀不成☗3六龍と進めています。これは☖3二金と逃げたときに想定できる展開なので,駒損を承知でこう進めたのは,これで指せると判断していたからか,苦しいのでこう勝負するほかないとみていたかのどちらかでしょう。
 ☖3五歩☗同龍☖2四角はおそらく後手の読み筋だと思います。先手が☗3二龍と入った局面が勝敗のポイントだったようで,後手は☖3七銀成と指すべきだったようです。実戦の☖7九飛☗8八玉☖8五桂はやはり読み筋だったのでははないかと思いますが☗5一角という絶妙手がありました。
                                     
 部分的には☖同金☗同成銀☖同角で大損ですがもしそう進めば☗7九玉と飛車が取れます。これがおそらく後手が見落としていた決め手で,第2図は先手が勝ちになっているようです。
 上田三段が先勝。第二局は22日です。

 スピノザは第三部諸感情の定義六で,外部の原因の観念を伴った喜びLaetitia, concomitante idea causae externaeという感情について,それを愛と定義しました。フロイデンタールJacob Freudenthalによればこれは,スピノザが生涯を通して独身であったために,妻の私心のなさや苦痛と喜びから生じる母性愛を経験として知らず,単に噂だけで知っていたために可能であった定義Definitioであることになっています。
 フロイデンタールは愛amorという感情affectusの定義がどのようなものであるべきであるかを具体的には示していません。ただフロイデンタールはその直前の部分で,独身であった哲学者たちが多くの倫理的な関係について異なった判断を下した理由を,独身者は妻や子どもから助けられるという経験をしたことがないという点に帰していますし,もしスピノザが妻帯者で子どももあったと仮定すれば,スピノザは愛の本質についてもっと純粋な理解を得ることができたであろうといっています。したがってこの点を考慮すれば,妻帯者で子どもがある男は必然的に愛の本質を理解し,その理解は共通のものであって,そうして理解される内容こそが愛という感情の定義でなければならないとフロイデンタールが判断していることは間違いないといえるでしょう。
 フロイデンタールが愛という感情をどのように定義しようと僕にとっては構わないことです。もっといってしまえば僕には興味がありません。ですがそうした判断の下にスピノザによる愛の定義を否定することは,僕にはスピノザの哲学を研究するという態度として愚かであると思えます。むしろスピノザが,外部の原因の観念を伴った喜びということだけで愛を定義したこと,すなわち外部の原因の観念という場合の観念されたものideatumが何であるのかということを問わずに愛という感情を定義したことのうちに,この愛の定義の意義と重要性があると僕は考えるからです。
 そもそも,フロイデンタールはスピノザが独身であったがために愛をこのように定義したと主張しているのであり,それは独身者の独善であるといっているのと同じです。しかしフロイデンタールが妻帯者で子どもがあるから愛を別の仕方で定義するなら,それも同じ意味で独善的といわなければなりません。
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海と宝石③&独身者

2017-01-14 19:16:44 | 歌・小説
 海と宝石②でこの曲の一番は終り。二番は次のように始まります。
                                     

     冷たそうな女が 身について
     傷つけることだけ 得意です


 海と宝石①で示した冒頭の二行を,僕は当初はおおよそ不自然に解釈していましたが,実際には女の独白と解するべきでした。同様にこの二行も女の独白でしょう。ただし一番が単なるお願いであるのに対して,ここは自己評価のようになっているという違いがあります。
 最初の一行から理解できるのは,少なくとも他人はこの女のことを冷たい女とみなしているというように,女自身が把握しているということです。ただ,たぶん女自身は,自分が冷たい女であるというようには認識していません。冷たい女が身についた,と歌わずに,冷たそうな女が身についた,と歌っているのは,そういう理由からであると僕は解釈します。
 次の一行は,他人を傷つけることが得意になったということで,以前とは自分が変化したということを女が認識していることを示します。ただ,僕の考えでいえば,この女は他人のことを傷つけることを意図して傷つけているのではありません。そんなつもりが少しもなくても結果的に他人を傷つけてしまうようになった,傷つけずにはいられなくなった,というような意味だと思います。だから得意ですと歌っているのは,それを自慢しようとしているのではなく,むしろ自虐的な意味が込められているのだと解します。なおかつ,それが得意である,と歌っているのではなく,それだけが得意である,と歌っているのですから,自虐とか落胆の色合いはそれだけ濃いものであると感じられます。
 なのでこの部分は僕にもそう難しくありません。ほかの解釈もあり得るでしょうが,僕は僕の解釈で納得できます。

 『スピノザの生涯』の第八章で,スピノザ自身の暮らしと『エチカ』のある定義Definitioが関連付けられて説明されている箇所があります。
 スピノザがハーグで暮らすようになった時点で,両親はずっと前に死んでいました。そしてきょうだいとも音信不通でした。これはもちろんスピノザがずっと前に破門されたことが影響しているのであり,要するにスピノザは破門以降は,それまでは存在していたであろう家族との関係の一切が断たれていました。また,スピノザは結婚しませんでしたし,子どももいませんでしたから,破門されてからは,一般的な意味で解されるような家庭環境というものに身を置くことはありませんでした。
 フロイデンタールJacob Freudenthalによれば,スピノザは家庭生活への配慮と煩雑さから解放されることによって,活動の自由と独立性を失わずにすみました。なお,フロイデンタールはこの点については,スピノザだけでなく,デカルトやライプニッツGottfried Wilhelm Leibnizといった,その生涯を独身で通したほかの人の名前もあげていますので,こうした要素は独身者に共通のものであると解していると考えられます。
 しかし,スピノザはそのことによって,人間の生活の最も美しくまた最も有意義な一面からも閉ざされていたのだとフロイデンタールは主張しています。この部分もとくにスピノザに対して妥当するのでなく,すべての独身者はそうした一面から閉ざされているとフロイデンタールがみなしているのは間違いありません。フロイデンタールの理解では,スピノザは自由を獲得できたという利益よりも,家庭生活の美しさや有意義さから閉ざされていたという損失の方が大きかったのです。
 何が人生について美しいことであり,何が人生にとって有意義であるのかについて,議論しようという気は僕には少しもありません。おそらくこの記述からすれば,フロイデンタールはよき家族,妻と子どもに恵まれていて,そうした自身の人生における価値観からこのような評価を下しているのだと僕は推測しますが,そのフロイデンタールの価値観が誤りであるとも僕は思わないです。ですがそれをスピノザの哲学と結び付けるべきではないだろうと僕は考えるのです。
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JRA賞&価値判断

2017-01-13 19:27:43 | 中央競馬
 昨年度のJRA賞は10日に発表されました。
 年度代表馬は天皇賞(春)ジャパンカップを勝ったキタサンブラック。ほかに京都大賞典を優勝。僕には正直なところ意外でした。国内に専念してGⅠ2勝のこの馬より,海外遠征も含めてGⅠを3勝したモーリスの方が上と考えるからです。ただし,この馬の成績は例年であれば受賞に十分に値するでしょう。部門別では最優秀4歳以上牡馬。もちろんその部門でもモーリスの方が上というのが僕の考えではあります。
 最優秀2歳牡馬は朝日杯フューチュリティステークスを勝ったサトノアレスで最優秀2歳牝馬は阪神ジュベナイルフィリーズを勝ったソウルスターリング。この2頭に関してはとくにいうべきことはありません。
 最優秀3歳牡馬は菊花賞有馬記念を勝ったサトノダイヤモンド。ほかにきさらぎ賞と神戸新聞杯を優勝。レベルの高い路線でしたが,最後に有馬記念で古馬を撃破したのは大きな決め手。この馬の受賞が当然と思います。そしてキタサンブラックとの比較から,年度代表馬でもおかしくなかったことになると思います。
 最優秀3歳牝馬はオークスを勝ったシンハライト。ほかにチューリップ賞とローズステークスを優勝。GⅠを勝った3歳牝馬の中ではこの馬の成績が最も優秀。ですからこれも当然の受賞だと思います。残念ながら故障ですでに引退しています。
 最優秀4歳以上牝馬は宝塚記念を勝ったマリアライト。6戦してこの1勝だけなのですが,そのときに負かした相手のレベルが非常に高く,それが評価の対象になったものと思います。難しい選択だと思いますが,僕は妥当な選出と思います。
 最優秀短距離馬はマイルチャンピオンシップを勝ったミッキーアイル。ほかに阪急杯を優勝。スプリントGⅠも2戦とも2着でしたから,実績的に順当な受賞といえるのではないでしょうか。
                              
 最優秀ダートホースはチャンピオンズカップを勝ったサウンドトゥルー。この馬も7戦してこの1勝だけでした。ただ,JRA賞はJRAでのレースが選考の対象となるべきであり,GⅠを勝った2頭のうちどちらかを選ぶということになれば,こちらになって当然だと考えます。
 最優秀障害馬は中山グランドジャンプ中山大障害を勝ったオジュウチョウサン。東京ジャンプステークスと東京ハイジャンプにも優勝。これは満票でないとおかしいです。
 今年は特別賞があり,チャンピオンズマイル天皇賞(秋)香港カップを勝ったモーリスが選出されました。昨年は大レースを3勝したのはこの馬とコパノリッキーだけ。それで特別賞はやはり不自然な気がします。2015年の年度代表馬・最優秀短距離馬。連続受賞となりました。間もなく競走馬登録が抹消され,種牡馬入りするものと思われます。

 『スピノザの生涯』のように,およそ250年前の人物の伝記を書くにあたって,その中に伝記作家による価値判断が含まれることは,伝記という文学が有している性質からして,むしろ自然なことであると僕は思います。いい換えればそのこと自体は,伝記の対象がスピノザであるかどうかに関係なく,含まれてしかるべきだろうと思うのです。なぜなら,250年もの年月が経過すれば,人びとないしは時代の背後を構成する全体的な価値観自体に変化が生じる筈なのであって,250年前の出来事あるいは思想というものを,250年後の観点から再評価するという観点は必要であると僕は思うからです。これは現代においてスピノザの哲学を考察するという場合にもむしろ要請されるのだと僕は考えています。つまり現代に特有の出来事,スピノザの時代には生じることがあり得なかっただろうと思われるような出来事に対して,スピノザの哲学をどのように活用することができるかを探求するということは,現代においてスピノザの哲学を生かすということなのであって,それは逆にスピノザからみれば,スピノザの哲学が現代においても生きているということの証となるであろうからです。
 したがって,フロイデンタールJacob Freudenthalが伝記の中に価値観を組み込み,それによって評価しようとすること自体は僕は少しも否定しません。ところが『スピノザの生涯』の中には,フロイデンタールが生きていた1900年時点での価値観が含まれているというだけでなく,おおよそフロイデンタールという人自身が抱いている個人的な価値観といったものも滲み出ていて,その個人的な価値観によってフロイデンタールがスピノザを評価しているという部分が含まれていると僕には思えます。そういう評価をすることはフロイデンタールの勝手ですから僕はその行為自体に何かものをいうつもりはありません。しかしフロイデンタールの個人的な価値観が一面的であるために,かえってスピノザの哲学の特異性,あるいは優秀性といったものを殺してしまっているというように僕には感じられる部分がありました。僕はそうした点についてはフロイデンタールに対して反論しようと思います。
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和歌山グランプリ&伝記

2017-01-12 19:11:44 | 競輪
 被災地支援競輪として実施された昨日の和歌山記念の決勝。並びは浅井に渡部,村上‐藤木‐三谷‐西岡の近畿,中川‐飯田の九州で木暮は単騎。
 浅井がスタートを取って前受け。3番手に村上,7番手に木暮,8番手に中川という周回に。残り2周のホームに入ると村上が渡部との車間を開けて後ろを牽制。木暮も中川も動けず,バックの手前から村上が動いていき,浅井を叩いて誘導も斬って先頭に立って打鐘。木暮が5番手に続き,浅井は6番手。中川は8番手のまま一列棒状になって打鐘を通過。そのままホームの手前から発進した村上の抑え先行に。浅井はホームでは仕掛ける構えをみせたものの動かず,コーナーに入ると藤木が村上との車間を開けました。浅井はバックから発進。待ち構えていた藤木が牽制したものの,これが最終コーナーに差し掛かるところだったため内が開くことになり,そこを三谷と三谷マークの西岡が突きました。直線に入ると三谷が先頭に立ちましたが,渡部の後ろから浅井の動きを追っていた中川が大外から突き抜けて逆転で優勝。1車輪差の2着に三谷。1車輪差の3着に西岡。
 優勝した熊本の中川誠一郎選手は10月に久留米で開催された熊本記念以来の優勝で記念競輪3勝目。GⅢは4勝目。和歌山記念は初優勝。周回中が8番手で,道中は動けず一列棒状の8番手のままでしたから,展開的には厳しかったところ。結果的にいえば道中で脚を使わなかったことが最後の逆転に繋がったといったところでしょう。自力で走る場合は位置を取りにいくよりこういうレースの方がむしろ力は発揮できるのかもしれません。このレースは村上の先行が容易に予想でき,わりと楽な先行になるかとみていましたが,思いのほか早く発進したので最後まで保ちませんでした。藤木も番手捲りを敢行するようなレースをすれば結果も違ったものになっていたかもしれませんが,さすがに村上の後ろからそういう走行をするわけにはいかなかったのでしょう。4番手が地元の西岡でしたから,牽制で内を開けるのも,近畿勢としては想定のひとつだったかもしれません。ただ最後は逆転を許していますので,並びも含めて,違った作戦を選んだ方がよかったのではないでしょうか。

 『スピノザの生涯』は伝記ですが,単純にスピノザの人生およびその時代の出来事を辿ったというものではありません。これにはふたつの意味が含まれます。
                                     
 フロイデンタールJacob Freudenthal以前に,スピノザの確たる伝記は存在しませんでした。リュカスやコレルスは確かに伝記を書いたとはいえますが,ひとりの人生を記述するという意味での伝記としては分量があまりに少なかったからです。ですからフロイデンタールは伝記を書くために,まず資料を収集する必要がありました。そしてオランダにおいて多数の資料を発見したのです。それらがとくに後年の研究家に対して大きな役割を果たしたといえるでしょう。
 しかし資料というのは収集しただけでは伝記にはなりません。それらを幅広く分析し,独自の解釈も加えた上で,合理的な形とすることで伝記が完成するのです。ですから第一に,『スピノザの生涯』は仮にそれを単なる伝記と解するとしても,それはフロイデンタールの解釈が含まれたものです。いい換えればそこに書いてあることのすべてが事実であるという保証はありません。すでにゲプハルトが完成形としてまとめた段階において,フロイデンタールの解釈には誤りが含まれているのではないかという疑念は存在しました。この意味においてこれはフロイデンタールによるスピノザの人生の解釈であり,決定版の伝記であるとはいえません。たとえば『ある哲学者の人生Spinoza, A Life』の中には,フロイデンタールの伝記とは異なった内容の記述が含まれています。ナドラーSteven Nadlerとフロイデンタールのどちらが正しいのかという問題ではなく,そもそも『スピノザの生涯』とはそういう書物であると解しておく必要があるかと思います。
 さらに,これは伝記ではあるのですが,記述の中には価値的な評価も含まれています。これはフロイデンタール自身がスピノザの哲学についても研究しているのですし,また哲学解説と二部構成で完成するということをフロイデンタール自身が意識して書いていたでしょうから,そうなるのが自然であるとはいえます。ただ,僕はその価値判断の中には,やや問題もあるのではないかと思えました。なのでこちらの意味はより重要と考えます。
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サンケイスポーツ盃船橋記念&ゲプハルト

2017-01-11 19:21:07 | 地方競馬
 第61回船橋記念
 横並びの発馬からフラットライナーズが抜け出して単独の逃げ。2番手はブラックレッグ,キョウエイロブスト,マリカの3頭で併走。2馬身ほど開いて単独の5番手にイセノラヴィソン。差がなくアルゴリズムとサウスビクトルが続き,さらに差がなくクラトイトイトイ,ヤマチョウフェア,ムービングライトの3頭。残る4頭はここから少し離されました。最初の400mが22秒9のハイペース。
 直線に入ったところでフラットライナーズのリードが2馬身ほどに。2番手で追っていた3頭のうち,キョウエイロブストとマリカはここで脱落。ブラックレッグはじわじわと伸びてフラットライナーズとの差を詰めましたが,交わすには至らず,逃げ切ったフラットライナーズの優勝。ブラックレッグはクビ差で2着。脱落した2頭に代わって3番手に上がったイセノラヴィソンを,中団から末脚を伸ばしたムービングライトが捕え,2馬身差で3着。イセノラヴィソンはクビ差の4着。
 優勝したフラットライナーズは7月の習志野きらっとスプリント以来の南関東重賞2勝目。そのレースが地方競馬交流であったのに対し,ここは南関東限定。未対戦の馬もいましたが,強力な上昇馬というのは不在。それなら斤量は増えていても最有力候補であろうと考えていました。スプリント路線に絞ってからは安定して走っていますから,南関東重賞はまだ勝てるでしょう。ただ,重賞で通用するほどのスピードは,現時点ではないように思います。母の父はタイキシャトル。母の半姉に1998年のオークスを勝ったエリモエクセル
 騎乗した船橋の左海誠二騎手は習志野きらっとスプリント以来の南関東重賞制覇。第46回以来16年ぶり(2005年は実施されていないため)の船橋記念2勝目。管理している船橋の林正人調教師は船橋記念初勝利。

 『スピノザ・生涯と教説』の第一部に該当する『スピノザの生涯』が発刊された後,第二部を発刊することなく死んでしまったフロイデンタールJacob Freudenthalの遺稿をまとめ,著作を完全な形として発刊した編者はカール・ゲプハルトでした。
                                   
 フロイデンタールが,後年の研究家がスピノザの人生について探求するために大きな礎を築いた人であったとすれば,ゲプハルトはスピノザの哲学について研究するために偉大な役割を果たした人でした。ゲプハルト自身が研究者で,スピノザの哲学について研究した人であったからというのもその役割のひとつですが,最大の功績は,1924年にハイデルベルク版といわれるラテン文によるスピノザ全集を編集した点にあります。少なくともこの当時,これはラテン語のスピノザ全集としては決定版でした。そのために編集者の名前からゲプハルト版ともいわれています。岩波文庫版で畠中尚志が訳しているスピノザの著作は,ラテン語のものはすべてゲプハルト版を底本とした日本語訳となっています。これだけでゲプハルトがどれほどの役割を果たしたかは理解できるでしょう。ただし,『知性改善論Tractatus de Intellectus Emendatione』に付されている番号はこれより前,1840年代に出たブルーダー版といわれる全集のもので,ゲプハルトが付したものではありません。また『スピノザ往復書簡集Epistolae』の書簡の番号も,1883年のフローテン‐ランド版といわれる全集で改定されたもので,ゲプハルト版は原則的にそれに倣っています。例外は書簡四十八の二と六十七の二で,これはフローテン‐ランド版が出版されたときに未発見のものでした。
 スピノザの死後,ほどなく遺稿集Opera Posthumaは出版されましたが,これは発禁になりました。その後もスピノザの著作は広く流通していませんでした。ゲーテJohann Wolfgang GoetheとヤコービFriedrich Heinrich Jaobiが汎神論論争をしていたのは1770~1780年代ですが,この時代でもおそらくスピノザの著作は容易に入手できなかったでしょうし,所有していることを公にはしにくかったのではないかと思われます。この論争を機にドイツではスピノザブームが生じ,1800年代に入って全集も出るようになりました。その決定版が1924年のゲプハルト版だったのです。
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社会契約の絶対性&フロイデンタール

2017-01-10 19:13:24 | 哲学
 スピノザは『国家論Tractatus Politicus』の中で,国家の市民に対する絶対的権限の不可能性を,自分が自分の机に対して有している絶対的権限とはいかなるものであるか,あるいはいかなるものであり得るのかという観点を例として示していました。これは端的にいうと,現実的に存在するどんなものにも,それに固有の現実的本性actualis essentiaが存在していて,その現実的本性に反するようなことは,たとえどんな存在であっても権限として有することは不可能なのであるという主旨の説明でした。
                                     
 スピノザは国家の成立を説明するときに,人が自然権jus naturale,naturale jusを部分的に譲渡するという意味における社会契約という概念を利用することがあります。ところが自然権というのは各々のものがなし得るpotentiaであって,つまりそれは現実的本性に対比させていえば現実的実在性なのです。というのも実在性realitasとは力という観点からみた本性natura,essentiaにほかならないからです。ですから,現実的本性に反することを権限として有することはできないというのと,現実的実在性に反することを権限として有することはできないということは同じです。実際にスピノザが『国家論』で示している実例は,それに応じているといえるでしょう。
 ただし,この場合に自然権を部分的に譲渡するということが,現実的には自然権の拡張が果たされるということでないと,社会契約は概念的に無意味だというのがスピノザの政治論の特徴です。なのでこれに反するような社会契約は絶対的ではあり得ません。むしろその場合には社会契約を破棄することの方が奨励されることになるでしょう。よってスピノザの政治論における社会契約というのは,絶対的なものではありません。たとえばある国家における社会契約が,市民の自然権を狭めるのなら,市民がその社会契約を破棄することは許容されることになります。
 社会契約の実在性理性の有entia rationisなので,これは理論上のものではあります。ただ,市民が社会契約を遵守することが絶対的に求められることはないという点は,スピノザの政治論の特徴的な帰結のひとつだといえるでしょう。

 『スピノザの生涯』が第一部となっている『スピノザ・生涯と教説』については,著者と編者を詳しく説明しておくのがよいと思います。僕たちがスピノザについて探求するという場合に,どちらも大きな役割を果たしているからです。
 著者であるヤーコブ・フロイデンタールJacob Freudenthalは,1839年産まれのドイツ人です。哲学史家であるツェラーの門下で,ブレスラウ大学の哲学の教授であったそうです。哲学の教授ということですが,たぶん研究生活の大部分はスピノザが中心であったものと思われます。
 『スピノザの生涯』は,『スピノザ・生涯と教説』の第一部として1904年に公刊されたのですが,フロイデンタールはその3年後,1907年には死んでいます。第二部については未発表の原稿は膨大に残されていたものの,フロイデンタールが意図するものとしては発刊できなかったと解しておくのがよいと思います。ゲプハルトが編集して第二部と合わせて出版されたのが1927年。フロイデンタールの死後20年も経過しているのは,原稿の全体であったのか部分的にであったのかは不明ですが,少なくともゲプハルトには解読することができない速記による記述があったからのようです。
 フロイデンタールは哲学の研究という面でも後世に果たした役割は少なくなかったかもしれません。ですが決定的な役割を果たしたといえるのは,スピノザの生涯に関わる研究に,有用な資料を多く残してくれたという点でしょう。もちろんそうした仕事は,フロイデンタールが果たさなかったとしても,きっと後にだれかがなしたでしょう。しかしフロイデンタールがなしたから,それ以後の人たちは研究にその成果を大いに生かすことが可能になったのであり,スピノザ研究においてフロイデンタールが果たした功績というのは,途轍もなく大きなものであったと考えておくべきだろうと思います。
 とりわけフロイデンタールは,単に資料を収集して自身の手になる伝記を記述しただけでなく,集めた資料の方も出版しました。その点にこそ彼の業績が集約されているといえます。そちらの細かな資料こそ,スピノザの生涯を知るうえでの不可欠な要素なのです。
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王将戦&スピノザの生涯

2017-01-09 19:43:36 | 将棋
 掛川城二の丸茶室で指された第66期王将戦七番勝負第一局。対戦成績は郷田真隆王将が25勝,久保利明九段が19勝。
 掛川市長による振駒で郷田王将の先手と決まり,久保九段のごきげん中飛車。①-Bに進み,先手が早めに5筋を交換させて▲6五角と打つ将棋。そのまま攻勢をとった先手が飛車銀交換の駒損の代償に5三にと金を作る展開に進めました。
                                     
 先手が飛車を打ち込んだ局面。ここから△4一飛▲同飛成△同金▲6一飛と進みました。
 この局面は後手が△5一飛と打つと千日手になりそうなところ。自分から仕掛けて千日手は先手にとっては不本意ですから,先手の仕掛けはよくなかったということでいいのではないかと思います。
 後手は千日手を回避して△4四角と打ちました。後手としては千日手も悪くない選択の筈ですから,この局面は自身が有利であると後手は判断していたことになるでしょう。
 ▲4一飛成△9九角成は当然の進展。そこで▲5二龍△7二香としてから△8八銀と受けました。この交換は入れてもすぐに2二の金を取れるわけではない分,攻めることだけを考えれば味を消してしまう意味もあります。駒を使わせなければ受けきれないので止むを得ないという判断の下の指し手であったと思われます。
 △9八飛▲7九金打はどちらもこの一手。そこで後手は△9五角と打ちました。
                                     
 この手が好手で後手の攻めは繋がっているようです。切れなければ現状の後手玉は安全ですから,そのまま勝ちになりました。
 久保九段が先勝。第二局は23日と24日です。

 妹の宿泊訓練があった6月9日に,僕は1冊の本を読了しています。フロイデンタールJacob Freudenthalの『スピノザの生涯』です。これはスピノザの伝記です。
                                     
 フロイデンタールはスピノザ没後250年に合わせて,スピノザの伝記と教説すなわち哲学解説の二部構成の書物の出版を企てました。そのうち第一部となる伝記は1904年に出版されました。フロイデンタールによる序文の日付は1903年12月です。
 第二部の教説はフロイデンタールの生前には完成しませんでした。しかし未完の原稿が膨大に残っていたので,それらの資料がゲプハルトの手に委ねられ,1927年に出版されました。そのときにゲプハルトはフロイデンタールが生前に出版していた伝記の部分にも新しい研究の成果として訳注を加えて,第二版として出版しています。日本語版は『スピノザ哲学研究』などの著書がある工藤喜作の訳で1982年に発行されていますが,訳の底本とされているのは,ゲプハルトによって手が加えられた第二版の方です。第二版というのはフロイデンタールが発行を目論んでいた書物の全体で,これは『スピノザ・生涯と教説』という題名で,日本語版の『スピノザの生涯』はその第一部の訳出になります。
 フロイデンタールはこの伝記を出版する前に,『スピノザの生涯と歴史』という四部構成の資料集も出版しています。その一部が訳出されているのが『スピノザの生涯と精神』です。リュカスの伝記とかコレルスの伝記というのは広く知られていたわけではなく,これを世に広く知らしめたのはフロイデンタールの功績であったといっていいでしょう。
 一方,第二版の発行に尽力したゲプハルトは,この時代のスピノザ研究の第一人者です。岩波文庫版の『エチカ』の底本は,ゲプハルトが編集したものです。したがって,スピノザのまとまった伝記としては,資料としての価値が非常に高いものです。もちろん,フロイデンタールが最初に書いたときからは1世紀以上が経過しているので,その後の研究で覆されている部分も含まれます。しかし現代の伝記,たとえば『ある哲学者の人生Spinoza, A Life』なども,多くの事柄の参考としてこの著書を示しています。
 
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