(登場人物は仮名です)
隷元はくつろいでいます。
二期の任期を務めあげ一線から身を引いた彼は、私的な時間を充実させるべくの着想の時の長さを喜んでいる模様です。
“さあ、これからはゆっくりとした日々を過ごせるな。
充実の日々であった。
満足している。
これからはいちいち部下が伝える概況報告に耳を傾ける事もあるまい。
代わりに趣味の酒と昼間までの睡眠を楽しむとしよう。”
そんな彼の日常構想をあっさりと頓挫させたのは、突然の手紙でした。
封筒を開き、手紙を抱える彼の指は戦慄で凍りつきます。
“異星人"G"だ・・・・・・・・・”。
未知である英文の書体と脳機能に言及する医学用語らしきは理解の支援より畏怖をもたらしてきます。
英語圏人の理解、総動員を要する英文法と単語性能、相互による網目状構造の葉脈の表に乗る歌い詩は、彼を茫然とさせる以前、異星人の医師がほんの僅か、英語の手書き学習を済ませた後に手書きしていました。
“貴殿、某軍事基地地下、某軍指定の機密区画へ来たるべし。
契約の一期満了を祝したし候(そうろう、です)。
未出頭にて、貴殿の政治権勢の不可解さを、この筆力は追及する。”
隷元は解釈します。
“来なければ、政治的行動はおろか私的移動すらの自由をも奪う、畏怖の圧力が立て続けに襲い掛かりくるが、無視は死”。
隷元は言葉を失います。
異星人との関係に関する自己の政治判断の記憶は、地上政務にまつわる緊張と笑顔の織り成しの結果、完全に忘却済みです。
“彼らとは悪い関係であったとは思えない。
代価はきちんと支払ってきた、と思われる。
支払いの遅延が発生したとの狼狽を耳にした試しは無かった、筈だ。
しかし何だろう。
何故一線から退(しりぞ)いた私を今になって彼らは呼ぶのだろうか。
地球人との面会はよほど重い意味が無ければ発生しないと聞いている。”
手紙に載る返信期限に判断を迫られた隷元は地下基地へ赴く事にします。
僅かな人数の従者と共に隷元が向かった某軍管轄の軍事基地では、無数人数の大尉階級兵が軍用飛行機の着陸を待っていました。
夕方六時半の僅かな日光量が照らすのは、分類先は緊張の面持ちではなく畏怖の漏れを隠せずとの、つまりは失敗中表情です。
隷元の緊張は尚更増すばかりです。
機密区画専用の移動車両が大型の車庫状へ入溝し、中を進むと道が下り斜面に変わり、緑色の光を灯す電灯が彼の戦慄の顔を数米間隔で照らすようになります。
“こんな巨大な地下構造を構築したのは一体どこの金なのだろうか。
私の在任中の予算編成には、片鱗すら見えなかった。”
今、隷元が居るのは某国、建国期に起源を遡る奇形経理神経が頭部に見せてくる肉質を伴う夢の中でした。
車両を降りる彼へ、精悍な風貌の四人の大尉が案内を申し出てきます。
元大統領との遭遇の機に際し、表情は僅かな変化すら見せません。
緊張続きの彼は、そうした応対ぶりを驚きもしません。
精神構造がいちいちの反応を面倒臭がっている、が実相です。
隷元一行五名が車庫構造を奥に進むに連れ、彼だけの瞳は驚愕を灯します。
無表情の大尉達を尻目に、歩みの左右側に並び立ち続ける試験管には約一米大の巨大なアメーバ形象が、生きている蛸のように蠢いていました。
“何だこれは・・・。”
アメーバの衛兵達の整列の最後尾に待っていたのは、試験管の中の漆黒の猿です。
両目が全て真っ白で、黒い毛に覆われている猿はただ凶悪な金切り声を試験管の外へまで漏らしています。
“キィーーーェエカッキィーーーェエカッキィーーーェエカッ”
尻尾が三本、腕が左右に二本、一本、顔は皺だらけで全て赤茶色の両目、見るだけで不快感を誘う鈍い茶色の毛、体長九十糎の猿が液体が満ちていない試験管の中で、空中浮遊し続けています。
物理技術を不要とした、死後科による標本化措置、こう在るべしとの命令の結果でした。
オオアリクイの顔ほど細長いタヌキ顔、薄い水色の毛、黒と白が交互なるタヌキ系の長い尻尾が二本、両目はハクビシンとの死後科による創生生物の死体を浮かせる試験管の転送含意は“超絶の怒り”でした。
この創生に於いて、遺伝子が斥力を互いに発し合っての口論を無視せしめる、体毛縫合との侮蔑的措置の果ての、眼球形成余裕段階への何らかの遺伝子、適当降臨との夜間斥候利益を内包する物体の転送先を、“他生物との無企画なる乱交属性”と怒鳴っていました。
試験管の中で浮いている死体、体長一・四米のゴリラ状生物には黒人の遺伝子が卵子に注入された結果、上下に大きく開いている顎から上下に尖る歯はかなりの白さを帯びていました。
口が開いての叫び、“黒人の退化、ゴリラの進化、これらを弁別出来ず共よ、とのゴリラ慟哭、聞けやコラっ、効けやコラっ”が響くのは某国の地下です。
黒人ゴリラ、黒ゴリ、人ラ万象時の運、黒人ゴリラ、黒ラ、人ゴリ、人ラ、ゴリ黒、黒ゴラ、レンホー(人和)。
“何なんだ・・・一体どのような製造関連利益を追求しているのだ。
それは我が国の国益に適っていると確かに判断されたのか・・・。”
彼の前で地球外の知的洗練意匠が溢れる門が慄然をまとい出すと、四人の大尉は無言で左右へ去っていきます。
隷元は今日の景色に始終圧倒され続けていましたが、誰の指示も受けずのまま、門に対する知的観察を始めます。
暫くの時が過ぎると、砂時計の中で砂の柱が立ち上がっていくかのように、門がゆっくりと開いていきます。
「内部への進入を提案してみる。」
音声の緊張標高が一定続きとの知的企画声量に乗る英語から隷元は直感します。
“"G"だ・・・。”
彼は過去に過ぎ去った戦慄の邂逅を思い出し始め、その記憶が支配する隷元は内部への流入に身を任せます。
そして門に向かって進みいく彼の足は恐怖の震えに支配されています。
門へ近づくにつれ彼の目は、その内側で佇む地球外人種を捉えていきます。
頭部に流入してくる慄然は新たな恐怖に毎瞬変換されていきます。
“恐ろしい・・・恐ろしい・・・。”
隷元は、眼前に四人の異星人が立つとの運命と出会うに至ります。
一人が隷元へ告げます。
「医学用語、厳正運用の果てのこたびの出会いにて、二者双方、春を分け隔てずとの肉体ホルモンの分泌模様を、知的識別せず、ただ毎秒忘我、医学状態。」
隷元は、こうした解釈を瞬時に発生させます。
“良くおいでなさったな、懸念事の首魁殿よ”。
異星人が発した英語に混入していたのは、某軍の軍事作戦の演習に伴いし自他疾走状態との間抜けさへの警戒意識への察知結果であり、隷元はこの時、知的決別の真贋段階が相手が抱く懸念に関わっているのではないか、と疑ってしまいます。
“戦闘機の離陸段階に運用される操作英語などを、何故見咎め、そして発話音声へ導入したのだろうか・・・”。
隷元にとって異星人"G"との二度目の邂逅の時はこうした始まりました。
前回と同様に、恐怖と戦慄が彼を支配していきます。
隷元
二千七百八十一青字