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アイウエオの歌〜映画「桃太郎 海の神兵」

2016-10-04 | 映画

昭和20年初頭に公開された海軍省後援のアニメ映画、
「海の神兵」、二日目です。

最初にあまり気合を入れずにみたときには「ふーん」としか
思わなかったのですが、なんども見ているうちにこの映画には
今のアニメ制作の現場にはあり得ないような気概、
そして泣きたくなるくらい必死に上を目指し、いいものを創ろうとする
祈りに似た気持ちすら感じられるようになっていました。 

これらのフィルムを手がけた人々の多くが徴用され戦火に散ってゆき、

当初70名近くいたアニメーターは、完成時には15名ほどに減って”(wiki)

いたそうですから、渾身の思いで取り組んだ仕事の完成を見ぬまま、
戦地で還らぬ人となったスタッフの方が多かったということになります。

そのことを念頭に置いた上でこのアニメを観るとき、至るところに
亡くなっていった仲間へのオマージュとして挿入されたエピソードや、
連合軍への敵愾心、憎しみが隠せない部分があり、彼らもまたセルに向かいながら
彼らの戦争を戦っていたということを考えずにはいられません。



さて、猿野ら海軍挺進部隊の水兵たちの故郷から場面は変わり、
椰子の木が茂る南方の海軍基地です。



前作の「桃太郎の海鷲」もそうですが、この世界の海軍では
整備・見張りなどの兵は全てうさぎです。



ここにあるのは海軍設営隊。
メナドの、おっと鬼ヶ島への降下作戦を行うにあたり、
根拠地に基地を設営するところです。



鹿がツノに糸巻きを乗せて走り、格納庫の予定地に印をつけます。



こちら設営隊の測量技師。
こんな作業までを細かく映像化しています。



軍服を着ていない動物たちは、徴用された現地の人という設定。
史実に照らすのであれば、蘭印作戦のころの海軍設営隊は、
まだ軍人よりも軍属中心に構成されていたころです。

 

象や犀など力持ちがいるので重機は必要ありません。
ちなみに建設機械を担当するのは第1中隊となっていました。

 

海軍設営隊が組織されたのは開戦直前の16年8月ごろで、
太平洋における戦争が現実化してきたのを見据えてのことでした。

設営隊は基地施設建築や陣地築城を任務とし、大東亜戦争中には
200隊以上が編成され、南方の最前線などで飛行場などの建設を行いました。



ミュージカル仕立てで登場人物が歌いながら作業を行います。
ここには明らかにディズニーを意識している様子が見えます。

で、この不気味な動物は何?っていう話なんですが、



テングザルのつもりですね。
テングザルはオランウータン、チンパンジーの類人猿トリオででてきます。



設営隊が作っていたのは格納庫でした。
飛行場を造営するのは、設営隊にある4つの中隊のうち第2中隊です。
第3中隊は居住施設・耐弾施設・桟橋などを担当し、

第4中隊 - 隧道(ずいどう=トンネル)といったように、専門化されていました。



飛行見張り台の上には海軍旗が翻ります。



そこに飛行隊が帰投してきました。



控え所から駆け出してトラックに乗り込むうさぎの地上員たち。
航空機の爆音を耳にするなり、かぶっていた帽子の紐を
あわただしく顎にかける様子も描写されます。

 

トラックから飛び降りるなり飛行機の車輪止めを押しながら走る地上員。



陸攻を護衛の戦闘機が追い越していきます。



航空隊の動きを双眼鏡で追いかけるうさぎ地上員。

 

96式陸攻ですね。
線を巻いた陸攻にはこの基地の要人が乗っています。

 

見張り台に駆け上っていくうさぎのしっぽがかわいい(笑)
なんのために上がるかというと、飛行隊に某触れをするためです。 

 

陸攻の尾翼には桃の部隊マークが。
これこそ「桃太郎空挺部隊」の印なのです。
12と書かれた垂直尾翼がはためいている動きも再現されています。

 


着地の際のタイヤが軽くバウンドする様子まで再現された
飛行機の着陸シーンは、へたするとそのまま宮崎アニメに使えるくらい。
零式艦上戦闘機の21型のエルロンもちゃんと降りています。




哨戒機からはうさぎと雉の二人の搭乗員が降りてきました。
零戦が複座?と思ったのですが、偵察用に改造された複座が実際あったようです。



この搭乗員、セリフもなく勿論名前もわかりません。
搭乗機にカゴごとペットの小鳥を乗せて飛んだようです。



ところで、戦記ものには不滅の大原則があります。

「ペットを飼っている兵士は必ず戦死する」

・・・・。



陸攻の車輪止めを素早く行う地上員たち。



コクピットには操縦士が立ち上がって地上員の指示を行い、
その様子を現地の動物たちが物見高く見物しているのですが、このとき
機上の搭乗員の耳が風にあおられてなびいています。

「桃太郎の海鷲」製作後、押収したディズニーのアニメをみて、製作者たちが
もっとも感銘を受けたのが、旗や動物の耳が風になびく表現だったといいます。

このアニメはそういうディズニー的表現に追随しようと、とにかく
動物たちにあえて細かい動きをさせている様子がうかがえます。




航空隊が着陸してくるとき、原住民らしき動物たちは皆
びっくりして木のうろなどに隠れてしまいましたが、原住民の子供達は
無邪気に飛行場の隅を走り回り、なかでも「いちびり」が、
停止した飛行機の車輪を指で触って逃げたりします。

そこでいきなり、

「来たよー来た来た 何がやってきた」

というテングザルトリオの歌が始まり、



地上員たちは陸攻の前に整列を行います。
このうさぎたちそれぞれの動きがなんとも躍動的。



そして陸攻から出てくる隊長を敬礼で迎えます。

 

挺身隊隊長、桃山桃太郎中佐着任。
実際のメナド侵攻の際には空挺降下を行ったのは
横須賀鎮守府第1特別陸戦隊で、司令官は堀内豊秋中佐でした。
(海軍は基本結成された場所が部隊名になった)


堀内大佐(最終)はこの空挺作戦に参加したときすでに42歳。
いかに海軍体操の発案者といえ、この年齢で空挺降下を行うとは
さすが指揮官先頭の海軍ならではです。



敬礼のなか堂々と登場。
額に締めた日の丸の鉢巻が風になびきます。





このときに敬礼しながら隊長の動きを地上員は目で追うのですが、
冒頭の写真の角度からこのコマまで、一瞬の動きをコマ送りして数えてみると、
セル画はコンマ以下の秒に対して32枚も描かれていることが判明しました。



テングザル以下猿トリオの合唱。

「♪おやおや立派な人が出た(人が出た)
こりゃ不思議じゃな 不思議じゃな♪」

これの何が不思議なんだ、と突っ込みたくなりますがそれはともかく、
桃太郎隊長に続いてなんと、猿野やくまモン、犬養ワン吉が降りてきました。

隊長に続いて降りてくるということは、彼らは水兵ではなく、
少なくとも兵学校出の士官だったということになりますが、
あまりその辺りの辻褄合わせはしなかった模様。

まあ、桃太郎ときたら猿雉犬の家来ですからね。

猿トリオコーラス隊は続けて

「♪驚き桃の木山椒の木 僕らによく似た顔だわい
ほんにほんになんだかちょっと似てる ほんにほんにさ〜♪」


猿野のことを指しているようです(笑)



隊長が降りた後は、地上員は挺身隊隊員たちの降機にかかります。
横須賀鎮守府特別陸戦隊の隊員は落下傘兵750名を含む総勢840名でした。

メナド降下作戦にはこのうち450名が参加してしています。



桃太郎隊長は階級章をつけておらず、胸に「隊長」とあります。
この間子供たちの歌う軍歌が流れているのですが、何かわかりません。



隊長の敬礼に盛り上がる住民の子供たち。

 

輸送機から降りてきた隊員たちが飛行場に並べていく荷物が妙に丁寧に描写されます。
猿トリオは例によって

「本当になんじゃろ本当になんじゃろ」

と中身の詮索を始めます。

「バナナ」「サロン(腰巻)」「タバコ」とそれぞれ予想しますが、
勿論それらは違います。



このトランクには、彼らが空挺降下するための傘が入っているのです。



明けて翌日。
基地には出撃前の穏やかな1日が始まろうとしています。



現地の子供たちを集めて日本語を教える教室が開かれています。
先生は犬養ワン吉。
アップになったところを見ると軍服の襟には星二つ付いています。
1等兵のつもりなのか、それとも中尉なのか・・・。



笛を吹くなりいきなり黒板を指し示し「あ!」「あ!」
「あたま」「あたま」「あし」「あし」「あさひ」「あさひ」

 

しかし、原住民の子供たち、「最初から」といわれても意味がわからず、
教室は混乱しだし、てんでに鳴き声を上げるのみ。

 

そしてついには皆が勝手なことをしだして学級崩壊状態に・・・。

 

ワン吉の先生ぶりを見に来た猿野、同期が困っているのを見て
くまモンのハーモニカの伴奏で「アイウエオ」と即興の歌を。



「アイウエオ」を単純なメロディに乗せて繰り返すだけの歌。
この猿野のノリノリぶりをご覧ください。

 

リズムに乗せてカンガルーとお腹の子供が体を動かす様子は
明らかにディズニーのテイストです。
さらにいえば、この映画を見て「涙が出るほど感動した」という
手塚治虫が、のちに「ジャングル大帝」でこの動きをオマージュしています。

「ジャングル大帝」でオマージュしたのはこれだけではありません。

A-I-U-E-O Mambo


歌うのは弘田三枝子。
動物たちに言葉を教えるシーンのためについ先日死去した冨田勲が作曲しました。

   

何回か繰り返されるうちに全員がきちんと机に座り、
まじめに「あいうえお」を歌うように。
いやー、音楽の力って偉大ですね。

 

曲は声や編成を変えてなんどもなんども繰り返されます。
鹿が自分のつのに洗濯ロープをかけて洗濯物を乾かす様子。

 

皆で作る料理を煮込むいい匂いがテントから漂ってくる様子。

 

そしてガソリンの入ったドラム缶を積み込んだトラックが去っていく様子。
ここまで、猿野が歌い始めてからなんと6分間延々と歌は続きます。



猿野の絵を描いてやる雉川(だっけ)。
雉川は航空兵ですね。

そこに誰かが叫ぶ声が。

「おーい、郵便が来たぞ〜!」

猿野はポーズをとるのをやめて慌てて駆け出していききます。

 

「部隊長殿!航空便であります!」

海軍では階級に「殿」はつけない、「であります」ではなくできるだけ短く
「です」(おはようございますがおおす、お願いいたしますも願いますになる)
というものである、とわたしたちなどは聞かされているわけですが、
この言い方に海軍からチェックが入らなかったらしいところをみると、
それらは厳密なものではなく、雰囲気で使い分けがあったのでしょう。

チェックといえば、完成後に行われた海軍省のチェックは大変厳しく、
悲愴なシーンや軍機に触れると判断されるシーンなどに対して
多くがダメ出しをされてしまったという話があります。

 

内地からの待ちに待った航空便。
皆匂いを嗅いでから荷物を解いたりしております。

 
なんと、この兵隊の荷物にはアイスクリームのカップが入っていました。
皆が周りに集まってきて鼻をヒクヒクさせたり、思わず
唇をなめたり、唾を飲み込んだりします。

本当にアイスクリームのわけはないのですが・・・。

  

開けると中に仕込まれていた虫のおもちゃが飛び出して皆びっくり。

 

缶詰、マッチ、人形に下駄・・・。
雉川に送られてきた荷物には、故郷を後にした時にはまだ
むくげのヒナだった三羽の弟たち(妹かもしれませんが)が
すっかり大きくなった今の姿を伝える写真が添えられていました。

 

木陰に荷物を広げ、弟からの手紙を読む猿野。
猿野の荷物にも下駄、そしてココアの缶が見えます。

「ボクハ、ニイサンノオテガラヲ、マツテ イマス。
カイグンノ ニイサンヘ 三太」

 

体を起こして手紙を凝視していた猿野は、手紙から目を離すと
ゆっくりと面を上げてまた宙を見つめるのでした。





続く。

 



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