のびたとブレイク

生き生きと第三の人生を歩んでいます
うたごえ ウォーキング ボランティア 時々花と金魚

ありがとう 女子会そして 新年へ 妻戀神社 湯島神社お詣りも済んだ

2019年12月31日 08時53分40秒 | うたごえ

私にとって 忘年会は遥かの昔 とうに終わりを告げていた

皆さんに聴けば いくつも忘年会があるそうだ それだけお付き合いがあるのだろう

私には うたごえの仲間たちを除くと 誰とも付き合っていない それで満足だけれど

 

普段のうたごえの仲間 みんな女性 成り行きで忘年会?をすることになった

昨日の夜 いつも私が行くファミレス 店員の方たちがランチで行くので 歓迎してくれる

特に席だけ予約 私は定食(笑)女性たちはビールや刺身 つまみ あまり食べるものは少ない

 

冗談では 女性ファンが多いのに 私たちだけで こんな機会をがあって恨まれそうなんて言う

会話には普通に加われる 男性として あまり意識していないのがある

私にとっては嬉しいひと時である これから一週間は ひとりの日々を暮らすことになる

 

 

さて 一昨日のウォーキングの続き 妻戀神社からご案内 この 妻戀 に私は惹かれる

御祭神は 日本武尊と弟橘姫命 そして 倉稲魂命である

江戸時代は 王子稲荷ともども参詣人が多かったと伝えられる

 

そもそもの謂れは 日本武尊が東征の折 三浦半島から房総半島に渡る時 大暴風雨に見舞われた

妃の弟橘媛が身を海に投げて海神を鎮め 尊の一行を救った

東征を続ける尊が 湯島に滞在したこともあり 妃を憐れんでお二人を祭った

 

小さな敷地にあり 路地を入ったところ お詣りの姿はちらほら でも 3が日は賑わう

私に妻は居ないが 支えてくれる女性は いっぱい ブログの方たちにも思いを馳せて祈った

何時までも健康で いつまでも 活動やブログの支えになってください

 

 

この道をしばらく歩くと 湯島神社に突き当たる

普段は 亀戸天神に良くいくが ウォーキングでこの辺りに行けば 必ず感謝のお詣りだ

正月準備が急ピッチで進められている テントや飾り付け この作業を目にした

 

 

天神の坂を下ると 賑やかな御徒町 青春の想い出もかなりある地だ

アメ横の活気は最高潮 人並みはごった返し 隙間が無いほど 次々と売られていく

平和だなぁ 昭和の名残りも感じながらのウォーキングは ここでピリオドにした

 

足湯カフェ いかがわしくはなさそう(笑) 下は仲通り

下は大当たり神社つき売り場 いっぱい並んで私はここだけお詣り(笑)

 

今日は大晦日 特に何も掃除もせず 無精の日々である 年越しそばだけはファミレスで買った

別に予定は何も無し 6日の始動まで ウォーキングだけはする 他人の幸せも分けて貰おう

みんなが幸せ これが私の幸せ ブログも休まず ・・・・

 

皆さん 良いお年をお迎えください

こんなブログにも訪問など お付き合い頂いていること感謝しています

また変わらぬご友情をどうぞよろしくお願いいたします

 

 

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日々平穏 お礼参りで 手を合わせ  神田明神から湯島天神へ

2019年12月30日 08時24分14秒 | うたごえ

清く貧しく美しく(笑) お金には恵まれないが健康と言う貴重な財産がある

なにより ピアノを弾きながら 素敵な仲間たちの笑顔と会い 歌の徒然

この感謝 あちこちに告げなければ・・・一番縁の深い 神田明神と天神様では湯島

 

 

ウォーキングを兼ねて 昨日 天気も良いしあたたか まずは神田明神へ

車を買ってから3代目 初代から交通安全ステッカーは神田明神 これが見えぬかと貼っている

まあ大した事故も無く過ぎているので お礼をして また新年に再度来て参拝 買う予定だ

 

 

正月3が日 いや7日までは ここは長蛇の列 境内いっぱいに老若男女が訪れる

以前は 1時間近く並んでも根性で参拝したが 最近では 3が日をずらして参拝だ

お礼参り 神社は既に新年の準備が殆ど出来ており 超特大お賽銭箱も設置済み

 

 

あと3日だから 人はそんなに多くないだろうかと思っていたが 予測に反して結構参拝客が居る

本殿前にかなり長い列 信心深くない私は それを見ただけでスルー ごめん また来るからね

境内一周してから 湯島天神への道をたどる 私のウォーキングコースの一つである

 

銭形平次 投モチーフ そのげ銭の右側には 小さいけれど がらっぱち八兵衛の碑

昨年 境内に完成した会館 1階はショップ 2階はホールなど

神社声援 わかるかな この洒落(笑) ジンジャエール

 

途中に 妻戀神社がある このコースを歩くときは 必ず寄って見る

別に 妻が居るわけではないが 私の場合は 多くの女性に対して感謝の気持ちである

うたごえで私を支えてくれる女性たちに 有難うの気持ちで参拝 来世では? 妻と一緒かなぁ

 

湯島天神も新年の準備で慌ただしいが 参拝客もかなり居る

皆さん 信心深いのだろう しっかり 鳥居をくぐるときは一礼して出入りしていた

学問の神様 私は地元の 亀戸天神はウォーキングでたびたび行く 人間死ぬまで勉強だ

 

御徒町に出る あの アメ横の雑踏でも味わってみようか

昔より 商店の数は少ない 威勢の良い売り子の声 おばちゃんたちのざわめきは昔と一緒だ

歩いて歩いて~11500歩のお礼参りウォーキングでもあった

 

写真は神田明神のみ 明日へ続けます

 

 

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楽しさが 伝わるラジオ 晴れた空   川柳の番組 ここせん 初に聴いた

2019年12月29日 08時29分23秒 | うたごえ

鹿児島のさつま川内市 私は訪れたことが無いが 観光地としても魅力があり行ってみたい

その地から流れる FMさつませんだい 昨日 初めて放送を聴いた

川柳の番組 私たちの師匠の住まわれる地であり この番組のパーソナリティでもある

 

 

番組名は『ここせん』 心の川柳の略称  写真の左が石神紅雀師匠 右も川柳の巨匠

鹿児島のてんがらもんラジオに私は川柳を投句しているが この ここせん にも投句する

錚々たるメンバーで ちょっと番外の感じも否めないが 川柳を学ぶ場として参加させて貰う

 

 

現在のさつま川内市の小中高まで 川柳を教育に取り込んだ基礎を支える方たちが多い

入来温泉には 多くの方の川柳が応募した川柳大賞もあり 輝いた句は石碑に刻むほどだ

毎月 ここへ投句しているが 結果は師匠のブログで確認していたものである

 

てんがらもんラジオが聴けるなら ここせんも聴けるはず 土曜日の午前10時にオン

一時間番組 全て投句された川柳が主題であり あの師匠の楽しそうな話し方 笑い声が聴こえる

自分の作品の結果も待ち遠しいが さすがに諸先輩の方たちの句の感性 目付が違う

 

お題は 『窓』 折句では 『わ・か・さ』 『ろ・う・ご』の2題

まずは『窓』 私の投句2首は入選 ホッ(笑)

 

窓明かりそこに暮らしのあたたかさ   のびた

窓の外夕焼け君は元気かい   のびた

 

佳作以上の方紹介します さすがですね

佳作③辛いとき窓に射し込む陽に乗ろう   春爺
佳作②ワンチーム心の窓が通い合う    颯爽
佳作①雨粒が流した窓の「好き」の文字   ミモリ

準特選:その窓を開ければ何か見えるはず  ミモリ

 

色紙 己書 てんがらもんラジオでおなじみの 村永チトセさん書

 

特選:はつ春に令和の風を入れる窓    雨水

 

折句 これは五七五の頭に お題の字を織り込んで詠むもの

お題『わ・か・さ』 

わが母の形見の言葉指し示す  のびた

天地人の方の句

人:和食なら欠かせぬ味にさしすせそ    春爺
地:綿菓子の軽さで恋が去っていく   まこと
天:詫びる気で帰るふるさと冴える月    喜宏

 

 

お題 『ろ・う・ご』

炉端焼き嬉し今夜は豪華版   のびた

天地人の方の句

人:老春へ運命線のゴーサイン    まゆみ
地:ローマ法王うやうやしくてごもっとも  雨水
天:ロマン消す海を覆ったゴミの山   まこと

 

お題に対して 佳作以上の方 折句の天地人の方 こんな句が出来るなんて素晴らしい

やはり天性のものと努力があるのだと 改めて思う

ブログタイトル 川柳にして詠み3年半 遅々として歩みはのろい しかし 脳トレでは最高

 

 

間もなく 師匠の同人誌 『つばさ』が送られてくるだろう

これにも 投句させて頂いて日々修行(笑) 正月3が日には詠まなくては すぐ投句発送である

うたごえやボランティアに加えて 川柳も留まることなく 日々歩む 

 

 

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歌ゲーム 笑いおしゃべり 良い年を   歌い納め 仲間の愛を感じながら

2019年12月28日 08時01分40秒 | うたごえ

おしゃべりと 笑いの絶えない そんなひと時を そう もちろん歌も歌おう

下町のうたごえ 今回初めての企画を立て 皆さんに集まってもらった

入り口で 缶ビールかお茶 相棒選りすぐりの?菓子・つまみ類を手にホールへ

 

 

いつもの階段状の客席は格納されて 平面なホール グランドピアノも仕舞われている

ステージを向いて いくつもの机があり 皆さんは差し向かい 乾杯と同時におしゃべりタイム

題して もぐもぐタイム! しばし おしゃべりの花が咲く 殆ど女性だからこれは賑やか

 

 

まずは3.4曲 伴奏は持ち込みのキーボード アンプスピーカーで大きくする

1. ドレミの歌ゲーム あの ドレミの歌を1番だけ歌う そして これからはゲーム

ドはドーナツのド ファと私が言うと間髪を入れず ファイトのファとメロディで応える

 

シ 幸せよ ラ ラッパのラ~ だんだんメロディが音階でなく一緒になってくる

それでも コーラスの方も居たり 歌は大好きな方 かなり乱れず きれいな音程でもある

次は 歌合戦 皆さんを半分に分けて 違う曲を同時に歌って貰う 春が来た と 富士山

 

伴奏は無い 私が音の高さだけ指示 せーの と合図して歌いだす

これも 歌上手の皆さん きれいに違う曲が見事なハーモニーになって聞こえてくる

4曲目は 知床旅情と早春賦 これは出だしの2小節が殆ど同じ 高木東六さんが森繁さんに冗談で指摘した部分

 

 

 

 

 

これも無難にこなす あまり乱れないのは 相手の歌を良く聴きながら 合わす この心にある

私のハーモニカ披露 最近は演奏していないので聴いた方も少ない

北の国から 支那の夜 埴生の宿 を演奏した 添乗員時代 バスツアーでいつも披露したことを思い出す

 

 

曲当てクイズ 短い前奏か曲を ちょこっと弾いて はい 何の曲? メロディは分かっているが曲名が?

一番わからなかったのが 銭形平次 前奏が終わってメロディに入っても 手が上がらない 前週も歌ったのに

当たった方には 本所地域プラザの喫茶室の珈琲券 350円! ポチ袋に入れて渡す 10曲 一番だけ歌う

 

普段でも 賑やかに 笑いに包まれる下町のうたごえ 更に絆が深まったような感じがする

相棒を始め スタッフとして手伝ってくれる数名の女性 そして 参加される方たち 皆さんが私を支える方だ

健康にも 素敵な皆さんにも恵まれて 今年も暮れようとする では年明けにまたお会いしましょうと挨拶

 

 

 

 

年初めは 1月6日に始動 本所地域プラザの会場抽選 午後は介護施設へ音楽訪問 また歩み始める

今朝は快晴 素敵な一年の余韻に包まれながら ウォーキングにでも出ようか

 

 

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別府の湯 繁栄の祖 奇抜な策   生きてるだけで丸儲け 油屋熊八さんの言葉

2019年12月27日 09時44分16秒 | うたごえ

別府と言えば温泉 地獄めぐり 豊富な源泉 海の幸 誰しもが思い浮かぶ

私も湯布院も含めて 4度ばかり訪れているだろうか 想い出が蘇る

現在の繁栄を築いた 市民が尊敬する 油屋熊八 誰? 聞けば思い出す方も多いだろう

 

亀の井ホテル屋上風景

 

テレビのバラエティなどでは既に知られている話 全国初の女性バスガイドが誕生した地でもある

先見の明 独特なアイデアと度量 数々の策が実行され 改めて その功績に感銘を覚えるものだ

昨日 FM銀河 てんがらもんラジオでは 現役ガイドの 向井明美さんが いつもの向井節で語った

 

 

まずは現在の別府温泉観光にご案内します 私も元添乗員です(笑)

別府には 源泉が沢山あるが 代表して別府八湯がある 時間に余裕がある方は巡ってみたら如何?

なお 以下の写真等は 全てネットからの借用です

.

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竹瓦温泉 右は浜脇温泉 下左は亀川温泉・四の湯 下右は 鉄輪温泉 ひょうたん湯

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上左 柴石温泉 上右 別府温泉・保養ランド 下左 堀田温泉 下右 観海寺温泉 

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別府温泉 浜脇温泉 鉄輪温泉 明礬温泉 亀川温泉 観海寺温泉 堀田温泉 柴石温泉 塚原温泉 県北の温泉

 

次に別府地獄めぐり (組合加盟 ほとんど観光コースはここ)

 

 

 

さて 別府温泉の父ともいうべき 油屋熊八 明治21年の生まれ 27歳には宇和島町議

30歳では大阪に出て米相場で富を築き 油屋将軍の異名までとるものの 日清戦争後に相場に失敗

35歳でアメリカに渡った 現地でキリスト教の洗礼を受けた その後 妻が身を寄せていた別府に住む

 

 

 

新約聖書の ≪旅人を懇ろにせよ≫ 今でいう おもてなしの精神を活かした 旅館業を始めた

現在の亀の井ホテルの前身である 外国人も多く泊まれるように 洋式ホテルに改築した

この外人たち あるいは観光客に 別府の案内をするために バス事業 亀の井バスを創業

 

ここで昭和3年 日本初の女性バスガイドを採用した そして定期観光バスも走らせる

ガイドは 七五調の案内と言うから面白い 今でも部分的に この七五調を紹介しているそうだ

当初 ホテルでは禁酒断言 飲む客は他へ行ってくれと頑迷に貫いたが 何年かして緩和した

 

 

左 昭和5年ころ 右 昭和45年ころ

 

別府宣伝のために キャッチフレーズを作成 『山は富士 海は瀬戸内 湯は別府』

これを標柱にしたため 富士山頂近くに建てたのを始め 全国各地に建てる

建設予定がなくとも 建設予定地と記してあるという 別府市内 福岡 大阪 東京にも標柱を建てた

 

サンフラワーが大阪から別府航路を開いたように 当時は大型船が着船出来ない港に 専用桟橋まで作る

やまなみハイウエイ 別府から阿蘇 熊本を見越して 長者原にもホテルを建設した

こうして全国屈指の別府温泉の基礎が築かれ 今では 観光客で大賑わいである

 

八代亜紀さん 16歳 九州産交のバスガイド このあと 東京へ

てんがらもんラジオ パーソナリティ 村永チトセさんの己書

 

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