のびたとブレイク

生き生きと第三の人生を歩んでいます
うたごえ ウォーキング ボランティア 時々花と金魚

人生はまさかまさかの積み重ね

2016年11月19日 07時58分51秒 | 雑感

テレビのバラエティなどで言う言葉 人生は山あり谷あり 上り坂 下り坂 そして まさかである

この場合の まさか の使い方 ただの駄洒落に聴こえて あまりにも陳腐だと思う

ラーメン つけ麺 イケメン の類である

 

 

てんがらもんラジオの川柳のお題は 来月 その まさか である

人生永く生きていれば まさか の数は数えきれないほど多い

生死に拘わるサプライズ 微笑ましいもの 分かれ道など 幾つもの まさか を積み重ねて来た

 

 

昨日は眼医者に行って 順番が来るまで このお題を考えていて 2.3句 作ってみた

川柳の楽しさは いつでもどこでも 考えることが出来ることである

私にとっての まさか を振り返ると芋づるの様に出てくる

 

 

あれは何年前か 暮れも近い日 地下鉄の階段を出口に向かって登り始めた

上の方に女性の姿が見えたと思う瞬間 足を踏み外したのか 突然不自然に落ちてきた

考える間も無い 私も階段の途中だが両手を拡げ受け止めた 危なく転びそうだった

 

歳は20代後半か酔っているようだ かろうじて受け止めたが もしかしたら二人で転がり落ちる

ふぅっと思った瞬間 この女性から まさかの言葉を聴いた

何すんのよ バカ野郎~ あとで考えたら死ぬかもしれない出来事 身をかわすことも出来た

 

 

以前書いたが 大きな道路の歩道を歩いていた ビル解体工事の現場に通りかかる

何気なく上を向いたら工事塀の上部が揺れている 咄嗟に走った 道路は車で逃げられない

走り抜けた瞬間 歩道を倒れてきた塀が覆っていた 安全の為に設けられている工事の塀だ

 

 

あの神戸淡路大震災の時 一週間前に中華街や長田町を私も歩いていた

上越新潟大地震の時も前週 中心地を観光案内していた 八戸地震の時も一週間前に居た

僅か一週間後に まさか大地震が訪れるなんて考えも及ばない そして私は無事に生きている

 

 

目の前で命が消える瞬間にも会ってしまった まさか 何秒前まで平穏で居たのに・・・

通勤で自転車を利用していた 荒川に架かる長い新葛西橋への上り坂 結構きつく長い

私の目の前を行く男性の自転車 立ちこぎに近い 何かの拍子にカードレールに触れたようだ

 

右側を走るダンプカーの前輪と後輪の間に吸い込まれるように身体が入って行く

スローモーションのように思い出す ダンプは気が付くはずもなく後輪が乗り上げて走リ去る

私はダンプを必死で追いかける 橋の向こう側で信号で停まっていた

 

ひき逃げするのかと怒鳴ったら 気が付かず何かに乗り上げた感じはあったらしい

警察と病院に連絡するよう指示して 会社へ急いだ

翌日から自転車通勤を止めてバスにした まさか目の前で死亡事故が起こるなんて・・・

 

 

立川付近を車で走っている時 中央線の踏切で電車通過を待っていた

何気なく左前方を見ると 中年男性が遮断機をくぐり前に歩き始めた

思わず聴こえないのに 車の中から 危ないっ~戻れ~と叫んでしまった

 

彼は一瞬立ち止まり こちらへ向かって じゃあな~グッバイ~ そんな感じで手をあげた

そして歩く 線路も近いから2.3秒の出来事だ けたたましい警笛も聞こえる

眼をふさいだ 特急列車が急ブレーキの音を立てて通り過ぎ200m位先で停まった

 

 

こんなこと書いたら 皆さんの心を乱れさせてしまう 良いことも記して終わりにしよう

若いころ 音楽が好きになった コンサートにも良く行った

ピアノの音にも憧れ 他人の家から流れてくる練習の音も立ち止まって聞いた

 

仕事の付き合いでスナックにも行った ピアノ伴奏で歌わせてくれる

ああ ピアノが弾けるなんて素晴らしい そう思っていたが単なる憧れに近い

それが今では まさかの 私がピアノを弾き 皆さんが楽しそうに歌っている

 

 

添乗員時代は 必ずハーモニカを持参してバスの中で披露した

まさか 添乗員がハーモニカを演奏してくれるなんて お客様は大喜びである

立ち寄り先にピアノがあれば 皆さんを歌わせてしまう 思わぬサプライズに大きな拍手が起こる

 

 

私の孫娘と娘 世に言うじいちゃんらしいことは何もしてあげられなかった

それが まさか 二人で私を温泉旅行に連れて行ってくれるとは予想も出来ない

嬉しくて しみじみ幸せをかみしめたものだ

 

 

まさかそんなこと 毎日 自分のことでもニュースでも起こっている

豊洲の大きな空間 おしどり夫婦の離婚 まさかあの人がと思うことばかり

これが人生 波乱があってこそ 平穏の有難さがわかる 私だってこの歳で恋する? まさかぁ~

 

 

 

     最後までお読みくだ-さいまして有難うございました m(_ _)m

 

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朝ドラの純と愛 違和感感じつつ見続けている

2012年11月19日 08時43分35秒 | 雑感
家政婦のミタ この作者が今までのNHK朝ドラにない新風を入れた
どこか共感を呼ぶ世代や主人公が 過去の朝を綴ってきた
しかし 今度はオカルトも入ったような筋書きに どうしても付いていけない

ありえないような正義への挑戦に 朝から声を張り上げている純
統合失語症って こんなことがありうるのかと思う愛
まあ ドラマであるから何でもありの世界である

家政婦のミタは それなりに乱れた家庭を優しさに取り戻す共感があった
しかし 純には いくら正義を貫いていても さすがと思うことが付いてこない
視聴者の評判も 賛否両論に分かれるところである

それでも作者の魅力が見えるのか そこそこの成績は残している
批判があれば見なければ良いと思いながら 毎朝見てしまう
翌日に興味を持たせながら展開する 朝ドラの常識でもある

昨日の夜 食事に外へ出たら ゾクッとするほど寒い
東京は曇り空 12月半ばの気温だと言う
秋も終わり 本格的な冬の訪れがそこまで来ている

今日は午後 ディサービスへ音楽訪問に行く
一人でも多くの笑顔が見れること これが楽しみである
暖かな風が流れるように アットホームに・・・・


最後までお読みくださいまして有難うございました 
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今日の誕生花  われもこう
 花言葉  変化
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冬の厳しさに耐えられなかった南国の植物

2012年05月03日 09時11分18秒 | 雑感
ベランダの花たち 私の小さな楽園である
春を迎えて 生き生きとしているが この中にも悲喜こもごもがある
 
期待と興味をこめて 育ててきた南国の植物 今年の冬の異常気象には耐えられなかった
 
前年は しっかりと伸びたドラゴンフルーツが 一部 腐食したように黒ずんできた
先日まで それでも待ってみたが再生はだめだった
諦めきれずに きれいな部分を土に挿して見たが 多分だめだろう
 
 
 
パパイヤも昨年は冬を越して 枯れたような幹から葉を茂らせた
今年も覆いを付けていたが まだ葉が出る気配が無い
毎日 観察しているが これも諦めるしかない
 
 
 
ブーゲンビリアだけは 数年経つが これは寒さにも耐えられた
だめかと思っていたが 葉が沢山出始めた
咲けば ピンクの花が可愛く 私が南国へ思いを馳せる好きな花だ
 
 
 
姫りんごは 順調に花を付け散った 実は昨年生ったが 赤くならなかった
今年は どんな実がなるのかな
老鴉柿も 柔らかい葉をいっぱいつけた これは昨年は実が生らなかった
今年は 少しは期待できるかな
 
ブールーベリーも葉が多くなっている
実は ほんの少し昨年実ったが 数粒である
昨年から違う品種をもう1本購入して そばに置いた これはどうかな
 
ベランダでの 実のある植物を育てるのは難しい
蝶や蜂が飛んでくる 自然の摂理には遠く 小さな鉢やポットでは可哀想な気もする
 
これらの鉢でさえ 雑草が出てくる
そして逞しく増える 生のある植物でも所詮 雑草と嫌われる
時に抜いてはいるが 先日は小さな花を付けていた
これも悪くないかなと思うが ごめんよと言いながら 花が終わったら抜いた
 
ベランダの小さい世界の中でも 栄枯盛衰 自然の厳しさがあることを実感する毎日だ
コールデンウィークであるが 今日は雨 パソコンに向かいながら時々外を見る
 
 
 
 今日の誕生花  ぼたん
 花言葉      はじらい 富貴
 
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年齢で変わる月日の流れの受け止め方

2011年08月24日 08時34分26秒 | 雑感

  誕生日 正月 何かの節目ごとに 月日の流れを感じるときがある

  ああ もう1年経ったかとか あれから何年かなどと数えたりする

  その流れの速さは 歳とともに 感じ方が違ってくる

  子供の頃は 早く大人になりたいななど 流れは遅く感じる

  しかし 子育ての頃は あっという間に 子供が成長してくる

  更に高年齢になると この月日の流れの速いことを強く感じる

   

     写真は近くのニセアカシアと 路上に落ちた花びら

  この心理を説いた ジャネーの法則というものがある

  5歳のこどもにとっての人生は その1年は人生の5分の一

  50歳の人にとっての1年は 50分の一だという

  これが時間の流れる感覚の差である

  時の流れが速いなと感じる学説である

  更にそこに時間の重さがあったらと私は思う

  50歳にとっての1年の重さは 余命平均から引いた数 

  仮に男性平均寿命が80歳と置けば まだ30歳ある

  70歳ならばあと10歳 当然1年の重さは深くなる

  90歳が91歳になる この1年は かなりに重く意義のあることだ

  100歳になるのは極めて数が少なく それは大変な1年の積み重ねで゜ある

  それだけに1年生きることが 極めて密度の濃い1年と言えよう

  そんな大切な時間の積み重ねが1年という流れならば

  もう少し 時の流れを噛み締めて大切に生きていかねばならない

  時間は戻らない 同じ時間を過ごすなら せめて笑顔を多くしていこう

  自分の努力でも ある程度笑顔になれる

  つねに不満足でなく 今あるもので満足する

  小さなことでも幸せに感じる こんな感性が良い人生を作り上げていく

  健康に感謝 生きていることに感謝 感謝の心が幸せに導いていく

    

  散歩中に見かける萩の花 白いむくげ ヒヨドリが蜜を吸いに来る

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感動と悲しみの涙

2011年08月22日 07時38分54秒 | 雑感

  大震災後の津波で多くの方が亡くなり 家や船や田畑も流された

  悲劇の数は 周辺も含めて膨大な数に上ると思う

  そのうちの一つの家族が 昨日の24時間テレビで放映された

  子供3人を含めて 平和な暮らしを送っていた家族が あの日で翻弄された

  奥さんが勤務先の介護施設の中で 津波で亡くなった

  ご主人も同様の福祉施設で働いており この日から子供の面倒をも見ている

  炊事洗濯から料理 子供の幼稚園送り迎えも 全て一人でする

  これは出来ても 愛する奥さんを失った哀しみは 子供と同じで涙の毎日であろう

       

  羽鳥アナウンサーが 震災直後 ここを訪れ この家族にも会って来た

  津波の爪あとを二人で見て ここが玄関 ここが部屋と瓦礫の土台石を見て言う

  いつも帰って来ると 少しおどけたりする可愛い奥さんだったと言う

  羽鳥アナも 聴きながら もらい泣きする

  震災の後 奥さんがご主人に渡した1枚の手紙が出てくる

  ちょっとしたことで言い合った直後に 奥さんが書いて出かけるときに手渡す

  内容は 愛情に溢れる言葉が書いてあり じんと心に響いてくる

  いつも逞しく子供を守るパパであって欲しいと書いてある

  奥さんを失った悲しみで 一時はあとを追おうとも思ったと言う

  でも この手紙を見て 生きねばならないと誓った

  幼稚園の子供は 他の子供が母に連れられてくると 羨ましそうに見る

  ご主人が 食事を作っても ママの味にはならず 余り食べてくれない

  子供の好きなカレーライスを作ろうと 羽鳥アナも協力して作る

  お変わりして食べてくれた 嬉しそうな子供の笑顔

  だが どんなに笑顔が浮かんでも ママは妻は帰って来ない

  天国で見ていてくれるだろうと そう自分に言い聞かせる家族の想い

  こんな家族 多くの被災者の断片だろうと 見ていても涙が出てくる

  せめて東北や東日本が 本当の笑顔が見えるように早くなって欲しい

       

  東北支援の活動は 全国で行われており 私の地元でも催しが目立つ

  錦糸町ジャズでも チャリティのTシャツが売られており バンドも呼びかける

  2500円のシャツ 1000円がこの東北支援に廻る

  そして残りの原価を引いた額が ジャズフェスティバルの運営資金になる

  被災者の心と生活は病んでいる

  立ち直りを支える 支援の輪は 世界を含めて寄せられていることが救いである

 

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