(1)世界的な死刑廃止論(theory of the abolition of capital punishment)のなかで、日弁連が「2020年までに死刑制度の廃止を目指し、終身刑の導入を検討する」(報道)と宣言した。
報道によると採決にあたって144人(参加者中18%強)の弁護士がこれに棄権したと言われる。日本ではまだ根強い死刑制度廃止への反対論もある。
これにビデオメッセージを伝えた瀬戸内寂聴さんが死刑廃止を訴えて「すぐに人を殺したがるバカ」(趣旨発言報道)と国家(法相)とも被害者家族感情ともつかない人たちへの非難のメッセージが物議、逆反発非難をかもしもした。
(2)日本裁判史上でも戦後の混乱期の捜査のあり方、自白重視の捜査手法の問題点が、今日的社会でえん罪として死刑確定者の裁判のやり直しで無罪になるケースも目について、人が人を裁く裁判の世界の不条理性(unreasonableness)があきらかに問題になっていた。
被害者、家族の苦しみ、悲しみ、憤(いか)りは当事者にならなければわからない非道、非常のものではあるが、人が人を裁く捜査にも裁判にも間違いがあることが前提となる以上、誤って無実の人を国家が死刑にすることは避けなければならない正論だ。
(3)世界的な死刑廃止論はあるべき人権、人道社会としては必然的なことでもある。日弁連の今回の提案理由では「死刑制度は生命をはく奪する刑罰で国家による重大、深刻な人権侵害」(報道)と述べている。
ある意味一方的な立場からの人権侵害論であるが、重大犯罪で生命を奪われた被害者、家族の「人権侵害」をどう考えるのか、救う手段はあるのか、残された被害者家族の感情も含めて救うとすればどこまでのものか、対比して比較して考察することも考えなければ、ただ世界の潮流に流されての死刑廃止論になってしまう。
(4)今回の採決棄権の18%強の弁護士に死刑執行決定責任者への批判メッセージへの被害者家族の反発もあるように、人権侵害論ではそれぞれの立場、考え、心情もあり、一概には割り切れないところもある。
むしろ、えん罪による取り返しのつかない国家判断、執行の悲劇をどう避けるのか、それに代われる法的責任の負担の比較検証が大事だ。
(5)死刑に代わる最高量刑として無期懲役刑(終身刑)がある。生涯にわたって自由、生活、権利を拘束されて犯罪責任を償うもので、考えによっては人間性にとって最大、最高の責任の取り方でもあり、苦痛でもある。
その間には犯罪への反省、後悔、直視、取り組みも十分に考えられて、被害者、家族への本当の償いにもなると考えられる。
(6)死刑制度廃止論は述べてきたように人間社会、人間性社会にとってあるべき姿であり、要請である。
さらに人が人を裁く不条理性をカバーする人間性にとって極めて厳しいとも考えられる法的措置(終身刑)に代わるのが妥当だ。
報道によると採決にあたって144人(参加者中18%強)の弁護士がこれに棄権したと言われる。日本ではまだ根強い死刑制度廃止への反対論もある。
これにビデオメッセージを伝えた瀬戸内寂聴さんが死刑廃止を訴えて「すぐに人を殺したがるバカ」(趣旨発言報道)と国家(法相)とも被害者家族感情ともつかない人たちへの非難のメッセージが物議、逆反発非難をかもしもした。
(2)日本裁判史上でも戦後の混乱期の捜査のあり方、自白重視の捜査手法の問題点が、今日的社会でえん罪として死刑確定者の裁判のやり直しで無罪になるケースも目について、人が人を裁く裁判の世界の不条理性(unreasonableness)があきらかに問題になっていた。
被害者、家族の苦しみ、悲しみ、憤(いか)りは当事者にならなければわからない非道、非常のものではあるが、人が人を裁く捜査にも裁判にも間違いがあることが前提となる以上、誤って無実の人を国家が死刑にすることは避けなければならない正論だ。
(3)世界的な死刑廃止論はあるべき人権、人道社会としては必然的なことでもある。日弁連の今回の提案理由では「死刑制度は生命をはく奪する刑罰で国家による重大、深刻な人権侵害」(報道)と述べている。
ある意味一方的な立場からの人権侵害論であるが、重大犯罪で生命を奪われた被害者、家族の「人権侵害」をどう考えるのか、救う手段はあるのか、残された被害者家族の感情も含めて救うとすればどこまでのものか、対比して比較して考察することも考えなければ、ただ世界の潮流に流されての死刑廃止論になってしまう。
(4)今回の採決棄権の18%強の弁護士に死刑執行決定責任者への批判メッセージへの被害者家族の反発もあるように、人権侵害論ではそれぞれの立場、考え、心情もあり、一概には割り切れないところもある。
むしろ、えん罪による取り返しのつかない国家判断、執行の悲劇をどう避けるのか、それに代われる法的責任の負担の比較検証が大事だ。
(5)死刑に代わる最高量刑として無期懲役刑(終身刑)がある。生涯にわたって自由、生活、権利を拘束されて犯罪責任を償うもので、考えによっては人間性にとって最大、最高の責任の取り方でもあり、苦痛でもある。
その間には犯罪への反省、後悔、直視、取り組みも十分に考えられて、被害者、家族への本当の償いにもなると考えられる。
(6)死刑制度廃止論は述べてきたように人間社会、人間性社会にとってあるべき姿であり、要請である。
さらに人が人を裁く不条理性をカバーする人間性にとって極めて厳しいとも考えられる法的措置(終身刑)に代わるのが妥当だ。