いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
ultimate one in the cos-mos

未来型ピューリタン革命。 futuristic puritan revolution

2011-03-31 19:34:56 | 日記
 (1)10年度『漂流難民(drifting refugees)』の1年の末日を迎えた。昨年4月のはじまりは、民主党政権第1次内閣の首相が普天間基地移設先問題で、「国外、最低でも県外移設」を主張して沖縄県民に期待を抱かせ、結局、辺野古周辺への移転に転換して、普天間基地、沖縄の「危険」を同じ沖縄に負わせることになった『政治難民』の創出だった。

 (2)これを5月に受け継いだ第2次内閣は、同元幹事長の不透明な「政治とカネ」の問題で党内対立を繰り返し、財源不足によるマニフェストの中止、後退、修正を繰り返して、あげくの首相の突如の消費税増税論議で7月の参院選挙は大敗して衆参ねじれ国会をつくり出し政治的閉そく感を自ら演出して、圧倒的支持で政権交代を後押しした国民の期待を見事に裏切り、『期待難民』を生みだした。

 (3)デフレ円高不況は、大学卒業予定者の就職率が歴史上最低を記録して数十万人の『就職難民』をつくりだした。若い力を活かせない社会は、突破力(break over)もなければ活力を失っていく。企業の海外への生産拠点化が国内雇用をますます狭くする。

 (4)3月11日の未曾有の東日本大震災が東北地方の太平洋側地域を根こそぎ壊滅して、40~50万人の『震災避難民』を生んだ。震災による津波対策の不備が福島原発事故を招き、放射線物質の漏えい、拡散、電力不足(計画停電)が追い打ちをかけて避難生活は長期間に及ぶ気配だ。

 (5)震災支援対応、原発事故での初動からの危機管理能力、リーダーシップ不足も含めて民主党政権の「力量」の不足が露呈した『漂流難民(drifting refugees)』の1年度であった。
 4月からはじまる11年度は、「この」日本の建て直しを誰に託すのかの「未来型ピューリタン革命(futuristic puritan revolution)」のはじまりだ。
 1600年代にイギリス市民革命のピューリタンの一部は自由を求めて新しい大陸アメリカへ渡り、「USA」の基礎をつくった。困難の中でも、夢と希望はつなぎたい。

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私的な財津和夫論。(11) private essay about k. zaitsu

2011-03-30 19:41:39 | 日記
 「私的な財津和夫論」の第11回は、「人生ゲーム」です。
 11 人生ゲーム
 3月6日、「ひとつの九州」イベントコンサートにチューリップは3年ぶりに集結して、同コンサート90分の最後は「これぞチューリップ」という楽曲、メロディ、リズム、ハーモニーの完成度の高い「音楽に国境がないように、年の差もなかったんだ」というチューリップ・サウンド・ライブとなりました。
 5人のメンバーのうち3人が60才を超えて他の2人も50才後半の年を重ねてきている。

 福岡で音楽活動を始めた財津和夫さん(63)は、結成したアマチュアバンド「フォーシンガーズ」を最強メンバーと確信して、東京で財津詞曲の「私の小さな人生」をレコーディングして一時福岡に戻り、この4人のメンバーで東京に出てプロ活動を開始する決意でいた。
 ところがメンバーのうち2人が音楽活動による将来生活に不安を感じて脱退して、この計画は終了する。最強メンバーと確信していただけに、財津さんは「強いショックを受けた」と語っています。

 そこで財津さんは、当時強い影響力を受けて音楽活動のモチーブパワー(motive power)となったビートルズサウンドを追い求めるために、当時福岡で活動するアマチュアバンドから「これぞ」と思うミュージシャンを引き抜いて5人のチューリップを結成する。当時福岡では数多(あまた)いるアマチュアミュージシャンの中でもすでに人気のあった財津さんは(引き抜きにより)、「バンド潰しの財津」としても有名であったと言われている。
 その後のチューリップは財津詞曲の「魔法の黄色い靴」でプロデビューして、日本のニューミュージックシーンの先駆的な役割を果たして音楽に斬新性、先進性を発揮し、18年間チューリップ活動を継続した。
 財津さん以外の4人のメンバーは、途中チューリップを去っていったが、97年にほぼオリジナルメンバーが再び集結して08年までに5回のチューリップ・コンセントレート(concentrate)コンサートの全国ツアーを展開した。
 リードギターの安部俊幸さん(61)は、音楽と生活の拠点をインドに移して、目立ったソロ活動は行わずに独自の活動を展開している。

 キーボード、リズムギター、ボーカルの姫野達也さん(59)は、チューリップ脱退メンバーを中心に「オールウェイズ」バンド活動のあと親交のある浜田省吾さんのコンサートサポート活動などのあと、子どもの教育のことを考えてメンバーの中ひとり福岡に戻り、福岡のミュージシャン仲間とソロ活動を展開している。
 「大事に大事に育ててきた」(ひとつの九州ライブの姫野談)娘さんは今年結婚した。当時、娘さん誕生を記念して財津詞、姫野曲の「この小さな掌」を発表している。
 確かで多才なスキルのインストル(instrumental)と絶妙のハーモニーボイスでチューリップサウンドを支えています。
 
 中央ハイウェイの岡谷ジャンクションを長野方面に折りるとしばらくしてフラットな視界のグーンと開けた気分爽快の走行になり、松本、長野、須坂を過ぎてほどなく小布施に着きます。その先の黒姫高原の友人ロッジに姫野さんが滞在していた時に、姫野さんが小布施で有名な「栗の木テラス」のモンブランを食べに出かけた時のこと、丁度売り切れで食べれなかったと言う話を地元のファンの人が聞いて、チューリップコンサートで長野に来た姫野さんにそのモンブランを届けたと言うほほえましい話もあります。

 小布施は600年有余の歴史の中、葛飾北斎もこの地で生活して創作活動をした名所名刹の栗の郷で、ここのモンブランは全国的にも有名ですが、和栗の素材をいかした味わいが絶品のモンブランです。

 ドラムの上田雅利さん(60)は、財津さんのアマチュア時代の未発表曲の中にたくさんのすばらしい楽曲があると言って、財津音楽の理解者です。小柄ながら、躍動感のある小気味いいダイナミックなドラムサウンドの個性に、ハーモニーでもチューリップを支えています。
 途中参加メンバーの宮城伸一郎さん(55)は、当時から財津音楽、チューリップに強いあこがれを持っていて、そのままチューリップのメンバーとなりました。リズムの正確性、ベースラインの強く太い音、独創的なベース奏法でチューリップのリズムセクションを支えています。

 財津和夫さんが「これぞ」と思って誘ったチューリップミュージシャンは、一時チューリップを去っていったけれど、それぞれに独自の個性的、独創的「生き方」、「活動」、「姿勢」を通して、その眼力にかなった「期待」に今も応えています。
                             〔転載禁止です〕

 
 

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被災(地)ハザードマップ。 catastrophic hazard map

2011-03-29 19:45:13 | 日記
 (1)科学も宗教も「自然」の前では無力だった。それらを操り、利用するのも人間だから、結局人間が無力だったと言うことだ。
 人間の「判断力」、「弱さ」を知ること、ひとりに頼らない、人に頼らない「自制力」が大切なだけだ。

 (2)あるスポーツマンが「得意の専門分野のパフォーマンスで被災者(地)を勇気づけられるとは思わない。自分の名前で善意が集まるなら募金で協力し続けたい。」(報道)と述べている。
 全国各地で被災地支援の募金活動が盛んだ。支援生活物資も被災地に送られている。ようやく国会議員も、自らの報酬の中から半年間1人当たり300万円を被災地対策の復興支援に当てることで合意し、国会で議決される見込だ。衆参あわせて総額20億円規模の復興支援になる。
 国会与野党が被災地支援で党派を超えて協力すると言いながら、なかなか形(カタチ)となってあらわれずに、国会は何をしているとの声もあがっていた。
 もちろん、議員個人の支援も大切であるが、その意思があるならばまずは全国会をあげて11年度予算を被災地支援、復興支援に向けた大幅組み替えを動議、成立(関連法案も含めて)させて、国家規模(兆円)での支援体制を構築すべきだ。

 (3)支援生活物資も全国から被災地に集まり出したが、当初は支援物資は事足りても被災地現地の要求に適切、有効に配分対応できない問題も浮きぼりになった。被災地周辺での支援の核となるセンター(行政、物資、医療、ボランティア)構想、構築が不十分だった。

 (4)義援金も、全国各地で多岐にわたる官民組織を通して、善意により国民投資されている。善意による国民投資を公正、公平、有効に被災地支援、復興支援に振り向ける透明性のあるシステム体制づくりが急務だ。
 政府が基点となって善意の義援金の「意思」を被災地支援、復興支援に生かされなければならない。
 生活物資のように集まったはいいが、事足りているけれど、有効な配分まで機能しないではすまない。

 (5)被災地各地の被害状況(被害額)、復興難易度をは握、分析、整理した被災(地)ハザードマップ(catastrophic hazard map)を作成、開示して、どこにどれだけ回すのか、誰の目にもわかる透明性の高い効果的な義援金配分による善意の活用が必要だ。

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プロ野球の悲哀。 sadness of npb

2011-03-28 19:44:01 | 日記
 (1)「スポーツ」のプロ野球(npb)も「文化」のコンサート、ライブ活動の音楽産業も非生産性の経済活動だ。プロ野球は今や斜陽産業でコンサート、ライブ活動の音楽産業は不況の中でも成長産業だ。
 東日本大震災の影響による原発事故のための電力供給不足。政府は東京電力の計画停電(輪番停電)は了承したが、経済活動の自粛までは要請していない。むしろ経済活動を自粛、停滞させないための支える計画停電だった。

 プロ野球は被災地仙台に本拠地チームのあるパリーグは早々に開幕を4月中旬に大幅に引き延ばし、当面4月の照明、ナイトゲームは中止するとしたが、セリーグは当初スケジュールどおり照明、ナイトゲームも含めて3月下旬の開幕を決定していた。
 このセリーグの対応に同選手会が反発し、さらに文科省が計画停電中の照明、ナイトゲームの中止を強く要請して、結果としてセリーグはパリーグと同時開幕として引き延ばして4月中の照明、ナイトゲームを中止すると変更した。

 「郷土愛」に支えられた「センバツ」は、国民的支持も高く予定どおりの日程で「センバツ」を通して被災地に支援の声を届けようと、全試合全国テレビ中継(NHK)で開催された。

 プロ野球は国民的支持、人気も低迷した斜陽産業の「悲哀(sadness)」を味わっている。結果として、デーゲームで代替対応できるわけだから、計画停電中のプロ野球開催変更の方式、決定としては周囲の状況から見て正しかったことになる。
 非常事態の中、選手会の反発、文科省の強い延期要請を無視して当初の開幕を強行すれば、プロ野球からの国民離反は決定的なものになるところだ。

 (2)しかし、そもそも経済活動を支えるための計画停電だ。プロ野球の経済活動も高度なスキル、スーパープレイで被災地に強い支援のメッセージを送ることもできる。
 そういう想いがあっても当然で、予定どおりの強行開催にも賛否両論あったはずだ。「センバツ」とのこの「落差」は、広範な「郷土愛」、国民支持の質の違いだ。

 セリーグ選手会は「この非常時に野球を強行開催するのは国民の理解を得られないし、なにより野球に集中できない」(のような趣旨)と述べている。
 プロ野球の経済活動のモチーブパワー(motive power)の中心として自負し、推進するプレーヤーの「プロ野球」に対する「現在思考」がよくわかった。プロ野球が国民的支持、人気を失ってきた理由がよくわかる。
 成長産業のコンサート、ライブ音楽は、今こそ音楽の「力」で被災地を支援するチャリティコンサート、テレビ番組にと元気を発信している。

 (3)プロ野球に、かってのように王、長嶋のような国民的人気の高いカリスマ・スーパープレーヤー、またイチロー、松井秀のような記録的スーパープレーヤーが今いたら、国民の声は上述のような結果を望んで導き出しただろうか。
 長嶋の超人的ないつもここぞという期待に応えるハッスルプレイ、王のホームラン、イチローの華麗なスーパープレイ、松井秀の日本人離れの打球が、きっと被災地支援の強いメッセージへの期待となって開幕を待ち望んだのではないのか。
 プロ野球は今、「理由」のある斜陽産業としての「悲哀」を味わっている。

 (4)文科省も、経済活動を自粛、停滞させないための支える計画停電を理由に、プロ野球の経済活動自粛に強い影響力を示したのは、自己矛盾(self-contradiction)と言える。
 

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「一体感」の情報発信。 agreement in a feeling

2011-03-27 19:27:42 | 日記
 (1)広域な大震災になると、当然のように全国の耳目、注目が被災地に集まる。被災地各地では次から次と問題がスパイラル(spiral)に派生するから、対応が後手、後手に回りひとつひとつの問題がそれぞれ個別に突出して露出して、社会全体に危機状況がさらにどんどん増幅していく。ある意味やむを得ない被害心理スパイラルの恐慌と言える。

 被災を免れた地域では、被災地救援の物心両面でのメッセージは強く発せられて、国民的支援の輪は広がる。被災地も支援(する)地も、それぞれの事情の中で限られた情報をもとに、これもある意味勝手に(もちろん自助努力、善意のものであるが)心を痛めて行動するしかないので、一向に社会不安を解消することが出来ないでいる。

 ①危機的心理状態の中では、当然のように自己中心的な自己愛的考えに落ち入るのは自然であるから、被災地各地を比較して(または比較せずに)ストレスによる自分だけがのひとり被害者意識が強くなる。
 ②支援(する)地では、支援一色の自粛協調ムードからやがて支援は支援、支援(する)地の生活は生活という両立、割り切りにも悩むことになる。支援(する)地では多くのスーパーで店内照明を半減し、ディスプレイは消したままだ。

 (2)そこで、被災地も支援(する)地も含めた情報管理、危機管理を政府、内閣官房が統括しなければならないが、被災地の個別の緊急課題の対応に追われてそれさえも十分に機能しなくては、今は情報不連鎖(unchain information)の情報混乱被害のままだ。

 情報発信(information dispatch)の中枢は、被災地各地の①被災状況、②現状、③避難状況、④支援体制、⑤支援状況、それに今回のように原発事故がからむと⑥安全状況を、アイテムごとに比較一覧して整理して開示して、わかりやすく説明して「一体感(agreement in a feeling)」の求心力をはかるべきだ。

 同様に支援(する)地の現状についても、経済状況、経済活動、支援体制、支援状況を比較一覧、開示してわかりやすく被災地、支援(する)地、官民「一体感」の「求心力」を高めることが大切だ。

 整理、比較された情報が不十分で、結果として政府自ら危機感を煽(あお)り混乱を招いている。
 不安解消のための官民「一体感」の情報発信だ。

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