【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

専守防衛

2018-02-03 19:30:23 | Weblog

 よく使われる言葉ですが、そもそも「専守」ではない「防衛」って、あるんです? わざわざ「専守」と言うのは「攻撃的な防衛」ではないぞ、という主張でしょうが、攻撃的な防衛ってのは、「防衛」を口実に「攻撃」をする、つまり、歴史上開戦理由として自己正当化に使われ続けたおなじみの手口でしかない、と思えるのですが。

【ただいま読書中】『キャビアの歴史』ニコラ・フレッチャー 著、 大久保庸子 訳、 原書房、2017年、2200円(税別)

 「キャビアって、何?」……もちろんチョウザメの卵(の塩漬け)です。「では、チョウザメって、何?」……えっと、カスピ海の魚?
 チョウザメは、最古の硬骨魚で、1トン以上にまで育つことがある最大の硬骨魚でもあります。古代ギリシアやローマ時代からチョウザメは大いに好まれましたが、好まれたのは魚肉の方でした。とても美味しく、部位や味つけによって獣肉や鳥肉のようにもできるのだそうです。
 魚卵はどれも栄養豊富ですが、キャビアには長鎖脂肪酸(俗にオメガスリー)が豊富に含まれています。古代から魚卵も食されていたことは確実ですが、記録にしっかり登場するのは11〜12世紀頃から、ビザンティン帝国で「(キリスト教徒が肉食を禁じられる)摂食期間に食べても良いもの」と書かれるようになります。ロシアではキャビアを扱う職人は「イクラーチカ」と呼ばれます(ロシア語の「ikra」は「魚卵一般」と「キャビア」を意味します)。
 ロシアのキャビアは、征服者にも供されました。1240年頃、ウグリチの復活修道会修道院でバトゥ・ハンに供されたメニューに、チョウザメのスープやチョウザメのローストがあり、デザートは熱い砂糖漬けリンゴにキャビアをのせた一品でした。その後、ステップ地方をモンゴルから取り戻したロシア皇帝は国境警備隊としてコサックを住まわせましたが、彼らからキャビアも皇帝に献上されました。19世紀にはキャビアは「皇帝のごちそう」となります。すると儀式めいた扱いや専用の器具が登場します。たとえば「金と真珠貝でできたスプーン」「クリスタルと銀のアイスバスケット」など。すると「豪華なごちそう」はヨーロッパの他の宮廷にも広がっていきます。
 キャビアの人気が高まれば、当然乱獲が起きます。チョウザメは成魚となって産卵するまで20年かかりますが、寿命は長く100年以上生きます(だから巨大魚が多いのです)。しかし乱獲で幼魚も大量に獲られるようになり、誰もがカスピ海のチョウザメが減少していることに気付きます。すると当然、それまでの漁場以外での漁獲が始まります。「金の卵を産む鶏を殺す」のは、人間の大好きな行動のようです。さらにダム建設が遡上するチョウザメの行く手を塞ぎ、工場からの排水が水質汚染をもたらします。キャビアを食べられなくなるようにする人間の努力は果てがありません。ソ連の崩壊はチョウザメにさらに災厄を付加しました。密漁の横行です。
 ヨーロッパ各地では養殖キャビアが盛んになります。そういえば日本でもあちこちでチョウザメの養殖が行われるようになりましたね。一度近くでやっているところに行って、チョウザメ料理でも食べてみたいものです。
 取引規制を徹底してチョウザメを保護するのも一つの手ですが、それをすると「チョウザメで儲ける」ができなくなります。すると金儲けのネタではなくなったチョウザメの保護をしようとする大金持ちもいなくなります。
 他の魚介類(サーモン、ニシン、ロブスター、カニなど)の卵によるキャビアの代用品もいろんな製品があります。中にはけっこう美味しいものがあるそうです。
 本書を読んで、キャビアの美味しさには、ただの「味覚」以外のものもたくさん含まれているように私は感じました。人がキャビアを口に入れたとき、口の中で弾けるのは「キャビアの神話」なのかもしれません。