マグロチャンピオンの料理道場

人気バラエティー番組、TVチャンピオンの「マグロ料理人選手権」優勝者が、本格料理を分かりやすく教えるブログ。

インジェクションビーフ(霜降り加工肉)はどのように作るのか(3)

2011年07月17日 | 食品加工
これまで、ずいぶんと長い年月を料理を作ることと、食品加工の技術者として歩んできたが、食品加工を始めたきっかけは10年以上も住んでいたヨーロッパから日本に帰国し、日本でマグロの商社勤めが始まってからだ。

マグロの商社というのは横のつながりがもの凄く狭い社会で、同業他者との集まりの時もいつも同じ顔ぶれだ。

もう、30歳を過ぎての入社だったが、このまま、この狭い社会で生きてていいのかと疑問を感じ「開発課」を立ち上げ、前にも話したと思うが「マグロのレストランの経営」や「マグロの通信販売」そして「大手外食チェーンへのマグロの直売」を始めたが、この中で一番大きな売上と利益をたたき出してくれたのが「大手外食チェーンへのマグロの直売」だった。

当時、マグロはとても複雑な流通経路で、一次問屋、二次問屋を通してから市場に運ばれ、そこからお客さんのところに渡ったりしていて、当然、幾つもの問屋を通るので、末端に行く頃にはかなり割高になってしまっていた。

そこで、自分たちの工場でマグロを加工して、直接、外食産業に売ってはどうか?と考えた。

幸い、自分が勤めていたマグロ商社は「清水の次郎長」でも知られる静岡県の清水にマグロの加工工場を2つも持っていた。

しかし、このアイデアは実現にこぎ付けるまでに紆余曲折を経ることになる。

まずは、既存の販売ルートに乗せないと「現金回収」が難しいのでないかという話しが出た。

マグロのような高価な商品は、問屋に販売すれば5日以内に販売代金が振り込まれる。

ただし、当時の大手外食チェーンの支払いサイトは、月末〆の翌翌月末という支払いが普通だった。

たとえば1月1日に販売したマグロの代金が振り込まれるのは、3月31日で最長90日後ということになる。

また、外食チェーンレストランは北海道から沖縄まで日本中にあり、各店に毎日、1㎏や2㎏といったごく少量を配達しなければならない。

そして最大の問題が「超低温」物流だった。

マグロの変色を防ぐ為には、最低-45℃(できれば-60℃)の温度帯で運ばなければならない。

これらの問題を解決する為に、毎日、毎日、走り廻ることになった。

まず、支払いサイトの問題だが、外食チェーンレストランの本部に何度も通い交渉を続けた。

マグロの売り買いというは「一船買い」でも通常は5日以内に現金払いとの決まりがある。高価なマグロを積んで帰港した船の場合には、3億円や4億円という金額を5日以内にマグロ船の船主に支払わなければならない。

そういうマグロ業界のことをねばり強く説明して、やっと支払いサイトを月末〆の翌15日にしてもらった。
これなら、たとえば1月1日に販売したマグロの代金は2月15日に振り込まれるので、最長45日ということになる。

そして、もう一つの問題、「超低温」物流だが、日本全国にある「超低温冷凍庫」を調べて、一つずつ電話を掛けて荷を預かってもらう交渉をした。

同業者で、なかなか返事をくれない四国の「超低温冷凍庫」などへは、直接、足を運びお願いをした。

そして、日本全国への「超低温物流」ネットワークを完成することができた。

まず、自分達のマグロ工場の超低温冷凍庫から、-196℃の液体窒素ボンベを積んだマグロ専用のトラックでそれぞれの地区の超低温冷凍庫にマグロを運ぶ。

そして、そこを拠点として外食チェーンの各店舗にマグロを運ぶ。その時には通常の-18℃の温度帯だが、店では2日間程しか在庫として持たないので変色の心配もない。

そして、外食チェーンへのマグロの直売が始まったのだが、特に「ビントロ」は人気商品となり、回転寿司チェーンでも採用されることにより、この「ビントロ」だけでも年間10億円を超える売り上げの商品となった。

マグロの外食チェーンへの販売が順調になり、大手居酒屋チェーンや、ファミレスの商品開発部の人達との横のつながりは深まっていったのだが、その時は「マグロ」という商品しかないので、そのうちに皆が会ってくれなくなってきた。
マグロは定番でメニューに入っているので、『マグロ以外の話しなら会うよ』ということだ。
外食チェーンレストランの本部には、自分の会社の商品を売り込む為に、毎日、多くの来客があり、商品開発部の連中も忙しいのだ。

そこで、マグロ以外の商品を探していた頃、塩釜に居る友人が「宮城漁連」に連れて行ってくれた。

当時、宮城漁連では「伊達の銀」という銀鮭の販売に力を入れていて、せっかく宮城漁連まで遠でをしたものの、その鮭の話しばかりでガッカリした。
「伊達の銀」のその当時の価格では、輸入物の養殖の鮭にはとてもかなわないからだ。

ただ、宮城漁連では大きな収穫があった。それは、『来週、八戸でイカの入札があるが、ムラサキイカの軟骨を10ケース持ち帰るので使ってみてくれないか?』という話しだった。

あまり興味はなかったが無料(タダ)で送ってくれるというので、東京の「はな家」新橋店(当時、自分が責任者として経営していた店)に送ってもらうことにした。

そうして東京に戻った数日後、その「ムラサキイカの軟骨」が店に届いた。

早速、箱を開けてみると、ちょうど野球のボールのような大きなイカの軟骨が10個程入っていた。

生で食べてみたのだが、とても硬くて食べられない。そこで、バター焼きにしてみたら肉も軟らかくなり、なかなか行けるではないか。

それから、フライや、唐揚げにしてみたら、これはビールのつまみに最高だと思った。

そして、直ぐに宮城漁連に連絡して、集められるだけこの軟骨を集めて欲しいと伝えた。

何度か試作と試食を重ね、結局、「イカ軟骨の唐揚げ」という、イカ軟骨を軽くブランチング(ボイル)して、唐揚げ粉を付けた商品を居酒屋チェーンの商品開発部に持って行くことにした。

ビールのつまみになるように、味付けはスパイシーにして商品の仕上がりもよかった。

居酒屋チェーンの商品開発部の連中は、またマグロの話しかと思ったらしく、ずいぶんと待たされたが2時間位待ってやっと商品説明の時間を貰えることになった。

結果から話しをするが、この商品は直ぐに季節メニュー(年に4回取り替え)に取り上げられ、月間に30トン以上の商品を約3か月に渡って納品した。

とてもラッキーだったのは、当時、「ムラサキイカの軟骨」を原料としていたのは自分だけの「オンリーワン商品」だったので、原料の仕入価格も100円/㎏以下で、居酒屋チェーンにとっても、こちらにとっても利益がたくさん出る商品となったことだ。

商品開発の楽しさを知ったことで、次々といろいろな商品を大手外食チェーンに提案していった。

同じムラサキイカの原料を使用した「イカ軟骨の松前漬け風」は、するめイカの代わりに「イカ軟骨のボイル」を使用し、価格の高い昆布の代わりに「メカブ」を使用し、これにニンジンと調味料を一緒に和えて「お通し」に提案したところ、周年使用される商品になり、これも毎月30トン以上を納品することができた。

また商品開発を通じて知り合った「製品製造委託工場」の人達や物流会社の人達との横のつながりも増えていった。

もし、あのままマグロだけを扱っていたら、未だにあの狭い社会の中に居ただろう。

そんなある時、たまたま「巻き網」で漁獲されたキハダマグロの商品が6品も一度に季節メニューに採用されることに決まった。

「巻き網」漁法とは大きな網でマグロを一網打尽で獲る方法だが、マグロどうしがぶつかって擦れ合ったり、マグロが死ぬ前に体温が上昇する為におこる「身焼け」(上昇した体温でマグロ自身の肉を加熱してしまう)の為に鮮度は良いものの、色が悪いマグロが混じってしまう。

そこで、6品のうち3品を生食用に、残りの3品を加熱調理用にて、「マグロフェアー」として提案したところ、6品全部が採用されるという連絡をもらった。季節メニューに1品でも採用されたら幸運なのに、一度に6品も採用されることが決まったので、「製品製造委託工場」の連中や同じく商品開発をやっている連中が集まり「お祝いの会」をすることになって、ある居酒屋に集まった。

皆の興味は「商品開発」であるから、その居酒屋のメニューを見て、そして商品を注文して、その商品の味付けや加工方法、商品のネーミングの話まで話がつきることはなかった。

そして、そろそろ夜が更けても商品開発の話が続いたので、毎月、月に一度どこかの居酒屋に集まり「居酒屋メニューの勉強会」をやろうという話がまとまった。

そして、その時集まった7人のメンバーのうち、自分を含め6名が偶然にも「いのしし年」生まれだったので、その会の名前は「いのししの会」となり、毎月の勉強会のたびにメンバーが増え続き3年後には450社を超える規模の主に食品関係の会社の人達の交流会と発展していった。(もちろん、いのしし年生まれ以外の人の参加もOK)

その「いのししの会」は後に正式に会長を選出して、自分は事務局長として会のバックアップをしていたが、日本でBSE(狂牛病)が最初に発生した時には厚生省のBSE担当者を講師としてお呼びしたり、会で発行した正式な招聘状を当時、中国で最大手の食品工場に送り副社長を日本に呼んで、中国の食品業界の話をしてもらったこともある。(今では大手の会社の役員なら日本に来るのは難しくないだろうが、当時正式な招聘状がないと中国人が日本に来ることはできなった)

その後、いろいろな商品の商品開発に携わってきたが、今でも信念にしていることは「美味しくて、安心、安全」な商品を作ることだ。

「大手居酒屋チェーン」の商品開発でも、ほとんどの商品に「保存料」は使用しなかったし、アミノ酸系(うま味調味料)も極力使用しないようにした。

それは、自分の師(メンター)となってくれた西森章一先生の商品開発の哲学から学んだことが多い。

西森先生は日本で「マーボー豆腐」の素を最初に開発された方だが、その後、数々のヒット商品を生み出してきた。日本で長年売れている商品の数多くは先生が手掛けたものだ。

なぜ、そんな商品を作れるのか不思議だが、先生の書かれたレシピ(スペック)をある時に見せてもらい、その理由が分かったような気がした。それは、たとえば粘度を出す為に使用する「増粘剤等」も一番良い物の使用しているのだ。

必要の無い添加物は使用しないので、どの添加物を何の目的に使用しているのかが一目瞭然だ。

よく、一般消費者で、特に生協活動をされているお母さん方などで、「添加物」という言葉を聞いただけで、アレルギー反応を起こし、あげくの果てに「パン」に使用されているイーストも添加物だから天然酵母のパンしか食べない等と言う人もいるが、イーストは酵母を乾燥して休眠させているものだと言っても信じてくれるだろうか。

また、そういうお母さんが熱々のご飯で「おにぎり」を作って、子供が遠足に持って行って、長時間炎天下の中を歩き回ってお昼に「おにぎり」を食べ、お腹が痛くなって食中毒になってしまったら遠足どころではなくなってしまうだろう。

ちゃんとした知識を持たずに添加物を語るのは本当に危険だと思う。

遠足に持って行かせる時には「おにぎり」を作る時に素手でおにぎりをにぎらず、サランラップを使ったりして菌をつけないようにしたり、弁当箱には保冷剤を入れたりすれば菌の繁殖を抑えることもできるだろう。

日本という雨が多くて湿気が多い「カビ」「細菌」が繁殖しやすい国には「制菌剤」や「防腐剤」等の添加物を使用しなかった食品の方が健康に悪い場合も多い。

多くの人が利用するコンビ二の「おにぎり」や「弁当」にも多量の「制菌剤」が使われいるがコンビニの「おにぎり」で集団食中毒ということは聞いたことがない。

結局は何の目的で何の添加物を使用するのか作る側が正確な情報開示をし、また、食べる側の消費者も食品に対する正しい知識を増やすことが必要なのだと思う。

さて、今回も「インジェクションビーフ」の製造まで話が進まなかったが、「インジェクションミート」にも、「乳化剤」「乳化補助剤」「肉を軟らかくする柔軟剤」を使用している。

そして、それぞれに、使用する意味があるということを先に言っておきたい。

「美味しくて、安心、安全」な商品を作る為に。

尚、下の資料は当時のイノシシの会の定例会の案内となるが、2枚程貼り付けておこう。

中国での食品加工についての勉強会(第3回目)


オーガニックについての勉強会(この日はいのししの会の忘年会も兼ねていた)