万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

考えさせられる経済戦略会議

2020年10月21日 12時59分28秒 | 国際政治

 首相が設置する経済戦略に担う諮問会議と申しますと、アベノミクスを牽引した「未来投資会議」等を思い浮かべる方が多いのではないかと思います。‘失われた20年’とも称されたバブル崩壊後の長期経済の低迷時代から抜け出した立役者といったイメージもあるのですが、この種の首相直属の経済戦略会議は、実のところ、民主党政権以前の小渕内閣にあって1998年に既に設けられていたそうです。

 

 小渕政権時代の「経済戦略会議」の発足時にあって、「健全で創造的な競争社会」の再構築、並びに、「敗者復活への支援をしながらシビルミニマムを保障する「小さな政府」型のセーフティ・ネット」の整備を目標として設定しており、アメリカともヨーロッパとも異なる日本独自の「第三の道」を探るとしながらも、その基本方針は、新自由主義に基づいていました。今般、菅首相が「未来投資会議」に代わって設けた「経済戦略会議」においてもこの基本路線は引き継がれており、同会議が存在する限り、日本国は、新自由主義の頸木から逃れられない運命を背負わされているようにも思えます。

 

 ところで、首相が直属の経済諮問機関を設置するスタイルは、日本国に始まったわけではなく、アメリカにも同様の組織があります。例えば、トランプ大統領は、2017年の政権発足時に大統領戦略政策フォーラムを設置しています。そして、同フォーラムの座長を務めたのは、武田コンシューマーヘルスケアの売却先とされるブラックストーン・グループの会長を務める、かのスティーブ・シュワルツマン氏なのです。中国の政府系投資ファンドである中国投資有限責任公司が30億ドルで同グループの株式の約9.37%を取得しており、同氏自身も清華大学への3億ドルの寄付を以って経済管理学院顧問委員会のメンバーに就任しています。そして、同じく大統領戦略政策フォーラムのメンバーであったテスラのイーロン・マスク氏も同委員会のメンバーの一人なのです。このことは、米ホワイトハウスの大統領戦略政策政略フォーラムと中国清華大学の経営管理学院顧問委員会には、両組織の兼務者がいたことを意味します。この結果、両国の経済戦略に関する情報が相互に筒抜けとなる、アメリカの情報が中国の手にわたる、あるいは、米中兼務者が両者を操るといった忌々しき状況が生じていたこととなりましょう。

 

 トランプ大統領の大統領戦略政策フォーラムは、同大統領のパリ協定離脱を機に辞任者が相次ぎ、結局、発足してから半年余りで解散されることとなりました(2017年8月16日)。そしてこの同フォーラムをめぐる一連の事件から見えてくることは、大統領や首相の直属機関として設置される‘戦略会議’とは、政治的にはリベラルが多く、かつ、中国共産党とも協力関係にある新自由主義勢力が、各国政府を内部から動かすために考案した手段ではなかったのか、という疑いです。同勢力に限定していえば、米中関係はウィンウィン、あるいは、相互互恵が成立します。しかしながら、安全保障や国民生活といった国益に叶うのか、と申しますと、そうではなく、民主党の大統領候補者であるバイデン氏のファミリー・スキャンダルにも見られるように、戦略会議のメンバーの多くは、国際金融やグローバル企業の利益代表ですので、私的利益誘導の側面が強いのです。そして、もちろん、トップ直属の諮問機関の設置は、民主主義をスキップしてしまうための手段ともなりましょう。

 

アメリカのケースでは、反グローバリズムの立場にあるトランプ大統領を思い通りには操作できなかった、あるいは、同大統領がこの‘トロイの木馬’とも言うべき巧妙な仕組みに気が付いたことで解散となった可能性も否定はできないように思えます。

 それでは、日本国の経済戦略会議はどうなのでしょうか。確証はないのですが、仮に上記の憶測が‘当たらずとも遠からず’であるとしますと、日本国民もまた悠長に構えてはいられなくなります。今般の「経済戦略会議」もまた、上からの新自由主義政策の推進により、日本経済をグローバル体制に組み込むことを目的としているものと推測されるからです。現行の成長戦略会議では、既に方針が決定されているため、新自由主義を含むグローバリズムそのものがもたらす危機や諸問題に対して十分、かつ、柔軟な対応はできなくなることも予測されましょう。自ら自身がその発生源なのですから。このように考えますと、日本国政府が政策の柔軟性、あるいは、自立性を取り戻すためには、産業・通商政策の決定システムを抜本的に見直す必要があるのではないかと思うのです。

 

 もっとも、昨今の菅政権の動向を見ますと、もはや諮問機関を必要とせず、既に、国際的な新自由主義勢力の組織体が政権内部に内在化してしまっているようにも見えます…。


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