万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

給付金も減税も通貨発行権の問題

2020年10月01日 12時23分57秒 | 国際経済

 古来、人々は、凡そメンバーの全員が価値あるものとして認める‘モノ’を、交換に際する価値判断基準=貨幣として使用してきました。そもそも他者との交換を要しない自給自足の生活や物々交換で事足りるような小規模な村落であれば、貨幣は必要とはされません。しかし、人間社会が発展するにつけ、価値判断基準が必要とされるようになり、古代にあっては、希少金属の金や銀(金や銀の重さ)、特別な石やタカラガイなどの自然界で採取し得る‘モノ’も使われてきたのですが、最も多く貨幣として使われてきたのは、金、銀、銅などから鋳造される貨幣です。このように、人類は長きにわたり鋳造貨幣をコインとして使用してきたことから、紙幣が登場してきた後にも、金本位制や銀本位制といった金銀を担保とした紙幣制度も登場してきたのです。しかしながら、もとをただせば、貨幣とは、価値として共通して認められる‘モノ’、あるいは、信用に足りる対象であれば、何でもよかったのです。

 

 何故、今になって、貨幣の起源まで議論を掘り下げなければならないのかと申しますと、新政権において実施が取りざたされている二度目の給付金の配布や消費税率引き下げ論等も、実のところ、貨幣の本質に迫らない限り、莫大な国民負担になりかねないからです。新型コロナウイルスの発生により、今年の4月には一律10万円を給付する「特別定額給付金(約12.5兆円)」を含む凡そ25.5兆円の第一次補正予算が成立し、6月には、補正予算としては過去最高となる31兆9114億円の追加歳出が決定されました。第二次補正予算には、第一次補正予算と合わせますと一般会計総額は60兆円ほどとなり、日本国のGDPの4割に上るそうです。

 

 これらの予算に必要となる費用は、建設国債と赤字国債によって賄われますので、当然に、日本国の財政状況は悪化します。公債の残高は増加傾向に歯止めがかからず、現状にあって、既に900兆円に迫っています。従来の財務省の財政再建優先の立場からしますと、新型コロナ対策によりさらに赤字が積み増すのですから、将来的には大幅な増税が予測されます。コロナ以前の昨年11月、IMFのゲオルギエバ専務理事が訪日した際に、2030年までには消費税率15%、2050年までには20%への引き上げを提言していますので、今後は、消費税率上げに向けた‘外圧’もさらに強まることでしょう。国民各自が10万円の給付を受けても、その分、将来において納税という形で‘返済’することになるのですから(利払いもありますので、‘返済’が済んでも税率は引き下げにはならないかもしれない…)、同政策は、朝三暮四とも言えるかもしれません。

 

 財政をゼロ・サム関係として理解しますと、現在の赤字は、将来の増税で埋め合わされることとなります。菅首相は、ここ10年間は消費税率を据え置くと述べていますが、裏を返しますと、IMFの提言に従い、2030年には突然に15%に上げる方針を示しているのかもしれません。何れにしましても、ゼロ・サム発想では増税は避けられず、国民も戦々恐々とした面持ちとなりましょう。所得水準が低下する中での重税ともなれば、生活水準も落とさざるを得なくなりますし、消費の低迷による景気のさらなる悪化も予測されます。失業率も上昇することでしょう。

 

 しかし、貨幣の起源、あるいは、貨幣の中心的な役割を、個々の提供物がモノであれ、サービスであれ、人々の間の交換に必要となる共通価値基準の提供として捉えますと、政府は、金や債券といった何らかの準備や税収に縛られることなく、歳出を行うことができるようになります。つまり、通貨発行権を行使し、国家の統治機能を含めた経済・社会全体の交換の量=活動に見合った通貨を供給できることになるのです。このことは、通貨におけるゼロ・サム発想からの離脱を意味すると共に、通貨供給量は、人々が必要とする統治機能を含むあらゆる活動に比例することを意味します。

 

 そもそも、金銀といった自然界の埋蔵する共通価値基準は、埋蔵量という制約あり、経済成長に限界を与えます。この制約的側面は、金を本位とする兌換紙幣制度においても変わりはありません。また、最初の所有者は金鉱のマイニングによって決まりますので、政府発行の通貨よりも公平でもなければ(この点、ビットコインも同じ…)、正当性において優っているわけでもないのです。紙幣を詐欺的として害悪視する見解もありますが、こうした考えに基づけば、政府の赤字国債の残高は、国民に必要となる通貨を供給したに過ぎず、返済義務を要する‘債務’ではなくなるのです。すなわち、増税する必要はなくなるのです。この見解は、資本主義の問題とも不可分に関連するのですが、増税の議論も起きている折、貨幣の根源を確認いたしませんと、莫大な債務によって経済が押し潰され、国家自体が崩壊するという愚を繰り返すことになるのではないかと危惧するのです。


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