ゑの巣

ここでは管理人個人の日々の妄言、妄想、創作などを世に晒しています。ごゆるりと。

その内に流れているもの

2016年06月23日 23時24分16秒 | Weblog
商店街の道すがら、願いを認めた短冊に、色とりどりの飾りを
付けた笹や竹が彩りを添えている。もう七夕の季節である。
思えば、先日不思議に思っていた折り紙の需要はここにもあって、
己が気が付かないだけだったのだと、不見識を反省したりもした。

短冊に書かれた色々な人の願いについて、にわかに興味が湧いたが
特に何を叶える立場でもない身空で、あまりまじまじと見るのも
どうかと思ったので、ちらりと見る程度に留める。
大体の傾向として、若い人は夢や将来について書いており、
年配の人は景気や健康について書いているように思われた。

世間、というよりも表面的な巷は大きく変化し、事実その七夕飾り
の置かれている商店街は今やほぼシャッター街と化しているが、
その中で生きる人やその心や生活自体にはそこまでの変化は
無いのかも知れないと、ぼんやり考える。

とりあえず、七夕に何をお願いするか。
…健康維持と、いい物件(引っ越し先)が見つかる事、とかか。
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驚きの芽吹き

2016年06月21日 23時03分50秒 | Weblog
気が付けば4~5cmには伸びている。そんな乳毛の話である。
ホクロから生える毛と並び、風采の上がらない具合をいかんなく
表現するパーツの一つでもあるが、考えてみると、随分特殊な
所から生えているものだと気付く。

乳毛が生えるのはいわゆる乳輪からであるが、そこは顔で言えば
唇に当たる、皮膚の質の変わる境目のような所である。
しかし問題は、体で似たような性質を持つその他のどこからも
毛は生えないという点で、そもそもかような場所から毛が生える
必要性と相まって、殊更に不思議に感じられた次第である。

人によってはあまり目立たない上に、他人に裸を見せる仕事の
場合、真っ先に処理されているので、銭湯などで同性のものしか
ほぼ見たことはないが、話によれば女性も生えるらしい。
男性にとってはどだい不要で、女性にとっては邪魔と、存在意義
がまるで見出せず、先に述べたように優雅さや風情のかけらも
ないと来ている。そのくせ周囲の産毛よりも太く長く伸びるという、
この厚かましさ。

『なぜこんなものがこんなところに…』という存在が、むしろ強かに
文字通り伸び伸びとある様は、思いを馳せれば世の中の色々な所で
散見される風景でもある。そう考えれば、お呼びでないのにひょろり
と伸びた乳毛にもわびさびの心が見出せるのかも知れない。
江戸期の川柳あたりで詠まれていそうでもある。

まあでも個人的にはさっさと切る。
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されど紙

2016年06月19日 22時38分41秒 | Weblog
(エロ)絵を描くほどの気力もなく、さりとて手を動かしたい時の
手慰みに、折り紙に手を出してみる。小学生くらいの頃にはかなり
熱中していたものであるが、随分と久しくそれを行うに当たり、
そもそも手先の器用さや指や手の力の衰え、手順の記憶に手間取る
など、肉体的な隔たりを大きく感じさせられることとなる。
とは言え、昔取った杵柄ということもあり、一応何とかなっている
次第ではある。

という一連の流れに気を良くし、近所の文房具屋や100均ショップに
折り紙を探しに行く。ここ10数年デジタルの世界に首まで浸かっていた
ために、にわかに想像がつかなかったが、どこに行っても折り紙は
売られているものだと気付く。根強い需要があるのか、ガンプラの
弱小モビルアーマーのキット的なアレ(抱き合わせ)か、とにも
かくにも、目移りする程度には多種多様な折り紙を目にし、個人的に
目を引いた"キラキラしている"系の折り紙を首尾よく手に入れるに至る。

そこで若干衝撃的だったのは、某100均で購入したホログラム折り紙とか
パールカラー折り紙がそもそも"紙"ではないという事。
裏面の材質の所に"ポリ塩化ビニル"と書かれていた時点で嫌な予感は
していたが、実際にフィルムのような素材のものが複数枚入っていたので
ある。紙の定義はかなり広いのは知っているが、これを紙とか、ましてや
千代紙と呼んでもいいのかは分からない。

ただ、ちょっとした小物をプレゼント用などに包装する場合や、自作シールの
キラキラ背景用として用いる用途など、応用が広くききそうなのはこちらの
方なので、特に問題はないのだろうと思われた。
肝心の折り紙として供するには、コシが弱過ぎてかなり難ありではあるが。

あと、折り紙には多種多様の模様のものが存在し、上で書いたような
キラキラ系のものはそれの極北と言えるようなものであるが、いずれに
してもある程度複雑な作品を折った時に映える模様というのがあまりない
のが、ひどく残念に感じられた。

同じものばかり折っていると、尚更そう感じる。
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消耗品消費

2016年06月16日 23時26分53秒 | Weblog
生来の飽きっぽさと物忘れの激しさのために、使い切るのに
時間のかかる消耗品を使い切ることは稀であるが、この度
10年ほどの時間をかけて"梱包用のビニール紐"を使い切る
事が出来た。あと、目薬も。

この感覚は随分と久し振りに感じるもので、モノは実に
他愛のないものであるが、灌漑はひとしおのものである。

件の梱包用のビニール紐は、主に段ボール、たまに古雑誌を
まとめる以外に使い道がなく、実家にいた時も、学生時代にも
使い切っているのを見たことがなかった。
それをここまでに至らせたのは、まぎれもなく某ウェブ通販の
力によるものと言えよう。(雑誌はあまり買わないので、1年に
一回くらいしか捨てる機会がない)

最近の段ボールは、ホチキスが使われていないので、簡素な
手袋でも十分に怪我しなくなるのはとてもありがたい。
ついでに某通販の段ボールはかなり分解しやすいのも良い。
ただ、商品を固定するビニールをもう少し外しやすく出来ない
のだろうかと思う。
正直、段ボールを畳むよりも、あのビニールを引きちぎる方が
力が要る気がしてならない。

これに限った話ではなく、何かの表面に張られたビニールの
類(パック飲料のストローの袋とか)を外すのがどういう
訳か個人的に苦手なので、それ専用のナイフとかあるととても
有り難い。なお、手元にあるペーパーナイフは役に立たなかった。
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ヒロイン属性

2016年06月14日 23時14分41秒 | Weblog
エロ漫画におけるヒロインの性質的なものが"属性表"に
まとめられないかと、ふと思い立つ。
属性表と言えば、女神転生シリーズのロウ-カオスのような
対立する概念二軸で構成される座標のようなものであり、
件のエロ漫画ヒロインにおいてもそれが可能で、これにより
何かしらの傾向が明らかになることを期待するものである。

具体的には表を構成する対立要素を『理性的か感情的か』
『受動的か能動的か』の二軸に据える。

理性的行動としては、いわゆる変態的行為に対しての忌避が代表で
感情的行動は淫語の連発や変顔など、やや獣じみた言行がそれに当たる。

受動的は自らが積極的に動かない、受けや待ちのタイプで、
能動的は自らが攻めに回る、俗に言う肉食的なタイプである。

エロ漫画や同人誌的には感情-能動系が圧倒的に多い。
この性質のヒロインは勝手に話を回してくれる上に、ハイライトの
シーンに困ることがないので、この結果は至極当然といえよう。
逆の理性-受動はストーリーや感情描写を丁寧に行わなくては
ならないために、非常に難度が高いが、このタイプのヒロインの
登場するエロ漫画はおしなべて質が高い。

ここまで書いて、この表で見えてくるものは、ある物語に対しての
ヒロインの性質ではなく、その作家の得意とする領域であることに
気が付かされる。もちろん非常に広範なジャンルや状況を描き分ける
ことの出来る作家も何人かいるが、基本的には一人の作家が持つ
守備範囲は思いの外狭く絞られている。
なればこそ、熱烈なファンが付いたり、半ば(読者の趣向毎に
ジャンル分けされた)特定の雑誌に専属のようになったりするのであろう。

多分もっと適切な分類であったり、さらに細かく分けるための
要素があったりするのだとは思うが、中間結果という形でここに
記しておくこととする。個人的にはここで分類する感情-能動でも
理性-受動でも同じくらい好きな作家は居るので、個人の好みに
対してまで行き届いたものではない。

つまり、まだ何か、要素は隠されているのだ。
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お誕生日

2016年06月12日 23時02分33秒 | Weblog
37歳になった。ついでにこのブログも始めてからほぼ10年
(開設から3652日)とのこと。過去を振り返ると色々アレなのは
もう既に嫌というほど分かっている上に、大体年末にも振り返り
を行っているので割愛する。

37ということで、以前にここで提唱していた"9年毎に大きめの
肉体的な変化(主に衰え)"が起きるという説の、正にその歳で
ある。以前は28の時で、徹夜が出来なくなった旨の事を書いた
記憶があるが、今回は何が来るのか、少々ビクビクしている。

疲れやすくなったとか、深夜まで起きていられなくなった(一定
以上の睡眠時間が欠かせなくなった)というのは、既に一か月前
程から殊に感じるようになっているので、その辺かも知れない。

そろそろ、何かを残す事とか、畳むことを考慮せねばなるまい。
気持ち的にはまだ20代前半のそれであるつもりではあるが。
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謎現象

2016年06月09日 23時19分40秒 | Weblog
帰宅して悠々とPCでウェブなどを見ていたら、部屋が突然暗転した。
そして次の瞬間には元に戻ったが、ウェブの接続は切れ、PS4の
待機も解除され、電源OFF状態にされた。先日帰宅したらPS4の
明かり(普通は待機状態でも明かりが点く)が消えていたので、
何が起きたのだろうかと思っていたが、多分これが原因だろう。
でもなぜかPCは無事で作業中のフォトショップのデータも問題
なく続行できる状態だった。

おそらくは一瞬停電が起きたのだと思われるが、長年住んできて
このようなことはなかったため、ひどく心臓に悪い思いをする
こととなる。しかも、その数分後にそれがまた起こる。

この現象が、住んでいるアパートのみのものなのか、それを
知るべく窓の外を確認すると、向かいの家のベランダに周囲を
確認するべく動く人影が。
大体何か起きた時しか向かいの人が出てこないのは長年の
経験で悟っている上に、どうやら思考も近いようなので、それ
だけを見たら色々腑に落ち、安心する。

とはいえ、やはり心臓に悪いことには変わりないので、いきなりの
(雷や大雪の時のようにある程度予測がつくなら幾分マシであるが)
停電は本当に勘弁して欲しい。
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漫画事情

2016年06月07日 23時44分44秒 | Weblog
新刊が出た『ドリフターズ』がさらに面白くなってきている。
最近プレイした『真女神転生4FINAL』と言い、某宗教
(厳密には別であるが)への疑問を呈するような内容のものに
立て続けに出くわすのは、多分偶然だろう。

前者は停滞=安寧をもたらすという意味で、改革者たる人類と
敵対、廃絶を目論まんとし、後者は秩序と支配によるやはり停滞
=維持をもたらす(そして従わないものは容赦なく滅ぼす)もの
として、可能性の卵という存在としての人類と対立するという
(展開もある)内容である。
平たく言うと、宗教や神の存在は結局のところ人類の可能性を
制限するのではなかろうか、という問題提起である。

次の巻が出るのはかなり後になるだろうが、非常に盛り上がって
きており、かなり楽しみである。
『へうげもの』も佳境に差し掛かってきているし、楽しみな
漫画が増えるのは良いことである。

あとは『僕のヒーローアカデミア』がちょっと気になっていたり。
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非生産的反逆

2016年06月05日 23時39分26秒 | Weblog
度々ここでの話題にも上っているが、近所の国道をバイクで
無暗に音を出して走り回る連中が、春を過ぎてまた増えてきた。

バイクに乗ることそのものであったり、気の合う仲間と一緒に
趣味を楽しむということは、とても良いことだと思うが、不愉快な
音や光をまき散らすのと他の車の走行を妨害するのはやめて欲しいし、
理解に苦しむ。上の二点に関しては、正直子供が構って欲しさに
喚き散らしているのと大差なく、大変に見苦しい。

仲間との連帯とか、チームの伝統とか、そういう集団心理のような
ものに酔って、自分達がどうしようもなくダサくてみっともない
集団であることが見えなくなっているのだとしか思えない。
だからこそ、警官に追われるのも"モンスターに追われる"程度の
スリルとして置き換えられる(己の所業を棚に上げた状態)ので
あろう。そうなると、自覚がないので誰が何と言おうと改心の
しようがなく、実に性質が悪い。

彼らを『珍走団』と呼び貶めることで"奴らはダサい連中"という
認識を植え付けようとしたが、さほどうまく行かなかったのも、
そういう理由からではなかろうかと推測する。

誰かに構ってもらいたいとか、自分自身の存在理由のようなものを
証明したいとか、世の中の理不尽不条理に物申したいというような
感情は、ある種"若さの証明"として誰もが胸に抱いているのでは
ないかと思う。
恥ずかしながら、個人的にも未だ持ち合わせているものでもある。
なればこそ、同様の感情を溢れさせるような手合いに対しては、
なるべく暖かく見守ったり、時に手を差し伸べたりしようと思って
はいるが、かように愚かな連中にはさすがにそんな気になれない。

と言うか、なんで普通にバイクと、それに乗る楽しみを仲間で
共有するという、ただそれだけのことが出来ないのか。
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全ては絵の肥やし

2016年06月02日 23時44分57秒 | Weblog
ドラゴンクエストの画集を購入する。
個人的にはドラクエのモンスターの模写が、本格的に絵を
描くようになったきっかけでもあるので、大体6より前の
絵が目当てだったと言っても良い。
それ以降の絵は、正直興味を沸き立たせるようなものではなく、
有り体に言うと"これを描いていて楽しかったのか?"という
疑念が先に立つような、張りの無さが個人的に感じられ、
分かってはいたものの少し悲しい気持ちになる。

ただ、本当につまらないと思って描いたのかは分からないし、
絵描きの画風の変化はあって当然で、受け入れて然るべき
なので、単にこちらの好みと合わなくなったというだけの
話と言えよう。何といっても、こちらにはある程度描くスキルが
身に付いているのだから、気に入る類の絵はそっちで徹底的に
追究すれば良いだけの話である。

それはそうと、金子一馬氏の画集の続き、及び吉田明彦氏の
(主に昔の作品の)画集はいつの出るというのか。
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