キッズインターナショナルスクール日記

愛知県長久手市のキッズインターナショナルスクールから、保育の様子や子育て情報を発信していきます。

ハロウィーン

2014年10月31日 | イベント
ハロウィーンは、日本でも欧米の行事としてはクリスマスに次いで有名になってきました。ハロウィーンは、もともと古代ケルト人が秋の収穫を祝い、悪霊などを追い出すための行事でした。現在では、特にアメリカで子どもたちが魔女やおばけなどに仮装して近くの家々を訪ね、お菓子をもらう行事として祝われています。KISには様々な国から教師や子どもたちが来ていますが、アメリカとカナダの方以外には全く馴染みのない行事のようです。

今年のKISの仮装のテーマは、"All Hallows Eve"でした。 もともとハロウィーンは、10月31日の夜がカトリック教会で11月1日に祝われる「諸聖人の日」(万聖節)の前の晩にあたることから、諸聖人の日の英語"All Hallows"のeve(前夜)、"Hallows eve"が訛って、"Halloween"と呼ばれるようになったとされています。その由来から取ったテーマで、クロネコや吸血鬼、魔女やモンスターなどハロゥイーンに特有の仮装にみんな身を包んでお菓子をもらいに行きました。


子どもたちとテクノロジー

2014年10月24日 | 園長の雑感
iPone 6も発売され、iPadも5種類ものラインアップを揃えるなどスティーブジョブズ亡き後もアップル社は健闘しています。大人だけの間で広がりをみせているのではなく学校教育にもタブレットが取り入れられたり、幼児向けのアプリも次々と開発されています。指1本で様々なことができるスマートフォンやタブレットは子どもにとっても魅力的な機器であることは間違いありません。

しかし、その便利な機器を与える意味や、何をどのように子どもたちにさせるか、ということを私たち大人が考えて与えることが大事だと私は思います。与え方を間違えるとゲーム機などと同じように子どもたちの想像力、創造力、自由な発想や様々なことを体験する機会を奪ってしまいかねません。

iPhoneの新聞記事を読んで、そんなことを考えていたところ、ニック・ビルトンがスティーブ・ジョブズが生きていた時に「あなたの子どもたちはiPadが大好きだろうね」と尋ねたところ、ジョブズは、「ぼくの子どもたちはiPadを使ったことがないんだよ。うちではテクノロジーを使う機会を制限しているんだ。」と答えたとニューヨークタイムズの記事に書いていたというのを読みました。

とても意外な答えでしたが、テクノロジーで様々なことを可能にしてきたスティーブ・ジョブズも自分の子どものためにテクノロジーの恩恵と同時にその弊害も冷静に考えることできる一人の親だったのだということがわかりました。



遠足

2014年10月10日 | イベント
モリコロパークに遠足に行きました。午前中は外遊びで、クラスに分かれて活動しました。1-2歳は音楽活動を組み込みながら親子一緒に遊び、3-4歳は、障害物競争をしました。4-5歳、5-6歳は、木製遊具で楽しみました。お弁当を食べた後は、愛知県児童センターの中で自由に遊びました。

今日は遠足日和で、たくさんの幼稚園や小学校が遠足に来ていました。幼稚園の遠足は、親子遠足だったようで、それぞれの親子がばらばらに外や中を自由に行き来して遊んでいたようでした。

KISの遠足の意義は、毎日生活している「教室」という場を脱し、教師やお友だちと一緒に戸外で活動することで親近感や一体感を得ることです。クラス遠足でも同様ですが、全体の遠足であれば、異年齢での交わりも大きなポイントです。ですから、午前や午後の活動の時間には、教師はできるだけいろいろな子どもたちと一緒に過ごすように努めますし、声をかけていきます。そして、昼食時には子どもたちは保護者の方たちと一緒にお弁当を楽しみ、教師はクラスの保護者の方たちや子どもたちとの会話を楽しみます。くつろいだ雰囲気で交流ができる貴重な機会です。それを鑑みると、「親子遠足」の形態はKISの遠足の意義からは、かけ離れているなぁと思いました。

大変いいお天気の中、思い切り楽しめた一日でした。

受容

2014年10月03日 | 園長の雑感
受容の姿勢は、子どもの教育だけではなく、人と関わる場合大切なことだと思います。たとえこちらの意向にそぐわないことであっても、とりあえず相手の言葉や気持ちを受け取り、理解しようとする姿勢を示してからこちらの考えを伝える。会話もバッティングではなく、キャッチボールだと言いますから、弾き返すのではなく、受け取り、また投げ返すことでスムーズに運ぶのです。

受容する態度を示されないと、自分の存在が相手に否定されているというメッセージを受けます。それが続くと、自尊心が育たず、自分は取るに足らない存在だと思うことになります。いじめや虐待などがそれにあたりますが、家庭でも学校でも身近な場所で気づかないうちに子どもがそのような状況に置かれることはありえます。

子どもが出す小さなサインに気づくことは大切ですね。