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コジキジゲン

景気はドウ?

2017-06-18 22:40:54 | 古事記字源

 ・・・「2017/06/17(土曜日)」・・・昨日は「(垂仁)59年8月28日=(グレゴリオ暦)30年10月11日=(ユリウス暦)30年10月13日金曜日」に言及したが・・・「景教の景況・景色」・・・「高橋=たかはし=鷹嘴・高階・高梁→高粱(コウリャン)」・・・
ーーーーー
 「高橋景保(かげやす)
  天明五年(1785年)
    ~
  文政十二年二月十六日(1829年3月20日)
  塩漬けの刑」・・・日本地形の緒言・・・・
ーーーー
 古事記
  ↓↑
 伊邪那岐命と伊邪那美命
 於是
 天神、諸命以、
 詔
 伊邪那岐命・伊邪那美命
 二柱神
 「修理固成是多陀用幣流之國」
 賜
 天沼矛 而言依賜也。
 故、二柱神、立訓立云
 多多志
 天浮橋
 而指下其
 沼矛 以畫者、
 鹽(塩・盬・しお)
 許々袁々呂々邇(此七字以音)
 畫鳴、訓鳴、
 云、那志、而引上時、
 自其
 矛末
 垂落・・・垂落
   ・・・垂訓=キリスト
 ↓↑   ↓↑
      マタイ伝・・・又の意はとてもじゃぁないがネッ?
      5:1-2
      イエスが悪魔払いにより
      病人を治したため
      群集が集まってくる。
      そこでイエスは山に登り、
      彼らに教えて言う。
      5:3-12
      幸福の説教(真福九端=真福八端)。
      5:13-16
      信者を
      「地の塩」と
      「世の光」になぞらえる。
      5:17-48
      律法、モーゼの十戒への論評。
      6
      善行を見せびらかすな。
      施し、祈り(主への祈り)、
      断食は隠れてせよ。
      物のことで悩むな。
      6:25-33
      野の花を見よ。何を食べようか、
      何を飲もうか思いわずらうな。
      6:34
      明日のことを思いわずらうな。
      一日の苦労は、
      その日一日だけで十分である。
      7:1-5
      人を裁くな、
      あなたがたも裁かれないために。
      7:6-29
      聖なるものについて。
      偽預言者に気を付けなさい。
 ↓↑   ↓↑
 ↓↑   ルカ伝・・・瑠掛の意はとてもじゃぁないがネッ?
      6:20-23
      あなたがたは幸福だ。
      貧しき人々。
      飢えている人々。
      今泣いている人々。
      いじめられ迫害されている人々。
      6:24-25
      あなたがたは不幸だ。
      富んでいる人々。
      満腹している人々。
      今笑っている人々。
      すべての人から
      ほめられている人々。
      6:27-36
      あなたがたの敵を愛し、
      あなたがたを
      憎む者に親切にしなさい。・・・ムリムリ・・・
      自分を愛してくれる人を
      愛したところで、
      あなたがたに
      どんな恵みがあるだろうか。・・・膨大である・・・
      自分によくしてくれる人に
      善いことをしたところで、
      どんな恵みがあろうか。・・・・・甚大である・・・
      6:37-38
      人を裁くな。
      そうすれば、
      あなたがたも
      人から・・・・・・・・・・人とはダレのコトか?
      裁かれることがない。・・・裁かれるのが鉄則である
      人を赦しなさい、
      そうすれば、
      あなたがたも赦される。・・・ムリムリ・・・
      6:39-42
      盲人が盲人を道案内するたとえ。
      6:43-45
      良い実によって良い木を知る。
      悪い実によって悪い木を知る。
      人の口から出てくる
      その言葉で
      その人がわかる。・・・・ウソツキも多い
      6:46-49
      良い土台の上に家を建てた人と
      土台なしで家を建てた人のたとえ。
      わたしの言葉を聞いたら、
      それを行いなさい。
      聞いても行わない人は
      土台なしで・・・・・・掘立小屋も必要だ・・・
      家を建てる人である。
 ↓↑   ↓↑   ↓↑
 ↓↑        垂廉=則天武后
           垂仁=第十一代天皇
             =崇神天皇の第三皇子
             =活目入彦五十狭茅尊
             =活目尊等
             =伊久米伊理毘古
 ↓↑   垂=たれる・たらす・しだれる・しずる
        なんなんとする・スイ
        下の方にたれ下がる・たらす
        垂涎 (スイゼン)・垂直・懸垂・胃下垂
        上位者が下位者に教えを示す
        垂訓・垂示・垂範
        垂死=今にも…しそう
        四垂・辺垂=国の果て
        しげる・たり・たる・たれ
        垂(しだ) り尾
        垂乳根(たらちね)の母
        垂木(たるき)=棰・椽・架
               屋根板を支えるために
               棟木から軒先に渡す長い木材
        直垂(ひたたれ) 
 ↓↑        睡魔=眠気
           睡蓮=はす(鰣)・草の名・水草で自生
              葉は円形で水面に浮く
              夏、淡紅色、白色の花が咲く
              はちす、はすの実
              ヒツジグサ(羊草・未草)の漢名
 ↓↑           開花の時間が未の刻(午後2時)
 之
 鹽
 累積、
 成嶋、
 是
 淤能碁呂嶋。(自淤以下四字以音)。
 ↓↑
 オノゴロ島=「自凝島(ジギトウ)」→「字義・時宜」問、答
       「自(おのず)から凝り固まってできた島」
       「自(みず)から凝り固まってできた島」
        の意
      =小野頃の(ト・ウ→問・答)訳得
       小野妹子=蘇因高
  ↓↑
 日本書紀
  ↓↑
 磤馭慮島(おのころじま)
 ・・・磤=石+殷(㐆+殳=雷鳴)
 ・・・磤=石を砕く削岩の時の音波、震動?
 声母が「影(エイ)」
 声訇(訇=𧥻𠣭・コウ・訇=勹+言)
      大きな音や叫び声の形容
      匉訇(ホウコウ)=大きな声や音
      説明し教える、
      順を追って教え悟らせる
      上位者の下位者に対する教えや指示
      字句の意味や読み
 其若震=雷鳴の振動(震動)?・・・弱震
 磤=石+㐆+殳=石を砕く雷電?・・・削岩
 馭=馬+又=馬を操る・馭者・御者?
 慮=虍+思=𧆨+心=虎+田+心
   おもんばかる・思いめぐらす・深く考える・遠謀深慮
   計画を立てる・よくない事を計画する
   考慮・思慮・憂慮
ーー↓↑ーー
 仁徳天皇=大雀命
ーー↓↑ーー
 古事記(下巻)
 黒日売(くろひめ)が
 吉備の国へ帰郷した際に、
 大雀命(仁徳天皇)は、彼女を追い
 吉備の国へ行幸し
 道中で詠った歌に
 「オノゴロ島(淤能碁呂志摩)」
 が記録された・・・
ーー↓↑ーー 
 於是天皇・・・・是(ここ)に天皇
 戀、其黒日賣・・其(そ)の黒日賣を恋ひ
 欺大后曰・・・・大后欺き、いわく
 「欲見淡道嶋而」・淡道嶋を見むと欲(おも)ふ」と
 幸行之時・・・・・幸行する時
 坐淡道嶋・・・・・淡路島に坐(いま)して
 遙望歌曰、・・・・遥に望みて歌ひて曰く
 『淤志弖流夜・・・山の垂に於いて志ざすは弓の一流の世?
 (おしてるや)・・押してるや
  那爾波能佐岐用
 (なにはのさきよ)・難波の崎から
  伊傳多知弖
 (いでたちて)・・・出で立ちて
  和賀久邇美禮婆
 (わがくにみれば)・我が国見をすると
  阿波志摩
 (あはしま)・・・・アハ島
  淤能碁呂志摩
 (おのごろしま)・・オノゴロ島
  阿遲摩佐能
 (あじまさの)・・・アジマサの
  志麻母美由
 (しまもみゆ)・・・島も見える
  佐氣都志摩美由
 (さけつしまもみゆ)・サケツ(先つ)島も見える』
  乃、
  自其嶋傳・・・・・乃(すまわ)ち其の島傳(つた)いて
  而幸行・・・・・・しこうして、幸行する
  吉備國・・・・・・吉備の国に幸行する。
 ・・・「国見とは国の地勢や景色、人々の生活状態などを、
    地位の高い人物が望み見ることを言う」・・・
 ・・・地図を俯瞰する時はドウなのか・・・
 ・・・光景・・・???・・・景況・・・景教・・・
ーー↓↑ーー
 高橋景保
 至時の子
 字は子昌、名は作左衛門、
 号は観巣、玉岡、求己堂主人
 オランダ名(洗礼名?)「グロビウス」
 ・・・グロビウス・・・
 ↓↑
 英国海軍中佐・探検家
 James Kingston Tuckey(1776-1816)の著作
 『海洋地理学と統計』
 (Maritime geography and statistics)
 のオランダ語版。
 「チュケイ地理書」と称されているもの。
 シーボルトから高橋景保に贈られた。
 見返しにはシーボルト自筆で
 「医学博士
  フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト
  より江戸
  王室天文台の敬愛する
  グロビウス君へ記念として贈る 1826年5月」
 という内容のオランダ語献呈辞が書かれている。
 「グロビウス(Globius)」とは
 ドゥーフが命名した
 高橋景保のオランダ名・・・
 ↓↑
 1810年代の出島では、
 オランダ商館長
 ドゥーフが、・・・ヘンドリック・ドゥーフ
 ↓↑      (Hendrik Doeff)
          1777年12月2日~1835年10月19日
          オランダが
          フランス革命軍に占領され、
          オランダ東インド会社が解散した後の
          1803年~1817年に、
          出島のオランダ商館長(カピタン)に就き
          ドゥーフが商館長在任時に
 ↓↑       文化五年八月(1808年10月)
          フェートン号事件が起きた
          就任前の
          1797年からすでに長崎の出島で
          スタートしていた日米貿易を
          1808年まで引き継ぎ
          米国船が入港する際、
          オランダ国旗を立てさせて
          オランダ船に偽装させて行われた・・・
 ↓↑       米国船と貿易を行った・・・
          オランダ独立後の2年後、
          1817年にオランダ船が長崎港に入港し、
          ドゥーフは国の名誉を守ったとして、
          オランダより最高の「オランダ獅子士勲章」
          を賜わり、17年ぶりに故国オランダへ帰国
          17年の長期間、亡国の国民で
          オランダ人としての誇りを失わずに
 ↓↑       他国で生き抜いた・・・
 『波留麻和解』のもとになった
 フランソワ・ハルマの
 蘭仏辞典の
 日本語訳を独自に開始し、
 ドゥーフ帰国後の
 天保四年(1833)に、
 長崎通詞たちの手で
 『ヅーフハルマ』(「長崎ハルマ」)
 として完成した。
 この『ヅーフハルマ』は
 写本の形で西日本を中心に流布した
 ↓↑
 天明五年(1785年)
   ~
 文政十二年二月十六日(1829年3月20日)
 1829年
  03月
  20日
 ↓↑ 
 文化八年(1811年)
 蛮書和解御用の主管
 「厚生新編」を訳出を始めた
 文化十一年(1814年)
 書物奉行
 兼
 天文方筆頭に就任
 文政十一年(1828年)
 シーボルト事件に関与
 十月十日
 伝馬町
 牢屋敷に投獄
 文政十二年(1829年)二月十六日
 獄死
 享年四十五
 獄死後、
 遺体は塩漬けにされて保存され、
 文政十三年(1830年)三月二十六日
 遺体は引き出され
 罪状申し渡しの上
 斬首刑
 に処せられた・・・公式記録で死因は斬罪・・・
 墓は上野の源空寺
 高橋至時・伊能忠敬・高橋景保
 の
 「大日本沿海輿地全図」組
 三人頭の墓地が並ぶ・・・
ーー↓↑ーー
(垂仁)59年8月28日
(グレ)西暦30年10月11日
(ユリ)西暦30年10月13日金曜日
    庚寅年
    丙戌月
    甲午日金曜日・・・三合丙局・・・子支の年月日時を「沖」
    大安
    金曜日
ーー↓↑ーー
「景教」
 ネストリウス派とは、古代キリスト教の教派の1つ
 コンスタンティノポリス総主教
 ネストリオスにより説かれた
 431年
 エフェソス公会議において
 異端認定され、排斥
 以後
 ネストリウス派は
 ペルシャ帝国へ移動
 7世紀ごろ
 中央アジア・モンゴル・中国へ伝播
 ↓↑
  大 秦 景 教  流  行 中  国 碑
 (だいしんけいきょうりゅうこうちゅうごくひ)
 明朝末に
 長安の
 崇聖寺の境内で発掘された古碑
 ネストリウス派(景教)の
 教義や中国への伝来などを刻す
 唐代781年(建中二年)
 伊斯が建立した
 景浄が碑文
 古代キリスト教関連の古碑
 ↓↑
 景教
 5世紀
 コンスタンチノー プル (イスタンブール)
 の司教
 ネストリウス
 によって唱えられた
 キリスト教の一派 (ネストリウス派) の中国名
 シリア、メソポタミアから
 イラン、トハリスタン (アフガニスタン)に伝播
 ↓↑
 803年
 空海(弘法大師)
 は
 最澄と共に入唐
 景教を身につけ
 潅頂(頭に潅ぐの意で、キリスト教の洗礼)を受け、
 「遍照金剛」
 という洗礼名を受けた
 「あなたがたの光を人々の前で輝かせ」
 という、
 「マタイ5:16の漢語聖書」に記録された意訳
 ↓↑
 景教の教典
 「世尊布施論」の
 「山上の垂訓」の箇所
 「世尊」とは、「シャカ(釈迦)」ではなく
 「イエス・キリスト」・・・
ーー↓↑ーー
 親鸞上人が読んだという
 「世尊布施論」とは
 中国の景教、キリスト教の書物・・・
 マタイ(馬太)による
 福音書「山上の垂訓」
 第五章から七章・・・・・・・垂訓でナニを云った?
 「胎蔵界大日如来」
 を表す装飾された
 荘厳体
 「阿字五点具足(アーンク)」・・・
 ↓↑
 483年
 Beth Rapat(グンデシャープール)で
 宗教会議が行われ、
 その後の会議の含めて論争が行われ、
 他の宗派ともども、
 ネストリウス派は
 単性派に破られることになった
 (単性派は451年の
  カルケドン公会議で排斥され、
  正教派に破れ、
  ネストリウス派は、
  それより先の
  431年のエフェソス宗教会議で
  西方教会から排除されていた)
 ↓↑
 ササン帝国における
 キリスト教
 ペーローズの支配の終わりには
 ネストリウス派が
 帝国のキリスト教の支配的な教義となり
 ペルシャ人教会を作り、
 ビザンツ教会に反対の立場をとった
 484年の春
 首都で持たれた教会会議で宣言され、
 イランでのキリスト教の広まりは、
 ビザンツの敵の信仰としてではなかった。
 ネストリウス派の
 反君主的信条は
 ペルシャ教会において
 騒乱をもたらしたが
 ササン朝国家にほとんど影響なかった。
ーーーーー
 ・・・???・・・漢字からして、
 「景教」、「刑教」、「景況」、「景気」・・・
 「景保」の「景色」・・・???・・・

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